この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。
『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。
モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。
流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください。
「都築君いまのアナウンス……萌佳ちゃん!?」
「ま、マジかよ……」
「発見された死体って、寺踪さんの事だったんだね」
「……」
「大丈夫ですか? 都築さん、ハミちゃんさん」
「か、梶路さん……あたし……あたし……」
「大丈夫です。大丈夫ですから……」
顔を真っ青にして声を震わせるハミちゃんを優しく抱きしめ、梶路さんは慰めるように頭をなでる。やっぱり優しいな、梶路さんは。
以外にも冷静でいた自分自身に驚いていると、そんなボクを心配してか、紫中君がボクの頭に手を伸ばす。
「都築君は大丈夫? 頭撫でようか?」
「……遠慮しておくよ」
さすがに歳の近い男子に頭を撫でられる趣味は無い。
ボクが紫中君の腕を掴んでいると、その横では太刀沼君が混乱したように頭を掻きむしっていた。
「おいおいこれどうすんだよ!? 洒落になってねぇって! こういう場合はあれだよな……190番だ!」
「惜しいけど違うよ」
「と、とりあえずスカイデッキに行かない? みんなアナウンスを聞いているだろうし、こうしていても始まらないよ?」
「そうだね。行こうか」
「わたしはもう少しここにいます。ハミちゃんさんが……」
梶路さんが心配そうに腕の中で震えるハミちゃんを見ると、彼女は瞼を赤くしたままゆっくりと立ちあがる。
「あたしも行くわ。もう大丈夫だから。ありがとう梶路さん」
おだやかではない空気に一言も喋る事が出来ず、ボク達は無言でスカイデッキの扉を開くと、そこには成宮君、西尾君、玉村さんが既にいて、朝の潮風と共にボク達を迎え入れた。
あまり眠れていないのか、三人の顔は昨日に比べると疲労に満ちているようだった。あんな映像を見たのなら無理もない。
「おはようだ……皆の衆」
「おはよう成宮君。大丈夫?」
「なにがだ。俺はいつでも元気だぞ」
とてもそうは思えない。よく見れば長い金髪にツヤがないしどことなくやつれているようにも見える。
「紅葉ちゃん! 死体が見つかったって嘘だよね? モノクマがぼく達を集める為についたドッキリだよね?」
「ドッキリじゃないよ。萌佳ちゃんが……ラウンジで」
「そんな……うぅ」
「萌佳、良い奴だったのにな……」
「やめてよ馬鹿! 余計に悲しくなるじゃない!」
デッキにいるみんなが亡くなった寺踪さんの事を思い悲しんでいると、一人、また一人とスカイデッキに集まってきた。
悲しい空気がより多くデッキを包んでいると、それをぶち壊すように奴が現れた。その手には皮肉にも掃除機が握られている。
「グッドモーニング! みんな集まりが良くてボク嬉しいよ!」
「御託は良いから本題に入ろうよ。諸々の説明、あるんだよね?」
「あらら!? なんか昨日とキャラが違くないかい紫中君。無口キャラとか既出感半端ない事に気がついちゃった?」
「そんな事ないよ。目が冴えているだけ」
「徹夜明けだしな」
「なんの話だ?」
「後で説明するよ」
「まあ紫中君の話は燃えるゴミに出しておくとして、さっそく本題に入ろうかな。みんなに集まってもらったのは他でもない、学級裁判について説明しようと思ってね」
「学級裁判?」
「そうです。皆さん、電子生徒手帳の船内ルールを開いてください」
モノクマに云われるまま、ボクはズボンのポケットに入れていた電子生徒手帳の電源を入れて船内ルールを起動させる。すると、6つしかなかったはずのルールがいつのまにか9つになっていた。
「7」
生徒内で殺人が起きた場合、その一定時間後に生徒全員参加の学級裁判が行われます
「8」
学級裁判でクロを指摘出来た場合、クロだけが処刑されます。
「9」
学級裁判で正しいクロを指摘出来なかった場合は、クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑されます。
「な、なんだよこれ」
「見ての通り追加ルールだよ! 前に、順次追加しますって書いてあったじゃない」
「そうかもしれないけど、いきなり云われても意味がわからないよ! 学級裁判ってなんなんだよ!」
「書いてある通り、寺踪さんを殺した犯人をみんなで議論しながら探すんだよ! 都築君は国語は苦手なのかな?」
そういう問題じゃないだろ! 本当に腹が立つ!
ボクが怒りに任せて電子生徒手帳を壊したい衝動を抑えていると、未だにこの状況が信じられないのか、西尾君がぼんやりとした声でモノクマに尋ねる。
「ていうかよぉ。こんなかに寺踪を殺した奴がいるなんて思えねぇんだけど」
「そ、そうなっちー! わけワカメちゃんな事云って、本当はお前が寺踪さんを殺したんじゃないなっちか!?」
「なんでそんな面倒くさい事しないといけないのさ。プレゼントをあげただけでも感謝してほしいくらいなのに」
「あんなプレゼントいらなかったなっちー!」
聞こえないとばかりにわざとらしく耳を塞ぐモノクマにはなっちーが激怒していると、この中でも割と落ち着いて電子生徒手帳を眺めていた紫中君が挙手をする。
「学級裁判とかいうのを始めるとして、それはいつ始まるの? もしかして今から?」
「そ、そんなの無理ですよぉ!?」
「それな! いきなりやれって云われてはいそうですかってなるわけねぇだろボケッ!」
「まったくこれだから怒りっぽいガキは嫌いだよ。乳酸菌摂ってるぅ?」
「ふざけんなッ! ハラワタぶちまけてぶっ殺――」
「やめろ太刀沼! 今度こそ無事ではすまないぞ!」
「離せ成宮ッ!離しやがれっての……ッ!」
いまにも殴り掛かりそうな勢いで怒りをむき出しにする太刀沼君と、それを必死になって止める成宮君。その二人の光景が余程面白いのか、モノクマは心底楽しそうに口を押さえる。
「うっぷっぷっぷ! 話を戻すけど、いきなり議論しろとは云わないよ。より学級裁判を盛り上げてもらう為に、君達にはしばらくの間、事件を捜査してもらいたいんだ」
「捜査、ですか?」
「そう! 捜査の仕方は自由だけど、ケンカして他の誰かを殺したりだけはしないでね? また新しい学級裁判を始めないといけなくなっちゃうから!」
「そんなん無理やて。わいらが超高校級云うても、それは一つの分野に関してだけや。そない警察みたいなマネ出来るわけないやろ」
「そ、そうだよ! 無茶苦茶だよ!」
「無茶でもセンブリ茶でも、正しいクロを指摘出来なかったら死ぬのは君たちだよ? それでも良いなら部屋に籠ってればいいんじゃない?」
谷底に突き落とされたかのような絶望がボクたちを襲う。
捜査なんてなにから始めればいいんだよ。指紋なんて取れないし、毒物反応なんて調べられないぞ? そもそも素人が勝手に遺体を、触るなんて……。
「じゃあボクはこの辺で失礼するよ。朝ご飯はちゃんと食べる主義なんだ! ああそうそう、簡単に事件の情報をまとめといてあげたから、後で確認してみてね」
嬉しくない置き土産を残すとモノクマは、ボク達の事などお構い無しに忍者のように煙に巻かれて姿を消した。勝手に呼んで勝手に帰って……本当に腹が立つ!
