カトンボは特に何らかのトラブルに遭うでもなく、無事にペズンまで戻ってきた。
トラブル誘引体質の俺がいる以上、もしかしたらジオン軍残党がインビジブル・ナイツを取り返しに来るとか、連邦軍の強硬派がフィフス・ルナでの件を不満に思って襲ってくるとか、そういう可能性はあったんだが……幸いなことに、そういう事もないまま、無事にペズンに到着した形だ。
「では、アクセル代表。私達はこれで失礼します」
シュタイナーが俺に向かってそう敬礼してくる。
サイクロプス隊の所属はペズンである以上、ここでシュタイナー達がカトンボを降りるのは当然だった。
また、サイクロプス隊以外にも色々な理由でカトンボに乗っていた者のうち、それなりの人数が降りる事になっている。
この辺は仕方がない。
月に戻るまでの間で護衛はいらないのかという問題があるが、ぶっちゃけ何かあったらメギロートやバッタを使えばいいし、それでもどうしようもない相手がいたら、ゼロ・ジ・アールで出ればいいだけだ。
そういう意味では、護衛はいらないんだよな。
「今回の件は助かった」
「いえ、こちらもギャン・クリーガーやアクト・ザクといったMSを実戦で試せたので、それを思えばこのくらいはどうということはありません」
そう言うシュタイナー達だったが、それはシュタイナー達が腕利きだからこそ言える事だ。
もしサイクロプス隊の誰かが死んでいれば、そういう風には言えなかっただろう。
「後でお前達の分の時の指輪の受信機を用意しておく」
「それは……?」
俺の言葉に不思議そうな様子で尋ねるシュタイナー。
無理もないか。
時の指輪の受信機……不老というのは、このUC世界においても非常に魅力的だ。
それこそ、場合によっては連邦軍がルナ・ジオンを攻めるといった事をしてもおかしくはないくらいに。
そんな訳で、ルナ・ジオンの中でも時の指輪について知ってる者は少ない。
……まぁ、上層部とかは知ってる者も多いし、ルナ・ジオンの政治家のうち相応の成果を挙げれば不老になれるという事で頑張ってる者もいるが。
何しろ政治家の多くは中年から老人一歩手前だ。
老いを感じ始めたからこそ、不老という言葉は大きな意味を持つ。
もっとも、それが良い事かと言われれば、必ずしもそうではないのだが。
具体的には自分が時の指輪の受信機を手に入れる為に、他の者の成果を横取りしたり、妨害したりといった事もあるらしいし。
それでもUC世界最高のニュータイプ能力を持つセイラがいるので、やりすぎると時の指輪の受信機を貰うどころか、罰せられるのだが。
「時の指輪の受信機というのは、簡単に言えばそれを身に付けていれば不老になるというマジックアイテムだ。……ただ、注意が必要なのは、あくまでも不老であって不死じゃない点だろう。例えば銃で撃たれたり、乗ってるMSが撃破された場合は普通に死ぬといった具合に」
「……そのような物が……」
「ああ。サイクロプス隊の能力は非常に高い。出来ればこの先もルナ・ジオンを守る盾として、そして矛となって欲しい」
「すぐには返事が出来ませんが、皆と相談して決めたいと思います」
「そうしてくれ。別に強制して不老にするといったことはない。お前達が不老にはなりたくない。普通の人間として死にたいのなら、それはそれで構わない」
無理に不老にしても、それは相手の精神を摩耗させるだけだ。
俺にしてみれば、既に混沌精霊になったからであったり、転生した経験から不老というのはそこまで忌避すべきものではない。
俺の恋人達も、俺と永遠に一緒にいるという意味で時の指輪や受信機を身に付け、不老となっている。
また、単純に死にたくないと思っている者も、不老になれる手段があれば喜んで受け入れるだろう。
だが……中には不老になる、つまり人を止めることに忌避感を覚える者もいる。
そういう相手を不老にするのは、それこそ精神的な虐待とでも言うべき行為だろう。
当然ながら、そんな相手が能力を最大限発揮するのは難しいだろうし、性格的にも問題が起きる可能性がある。
有能な部下を欲して不老にならないかと誘ってるのに、不老になった結果精神的な均衡を崩すなりなんなりして、それによって能力を発揮出来ないとかになったら、それは無意味だ。
だからこそ、俺が提示できるのは不老になるチャンスを与えるだけで、それを受け入れるかどうかは相手に決めて貰う。
「分かりました。ありがとうございます」
「言っておくが、贔屓だとかそういうのは関係なく、純粋に能力を評価しての提案だぞ。……特にバーニィの能力は、一種の異能とでも呼ぶべきものがあるし」
フィフス・ルナでの戦いで、アクト・ザクを操縦するバーニィはかなりの動きを見せていた。
サイクロプス隊に所属した当初は学徒兵……いや、高校は卒業したんだったか?
