ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・
 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください

 ※重要※
 今後作中にて、公式様と設定の食い違いが発生する可能性もございます。ご了承ください。


チャプター4 非日常編 ② 学級裁判編

 

 コトダマ一覧

 

・モノクマファイル4

 被害者は超高校級の生物学者、生田厘駕。

 死因は照明器具による圧死

 死亡時刻は14時04分

 薬物の接種はなく、死因以外の外傷は無い。着衣に乱れは無い。即死。

 

・散らばった照明器具

 舞台上に散らばっていた照明器具。

 破損が酷く、修理をしても使い物にはならない。

 

・キャットウォーク

 主に裏方が移動する為の細い通路。

 下が覗けるような作りになっていて、ホールや観客席からは見えない。

 複数の箇所でなにか取り外されたような形跡がある。

 

・紫中舞也の証言

 昼食後、15時まで眠っていたらしい。

 目を覚ましてから散策中、ショーホールに立ち寄ったところ生田厘駕の遺体を発見した。

 生田の遺体を発見したのは15時30分頃だという。

 

・非常口

 ショーホールの裏口に続く非常口。

 

・花子・アンドロメダの証言

 昼食後、寄り道せずにダーツバーに向かった。

 ダーツバーでは都築、太刀沼と行動を共にしている。

 

・夢見縛の証言

 昼食後、遺体を見つけた紫中に呼ばれるまで二時間ほどカードルームでタロット占いをしていた。

 

・動機の紙

 生田の遺体の下に敷かれていた動機の紙。

 紙面には『おまえはなかまをうらぎった』と書かれている。

 犯人が落としたものと思われる。

 

・タロットカード

 カードルームに落ちていたタロットカード。

 薄紫色で花柄模様が描かれている。

 

・深海紅葉の証言

 昼食後、甲板で海を眺めた後、14時からレストランで休息をとっていたところ、モノクマアナウンスが聞こえたので船内を移動した。生田の遺体を見つけたのは都築達より少し早い程度。

 レストランには自分以外誰もいなかったらしい。

 

・太刀沼幸雄の証言

 昼食後、カジノ場でスロットを打ってからダーツバーに向かった。

 ダーツバーでは都築、花子と行動を共にしている。

 

・遺体発見アナウンス

 遺体発見アナウンスは、三人以上の人間が遺体を見つける事で鳴る仕組みになっているが、今回の事件ではその三人の中に犯人の有無はない。

 深海紅葉が、捜査時間中にモノクマに聞いたことで明らかになった。

 

・生田の客室

 ベッドのシーツは皺がついていて、飲みかけのペッドボトル等が置かれている。

 仄かに甘い匂いがする。

 

・睡眠薬

 医療室の薬品棚から睡眠薬が持ち出されていた。

 発見した紫中が云うには、それほど強いものではないらしい。

 

・アロマオイル

 生田の客室のベッドに置かれていた。

 小さな瓶のような物の中に入っていて、睡眠薬が混合されている。

 

・メモスタンド

 使用されている形跡があるが、なにに使われたかは不明。

 

・実験器具

 理科室に置かれているような実験道具。

 生田の客室の引き出しに仕舞われていて、睡眠薬を混合する際に使われたと思われる。

 

・モノクマの証言

 朝方に故障した水道の修理は午前中のうちに終わっているらしい。

 

 

 エレベーターを降りると、既にボクと深海さん以外のみんながそれぞれ違う面持ちで証言台に立っているのが見えた。

 しまった。玉村さんがもう証言台に来ている。先に話を聞いておきたかったんだけど仕方ない。裁判中になんとか話を聞けるようにしよう。

『遅いよ二人とも~。もしかして、ボクのお腹の綿くらい白くて濃厚な時間をドピュドピュ過ごしていたのかな~? うぷぷぷ!』

 モノクマのセクハラ発言をスルーしながら、ボクと深海さんはいつもの証言台に向かう。

 短い通路を進み学級裁判の場に足を踏み入れると、そこは一面の人工芝で、柔らかい感触が靴の裏に伝わった。これだけならサッカー場にでもいるような颯爽とした気分にさせられるのだが、周りには中で微生物が浮いている柱のように大きなフラスコが埋まっていて、一気に鬱屈とした気分に変えられる。

『どうどう? 今回はちょっと気合いを入れてみたんだよね~。海ばっかりじゃ飽きちゃうでしょ?』

「フフフ、無駄なことこのうえないわね」

「ベリーベリー、ストロベリーバッドデス」

「草植えるくらいならもっとマシなもん植えやがれ」

 みんなの云う通りだ。そんな事に手間暇かけるならもっと別の――

「いいから始めようよッ! 時間がもったいないよッ!」

 その鬼気迫るような声にボクを始め、そこにいた数人は一瞬狼狽えた。

 声の主である玉村さんを見ると、特に変わった様子はないものの、どこか苛立っているようにも見える。

「な、なに? ぼくの顔になにかついてるの?」

「そういうわけじゃないけど……大丈夫? 玉村さん」

「大丈夫ってなにが? 変な航くん。それより早く! 早く始めようよ!」

「そうだね。それじゃあ、始めようか」

 そう云うと紫中君は電子生徒手帳を取り出し、特に玉村さんを気にする素振りも見せずに画面に表示させているであろうモノクマファイルを音読した。

 相変わらず冷静だな。いや、ボクが神経質なだけなのか?

「今回の被害者は、超高校級の生物学者、生田厘駕君。舞台の上で、照明器具の下敷きになって亡くなっていた。薬物の接種はなし。死亡時刻は14時04分。以上だよ」

「殺しても死ぬような奴じゃねぇと思っていたけど、やっぱあいつも人間だったんだな」

「不謹慎だよ太刀沼君」

 深海さんが険しい表情で注意するも、当の太刀沼君は何食わぬ顔で口笛を吹き始めた。

「フフフ、それにしても、こんな黄昏時に学級裁判をする事になるとは思わなかったわ」

 不敵に笑う夢見さんにボクは納得する。

 そう。今までの事件はみんなが寝ている夜のうちに起きていた。

でも今回は違う。少なくとも昼食の後、午後のうちに起きた事件であることは確実なんだ。

誰に見られるかもわからない状態で生田君を殺すなんて、余程計画的な殺人に違いない。

「まずは遺体の状態から議論してみようか」

「そうだね。まずは話を進めなきゃ。厘駕くんを殺した犯人を見つけるためにも」

 鼻息を荒くしながら拳を強く握る玉村さん。

 勇ましいけど、危うくも思えるのは何故だろうか。

 

 

 

 議論開始!

 

 紫中舞也

「みんな、どこか気になるところはあるかな?」

 

 太刀沼幸雄

「そう云われてもなぁ」

 

 夢見縛

「フフフ、これは即死で間違いないでしょうね」

 

 深海紅葉

「そうだね。これだけの照明の下敷きになったら誰だって」

 

 花子・アンドロメダ

「でも、どうしてしょーめーが?」

 

 太刀沼幸雄

「あ~事故じゃねぇか? 運が悪かったんだろ」

 

 玉村晴香

「え!? それじゃあ学級裁判なんてやっても意味ないじゃん!」

 

 夢見縛

「フフフ、事故では犯人はいないわね。あら? もう決着が着いてしまったのかしら」

 

 <それは違う!>

 

 

「いや、今回の事件にも犯人はちゃんといるよ」

「ならその証拠を云ってご覧なさい」

 挑戦的な態度で睨む夢見さん。

 ボクは怯むことなく証拠を突き付ける。

「キャットウォークだよ」

「……随分と魅惑的な単語ね」

 口元を緩ませる夢見さんをひとまず置いといて、ボクは話を続ける。

「舞台の天井にある通路の事なんだけどね。そこからなら照明を落とす事は可能なんだよ」

「なるほど。キャットウォークなら、ホールみおろす、かのーデス」

「そのキャットなんとかっていうのは、ホールからは見えねぇのか?」

「基本的には見えないよ」

「みえたら、おきゃくさまショーにしゅーちゅーできないデス。ちょびっとブレインおしごとさせればフツーわかるデス」

「知らねぇもんはしょうがねぇだろうが!」

 太刀沼君の意見ももっともだ。正直ボクも最近まで知らなかったし。

妙に自慢げに答えていたけど、花子さんはゆるキャラとして舞台に立つことも多いだろうから知っていたのかな。

「じゅるり……でも、そこに犯人がいたという証拠あるのかしら? 話を聞く限り舞台には必ずある物のようだけれど?」

 まだ納得が出来ないのか、妄想で垂れた涎をハンカチで拭いながら瞳を細めてボクを見つめる夢見さん。

 犯人がいた証拠……捜査中に見つけたあれに違いない。

 

