ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・
 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください





チャプター4 (非)日常編 ①

 

 不規則に点滅する蛍光灯。

 そのわずかな明かりしかない深夜の廊下はいつも以上に薄気味悪い。

 そんな薄気味悪い一階の廊下を一人歩くのは、グレーのブレザーに身を包んだ長身の男、生田厘駕だった。

「ここも違うか。奴のいそうな場所は大抵調べたが……チッ、今日はこの辺にしておくか」

 歩みを止め、壁にもたれかかり腕を組みながら一息つくと、ふいに生田の頭の中にある男子の言葉が蘇る。

「そういえば、鍵のかかった客室があるとプランクトンが云っていたか。まあ、三階の様に開く事はないだろうが一度確認してみるか」

 組んでいた腕を解くと再び歩き始める生田。

 猛禽類を思わせるその鋭い眼には、何の感情も灯っていない。

「確か付きあたりの客室……ここか? どれ……」

 所々黒ずんだドアノブを回してみると、そのドアノブは耳障りな金属音を鳴らしながら円を描き、生田を招くかのようにドアを開く。

「……この俺を騙すとは良い度胸だ。明日会ったらさっそく舌を抜いて……なんだあれは」

 生田の目に映ったのは、ベッドの上に置かれた一枚の紙切れ。

 だがその紙切れは、他の客室と唯一違う、明らかな……罠。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か……ククッ」

 

 

 

 ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~

 

 

 chapter4

 

 『 modern revenge cowboy  』

 

 

 

 

僕は、裏方だからね

 

 紫中君が去り際に告げたあの言葉が頭から離れず一睡も出来なかったボクは、モノクマアナウンスが聞こえるより早く一階の自動販売機のあるイートインコーナーに向かった。

 一度二階のレストランに行きそうになったものの、エレベーターに乗る直前で封鎖されている事を思い出す事が出来たのは幸いだ。

 玉村さんが厨房を二回も爆発させた事によって使用禁止にされてしまったレストラン。

 一日一回は必ず足を踏み入れていた場所だけあって、使う事が出来ないのはなんだか少し寂しい気がした。

「まあ、三日だけなんだけどさ。いや正確にはあと二日か? どっちにしろ、手料理が食べられないっていうのは寂しいよなぁ」

「なにをブツブツ云っている」

 声をかけられ振り向くと、そこには冷たい眼差しでボクを見下ろす生田君の姿があった。

「起きて最初に見るのがキサマの冴えない顔とは……今日は厄日だな」

「そこまで云わなくても」

「いいから退け。入口前に立つな」

 ボクを押し退けて自動販売機が並ぶ部屋に入ると、生田君は目利きするように次々と自動販売機の商品に目を配らせる。

「チッ、どれも粗末な食品ばかりだな」

「なにしてるの?」

「レストランが使えないからな。女神達のモーニングに相応しい食品がないか探しているんだ。尊き女神達に朝から栄養の偏ったインスタント食を食べさせるわけにはいかないだろう」

「なるほどね。それならこのうどんの自動販売機なんかどうかな? 朝からうどんって消化に良いって聞くし、トッピングも充実しているよ」

「論外だな」

 バッサリ切られてしまった。

「そのマヌケ面からして知らないようだから特別に教えてやる。この手の自動販売機には数えきれない程の細菌が蠢いていて不衛生極まりないんだ。幸いこの船の設備は一級品だから害虫がいる事はないだろうが、それでも女神の麗しき口に入れていいものではない」

「ならこのハンバーガーの自販機は? マフィンとかもあるよ?」

「なおさら論外だな。こんな添加物だらけの偽造品、食品の姿をしているだけでも吐き気がしてくる。いいか? キサマらがバカみたいに食しているそれは、遺伝子操作をして農薬を掛けて防カビ剤で輸入された小麦でできたパンと、遺伝子組み換え農薬飼料と抗生物質を与えられ狭い檻の中で成長ホルモン剤を投与され運動もさせてもらえず病気になった牛のクズ肉をミンチにして防腐剤で処理し冷凍して――」

「わかった! ボクが悪かった! だからそれ以上はやめて!?」

 それ以上聞いたら二度とハンバーガーが食べられなくなりそうだから!

「とはいえ朝食を抜かせるわけにもいくまい。ここは涙を飲んでバランス栄養食で我慢してもらうとしよう」

 涙を流しながら自動販売機にメダルを入れる生田君に引いていると、大きな欠伸をしながら玉村さんがやってきた。

「あ、おはよう航くん。体調はダイジョーブ?」

「うん。なんとかね」

「よかったぁ」

 胸を撫で下ろすようにホッと息を吐く玉村さん。

 こんなに心配してもらえるなんて、なんか嬉しいな。

「まだ休まれていてもよろしいのですよ投球姫。朝食の支度をする事もないわけですし」

「そうなんだけど、なんだか一人でいるのがイヤでさ。なにかぼくもお手伝いしようと思って」

 やる気満々と云わんばかりにボウリング用のグローブを外すと、生田君は絶対にボクや太刀沼君には見せないであろう笑顔を玉村さんに向ける。

「わかりました。ではテーブルに敷くクロスを持ってきてくださいますか? この飾りっけのない木製のテーブルに女神達を座らせるわけにはいかないので」

「任せて!」

 そう云うとさっそくダッシュでテーブルクロスを探しに行く玉村さん。あんなに走って転ばないといいけど。

「それにしても珍しいね。生田君の事だからここで休んでてとか云うと思ったのに」

「自動販売機まで壊されては困るからな」

 至って真剣な表情で呟く生田君。

 そんなバカなと笑い飛ばそうとした瞬間、ボクの脳裏に爆発した厨房から現れる生田君と玉村さんの姿が蘇る。

「あ、あはは。あ、そうだ。こうしているのもアレだし、ボクも何か手伝お――」

「いらん目障りだ酸素の無駄だくたばれ」

「そこまでいわなくても」

 

