この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。
モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。
流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください
いつものようにアナウンスより先に目が覚めたボクは、軽く髪を整えてから1階のイートインに向かった。
まだ覚めきっていない眼をこすりながらおはようを云うと、信じられない光景に直面する。
「あ! おはようなっちー!」
「え? 花子、さん?」
何が起きていたのか理解できなかった。
目の前にいるのは確かに花子さんなんだろうけれど、花子さんではない。
つぎはぎだらけの布から細い手足だけが奇妙に伸び、まるで雪だるま、テルテル坊主、なまはげ……上手く喩えようがないほど不気味な何かが、牛乳にハチミツを入れていた。
「花子ちゃん? それは誰なっちー? はなっちーは、はなっちーなっちよ! キャッハー!」
「いやいや、何の冗談だよ花子さん。そんな布きれ被ってないで顔を――」
「触んなっちーッ!」
「うわっ!?」
ボクは伸ばした手を掴まれその勢いのまま担がれると、宙を舞うような錯覚を覚えながら床に叩きつけられた。これは、柔道の背負い投げに近い、なにか……。
「なんの騒ぎ!? ……って、花子ちゃん? どうしたのそれ」
「だから花子なんて知らないなっちー! アタイはみんなに幸せふり撒くお花の妖精はなっちーなっちー!」
「え? え? 生田君、花子ちゃんはずっとこうなの?」
「俺が朝食の準備をしている時、このお姿でやってきました。昨日一度も顔を出さなかったのはこの粗末な布きれを作っていたからなのでしょう」
「なに、冷静に説明してるんだよ生田君。どうして、何もしないのさ」
全身の痛みに耐えて起き上がりながら尋ねると、生田君は盛り付けをする手を止める事なくさも当然のように答える。
「何をする必要があるというのだ? 小さき薔薇乙女が元の薔薇乙女に戻っただけだろう」
「な!? そういう問題じゃないだろ!」
「ったくうるせぇなぁ。久々に早起きしてやったのになんなんだ……は?」
「ひょえ!? はなっちー!?」
「玉村さんも太刀沼君もおはよーサンシャインなっちー! メイプルたっぷりの牛乳飲むなっち?」
牛乳の入ったマグカップを掲げる不気味なそれに、玉村さんは顔を真っ青にして口を両手で押さえていた。その隣で立ち尽くす太刀沼君はと云うと……
「テメェ」
「た、太刀沼君?」
「何やってんだよテメェはよぉ!!」
そこまで広くないイートインコーナーを全力で駆けて花子さんの襟首らしき部分を掴み上げる。
床に落ちたマグカップからこぼれる白い牛乳には、真っ黒な怒りをむき出しにした太刀沼君の顔がかすかに映っていた。
「ざけんじゃねぇぞ!? お前がそんなんでどうすんだよ! テメェにそんな恰好させる為にあいつは!」
「うるさいデ……なっちー! お前なんかにわからないなっちー! わたしの……アタイの気持ちなんて! お前なんかにィッ!」
「わかるわけねぇだろ!? テメェみたいな腰抜けの気持ちなんてよォ! いいから! それを! 脱ぎやがれぇッ!」
「イヤなっちーッ! 離すなっちーッ! ぶっ殺すなっちよーッ!」
「おい」
「手ェ出すな生田! こいつは俺様gグヘぇッ!?」
「太刀沼君ッ!」
生田君に殴り飛ばされた太刀沼君の元に深海さんが駆け寄る。
口の中を切ったのか、深海さんがハンカチで必死に口元を拭いている。
「ひ、酷いよ厘駕くん! どうして幸雄くんを殴るの!?」
「薔薇乙女に暴力を振るったからに決まっているじゃないですか投球姫。あと殴ってはいません」
「あ、あれは」
暴力なんかじゃない。そう云いたいのだろうけれど、生田君に気押されてしまった玉村さんはポロシャツの裾を掴みながら俯いてしまう。
「痛ぅ……っざけんなよぉ生田ァ……どういうつもりだテメェ」
「キサマこそどういうつもりだプランクトン」
「あ?」
「云っていたではないか。嫌な事があれば逃げれば良い、と……薔薇乙女はキサマの云った通りにしただけだろう? なのに何故それを止めようとする。薔薇乙女が必死に辛い現実から逃げて楽な方へ進もうとしているのにどうしてそれを止める?」
「それとこれは、話が違うでしょ」
深海さんの言葉で一気に空気が重くなる。
明らかに怒りの込められたその瞳には、ボクを含め、花子さんですら息を呑んでいたが、当の生田君は頭が痛いと云わんばかりに溜息を吐いた。
「やれやれ。麗しき人魚姫にそんな目で見られてしまうとは悲しいですね。ですが、俺は何も間違った事はしていないではないですか」