 

 < し ょ う め い >

 

 

「キャットウォークを調べている時なんだけど、備え付けられた照明がいくつかなくなっていたんだ」

「もともとなかったのではなくて?」

「いや。全部なくなっていたならともかく、丁度生田君が下敷きにされた箇所の真上にある照明だけがなくなっていたんだよ。これって、犯人が凶器に使う為に外したと思ってもいいんじゃないかな?」

「フフフ、そこまで云われては退くしかないようね」

 不敵な笑みを浮かべながら一歩下がる夢見さん。どうやら納得してくれたらしい。

「余計に話を拗らすんじゃねぇよ」

「あなたに云われたくないわ」

「じゃあ次! 次の議論をしようよ!」

 夢見さんが太刀沼君に毒を吐きつけていると、突然玉村さんがぴょんぴょん飛び跳ねる。上下に揺れる胸が目に毒だ。

「ん? そうだね。それじゃあ次は何について話そうか」

「凶器! 凶器の話しだよ!」

「凶器ならもうわかってるだろ? そこの照明だよ」

「じゃあ凶器は照明だね! はい次!」

 自分から振っておきながら一瞬も考えようとせず、適当に返事をして次の議論に進めようとする玉村さん。

 やっぱり様子がおかしい。なんだか余裕がないような……いや、人一人亡くなっているのに余裕を持てって云うのおかしな話なんだけど――

「おい玉村。そのテンションうぜぇからやめろ」

「なにさ! ぼくだって一生懸命やってるんだよ!」

「なら催促してねぇでテメェもなんか案を出せよ」

「やめなよ二人とも」

 悩んでいたらいつの間にか太刀沼君と玉村さんが口論していた。

 深海さんが仲裁しているようだけど、その顔はどこか晴れない。やっぱり玉村さんが気になっていたのはボクだけじゃないようだ。

「わかったよ! じゃあ次の議論は犯人がどんな人かって事を話そうよ!」

「たまむらサンがプランを! レアレアのウルトラレアデス!」

「フフフ、今晩は嵐かしら」

「どういう意味!?」

 拳を突き上げながら再び飛び跳ねる玉村さん。

 太刀沼君がガン見しているのに気付かないのだろうか……。

 

 

 議論開始!

 

 玉村晴香

「気を取り直すよ。犯人はきっと力持ちだと思うんだ」

 

 紫中舞也

「どうして?」

 

 玉村晴香

「舞台の照明って結構重そうでしょ? それをいくつも外して運んで落とすのって、すごく力がいると思うんだ」

 

 花子・アンドロメダ

「それもそーデス」

 

 深海紅葉

「そうなると、犯人は男の子?」

 

 太刀沼幸雄

「は? テメェら女ならそれくらい出来るだろうが」

 

 玉村晴香

「セクシャルなハラスメントだよ!」

 

 太刀沼幸雄

「なにがセクシャルだ! シンクロにボウリングに着ぐるみだろ? 体力には自信ありそうな連中ばっかじゃねぇか!」

 

 深海紅葉

「それを云われちゃうと……」

 

 花子・アンドロメダ

「はんろんできないデス」

 

 夢見縛

「フフフ、ワタシも真の力を解放すれば物を浮かせるくらい容易く出来るわ」

 

 深海紅葉

「そこは、張り合うところじゃないと思うよ?」

 

 玉村晴香

「むぅ……そ、そうだ! きっと犯人は幸雄くんだよ! 間違いないよ!」

 

 太刀沼幸雄

「あ゛ぁ!?」

 

 玉村晴香

「だってこの中で一番怪しいもん! 幸雄くん男の子だし、犯人じゃない証拠なんてどこにもないでしょ!」

 

 <それは違う!>

 

 

「玉村さん。太刀沼君は犯人じゃないよ」

 ボクが指摘すると、糾弾された玉村さんは肩を震わせながら睨むようにボクを見た。

「ど、どうしてそんな事がわかるのさ! まさか航くんもチャーハン!?」

「チャーハン?」

「共犯のことかな」

「そう! そのハン!」

 凄いな紫中君。よくチャーハンと共犯を結び付けたな。って、感心している場合じゃなかった。

「ボクは共犯者じゃないよ。午後の時間、ボクと太刀沼君と花子さんはずっと一緒にいたんだ。だから犯行は不可能なんだよ」

 <ガーターな発言だよ!>

 

 

「なにさそれ! すっごい怪しいよ!」

「な!? どこが怪しいのさ!」

「怪しいのは怪しいの! わかった! 航くんは幸雄くんと共犯なんだ!」

 まさかここで反論させるとは思わなかった。

 やっぱり今日の玉村さんはおかしい。君はなにをそんなに焦っているんだ?

 

 

『航くん怪しいよ! 午後の時間も幸雄くんと一緒なんて怪しいよ!』

 

『いつも女の子とばかりと話してる航くんが男の子の幸雄くんと一緒なんてどういうこと?』

 

『普段そこまで仲が良い訳じゃないのに怪しいよ! あ、そうか! 花子ちゃんを二人で苛めてたんでしょ!?』

 

「苛めてなんてないよ。太刀沼君達と会っていたのにはちゃんと理由があるんだ。それを云ったら玉村さんだって怪しいよね? ボクは君がなにをしていたかなんて知らないんだから」

 

『ぼ、ぼくのことは良いんだよ!』

 

『あ! きっと航くんが犯人なんでしょ!?』

 

『そうだそうだ! これで全部解決だ!』

 

『違うって云うなら証拠を見せてよ! ま、まあ? そんなものないだろうけどね!』

 

 <その言葉、断ち斬らせてもらうよ!>

 

 

 

「証拠ならあるよ。ボクは太刀沼君と花子さんがダーツ勝負をするっていうから、その立会人になったんだ。その事は二人が証明してくれるし、それでも疑うのなら、ダーツバーに得点表があるからそれを見せるよ」

「得点表? え、そ、そんな……えっと……う、うぐぅ」

「わかってもらえたかな?」

 顔をトマトのように赤くしながら俯く玉村さんにボクは慎重に問いかけると、玉村さんは一度顔を上げ、再び頭を下げた。

「ご、ごめんね航くん。疑ったりして。花子ちゃんも」

「別に気にしてないよ」

「イエス。ウッドにしないでください」

 和やかなムードが裁判場に広がる中、太刀沼君だけが不服そうな顔で踏ん反り返っている。

「おい、俺様にも謝れよ」

「…………ごめん」

「なんなんだその不満そうな顔はよぉ!?」

「いつもセクシャルなハラスメントしてくる幸雄くんが悪いんだよ!」

「あ゛ぁ!? その胸もげるまで揉むぞコラッ!」

 こめかみに筋を浮かべながら指をイヤらしく動かす太刀沼君。

 そういうところが駄目なんじゃないかな? もっと紳士的な態度を身につけるべきだとボクは思う。

「とりあえず誤解が解けてよかったね」

「まあ、共犯なんて意味がない事、する人もいないだろうけど」

「そう思うなら最初から云ってよ」

「見てる方が面白いかなって」

 けろりと云って退ける紫中君に深海さんは肩を落とした。

 相変わらず気苦労が多そうだ。

「それじゃあ気を取り直して次の議論を――」

「その前に、一ついいかな。都築君」

「今度はなにを見るつもり?」

「皆、事件が起きる前に何をしていたか教えてほしいんだ」

 スルーされてしまった。

 ちょっと皮肉ってみようとしただけなのになんとも云えない気分だ。もうやめよう。

「あれ? 確か都築君に頼んで皆から聞いたんじゃ」

「うん。でも皆が皆、それぞれどこで何をしていたか知っているわけじゃないよね。だから、改めて認識出来るようにと思って。本当は、裁判が始まる前にしたかったんだけど」

 いたたまれないボクをじっくり炙るように見つめる紫中君。

 ごめん。皮肉を云ったことは謝るからそんな目で見ないで……。

「それじゃあ深海さんから、時計周りにお願いできるかな?」

「わかった。え~と、私はお昼を食べた後、甲板で海を眺めた後にレストランでお茶していたよ。厨房の流しにグラスがあるからそれが証拠になると思う。時間は確か、14時くらいだったかな?」

