ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください。





プロローグ

 

「ここ、だよな。なんだか緊張してきたぞ……」

 

 拳を握りながら大きな校舎を見上げるボク、都築航(つづきわたる)は、その威光に圧倒されていた。

 

 私立 希望ヶ峰学園

 

 あらゆる分野で活躍する超一流の高校生を集め、育て上げる事を目的とした政府公認の学園。

 

 この学園を卒業すれば、人生において成功は約束されるとも云われていて、多くの者達が夢や憧れを抱いている。

 

 そんな学園への入学資格は、現役の高校生である事と、各分野において一流である事の二つ。

 

 入学試験等は無く、学園側にスカウトされた人間しか入学できないと云う徹底ぶりだ。

  

 そんな凄い学園に、休日の一人旅を趣味にしている普通の高校生のボクがスカウトされたのだ、圧倒されないわけがない。

 

「怯んでいてもしかたないか。よしっ!」

 

 意を決してボクは一歩、また一歩と前へ進む。

 

 初めての場所に向かう緊張と、少しばかりのワクワクが、狭かった歩幅を徐々に広げる。

 

 確か田舎の婆ちゃん家に一人で行く事になった時、改札に切符を通す時もこんな気持ちだったかもしれない。

 

 そんな懐かしい思い出に浸りながら、ボクは学園の門に足を踏み入れる。

 

 その瞬間――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの僕の俺の俺様のわいの私のワタシのわたしのあたしのじぶんのぼくのアタイの目の前が――――真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンガンロンパミラージュ ~絶望の航海~ 

 

 プロローグ

 

 【ミラージュ号11037便 希望発→絶望着】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?ボク……痛ぅ」

 目を開けると、重苦しい天井が飛び込んできた。

 この背中に伝わる感触からして、どうやらボクはベッドの上で仰向けになっていたらしい。

 一体どれだけ眠っていたんだろう? 喉は張り付くように乾いていて、体は重く、節々が痺れる様に痛い。そもそもここはどこなんだ?

 ギギッ、というスプリングが軋む音と共にベッドから降り、腕や肩を揉みながら部屋を見渡す。壁に囲まれた部屋には窓が一つもなく、寝ていたベッドの他には化粧用のドレッサーやクローゼット、小さな冷蔵庫や液晶テレビがあり、まるでホテルの客室のようだった。

 ただ普通のホテルと違うのは、ドレッサーには鏡がついておらず、クローゼットにはジャージが一着だけかけられて、冷蔵庫には消費期限切れの牛乳が一つだけあり、液晶テレビは電源がつかない為ただのインテリアと化していたこと。そして何より、天井に備え付けられた監視カメラと謎のモニターだった。

「なんて酷いホテルだ。いや本当にホテルなのかもわからないけど」

 ボクが部屋を観察していると、今までとは違いどこか高級感漂う扉を見つけた。流れからして多分バスルームだろう。

「どうせならオレンジジュースの出るシャワーが良いな。なんてね」

 期待しないで白いドアノブを回し、扉を開く。

 するとそこには予想外の光景が広がっていた。

「なんだこれ……?」

 ガラス張りの高級感溢れるその部屋には確かにバスタブにシャワー、それに洋式トイレが付いていた。

 だがそれ以上にボクが驚いたのはガラスの向こう側、目の前に広がる真青な景色。

 よくよく見れば水平線らしき物がうっすらと見えるものの、雲ひとつない青空とコバルトブルーの海の間に強い日差しが差し込んで、まるで青い絵の具だけで埋め尽くされたキャンバスを見ているかのようだった。

「なんなんだよこれ……これじゃあまるで海の、上?」

 待て待て待ておかしいだろ。だってボクは希望ヶ峰学園の門を通ってそれで…………あれ?なんでだ?それより先の記憶がないぞ……。

 状況を飲みこめず混乱してその場に蹲る。このままじゃいろいろな物を吐きだしてしまいそうだ。

「とにかく、この部屋から出よう……ここが船の上なら船員でもなんでも、とにかく人がいるはずだ」

 ボクは呼吸を整えながら立ち上がってバスルームから出ると、異臭を放つ鍋に蓋をするように扉を閉めた。

 

 

 フラつきながらも気持ちを切り替え、今度は起きた時から目についていた赤い扉の前に立つ。小さな覗き穴とチェーン付きの鍵がついているあたり、きっとこれが出入り口なのだろうけど、その毒々しいまでに赤い扉になぜか恐怖を感じてつい後まわしにしてしまった。

「こうしていても切りがないな。よし、いち、にの、さん!で開けよう。いくぞ……いち、にの……さんッ!」

「ぬおッ!?」

 勢いよく扉を開けた瞬間何かにぶつかった様な感覚がすると、それと同時に扉の向こうから奇声があがった。今の声……もしかして!