 

 自動販売機で買ったお茶を飲みながらバランス栄養食を丁寧に紙皿に並べる生田君を見ていると、暗い顔をした深海さんが俯き気味にやってきた。

「おはよう深海さん。顔色悪いけど、なにかあった?」

「おはよう。今まで花子ちゃんの客室で看病をしてたんだけどね? 目を覚ましたと思ったら、その……追い出されちゃって」

 当たり障りのないよう必死に選びながら放った言葉だったが、パーカーの袖からかすかに除く包帯を見て、ボクは何があったのかすぐに理解した。

「お疲れ様。何か飲む?」

「ありがとう。それじゃあコーヒーをもらおうかな」

「麗しき人魚姫。コーヒーをお飲みになるのでしたらこの生田厘駕にお任せください! 特別に抽出致します!」

「え、え~と……あ、すごい! この盛り付け全部生田君がやったの?」

「ええ。ただ箱から出すだけでは品がないと思いまして」

「なるほどねぇ。あ、こんな風になってるんだ」

いつの間にかボクの気遣いなかった事にされてしまった。まあ、深海さんの気が紛れるならそれでいいんだけどさ。

「テーブルクロス持ってきたよ~! あ、紅葉ちゃんおはよう!」

「おはよう晴香ちゃん。今日も元気だね」

「まあね! なに見てるの~?」

 

 ******

 

 少し遅れて、胸元をはだけさせながらやってきた夢見さんを(深海さんが)止めた後、ボク達五人は生田君が用意してくれた朝食とコーヒーをいただいた。

 ただのバランス栄養食があんなに美味しく感じるとはね。盛り付けがどれだけ大事か思い知らされたよ。花子さんや太刀沼君がいたら……いや、この二人に関しては仕方ないか。紫中君は……

 

 ――僕は、裏方だから。

 

 なんでまた思い出すんだ。深い意味があるわけないのに。あまり気にしていたって仕方がないんだから落ち着かないと。

「そういえばあれ、どうなったのかな?」

「あれって?」

「フフフ、第三次バルタロイナリア戦争なら伯爵側の勝利に終わったわ」

「バル○ン星人?」

 宇宙忍者は関係ないよ。というかバルなんとか戦争もどうでもいい、というか関係ないよね?

「投球姫が仰っているのは新たに解放されたエリアの事でしょう」

「そうそれ!」

「お行儀悪いよ晴香ちゃん」

 テーブルから乗り出すようにして立ち上がる玉村さんを抑えると、深海さんはおかわりしたコーヒーに一度口をつけて話を続ける。

「裁判が終わったって事は、新しい場所が解放されるって事だもんね。今度はどんな場所なんだろう」

「フフフ、どんな場所にしろ、また事件が起きるのは避けられないのでしょうけどね」

「やめて縛ちゃん。笑えないよ」

「あらごめんなさい」

 素直に謝ったものの、夢見さんはいつも通りの様子で特に反省しているようには見えなかった。マイペースというかなんというか……。

「とにかく一度行ってみましょう。あの雑巾に催促されるのは不愉快ですので」

「そうだね。花子さん達の朝食はどうする?」

「麗しき人魚姫の話を聞く限り、小さき薔薇乙女はまだ本調子ではないだろう。心配だがここは様子を見るとしよう。くっ! 俺にもっと力があれば」

「太刀沼君と紫中君は?」

「知らん。餓死してくれるならそれに越したことはない」

 この態度の差……ホントにブレないな。

「厘駕くん、厘駕くん! 後片付けはぼくがやるよ」

「お心遣い感謝致します。ですがこれも俺の仕事ですので、投球姫のお手を煩わせるわけには参りません」

「ただ紙皿捨てるだけだよね?」

「生田君、ちょっと警戒しすぎじゃない? いくら玉村さんだって紙皿ごとイートインコーナーを燃やして処理しようなんて思わないよ?」

「それどういう意味!?」

 顔を真っ赤にしながらポカポカとボクの胸を叩く玉村さん。

 正直これくらいの力なら全然痛くないたたたたた痛い痛い痛いッ!

「じゃあ皆でやるのはどうかな? 自分が食べた分は自分で捨てる。これでどう?」

「さっすが紅葉ちゃん!」

「わかりました。これ以上拒否するのは女神達に恥をかかせてしまう事になりますからね」

「イエーイ♪」

その後ごく普通の後片付けを終えてからみんなでエレベーターに乗ると、今まで点灯していなかった[5F]のランプが点灯していた。

「解放されたのは5Fの様ですね」

「フフフ、一階の次に五階だなんて。どれだけワタシ達を弄べが気が済むのかしらね」

「や、やめてよぉ」

 夢見さんの怪しい視線に怯える玉村さんを眺めていると、エレベーターはすぐに五階に辿り着き、いつもように鈍い音で鳴きながらボク達の目の前に新たな光景を映し出した。

 