「フフフ、甲板になんの用があったのかしら」

 ゆっくり思い出すように呟く深海さんを不審に思ったのか、すかさず夢見さんが口を挟む。

「潮風の匂いが好きなんだ。よく行くんだよ」

「あの身体に粘りつく負の風を好むなんて……あなたとは相容れぬようね」

「気持ちいいよ? 磯の香りとかスーっとするし」

「今はその辺にしとこうか」

 話が長くなりそうなのを察してか、中華包丁をまな板に落とすように話を中断する紫中君。

 深海さんも夢見さんも話を止めると、証言台に肘を乗せていた太刀沼君の方に身体を向ける。

「次は太刀沼君だよ」

「あ? 俺様はさっきも云っただろ。そこのクソガキと都築と一緒にいたぜ」

「クソガキじゃねーデス」

 頬を膨らませた花子さんが反論していると、紫中君が促すより先に、やや食い気味に玉村さんが答えた。

「次はぼくだよね。ぼくはカードルームにいたよ」

「あら? それはおかしいわね」

「どうしたの夢見さん」

「ワタシもカードルームにいたのだけれど、玉村さんはどこにいたと云うのかしら」

 ボクの問いに涼しい顔で答える夢見さんとは逆に、真夏日のような汗をかきながら突然狼狽える玉村さん。あきらかに様子がおかしいぞ。

「え、え~と、それは……それは……そ、そう! テーブルの下に隠れていたんだよ! ぼく狭いところが好きなんだ!」

「まさかあなた……狭魔ダルマジの遣い!?」

「そ、そうだよ!」

「それは無理があるよ」

 問答無用で否定する紫中君。

 見てる分には面白いけれど、このまま話をはぐらかされたら議論にならない。なんとか本当のことを白状させないと。

 

 

 

 議論開始!

 

 玉村晴香

「ぼくはダルマさんが転んだが得意なんだよ!」

 

 紫中舞也

「誰も聞いてないよ」

 

 玉村晴香

「雪だるまって可愛いよね!!」

 

 夢見縛

「フフフ、あの肥えた体と呆けた顔は素敵よね」

 

 花子・アンドロメダ

「びんじょー、ノーデス」

 

 深海紅葉

「晴香ちゃん、本当の事を教えて」

 

 玉村晴香

「だ、だからぼくは、テーブルの下で」

 

 太刀沼幸雄

「苦しすぎだろ。こりゃあ決まりだな……犯人はテメェだ玉村! とっとと白状しやがれ!」

 

 玉村晴香

「違うよ! どうしてぼくが厘駕くんを殺さないといけないのさ!?」

 

 太刀沼幸雄

「ならテメェはどこにいたんだよ! 犯人じゃねぇなら隠さずに云えるよなぁ!?」

 

 玉村晴香

「だから……それは……」

 

 花子・アンドロメダ

「フェイス、まっかっかデス。わたしたちにいえないばしょ、いたってことデス?」

 

 深海紅葉

「云えない場所……お手洗いとか?」

 

 <それは違う!>

 

 

「深海さん、多分玉村さんは生田君の客室にいたんだ。そうだよね?」

「そ、そんなわけないよ。どうしてぼくが、り、厘駕くんの客室に行かないといけないのさ!」

「玉村さんの身体からする甘い匂い。それと同じ匂いのお香が生田君の客室に置かれていたんだよ」

 ボクの言葉を聞いた瞬間、玉村さんは目を丸くしたまま身体を硬直させた。

「正確には、お香じゃなくて睡眠薬だけどね」

「睡眠薬?」

「黒魔術!!!?」

「落ち着いて夢見さん。そう、紫中君が教えてくれたおかげでボクも気がついたんだけどね。丁度ベッドの近くにこの瓶が置かれていたんだ」

 生田君の客室から拝借した瓶をみんなに見せていると、頬を桃色に染めた深海さんが突然興奮し始めた。

「ベッド……はっ!それって……! やだもー! そういう事なの? お姉さん気付かなかったよぉ!」

「ふ、深海さんも落ち着いて」

「なんだよそれなら俺様も混ぜろよ」

「だから話が脱線してるから!?」

 もう夢見さんも深海さんも興奮し過ぎだよ! 太刀沼君に関してはもうなにも云えないし! なんだこれ!? 

「それで、トゥルースどっちデス?」

 唯一まともでいてくれた花子さんの一言にみんなの視線が集まると、玉村さんは観念したのか、茹でダコのようになった顔を必死に抑えながら呟いた。

「そうだよ。ぼくは、厘駕くんの客室にいたよ」

「テメェらがそういう関係とはな。まあよくつるんでたし不思議でもねぇけど」

「ち、違うよ! ぼくが厘駕くんとこ、ここここ恋人だなんて……もう! だから云いたくなかったのにィッ!」

 さすがに耐えきれなくなったのか、玉村さんは涙目でその場に蹲ってしまう。

 その体は本当に小さくて、ボクは申し訳ない気持ちになっていると、今までの流れを黙って見ていた紫中君が漸く口を開いた。

「じゃあ、どうして生田君の客室にいたの?」

「……呼ばれたんだよ」

「呼ばれた?」

 玉村さんはフラフラしながら立ち上がり、紫中君に頷くと、一度深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。

「実はぼく、お昼の時に思い切って厘駕君に聞いたんだ。どうしてみんなにあんな態度取るのって。もし昔なにかあったなら教えて、相談に乗るよって」

「フフフ、過去の傷を見せろだなんて……あなたは随分と愚かな存在のようね」

「ぼくだってデリカシーがないのはわかってるよ。でも、どうしても気になったんだ」

 その言葉は普段の玉村さんからは信じられないくらい重かった。

 きっと彼女自身、相当悩んだ末の答えだったのだろう。いくら玉村さんだって、他人の過去を尋ねるなんて野暮な真似を好き好んでするわけがない。

「それで、ぼくがしつこく聞いたら、ちゃんと話すから客室で待っていてって云われたんだ。この客室の鍵と一緒にね」

 そしてショートパンツのポケットからルームキーを取り出すと、それをボク達みんなに見えるよう胸の前に出した。

「最初は緊張したけど、客室で待っているうちに、ぼく、寝ちゃって……起きたら、厘駕くんが……厘駕くんがぁ……」

「ごめんね晴香ちゃん。私達が悪かったよ。疑ってごめんね」

 深海さんが優しい声で、慰めるように涙をこらえる玉村さんに謝罪の言葉を向ける。

「だから、捜査中から様子がおかしかったんだね」

「う、うん。ぐすん、どうにかして、犯人を捕まえようと思って捜査したんだけど、何もわからなくて。航くんにはお尻を触られちゃうし、いっぱいいっぱいになっちゃってたんだ。やっぱりバカだよね。ぼく」