ともあれ新兵だったバーニィは、リボーでの一件でサイクロプス隊共々ルナ・ジオンに亡命してきた。
その後、1年戦争が終わった後でも、サイクロプス隊の面々に鍛えられたりはしていたが、それを込みで考えてもアクト・ザクを操縦するその実力は、普段以上の実力だったのは間違いない。
それこそサイクロプス隊の一員だと立派に名乗れる程の動きだった。
インビジブル・ナイツを殺してはいけない、生け捕りにするにも関わらず、立派にその任を果たしたのだから。
それが出来たバーニィの異能とも言うべき能力が、ザク系MSに対する異常なまでの相性の良さだ。
ギャン・クリーガーとアクト・ザクでは、性能はギャン・クリーガーの方がかなり上だ。
なのに、バーニィの操縦するアクト・ザクの動きは決してギャン・クリーガーに負けてはいなかった。
……それもただのパイロットが操縦するギャン・クリーガーではなく、サイクロプス隊の面々が操縦するギャン・クリーガーにだ。
バーニィの異能は、そういう意味では非常に珍しい。
それこそ、機体によって能力が変わるというのは、シャドウミラーの技術班が興味を持ってもおかしくはない。
バーニィを研究した結果、MSの形状によって能力を増すことが出来る……そんな技術を確立出来るかもしれないのだから、
「そこまでバーニィを……?」
「ああ。それだけ珍しい能力なのは間違いない。希少性という意味では、ニュータイプよりも上かもしれないな」
その言葉にシュタイナーは驚きの表情を浮かべる。
ルナ・ジオンはニュータイプのセイラが興した国なので、ニュータイプという存在が特別視されているのは間違いない。
だが、そんなセイラよりも希少な存在がバーニィなのだと言われたのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
もっとも、それはニュータイプはセイラ以外にも何人もいるのに対して、バーニィのような存在は今のところバーニィ1人しか見つかっていないから貴重だという話でしかないのだが。
「ちょっと話は逸れたが、時の指輪の受信機についての話は考えておいてくれ」
そう言う俺の言葉に、シュタイナーは真剣な表情で頷くのだった。
「農業……? クリストとタチアナの2人がか?」
エリクが驚きの表情を浮かべて聞いてくる。
現在俺達がいるのは、ペズンを出発して月に向かっているカトンボの中。
そのカトンボにある部屋の1つで、俺はエリクを含めたインビジブル・ナイツの面々と話をしていた。
フィフス・ルナからペズンに向かう途中で話してもよかったのだが、あの時の俺はゼロ・ジ・アールのコックピットに乗っていたしな。
今のゼロ・ジ・アールはカトンボによって牽引されているものの、コックピットにはディアナの技術者が1人乗っており、データ収集を行っている。
ちなみにゼロ・ジ・アールのコックピットに乗る技術者の選定については、かなり激しいものがあったらしい。
そんな訳で、現在俺はゼロ・ジ・アールに乗る事は出来ず、インビジブル・ナイツの面々と話をしていた。
「そうだ。現在クリストとシェリー……タチアナか。その2人がいる月には無農薬で農業をやっている場所がある。本来ならそこは囚人達の強制労働の場なんだが……」
「何っ!」
俺の言葉に、こちらを睨み付けてくるエリク。
その気持ちは分からないでもない。
クリストとタチアナが俺に保護されてるのかと思ったら、強制労働させられていると言われたのだから。
「落ち着け。別にクリストやタチアナには強制労働とかはさせていない。……寧ろ、農作業を楽しんですらいるらしいぞ」
これは嘘でも何でもなく、純然たる事実だ。
タチアナは仕事中に笑みを浮かべる事が多いと報告が入っているし、足の問題で動きにくいクリストもそれなりに満足そうに仕事をしていると聞いている。
そういう意味では、寧ろ農作業を満喫していると言ってもいい。
「それは……本当か?」
「ああ。コロニーで育ったお前達なら分かると思うが、スペースノイドで農業というのは……やる機会が全くない訳ではないが、それでもどうしてもその機会は少ない」