 ボクの目に映ったのは煌びやかな世界。

 とはいっても、二階や四階とはまた違う意味で煌びやかで、まず普通の高校生なら立ち入る事はないであろう世界だった。

「ドレスコードとか大丈夫かな? 私達制服だけど」

「なにかあれば四階でドレスを拝借すれば良いでしょう。この生田厘駕が真心こめて仕立てさせていただきますよ」

「ここならボウリング場もあるかも!」

「フフフ、さしずめラスベガスと云ったところかしら?」

 夢見さんの云う通り、ボクの目前に広がるのはまさにそんな空間だった。

 一面に敷き詰められた派手なタイルカーペット、無駄な隙間を作らないように置かれた観葉植物、まだ午前中だというのに目に痛いくらい輝くネオン、反響する景気の良いBGM……夜になったらどれだけ幻想的で都会的な空間になるのだろうか。

「ワタシは先に行かせてもらうわね。あっちから甘美な香りがするの……フフフ」

「それじゃあ各自自由行動だね。お昼になったらあの自動販売機の部屋に集合ってことで」

「ボウリング場はどこだー!」

「走ったら危ないよ晴香ちゃん!」

「女神がお寛ぎになれる空間はあるのかどうか」

 さてと、ボクも始めないとな。

 まずはどこから回ろう。相変わらず広いし、午前中で全部回りきれる自信は正直ない。

「う~ん、どこかに地図があればいいんだけど……」

『キミがボクのマスターか~!』

「……なんの用だよモノクマ」

『おやおや? いつもみたいにひっくり返ったり飛び上がったり漏らしたりしないんだね?』

「漏らした事なんてないよ!? じゃなくて、さすがにボクだって慣れるさ。用がないならあっち行けよ」

『用ならあるよ。さすがにボクもキミをからかう為だけに出てくる程ヒマじゃないからね~』

 ぐぬぬ。ホントなにかと癪に障る奴だ。もう存在自体が鬱陶しい。

「で、その用っていうのはなんだよ」

「ここまで来て未だに電子生徒手帳を使いこなしていないなぁと思ってさ。ちょっとアドバイスをしに来てみたわけだよ」

「アドバイス?」

「うん。せっかくいろいろ機能があるのに誰も使おうとしないからさ。ほら、そこの船のマークをタッチしてみて」

 ボクは警戒しながらモノクマがいう船のマークに指を乗せると、デジタル時計から船の構造図のようなものに画面が切り替わる。

「で、今度は5階って書かれた部分をタッチすると……はい! この通り五階の地図が表示されるのです! どうどう? すごいでしょ?」

「気付かなかった。こんな機能あったんだ」

「都築クンのことだからどうせモノクマファイルを見る以外には触ったことないんでしょ?」

 う゛、図星だから何も云えない。こんな事ならもっとチェックしておけばよかった。

「せっかく他の乗客と親密になれるようプロフィールなんかも載せてあげたのに。これじゃあ宝の持ち腐れだよね」

「プロフィール?」

「そこの人の顔みたいなマークを押してごらん。そうすると他の人の名前がリストに出てくるでしょ? そこをタッチするとそれぞれのプロフィールデータが見れるようになっているんだ。誕生日とか、血液型とか、スリーサイズとか」

「スリーサイズ!?」

「うぷぷ。露骨に反応しちゃって面白いなぁ。ま、見るかどうかはキミの判断に任せるよ。その電子生徒手帳をどう使うかは自由だからね! 自由だからね! 大事なことなので二回云ってみました」

 いつものように突然現れて突然消えるモノクマ。

でも今はそんな事どうでも良くて……す、スリーサイズ。全員ってことは、ふ、深海さんのも?

「イヤイヤイヤイヤ何を考えているんだボクは!? 今はとにかく探索をしよう! そうしよう! え~とまずはこの船のマークを押して、次に五階を……よし、表示されたぞ」

 画面には上空から写真を撮ったかのように表示される船内図が表示され、所々に点いた赤い印を示すように引かれた線の先にはその場所の名前が記されていた。

 劇場、カジノ場、ダーツバー、カードルームか。どれもこの階の雰囲気通りの店って感じだな。一番近いのは……ダーツバーか。行ってみよう。

 

「フフフ、奇遇ね都築君」

「夢見さん。甘美な匂いってそれのこと?」

 青い照明が照らす落ち着いた雰囲気の店内に入ると、奥の冷蔵庫から勝手に取りだしたであろうウイスキーボンボンを摘みながら気だるげにカウンターテーブルに肘をつく夢見さんの姿があった。

「勝手に食べていいのそれ?」

「フフフ、ちゃんと等価交換はしたわよ」

「等価交換? あ、お金を払ったってことか」

「ン、この鼻孔をくすぐる刺激的な香り……フフフ、堪らない」

 ぷっくりとした唇を紅色の舌で舐める夢見さん。

 頬もわずかに赤みを帯びていて、その一瞬の仕草からは妖艶さを醸し出していた。

「と、ところで夢見さん。ここの探索はもうしたのかな?」

「カウンターの下は調べたわ」

「ほとんど手付かずなわけだね」

 ボクの言葉に夢見さんが無言で目を背ける仕草を確認すると、それ以上は何も云わず、ボクは肩を竦めながら適当に店内を見て回る。

 夢見さんがもたれるカウンターの後ろにはたくさんのアルコールが棚に並んでいる。種類はわからないけど、明らかに高そうな物ばかりだというのは素人目でもよくわかった。

 カウンターの左には広いスペースがあり、四台のダーツマシンと三代のビリヤード台が置かれている。カウンター席以外にもテーブルがいくつか並べられ、50人程度は余裕で入りそうな広さがあった。