「だ、大丈夫ですか!?」

「痛ってぇ~……おいてめ! 俺様に恨みでもあんのか!」

 廊下に出て部屋の扉を閉めると、そこには派手な銀髪をした男子が鼻を両手で押さえていた。男らしい腕に彫られた刺青や首に巻いた髑髏のチョーカー、そして耳たぶに刺した安全ピンが危険な雰囲気を醸し出している。

「ご、ごめんなさい!えっと、もしかして君はボクと同じ高校生……?」

「は? そうだけど。もしかしておまえも拉致られたのか!?」

「拉致かどうかはわからないけど、気付いたらこの部屋にいたのは確かだよ」

「そうかそうか!やっぱり俺様ついてるぜ!女じゃなかったのは残念だがこの際なんでもいい!おっと、自己紹介がまだだったな!俺様の名前は太刀沼幸雄(たちぬまゆきお)。希望ヶ峰学園って知ってるだろ?そこで超高校級の幸運としてスカウトされたんだぜ?パネェだろ!」

 幸運、確か毎年抽選で選ばれた一人だけが希望ヶ峰学園に通う事を許される特別枠……だっけ?すごい強運の持ち主なんだな。羨ましい。

「で? テメェは?」

「ボクの名前は都築航。ボクも希望ヶ峰学園にスカウトされたんだ」

「そりゃあ奇遇だな! テメェはなんの才能持ってんだ?」

「ボクの才能は確か……そう、超高校級のバッグパッカーだよ。まぁ実際は、一人旅が好きなだけでなんの取り柄もないんだけどね」

「よくわかんねぇけど、選ばれたんならなんかあるんじゃね?そう気にすんなよ!」

 太刀沼君はボクの肩を強く叩いて励ました。見た目は恐いけど良い人だな。

「うっし! 自己紹介も済んだしさっさと他の奴らを探そうぜ!」

「そうだね。もし捕まっているなら助けないと」

「女ならな! 男はパス」

「え?」

「こういう場所には美女が捕まってるのがお約束だろ? 俺様が華麗に助けてそのままベッドイン! あ、もし銃撃戦になったらお前は盾な? ゲハハハハハッ!」

 前言撤回。少し付き合い方を考えないといけないな。

「あはは……とりあえず他のドアもノックしてみようよ。もしかしたら恐くて閉じ籠っている人がいるかも」

「それならもう確かめた。一通り見て回ったけど、結局誰も出てこなかったし人の気配もなかったぜ」

「そうなんだ」

 とんだ無駄足だったと独り言を呟く太刀沼君。

 ボクは愛想笑いを浮かべながら誤魔化す様に視線をずらすと、壁のやや上方にプレート状のフロアマップがついているのに気が付いた。

 なるほど。ここは3階で、楕円状になった廊下には北と南で8部屋づつ客室が置かれているのか。あ、奥には医療室や大浴場もある。これは気になるな。でもこの図形……

「やっぱり、ここは船の中なんだね」

「あたりめぇだろ? 風呂の窓からは海しか見えねぇじゃねぇか」

「それはそうなんだけど。出来れば、あまり現実を受け入れたくなかったというか」

「くだらねぇ、女々しい男とかマジウゼェ。ここにいたって何も始まらねぇし、あっちのエレベーターで上にあがろうぜ。屋外プールでもありゃあ水着の女が見れるだろ」

「そうだね。ごめん太刀沼君」

「いちいち謝んな! クッソ気分悪ィ……女! 水着! 谷間!」

 頭を掻きながらエレベーターに向かう太刀沼君。

 気が付けばさっきまでの不安が少しだけ和らいでいて、ボクは心の中でお礼を言いながら無言で彼に着いていった。

 

 

「わけわかんね! なんで上に行かねんだよこのエレベーター!?」

 イライラしながらエレベーターを降りる太刀沼君。

 それもそのはず、あの後乗ったエレベーターは何度ボタンを押しても上の階には行かず、ボク達はしかたなく一つ下の2階に行く事になった。

「故障中だったんじゃない?」

「知るかそんなの! とりあえず外に出……おぉ!」

 エレベーターを降りると、目の前には煌びやかな世界が広がっていた。

 隅々にまでLEDライトで照らされた豪華なエントランスは黄金の輝きを放ち、そこにいるだけで、まるで自分が大富豪にでもなったような錯覚に陥りそうになるほどだ。現に今、ボクは感動してエレベーターの前で棒立ちになってしまっていた。

