明智吾郎少年の事件簿   作:甲斐太郎

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5言目『探偵も外道レベルの犯人に容赦はない』

双子の弟が6年も前に自殺で死んでいる事実を冴から知らされた吾郎は、その翌日、明智夫妻に引き取られてから皆勤賞だった学校を初めて無断で休んだ。その足で向かったのは浅草駅から行ける東京スカイツリーの展望デッキ。そこでぼんやりと缶コーヒー片手に景色を眺める吾郎。その姿からは完全にやる気が失われていた。

 

「はぁ……。やばいなー、これからどうしよう……」

 

そう呟いてがっくりと項垂れる吾郎。スマホにはチャットで養母から心配するメッセージが送られてきている。養父は冴より、事情を聴いているため『気持ちが落ち着くまでゆっくりするといい』という旨のメッセージを送ってきている。養父母に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちがある一方で、放っておいてくれという気持ちも沸き起こっている吾郎は、残っている缶コーヒーを飲み、またため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「あけちー、既読つかないね」

 

スマホをテーブルの上に置いた蓮は、周囲にいる怪盗団のメンバーに目を向ける。吾郎の不調の原因を全員が共有しているため、何とも言えない表情を浮かべている。そんな中、祐介と真が口を開く。

 

「明智先輩が抱えていた問題。それは俺たちと同じ力を持つ精神暴走事件の容疑者である『脚本家』の正体が明智先輩の双子の弟である可能性があったこと。しかし、それは新島検事に否定された。そのこと自体は喜ばしいことだったのだろうが、探偵になってまで探そうとしていた肉親がもう亡くなっていると聞かされたらな」

 

「明智くん。ペルソナに覚醒してから、双子の弟を『脚本家』という犯罪者にしてしまったのは自分の所為なのではないかって苦しんでいた。それでも、自分のやったことを受け止めてペルソナに覚醒して、脚本家と……双子の弟と向き合おうとしていた。なのに……」

 

怪盗団の拠点となった蓮の部屋に重苦しい雰囲気が漂ったのだが、それを変えたのはパチンと手を鳴らした蓮だった。鬱々としているメンバーと違い、彼女はいつもの淡々とした表情で告げる。

 

「あけちーはそんなことくらいで折れないよ。今はちょっと頭の中を整理しているところだろうから、私たちは自分たちに出来ることをしておこう。ゆーすけ、双葉ちゃんに出す予告状の準備はいい?」

 

「あ、……ああ。これだ」

 

面食らった祐介だったが、鞄から双葉に向けての予告状を取り出し、テーブルの上に置いた。文面やデザインを確認した蓮は大きく頷くとポケットから鍵の束を取り出した。皆の視線がそれに集まるのを見越して彼女は口を開く。

 

「そーじろうから家の鍵は預かった。これで堂々と双葉に会いに行けるね」

 

「どうやって、あのマスターのマイナス評価からその信頼を勝ち取ったんだよ。すげぇな……」

 

「同性であるっていう強みはあると思うよ」

 

茶化す竜司ににっこりと笑った蓮が冷静に返す。そして、彼女が予告状を持って立ち上がるのを見て、うつむきがちだった面々も足に力を入れて次々と立ち上がる。

 

「あけちーは必ず来るよ。だって、彼は私たちの頼れる先輩なんだから。やり始めたことを途中で投げ出すなんてことはしないよ」

 

「それもそうね。蓮の言う通りよ。今は、私たちの出来ることをしましょう」

 

真の言葉に頷き、全員の眼に焔が灯ったのを確認した蓮はニヤリと口端を釣り上げて、指を鳴らす。

 

「イッツ・ショータイム!ってね♪」

 

 

 

 

双葉に予告状を渡した後、パレスへと侵入したジョーカーたち、怪盗団の前に立ちはだかることになったのは、双葉が認知している亡くなった母親であった。

 

双葉が幼い心で受けた大人たちによる心ない言葉による暴力、それによって彼女は母親が自分を恨んでいるという間違った印象を抱き、本当の母親がどんな姿で、どんな言葉を掛けてくれたのかを忘れてしまっている。

 