「な、なんだか落ち着かないな。高校生が入れる店じゃないんだろうけど、なんだか雰囲気に飲まれそうだ」

「フフフ、誰だって始めては不安なものよ」

「夢見さんも不安に思う時があるの?」

「もちろんよ。あの熱帯夜の日なんて……」

「ちょ!? そういう話はやめてよ!」

「なにか勘違いしていない? まあいいわ。せっかくだから一杯入れてあげる」

「ボク未成年だよ?」

「フフフ、安心して。半月の涙を垂らした聖水だから」

 そう云うと夢見さんは、カウンターの奥からグラスと氷、水、そしてレモンを取り出し、慣れた手つきでそれらをグラスに注ぐ。何かと思ったらレモンソーダか。ビックリした。

「さあ、召し上がれ」

「いただきます」

 ボクは躊躇う事なくグラスを受け取ると、それをゆっくりと喉に流す。

 強めの炭酸とレモンの酸味が口いっぱいに心地良い痛みとなって広がり、一気に意識を解放させる。

「ありがとう夢見さん。美味しかったよ」

「フフフ、それは良かった」

「普段から自分で作って飲んでるの? なんだか慣れた手つきだったけど」

「いいえ? でもなぜかしら。自分でも不思議と身体が動いたの。フフフ、まるでマリオネットね」

 怪しげに頬笑みながらウイスキーボンボンを口に含む夢見さん。

 なんとなく長居するのは良くない様な気がしたボクは、簡単に別れを告げて次の場所へと向かった。

 

 

「チッ、誰かと思ったらキサマか」

 モノクロの扉を開けて早々ボクの目に映ったのは、麻雀卓らしきテーブルの上に腰かける生田君の姿だった。

「生田君は今来たところ?」

「キサマに云う義理はない」

「あっそ」

 人が会話のキャッチボールをしようと……まあいいけど。

 しかめ面の生田君を放置しながら自分のペースで探索を始める。

 とはいえ、受付のカウンターの他にはゲームをする為の卓がいくつもあるだけで、これと云って変わった物は特に見受けられない。大きな柱時計があるけれど、仕掛けらしき物もなくただのインテリアといった感じだ。

「おい」

 トランプ、UNO、チェス、麻雀……オセロまであるのか。トランプは一通り経験あるけど、麻雀は一回もないんだよな。確か同じ絵柄を集めれば良いんだっけ?

「聞こえないのかこの愚鈍めッ!」

「ごめん、ごめん。まさか生田君に呼ばれるとは思わなくて」

「チッ。ミトコンドリアはどうした」

「ミトコンドリア?」

「チッ、紫中のことだ。キサマの看病をしに行くと昨日云っていただろ」

 また舌打ち。その癖直した方が良いと思うんだけど……とはさすがに直接云えないな。

「昨日ボクが目を覚ましたのを確認したら出て行ったきりだよ。まだ寝てるんじゃない?」

「そうか」

 そう云うと、思い当たる節があるかのように何か考え込む生田君。

「なにか気になる事でもあるの?」

「キサマに云う義理はない」

「はいはい」

 最初から教えてもらえると思ってないけどね。それにしても、紫中君に用事でもあるのかな? いや、あの生田君が男子に用事なんてあるわけないか。

「そういえば生田君。電子生徒手帳のマップ機能って知ってる?」

「当然だろ。まさかキサマ、今まで知らずにいたのか?」

「そ、そんなことないよ~」

「気持ち悪い顔で笑うな。殺すぞ」

 本気の殺意を向けられたボクの顔は一瞬だけ凍りつくも、生田君が出入り口に向かった為見られる事はなかった。

「俺はこのままダーツバーに向かう。付いてくるなよ」

「行かないよ。あ、そうだ。もし夢見さんにあったらチョコ食べすぎないよう云っておいてくれる?」

「ダーツバーには罪深きサキュバスがおられるのか!? チッ、それを先に云えこのプランクトンが!」

 まるで噛み終わったガムのように吐き捨てると急ぎ足でダーツバーへと向かう生田君。

 一人残されたボクは室内を見渡してみるものの、これといって珍しい物はやはり見つからなかった。

「次はカジノ場にでも行ってみるか」

 

 

「おーい! 航くーん!」

「玉村さんはカジノ場にいたんだね」

「ボウリング場を探してたら迷っちゃってさ。それにしても広いね~ここ」

 玉村さんと一緒にボクも辺りを見回す。

 たくさんのスロット台が所狭しと置かれ、騒々しいくらい賑やかな音楽と共に派手な装飾が壁一面に光る。奥にはルーレットも置かれていて、名前通りの大人の社交場といった雰囲気だ。

「なんか大人! って感じだよね!」

「まあ高校生が入れる場所じゃないけどね。それより玉村さん、電子生徒手帳って見た?」

「見てないけど?」

「実は、ボクもさっきモノクマに教えてもらったんだけど……」

 ボクは少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも、モノクマがしたように電子生徒手帳にある地図機能を玉村さんに説明した。

 一通り説明をし終える頃には、玉村さんの顔は真っ青になっていた。

「そんな! それじゃあこの階にもボウリング場が無いってこと!?」

「そうなるね」

「うわ~ん! これだけ広ければ絶対あると思ったのに~!」

 頭を抱えながらその場に蹲る玉村さん。なんだか悪い事をしてしまった。

 でも隠していてもいずれ知る事だろうし、それなら早い方が良い……よね?