もう一度溜息を吐いてから生田君の瞳から光が消えたかと思うと、彼の口から告げられたのはとても理解し難いものだった。
「女性とは強く、気高く、美しく、尊く、そして……弱い。だからこそ守らなければならない。意思を尊重しなければならない。それが俺達のようなY染色体を持つ愚かで矮小な個体の使命にして唯一の生き甲斐。そうでしょう?」
女性は弱いから守る? 男は愚かだから? 生き甲斐? は? これはなにかのクイズかなにかか? だとしても、さっぱり意味がわからない。
「誰もそんなこと頼んでいないよ。生田君が勝手にしている事でしょ?」
「ええ、確かに直接頼まれてはいません。ですがそれが世界の真理なのです」
微塵も自分の意見が間違っていないとでも云うように紳士的に微笑むと、生田君は直立不動の花子さんの元に近寄り、膝を突いて手を差し伸ばす。
「大丈夫ですか薔薇乙女」
「へ、平気なっち」
「それはよかった。今ミルクを入れ直しますね。女神達ももうしばらくお待ちくださいませ」
みんなが呆気に取られる中、まるで何事もなかったかのように振る舞う生田君。
まだ今日は始まったばかりだというのに、ボクは既に客室に戻りたくてたまらなかった。
あの後、重苦しい空気の中みんなで朝食を済ませたけれど、太刀沼君は一口も食べずにどこかへ行ってしまった。
まあ、あんな状況で朝食が喉を通るわけがない。ボクもほとんど残しちゃったし。
それにしても、あの時の生田君は少しおかしかったような……いや、もともとおかしいんだけど、なんというか……むぅ、上手く言葉が出てこない。
「ハァ、どうにかしてこのモヤモヤした気分を晴らさないと気が滅入っちゃうよ。どこか外の空気を吸える場所は……あ」
***********
「あれ? 都築君がここに来るなんて珍しいね」
「まあね。深海さんはよく来るの?」
「うん。海は好きだからね。潮風の匂いが落ち着くんだ」
気分を変える為にボクが向かったのは、始めてみんなと会話をしたスカイデッキだった。
甲板から広がる海と空、そして強い日差しと潮の香りがボクの曇った心を晴らすようだった。
だがそれは逆に、フェンスに腕を乗せて海を眺める、深海さんの暗い顔をより際立たせていた。
「花子さんのこと、心配してたりする?」
「顔に出てたかな? ごめんね。心配掛けて」
「心配なんて。深海さんだって、裁判の後で疲れているのにずっと花子さんの看病をしているって紫中君に聞いたよ?」
「そうだけど……でも私、花子ちゃんが目を覚ましてすぐに客室から出て行っちゃったから」
そう呟くと、深海さんは腕を擦りながら青い空を見上げる。
「腕、まだ痛むの?」
「なんの事?」
「誤魔化さないでよ。その腕の怪我、花子さんにやられたんでしょ?」
「花子ちゃんは悪くないよ。あんな情緒不安定な状態じゃ……」
自分が口を滑らせた事に気付いたのか、深海さんは両手で顔を覆いながらその場で項垂れた。
「無理しないでよ。深海さんは一人じゃないんだからさ」
「……ありがとう」
それからしばらく無言の時間が続いた。
ボクは深海さんの隣で揺れる波を眺めながら、彼女が口を開くのを待ち続けた。
けれど波の音以外に雑音のない空間はまどろみを誘うには十分で、その鈴の音のような声が鳴らなければ、ボクの意識は落ちていた事だろう。
「昨日、花子ちゃんが目を覚ました時ね。始めは落ち着いていたんだけど、少しずつ話をしてたら急に泣きだしちゃって。私、とにかく落ち着かせようと思って花子ちゃんの体を抱きしめたんだけど、そしたらその……突き飛ばされちゃって。なんとか受け身を取ろうとしたんだけど、失敗して腕を思い切り壁にぶつけちゃったんだ」
「そうだったんだ」
「弟や妹が喧嘩してる時とか、泣いてる時とか、いつも抱き締めれば落ち着いてくれたから。私なにかあるとすぐに抱きしめちゃうんだよね。それが嫌な人だっているのに……花子ちゃんにとっては、ハミちゃんがお姉さんなのにね」
深海さんの瞳を覆う水の膜にボクの胸は締め付けられた。
どうして深海さんが悲しまないといけないんだろう。深海さんはなにも悪くないのに。こんなの、間違ってるよ。
「確かに、今回は失敗しちゃったかもしれないけどさ。でもボクは嬉しかったよ。深海さんに、その……抱きしめられて。だからさ! もっと自信持ってよ。深海さんはちゃんとお姉さんしてるよ!」
「都築君」
ちょっと臭かったかな。でも今云った事は本当の事だし、別に格好つけたいわけじゃないからね。これくらい云っても別に――
「顔、真っ赤だよ?」
「えぇっ!?」
うわああああああ!! ボクのバカ! なんでここで顔を赤くするんだよ! 格好つけてるって勘違いされちゃうじゃんか!? これが穴があったら入りたいって気分なのかぁよくわかったよ!