それにより現れたイッシキワカバは、スフィンクスに羽が生えた見上げるような巨体となり、ジョーカーたちのいるピラミッドの周囲を旋回し、時折その巨体を活かした攻撃を繰り出してくる。近接攻撃は勿論のこと銃による攻撃も、ペルソナのスキルによる攻撃も避けられ、ただただ嬲られる怪盗団の面々。

 

「おいおい、どうすんだよ!このままじゃ、やべぇぞ!」

 

「こちらの攻撃は通じず、相手の攻撃は必殺クラス。何か反撃の手立てはないのか?ジョーカー」

 

「現状できるのは私たちに向かって攻撃してくるあの一瞬に反撃するだけ。それ以外の隙が見つからない」

 

認知の化け物と化したイッシキワカバの攻撃手段は物理攻撃が主であるが、巨体を浮かせる大きな羽を使った羽ばたきによる風スキルの攻撃。それをガードせずに受けると体が浮かび上がり、無防備になってしまう。そこに目掛けて、あの巨体が突っ込んでくるのを見た時は冷や汗が流れたものだ。

 

幸いにもはじめて食らった時はほぼ全員であったために、互いで体を蹴り飛ばして体勢を立て直し、すぐに脱することが出来たのでほぼノーダメージであったが、このまま反撃の手段が得られずに戦いが長引けば、集中力も途切れて致命傷を負ってしまう可能性もある。

 

怪盗団の面々が空を悠々と旋回するイッシキワカバを睨みつけた、そんな時、佐倉双葉がその場に現れたのだった。

 

 

 

双葉は自らのシャドウと向き合い、過去の記憶とちゃんと向き合った。そして、母親の一色若葉とのやり取りを、葬式の場で告げられた理不尽な暴言を、まるで邪魔者を排除せんと口汚く罵る見知らぬ大人たちの姿を思い出した。それは母親が研究していた認知訶学の成果を奪い取るために、双葉を悪役にして追い詰める手段であったことを、彼女は思い出し決意する。

 

その決意に応じるように双葉のシャドウの姿が人型から円盤の姿へと変わり、彼女を収容する。その姿をポカンと見ていた怪盗団に、ペルソナの力に覚醒した双葉が告げる。

 

『こっからは私が、怪盗団のサポートをしてやんよ!手始めにこれだぁっ!』

 

ピラミッドの上部分がスキャンされたように光り、朽ち果てていたバリスタが復活する。それを見て怪盗団の面々は反撃の糸口を得れたと思ったのだが、縦横無尽に空を動き回るイッシキワカバに対して、果たしてそれが通用するのかという問題に直面した。

 

その時、イッシキワカバによる羽ばたきが起こり、バリスタに気を取られていた面々の身体が浮かび上がってしまった。

 

「うおっ!?」

 

「これ、やばっ!?」

 

「全員、防御して!!」

 

イッシキワカバによる羽ばたきで発生した暴風によって浮かび上がったスカル・パンサー・クイーンの3人。即座にバリスタへ移動して狙いを定めようとするジョーカーとモルガナ。フォックスはペルソナであるゴエモンを召喚して物理スキルを放つが、そのどれもが間に合わない。イッシキワカバの巨体による突進攻撃がピラミッドの上空を通り過ぎた。イッシキワカバが通り過ぎた空中、そこには仲間である3人の姿はなく、バリスタを放とうとしていたジョーカー、そしてモルガナがその場に崩れ落ちる。

 

だが、そんな絶望するジョーカーたちと打って変わって、暢気な声が聞こえてきた。

 

「うっひょー……飛んでる飛んでるぜー!」

 

遠くの方から聞こえてくる馴染みの声に、ジョーカーたちが俯かせた視線を空へと向けると、ピラミッドの上空を旋回するイッシキワカバの他に黒と白の翼を持つ鳥が飛んでいた。いや、その鳥は両手にそれぞれパンサーとクイーンを抱き、背中にスカルを載せて飛ぶクロウだった。

 

ハンググライダーのように滑空することしかできないが、現在ピラミッドの周囲はイッシキワカバによって至る所で風が起こり、上昇気流も発生している。そのため、クロウはその類稀なるセンスを用い、空を飛び続けている。