「ちょっと待って玉村さん!? ボクお尻なんて触ってないよ!?」

「ひ、酷いよ! いきなり後ろから抱きついてきたくせに!」

「それどういうこと? ちゃんとお姉さんに云ってごらん?」

 深海さんの黒い笑みがオーラとなってボクを襲う。

 このままだとまずい。非常にまずい。とにかく勘違いであることを――

「つづきサン、ラッキースケベデス?」

「おいおい都築。テメェ捜査中になにしてんだよ」

「途中で捜査を放棄した人に云われたくないよ!」

「とりあえず、その話は置いとこうよ。玉村さんは生田君の客室に行った。今はそれがわかれば十分だよ」

「そうだね。都築君、ちゃんと後で聞くからね」

 紫中君のおかげでひとまずは落ち着いたみたいだ。

 けれどボクに対する不審感は増してしまった……いや、その話は後だ。まだ議論は進んでいないんだから、次こそは犯人に関する手掛かりを見つけないと。

「玉村さん。改めて、何時に生田君と待ち合わせをしていたか、教えてもらえる?」

「15時だよ。お昼の片付けをしている時に約束したんだ」

「その片付けは何時頃にしていたかは覚えてる?」

「確か……13時30分くらいだったと思う」

 玉村さんの発言に耳を傾けながら、いつもの鉄仮面で考えるような仕草をする紫中君。

 13時30分か。ボクがお昼を食べ終わって、五階で太刀沼君と花子さんと会ったのが13時過ぎだから特におかしな点はないよな。

「15時って、随分時間が空いてんなあ」

「そもそも、どーしてマイルーム、まちあわせするデス?」

「それもそうだね。1時間30分も片付けに時間がかかるとは思えないし……あれ? そういえば晴香ちゃんは最後までお手伝いしなかったの?」

「あ、うん。約束した時にはほとんど終わってたし、他に用事があるっていうから、先に自分の客室に帰ったんだ。その……男の子の部屋に行くのなんて初めてだったし」

「ん~、わかる! わかるよ晴香ちゃん! 女の子ならいろいろ準備が必要だもんね! お姉さん共感するよ!」

「だからそんなんじゃないってば~!」

 明らかにテンションのおかしい深海さんを尻目に見る。

 やっぱり、女の人ってこういう話が好きなんだな。

「フフフ、話を聞く限り、その用事と云うのが重要なようね」

「だな。生田の野郎はその時に殺されたんだ」

「犯人と待ち合わせしていたのかな?」

 被害者の生田君しか知らない空白の時間に各々思索する。

 一体どれが正しいのか……みんなの意見を聞いてみよう。

 

 

 議論開始!

 

 太刀沼幸雄

「生田の野郎は犯人と会って何をするつもりだったんだ?」

 

 深海紅葉

「ショーホールの、しかも舞台の上でだよね?」

 

 夢見縛

「フフフ、待ち合わせとは限らないのではなくて?」

 

 玉村晴香

「どういうこと?」

 

 夢見縛

「舞台上で何か仕掛けをするつもりだったのかもしれないわよ。誰かを殺す為に、ね」

 

 花子・アンドロメダ

「いくたサンが?」

 

 太刀沼幸雄

「ま、そっちの方がしっくりくるな」

 

 深海紅葉

「だとしたら、犯人にはその事がわかっていた事になるよ? 犯人はキャットウォークで準備をしていたはずなんだから」

 

 太刀沼幸雄

「そういやそうだな。どうなってんだ?」

 

 玉村晴香

「う~ん、さぱらんだよぉ」

 

 花子・アンドロメダ

「わかったデス。きっとはんにん、まちあわせのレター、こっそりルパーン。ドロボーしたデス」

 

 <それは違う!>

 

 

 

「花子さん、生田君は待ち合わせの手紙は出していないんだよ」

「そうなんデス?」

「うん。生田君の客室にはメモスタンドが置かれていて使われたような形跡はあったけど、それは今回使われた物ではないと思うんだ」

「ほわっと?」

「鉛筆を使って下の文字を確認したんだけど、文字はなにも出て来なかったんだ。薄い紙だったから、もし手紙として使ったなら何か字が出てくるはずなんだよ」

 

 <ゼルトザーム・ヴァーンズィン・パピアー!>

 

 

「フフフ、あなたのその発言には矛盾があるわ……ハルバード&シルトよ!」

「矛と盾だね」

「あ、そういうこと!」

 ……紫中君の解説に目を輝かせながら頷く玉村さんは放っておこう。

「夢見さん、ボクの発言にどこかおかしいところがあった?」

「ええ。都築君は持ち前の魔術で隠された文字を暴こうとしたようだけれど、それが失敗したからって現実から目を背けるのはよくないわ。空想はほどほどにしないとね」

 普段から空想の世界に嵌っている人に云われるなんて……。い、いや、今は夢見さんの話を聞いてみよう。

 

『文字が浮き出なかった。そう云ったわね? でもそれは当然よ』

 

『そもそもメモスタンドの上で字を書いたというのがおかしいのよ! メモスタンドの上で字を書くなんて信じられないわ!』

 

『フフフ、このワタシが教えてあげるわ。机の上で字を書く時、まず紙を切り離して書くものよ』

 

『筆にインクをつけて、相手のことを考えながら書くの。失敗したら一から書き直さなければならないのだから』

 

「確かに紙を切り離して書いたなら文字は残らないね。でも、呼び出しの手紙なんてどこにもなかったんだ。犯人を呼び出すなら、別の方法を使っているはずだよ」

 

『はず? 確証もないのに言葉を述べないでもらえるかしら?』

 

『なにより彼には、手紙で相手を呼び出そうとした明確な証拠があるのよ!』

 

『彼の身体の下にあった紙……あれこそがそうなのよ!』

 

「あれは動機で配られた紙だよ? 呼び出しの手紙とは関係ないよ」

 

『フフフ、だからダメなのよ。そんなでは伯爵の足元にも及ばないわ』

 

『良いこと? 彼は犯人を呼び出す為に、わざとあの手紙を生み出したのよ。彼の身体の下にあった紙こそが、動機の紙を装ったダミーなのよ!』

 

 <その言葉、断ち斬らせてもらうよ!>

 

 

 

「夢見さん。それはありえないよ」

「フフフ、負け惜しみもここまで来ると虚しいわね。ほら、トカゲコウモリが嘲笑っているわ」

 天井を仰ぐようにしてそこにいるらしい生き物に微笑みかける夢見さん。

 ボクは生憎その生き物は見えないので、ズボンのポケットから二枚の紙を取り出した。

「これを見てほしいんだ。これは生田君の客室にあったメモスタンドの紙。そしてこっちは、動機の書かれた紙」

「フフフ、それがどうし……はッ!?」

 それまで舞台の主役の様に生き生きしていた夢見さんは、ボクが見せた二枚の紙を見比べた途端、唇を噛みしめながら仰け反った。

「ね? こうして見ると、メモスタンドの紙とは明らかに大きさが違うでしょ? こっちの動機の紙は、四つ折りにしてようやくメモスタンドと同じ大きさになるんだ。もしまだ疑うのなら、自分の動機の紙と見比べてもらってもいいよ」

「いえ。結構よ。フフフ、愚かなのはワタシの方だったみたいね。今晩は、伯爵の罰を受けなくてはならないわね」

 罰を受けると云う割に顔を紅潮させているのは何故だろう。この事はあまり触れない方がボクの精神衛生上良さそうだ。

「ねえ都築君。生田君の身体の下にあった、紙って?」

「ん? そういえば深海さんは知らないんだったね。捜査中に見つけたんだけど、生田君の遺体の下に隠れるように動機の書かれた紙があったんだ」

「そう、だったんだ」

 まるで自分に言い聞かせるような小さな声で云うと、深海さんはなにか考えるようかのように俯いた。なにか気になる事でもあったのかな?

「そうなると、はんにん。いくたサンとまちあわせ、してたひと、なるデス。ステージであうスケジュールのはんにん、タイムよりスピーディーにきて、キャットウォークにゴーしたデス」

「だったら犯人は女になるんじゃねぇか? あいつが男と待ち合わせするとは思えねぇし。だとすると……犯人は夢見か深海、テメェらのどっちかってわけだな!?」

 太刀沼君に犯人呼ばわりされた二人は、不快感を顔に浮かべながらも冷静に言葉を吐く。

「フフフ、これは参ったわね」

「私じゃないよ。さっきも云ったけど、厨房にグラスが置いてあるからそれが証拠になるし」

「なら夢見はどうなんだ? そもそもカードルームで何してたんだよ!」

「タロット占いよ。今後の運勢を占っていたの。結果は……フフフ」

「しゃべったらそのマウス、ぬいぬいチクチクデス」

「なんかよくわかんねぇがそんなこたぁどうでも良いんだよ! それを証明出来る奴はいるのか?」

「残念ながらいないわね。玉村さんは生田君の客室にいたようだし。それにしても狭魔ダルマジの名を語るなんて――」

「そ、その話はもうやめてよぉ!」

 なんだかおかしな方向に話が進んでしまった。

 夢見さんがカードルームにいた事はアレで証明出来るはずだよな。よし、落ち着いてタイミングを図ろう。

 

 

 

 議論開始!