「ふふふ、そうだね。おかげで元気が出たよ」
「そ、それならよか――」
「えい!」
むぐ!? な、なんだ!? 今ボクの身になにが! なんか、凄く、温かくて、柔らかくて……なんか、なんか!
「お礼のハグだよ。ありがとね」
そうはにかみながら云うと、深海さんはボクの肩を叩いて小走りで去って行った。
ボクはというと、まるで力が抜けたかのように膝から崩れ、鉄板のような熱さも忘れて甲板に手をついて項垂れた。
「あれはズルいよ」
火傷した手をさすりながら、呆けた頭に刺激を入れるため五階のゲームコーナーに来てみると、そこにはいくつも重ねたドル箱に囲まれながらスロットに興じる太刀沼君の姿があった。
今朝の事で落ち込んでいるかもしれないよな。もしそうなら話だけでも――
「ゲハハハ! これ見てみろすげぇだろ! 大量だぜ大量!」
……心配いらなかったかな。
「これ、全部太刀沼君が?」
「おうよ! ま、俺様の幸運にかかりゃあこれくらい大したことねぇよ。財布が軽くなってきた時とかパチスロで稼いだりしてたからな!」
「え? ああいう店って未成年は入れないんじゃ」
「俺様は顔が広いからな! ちょちょいと裏口から入って稼がせてもらうわけよ。三割取られるけどな……っと! ゲハハハ! またまた777だぜ!」
溢れるメダルをドル箱に移しながら大口を開けて笑う太刀沼君。
裏口って、通す店員も店員だよな。とても信じられないけれど、でも太刀沼君ならそういう事もしていてもおかしくない……のか?
「ん~、カルチャーギャップを感じるな。とてもボクにはマネ出来ないよ」
「だろうな。テメェは見るからにカモっぽいし」
あ、今ちょっと頭にきた。
「チッ、そんな顔すんならいっぺんやってみろよ」
「え、ボク顔に出てた?」
「バーカわかりやすいんだよテメェは」
ば、バカって……太刀沼君にだけは云われたくなかった。
「なんだよそんな嬉しそうな顔しやがって! ほらそこ座れよ」
やっぱりバカは君の方じゃないか。
と、口には出さずに太刀沼君の隣の席に座り太刀沼君の方へ手を差し出す。
「なんだよその手は」
「メダルくれないの?」
「は? 自分の使えよ」
「そんなにあるんだから一枚くらい良いじゃないか!」
「よくねぇよ! こいつぁ全部俺様ンのだ!」
床が抜けそうな程積まれたらドル箱を指差しながら云うと、太刀沼君は子供のように腕を広げてそれを隠す。
高校生にもなってみっともない。どんだけ強欲なんだこいつ。
「わかったよ。自分のを使うよ」
溜息を吐きながらポケットから取り出したメダルを投入しボタンを押す。
これくらい楽勝、と思っていたけれど、三つのレーンで回転するスロットを見て一瞬オシオキの事を思い出しそうになったボクは、まともに図柄を目で追わずにボタンを押してしまった。
「しまった」
「ヘタクソだなぁ。もっと図柄をよく見ろよ」
「そ、そうは云ったって、こんな早く回ってるんだから見えないよ。なんかコツとかないの?」
「コツだあ? そんなもんバーっと見てガッとボタン押しゃあ勝手に揃うだろ」
あ、駄目だ。太刀沼君にコツを聞いたボクがバカだった。
結局持ち前の幸運で引き当ててるだけなんだろうなぁ。
「なんだもういいのか?」
「うん。やっぱりボクには向いてないよ。前にもメダルを無駄遣いしちゃっているしね」
「勝手にしろ。俺様はもっと稼がせてもらうからよ! ゲハハハ!」
椅子から降りると、ボクは騒々しいスロットの音で耳鳴りする耳を押さえながらゲームコーナーを後にした。
花子さんの事で落ち込んでいるかと思ったけど、今のところは大丈夫そう、かな?