 

「憎い登場の仕方をしてくれるな、クロウ!」

 

「うん!後でチャットを無視したことへの嫌みをネチネチ言ってやる!」

 

仲間の無事を知ったジョーカーたちの下へピラミッドの上空を通ったクロウから降り立つパンサーとクイーン。彼女たちは窮地に一生を得たと言わんばかりにほっとしている。

 

「あれ、スカルは?」

 

「クロウと一緒。顔面にショットガンをぶちかますんだって」

 

パンサーが指さす方を見れば、羽ばたきながら移動するイッシキワカバに周囲をクロウが飛び回り、彼の背に掴まったままのスカルが銃を発砲する姿が見えた。そしてクロウもただ飛び回るだけではない。パンサーとクイーンを降ろしたことでフリーになった両手でボウガンを構え、イッシキワカバの巨体に矢を突き立てている。

 

その2人の活躍のおかげか、イッシキワカバの動きが大分鈍重になってきている。今なら、バリスタもゆっくりと狙いをつけても当たりそうだ。

 

「フォックス、パンサー、クイーンは双葉ちゃんの指示に従ってバリスタの用意を。モナは私のサポートをお願い!さぁ、来なさい!パレスの支配者イッシキワカバ!お前の呪縛から双葉ちゃんを解き放って、私たちが連れ帰って見せる!それが嫌なら、ここに来い!!」

 

クロウとスカルの攻撃でよろよろと空を移動するイッシキワカバがピラミッドの上で高らかに宣言したジョーカーへと狙いを定める。それを見たクロウたちは上昇気流に乗って空高く舞い上がる。

 

ジョーカーに向かって一直線に向かってくるイッシキワカバに対し、バリスタで狙いをつけていた3人が一斉に発射する。クロウのボウガンとは比べ物にならないほど太い杭が次々とイッシキワカバの巨体に突き刺さる。絶叫を上げつつ、それでもジョーカーを目指して飛んできたイッシキワカバだったが、上空から急降下してきたクロウとスカルのペルソナによる急襲を受け、ピラミッドに叩きつけられた。

 

そんなイッシキワカバの前に立つのはモナによるサポート受けて、準備万端にして構えていたジョーカー。彼女は自身の保有するペルソナの中で最も攻撃力が高く、強力な物理攻撃スキルをもつものを装備して、仲間を信じてその場で待ち続けたのだ。

 

「アンタのオタカラは、私たち心の怪盗団が頂戴する!モスマン、脳天落としぃいい!!」

 

空中で体を一回転させて、イッシキワカバに頭に斬撃を放つジョーカー。その攻撃を受けて、断末魔の叫びをあげて消滅していくパレスの支配者である認知世界の怪物イッシキワカバ。

 

それを見届けて、シュタッと降り立ったクロウとスカル。2人はニヤリとどや顔を浮かべていたが、背後から近寄ってきたジョーカーとモナによるツッコミを兼ねた飛び蹴りが放たれた。

 

「調子にのんな!」

 

「恰好つけんな!」

 

「「ぐぅえっ!?」」

 

べしゃっと倒れる2人を見て、目を白黒させる円盤から降り立った双葉は、なんだかメカニカルな格好に変わっていた。テンションが上がっているのが見受けられたが、彼女に対して反応する前に蹴りを受けて倒れていたクロウががばっと起き上がった。そして、少し青ざめた表情で尋ねる。

 

「なんだか、下から建物が崩れる音が聞こえるんだけど?」

 

「「「「……。……っ!?に、逃げろー!!」」」」

 

突如崩壊を始めたパレスを構成していたピラミッド。

 

その外壁を走って下る怪盗団の面々、崩壊し砂に帰っていくすべてのものに若干の恐怖を覚えるクロウ。崩壊に巻き込まれるぎりぎりの瞬間にモナのバンへの変身が間に合い、なんとか現実世界に戻ることが出来た。

 

パレスで色々なことが起き、自分の過去と向き合った双葉は極度の疲労によりシャットアウト。深い眠りについてしまった。病状を心配した面々が保護者である佐倉惣次郎を呼び、事情を説明したところ、度々こういう風に眠ることがあるのだという。