「すげぇなこれマジパネェッ!! ゲハハ! なんかわかんねぇけど笑いが止まらねぇなぁ!!」

「うん、本当に凄い! この手すりとかやっぱり金で出来ているのかな?」

「多分そうじゃない? これだけ豪華な船だもん」

「だよね。なんだか気軽に触れないな」

「それじゃあ手すりの意味ないと思うけど?」

「ははは、それもそっか……え? 今ボク誰と話して」

「私じゃない?」

 云われて振り返ると、落ち着いた金色の髪をポニーテールにして、セーラー服の上にパーカーを羽織った少し大人っぽい女の子が立っていた。

「えっと……君は?」

「あ、いきなりじゃ驚くよね! ごめんごめん。

 私の名前は深海紅葉(ふかみもみじ)、超高校級のシンクロ選手やってます!」

 超高校級、ってことはこの子も希望ヶ峰にスカウトされたのか。よく見るとオーラというか、大物な雰囲気が出ているな。

「ボクは都築航。超高校級のバックパッカーです。よろしく深海さん」

「よろしく! はい、シェイクハンドシェイクハンド♪」

 眩しい笑顔で深海さんはボクの手を強く握る。

 女の子と手を握る機会なんてほとんどなかったボクの顔はきっと真赤になっている事だろう。やばい、自分の顔を想像したら余計恥ずかしくなってきた。何か、何か話題を……

「や、やっぱり深海さんも起きたらベッドの上にいたの?」

 ――他に聞く事あるだろバカ!

「うん。学園に入るまでは覚えているんだけど、その後の記憶はさっぱり! なんだか不思議だよね」

 ツッコミたい所はあったけど、それ以上に羞恥心が勝ったボクは誤魔化す様に深海さんに笑顔を向ける。

「良い笑顔だね♪ それじゃあそこの廊下を歩いてスカイデッキに出ようよ。みんなそこにいるよ!」

「みんな? 他にも人がいるの?」

「うん、私達と同じでここに来た時の記憶がないみたい。しかもみんな希望ヶ峰学園にスカウトされた人ばかりみたいだし、すぐに仲良くなれると思うな。あ、お友達は先に行ったみたいよ?」

 妙に静かだと思ってみればいつのまにか太刀沼君の姿がなくなっていた。まさか置いていかれるとは。

「そうだね。ここにいても仕方がないし……ところでさぁ深海さん」

「ん、なにかな?」

「その、いつまで手を握ってればいいのかな?」

 

 

 強い日差しが差し込むガラス張りの扉を開けてみれば、待っていましたとばかりに潮の香りがボクの鼻腔を襲う。ちょっとしたパーティが出来る位の広さがあるデッキには、ボクと歳の変わらなさそうな13人の男女が青空の下に立っていた。一部妙な物体も混じっているのは置いておこう。

「本当にいた」

「でしょ? さぁさぁ、みんなにごあいさつ♪」

 深海さんはボクの手を引き、みんなのいる方へと連れて行く。

 なんだこの状況。ボクそんなに人見知りに見えるのかな?

「みんなお待たせ! 私達と同じ希望ヶ峰の子を見つけたよ!」

 多くの視線がボクに向けられる。その中には太刀沼君のも混ざっていて、女の子に手を引かれているのがおかしいのか笑いを堪えるのに必死なようだ。正直イラっとした。

「えっと、都築航です。超高校級のバックパッカーです。よろしく」

 自分でも極平凡だと思う自己紹介をすると、さっきのエントランスと同じ位に派手なのスーツを着たロン毛の男子が両手を広げながら声をかけてきた。

「俺の名は成宮金次郎(なるみやきんじろう)! 超高校級の収集家であり、金持ちだ!出会いの印にこの札束をやろう」

 成宮君が懐から出した札束がボクの目の前に突きつけられる。札束ってこんなに分厚いのか……ってそうじゃない!