「……やるしかないみたいですね」
「そ、そうは云っても、俺達に何が出来るのだ?」
「わからないけど、出来る事は精一杯やろうよ。悩むのはそれからでも遅くないよ」
「そうですね。わたしも、自分に出来る事を探します」
みんなが覚悟を決める中、生田君が長めの前髪を弄りながら周りの人間を(もちろん男子は視界に入れないよう)見回し始める。
「この中で、バールウーマンを最初に見つけたのはどちらの女神ですか?」
「あたしだけど……」
「申し訳ありませんが、俺をそこまで案内していただけませんか? 死体の状況を確認したいので」
「わ、わかったわ……ついてきて」
生田君はみんなの中でも特にやる気に満ちているようで、鷹のように鋭い目は真剣そのものだった。きっと女性である寺踪さんを殺した犯人が許せないのだろう。
「わ、私、死体はちょっと……ほ、他の場所を調べてきますねぇ!」
「アタイもそうするなっちー。いま寺踪さんの死体を見たら、それこそ泣いちゃって捜査どころじゃなくなるなっちよ」
指原さんとはなっちーは個人的に調べるのか。ボクはどうしようか……。
「行こう都築君。まずは事件の現場を調べないと」
突然背後から声を掛けられて一瞬焦ったものの、ボクはすぐに後ろを振り返り、少しばかり寝むそうな顔をした紫中君の目をまっすぐに見て頷いた。
ラウンジに行くと、そこにはソファの上で寺踪さんの死体を抱えている生田君と、それを囲むように立つハミちゃん、梶路さん、玉村さん、成宮君がいた。
「ああ、バールウーマン。なんて哀れな姿に」
「厘駕君。萌佳ちゃんはどうなの?」
「後頭部を強く殴打しているようですね。これが致命傷なのでしょう。このモノクマファイルというのも、あながち使えなくもないようです」
「モノクマファイル?」
「おお都築か。羽美から聞いたぞ……その、災難だったな」
「うん、まあね。それで生田君、モノクマファイルってなに?」
「自分で調べろ」
「な!?」
「電子生徒手帳に、寺踪さんの死因や現場の状況が簡単に書かれているみたいなんです。わたしには読めませんが……」
梶路さんに云われてさっそく電子生徒手帳を確認してみると、確かにモノクマファイルと書かれたフォルダが画面に映し出されていた。ボクはさっそくそれをタッチすると、画面一杯に寺踪さんの写真と文字が映し出される。
『モノクマファイル1』
被害者は寺踪萌佳
死因は後頭部の殴打。他、致命傷は無し
死亡時刻は1時46分
ラウンジにあるソファの上で、仰向けの状態で倒れていた。
「……って、これだけ?」
「次のページは無さそうだね」
「これだけじゃあ何もわからないじゃないか」
ボクがお手上げとばかりに溜息をつくと、それを見た生田君が心底呆れたように溜息を吐いた。
「だから自分たちで調べろという事だろう。そんな事もわからないのかプランクトン。お前が死ねばどれだけ良かった事か……」
「云い過ぎですよ生田さん」
「これは失礼。宵闇の巫女のお耳を汚してしまった事、心よりお詫びします」
「わたしよりも都築さんに――」
「いいよ梶路さん。ありがとう」
当事者であるボクに止められて何も云えなくなってしまったからか、梶路さんは怒ったような悲しいような、複雑な表情で俯いてしまった。
そんな彼女をボクが愛おしく思っていると、寺踪さんの後頭部を観察していた生田君が突如大声を上げた。
「これは超高校級の歯科衛生士であるハミちゃん様の出番ですねッ!」
「え?」
「歯科衛生士といえば歯に携わる仕事、実際の殺人でも捜査に協力すると聞いた事があります」
「そうなの?」
「興味を持っていただいて嬉しいです投球姫。はい、頭蓋骨のズレや死後硬直後の歯の形等で死亡状況を調べるそうです。こうなると俺が出しゃばるのは筋違いですね。さあハミちゃん様! お好きなように御調べ下さい!」
「いや、あたしは……」
「遠慮なんてなさらずに! さあ、さあ!」
「遠慮とかじゃなくて、あたしにはそんな事無理なんだってば!」
「そんな事はありません! あなたの知識は神が与えし素晴らしい物! さあ存分に! さあ! さあ! さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあッ!!!!」
「お、おい生田、その辺でやめておけ」
「黙れ成金。キサマは金でも数えていろ」
「なんだと!?」
「だから! あたしにはむ――」
「さあッ!」
「ッ!?」
生田君は寺踪さんの遺体を抱え、脅えるハミちゃんの眼前に殴られた頭部の痕をこれでもかと見せつけた。
その後頭部は割れたザクロのようになっていて、中からは血肉に塗れた頭蓋骨らしき物も見える。これをハミちゃんは目の前で見せつけられたのだ、結果はもちろん――
「き、気持ちわる……うッ!」
「ハミちゃん! ぼ、ぼく追いかけてくるよ!?」
「お願いします玉村さん!」
玉村さんは口を押さえて駆け出したハミちゃんを追いかける。無事にトイレまでもつと良いけど……。
「生田君。今のはやり過ぎ」
「キサマに何がわかる。俺はハミちゃん様に見せ場を作ろうとだな――」
「やり方が荒過ぎます。ハミちゃんさんは素人なんですよ? いきなりそんな事云われても無理に決まっているじゃないですか」
「俺は平気ですが?」
「そ、それは」
「そんなに云うなら生田君がやればいいじゃないか」
「なに?」
「そうだね。生田君なら平気みたいだし、知識も豊富そうだからね。梶路さんも、その方が良いと思うよね?」
アイコンタクトをするかのように、梶路さんの方へ視線を向ける紫中君。彼の視線に含まれている物を感じ取ったのか、梶路さんは微笑みながら生田君の方へ顔を向ける。
「……そうですね。お願いできますか生田さん」
「ククク、宵闇の巫女に笑顔で頼まれては断れませんね。良いでしょう! この生田厘駕、謹んで検死の方をさせていただきます!」
無駄に両腕を広げて叫ぶ生田君を横目に見ていると、紫中君がボクの肩に手を乗せる。
「生田君が検死をしている間、ボク達はラウンジを調べようよ」
「ではわたしは、ここで生田さんや現場を観察しています」
「大丈夫? 梶路さん」
「はい。わたしは目が見えないので捜査の役には立てそうもないですから。その代わり、気配を感じて犯人が証拠を隠滅しないようにしておきます」
「女性が一人では不安であろう! この俺も協力しようではないか!」
「何かあれば俺が宵闇の巫女を守る。キサマは邪魔だ成金」
「ぐっ! ならば勝手にしろ! 俺は別の場所を調べてくる!」
「……はぁ」
成宮君は湯気が出そうなくらい顔を赤くさせると、わざとらしく足音も強めながらラウンジから出て行った。
それにしてもあの梶路さんが溜息を付くとは……気持ちはわかるけど。
「じゃあ始めようか都築君」
「あ、うん。そうだね」
捜査開始
「まずは床から調べてみようか」
「そうだね。何か証拠になりそうな物が見つかるかも」
ボクは紫中君と一緒に床に手をつくと、注意深く辺りを探り始めた。
見逃しがないようしっかり調べないとな。髪の毛一本が解決の糸に繋がる事だってあるんだから、多分。
「さっそく見つけたよ」
「早!? どこ、紫中君」
「ここだよ。よく見ると、何か溢したようなシミに見えなくない?」
髪の毛に埃をつけた紫中君が指差した部分を見ると、確かにうっすらとシミのようなものが床に広がっていた。