「ハァ、もういいや。無いものは仕方ないもんね」

「なんかごめん」

「航くんが謝ることじゃないよ。それよりせっかく来たんだから遊ばないとね!」

「玉村さん、ルーレットとか出来るの?」

「そっちは知らない。でもスロットならぼくでも出来ると思ってさ! ゲームセンターでやったことあるし」

 無数に並ぶスロットを指差しながら丸い瞳を輝かせていると、玉村さんはスコートのポケットから数枚のメダルを取り出した。

「モノクマメダルはまだあるからね! ここぞとばかりに大儲けだよ! 四階のブティックで可愛いぬいぐるみを見つけたんだけど、ちょっと足りなくてさ」

「そうなんだ。でもこういう場所でお金を稼ごうとすると大抵――」

「わかってるって! でもさ、でもさ? ビキナーズなラックもあると思うんだよ!」

 相変わらず眼福……じゃなくて、目線に困る大きな胸を張りながら自信満々に語る玉村さんをボクが訝しげに見ていると、その視線に気付いたのか、不満そうに口を窄めながらそっぽを向く。

「なんだよもう。もし大儲けしたら少しだけ分けてあげようと思ったのにさ」

「ごめん、ごめん。まあ、あまりムキにならないようにね」

「はいは~い。バイバイ航く~ん」

 鼻歌交じりにスロットの中に消えていく玉村さんの背中を見送る。

 ホントに大丈夫かなぁ。ああいう人に限って破産するような気がするんだけど。それこそ凄い幸運の持ち主なら話も別……そういえば太刀沼君はどうしているんだろう。

 昨日の裁判でハミちゃんに云われた言葉が応えたのか、随分落ち込んでいたのは覚えている。

「ちょっと客室まで行ってみようかな」

 

 

 エレベーターで三階に下りて、一度自分の客室から枕を持ってくると、ボクは太刀沼君の客室前に立った。枕を持ってきたのは殴られそうになった時に盾の代わりになる物がそれくらいしかなかったからだ。

「よし。防御の準備は万全だ。これで何があっても大丈夫だぞ」

 ボクは一度拳を握り、殴られるのを前提にドアを数回ノックした。

「太刀沼君! 今いいかな?」

 ……返ってきたのは沈黙だけだった。

 いつでも枕を取り出せるよう身構えるも、拳はおろか怒声の一つも飛んでこない。

「寝てるのかな? おーい、起きてるー?」

 数回ノックするもやはり反応が無い。

 いくら落ち込んでいるとはいえあの太刀沼君が居留守を使うとはとても思えない。

「もしかして客室にはいないのかも。そうなると他に行くところっていえば……」

 

 *******

 

「いた」

「あ? なんだ都築かよ」

太刀沼君は予想通り、一階のイートスペースで一人カップ麺を啜っていた。

テーブルに足を乗せて食事をするその姿は、粗暴で、どこか虚しくも見えた。

「なんでテメェ枕なんか持ってんだ」

「まあ、いろいろとね」

 ふ~ん、と興味が無さそうに返事をすると、太刀沼君はカップ麺を一口啜る。

 太刀沼君を見つけたのはいいけど、何を話せばいいんだろう。ハミちゃんの事、太刀沼君の事、それともまったく別の話題? 一体ボクは何をしに来たんだ。

「……俺様はよぉ。自分のやりたいように生きてきたんだよ」

「突然どうしたの?」

「黙って聞いてろ。ガキの頃から欲しいもんは全部手に入った。おもちゃでも服でも、俺様が欲しいって云わなくても勝手に向こうから転がってきた。勉強なんかしなくてもテストは満点。惚れた女は全員モノに……そういやアレは良い女だったな」

 真剣な表情で何か揉みし抱くような手つきをする太刀沼君。

 何を思い出しているのか容易に想像つく自分の思考回路に嫌気がさした。

「嫌な事やめんどくせー事があれば他の奴に擦り付けてきたし、そうする事が当たり前だと、世界は俺様を中心に回っていると今でも思ってるさ。でもあいつは……垣子は……受け入れた。指原のやった事も自分のミスも全部受け入れてよ。あんな奴初めてだった。カッコイイとも思っちまった」

「太刀沼君、もしかして君はハミちゃんのことを」

「は? 俺様は胸のない女に興味はねぇよ」

 この流れで躊躇わずに云い切った!?

「カッコイイと思っちまったからこそ、俺様は今までの自分の生き方を全否定された気がしたんだ。後ろからぶん殴られたみたいによ」

自らの手で後頭部を叩くような仕草をすると、太刀沼君は天井に備え付けられた扇風機に目線を向ける。

「なあ都築。俺様はどうすりゃ良かったんだ? ぶん殴ってでも垣子に云う事聞かせるべきだったのか? それとも、黙って垣子に投票すりゃあ良かったのか?」

 太刀沼君が見せたそれは一言で云えば弱みなのだろう。

 だけどボクはそれを笑うわけでも、突き放すわけでもなく、今思った事をありのままに口にする。

「それはボクには答えられないよ。でも、そうやって悩み続けるのも、紫中君の云う責任なんじゃないのかな?」

「責任、か……めんどくせぇなぁ」

湯気も消え、伸びてしまったであろうカップ麺に視線を落とす太刀沼君。

一度溜息を吐くと、残った麺を勢いよく啜り、冷めた汁を一気に飲み干す。

「ング、ング……ぷはぁ! めんどくせぇけど、腹は減るんだよなぁ」

 その言葉にどんな意味があったのかボクにはわからない。

 生きているからなのか、生き残ってしまったからなのか、それとも……。

「やめだやめだ。俺様とした事が都築なんかに愚痴っちまうなんてな。おい都築! いま聞いた事は全部忘れろよ? 最強にラッキーボーイの俺様がテメェみたいな童貞丸出しのダサオに愚痴なんて話すわけがねぇんだからよ!」