 

 太刀沼幸雄

「テメェがカードルームにいたことを証明する奴はいねぇ! つまりテメェが犯人だ!」

 

 夢見縛

「フフフ、愚かね。目の前の幻霧に惑わされて己の理を忘却の彼方へ流すだなんて……地に平伏しなさい」

 

 太刀沼幸雄

「日本語で話しやがれ!」

 

 紫中舞也

「一応日本語だよ」

 

 深海紅葉

「ちなみに縛ちゃんは、カードルームには何時から何時までいたの?」

 

 夢見縛

「微睡みの舞う未二つ時から腹中に封じし魔物が呻く申一つ時ね」

 

 太刀沼幸雄

「……日本語で話しやがれ!?」

 

 玉村晴香

「さぱらんだよ!」

 

 花子・アンドロメダ

「サパラン?」

 

 玉村晴香

「さっぱりわからないの略だよ!」

 

 深海紅葉

「えっと、確か時辰(じしん)っていうんだっけ? こういうの」

 

 紫中舞也

「そう。丑三つ時とか有名だね。確か、一時辰は二時間だから……概ね、13時30から15時30くらいだね」

 

 夢見縛

「フフフ、さすが紫中君。今度舞踏会に招待してあげてもいいわよ」

 

 紫中舞也

「遠慮しておくよ」

 

 太刀沼幸雄

「時間がわかったところで関係ねぇ! それを証明する奴がいねぇ事に変わりはねぇんだからな!」

 

 夢見縛

「フフフ、これも伯爵のお与えになった試練。あぁ……運命の歯車がワタシを迷わせる!」

 

 玉村晴香

「もうわけがわからないよぉ!」

 

 深海紅葉

「うーん。カードルームにいたことがわかる何かがあればいいんだけど」

 

 <それに賛成だよ!>

 

 

 

「カードルームにいた証拠、捜査してる時にあったよ!」

「それホント都築君?」

 パッチリとした目を大きくしながら尋ねる深海さんに頷くと、ボクはカードルームの主だった人物に質問する。

「ねぇ夢見さん。夢見さんが使ったタロットってどんな柄だった?」

「薄紫の地に花の柄が描かれていたわね。丁度いまワタシが穿いている下着のような――」

「ヴッ!!!?」

「縛ちゃん! そういうことは口にしちゃダメでしょ!?」

 夢見さんはなぜ深海さんに怒られたのかわからないのか、頭にはてなを浮かべながら目を細める。

 あのカードと同じような柄とか……いやいやいやいや! 落ち着けボク!!

「あ~、それだけじゃあ証拠になんねぇなぁ。実際に見てみねぇと……おい夢見、そのスカート捲って――」

「セクシャルなハラスメントだよ!?」

「さいてーな(自主規制)デス」

「花子ちゃんも真顔でそういう言葉使わないの!?」

 可愛らしい外見からは想像も出来ない過激な発言に困惑しながら注意をする深海さん。

 ボクは話を変えるべく、わざとらしく咽たフリをした。

「げ、ゲホン! ゴホン! あ~、でもこれで、夢見さんがカードルームにいたことは証明出来るよ」

「パンツの色がか?」

「ゲッホゲホゲホ! そ、そっちじゃないよ!? だからね? カードルームを捜査をしている時にテーブルの下に一枚のカードが落ちていたのを見つけたんだよ。そのカードの柄が夢見さんの云ったのと同じだったんだ」

 今度は本当に咽てしまった。お、落ち着くんだボク! カードがパンツと同じ色だからって何がどうこうするわけでもない!

「フフフ、救ってもらってしまったわね。今度、お礼に舞踏会に招待するわ」

「あ、うん。また今度ね」

 冷静を装ったボクが適当にあしらったのが気に入らないのか、不機嫌な顔をする夢見さん。ちょっとだけ可愛い気がしなくもない。

「でも、どーしてとつぜん、じしん? いったデス?」

「伯爵のお導きよ」

 夢見さんは目を反らしながら呟いた。あ、なんとなくだな。ただそういう気分だっただけだなこれは。

「チッ、これじゃあまた最初に逆戻りじゃねぇか。もっと決定打になるようなもんは出ねぇのかよ」

「うーん、他になにか、犯人の手掛かりになるものはないのかな?」

 深海さんの言葉にみんなが口を閉じる。

 さて、これからどうしよう。太刀沼君も花子さんも証言は取れてるし、行方不明だった玉村さんからはこれ以上話を聞けそうもないし。ここは別の方向から議論を進めた方がいいかもしれない。

 ボクが議論を進める為に情報を整理しようとすると、突然思い出したかのように花子さんが口を開いた。

「そーいえば、しあたサンはなにしてたデス?」

「お、そういやまだテメェの事を聞いてなかったな。昼飯の後は何してんたんだ?」

「寝てたよ」

「寝てたって……昼まで寝てたくせにまだ寝るのかテメェは」

 太刀沼君がはっきりと云いきる紫中君に呆れたような目を向けていると、先ほどの夢見さんと同じようにはてなを浮かべた花子さんが疑問を告げる。

「つづきサン、クエスチョン、おーけーデス?」

「なにか質問があるってこと?」

「イエス。いくたサンのしぼータイムと、はっけんタイム。これはべつべつデス?」

「死亡時刻と遺体を発見した時の時間は別々かって? そりゃあまあ、そうだと思うよ?」

「……サンクスデス」

 ボクの答えでは物足りなかったのか、未だはてなを浮かべたままの花子さんに深海さんが慎重に声をかけた。

「花子ちゃん。なにか気になることがあるの?」

「リメインズ、ファーストはっけんしたの、しあたサンデス。おめめパッチリしてから、ステージにゴーするタイムがウッドなったデス」

「云ってる意味がよくわからねぇぞ?」

「フフフ、ワタシが解説するわ。花子さんが云いたいのはこうよ。冥府の眠りより解き放たれ――」

「紫中君が遺体の第一発見者だとして、お昼寝の後にどうしてショーホールに行ったのか疑問だって云いたいんだよね?」

「……」

 深海さんに解説を横取りされてあからさまに不快感を顔に出す夢見さん。髪の毛を噛むのはやめよう。怖いから。

「すごいね紅葉ちゃん。ぼく全然わからなかった」

「そんなに難しくないよ。ちょっと考えれば……あれ?」

 何か気になる事があったのか、云いかけたまま目を閉じて考える深海さん。

「確か紫中君の才能って、超高校級の……裏方」

「あ!」

「そういうことか! 裏方ならキャットなんとかの事も知っていてもおかしくはねぇよなあ!」

「フフフ、これは驚きの展開ね」

「しあたサン」

 みんなの疑惑の視線が紫中君に集中する。

 だが当の紫中君は、まるで針のむしろに座らされているような状況にも関わらず表情一つ変えていない。

「うん。いつか、その話は出ると思っていたよ。及第点、ってところかな」

「はあ? どういう意味だよそりゃあ」

「キャットウォークに犯行の証拠があるなら、僕は真っ先に疑われると思ったんだけどね」

「あの、しあたサン?」

 湧き出る疑惑が波となって広がる。

 ボクを始め、みんななにも云う事が出来ずに立ちつくす中、漸く告げられた言葉はあっさりとしたものだった。

「先に云っておくと、僕は犯人じゃないよ」

「そ、そんな云い訳が通じるわけねぇだろ? 他の奴は証拠が揃ってんだ。なんとか方でテメェしかいねぇだろうが!」

「消去法、のことかな? そうだね。でも、証拠がないからその人が犯人っていうのは……少し、単純過ぎないかい?」

「喧嘩売ってんのかあ゛ぁ゛ん!」

 今にも証言台から乗り出さんばかりの勢いで紫中君に突っかかる太刀沼君。

 普通なら気押されそうな程の形相にも関わらず、やはり紫中君は表情一つ……変えていた。まるで楽しんでいるかのように、わずかに口元が緩んでいる。捜査中何度もあの鉄仮面に困惑させられたボクだからわかる。彼は……紫中君はこの状況を楽しんでいる。