コロニーには農作業をやる場所が用意されているものの、そこで働ける者というのは限られている。
つまりクリスト達も農作業をやるのは初めてなのだ。
初めてやる仕事という事で、多少緊張したり、不安に思ったりもするだろう。
だが、クリストやタチアナにしてみれば、農作業は十分に面白い仕事に思えたのだろう。
もっとも、それはあくまでも仕事をしたばかりだからという可能性もある。
この先、ずっと農作業をやるとなれば、楽しんでばかりもいられないだろう。
あの2人がずっと農作業をやるという事は多分ないと思うが。
あくまでも俺が欲しかったのは、特殊部隊としてのインビジブル・ナイツだ。
その為にここまで手を掛けたし、クリストの足の治療についても約束した。
農作業をする人員を欲して、そこまでした訳ではない。
「一応言っておくが、俺もクリストやタチアナにずっと農作業をさせておくつもりはない。色々と準備が整ったら、2人共インビジブル・ナイツに戻す予定だから、そのつもりでいてくれ」
「待って欲しい。それは嬉しいし助かるが、フィフス・ルナで聞いたクリストの足の治療の件はどうなっている?」
そうエリクが言うと、その場にいた他のインビジブル・ナイツの面々も俺に視線を向けてくる。
中には、もし嘘を言うようなら決して許さないといったような視線を向けてくる者がいる。
クリストがそれだけ仲間に慕われていた証だろう。
ここで迂闊な事を言えば、暴発しかねない。
そう判断し、落ち着かせるように口を開く。
「心配するな。取りあえずお前達と会わせたら、すぐにホワイトスター……シャドウミラーの本拠地に連れて行って治療をする。治療が完了するまで、具体的にどのくらいの時間が掛かるのかは分からないが、それでもそう長くは掛からない筈だ」
治療に関してはレモンに任せているので、正確なところは分からない。
だが、今までレモンが治療してきた面々の事を考えれば、片足が動かなくなっているというクリストの怪我はそこまで治療に時間が掛かるとは思えない。
恐らく……これは本当に恐らくの話だが、どんなに時間が掛かっても数日がそこらで治療は終わるだろう。
とはいえ、それはあくまでも治療が終わるという話だ。
場合によっては、リハビリも必要になるだろう。
今までの治療では特にリハビリが必要という事はなかったので、多分大丈夫だとは思うが。
ただ……今回の一件。具体的には水天の涙についてはもうこれで終わりと考えてもいいだろう。
水天の涙の原作についてもこれで終わった以上、俺がわざわざこっちに残る必要はない。
だとすれば、そろそろUC世界での活動は終えて、ペルソナ世界に戻ってもいい筈だ。
何だかんだと、結構な間UC世界にいたしな。
現在のペルソナ世界がどうなっているのかも気になるところだ。
後で連絡をしておいた方がいいか。
以前聞いた時は、何だか不良が仲間になったとか何とか聞いたと思うが、あれから事態がすすんでいるのかどうか。
「そうか。……そうか」
クリストの足がすぐに治ると聞いたエリクが、嬉しそうな様子でそう呟く。
エリクにしてみれば、クリストの足が治るというのはそれだけ嬉しい事なのだろう。
「そんな訳で、お前達がどうなるのかは……まだ正確には分からないが、それでも多分インビジブル・ナイツとして活動すると思う。それも今度はジオン軍残党ではなく、しっかりと国のバックアップがある状態でな。とはいえ、次にいつ大きな戦闘があるのかは分からないが」
この世界に原作というのがあると知ってる身にしてみれば、今回の水天の涙の件について考えた場合、恐らくこの先も今回と同規模の騒動……あるいはもっと大きな騒動があってもおかしくはないと思う。
とはいえ、これはあくまでも予想だ。
もしかしたら、後は特に何も騒動はないという可能性もあるが……何となく、俺の勘がまだ騒動があると告げているんだよな。
そんな風に思いつつ、エリク達と話を続けるのだった。