「はいはい……って童貞ってのはやめてよ!?」

「なんだテメェ経験あんのかよ」

「な、ないけど……」

「やっぱ童貞なんじゃねぇか! ゲハハハ!」

 ボクの肩を何度も叩きながら下品な声で笑う太刀沼君に明確な殺意を抱き始めていると、探索を終えた様子の生田君が不機嫌そうに顔を顰めながら戻ってきた。

「チッ、品のない臭いと笑い声がすると思えばやはりキサマかクラミジア。一生引き籠っていればどれだけ平和だった事か」

「ケッ、そりゃあ残念だったな」

「生田君。夢見さんには会えた?」

「ああ。大分酔われていたようだから客室までお連れしてきた」

「あ? 夢見の奴酒飲んだのかよ」

「違うよ。ウイスキーボンボンを食べてたんだ」

「チョコレートの食べ過ぎて酔われるとは……ふふ、素敵だ」

 悦に入るように頬を染める生田君に吐き気を催していると、続くように深海さんと玉村さんが戻ってきた。

 異様にニコニコした深海さんとは対照的にこの世の終わりのような顔をしている玉村さんが気になったボクは、気遣うように声をかける。

「ど、どうしたの玉村さん?」

「わ、航くん。あのね? ちょっと相談なんだけど――」

「晴香ちゃ~ん?」

「ごめんなさい!」

 笑みを浮かべたままの深海さんに低い声で呼ばれると、まるで躾された子犬のようにプルプル震える玉村さん。これは、あまり聞かない方が良いのかもしれない。玉村さんの為にも、ボクの為にも……。

「おいそこをどけクラミジア。昼食の支度が出来ないだろうが!」

「これから二杯目を食うんだから邪魔すんじゃねぇよ」

「な!? そんな生ゴミ以下の添加物の塊を……二杯もだと? ありえない……おい。死ぬなら女神達の目の付かない場所で死ねよ」

「あ~ウゼェウゼェ! 俺様は食いたいもんを好きな時に食うのがポリスなんだよ!」

「それを云うならポリシーだろうがッ! 警察の世話になりたいのなら今すぐ消えろッ!」

 やれやれまた始まったよ。でもなんだろう。今まで鬱陶しいだけだった喧騒が、今は少しだけ心地良い。この光景も、いつの間にかボクの中の日常になっていたんだな。

「都築君。お昼の後、よかったら一緒に劇場まで行かない?」

「深海さん? 別にいいけど」

「よかった。じゃあまた後でね」

 小さく手を振ると、よくわからないままのボクを置いて二人の仲裁を始める深海さん。

 まあ、まだ劇場の方には行っていないし、深海さんの誘いを断る理由もないから良いんだけどさ。

 

 

「ごめんね都築君。無理に付き合ってもらって」

「別に無理なんてしてないよ。でもどうしてボクを誘ってくれたの?」

「なんとなく?」

 あ、うん。そんな事だと思ったよ。別に期待してなんてないしね。うん。ちょっとくらい好意から誘ってくれたんじゃなんて思ってないしね。うん。

「誘っておいてなんだけど、もしかして舞台ホールの探索はもう済んでたりする?」

「あ、そんな事ないよ。途中でイートインに戻ったから」

「なら良かった」

「深海さんはどこまで探索終わらせたの?」

「舞台ホール以外は一通り見て回ったよ。でもカジノ場で見事にメダルを無駄遣いして右往左往する晴香ちゃんに会って……ふふ」

 何かを思い出しているのか楽しそうに微笑む深海さん。

 なんとなく何があったのかわかってきたぞ。これは本格的に関わらない方が――

「都築君はカジノで無駄遣いなんてしてないよね?」

「はい! してません!」

「よろしい。あ、見えてきたよ」

 七色に輝くこれまた派手なネオンに装飾されたロビーから劇場の扉を開くと、そこに広がる光景は圧巻の一言だった。

 三階まで囲むように広がる無数の座席と、負けないと云わんばかりに広い舞台。そして……。

「見て見て凄い迫力! あんなに大きなシャンデリア始めてみた!」

 広大な天井でその存在感を示す大きなシャンデリアを指差しながら、子供のように瞳を輝かせる深海さん。

 その姿がなんだかツボに入ってしまったボクは、つい本人の前で吹き出してしまった。

「ちょっと都築君! お姉さんをからかうんじゃありません!」

 顔を赤くしながらボクの額を軽く小突く深海さん。

 本気で怒っているわけじゃないからか、まったく痛みはない。それどころか癒されてしまった。

「コホン、それにしても本当に広いよね。舞台もあんなに大きいし、これならどこからでも観劇出来るよね」

「確かに。舞台は一度だけ観に行った事あるけど、二階席の隅っこだったからほとんど見えなかったしね」

「へ~、舞台観た事あるんだ。どんな作品?」

「う~ん、子供の頃だからあまり覚えてないんだけど、確か船旅に参加した探偵が事件に巻き込まれて、それを解決する……みたいな、ミステリー物だった気がする」

「ミステリーかぁ。なんだか今の私達の状況に似ているよね」

 シャンデリアを見上げながら茫然と呟く深海さんにボクは共感する。

 云われてみればそうだ。まるで今の状況はあの時に観た舞台にそっくりだ。偶然なんだろうけど、なんだか変な気分だな。

「ねえねえ都築君。舞台裏を見てみない?」

「舞台裏?」

「そう。これだけ広い舞台なら、舞台裏にもいろいろあるのかもって。どうかな?」

「そうだね。探索する事に変わりないし、ボクも興味があるよ」

「じゃあ行こう。あ、そこの段差急だから気をつけてね」

 深海さんと共に足元に気をつけながら慎重に階段を下り、上手の舞台袖から舞台裏に回る。

 機材や幕をくぐりながら薄暗い場所に辿り着くと、書き割りの裏に隠れるようにして伸びるはしごの様な階段が目に入った。

「この階段なんだろう」

「これはキャットウォークに行く為の階段だよ」

 天井裏に続くような形で架けられた鉄製の階段を深海さんと一緒に見上げていると、丁度のその階段から手すりに手を添えながら紫中君が降りてきた。寝てると思ったらこんなところにいたのか。