「これはなんだろう? 血じゃあないよね」
「違うね。何か……甘い匂いがする」
「甘い匂いか……コーヒー、かもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「昨日、寺踪さんと一緒にドリンクバーに行った時なんだけどさ。寺踪さん、ドリンクバーのコーヒーが気に入らなかったみたいで、味を誤魔化す為にたくさんガムシロップやミルクを入れていたんだ」
「なるほどね。この甘い匂いはそういうわけか」
「他には……あれ? ねえ紫中君。あの隙間のあたり、何か光っているようにも見えない?」
今度は紫中君がボクの指差した方を見ると、彼は躊躇う事なく細い腕を無理やり隙間に突っ込んだ。変なところで男らしい。
「どれどれ……イタッ」
「大丈夫紫中君!?」
「平気だよ……っと」
紫中君が隙間から引っ張り出した物は思いのほか小さく、それがなんなのかボクにはイマイチわからなかった。
「これは、何かの破片かな?」
「それっぽいけど、よくわからないな。成宮君がいればわかったかもしれないけど」
「う~ん……そうだ都築君。君、ラウンジには来た事がある?」
「一回だけあるよ」
「なら、ここに並んでいる美術品の中に欠けている物はある?」
ズボンや制服についた埃を手で払いながら立ちあがり、ボクは昨日も見た美術品の列をひとつひとつ確認する。そこには奇妙な図形が重なったオブジェやボトルシップ。それに成宮君が教えてくれた深緑の色をした壺もしっかり置かれていた。
「いや、ないよ。前見た時と、何も変わっていない」
「そっか。この破片が凶器に使われた物なら、美術品のどれかだと思ったんだけど」
紫中君は小さな破片と美術品を見比べながら思案すると、その様子を見ていたボクの方に視線を移した。
「都築君。僕はもう少しラウンジを調べているから、他の場所を見てきてくれる?」
「わかった」
ボクは紫中君と梶路さんに一度別れを告げると、生田君の腕の中で息を引き取る寺踪さんに黙祷を捧げながら鬱々しいラウンジを後にした。
獲得コトダマ
・モノクマファイル1
・床のシミ
・床下の破片
・ラウンジの美術品
ラウンジから数歩歩き、あの友情どら焼きの衝撃が忘れられない売店を覗くと、そこには夢見さんがいてカウンターの上に座りながら大きめの紙をぼんやりと眺めていた。
「あら奇遇ね。何か凶器になりそうな物がないか探していたのだけれど、これだけ数が多いと探すだけで骨が折れそうで……モノクマにお願いしてここの伝票を見せてもらっていたのよ」
「伝票?」
「ええ。店にある商品と伝票の数が合わなければ、それが凶器として持ち出された物の可能性が高いと思ったの。よかったらあなたも……手伝ってくれないかしら?」
「わ、わかった。手伝うからそんなに顔を近づけないで」
「あら? ごめんなさい」
ふう、久しぶりに夢見さんの小悪魔っぷりを見た気がする。アレな発言が多かったから忘れていたけど、彼女は超高校級の小悪魔なんだよな。骨を折るどころか抜かれないように気を付けないと。
「それで、何をすればいいの?」
「そうね。今から云う物を持ってきてくれるかしら」
この時、ボクは安易に頷いた自分を心の底から非難した。
夢見さんから頼まれてみたのは良いものの、彼女は遠慮という言葉を知らないようで、木刀32本、御当地飲料各種48本、モノクマ貯金箱16個、モノクマ像24個、モノクマボール50個を持ってくるようボクに頼んで来た。これはなかなかに腰に来る。
「お、おまたせ。持ってきたよ……」
「ありがとう。少し休んでいて」
ボクはお言葉に甘えて腰を降ろすと、夢見さんは数え間違いがないように伝票と商品をひとつひとつ確認しながら丁寧に仕分け始める。その手際はなかなかに良い。
「49、50……。あらあら、どれも欠けている物はなさそうね。あてが外れたかしら」
「そうみたいだね。ねえ夢見さん。その伝票、ボクに貸してもらえないかな?」
「いいわよ。もう用はないし。じゃあ都築君、ここを片づけておいてもらえるかしら?」
「ええ!?」
「出した人が片づけるのは当然でしょ。ね? お願い」
「わかった! わかったから! ボクの顎に手を添えるのはやめて!?」
「フフフ、そういってくれると思っていたわ。あなたの事、結構好きよワタシ」
「その言葉、ありがたく受け取っておくよ」
疲れた。
この疲労はたくさんの荷物を運んだだけではないのは確実だな。
ボクはラウンジを去る夢見さんの背中を見送ると、目の前に雑に置かれた商品の山を前に大きく溜息をついた。
獲得コトダマ
・売店の伝票
なんとか売店の片づけを終えて外に出ると、ラウンジで捜査をしているはずの紫中君とすれ違った。
「ああ都築君。ここにいたんだね」
「そっちの捜査は終わった紫中君?」
「うん。ゴミ箱に寺踪さんが飲んでいたらしい紙コップがあったよ。犯人が飲んでいたらしい紙コップと一緒にね。握りつぶされていたけど、寺踪さんが塗っていたリップと同じ色の飲み口がついていたから確実だよ」
「え? 寺踪さんリップなんか塗ってたっけ?」
「……都築君はもう少し目を開けた方がいいと思うよ」
「ヒド!?」
「まあいいや。よかったら君も来る?」
「どこに?」
「女子トイレ」
「……ああ! ハミちゃんの様子を見に行くんだね? 変な事云わないでよビックリしたぁ。てっきり捜査しに行こうって意味なのかと思っちゃったよ」
「そのつもりだけど」
「ええ!? だって、女子トイレだよ?」
「捜査に女子も男子も関係ないよ。無理に来なくてもいいけど」
「い、行くよ。これは別に興味があるとかじゃなくて、捜査の為に仕方がなく! だからね!」
「鼻息が荒いよ都築君」
「そそそそんな事ないよ!?」
ボクが両手を前に出して大げさに否定すると、紫中君は興味ないとばかりにあくびをしながらスタスタと女子トイレに向かって歩いて行った。このポーズにツッコミくらいはいれてほしかったな。
[newpage]
女子トイレの前に着くとそこには玉村さんがいて、トイレの壁に背を預けて佇んでいた。
「玉村さん。ハミちゃんの様子はどう?」
「航君に舞也君。それが……ちょっとダメっぽい。結局あの後、自分のお部屋に戻っちゃった」
まあ、あんなもの見せられたら誰だって気分が悪くなる。事件の捜査なんて余計に無理だ。
「時間があったら様子を見にいった方がいいかもね。そうだ玉村さん。僕達これから女子トイレを捜査したいんだけれど、入っても大丈夫かな?」
あ、そこは普通に聞くのか。
「別に良いよ。誰か入っているわけでもないし」
「ありがとう。じゃあ失礼するね」
堂々と入る紫中君に続いてボクも失礼する。自意識過剰だとはわかっていても、どうしても気にしてしまって玉村さんの顔を見る事が出来なかった。
「さっそく手がかりがあったよ」
「ああ、あれか」
「ねえ玉村さん。この掃除用具室は最初から開けっぱなしだったの?」
「うん。閉めようかとも思ったんだけど、ハミちゃんの方が心配でそれどころじゃなかったから」
ふむふむと頷くと、紫中君は金色に輝く半開きの扉に手を掛けて、中にある道具を一つ一つ観察する。
「うん。やっぱりだ」
「やっぱり?」
「ほら、この箒を見てよ」
紫中君に手渡された箒をまじまじと見る。どこをどう見ても普通の箒だ。豪華客船に置いてあるのが不思議なくらい普通の箒……あれ?