嫌な事思い出しちゃったけど頭は覚めたし、少しだけ部屋でゆっくりしようかな。
昼食の時間、いつものように大分遅く起きてきた紫中君と夢見さんもはなっちーには動揺を隠せなかった。
深海さんや玉村さんはなんとか普段通りに接しようとしてるけど、どこか余所余所しい。
太刀沼君に至ってはもはや興味がないと云わんばかりに角砂糖を二つ入れたコーヒーを飲んでいる。生田君は――
「さあ薔薇乙女、あなた好みのメープル味のバランス栄養食をご用意いたしました。存分にお召し上がりください」
「さんきゅーなっちー!」
誰よりもいつも通りだった。
「ズゥワ! ん~やっぱりメープル味が一番なっちな! これでカニ味噌があれば云う事ないなっちー」
「申し訳ございません。明日には最高のカニ味噌をご用意致しますので」
「そっか。明日にはレストランが使えるんだっけ」
「久しぶりに温かいごはんが食べられるね」
「丁度カップ麺や駄菓子も食い飽きたと思ってたんだよ。やっぱ日本人なら米食わねぇとな!」
「キサマは生米でも噛んでいろ」
「あ゛ぁ!?」
もはや日常となったやり取りを生田君と太刀沼君がしていると、食べかすを口? のような形のアップリケにポロポロつけた花子さんが、あまり食事の進んでいない様子の玉村さんに気まぐれに尋ねた。
「ぷふぅ。レストランが解放されたら、玉村さんはまた生田君のお手伝いするなっちー?」
「え!? あ、うん。そう、だね」
パッチリとした目を見開きながら歯切れ悪く言葉を並べる玉村さん。その視線は生田君の方に向けられているように見えた。
多分、今朝のアレを思い出しているのだろう。玉村さんは生田君と一緒にいる事が多かったから、今まで知らなかった生田君の姿に動揺を隠せないのかもしれない。
「投球姫。都合が悪ければ無理にお手伝いしてくださらなくても結構ですよ」
「う、うん。わかったよ」
デリカシーがないにも程があるだろ。ボクが云える立場じゃないけど、これじゃああまりにも玉村さんが可哀想だ。
「あのさ生田君。もっと玉村さんの気持ちも――」
「キキキキキャハー!? なにしやがるなっちーこの激ダサ安全ピン!」
「悪ィ悪ィ、手が滑ってよぉ」
「絶対にわざとだったなっちー! もうちょっとであつあつコーヒーが身体にかかって火傷するとこだったなっちよ!?」
「火傷ぉ? シミの間違いだろゲハハハ!」
どうやら太刀沼君のこぼしたコーヒーが花子さんにかかりそうだったらしい。
まるで漫画に出てくる悪役のような下卑た笑みを浮かべる太刀沼君にみんなが呆れたような顔をしていると、文字通り重い腰を上げて深海さんが席を立った。
「とにかく床を拭かないと。生田君、そこの布巾取って」
「麗しき人魚姫が御手を汚さずともこの生田厘駕にお任せを!」
「なら俺様の靴も頼むわ。ちょいとかかっちまってよぉ」
「自分で舐め取れクラミジア」
「よーし二度とその口が開けねぇようにボコる。面出せやゴラァ!」
太刀沼君のパンチを余裕の表情で避ける生田君。
その状況に深海さんが頭を抱えていると、欠伸をした拍子に紫中君の手から白いマグカップがこぼれ落ちる。
「ごめん。僕もコーヒー落としちゃった」
「もう! 寝ぼけながら飲んでるからだよ! 私も拭くから布巾を……ああもう、やっぱり自分で取るよ」
「フフフ、あれは伯爵の罠ね」
「あ、縛ちゃんのスカートにもシミが」
「……」
まさかの騒ぎでその日のお昼はなんとも有耶無耶になってしまった。
結局最後まで玉村さんが生田君と打ち解ける事はなく、ボクは妙な疲労感を感じながらその日の昼食は終わった。
深海さんには後で冷たいジュースでも持って行ってあげよう。
特にする事もなく、なんとなくカードコーナーに寄ってみると、そこには一人円卓に広げたトランプのプールの前で缶ジュースを飲む紫中君の姿があった。
「なにしてるの?」
「神経衰弱だよ」
「それは見ればわかるけど……でもどうして一人で?」
「相手がいないからね」
なら誰か誘えばいいのに。それともみんな用事があったのかな? だとしてもわざわざ神経衰弱を選ぶその感性がボクにはわからない。
「じゃあボクが相手をするよ。一人でやるよりは良いでしょ?」
「いいよ。じゃあそっちに座って」
ボクは云われるまま紫中君の正面に座ると、紫中君は何も云わずにトランプをめくり始めた。
「ってカードは!? そのままの状態で始めるの!?」
「せっかく取ったのに、やり直すのはめんどくさい」
「えぇ……」
てっきり一からやり直すのかと思ったよ。ていうか普通やり直すよね? あれ? もしかしてボクがおかしいのか?