 

だから心配する必要はないと告げられたのだった。

 

 

 

 

「何も言わずに帰るんすか、パイセン?」

 

「うん……ごめん。まだ心の整理がつかなくてね」

 

いつの間にか佐倉家から抜け出し、一足早く去ろうとしていた吾郎に竜司が待ったを掛けた。

 

本来であれば怪盗団のリーダーである蓮がどうにかすればよいのだろうと思ったのだが、あっちは双葉についていないといけなさそうだったので竜司は自分の意志で吾郎を呼び止めたのだ。

 

「こういう時は頭を空っぽにした方がいいんすよ。そしたら、自分がするべきことが見えてくることもある。っつーことでバッセンに行こうぜ!」

 

「バッセン?」

 

竜司に連れられて向かったのは喫茶店ルブランの裏にある建物の脇の階段を上ったところにある屋内のバッティングセンターであった。慣れたように受付にいた男性にお金を支払った竜司は2本のバットを持って吾郎の所へやってきた。竜司は持っていた2本のうちの片方を吾郎に渡して、バッティングセンターの奥へ向かう。そして、プレートに『110km/s』と書かれたところに前に立った。

 

「じゃあ、3本勝負つーことで。これから110キロ、120キロ、130キロのブースでバッティング勝負をしよう。それぞれのブースで負けたら、勝った方にジュース一本奢りってことで。場所代は気にしなくていいっす、いつも飯を奢ってもらっているんで」

 

「……ふっ。ははは、坂本君は裏表がなくて本当に助かるよ。でも、いいの?僕、負けないよ?」

 

「俺だって負けねぇっすよ。そう簡単にはいかないってとこ、見せてやりますよ。パイセン」

 

それから吾郎と竜司は3本とは言わずに何度も勝負した。

 

正直な話、2人とも空振りが多くて、勝負にならなかったのである。それでもボールにバットが当たれば2人で一喜一憂し、ホームランの看板に当たったと2人で肩を組んで喜んだり、景品をゲットしてハイタッチしたり、吾郎は久しぶりに頭を空っぽにして楽しむことが出来たのだった。

 

閉店間際までいた吾郎と竜司がバッティングセンターから出てくると、四軒茶屋の通りは電信柱の電灯がチカチカと点滅するだけで真っ暗な状態だったが、2人とも暢気に笑っていた。

 

「あいたたた。もう握力がないや。明日以降が怖いなー」

 

「でも吾郎先輩はやっぱ筋がいいっすね!次は140キロでホームランも夢じゃないですって!」

 

「そうかなー?ははは、竜司くんが言うなら、出来る気がしてきたなー」

 

「じゃあ、次に遊ぶ日を決めておこうぜ、吾郎先輩!」

 

 

「君たちはその前に連絡するところがあるんじゃないのかい?」

 

 

「「ほえっ?」」

 

振り返った吾郎と竜司の前に現れた眼鏡を掛けた男性は、左手の中指でクイッと眼鏡を上げると深々とため息をついたのだった。

 

 

 

 

「「昨日は勝手に黙って帰ってすみませんでした」」

 

と、吾郎と竜司の謝罪から始まった会議。

 

2人の話を聞く限りでは、昨晩遅くまで遊んでいた2人を見つけたのは吾郎の養父だったらしく、誰にも連絡せずに遊んでいた代償をこってりと払わされたらしい。吾郎は『養父にこんなことで怒られるとは思いもよらなかった』と、怒られたのにどこか嬉しそうだった。

 

「……とりあえず、あけちーの問題は解決したってことでいいの?」

 

「うん。竜司くんのおかげでね。今は、僕の出来る限りのことをする。怪盗団での活動もそうだし、探偵として脚本家の暴虐を止めることもそうだ。途中で投げ出すことなんかはしないよ。心配をかけたね」

 

「別に心配はしてなかったよ。あけちーは、きっとそう言うだろうと思っていたし」

 