「紫中君。君はなにが云いたいんだい? もしかしてこの前の――」

「その話は今は関係ないよ。そう、今はね」

 今は? それって、やっぱりあの時の言葉が――

「そ、それなら、舞也君には証拠があるの? それとも本当に寝てただけなの?」

「寝ていたのは本当だよ。待ち合わせの時間まで時間があったから、少し昼寝をしていたんだ」

「まちあわせ」

「それって、まさか」

 治まったと思った疑惑の波が、再び激しさを増してボク達を襲う。

「うん。僕は、生田君と待ち合わせの約束をしていたんだ。昨日、動機の紙が渡された夜にね」

「おい……ヤケでも起こしたか? この状況でそんなこと云うなんて、自分で白状しているようなもんじゃあねぇか」

「だから犯人じゃないんだってば」

「うわーん! さぱらんだよ! 舞也くんの云ってることがわからないよぉ!」

「ぽやぽやデス」

「話を戻していいかな?」

「あ、まだ途中だったんだ」

 呆気に取られた深海さんの言葉に目を閉じて頷くと、紫中君はゆっくりと昨日の状況を説明し始めた。

「 『明日の14時に話したいことがある。一人でショーホールに来い』 断る理由もなかったし、そのまま了承したんだ。でも、僕は約束の時間よりも寝過ごしちゃってね。急いでショーホールに迎ったら、そこにいた生田君は既に亡くなっていたってわけさ」

「フフフ、とても信じられる話しではないわね」

「僕もそう思う。でも、信じてもらうしかないね」

 この状況でそんな……無茶にも程がある。それだけ自信があるのか? 自分は犯人ではないって自信が。

「信じるって云われても」

「なら議論してみたらどうかな? 僕が犯人かどうか。犯人を間違えたらみんなオシオキなんだから、悔いの残らないようにさ」

 いったいなんなんだよ。もし自分が犯人じゃないのなら紫中君だってオシオキを受ける事になるのに。これじゃあまるで、ボク達を試すみたいな……試す? え? でも、どうして今になって……。考えていても仕方ない! とにかく、議論を始めよう。

 

 

 議論開始!

 

 玉村晴香

「議論してって……なにを話せばいいの?」

 

 花子・アンドロメダ

「しあたサン、ブラック? ホワイト?」

 

 夢見縛

「ヴァイス! シュバルツ!」

 

 深海紅葉

「意味は同じだよね」

 

 太刀沼幸雄

「議論する理由なんてねぇ! 紫中が犯人なことに変わりはねぇだろう!」

 

 紫中舞也

「もしかしたら、見落としてることがあるかもしれないよ? 本当に、いいのかい?」

 

 太刀沼幸雄

「テメェは黙ってろ! 余計にイライラする!」

 

 深海紅葉

「でも、間違えたらオシオキ……だもんね」

 

 夢見縛

「オシオキは伯爵のものだけで十分よ」

 

 花子・アンドロメダ

「じーざす」

 

 太刀沼幸雄

「ビビってんじゃねぇぞテメェら! そもそも第一発見者って時点で決まりだろうが!?」

 

 <それは違う!>

 

 

「なにが違ェんだよ都築! まさかテメェ、こいつに情がわいたとか云わねぇだろうなぁ!?」

「違うよ太刀沼君。第一発見者っていうのがミソなんだ」

「はあ!?」

 混乱しているのもあってか、いつも以上に強い口調で叫ぶ太刀沼君。

 ボク自身も叫びたいのを抑えながら、感情をコントロールして言葉を紡ぐ。

「死体発見アナウンスは、三人以上の人が死体を見つけると流される仕組みなんだけど、その中に犯人が含まれるかどうかは曖昧なんだ。そして今回の事件には……犯人は含んでいない」

「なんだと!?」

「そ、それ本当航くん!?」

「うん。深海さんがモノクマに聞いていたのを教えてもらったんだ」

「そうだよ。ちょっと気になって。そうだよねモノクマくん」

『むにゃむにゃ……もうリア充は食べられないよぉ』

「なんか怖いこと云ってる!?」

『……はっ!? いけない、いけない。退屈過ぎて寝ちゃったよ。で? なんの話?』

 いつの間にか鮭を抱いたまま寝ていたらしいモノクマは、どこぞのご当地キャラのようなあざとい仕草でボク達を見つめる。

「死体発見アナウンスについてだよ。今回の死体発見アナウンスには犯人は含まれていないんだよね?」

『あ~そういえばそうだったような~、違ったような~』

「ハッキリ云いやがれ!」

『うるさいなぁ。そうだよ。今回は犯人は含んでないよ。前にも云わなかったっけ?』

 抱き枕にしていた鮭を頭からかじりながら投げやりに云うモノクマ。

 この場に槍があったなら本当に投げてやりたいところだけど、今はこいつの疑問にまで答えている暇はない。

「じゃあ、本当に紫中は犯人じゃないのか?」

「だから、そう云っているのに」

 やれやれと云わんばかりに大きなため息を吐く紫中君。そのため息を吐きたいのはこっちだと云いたい。

「フフフ、また振り出しね」

「でも、ちょっと一安心だよ」

「安心するのはまだ早いよ。次の議論に移らないと」

「こんなに疲れたのは舞也くんのせいでしょ!」

 握った拳をブンブン振り回しながら抗議をする玉村さん。

 しかしその拳も抗議も紫中君には届いていない。

「でも、どーしていくたサン、しあたサンおよびになったデス?」

「フフフ、命を奪う為に決まっているでしょう?」

「でも亡くなっているのは生田君だよね」

 そう。仮に生田君が紫中君を殺す為に呼び出したのなら、今この裁判の場には生田君がいなければいけない。でも生田君は下敷きに……これはどういうことなんだ?

「紫中君はなにか知らない?」

「知らないよ。約束しただけで、それ以外に話してないし」

「しあたサン、いくたサンみつけたの、ほったいもいじるな?」

「芋?」

「多分、何時に見つけたかって聞いているんじゃないかな? まあ、それでも意味は違うけど」

「15時30分だね」

「1時間30分も遅刻とか……」

「俺様ならとっくに帰ってんな」

 ボクも太刀沼君に同意だな。でも、あの生田君が男子の紫中君が来るまで待つのかな? 一分でも遅刻しようものなら、鬼の形相で起こしに行きそうな気もするけど。

「んん?? 舞也くんの約束の時間が14時で、ぼくの約束の時間が15時。縛ちゃんがカードルームにいたのが……あれ? あれれ?」

「一回おさらいしようか」

今にも目を回しそうな玉村さんを尻目に見ながら紫中君が提案すると、それに賛同したように深海さんが話し始める。

「そうだね。まず、晴香ちゃんが厨房で生田君と客室で会うよう約束したのが13時30分だったよね。で、私がレストランに来たのは14時だよ」

「昨晩生田が紫中とショーホールで待ち合わせていたのも14時だったな」

「ボクが太刀沼君と花子さんと一緒にダーツバーにいたのが13時から15時40分くらいだよ」

「いくたサン、おなくなりになったの、14じ04ふんデス」

「ワタシがカードルームにいたのは13時30分から15時30分の間」

「ぼくが厘駕くんと約束した時間は15時だよ! 起きたのは15時30分くらい」

「僕が、15時30分頃に生田君の遺体を見つけた……こんなところかな」

 みんなが遺体発見までの出来事を思いつく限り上げて行くと、ボクはそれを、バラバラになったカードを集めるようにして脳内でまとめる。

 この流れから導き出される答えって……

「自殺、なんじゃないかな?」

「自殺!?」

「それだけはありえねぇな。そんなことするなら都築、テメェを殺してるはずだぜ」

「なんでボク!?」

「俺様が殺されるわけがねぇからだよ!」

 どこから沸いてくるんだその自信!?

「でも、私も都築君の意見に賛成かな。他に犯人はいないんだし、もうそれ以外考えられないよ?」

「ほわっと? それだと、しあたサンおよびしたリユー、わからないデス」

「そうだよね。それにぼく、厘駕くんが自殺したなんて思いたくないよ」

 自分で云っておいてなんだけど、生田君が自殺っていうのは無理があったか? でも他に犯人がいないのは事実……いや、紫中君が呼ばれたのも事実なんだよな。もっとみんなで話し合ってみよう。

 

 

 議論開始!