「仕方ないな。じゃあ今取ったこのペアをあげるよ。都築君そのまま続けて」
「あ、ありがとう。それじゃあ遠慮なく……」
釈然としないままボクはペアのカードを受け取り、卓上に視線を移す。
よくよく見て見ればほとんどカードが残っていないじゃないか。これ、仮に全部取っても紫中君に勝てるのか? まあいいや。とりあえずいま目についたこのカードをめくってみよう。
「ハートの7だね。同じカードはどこにあるかな」
ボクを煽るようにさらっと呟く紫中君。意外に勝負事に拘る性質なのかもしれない。
それはさておきハートの7か。始めたばかりでいきなり当てられるとは思えないしここは適当に……。
「ダイヤの3だね。残念」
「あはは。まあ最初はこんなもんだよね」
「次は僕の番だね。まずは都築君が引いたハートの7をめくらせてもらって……もう一枚は、ここかな」
ほんの数秒考えてからめくったそのカードには赤いハートが7つ描かれていた。
「お見事! 強いね紫中君」
「続けて取らせてもらうね。さっきのダイヤの3と、もう一枚……これだね」
「あちゃ~、なんだか場所を教えちゃったみたいだね」
「神経衰弱ならよくあることだよ」
「はは、確かにね」
まあ紫中君なら記憶力も良いだろうし、こればっかは仕方ないな。次は一発で当てられるよう頑張ろう。
「それじゃあこれと……これ」
「また!? すごいね紫中君!」
「たまたまだよ」
「ホントに~?」
だが、この和やかな雰囲気はほんの数分で崩壊する。
紫中君は次から次へとペアを作っていくのだ。それはまるで、体育の時間で二人一組のストレッチをする時、周りはどんどんペアを作っていく中、自分だけ誰とも組めずに焦りを感じて表面上は平然としていながらも背中は冷や汗でシャツが張り付いてしまっているのに、何も出来ず茫然と立ち尽くしてしまっているような、そんな状況が今、ボクを突風のように襲っている。
「ねえ紫中君。ボクに取らせる気、ないよね?」
「たまたまだよ」
「目が笑ってないよ紫中君!? いつも笑わないけどさ!?」
その後も紫中君は百発百中ですべてのカードをめくり当て、ボクは結局一つもペアを作る事が出来なかった。こんな事があっていいのだろうか……。
「もう一度、やる?」
「……もちろん」
フッ、参ったぜ。これはついに本気を出さないといけないみたいだ。紫中君には申し訳ないけど次の勝負はいただかせてもらおう。
ボクはYシャツの袖を肘まで捲り、深く深呼吸をする。
……さあ、死合うか。
********
「ぐぬぬ……次は、絶対。確かあそこにアレがあったから、いや、あっちか? でも……」
「ねえ都築君」
「なに? 今ちょっと話しかけられると困る」
「兄弟って、いる?」
「いないけど。どうしたの突然」
「ちょっとした雑談だよ」
ボクは円卓から紫中君に視線を移す。
その目はいつもように何を考えているかわからないものの、とても雑談しようなんて雰囲気には見えない。
「僕には、いたよ。兄弟というか、兄弟みたいに仲の良かった、友達」
紫中君にそんな友達がいたのか。でもなぜだろう。そんな大切な友達の話をしている割にはどこか辛そうにも見える。それに、いたって……。
「今でもその友達の夢を見るんだよね。良い夢の時もあれば、悪夢の時もあるけど……都築君はそういうこと、ある?」
紫中君は俯くように円卓を見下ろすと、暗い声のままボクに尋ねる。
カチ、カチと、大きな柱時計の針が動く音も相まって、何か迫れているようにも感じた。
友達の夢か。正直ここ最近思い出したくないし口にもしたくない夢ばかり見ているんだよな。ああでも、最近見た夢は今までとは違う気がする。
「紫中君の云うようなのとは違うけど、最近変な夢を見たよ」
「へぇ、どんな夢?」
「え~と、みんなで希望ヶ峰の教室で……将来の夢? みたいなのを語り合ってたんだ。確か、成宮君がアニメの監督になりたいとか、ハミちゃんがR&Bの歌手になりたいとか」
「それは……興味深いね。都築君はその夢にいた?」
「いたと思う。でも、みんなに話を聞いているだけで、自分の夢を云おうとした瞬間に目が覚めちゃったんだ」
「ふーん」
興味がない、ようにも聞こえる生返事を返すと、紫中君はぬるくなっているであろう水滴だらけの缶ジュースを一口だけ飲むと、ボクの方に視線を戻す。