「気付いたみたいだね」
「この箒、よく見ると掃く部分に細かい破片がついている。これってラウンジにあった……」
「そう。きっと犯人は、ここの掃除道具でラウンジの証拠を隠滅したんだね。モップも少しだけ汚れている」
「なんだかよくわからないけどすごいね二人とも! 本当の探偵みたい!」
「探偵だなんてそんな」
けど、ボクはともかく紫中君は凄い。徹夜明けで興奮しているとはいえこの行動力の高さには正直驚いた。
「ここはこのくらいかな。次は男子トイレに行こうか」
「そうだね。捜査漏れがないように気を付けないと」
掃除用具室を元の半開きの状態に戻し、ボク達三人は女子トイレを出てすぐ隣の男子トイレに入る。ん? 三人?
「玉村さん。ボク達男子トイレを調べるんだけど、大丈夫?」
「え? ……うわあ!?」
ようやく自分が男子トイレに足を踏み入れているのに気が付いたのか、玉村さんは顔を真っ赤にしながら慌てて退いた。
「ふわ~ビックリしたぁ。もう! セクシャルなハラスメントだよ航君!」
「ええ!? 着いてきたのは玉村さんじゃないか!」
「そ、そうだけど! でも、セクシャルなハラスメントはダメなんだよ! ぼ、ぼくハミちゃんの様子を見てくるからじゃあね!」
顔を手で覆いながら全力で廊下を走り去る玉村さん。その足の速さにビックリしながら男子トイレを調べてみたものの、女子トイレとは違いこれだという物は見つからなかった。
男子トイレを出たボク達は話しあった結果、3階に行く前に一度レストランも調べてみる事にした。
獲得コトダマ
・半開きの掃除用具室
・破片のついた箒
レストランの扉を開くと、懐かしい匂いがボク達を包み込んだ。
だが、そこにいたのは寺踪さんではなく、広いレストランに一人寂しく座る西尾君だった。
「よお航、舞也。コーヒー淹れてみたんだが、飲んでくか?」
「ありがとう西尾君」
「いただくね」
ボクと紫中君は芳ばしい香りを漂わせるコーヒーを一口飲む。これはなんというか……うん、酸っぱい。コーヒーってこんなに酸っぱかったけ。コクもないし、豆の味もほとんどしない。これ本当にコーヒーか?
「美味くねぇだろ。やっぱり寺踪の淹れたコーヒーには敵わねぇか」
「そ、そんな事は……」
「ハッキリ云っていいぞ」
「マズイ」
ボクが迷う事なくコーヒーの感想を云うと、その清々しさを気にいったのか、西尾君は満足そうに微笑んだ。
「そうかな? これはこれで奥深い味だよ」
「カッカッカ! 無理しなくてもいいぜ。オレも正直、自分のセンスの無さに頭が痛くなってた所だ」
ボクは紫中君の味覚を不思議に思いながら酸っぱいコーヒーを飲み干して空いたカップを西尾君に返すと、彼はそれを受け取ると同時に椅子から腰を上げ、ボク達の方に背中を向ける。
「なあお前ら。正直あの映像どう思う」
「どうって……悪趣味以外なにがあるの?」
「そんな恐い顔すんなって。オレが云いたいのはさ、あの映像は果たして本物なのかって事なんだよ」
振り向く西尾君の目は真剣そのもので、とても冗談を云っているようには見えない。そりゃあ確かに現実味はない映像だったけれど、でもだからって、あれがドッキリの類とはとても思えない。
「実は僕まだ見てないんだよね。みんなの反応からして大体の想像はつくけど」
「そうなのか。まあ、見てないならその方が良い」
「そうだ西尾君。厨房見せてくれる?」
「ん? 別に良いぞ」
「ありがとう。さっそく入らせてもらうよ」
一言だけお礼を云うと、紫中君はコーヒーカップを持ったまま厨房へと向かう。
ボクもその後に続いて中に入ると、そこにはたくさんの調理器具が置かれ、昼食用らしい大きめの鍋からは食欲を誘う良い匂いが漂っている。昨日まで食べていた食事がここで作られていたのかと思うと、ボクは少しだけ感動してしまった。
先に厨房に足を運んだ紫中君はというと、いつのまにかコーヒーを飲み終わったようで、流しに空のカップを置くと突然大きめのゴミ箱に向かって歩き出し、迷う事なく蓋を開けた。
「何もない……か」
「昨日部屋に戻る前に、ゴミは全部分別してゴミ袋に詰めたからな。バナナの皮一つねぇよ」
「それは残念」
「それと知っているとは思うが、夜中の10時から朝の7時までの夜時間の間はレストランは開かないからな」
「そういえばそうだったね。なら、ここで犯人が凶器を持ち出す事は出来ないって事か」
「ああ。正直7時まで開かないのは辛いんだよなぁ。パン屋としちゃあ早朝からじっくり仕込みたいんだが」
腕を組んで愚痴る西尾君を特に気にする事もなく、紫中君はゴミ箱の蓋を閉めた。
「ありがとう。コーヒー美味しかったよ」
「おう。また喉が乾いたらいつでも来い。酸っぱいコーヒー入れてやるからよ!」
爽やかな笑みで飛ばされジョークは勢いもあって気持ちがよかった。けど次は甘いコーヒーが飲みたいかな。
「次は3階だね。それともラウンジに戻って生田君から話を聞く?」
「3階にしよう。生田君の話は最後でいいよ」
「決まりだね」
ボクは厨房から出ると、口の中に残るしつこい酸味を噛みしめながら出口へと向かう。
もう彼女のコーヒーを決して飲む事が出来ないのだという悲しみを胸の奥に仕舞いながら、重い扉に手を掛けて、ボクはレストランを後にした。
獲得コトダマ
・西尾圭太の証言
レストランを出たボクが3階へ行くエレベーターのボタンを押し、扉の前でかごが降りてくるのを待っていると、その横で眠そうに欠伸をしていた紫中君が突然何か気付いたように隣接するシャッターの方へと足を向けた。
「ねえ都築君。このシャッター、少しだけ空いているように見えない?」
「本当だ。昨日までは完全に閉まっていたのに……」
「悩んでるね~青少年!」
またお前か。もういきなり現れても驚かないぞ。これ以上頭にコブを作るわけにはいかないからな。
ボクが昨日のレストランで派手に引っくり返った事を思い出していると、逆に気持ちが良い程感情の籠っていない声で紫中君がモノクマに尋ねた。
「なにか用」
「冷たいなぁ。ま、君達なんかに用はないんだけどね。ボクはシャッターを閉めに来ただけだから」
「これを開けたのはおまえなのか?」
「うん。少しでも殺し易くしてあげようと思ってね。深夜の間シャッターを開けといたんだ。もちろん2階と3階の間だけだけど」
まったく気が付かなかった。昨日ボクが寺踪さんと別れた時にはまだ閉まっていたはずだから、それよりも後って事になるのか?
