転生とらぶる   作:青竹(移住)

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3761話

 丸久豆腐店で久慈川と話した後、豆腐を幾つか購入して店から出る。

 俺は以前から何度か丸久豆腐店で買い物をしていたので、これは俺にしてみればいつも通りに近い光景ではある。

 だが、丸久豆腐店の周囲にいた久慈川のファンや野次馬連中にしてみれば、俺が久慈川と話をする為の理由に買い物をしたと思われてもおかしくはない。

 実際、何人かのファンは俺を憎々しげに睨みつけていたし。

 とはいえ、その視線を向けている相手を見れば、即座に視線を逸らされたが。

 

「じゃあ、俺は帰るからもう少し頑張ってくれ。桐条グループの警備部から応援が来るって話になってるから、稲羽署の上層部が許可をすればこの仕事から解放される筈だ」

 

 丸久豆腐店の前にいた警察官にそう声を掛ける。

 その言葉に、警察官は救われたといった表情を浮かべた。

 稲羽署で働いている警察官だけに、こういう経験とかはあまりないんだろうな。

 ちなみに丸久豆腐店の周囲にいた者のうち、俺と警察官の会話が聞こえた者の何人かは、すぐにこの場を立ち去る。

 このままここに残っていると面倒な事になると考えたのだろう

 もし捕まって警察に引き渡されたりした場合、面倒な事になるのは間違いない。

 それを避けたいと思うのはおかしな話ではなかった。

 これで丸久豆腐店が少しでも落ち着けばいいんだが。

 そんな風に思いつつ、俺はその場を後にする。

 後にするのだが……影のゲートを使って天城屋旅館に戻らなかったのは、丸久豆腐店の前にいたうちの何人かが俺を尾行していた為だ。

 元々そういうのに慣れていないというのもあるのだろうが、そもそもその手の行為に慣れていても、気配を察知する事が出来る俺には意味がない。

 とはいえ……さて、どうしたものか。

 これが例えば、俺を殺そうと狙っているのならこっちも容赦なく相手を殺せる。

 だが、強烈な怒りを抱いてはいても、殺意の類を持ってる訳ではないんだよな。

 あるいは本人的には憎悪や殺意を抱いているつもりでも、シャドウとかと戦っている俺にしてみれば浅い殺意でしかないとか。

 とにかく殺す程ではないにしろ、だからといって天城屋旅館に俺が住んでいるのを知らせるのも、それはそれで天城屋旅館に迷惑を掛けそうだし。

 だとすれば、やはりこれはいっそ正面から堂々と向き合った方がいいか。

 そう判断すると、俺は商店街の途中にある辰姫神社に向かう。

 俺を尾行してる連中は、恐らくこの辺りの地理には詳しくない筈だ。

 ……もしかしたら、この辺の住人もいる可能性があるので、その辺も絶対とは言えないが。

 ともあれ、巽屋の近くにある辰姫神社に到着すると、そのまま境内に入っていく。

 俺を尾行している連中は、一瞬戸惑った様子を見せたものの、それでも俺を追って境内に入ってくる。

 だが……その境内の中で俺は足を止め、振り向く。

 するとそこには3人の男達。

 その男達は、俺がいきなり振り返るとは思っていなかったのか、視線が合うと戸惑った様子を見せる。

 だが……その中の1人が、この状況では逃げる事も出来ないと考えたのか、俺に向かって口を開く。

 

「あ……あんたは一体りせちーとどういう関係だ! 何であんただけがりせちーと会えたんだ! ファンとして、詳しい事情の説明を要求する!」

「そ、そうだそうだ! 俺達だってりせちーに会いたいのに、なんでお前だけ会えるんだよ!」

「俺達にもりせちーに会わせろよ! お前が会ったんだから、そのくらいの事はしてもいいだろ!」

 

 1人が叫ぶと、それに勇気を得たかのように他の2人も同じように叫ぶ。

 叫ぶが……その内容はちょっとどうなんだ?