 

 太刀沼幸雄

「生田が自殺なんてするわけねぇだろ?」

 

 玉村晴香

「ぼくもそう思う。だって、理由がないもん!」

 

 深海紅葉

「さっき出た動機の紙は?」

 

 玉村晴香

「動機の紙?」

 

 深海紅葉

「うん。動機の紙に書かれていた内容が、生田君にとって自殺したくなるような内容だったんじゃないかな」

 

 花子・アンドロメダ

「でも、どーきのレター。ないよー、べつのひとじゃなかったデス?」

 

 深海紅葉

「そうだけど。でも、理由と云ったらそれくらいしかないよ」

 

 夢見縛

「それなら紫中君を待ち合わせをしたのはなぜかしら?」

 

 深海紅葉

「それは……そう。きっと罪を着せるつもりだったんじゃないかな? 第一発見者の紫中君をわざと犯人にして、事件を複雑にしようとしたとか」

 

 玉村晴香

「それはないと思う。厘駕くんがぼくたちを困らせるようなことしないと思う」

 

 太刀沼幸雄

「だな。紫中を犯人にしようってのはありえるが、それで女が死ぬかもしれねぇ状況にするわけがねぇ。めちゃくちゃムカつくけどな!」

 

 夢見縛

「フフフ、それに紫中君を犯人に仕立て上げるとして、なぜ来てもいないのに生田君は自ら命を絶ったのかしら」

 

 <それに賛成だよ!>

 

 

「それだよ夢見さん!」

「あら。まさか賛成してくれるとは思わなかったわ」

 本当に賛成されるとは思わなかったのか、不意を突かれたかのように目を丸くした夢見さんに頷くと、深海さんが落ち着いた調子でボクに疑問を投げかける。

「なにかわかったの都築くん?」

「うん。生田君が紫中君を犯人にする為に呼び出したとして、本人が来てもいないのに自殺をするわけがないんだよ。他の誰かが、それこそ玉村さんや花子さんや夢見さんや深海さんが来るかもしれないんだから。女子の誰かに疑いが及ぶようなことはしないと思うんだ」

「そうだね。生田君も、全員の予定を把握していたわけないだろうし、僕を第一発見者にして犯人にするつもりだったなら、僕が来た瞬間、自分でお腹を刺すくらいはするだろうね」

「しぼータイム、まちあわせから4ミニッツしかないのも、おかちぃデス」

「そっか。確かにそうだよね。ごめんね。私ちょっと熱くなってた」

「そんなことないよ。そもそもボクが変なこと云ったのが悪いんだし」

「だな。自殺とか見当違いもいいとこだぜ」

 うん。まあそうなんだけど……なんだろうこの苛立ち。太刀沼君に云われるとこう、込み上げてくるものがある。

「うーん、犯人もいない。自殺でもないってことになると……残るのは、事故死?」

「それなら俺様も納得だぜ! あいつは紫中を殺す為にキャットなんとかに仕掛けをして呼び出したが、時間になっても現れなかった。そんで待っているうちにアレがコレしてあーなって、自分の仕掛けで死んじまったんだな」

「わけワカメデス」

「うーん、そう、なのかなぁ? でも、それ以外考えられないもんね」

「あれ? でもそうなるとこの場合、時間に遅れた紫中君が犯人ってことになるんじゃ……?」

「ありえない話じゃないね。そこはどうなのかなモノクマ」

 自分の命が懸っているとは思えないほど落ち着いた調子で紫中君が尋ねると、モノクマは珍しく悩むような仕草をしながら答えた。

『ん~? そうだなぁ。それも面白そうだけど、前回が前回だったからねぇ。そういう捻った展開もあまり続くと白けちゃうし、今回は無しでいいよ』

「ほわっと!? では、だれにとーひょーするがいいデス?」

「生田でいんじゃね?」

「そんな!」

「フフフ、けれど、他に選択肢はないのだから仕方ないわ。これも伯爵のお導きよ」

「そうかもだけど……でも……」

 わかっていても納得がいかないのか、自問自答を繰り返す玉村さん。顔色は曇っているが、その瞳の奥には既に諦めの灯りが揺れている。

 事故死。他に手掛かりもないし、とくに不満もないはずなんだけど……この違和感はなんだ? 紫中君は――

「……」

 特になさそうだ。先程までボクの目に映っていた笑みは幻だったかのように、いつも通りの鉄仮面で投票ボタンを持っている。

それならボクも……ボクも? ボクもってなんだ? 紫中君がなにもしないからボクもそれに従うのか?

 違う……それは違う! なんだこの空気。わからない。わからないけどなにか……はっ! よく考えればモノクマもおかしい。今まで散々ボク達を煽ってきたあいつがこれから投票しようっていうのにこの落ち着きはなんだ? いつもならもっと興奮していてもおかしくないのに! なにか、なにかがおかしい!

『投票タイム行っとく? では皆さまボタンを――』

「ちょっと待って!」

 モノクマの言葉を遮ると、投票ボタンを見つめていたみんなの目がボクに集まる。

 その目にはそれぞれ違う感情が籠っていて、ボクの胃は裸で雪山にいるかのように縮こまった。

「どうしたの航くん?」

「また妙なこと云うつもりか?」

「ごめん。ちょっとだけ。ちょっとだけ待って」

「つづきサン?」

 視線が痛い。けれどそんなことを気にしている暇はない。考えろ……考えるんだ。

 まず、キャットウォークから落とされた照明器具が凶器なのは間違いない。それは確実だ。紫中君以外にキャットウォークの存在を知っているのは花子さんだけ。でも花子さんはボクと太刀沼君と一緒にいたから犯行は不可能。自殺の可能性もない……くっ! どれを考えても必ず矛盾が出てくる! もっと根本から考えないとダメなのか…………根本? 待てよ。いや、そうだ! キャットウォークの存在を知っている人物はもう一人いる! でも……。

「どうしたんだい都築君。まるで、なにか閃いたような顔だよ?」

「あ? なにか閃いたのか都築」

「え!? い、いや、別に」

「なんだそりゃ? チッ、ややこしいこと云うなよ紫中」

 紫中君は頭だけ下げて形だけの謝罪をすると、それっきり口を開く事はなかった。

 閃いたこと。何もないと云えば嘘になる。けどそれはあの人を……いや、それこそ疑っているってことじゃないか。あの人がそんな事をするわけがない。そうだ。さっさと不安を取り除いて次の議論に集中するんだ。

「深海さん。レストランでなにを飲んだか、教えてくれる?」

「え? りんごジュースだよ。後は……あ、紅茶も飲んだかな?」

「そう。紅茶を飲んだんだね。お湯を沸かす時はどの水を使ったの? 水道? それともミネラルウォーター?」

「冷蔵庫にあったミネラルウォーターだよ。ほら、水道は使えなかったからね」

 水道は使えなかった。水道はつかえなかった。すいどうはつかえなかった。

 聞き間違えだと思いたいのに、何故かこの言葉が呪いのように頭から離れない。

 ああ、どうして君は……そんな事を云ってしまったんだ。もう、止められない。

「深海さん。お昼の時、既に水道は使えるようになっていたんだよ。モノクマの修理は午前中で終わっていたんだ。そうだよね玉村さん」

「う、うん。あれ? でも紅茶を飲んだなら知っていて…………え」

 玉村さんはマネキンのように固まった。

 きっと彼女も気付いてしまったのだろう。いや、ボクが気付かせてしまったんだ。

「ああ……そういえば、そうだったね。うん。水道水を使ったんだ。私とした事が勘違いしてたよ。寝ぼけてたのかな?」

 頬を手で覆うと、おどけるように体を左右に揺らす深海さん。

 わずかに顔が赤みを帯びているが、それは慣れない事をして恥ずかしいからなのか、必死にその場を取り繕うとしているからなのかはわからない。

 でも今はそんなことを知りたくない。今知りたいのは、この推理が当たっているか間違っているか、ただそれだけだ。

「なら、今から話す事を聞いてくれるかな。ボクも、あまり続けたくないんだ」

 

 

 クライマックス推理!