「こ、こんな大金受け取れないよ!?」

「そう言わずに! さぁ受け取れ! これは俺の気持ちだ!!」

「ほ、本当にいらないって!」

 このままじゃボクの何かが壊れる!そう思った矢先、髪をバレッタでまとめた気の強そうな女の子が成宮君の耳を引っ張った。

「コラ! 都築君困ってるじゃないこの成金!」

「誰が成金だ!? イタタッ」

「アンタの事よ! 気にしないでね都築君、誰もこいつからお金もらってないから」

「あ、ありがとう。え~と」

「羽美垣子(はみがきこ)。ハミちゃんでいいわ。下の名前で呼んだら抜歯だからね?」

「わかったよ……ハミちゃん」

 自分の事をちゃん付けで呼ばせるのはどうだろうと思ったけど、抜歯は嫌だから云わないでおこう。

「ハミちゃんは超高校級の歯科衛生士なんだって。凄いよね!」

「それほどでもないわよ深海さん。あ、虫歯になったら言ってね。一瞬で抜いてあげるから♪」

「やり方が古すぎやろ。あんたはんはどない思う?」

「まあ……せめて麻酔はしてほしいよね。君は?」

「わいは遊木皆人(ゆうきかいと)、超高校級ん文化委員や。よろしゅうな!」

 短ランにボンタンというレトロな服装の遊木君は、腕章をつけた腕をボクの肩に回してキツネのような糸目で笑う。

「まやちびっと緊張したはるなぁ。そない恐がらんでも誰も食ったりせん。ホレ、うんめ棒食いな」

「あ、ありがとう」

 後で歯を磨くのよ?と横からハミちゃんに念を押されながら、手渡された麩菓子を一口かじる。美味しいけど、やっぱりこれは口がパサつくな。

 

 ボクが余計に喉の渇きを感じていると、派手な化粧にルーズソックスを履いた、いわゆるコギャルといった格好をした女の子から丁度良いタイミングで紙コップを手渡される。この香りは……コーヒー?

「よかったらどうぞ~」

「ありがとう。良い香りだね」

「じぶんのオリジナルだからね~。あ、寺踪萌佳(てらあともか)ッス~。超高校級のバリスタ~みたいな?」

 のんびりした喋り方が特徴的な寺踪さん。太刀沼君に負けない位に派手な外見だけど、性格は喋り方と同じくらいのんびりしているんだろうな。

「コーヒーも良いけど、オレの作ったパンも最高だぜ?」

「パン?」

「おうよ!オレは西尾圭太(にしおけいた)。超高校級、いや、超宇宙級のパン職人だッ!」

 緑のチョーカーで前髪を上げ、白い調理服の袖を捲くった西尾君が親指を立てながらポーズを決める。

「パンに合せるならぁ、カフェオレの方が良いかも~みたいな?」

「となると菓子パンの方がいいか?いや、ここはガツンとメンチカツサンドか!どう思う萌佳!」

「メンチより焼きそばが良い~みたいな?」

 魔法瓶と紙コップをカバンにしまいながらのんびり呟く寺踪さんに、拳を握りながら熱く語る西尾君。以外に良いコンビかもしれない。

 ボクが微笑ましく二人を観察していると、Yシャツの胸元を開きロングスカートにスリットを入れた妖艶な女性が気だるげにボクに近づいてきた。

「カフェオレもいいけど、ワタシはエスプレッソがいいわ。そう、あの日の夜の様に真っ黒な、ね。あなたは……どう?」

「え、えっと……その」

 顔が近い。妙に甘ったるい香りもするし……この人本当にボクと同じ高校生なのか?実は夜の蝶とかなんじゃないだろうか?

「もう縛ちゃん!都築君が困ってるでしょ?」

「あらごめんなさい。ワタシってば……本当に罪な女」

 今のは本当に危なかった。もし深海さんが助け船を出してくれなかったら、ボクの意識は遙か彼方に飛んでいたに違いない。

「彼女は夢見縛(ゆめみばく)ちゃん。超高校級の小悪魔なんだって!気付かないうちに男の人を誘惑しちゃうらしいから、都築君も気を付けてね?」

「そうなんだ。ありがとう」

 小悪魔。確かにピッタリな肩書だけどそれも才能に含まれるのか?

「ホンマに気ぃつけろよ。わいも最初、誘惑に惑わされて気付いたら半裸状態やったからな」

「そ、そうなんだ」

 自分が半裸になった姿を想像してボクは寒気を感じた。当の夢見さんは気にする様子もなく、右目を隠した長い髪を靡かせながら海を眺めている。これはこれで絵になるな

「あ~! いま縛ちゃんの事イヤらしい目で見てたでしょ! 航君のエッチ~」

「ち、違うよ!? そんな風に見てないよ! 確かにちょっとだけ色気は感じたけどそれだけだよ!?」

「ぷぷっ、本音が出てるよ都築君!」

「ククッお年頃やなぁ!」

 ボクは背後にいた深海さんと遊木君に背中を叩かれた。恥ずかしい、本当に恥ずかしい……。

「もう、一体君はなんなんだよ!」

「ぼく? ぼくは玉村晴香(たまむらはるか)! 超高校級のプロボウラーだよ! 生まれてから一度もガーターを出した事ないのが自慢かな? 逆にどうすれば出せるか教えてほしいよ。航君は知ってる?」