 いやまぁ、尾行してきたという事を察した時点で、恐らくそうなのだろうとは思っていた。

 思っていたのだが……それでもこれはあまりに……

 

「何で俺がお前達の為にそんな事をする必要がある?」

 

 そう言うと、男達は悔しそうな表情を浮かべる。

 そして最初に俺に声を掛けてきた男が、苛立ちも露わに叫ぶ。

 

「俺だって、店の中に入れるのなら入りたかったよ! なのに、あの警察官……それで、なんでお前だけ店の中に入れるんだ!」

 

 ああ、なるほど。やっぱり一応店の中に入ろうとはしたのか。

 だが、それを防いだのが警察官。

 そして俺は先に店で買い物をしていた女に半ば無理矢理店の中に入れられた。

 勿論これは、以前から俺が丸久豆腐店で買い物をしていたのが大きい。

 あの女が俺が買い物をしていたのを覚えていたというのもあるし、同時に久慈川が昨日の一件で俺の事を覚えていて、店の中に入れるようにしたというのもある。

 その辺の諸々によって俺は店の中に入れたのだが、久慈川に会いたくてやってきた面々はそれが無理だった。

 この3人が怒っている……というか俺に嫉妬してるのは、それが理由だろう。

 

「俺は元々あの店に頻繁に通っていたんだよ。今日も別にアイドルのりせちーに会いに来た訳じゃなく、普通に豆腐を買ってきただけだ。……ほら」

 

 そう言い、俺は袋に入った豆腐を見せる。

 この連中が尾行してきたから、いつものように空間倉庫に豆腐を収納する事が出来なかったんだよな。

 ただ、これについてはこうして豆腐を見せる事で俺が久慈川に会いにいった訳ではないという事の証明にもなるので、決して悪い事だけではない……と思う。

 だからといって、この3人がそれで納得するかと言えば、それは別の話なのだが。

 

「ふざけるな! そんなので納得出来る訳がないだろ!」

「……なら、どうする?」

 

 叫ぶ男に、少しだけ目に力を込めて睨む。

 

「ひぃっ!」

 

 その瞬間、俺に向かって叫んでいた男の口からそんな悲鳴が上がった。

 数秒前までの威勢のよさはなんだったのかと言いたくなりそうな、そんな様子。

 とはいえ、悲鳴を上げられた分だけマシなのかもしれないが。

 何しろ他の2人は腰を抜かして地面に座り込んでいるのだから。

 

「はぁ……もういいから行け。俺もお前達に関わっている程、暇じゃないんだ。これ以上俺に付きまとうようなら、こっちも相応の対処をするぞ?」

 

 そう言い、俺は神社を後にする。

 とはいえ、この神社を後にするには来た方向に戻るしかない。

 つまり、俺を尾行してきた3人の隣を通らなければならない訳で……その3人は、俺が近付いた瞬間……

 

「ひっ、ひいいいいいいぃぃっ!」

「うわあああああっ!」

「ぎゃああああっ!」

 

 そんな声を上げながら3人は走り去る。

 こんな風に逃げるのなら、最初から絡んできたりしなければいいものを。

 息を吐きながら、俺は神社を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

「シェリル、今ちょっといいか?」

『アクセル? どうしたの?』

 

 天城屋旅館に戻ってきて、俺と美鶴が使っている部屋で通信機を使い、シェリルに連絡をする。

 空中に浮かんだ映像スクリーンに表示されたシェリルは、タンクトップにショートパンツという、かなり露出の激しい格好をしていた。

 そして薄らと汗を掻いているのを見れば、シェリルが何をしていたのかは想像出来る。

 シェリルも当然のようにエヴァに鍛えられてはいるが、それを抜きにして歌手としてやっていく為に身体のメンテは欠かさない。

 恐らくは柔軟運動とか、そういうのをしていたのだろう。

 

「随分と色っぽい格好だな」

『なぁに? 発情した?』

「そうだな。今からシェリルに会いに行きたいと思うくらいには」

『ふふっ、それはそれでいいけどね。でも、今はそういう理由で連絡をしてきたんじゃないんでしょう? 一体何があったの?』

 

 あっさりと話題を逸らされてしまう。

 いやまぁ、実際に俺が連絡をした理由を考えれば、それが当然の事なのかもしれないが。

 そんな風に思いつつ、俺は口を開く。

 

「シェリルもペルソナ世界で歌を出してるよな? なら、日本の芸能界に久慈川りせ、りせちーと呼ばれている女がいるのを知ってるか?」

『アクセルが真面目な顔でりせちーとかいうのは、ちょっと破壊力高いわね。……けど、うーん。……聞いた事があるような、ないような……そんな感じかしら』

 

 へぇ。

 シェリルの事だから、全く知らないと言うのかと思ったが、完全にではないにしろ、微かにだが覚えているのか。

 これはちょっと驚きだった。

 久慈川について知ってるかと聞いて、知らないと言われる。

 そういう風になるとばかり思っていたのだが、それが良い意味で外れた形だ。

 シェリルは良くも悪くもペルソナ世界においては……いや、おいても、か。とにかく世界的な歌手として有名だ。

 そんなシェリルに、完全にではないにしろ名前を覚えられているというのは、実は結構な事だったりする。

 何しろシェリルはこのペルソナ世界だけではなく、他にも色々な世界で歌を出している。

 最近だとX世界でも歌を出すという流れになっていたと思うが……X世界においては、そもそも歌をDLするというネット環境は勿論、CDとかを聞くの機器も普通にはない。

 一応TV放送が可能なので、そっちに出演して歌うという方法はあるが。

 それに貨幣についても、まだ統一されてる訳ではないし……うん、X世界でのデビューはちょっと難しそうだな。

 それなら寧ろ、コンサートとかをやった方がいいのかも?