 

「昨日の夜、ボク達に動機の書かれた紙が配られた後、生田君は秘かに紫中君と明日の14時に話をする為にショーホールで待ち合わせをしていた。けれど犯人はその話をこっそり聞いていたんだ」

 

「犯人は一人客室に戻った後、誰もいないのを確認してからこっそりショーホールに迎った。五階の施設には鍵がかかっていないから出入りは自由に出来たはずだよ。

 ショーホールから舞台裏に足を伸ばした犯人は、そのままキャットウォークを登っていくつかの照明を事前に外しておくことで、いつでも落とせるようにしておいたんだ。照明器具はしっかり固定されているだろうし、外している間に時間になったら意味がないからね」

 

「次の日、犯人は昼食を食べた後キャットウォークで外しておいた照明器具を集めて生田君が来るまで待機した。そして彼が時間通りに現れたその瞬間、上から大量の照明器具を落としたんだ」

 

「犯人は生田君が亡くなったのを確認した後、紫中君が他のみんなを呼んで来るのを待ってから非常口から出てみんなと合流したんだ。まるで今来たかのように、自然にね」

 

「ボク達の中でキャットウォークの存在を知っていて、これらの事が出来る人物、それは深海さん。君しか、いないんだ……」

 

 

 ボクの推理を聞いた深海さんは、何も云わず、目を閉じたままただ黙ってそこに立っていた。

 沈黙は長く続き、まるで時が止まっているかのような錯覚に陥りそうになるも、背中を走るこそばゆさでなんとか耐える。

 そうして漸く発した声は、まるで水滴が落ちたかのような静かなものだった。

「確かに、私もキャットウォークのことを知ってるよ。都築君と紫中君と三人で、一緒に登ったもんね。都築君が私のスカートに四苦八苦してたりしてね。でもそっか。きっと一生懸命考えたんだよね。偉い、偉い。でもね? 都築君――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは違うよ」

「……!」

 刹那、まるで全身の毛穴を針金で刺されているかのような感覚がボクを襲った。

 さっきの黒いオーラとは違う。これは……なんだ?

「今の都築君の推理だけど、それだと矛盾が出てきちゃうの、わかるかな?」

「む、矛盾?」

「そう。都築君は私がキャットウォークで待機したって云ってるけど、でもそれだと、生田君が舞台上にまで登って来るっていうのもわかっていたってことなのかな?」

「それは」

「ショーホールで待ち合わせをしてたとしてもどうしてわざわざ舞台の上で待っていたのかな? 待ち合わせするなら入口付近や観覧席でもよくないかな?」

 反論を許さないと云わんばかりに機関銃のように発言する深海さんの目は笑っていない。このまま流されたらダメだ。

 

『どうして生田君はわざわざ舞台の上に立ったの? おかしいよね? 話をするなら観覧席で座りながらでも構わないよね?』

 

『お姉さん、なにか間違ったこと云ってるかな?』

 

『そもそも私はレストランにいたんだよ?』

 

『ずっと待機していたのならグラスはいつ置いたのかな?』

 

「グラスを置くことなら捜査中だって出来るよ。わざわざレストランでお茶をしなくても、グラスさえ流しに置けばそれで良いんだから」

 

『ふーん、そういうこと云うんだ。で? 生田君が舞台上にいたのはどうして? まさかたまたまなんて云わないよね』

 

『都築君は夜中に照明器具を外したっていうけど、もともと薄暗くて足元も見えにくいキャットウォークでそれだけの作業が私に出来るのかな? 制服だって汚れちゃうけど……どう? お姉さん汚れてるかな?』

 

『それにこの黄色いパーカーとか暗い所だと目立っちゃわない? 私が待機していても気付かれちゃうよ』

 

「キャットウォークは客席からは見えないんだ。仮に見えたとしても、パーカーならすぐに脱ぐことも出来るよ。作業中着替えれば汚れる事もないし、シャワーだって浴びれば良い。楽屋に続く渡り廊下にはシャワー室や洗濯機があったからね。それを使えば良いだけだ!」

 

『ああ云えばこう云う。都築君ってそんな男の子だったんだ』

 

『謝れば許してあげようと思ってたんだけどなぁ。お説教だけじゃ済まないよ?』

 

『でもどんなに立派な言葉を並べたって、生田君が都合よく舞台にいた理由にはならないよ』

 

『私は超能力者でも預言者でも魔法少女でもないよ? 普通の女子高生だよ?』

 

『生田君が来るのを狙って照明器具を落とすなんて出来ないし、生田君を舞台上まで呼ぶ事だって出来ないんだよ』

 

 <それは違う!>

 

 

「いや! 深海さんには生田君を呼ぶ事が出来た!」

「根拠は?」

「これだよ!」

 ボクは高ぶる感情のままに動機の紙を証言台に叩きつける。わずかに掌が痛むが知った事ではない。

「それがなんだっていうの?」

「さっきも云ったけど、この動機の紙は生田君の身体の下にあったんだ! おそらく照明が落ちて来た時、そのまま紙の上に倒れたんだ!」

「よく、わからないな」

「深海さんは、生田君がショーホールに来たのを確認した後わざとこれを落として生田君を呼んだんだ。女の子に優しい生田君なら中身を読むような事はしないし、深海さんに拾ってほしいと頼まれれば迷う事なく舞台上に登って来る。そこを狙ったんでしょ!?」

 強気なボクの発言に深海さんは一瞬戸惑いを見せるも、すぐに立て直して反論する。

「それはおかしいよ。ショーホールはあんなに広いんだから、私が呼んだって生田君に聞こえるわけがない」

「超高校級のシンクロ選手の深海さんなら、それだけの肺活量は持っていてもおかしくないよ」

「はは、めちゃくちゃだよ。それに、その動機の紙が私のだって証拠は?」

「ないよ。だから、今からここに書かれている内容を読み上げるよ」

 ボクの言葉に深海さんの表情が明確に曇った。

 裁判中の、あの時の反応がボクの予想通りのものなら、これで決まるはず。

 ボクは乾いた唇を舐めて生唾と共に不安を呑みこむと、大きく息を吸って手紙に書かれている文字を口に出す。

「おまえは――」

「待ってッ!!」

 今までで一番大きな、そして弱弱しい声が裁判場に響いた。

「待って……読まないで……お願い……」

 弾が切れた兵隊のように真っ青な顔で俯く深海さん。

 ボクは云われた通り、動機の紙を読まずに折り畳んでポケットに戻した。

 みんなの視線が俯く深海さんに刺さる中、深海さんは、顔を覆いながら大きな声で叫んだ。

「あ~っ! やっぱりダメか~っ!」

「ふ、ふかみサン?」

「皆を犠牲にして外に出るなんていけない事だもんね。やっぱり、悪い事は出来ないよ」

 深海さんは瞳から零れる後悔を細い指で拭うと、一度だけ深呼吸をしていつも通りの笑顔を作る。

「そうだよ。都築君の云う通り。私が生田君を殺したの」

「信じられないよ……ぼく達のこと、いつも大切に思ってくれていた紅葉ちゃんが厘駕くんを!?」

「女が犯人だとは云っていたけどよォ。テメェがそうだとは思ってなかったぜ」

「……笑えないわね」

「うそデス。こんなの、うそデス……ッ!」

「皆、ごめんね」

「なんで謝るのさあッ!」

 深海さんの謝罪の言葉が引き金になったか滝のように涙を流す玉村さん。

 そのまっすぐで悲痛な言葉は、ボク達の思いを代弁するかのようだった。

「いまは何を云っても言い訳になっちゃうけど。でも、一つだけ云わせてもらうなら……動機の紙」

「あの紙がなんなのさ! あれに書かれてることなんて全部デタラメ――」

「わたシのは違ったんだよぉ」

 叫びたいという感情を押し殺したせいか中途半端な発音になってしまった。けどそんなことは一切気にせず、深海さんはその心情を口にした。

「私の動機の紙には、実際にあったことが書いてあったんだ。誰にも話したくないし、話したこともない……消したくても、消せない過去が」

 

 おまえはなかまをうらぎった

 

 深海さんの云う、消したくても消せない過去。誰にも話したこともない過去を、ボクは、ボクだけは知ってしまった。

 それがどういう意味なのか、想像する権利はボクにはない。あったとしても、そんなものは渡された瞬間にどんな手を使ってでもこの世から失くしてやる。

「どうにかしてここから出ないと、でも誰かを殺すなんて……そんな風に思っている時、たまたま生田君が紫中君と話しているの聞いて今しかないって思ったんだ。ホント、バカだよね」

 そう告げる深海さんの顔は笑っていた。

 まるでイタズラがバレた子供の様な無邪気な笑顔だった。

 これから起きることなんて何も知らない、またやり直せば良い、そう思わせるような笑顔だった。

 そんな素敵な笑顔をボクは…………不気味に思った。

 


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