「おいモノクマ。それって深夜の何時頃なんだよ」
「そこまでは教えられないなぁ。じゃあボクはここで失礼するよ! ジュワッ!」
「待て! まだ話は終わってないぞ!」
モノクマはボクを無視して目にも止まらぬ速さでシャッターの下に滑り込みその勢いのまま完全にシャッターを閉め下ろした。あのぼってりした体でなんて身軽な奴なんだ。
「気にしても仕方がないよ都築君」
紫中君が云うと、丁度良いタイミングでエレベーターの扉が開いた。
ボクは完全に閉め降ろされたシャッターを憎ましく思いながら、紫中君が開閉ボタンを押して閉まる扉を抑えてくれているエレベーターに乗り込み3階へと向かった。
獲得コトダマ
・わずかに開いたシャッター
エレベーターが3階に着き扉が開くと、まるでボク達を待ち構えていたかのように大きな着ぐるみが現れた。これがシューティングゲームなら間違いなく引金を引いていた事だろう。
「誰が上がってくるのかと思ったら都築君達だったなっちー! 2階の捜査は終わったなっちー?」
「うん。はなっちーは2階に行くの?」
「そうなっちー! 大浴場の捜査をしていたら脱衣所の洗面台にこのお花が捨てられていたから、今から花瓶を探しに行くなっちよ!」
はなっちーは大事そうに抱えていた赤い花をボク達に見せる。あれ? この花どこかで……。
「誰だか知らないけどお花は大切に扱ってほしいなっちー! 犯人を見つけたら、孫の代まで花粉症に悩まされるツボを連打してやるなっちー! 教会で蘇生してもなお続く永続麻痺効果なっちよ!」
なにそれ恐い。
はなっちーはシャドーボクシングよろしくコッぺパンのような腕を突き出すと、突然渦巻く瞳でボク達を見つめる。
「まさかとは思うけど……二人がやったわけじゃないなっちな?」
まただ……この目を見ると何故か体が硬直してしまう。背後からは謎のオーラまで出てきているし、なんだか鼻もムズ痒い。下手な返答をしたら、ボクは何をされてしまうんだ!
自分でも何を云っているかわからなくなり本気で目を回しそうになると、その横でいつも通りの変化のない顔で話を聞いていた紫中君があたりまえのように呟く。
「違うよ。僕達は昨日からずっと、梶路さんの客室にいたからね」
紫中君の目をじっと見て、嘘を云っていないと判断したはなっちーは背後のオーラを仕舞い、花を咲かせるかのような勢いで派手に飛び跳ねる。
「疑ってごめんねなっちー! お礼に今度、無料ではなっちーダンスを見せてあげるなっちよー!」
「うん。楽しみにしてるよ」
「むふふ。じゃあはなっちーは失礼するなっちー! キャッハー!」
はなっちーはスケート選手のように回転しながらボク達の間を割ってエレベーターに乗り込むと、それを見た瞬間、ボクは何故か祖母の家で食べたところてんが恋しくなった。
獲得コトダマ
・洗面台に置かれた花
眠そうな目を擦る紫中君と、ところてんに何をかけるのがベストか考えるボクが大浴場の暖簾を潜ると、捜査もせずにまったりマッサージ椅子を堪能する太刀沼君が視界に入った。この状況で何をくつろいでいるんだ君は。
「よお~テメェらもここの捜査に来たのかあ? ようやく邪魔な着ぐるみがいなくなったと思ったらこれだよ」
「そ、その云い方はあんまりですよ……」
「なんか云ったか~?」
「なななななんでもないですぅ!?」
椅子の振動でガタガタ声を震わせながら、脅えて震える指原さんを太刀沼君が睨みつけていると、いつのまにか洗面台の方へと移動していた紫中君が鏡を見ながら二人に聞こえるくらいの声で尋ねた。
「ねえ、はなっちーが持っていった花ってどこの洗面台にあったの?」
「確かそこだよ。今お前がいる場所」
「そうなんだ。二人はお風呂場の方を調べた?」
「ご、ごめんなさい。まだです」
「俺様もだな~。無駄にひれーから面倒くさくてよ~ああ利くわぁ~」
自分の命が掛った捜査に面倒くさいも何もないと思うんだけど……本当にブレないな。
「あ~、そういや一度成宮が来たぞ。なんでも垣子が体調を崩したとかで水持って出て行った~」
「へぇ、案外気が利くな成宮君」
「なんかあったのか? もしかして女特有の――」
「いろいろあったんだよ!」
ボクが太刀沼君の言葉を無理矢理遮ると、お風呂場の方を眺めていた紫中君が難しい顔で呟いた。
「う~ん……一から調べるとなると広すぎるかな。ねえ都築君、悪いんだけど、君は他の場所を調べてきてくれないかな? 僕はここの捜査を進めるから」
「わかった。こっちは任せてよ」
「出来れば、寺踪さんの客室を調べてもらえると助かるかな。何か重要な手掛かりが残っているかもしれないからね」
ボクはもう一度紫中君に頷くと、今度は太刀沼君にナンパされ始め、生まれたての小鹿のように震える指原さんを不憫に思いながら暖簾を潜って大浴場を後にした。
「あ、そうだ。寺踪さんの客室に行く前に、ボクもハミちゃんの様子も見に行こうかな。そっとしておく方が良いかもしれないけど、やっぱり心配だ」
さっそくハミちゃんの客室へ行くべくエントランスから足を伸ばすと、噂をすればなんとやら、丁度突き当たりの所でペットボトルを持った成宮君とバッタリ出くわした。
「やあ成宮君。太刀沼君から聞いたよ、ハミちゃんの様子はどう?」
「よくはないな。罵声を吐く元気はあるようだが……。都築も見舞いに行くつもりなら今は止めた方がいいぞ」
ハンカチで額の汗を拭く成宮君。札束を出す余裕もないなんて、余程手酷くハミちゃんにつっかえされたのだろう。
「よければ飲むか? まだ口を開けていないから新品だぞ」
「ありがとう。丁度喉が渇いていたんだ」
成宮君に差し出された新品の水を飲む。ひんやりしていて喉の渇きが一気に潤った。
「ふう……でも仕方ないかもね。あんなもの真近で見せつけられたら誰だって」
しまった……なるべく思いださないようにしていたのに。
たまたま目に入ってしまった寺踪さんの後頭部を思い出してしまい、ボクが胃の中から込み上げてくる物を必死に水で流しこんでいると、眉間を指で押さえた成宮君が怒りも交えた溜息を大きく吐いた。
「あいつは一体なんなんだ……非常識にも程がある!」
「そうだね。女性にだけは親切な奴だと思っていたのに」