「枕の下に夢の内容を書いたメモを挟むと、その夢の続きを見れるっていうよね。試してみたら?」
「そうだね。やってみるよ」
「手を止めさせちゃったね。続き、どうぞ」
「あ、そうだった!」
結局その時にめくったカードはハズレで、ボクは再び一組も作る事が出来ず紫中君に大敗を喫してしまった。紫中君がこんなに強かったとは。
夢、か。確かに気になる内容だったんだよな。とても夢とは思えない様な、どこか、現実的な……でもそうなると。
紫中君と別れた後、ボクは唐突に昨日飲んだレモンソーダが恋しくなりダーツバーへと向かった。夢見さんがいなければ自分で作ろうと思っていたけれど、その心配はいらないようだった。
「フフフ、いらっしゃい」
「夢見さん、もしかしてここ気に入っている?」
「ええ。この雰囲気、とても落ち着くわ」
そう云ってカウンターに肘を突いてボクを見つめるその姿は、とても高校生とは思えない。タバコを吸っていたりしたら本当にそういうお店の人のようだ。
「前に通っていた店の姉ちゃんもそんな感じだったな。胸がでかくてよ」
「太刀沼君いたんだ」
「おう。昼飯の後からずっとな。ダーツなんて久々にやったけど、まだ腕は鈍ってねぇみたいで安心したぜ」
そう自慢げに話す太刀沼君のスコアを見てみると、確かに鈍っていないのがわかる。見た目通りという、本当に遊び慣れているんだな。
「ほっほー! なかなか雰囲気あるなっちなー!」
文字通り踊りながらダーツバーに入って来たのは花子さんだった。
その陽気な姿は、逆にボクの胸を締め付ける。
「はなこ……じゃなかった。はなっちーは探索中?」
「そうなっちー! 昨日は一日おネムだったからプラプラ歩きまわってたなっち!」
「そ、そうなんだ。ああそうだ。夢見さん、昨日飲ませてくれたソーダ作ってもらえる?」
「フフフ、構わないわよ」
「むほほ? なんだか気になるワードが出たなっちな! 丁度喉が渇いていたからアタイにもプリーズなっちー!」
カウンターに乗り出すようにして夢見さんに注文をしていると、ダーツをテーブルに置いた太刀沼君が花子さんに近付きながら声をかける。
「おいクソガキ。背中にゴミがついてるぜ。取ってやるよ」
「自分で取るなっち。近づくななっちー」
「そう云うなよ。ほら、ここ……とかなッ!」
太刀沼君は突然花子さんの被っている布を掴み捲り上げようとするも花子さんはそれを間一髪でかわす。
さすが花子さんだ。ボクだったらあのまま脱がされていた。
「そんな事だろうと思ったなっちー! セクハラで訴えるなっちよ!」
「セクハラァ? なに言ってんだよ。その布の下には誰もいないならセクハラでもなんでもねぇだろうがよ! ゲハハハ!」
「女子の背中に触れようとする時点でセクハラなっちー! もう怒ったなっちよぉ!」
「ケッ、やってみろよ!」
「ちょ、二人とも落ち着いて! 特にはなっちー!」
「問答無用! 花粉ヴァッサアアアアアアアアアアアアア!!!!」
まるでポップコーンが爆ぜるような音が鼓膜に叩きつけられると、目の前が一瞬のうちに煙で覆われた。細かい粉が口に入ったのか、ただでさえ渇いていた喉がさらに張り付きボクは大きく咽た。
「ゲホッゴホッ! けほ……ッはぁ、目も喉も痛い。前も見えない」
「そういう時は『目が、目がぁ~!』というのよ都築君」
「余裕だね夢見さん!? どこにいるかわからないけど」
「フフフ、あなたの後ろよ」
「え?」
散漫する粉煙のなか声のする方を振り向くと、そこには余裕の表情で佇む夢見さんがいない。
「それは残像よ」
「何がしたいのさ!?」
「ア゛ァ~クッソ! あのガキ本当にやりやがった!」
「はなっちーが怒るのも仕方ないよ。やりすぎだよ太刀沼君」
「うっせぇ! へ、へぁ……ヴアッくしょいッ! クソ、あんな布切れ一枚ならどうにかなると思ったのによォ」
苦虫を噛み潰したような表情を露わにする太刀沼君を尻目にこの状態を作った花子さんを探すべく周りを見回すも、それらしい姿はどこにもない。
「あれ? はなっちーがいない」
「さては逃げやがったな! ちくしょうめぇ!」
「ねえ太刀沼君。今朝もわざとコーヒーこぼしてたよね? どうしてそんな事するの?」