「キャットウォークって?」

「天井で作業する為の回廊だよ。ふあ~」

「紫中君、見かけないと思ったらこんなところにいたんだね。お昼になっても来ないからお姉さん心配してたんだよ?」

「モノクマが、新しいエリアに行けるようになったことを教えに来てくれてね。まだ眠かったけど、劇場があるみたいだから見に来たんだ」

「紫中君は超高校級の裏方だったもんね。そうだ! せっかくだから案内してもらおうよ都築君。きっと私達の中で一番詳しいよ?」

 超高校級の裏方……やっぱり、あの時の言葉はそういう意味なのか? でも、あのタイミングでどうして……?

「都築君?」

「あ、ごめん。良いんじゃないかな。頼める紫中君?」

「僕も来たばかりでよくは知らないんだけどね。それでもいいなら、付いてきて」

 そう云うとボク達に背を向けて、降りてきた階段を再び上る紫中君。

 ボクも後に続こうと階段に足を乗せるとその瞬間、鉄と鉄が擦りあう様な音が足元から聴こえた。

「この階段大丈夫?」

「見た目よりは頑丈だから安心して」

 階段を上りながら振り返る事なく、生気の籠ってない声で返事をする紫中君。

「私が先に上ろうか?」

「大丈夫だよ深海さん」

 いけない、いけない。深海さんにカッコ悪い姿を見せるところだった。それにもし深海さんが先に階段を上ったりしたら……。

「ん?」

 ボクの視線の先にある深海さんの太もも、いやスカート。

 深海さんの制服のスカートは意外に短い。パーカーの裾で隠れる可能性があるとはいえ、これだけ急な階段だとボクは深海さんの健康的な膝裏と太もも、そして揺れるスカートを見ながら階段を上らないといけない事になる。それだけは避けないと。

 

 階段を上った先にあったのは瞑りたくなるような場所だった。

 張り巡らせるように広がる細長い回廊。その床は金網状になっていて、左右に柵があるとはいえ、渡るにはなかなか勇気がいる。

「うわっ、結構高いねぇ」

 胸の辺りまである鉄の柵に腕を乗せて劇場を見下ろす深海さん。

 ボクも尻目にそれを見下ろしてみると、軽く目眩を覚え始めたのですぐに視線を反らす。

「ここではどんな作業をするの?」

「そこにある照明やパネルをロープで吊ったり、その他諸々かな。作業用の通路だから、基本的に裏方の人間しか使わないけど、高所恐怖症の人とか大変だよね。そういえば二人は大丈夫?」

「それ、先に行ってくれないかな」

 ボクの恨めしい視線から無言で目を背けると、紫中君は回廊を慣れたように渡りながら振り返る。

「じゃあ次の場所に行こうか。さっき見つけたけど、そこの方が二人は楽しめると思うよ」

 紫中君に案内されるまま、再び鉄の階段を降りて舞台裏の奥にある扉を開くと無機質な防音壁に囲まれた少し狭い通路が伸びていた。

「この雰囲気シンクロの大会を思い出すよ」

「大会の楽屋もこんな感じだったの?」

「もうちょっと広かったけど、でもこんな感じだったよ。みんなで円陣組んだりして……懐かしいなぁ」

 しみじみと物思いに耽る深海さんを横目で見ていると、ボクの前を歩いていた紫中君の足が止まる。

「お待たせ。さあ、ここだよ」

 見た目よりも分厚い扉が開くと、中にあったのは吹奏楽部が使うような金管楽器や弦楽器の数々だった。

「こんなに近くでたくさんの楽器見たの、私はじめてかも」

「演奏しないなら、そうだろうね。僕としては丁寧に手入れされているのが気になるけど」

「モノクマが手入れしてるんじゃない?」

 とは云ったものの、正直一人でこれだけの楽器の手入れをしているとは思えない。もしかして西尾君が手伝っていたのかな? でも西尾君が亡くなった今ではそれも関係ないし、もしかして他にも裏切り者が……?

「――か出来る?」

「え? あ、ごめん深海さん。なんだっけ?」

「都築君は何か演奏出来るって聞いたんだけど……大丈夫? なんだかボーっとしてたみたいだけど」

「平気平気。楽器かぁ。ボクは特に演奏は――」

 なんだろう。

 楽器なんてリコーダーくらいしか吹いた事ないのに、変な違和感があるぞ。そういえばこの部屋に入った時もなんだか懐かしいような感じが……あれ? ボクは……ボクは……

「やっぱり、調子が悪いみたいだね。探索はこの辺にして、客室に戻った方がいいよ」

「そうだね。都築君、私の肩貸そうか?」

「そんな、大丈夫だよ深海さん。一人で歩けるって」

「なら、いいけど。辛かったらすぐお姉さんに云うんだよ?」

 ボクが笑顔で返すと、深海さんは納得いかないと云わんばかりに桃色の唇をくちばしのように尖らせる。

 それにしても、今の変な感じはなんだったんだろう? いろいろ考え過ぎなのかな。

 