「変人の考えはわからん! あまり関わらない方がいいのは確かだな」
「こっちが注意するまでもなく、本人が関わらせてくれないだろうけどね」
ボクが愛想笑いを浮かべると、成宮君もその様子がすぐに浮かんだのか苦笑いをボクに返した。
「だろうな。ところで都築、少し時間はあるか?」
「寺踪さんの客室を調べた後なら、少しは……」
「それは丁度良い!」
「え?」
話を聞くと、どうやら成宮君も寺踪さんの客室を調べようとしていたらしいが、女性の使っていた部屋という事もあって尻込んでいたらしい。ボクも同じ事を思っていたから正直助かった。赤信号、皆で歩けば恐くない、だな。
利害が一致したボクと成宮君が寺踪さんの客室の扉を開くと、梶路さんの時とは違い、何か香水のような匂いがボクの鼻腔をくすぐった。
「亡くなったとはいえ、女子の部屋を荒らすのはいただけない。なるべく手短にするとしよう」
「そうだね」
申し訳ない気持ちの中、客室に入ってざっと室内を見回してみる。
やはりこれと云って変わった部分はないな。ボクや梶路さんの客室となんら変わらない、極平凡なホテルの客室だ。あれ? ベッドの上に置いてあるこれって……。
「む? それは寺踪が普段から肩に掛けていたバッグではないか?」
道理で見覚えがあると思った。始めてスカイデッキでみんなと会った時、ボクはこのバッグから取り出された紙コップでコーヒーを飲んだんだ……。
ボクが数日前の事を遙か昔の出来事のように思っていると、背後からそれを見ていた成宮君がバッグに手を伸ばす。
「なにか解決に繋がる物があるかもしれん。寺踪には悪いが、中を見せてもらおう」
「うん。ごめんね寺踪さん、失礼するよ」
ボクは拝むように手を合わせると、成宮君と一緒になって遺品となってしまったバッグから、壊さないよう細心の注意を払って中の物を取り出した。中からは化粧道具の入ったポーチ、小さめの香水、水筒、紙コップ、ウェットティッシュが出てきた。どれも使いこまれていて、彼女がどれだけ大切にしていたか窺える。
「これだけか。解決のきっかけになりそうな物はないな」
「うん。水筒の中も空みたいだ」
「ハズレだな。すぐに片づけよう」
「他に気になる物といえば……ん? なんだこれ?」
ボクがドレッサーの上に畳まれていた物を見つけ広げると、それはモノクマの顔となにやらアルファベットで文字が書かれた黄色いエコバッグだった。
「それは売店に売られていたモノクマエコバッグだな。俺も前に使ったが、見た目の悪さに比べてなかなか使い易かったぞ」
こんな安っぽいエコバッグが? 無料で配られていてもボクは使わないな。なによりこの『 love monokuma 』という文字が激しくウザい。
ボクが若干引き気味にそれを見つめていると、片づけを終えた成宮君が横から顔を覗かせる。
「だがどうして寺踪はこんな物を……何に使ったんだ?」
「わからない。謎が深まるね」
その後も客室を調べてみたけれどこれといってそれらしい物は見つからず、結果的にボク達二人は、余計な謎を抱えるだけとなってしまった。
獲得コトダマ
・モノクマエコバッグ
成宮君と別れた後、引き戸タイプの医務室の扉を開くと、丁度玄関でスリッパから靴に履き替えている途中の深海さんと目が合ってしまった。なんでもない状況なのに妙に照れ臭い。
「あ、都築君。医務室の捜査に来たの?」
「そうだよ。深海さんは?」
「私はお手上げ~って感じでさ、少しレストランで休憩しようと思ってね。遊木君が診察室の方を見ているみたいだけど、っと」
診察室の方へ視線だけ動かしながら深海さんは靴ベラと格闘を続ける。
「そうなんだ……あれ? ねえ深海さん、ここに花瓶が置いてなかった?」
「花瓶? そういえば見当たらないね。綺麗な赤い花が生けてあったのに……」
ようやく自分の靴に履き替え終わると、深海さんは思い当たる節があるかのように顎に手を当てる。何か思い出そうとしているのか、花瓶、花瓶……と、考えている事が口から洩れていた。
「どうしたの深海さん?」
「あ、ごめんね。都築君は覚えてる? 私が成宮君と一緒に船内中を見て回ったこと」
「覚えているよ。最初に目が覚めた深海さんと成宮君が、船の中を調べながらみんなをみつけたんだよね。ボクと太刀沼君が最後で……」
「そうそう。それで船の中を調べている時なんだけど、実は最初に見つけたのは萌佳ちゃんだったんだ」
「もしかして、それがこの場所なの?」
「うん。でも萌佳ちゃん、あの時なんだか様子がおかしかったんだよね」
「どんな風に?」
「なんだか慌てているような……私達の顔を見てそわそわしている風だったんだよね。私達が同じ境遇だって知ったら名前を教えてくれたんだけど、その後は私達と一緒に行動しないでどこかに走って行っちゃったんだ。それに……」
「?」
「まるで、私達から花瓶を隠すように立っていたんだ。ほら、丁度あの辺り」
深海さんが指さす方を見るとそこは、昨日まで花を活けた深緑の花瓶が置かれていた場所だった。
「それは……確かにおかしいね」
「でしょ? レストランで再開した時に、さっきは取り乱してごめんなさいって謝ってきてくれたからその時はそれで終わったんだけど、今思うとやっぱりおかしかった」
あの寺踪さんがそこまで動揺するだなんて、一体何があったんだろう。花瓶を見られたくない理由があったのかな?
「……もしかして、余計に悩ませちゃった?」
「そんな事はないよ。教えてくれてありがとう」
「なら良かった。私は行くけど、都築君も一緒どう?」
「ボクはまだ調べてみるよ。診察室も見ておきたいし」
「そっか、頑張ってね! 診察室の中なら遊木君がいるから、何かあったか聞いてみると良いよ」
じゃあね、と手を振って医務室から出て行く深海さんを見送ると、ボクは遊木君がいるという診察室の扉の取っ手に手を掛ける。扉を開けると、清潔感のある室内よりも病院というより保健室を思わせるような独特のアルコール臭の方が気になった。
「遊木君、捜査の方はどう?」
「都築か。収穫あったでこれ見てみぃ」
遊木君に手渡された飴色の角瓶を見ると、そこには明らかに危険物ですよと云わんばかりの髑髏のステッカーが貼られていた。これって……まさか劇薬!?