「あいつがむかつくからだよ。ダサい布被ってきぐるみのマネなんかしてよぉ。見てるとイライラすんだよ」
「だからって、もっとやり方とかさぁ」
そうボクが云った瞬間、太刀沼君は突然ボクを壁際に追い込んだ。
何も知らない人が見たらカツアゲされているようにしか見えないであろう構図。なんとなく呟いた言葉だったがどうやら彼のスイッチを押してしまったらしい。
「ンな事気にしてたら無駄に時間食うだけだろうが! これは誰の為でもねぇ。俺様がただムカつくからやってんだ。わかったら手を出すなよ都築。いいな!?」
「わ、わかったよ」
「フフフ、嵐が起きそうね」
「物騒なこと云わないで……よ」
顔を粉だらけにして不敵な笑みを浮かべる夢見さんに呆れ気味にツッコミを入れていると、壁に手をつきながらさらに不敵な笑みを浮かべる太刀沼君にボクは絶句する。
「誰がなんと云おうとぜってー脱がしてみせるぜ。そんでマッパにしたら、逆立ちで甲板百周させんだ。面白ぇぞぉ……ゲハハハハッ!」
……それだけは何としてでも止めよう。
結局ダラダラと一日過ごしてしまった。
花子さんは本当にこのままでいいのか? 確かにハミちゃんや指原さんがいなくなって、一人残されて寂しいのはわかる。でも、こんなの……。
『い~んでない?』
「うわ! また変なとこから現れるなよ!?」
プールから上がるように、ボクの足元から這い出てきたモノクマはそのままテーブルの上に立つと、退屈そうに足を揺らしていた花子さんを舐めまわすように見る。
『うぷぷ。ちょっと目を離したすきに面白い事になっているみたいだね~』
「ジロジロ見んななっちー! 花粉ばらまくなっちよ!?」
「それはこちらにも被害が出るのでやめましょうか」
四階の店で買ってきたというドライフラワーを花瓶に生けながら生田君が注意を促していると、それまで穏やかだった深海さんの顔が険しくなる。
「モノクマくんがみんなの前に現れたって事は……」
『もちろん新しい動機の発表だよ!』
「いつもに比べて早いね」
『ボクもそろそろ飽きてきちゃってさぁ。いつあいつらが来るかわからないし』
「あいつら?」
『こっちの話だよ。うぷぷぷ、それじゃあさっそく配るね』
次はどんな恐ろしい物を渡されるのかと身構えていると、手渡されたそれは二つに折られた一枚の紙だった。
『ちゃんと中身を見てね。そのまま捨てたりしたら問答無用でオシオキだから!』
一体なにが書かれているのかと緊張しながら紙を開くと、そこに書いてあったのは、まったく予想していない9つの文字だった。
<お ま え は ひ と ご ろ し>
なんだこれ……ボクが人殺し? は? そんなわけない。だってボクは――
『うぷぷぷ、いいねぇその顔! シャッターチャンス!』
「か、勝手に撮らないでよ! セクシャルなハラスメントだよ!」
「それよりこれはなんだ?」
『だから動機だよ動機! 今回の動機は君達が隠しておきたい秘密なんだよね! もし事件が起きなかった場合、それを世界中に公表します!』
「え? でも……」
『まあ後は好きにしてよ! 伊達に絶望は見てねぇぜ~ぎゃ~はっはっはっは!』
こっちの話しなんて聞こうともせず、モノクマはお腹を抱えて笑いながら姿をくらました。
周りが息を呑む中、玉村さんが恐る恐る上目遣いで発言する。
「あのさ。もしかしてみんなも、心当たりがないこと書かれていたりする?」
「玉村さんもなっちー? アタイもまったくわけワカメな事が書かれていたなっちー」
「テメェらもかよ。こんなの動機にもなんにもなりゃあしねぇよなあ?」
「フフフ、意図が読めないわね」
な、なんだ。みんなも心当たりない事が書かれていたんだな。よかった、ボクが人殺しなんてするわけないし。まんまとモノクマの思うつぼになるところだった。
「ならこの場で発表しねぇか? 隠してモヤモヤしてるよりマシだろ」
「フフフ、そうね。不要な不安は取り払っておくに越した事はないわ。兵の士気にも関わるもの」
「縛ちゃん、設定ブレてきてない?」
「よし、じゃあまずは女子からだな! さっさと秘密を話しやがれ!」
「その前に一つ確認したいんだけど、いいかな?」
いやらしい目つきの太刀沼君の発言を遮ったのは紫中君だった。
ずっと手紙とにらめっこしていたみたいだけれど、何か気になるところがあったのか?
