あぶれ落ちたその先で(旧:喫煙少年と風紀委員)   作:セイロンティー
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第八話

 満開を迎えた桜は美しい。

 

 なぜ桜が美しいか?そう聞かれて直ぐに答えられる人は少ない。

 

 桜は散るからこそ恋しい。昔の人は和歌でそう詠った。桜が散らなければこんなにも恋しくはならなかっただろう、と。

 

 紗夜は家に帰ると直ぐベットに倒れ込んだ。

 

 今日は学校もスタジオ練も身が入らなかった。それもこれも全てはあの絵のせいだった。

 

 絵を見たとき思わず震えたと言った新垣の気持ちがわかった。

 

 満開の桜の木に寄りかかる一人の女性。女性は30代くらいの美しい人だった。

 

 深淵を覗き込むような妖艶な瞳のその女性は嬉しそうに優しい笑みを浮かべていた。嬉しそうではあるのだが紗夜はその笑みに違和感を感じた。

 

 見ていて心が温まる優しい思いが溢れている絵だった。

 

 絵に詳しくない紗夜でもわかることがあった。   

 

 愛がなければあんな絵は描くことは出来ない。それも家族のような違えることのない愛。佐々木は彼女のことを心の底から愛していることがあの絵から伝わってきた。

 

 それと、紗夜の母親がその絵を見たときに言ったこと。

 

「綺麗ね。とても綺麗で悲しい絵」

「ママ、なんで悲しいの?」

「桜の木の下にはね。死体が埋まっているのよ」

 

 紗夜は母親の言う事がわからなかった。聞いていくと文学であることがわかった。

 

 今日の昼休み燐子から聞いて図書室でその本を借りてきた。梶井基次郎の『檸檬』。

 

 目次から探すとそれは2ページ程のとても短い作品だった。

 

 読んではみるが「桜の木の下には死体が埋まっている!」で始まり、桜の美しさを生々しく表現するだけのよくわからない話だった。

 

「わからない。わからないわ」

 

 本をしまってからまたベットで横になる。

 

 あんなに優しい絵を書く人がタバコを生き甲斐と言った。

  

 他人を理解しようとはせず結果のみを求めてきた紗夜には繊細な心の機微を理解できるはずもなかった。

 

「明日話してみましょう」

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

「桜の木の下には死体が埋まっているんだよ〜!」

 

 そう言いながら事務所のレッスンスタジオに現れた日菜の奇行にPastelPalettesのメンバーは驚くきはしなかった。

 

「ブシドーですか?」

「違うわ。文学よ、イブちゃん」

「千聖ちゃん知ってるの?」

「バラエティー番組とかでは一件関係ないような知識とかが役に立ったりするのよ。彩ちゃんも知っていて損はないわ」

「へー、千聖ちゃんは物知りだね」

「それで日菜さん。桜の木の下には死体が埋まっているってなんですか?」

「よく聞いてくれたね、麻弥ちゃん!じゃーん!」

 

 日菜はスマホの画面を皆に見せる。

 

「綺麗な絵ですね」

「美人な人だね」

「桜はブシドーを連想させますね」

「上手な絵ね。タイトルはなんて言うの?」

 

 写真だけ表示されてその上にあるタイトルと作者名は画面のその外に出ていた。日菜はスクロールしてタイトルを見えるようにする。

 

 佐々木春樹『桜の木の下』。

 

「佐々木春樹…。どこかで……あっ!彩ちゃんと同じクラスの人じゃない?」

「えっ?」

「ほら、今年の初めに転入してきた」

「………えっ!あの佐々木さん?」

 

 絵の雰囲気と彩が知っている佐々木春樹のイメージが全然違い、思い出すまでに時間がかかる。

 

「なになに、彩ちゃんと千聖ちゃん知ってるの?」

「はい。同姓同名の人がクラスにいるけど、いつも授業をサボってばかりで…」

「日菜ちゃんはどんな経緯で知ったの?」

「お姉ちゃんが昨日調べてたんだ」

「紗夜ちゃんが…。それなら彩ちゃんと同じクラスだし、その人で間違いないんじゃない」

 

 未だに彩の頭の中では絵の作者の佐々木春樹と2年B組の佐々木春樹が一致しない。

 

 いつもおかしな笑みを浮かべて、クラスでは紗夜以外の人と話しているところは見たことがない。

 

 そんな佐々木があんな絵を描くなんて彩は信じられなかった。

 

「さて、全員集まったことだしレッスンを始めましょ」

 

 千聖の掛け声でレッスンが始まるが彩の頭から佐々木の疑念が離れることはなかった。

 

 翌日。彩は佐々木を観察していた。

 

 ここ数日佐々木は毎日ホームに顔を出している。今日も時々授業を抜け出していたがホームルームには顔を出していた。

 

 ホームルームが終わり放課後になると紗夜が佐々木と少し話して出ていった。

 

 しばらくすると教室の生徒は二人だけになり、怪しまれると思った彩は廊下に出た。

 

 教室の出入り口が見える廊下の影を見つけると再び観察を始める。

 

「まだかな…」

 

 放課後になってからもう30分は経った。

 

「もう帰っちゃったのかな…」

 

 不安になった彩は様子を見に行こうとしたそのとき、教室から佐々木が出てきた。

 

「あっ、危なかった」

 

 胸をなでおろし彩は佐々木の後をつける。

 

 足音を頼りについていくが最上階で見失ってしまう。

 

「どっ、どこにいったの?この上は屋上だし…」

 

 途方に暮れていたその時上から鍵を開ける音がして微かに風が流れくる。

 

「嘘…屋上?なんで鍵を持ってるの?」

 

 恐る恐る階段を登る。

 

 屋上の扉のドアノブに手をかける。

 

 だが、開いてはいけない。そんな気がして開けることは出来なかった。

 

 それに開けてしまったら気づかれて佐々木にバレてしまう。それは観察を目的とした彩の意に沿ぐうことではない。

 

 迷いに迷い扉の前で右往左往していると下の階から足音が聞こえ、動揺した彩は使われていない掃除ロッカーの中に隠れた。

 

 階段を登る足音が止まる。それと同時に屋上の扉が開く音がした。

 

「トイレが無難かな…あっ!」

「トイレが、なんですか?」

 

 聞き覚えのある声だった。一人は佐々木春樹。もう一人は同じクラスの氷川紗夜。

 

「貴方…またやっていたのですか!」

 

 二人が去るまで石になっていようと決意した矢先の紗夜の怒鳴り声に驚きを隠せなかった彩は思わず頭をぶつけ、音がよく響く階段に鈍い音が響いた。

 






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