 ピンクのポロシャツを着たショートカットの少女、玉村さんはグローブを付けた方の指を口元に添えながら首を傾げる。む、ちょっと可愛いぞ。

「ジ~」

 深海さんの視線が背中に刺さる。

 仕方ないじゃないか。ボクだって健全な男子なんだ、女子のちょっとした仕草が気になるんだよ。

 ……なんて事は云えず、ボクは逃げるように空を眺めている色白の男子に声をかけてみた。

「こ、こんにちは」

「……」

「よ、よろしく!」

「……」

 返事がない。さすがに屍には見えないんだけど。

「え~と」

「宜」

 宇部?ウベ?ube……

 何の事だ?まったくわからないぞ。

 色白の男子から出されたクイズを必死に解こうと頭を抱えていると、近くで様子を窺っていたおかっぱ頭の小柄な女の子が遠慮がちに声をかけてきた。

「多分……宜しく(よろしく)って云っているのだと思います」

「そうなの?」

 答え合わせをする為にボクが尋ねると色白の男子はコクリと頷く。どうやら正解だったらしい。

「ふふ、当りました」

「お~」

 嬉しそうに微笑む女の子に拍手を送ると、彼女は慌てて頭を下げた。

「失礼しました。わたしは、梶路美耶子(かじろみやこ)と申します。その……超高校級の巫(かんなぎ)と呼ばれています」

 巫か。確かに神秘的な雰囲気を持っているな。昔ながらのセーラー服もよく似合うし……あれ? よく見たらこの子、目を……閉じてる?

「あ、わたし生まれつき目が見えなくて。本当はすぐに声をかけたかったのですけれど、タイミングが……」

「ああゴメン気がつかなくて!?……足元大丈夫?」

「お気遣いありがとうございます。わたし、目は見えませんがそこに何があるかはわかるんですよ。足音や気配でなんとなくですけど……。ですから、出来れば普通に接していただけるとありがたいです」

「そうなんだ。それじゃあ改めて、よろしくね梶路さん」

「よろしくお願いします。都築さん」

 ボクと梶路さんがお互いに自己紹介をしていると、その横で再び空を眺めていた色白の男子が思い出したように口を開いた。

「紫中舞也(しあたまいや)。超高校級の裏方だよ」

 無表情のまま指でVサインを作る紫中君。裏方って云うと、舞台やライブを目立たずにサポートする人の事だっけ?それならこの静かな性格も納得だな。

「宜……気に入らなかった?流行ると思ったのに」

「え?」

「ちょっと残念」

 紫中君が悲しそうな顔で俯く。

 正直あれが流行ると思った彼の感性には共感出来なかったけど、ここまで落ち込まれるとさすがに良心が痛むな。ああ、そんな暗い顔しないでよ。余計に罪悪感が……。

「い、良いと思うよ! 宜!」

「わたしも素敵だと思います。宜です紫中さん」

「……ありがとう」

 紫中君の顔に笑顔が戻って一安心したのも束の間、今度は怪しい物体が突如ムーンサルトでボク達の前に現れた。

「キャッハー!仲良くする事は良い事なっちー!アタイも混ぜてほしいなっちー!」

 出た!? デッキに出てからずっと気になっていてはいたけれどずっとスルーしていた謎の物体! こいつは一体何者なんだ? 首らしき部分に大きな花びらみたいな物がついているけどもしかして……花?

「なんなっちー? あ! 自己紹介がまだだったなっちなぁ。アタイはお花の妖精のはなっちーなっちー! そんでもって、超高校級のゆるキャラなっちー!」

 やっぱり花だったのか。正直当てたくなかったな。

「9999人いる姉妹の107番目なんなっちよ!これ花知識なっち」

「ふふふ、姉妹がたくさんいて楽しそうですね」

 めちゃくちゃな設定にもちゃんと反応する梶路さん。そっか、君は天使だったんだね。

「あのぉ」

「うわぁ!?」

「ひゃッ」

 ビックリした……。いけない!梶路さんを崇めていて思いっきり油断してしまった。せっかく声をかけてくれたのに……とにかく謝らないと!