「ゆゆゆゆ遊木君! いきなりこんな物手渡さないでよ!?」
「すまんすまん。でもこれが凶器に使われ可能性はあると思わへんか?」
「どうして?」
「この電子生徒手帳には、死因は後頭部の殴打て書いてあるやろ? 人を殴れる程の凶器云うたら、この瓶なんか丁度ええ思うてな。悪役レスラーがよく使う手やろ?」
危険物であろう瓶を新たに棚から取ってテニスのラケットのように扱う遊木君。もっと冷静な人だと思っていたけど存外馬鹿野郎だったらしい。そもそも遊木君って、知識がちょっと古い気がする。
「プロレスの事はよく知らないけど、それが凶器になった可能性はないと思うよ?」
「なんでや? 握り易いし、思いっきり振り回しゃあなかなかの威力やで?」
「ラウンジを調べている時に床下に散らばった破片を見つけたんだけど、その破片の色はそこまで黒っぽくはなかったんだ。同じガラス瓶なら、売店にあったご当地飲料の方が可能性は高いよ」
「それは知らんかったわ。わい、売店には一度も云ってへんからなぁ」
一本取られたと云わんばかりに首に手を添えると、遊木君は思いだしたかのようにボクに尋ねる。
「そうや都築。自分、AED使うたりしてへんよな?」
「使ってないけど?」
「まあ、そうやろな。誰か心臓止まったわけでもあらへんし」
「何かあったの?」
ボクが質問をすると、遊木君は無言で入口の傍に置かれたAEDを指差した。
「それ、使用不可の赤いランプが点いてるやろ? 昨日わいがAEDの位置を確認しに来た時は使用可能の緑のランプが点いてたんや」
「本当だ。誰かが使ったのかな?」
「さあなあ。まあ、あんなけったいな映像見せられたら? 誰だって心臓止まりかねへんやろうけど。でも自分で自分にAED使うとかありえへんやろ?」
「まあね。そんな事が出来る人は心臓が止まる以前に別の施設に行って改造人間にでもなった方が良いと思うよ」
「なかなかおもろい事いうやんか。あれか? 割とテンパってるん自分?」
「そ、そんな事は……」
「気に済んな気に済んな! この状況で冷静に捜査出来とる方がおかしいんやって!」
「い、痛いよ遊木君! そんな強く叩かないでってば!」
遊木君はボクの背中を叩く手を止めると、細い糸目をより細くしながら微笑んだ。
「すまんすまん。ちぃとやり過ぎたな」
「まったく、遊木君の方こそテンパっているんじゃない?」
恨めしそうな目で遊木君の方を振り返ると、何故か彼は驚いたような目でボクを見ていたが、ボクの視線に気づくとすぐに学生帽を深く被ってしまう。
「……はは。都築のクセによお云うやんけ。わいは一度、自分の部屋に戻って調べた事をまとめる事にするわ」
「わかった。ボクは一度大浴場に戻って、紫中君に捜査の報告をしてくるよ」
「ああ。紫中によろしゅう云うといてや」
瓶を棚に戻し、手を掲げながら診察室を後にする遊木君を見送ると、ボクも持ったままだった劇薬らしき瓶を棚に戻して誰もいなくなった医務室を後にした。遊木君の事が少し気にかかるけど、時間は無限にあるわけじゃない。
獲得コトダマ
・深海紅葉の証言
・消えた花瓶
・使用不可のAED
・診察室の薬品
大浴場に戻ると、脅える指原さんの横で目を回す太刀沼君を素巻きにしているはなっちーと紫中君と目があった。なんだこの状況……。
「あ、おかえりなっちー都築君!」
「なにか発見はあったかな」
「いや、それより何をしているのさ二人とも」
「太刀沼君をバスタオルと洗濯用のロープで縛っているんだなっちー!」
「ボクは横で見てただけ。すごかったよ……太刀沼君に手刀を入れた後パパパっと縛る様は忍者のようだったね」
「それは見たかったってそうじゃないよ!」
ボクが二人にツッコミを入れていると、二人の背後に立っていた指原さんが両手をバタバタさせながら前に出る。
「わ、私が悪いんです! 紫中さんもはなっちーさんも悪くないんです!」
「どういう事?」
ボクはわけがわからず尋ねると、急にしおらしくなった指原さんが顔を真っ赤にしてとんでもない事を云ってきた。
「た、太刀沼さんが私に、い、いやらしい事を……」
「な、なんだって!?」
元々だけど見損なったよ太刀沼君! いくらこんな状況で切羽詰まっているからってそんな事をする奴だったなんて……いや、そういう事をする奴だったな。
「正確には下ネタを云って指原さんをからかっていたんだよ。僕が止めようとしたら、丁度2階からはなっちーが戻ってきたから事情を話して彼を止めてもらったんだ」
「西尾君に頼んでレストランのグラスを一つ拝借したから、花瓶の問題は解決したなっちー! 今はレストランにあるなっちよ!」
花もだけど、指原さんに何もなくてよかったよ。顔を真っ赤にしながら云うからボクてっきり――
「都築君ってムッツリだよね」
「それは違うよッ!」
ヒドイ言いがかりだ。ボクはその辺はしっかりしているんだからな! ムッツリとか変態とか、そういうなんちゃらの紳士とかじゃないからな!
「まあ冗談はこの辺にして。何か進展はあった?」
「そ、そうだった。まずは寺踪さんの客室なんだけどさ……」
ボクが成宮君に会った所から今に至るまでを事細かく説明すると、ボクの仕事ぶりに関心したのか、紫中君は少しだけ口角をあげた。
「上々だよ都築君。そういえば一つ気になったんだけど、成宮君からラウンジの破片の事は聞いた?」
「あ、忘れてた」
「都築君……」
あがっていた口角が下がってしまった。紫中君の冷たい視線が痛い。
「お菓子の油でベタベタになったコントローラーくらい使えないなっちなあ都築君は」
……返す言葉もない。
はなっちーに抉られた傷の痛みに耐えていると、それを中和するかのように紫中君が労いの言葉をボクにかける。
「まあいっか。直前に云わなかった僕も悪いしね。お疲れ様」
「めんぼくない。そっちはどう?」
「こっちはなにもなかったよ。ただ、指原さんから面白い話は聞けたけれどね」
「面白い話?」
紫中君に手招きされた指原さんが脅えながらにボクの前に立つ。
「え、えっと……ですね。あの、あの、あの!」
「お、落ち着いて指原さん。急がなくてもいいから」
「一度深呼吸するなっちよ!」
「あわわわ! 私なんかに気を使わせてしまってごめんなさいいいいい!?」
「大丈夫だから! ボク気にしていないから自分の髪の毛を抜こうとしないで! 見てる方が痛いから!」
「ご、ごめんなさい……」
危うくとんでもない物を見る所だった。わかってはいたけど、指原さんと話すのは大分神経がやられるな……。
ボクがドッと来る疲れに肩が重くなるのを感じていると、緊張したように胸に手を当てている指原さんにはなっちーがアドバイスをする。
「見ているなっち指原さん。深呼吸はこうやると良いなっちよ……ッふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ひゃあ!?」
突然短い脚をクロスさせながら腕を広げて勢いよく息を吐くはなっちー。
あれは昔流行ったロングなんとかダイエットじゃないのか? 深呼吸とはちょっと、というかかなり違う気がするんだけど。
「さあやってみるなっち!」
「は、はい! ふ、ふ~……」
「それじゃあ鍋焼きうどんも冷ませないなっちよッ!」
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
はなっちーにお尻をタイキックされながら必死になって息を吐く指原さん。あいつ、以外にスパルタだ……。
「どうなっち? 少しは落ち着いたなっち?」
「は、はい……ありがとう、ございます……はなっちーさん」
深呼吸が効いたのかさっきよりも若干顔色がよくなった指原さんは、もう一度だけ胸に手を当てて呼吸を整えると、まるで校舎裏で告白をするかのようにボクに向かって声を発した。