 

『アクセル?』

 

 訝しげな視線を向けてくるシェリルに俺は何でもないと首を横に振る。

 

「いや、完全ではないにしろ、シェリルが久慈川の名前を覚えてるとは思わなくてな」

『アクセルは私を何だと思ってるのよ』

「歌に関しては、一切の手抜きをしない女」

『……そうだけど』

 

 少し照れ臭さそうな表情を浮かべたシェリルは、話題を逸らすかのように口を開く。

 

『それで、その久慈川りせというのがどうしたの?』

「現在俺がペルソナ世界で関わっている事件は知ってるよな? どうやらその事件に巻き込まれそうなんだよ」

 

 まだ巻き込まれると決まった訳ではない。

 ないのだが、それでも現在の稲羽市の状況で久慈川がやってきたとなると、原作的に恐らく……いや、ほぼ確実に巻き込まれるだろう。

 問題なのは、足立が久慈川をどう扱うかという事か。

 山野真由美については、正直なところどうなのか分からない。

 ただ、その死体を見つけた早紀については、足立が言い寄り、それを断った事でTVの中の世界に入れられそうになっていた。

 その辺の状況を考えると、日本ではかなり有名な久慈川が足立に捕まった場合、どうなるのかは想像するのも難しくない。

 ……いやまぁ、足立の好みにもよるが。

 久慈川は高校生としては平均的な体型をしている。

 それが足立にどう見えるのか。

 実際、雪子もTVの中の世界に入れられはしたものの、貞操的な意味では無事だった。

 うーん、この辺の好みの違いがちょっと分からないな。

 雪子は何気に着痩せするタイプで、大和撫子系の美人ではあるものの、出るところは出ている。

 高校生の平均以上なのは間違いなかった。

 なのに、そんな雪子は足立に何もされていない。

この辺は疑問だ。

 あるいは、後でゆっくりと時間を掛けて雪子の身体を味わうつもりだったのだが、俺達が予想以上に早く助けに行ったから、そんな余裕がなかったとか?

 まぁ、その可能性はあると思う。

 足立の様子を見る限り、この事件の原作のラスボスとは到底思えない。

 恐らく中ボス……場合によっては、小ボスといった可能性すらある。

 そんな諸々について考えれば、こっちの動きを見抜けなかったという馬鹿げた事を行ってもおかしくはない。

 そうなると、久慈川の時も同じように出来ればいいんだが。

 

「で、その一切手抜きをしないシェリルにちょっと頼みがあるんだよ」

『アクセルが言うアイドルに会えって?』

 

 話の流れから、シェリルも俺の言いたい事は予想していたのか、そう指摘してくる。

 

「ああ、そうなる」

『アクセルがそう言うのなら、別に会っても構わないけど……どうなっても知らないわよ?』

 

 シェリルの性格からして、元気になるように励ますとか、心にもない事を言うとか、そういうことはまず出来ない。

 駄目な事は駄目だと言うので、性格によっては強いショックを受けてもおかしくはない。

 ましてや、世界的にも有名な歌手のシェリルだ。

 そんな人物に厳しい口調で駄目出しをされたら……普段ならともかく、今の弱っている久慈川の場合は一体どういう風になるか。

 それがちょっと心配だったが、足立の件を考えると荒療治でも久慈川には早く立ち直って欲しいのは間違いない。

 問題なのは、一体何があったのか分からないという事……つまり、理由が不明だという事だろう。

 そんな状況で話してみてもどうなるか分からないというのがシェリルの判断なのだろう。

 

「シェリルに憧れてるのは間違いないし、ただ話すだけでも問題はないと思う。……それにもしシェリルが厳しい事を言っても、多分大丈夫だとは思う」

 

 根拠としては、この事件の原作キャラの可能性が高いからというものだったが。

 ただ、原作キャラであっても打たれ弱い者はいるので、絶対ではない。

 絶対ではないが……俺と話した久慈川の事を考えると、多分問題ないと俺は判断したのだった。


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