「ごめん!いきなり話しかけられてビックリしちゃったんだ。大丈夫?」

「だ、大丈夫です……すみません」

 あれ?よく見るとこの子……凄い美人だ!スレンダーで顔はどのパーツも整っていて紺色の髪も絹糸みたいで。でもそれ以上に……

「キレイな指だなぁ」

「へ?」

 やばい! つい声に出しちゃった。どうしよう、今のセクハラだよな。

「ああ! 今のはセクハラとかじゃなくて、ただ純粋にそう思ったというか深い意味は!?」

「そ、そうですよね……」

「え?」

「どうせ私なんて、他に褒める所がないからみんな、たまたま目につく指ばかり褒めるんですよね。あまりにも惨めだから、周りが超高校級の手タレだなんて呼んで気を遣うんですよね。知ってます。だって私ブスで鈍臭くて根暗で臭くて恐がりで神経質で高い所が苦手で炭酸が飲めなくて生理重くて英語が話せなくて字も汚くて未だに顔文字すら使えなくて冷え症で」

「ごめん!なんか本当にごめん! ボクが悪かったからそれ以上自分を追い詰めるのはやめてくださいお願いしますッ!!」

「はい……ごめんなさい」

 よかった! 土下座した甲斐があったよ。なんか大事な物を失った気もするけどとりあえずよかった!うん!

「そ、そういえばまだ名前を聞いてなかったよね。ボクは都築航」

「指原雅(さしはらみやび)、です。名前負けしていますよね。私みたいなブスで鈍臭くて根暗で臭」

「ありがとう! これからよろしくね指原さん!!」

「あっ」

 これ以上何を失うかわからない恐怖に駆られたボクは指原さんの手を強く握って話を終わらせた。

 

 

 指原さんの熱い眼差しを背中で感じながらも気付かないフリをして、ボクはデッキの隅で佇む、190cmはありそうな長身の白髪男子に声をかけた。

「都築航です。よろしく!」

「……」

 ……無視、か。今度はどんなクイズが出されるのかな? なぞなぞならまだイケるけど、数学の問題とか出されたらお手上げだぞ。

「チッ」

 おや? 今舌打ちされた気がしたけど気のせいだよな。それより、なんでボクは害虫を見るような目で見られているんだろう。

 ボクと彼の間でしばらく無言の間が続いていると、異変を察した深海さんが麩菓子を持ってやってきた。

「ダメだよ生田君!都築君も私達と同じ境遇なんだから仲良くしないと!」

 深海さんは良い人だな。でもこいつには何言っても聞か

「はい! 麗しき人魚姫の頼みとあれば!」

 っええええ!?

「生田厘駕(いくたりんが)です。生物学者をしています。好きなものは女性、嫌いものは自分以外のオスです。どうぞよろしくお願いします。プランクトンが」

 紳士的にとんでもないこと言ったぞこいつ!?

「よく出来ました!ご褒美にこれあげるね。都築君にもはい!」

 ……深海さんから新しい麩菓子を手渡された。たこ焼き味か。

 生田君の方を見ると、彼の手にはキャラメル味が握られていた。……なんか美味しそうだな。

「ありがとうございます。家宝にさせていただきますね」

「腐っちゃうよ?あれ、麩菓子って腐るのかな?サクサク」

 麩菓子をかじりながら考える深海さんを見ながら、ボクは2本目の麩菓子をいただいた。いろいろあったけど、ひとまず全員と自己紹介出来たかな。自己紹介ってこんなに疲れるんだな……ははは。

 

 歯に挟まった麩菓子を気にしていると、成宮君が札束で額の汗を拭きながらみんなが見渡せる位置に立つ。

「これからどうする皆の衆。我々を含め、これ以上この船には人がいるとは思えないのだが」

「そもそもさぁ、ぼく達って希望ヶ峰学園に入学する予定だったんだよね?なんで船の中にいるわけ?」

「当り見回しても、島一つ見えないもんね」

 深海さんの云う通り、どんなに周りを見渡してもやはり海ばかり。

 港はもちろん、島らしき物は微塵も見えなかった。

「完全に海のド真ん中いうわけやな」

「困った時は踊るのが一番なっちー!キャッハー!!」

「あんたは一人で踊ってなさい!」

 まさに八方塞がりとなり途方に暮れていると、まだ昼間だというのに突然カラフルなライトが点灯される。

「な、なんですかこれ……?」

「なんかのパフォーマンスか?」

「半裸のネズミさん? それとも~仕事を選ばないネコさん? みたいな?」

「それいろいろ危ないわよ!?」

「魔夜のネオン街を思い出すわ……」

 各々勝手な事を言っていると船のてっぺん、マストの上あたりから黒い物体が隕石のように振ってきた。

 甲板が割れるんじゃないかと思うほど勢いよく振ってきたそれは、体が白と黒とで半々に分かれた……ぬいぐるみ?