「どうしたの舞也くん」
「その手紙なんだけど、もしかして皆、おまえは○○って書かれていない?」
「な、なんでわかったの!?」
「フフフ、やはりあなたは禁断の力を手に入れていたのね!」
そういえばボクの手紙もそうだ。まさかみんな同じ文体だなんて。
「やっぱりね。皆、手紙の中を見せるのは、もう少し後にしない?」
「なんでだよ紫中。別にバレたってどうでも良い秘密だろ?」
「そうだよね。ぼくたちには関係ないんだもん」
「確かに、手紙を読んだ僕達には関係ない話かもしれない。けれど、他の人はどうかな?」
「どういう意味なっちー?」
花子さんが首をかしげると、同時にみんなの視線が紫中君に向けられる。
胃が痛くなりそうな緊張感が広がっていく中、紫中君は何食わぬ顔で小さく唇を動かした。
「これは、あくまでも僕の予想なんだけど。この手紙に書いてあるのって、この中にいる誰かの秘密なんじゃないか、って思うんだ」
「ど、どういうこと?」
「モノクマがわざと他人の秘密を配ったってこと。例えば、いま玉村さんが持っている手紙に書かれているのは、僕の知られたくない秘密かもしれない」
「そ、そんな!? え? ええ!? 舞也くんって……そうなの!?」
「例えばの話って云ってたでしょ晴香ちゃん」
深海さんが優しく玉村さんに声をかける。
仮に紫中君の云う事が本当だとしたら、これは完璧にモノクマの罠って事だ。それも相当性格が悪い罠。
「ね。モノクマはこうした動揺を誘う為に、今回の動機を選んだのかもしれない」
「ボク達が手紙を見せ合うのもわかっていたってこと?」
「それもあるかもね」
「いや、こりゃあ紫中の云う通りだろ。あの野郎ならそれくらい平気でやるぜ」
「名前を書いていないのが何よりの証拠ってわけか……うん。ここは様子見した方が正解かも」
みんな紫中君の意見に納得したのか、それまで持っていた手紙をそれぞれ仕舞い始める。
ボクもズボンのポケットに押し込んでいると、丁寧に折りたたんだ手紙をブレザーの胸ポケットに仕舞った生田君が見下すような態度で紫中君を見る。
「ふん、上手く誤魔化したじゃないか紫中」
「どういう意味?」
「ふっ。動機の紙切れのように薄いキサマの胸板に手を当ててみたらどうだ?」
なんだ? 今日の生田君は珍しく紫中君に絡むな。男子とこんなに会話する姿なんてなかなか見ないぞ。
「さあ! 気分を入れ替えようではありませんか! この粗末なバランス栄養食も今日までです。明日にはこの俺が心を込めたお料理で女神達を出迎えますので!」
「う、うん。楽しみにしてるね」
この日、イートインコーナーでは最後になるであろうみんなとの食事の時間を楽しんだ後、ボクはまっすぐに客室へと向かった。
今日も今日とで賑やかだったな。生田君の件とか、いろいろ引っかかるところはあるけれど……。
お ま え は ひ と ご ろ し
やめよう。紫中君も云っていたじゃないか。これは別の誰かの秘密だって。
でもそれはつまり、みんなの中に人殺しがいるって事に……ま、まさかね。そんなことあるわけがない。あるわけがないんだ……。
「熱いシャワーを浴びよう。それからすぐに寝よう。寝れば、きっと大丈夫。大丈夫なんだ……」
お久しぶりです。毎週投稿していましたが、いろいろとあってしばらく投稿を止めておりました。
少し落ち着いたので再開したいと思います。
勝手ですが、また追いかけてもらえると嬉しいです。