 深海さんと紫中君と客室の前で別れたボクは、ベッドの上で仰向けになっていた。

 まだ三十分も経っていないはずなのに、なんだかとても長く時間を感じる。

「ヒマだ。とはいえ深海さんには休んでいるように云われちゃったし、外に出たのが見つかったら客室に戻されかねないし……あ、電子生徒手帳を見てみようかな。まだちゃんと全部の機能を見てなかったし、暇つぶしくらいにはなるかも」

 ベッドの横に置いていた電子生徒手帳の電源を入れて仰向けのまま画面を操作する。

 少し首が痛いけど、この窮屈さがまた癖になるんだよなぁ。

船内マップや船内ルール、それとモノクマ船長のインタビュー記事なんていう要領の無駄遣いの代物に目を通すと、次にボクはプロフィールページに指を触れた。

「本当に全員分載っているんだな……うわっ! ボクがピーマン苦手な事まで載ってるじゃんか!? これってプライバシーの侵害なんじゃないの!?」

 どこで調べたのかわからないデータを楽しそうに更新するモノクマの姿を想像しながらスクロールしていると、ボクは自分の目を疑った。

「あれ?」

 見間違いかと思い一度目を擦ってから画面を見ると、そこにはやはり「????」と記された謎のプロフィール欄があった。

 太刀沼君とボクの名前の間に不自然に記されたプロフィール。

 男女別であいうえお順になっているみたいだから、ここには男子の名前がある事になる。そういえば、ボクと太刀沼君の客室の間には鍵がかかって開かない客室が一室だけあるけど、何か関係があるのか? ボク達の他にもう一人いるとしたら、そいつがモノクマを操る黒幕って考えるのが普通だけど……

「まあいっか。考えていたって……しょうが……ない……」

 ボクはまどろみに世界に沈んでいた。

 まるで考える事を放棄するかのように、強制的に電源を落とすかの様に、ボクは、ボクは…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ。みんなのやりたい事ってなに?』

 

『じぶんはコーヒー豆の栽培~みたいな? 淹れるのもいいけど、作る方もいいかな~って』

 

『わいも似たようなもんや。日本文化を守るんやのぉて、守ってもらえるような文化品を自分の手ぇで創ってみたいねん』

 

『俺はアニメーションの作画監督だな! ザンコクーガのような熱いアニメーションを手掛けて、たくさんの子供達に金では買えない興奮を味あわせるのだ!』

 

『わ、私は……保健室の先生に……』

 

『雅ならなれるわよ。勉強ならいつだってあたしが見てあげるしね』

 

『ハミちゃんは?』

 

『あたし? あたしは歌手よ! R&Bでトップを狙うわ!』

 

『あねご、かっけーデス!』

 

『みんなやりたい事あるんだね。あ、梶路さんは?』

 

『わたしは別に』

 

『そっか。でもこれから探すのもアリだよね』

 

『そういう都築君は? 聞いてばっかじゃなくて教えなさいよ』

 

『ボク? ボクは――』

 

 

「きくん……築……君……きて……お……」

「んあ? なんだ、今の………夢?」

「起きてってば!」

「うわぁ! ふ、深海さん!? ど、どうしてボクの客室に!?」

「どうしてって、お夕飯の準備が出来たから呼びに来たんだよ。それと鍵、開いてたよ」

 開けっ放しの扉を指差しながらジトっとした目でボクを見る深海さん。

 ボクは少しだけ恥ずかしくなり顔で手を覆うと、赤くなっていたのか、程良い熱が掌に伝わる。

「夕飯、なに?」

「バランス栄養食詰め合わせ」

「ああ、やっぱり」

「ふふ、生田君泣きながら準備してたよ。女神にこんな物を食べさせなければいけないなんて~って」

「あはは。相変わらずだなぁ」

 和やかな雰囲気がボクの胸の奥を熱くする。

 この感じ、なんか懐かしいな。でも、大分前にも経験した事ある気がするのはなんでだろう?

「さてと、私は先にいくね。顔洗ってきてから来るんだよ?」

 ボクは無言で頷くと、深海さんの背中を見送ってからユニットバスの扉を開いて洗面台で顔を洗う。顔の火照りが少しずつ治まり、寝起きの頭も靄が晴れたようにさっぱりとした。

「ふう。そういえば、さっきの夢ってなんだったんだろう。成宮君も寺踪さんも、みんな希望ヶ峰の制服を着ていた……よな? でもボクは希望ヶ峰で生活した事なんてないし、みんなと会ったのだってこの船が始めて……」

 本当に? 本当にそうなのか? あの画像のこともあるし、ボクが忘れているだけで本当は……でも、だとしたらボク達は……!

「だ、ダメだ! こんな事考えちゃおかしくなる! 落ち着け。落ち着くんだボク」

 鏡に映る自分の顔を見ながら暗示をかけるように呟くと、それが効いたのか、徐々に心が落ち着き始めているのを感じた。

「早く一階に行こう。きっとお腹が空いているから不安な気持ちになるんだ。みんなと夕飯を食べれば、きっと落ち着くさ」

 ボクはもう一度顔を洗い、さっきよりも強くタオルで顔を拭くと、深く深呼吸をしてから一階に向かった。

 イートインコーナーには一人を除いてみんな揃っていて、ボクは遅れた事をみんなに謝りながら席に着いた。

 夕飯の時間はというと、玉村さんにセクハラしようとした太刀沼君に深海さんの鉄拳が飛んだり、夢見さんがバランス栄養食を喉に詰まらせたりと賑やかだったけれど、結局その場に花子さんが来る事は一度もなかった……。

 


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