『キャッホォォォォ! ボクはモノクマ! この船の船長(キャプテン)なのだ!』

「ぬいぐるみが降ってきた!」

「っていうか喋ったぞこいつ!?」

「ぬいぐるみ? はなっちーさんのお友達ですか?」

「知らないなっちー! こんなダサいの、全世界ゆるキャラ大全にも載っていないなっちよ!」

『うるさいぞおまえ! 中のオッサン引きずり出してブログを大炎上させてやろうか!』

「オッサンなんかいないなっちー!? アタイの中にあるのは愛と勇気と臓物だけなっちよ!」

 周りがざわめく中、遊木君が声にドスを効かせながらはなっちーと口論を繰り広げていたモノクマに尋ねる。

「で? そのモノクマはんが何や用か?」

『用もなにも、全員揃ったみたいだからこの船のルールを教えに来たんだよ! 郷に入りては郷に従えっていうでしょ?』

「そんなの知らないよ! 早くお家かボーリング場に帰せー!」

『うるさいな。これだからゆとり世代は。あれ? 今は悟り世代だっけ? どっちでもいいか!」』

 のんきに笑いながらモノクマが腕組をすると、赤くギザギザした眼が怪しく光る。

『まぁ、帰してあげないこともないよ』

「本当に? 嘘ついたら抜歯よ」

『ホントホント! ただし条件があるけどね』

「条件?」

『そう、その条件って言うのはね……』

 周りの空気に緊張が走る。

『おっと! その前に渡すものがあったんだ。ハイ! 電子生徒手帳~♪』

 気の抜けた音楽と共に自分で作り出したシリアスな雰囲気をぶち壊すモノクマ。

 張りつめていた空気が緩み、気の抜けた全員に薄い端末が手渡される。 

『船の上にいるとはいえ君たちは立派な学生だからね。身分を示すものは必要でしょ? この船のルールも書いてあるからとりあえず起動してみてよ! じゃないと話が進まないからね。うっぷっぷっぷ!』

 モノクマに云われ恐る恐る起動させると、画面には希望ヶ峰学園の校章が描かれたメニュー画面が表示され、ボクは自分の携帯を操る様にスクロールして <校則> と書かれた項目に指を触れた。

 

 

 

 <校則>

 

 「1」

 生徒達はこの船内で共同生活を送りましょう。共同生活の期限はありません。

 

 「2」

 夜10時から朝7時までを夜時間とします。立ち入り禁止区域が出来るので注意しましょう。

 

 「3」

 就寝は割り振られた自分の客室でのみ可能です。他の客室での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

 

 「4」

 この船について調べるのは自由です。特に行動に制限はありません。

 

 「5」

 船長ことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラ等の設備、また海にゴミを捨てる等の環境破壊を禁じます。

 

 「6」

 乗客の誰かを殺したクロは卒業となります。自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。

 

 ※この校則は順次追加されます。

 

「なななんですかこれぇッ!?」

「奇怪」

「船ん上なんに校則って……」

 みんなが動揺するのも当然だ。こんなめちゃくちゃなルールありえない! なにより6番目……これは

「あの、都築さん」

「どうしたの梶路さん?」

「わたし、こういう機械には触れた事がなくて……船のルールだけでも読んでいただけませんか?」

「そっか。あまり良い内容じゃないんだけど……」

 お願いしますと頭を下げられたボクは、画面に表示された校則を一字一句読みあげた。声に出して読んみてもやっぱりめちゃくちゃだ。一通り読み終わり梶路さんの方を見ると、彼女は難しい顔で何か考えている様だった。

「……ありがとうございます」

「大丈夫?」

「はい。……あの、モノクマさん」

『なにかな?』

「ここに書かれている卒業、というのはどういう意味でしょうか?」

『ああゴメンゴメン! 修正し忘れていたよ。そこ正しくは下船だから! 後で更新しておくね♪』

「すみません、あともう一つ。ルールには知られてはいけないと書かれているみたいですが、仮に誰かを殺したとして、それが他の人にバレたらその人はどうなるのですか?」

 梶路さんの口から殺すなんてワードが出てくるとは思わなかったボクは驚いた様に目を丸くすると、モノクマは待っていましたとばかりにつぶらな方の目を細める。

『うっぷっぷ! よくぞ聞いてくれました!もしも殺人がバレた場合、その人には恐ろしいオシオキが待っています!』

「オシオキ、ですか?」

『そう! オシオキと言っても廊下に立たされるとかそんな昭和テイスト溢れる埃臭いもんじゃないよ! 人を殺したんだもん、それ相応のオシオキが待っているよ! 例えば野球のボールを死ぬまでぶつけられたり、全身パン粉塗れにされてマグマでカラッと挙げられたりね! うぷぷ、ワックワクのドッキドキだよね~♪』