「さ、昨晩の事なんですけど! 私、エレベーターから出てくる二つの人影をみ、見たんです」
「人影?」
「はい。暗くて顔は見えなかったんですけど、どっちも背が高かったので、印象に残っていて……多分あれは、男性と女性だったと思いますです! た、大した情報じゃなくてごめんなさい!」
彼女なりに勇気を振り絞った結果なのか、顔を真っ赤にしながら酔っぱらったようにフラつく指原さん。特にドキッとはしなかったけど、彼女の頑張りに相応しい言葉を送らなければ。
「大した事あるよ指原さん。それが本当なら凄い情報だよ!」
「はっ、はひぃ~!? どういたしましてでですよぉ!」
ボクの言葉が照れ臭いのか、謙虚な言葉とは裏腹に錦糸のような髪を荒波のように揺らしながら頭を振る指原さん。正直に思った事を云っただけなんだけどな……美人なだけにとてもシュールな光景だ。
「ね? 面白かったでしょ」
「え? どっちが?」
「だから、犯人が絞れそうな面白い話って」
「あ、そっちか。ごめん今の忘れて」
ボクは頭をペコペコ下げていた指原さんをなんとか止めると、その様子を首を傾げながら見ていた紫中君の方へと向き直る。
「この辺の捜査も終わったみたいだし、そろそろラウンジに戻らない?」
「そうだね。そろそろ検死も終わった頃だろうし……二人はどうする?」
「私は……レストランで休んでます。死体を見るのは、や、やっぱり恐いので……」
「ならはなっちーがエスコートするなっち! 一緒にはちみつ水を飲めば落ち着くなっちよ!」
「あ、ありがとうございます」
二人はレストランか。無理にラウンジに連れていく理由もないしまあ無難かな。指原さんとはなっちーもなんだか仲良く? なったみたいだし、とりあえずは良かった。
「決まりだね。それじゃあ行こうか」
癒し効果があるなっち、と自分の腕を指原さんに揉ませているはなっちーに紫中君が声を掛けると、ボク達はそれぞれ目的の場所に向かうべくエレベーターへと足を運んだ。
誰か忘れている気がするけど、忘れると云う事は大した人間じゃないのだろうそうに違いない。
獲得コトダマ
・指原雅の証言
はなっちーと指原さんをレストランへと送り届けてからボク達がラウンジに戻ると、検死を終えたらしい生田君が梶路さんと何やら話しているようだった。
「生田君、何かわかった?」
「土下座するなら教えてやっても良い」
このやろう。太刀沼君といい、うちの男子はどうしてこう……。
「ダメですよ生田さん。ちゃんと結果を教えないと」
「これは失礼致しました」
ボクが怒りを抑えているのを察したのか、梶路さんがボクに蔑みの視線を送る生田君に注意を促すと、生意気にも生田君は梶路さんの足元で跪き信じられないくらいに甲斐甲斐しくなった。なんなんだこいつ。
「検死の結果だが、やはり後頭部を強く殴打した事で亡くなっているな。余程強く殴られたのか、勢いよく歯を食い縛ったせいで右あごの形が若干変形していた。後は傷の爛れや乾き具合からして、亡くなったのはモノクマファイルにも書かれている通り、深夜の1時過ぎだろう」
ここまでちゃんとした仕事が出来るだなんて思わなかった。
超高校級の生物学者の名は伊達じゃないって事か。悔しいけどそこだけは認めざるを得ないな。
「おかしな箇所がいくつかあるね」
「ああ。そこで今、俺と宵闇の巫女とで話をしていたのだ。せっかく有意義な時間を過ごしていたというのに邪魔しやがってこの細菌共は」
「生田さん?」
「失礼致しました」
「紫中君、おかしな箇所ってどういう事?」
「寺踪さんの制服を見てみてよ」
ボクは紫中君に云われ、寺踪さんの制服に注目する。
彼女の特徴の一つとも云えるピンクのスクールセーターは乱暴に扱われたかのように糸が解れ、白いYシャツのボタンは掛け間違えられているせいかシャツの隙間から桃色の下着が覗いていた。
ボクはすぐに目をそらせて彼女の足元を見ると、ブラウンの靴にはなんの汚れもなく、ルーズソックスとかいうやや時代遅れな靴下には、ダボダボしている以外これだという乱れは見られなかった。
「ね? おかしいでしょ?」
「うん。まるで上半身だけ無理やり脱がされたかのような、そんな感じ。犯人と揉めたのかな?」
「でも、それにしては外傷が少なすぎるよね。犯人と揉めたのなら、少なからず抵抗したような形跡があるはずなのに、彼女の死体からはそれがまったくない。ほら、この付け爪なんて欠けている部分が微塵もないよ」
そういって紫中君は彼女の指をボクに見せる。
確かに綺麗なままだ。仮に犯人と揉めたのなら、少なからず爪先が欠けていてもいいはずなのに。
「わたしも生田さんから話を聞いて、犯人は寺踪さんを殺害した後に制服を脱がしたのかとも思ったのですが、そんな事をする理由がどうしても思い付かないんです。都築さん、何かわかりませんか?」
「う~ん……ボクにもわからないなぁ」
「そうですか……」
犯人は寺踪さんを殺害した後に制服を脱がした。確かにそれならこの死体の状況にも納得がいくけど、犯人はどうしてそんな事をしたんだ? 下手したら証拠を残し兼ねないのに。
いやまてよ? それを云うならおかしい所は他にもある。
犯人に服を脱がすだけの余裕があるなら、どうして証拠を隠滅するのがここまで雑なんだ。床にはシミや凶器に使われた可能性の高い破片が残ったままだし、それを掃除した箒やモップも中途半端に片付けたせいで掃除用具室の扉は半開き……あれ? そういえば犯人はどこに凶器を捨てたんだ? いや、もちろんバレないように処理をしたのだろうけど、2階と3階には焼却炉なんてないし、トイレやレストラン、ラウンジのゴミ箱にだってそんな物は……まさか海に? いや、それは無いハズだ。
ボクは思い出したかのように電子生徒手帳を開くと、船内ルールを開き内容を改めて確認する。
やっぱりそうだ……船内ルール5、海にゴミを捨てる等の環境破壊を禁じます。これが適用されているのなら、犯人は凶器を海に捨てる事は出来ない。どこのゴミ箱にもないのなら、犯人はどこかに凶器の残骸を隠しているハズだ! それを見つける事が出来れば、きっと!
「紫中君、ボクちょっと――」
『え~、楽しい時間とは四季と同じくあっという間に過ぎて行くものです。皆さん、捜査の手を止めて下さい。学級裁判の準備が整いましたので、お近くのエレベーターから地下へと降りて行って下さい。来ない人は首に縄掛けて無理矢理連れて行くからね! じゃ~ね!』
ボクが云いかけると同時にモノクマの忌々しいアナウンスが船内に響き渡る。
クソッ、こんな所で時間切れだなんて……!
「何か云った? 都築君」
「いや、なんでもないよ……」
「くだらない……が、行かないわけにもいくまい。さあ宵闇の巫女、俺の手にお捕まり下さい。学級裁判の場までエスコートしましょう」
「ごめんなさい。一人で行けますので」
「それは残念」
生田君は冷たくあしらわれても紳士的な姿勢を崩さずに微笑むと、そのまま梶路さんに一礼して一足先にエレベーターへと向かった。なんて太い神経の持ち主だ。
「ボク達も行こうか。都築君、梶路さん」
「そうですね。少し恐いですけど……」
逃げ出したい気持ちを抑えながらラウンジを離れ、途中で合流した深海さん達と共にエレベーターに乗り込むと、ボタンを押してもいないのに急に扉が閉まり、ボク達は否応無しに地下深くへと運ばれていく。
まだ足を踏み入れていない1階を過ぎ、地下1階、地下2階と徐々に階層が下がって行くに連れ、ボクの中で不安と覚悟が交互に重なり合い積み上がっていく。
恐い――振り向くな
まだ死にたくない――前を見ろ
どんな結果が待っていようと、ボクはこの絶望的なタイトロープを渡りきって見せるんだ……!
学級裁判――開廷
獲得コトダマ
・乱れた制服
・綺麗なままの付け爪
・船内ルール