 想像しただけで全身痛くなる様な事を嬉々として語るモノクマにボクは恐怖を感じた。

 これが夢なら覚めてほしいと心から願っていると、背後で何かを叩きつけた様な音がして振り返る。他のみんなもボクと同じように振り返ると、そこには足元に電子生徒手帳を転がした太刀沼君が恐ろしい形相で怒りを露わにしていた。

「ッざけんじゃねェ!! こんな所で一生過ごすなんて誰がするかッ!? おい! さっさと俺様を降ろしやがれ!!」

「お、落ち着け太刀沼! 今暴れた所で何も解決しない!」

「うっせ黙ってろッ! もう我慢できねェ。これ以上何か言うならぶっ殺す!! オラァッ!!」

『ぎゃあ~』

 周りの制止も聞かずにモノクマをサッカーボールのように蹴り飛ばす太刀沼君。モノクマは勢いよく吹っ飛びガラス張りの扉に叩きつけられた。

「さっさと立て! 今度は血反吐吐くまで腹パン喰らわせてやるよ」

『やっちゃったね? 船長のボクに手を出したってことは、何されても文句は言えないよね……?』

 そう呟くとモノクマは、さっきまでの饒舌が嘘かのように黙り込んで扉にもたれかかる。その姿はデパートに売っている本物のぬいぐるみのようだったけれど、口にした捨て台詞がやけに引っかかる。でも頭に血が登った太刀沼君にはそんな事はお構いなしで、動かなくなったモノクマの足を掴むとガラスが割れるんじゃないかと想う程に強く、何度も扉に叩きつけた。

「オラッ! ……急に黙ってんじゃねぇよ。オラァッ! ……痛くて声も出ねェってか? ゲハハハハ!」

「ちょっと。そんなに雑に扱った平気なの?」

「平気って何がだよ垣子」

「垣子って呼ぶな! ってそうじゃなくてぇ!?」

「なんや変わった所はないかいう事や。熱くなってきたり、変な音がしたりしてへんか?」

「変な音? 云われてみりゃあ確かにな~んか聞こえるな…………なんか時計みたいな」

 その言葉を聞いた瞬間、みんなの頭の中にはきっと同じ物が浮かんだに違いない。ぬいぐるみの中から聞こえる時計のような音……。TVをあまり観ないボクでさえ思い付くであろうお約束……それは

「太刀沼! 早くそれを捨てぇッ!!」

「あ? なんでだよ」

「ええから投げろ! 死にたいんかッ!」

「うっせぇな…………ほらよッ!」

 遊木君を睨みながら太刀沼君はイライラをぶつけるようにモノクマを海に向かって投げ捨てる。宙に浮いたそれは綺麗な弧を描き夜空に咲く花火のように爆発した。

 目が沁みるような爆煙が嗅覚を襲うと、ボクはあと少し遅かったら……というありえたかもしれない未来を想像してしまい全身から滝のような汗を流して立ち尽くしてしまう。

「おいおいおいおいなんなんだよあれ聞いてねぇぞッ!」 

『ビックリした? ビックリしたぁ? キミが悪いんだからね? 船長に暴力を揮うから』

 目の前で爆発しておきながらさも当然のようにスキップでデッキに現れるモノクマ。こいつ不死身なのか!? これじゃあ勝ち目なんてないじゃないか……。

「ちょっと! なんであんた生きてるのよ!」

「ありえない、みたいな」

「あなた、不死の酒を飲んだわね?」

 ボク達が驚く姿が余程嬉しいのか、スキップしていたモノクマは今度はコサックダンスを踊り始める。

「お前にも姉妹がいるなっちか! パクリなっちー! 商売敵なっちー!」

『姉妹なんかいないよ。どう? 絶望した? キミ達は決して逃げられない。どうしても逃げ出したいなら…………殺すしかないんだよッ! ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』

 

 容赦なく残酷なルールを突き付けるモノクマ。

 

 奴は何も云えずに俯くボク達を嘲笑うと、高く跳躍してマストの方へと帰って行った。

 

 奴の姿が見えなくなるとボクの膝は限界が来たのか、糸が切れたように崩れ、冷たく硬いデッキに両手をついて項垂れてしまう。

 

 これからボク達、どうなるんだ…………。

 

 潮風に紛れて重苦しい空気がデッキに流れる中、船出の汽笛を鳴らすように奴の声が響き渡る。

 

『いざ、絶望の航海へ!出航~!うっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷ』

 

 

 

 ダンガンロンパミラージュ ~絶望の航海~

 

 プロローグ

 

 【ミラージュ号11037便 希望発→絶望行き】

 

 

 

 ......END

 

 


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