だがしかし、蓮は聞き逃さなかった。カネシロパレス後に杏と真が打ち解けたように、竜司と吾郎が名前呼びするまでの仲になっていることに。『ホモォ』な展開があったのかと腐海の住人が頭の中に出てきそうになったが、祐介がさりげなく「昨日は何をしていたのか」という疑問に、2人はすぐに「バッセンで勝負していた。今度は祐介も一緒にやるか?」という話を聞き、不用意に口に出さなくてよかったと安堵する蓮であった。

 

「さて、明智くんと坂本くんの謝罪で流れそうになっちゃったけれど、メジエドの件はどうするの?」

 

話しがひと段落したのを見計らって真が今回集まった理由について述べる。それと同時に今までの和気藹々とした雰囲気は吹っ飛び……もせず、だらーっとした感じで会話が進む。

 

「正直、お手上げだよね。双葉ちゃんのアリババの時とは違って、何の手がかりもないしさー」

 

「そもそも、俺たちが名乗り出る必要があるのか?正直な話、今まで俺たちが改心させてきた者たちの関係者にメジエドと関わりがあった人間はいなかったと思うのだが?」

 

杏と祐介が自分の意見を話すと、それに同意するように頷く怪盗団メンバーたち。怪盗チャンネルという名の掲示板はメジエドの予告状の件で凄まじく炎上しているが、吾郎と真の上級生メンバーより『見るだけ無駄』と一蹴されて以降、興味がある者以外は見ていない状況である。

 

そのため、

 

「吾郎先輩、次ここのゲーセン行かねえ?ここ筐体ゲームが充実しててさ、面白いと思うんだよなー」

 

スマホで調べてきたと思われるゲームセンターの情報を吾郎に見せる竜司。吾郎も友人と遊ぶという感覚を覚えてしまったのか、すごくノリノリで対応している。

 

「興味深いね。なら、今度の土曜日に勉強会を終えたらそこへ行こうか」

 

「マジで!よっし、俺、土曜は夏休みの宿題持ってくるわ」

 

ガッツポーズをして素直に喜ぶ竜司を見て、杏はポカンと口を開けて驚きながら口走る。

 

「竜司が自ら進んで勉強道具を持ってくると宣言するなんて、明日雨でも降るんじゃないの?」

 

「んー。りゅーじ、どこのゲーセン?ほほー、ちょっと興味あるなぁ。そこって銃を使ったゲームがあるところだし、私も行こうかなー」

 

怪盗団はメジエドが期限としたXデーが控えているにも関わらず、特に慌てることなく平常運転の状態にあった。

 

 

 

 

―その一方

 

その日、突然自分のスマホに掛かってきた非通知の電話を何の気兼ねもなく取った警察の特捜部長は、電話の相手が誰であるのかを知ると、その場に立ち上がって周囲を見渡し、スマホを両手で抱えた。

 

「はい……、いえ、そんなつもりは!」

 

電話口から聞こえてきたのは若い男の声だった。しかし、その声色には怒りの感情が込められている。

 

『私の脚本の登場人物に、『メジエド』などという集団の名は無かった。これは明らかに私の立案した脚本に対する挑戦ということですよね?不満があったのならば、言ってくださればいいのに』

 

「ま、待ってください。違います、決して、そのようなことでは」

 

特捜部長の男の額から大粒の汗が零れ落ちる。

 

口の中が異常に乾き、喉もカラカラになる。

 

彼の機嫌を損ねることは即ち、己の死であることを特捜部長はよくわかっていた。電話の相手である『脚本家』にはどうやっても勝つことが出来ないことは先代の特捜部長がその身をもって教えてくれていたのだ。

 

だから彼は媚びへつらう道を選んだ。

 

『困るんですよ。私の脚本にない行動を取られると。分かっているとは思いますが、貴方程度の駒などごまんと居ることをお忘れなく。ああ、そうそう。私の脚本を汚した罰ですが、貴方が手配したメジエドのメンバーには、彼ら自身が示したXデーに合わせて舞台を降りて頂きますので。逆恨みで殺されないように気を付けられてくださいね』

 

「は?……はぃいっ!?」

 

『中にはいるんですよ。私の脚本通りなのに、自分の力を過信して調子に乗る駒が。脚本家である私の意向を無視して勝手に動く駒など、不要でしょう?特捜部長、今回は貴方の覚悟を見せてもらう形になりますので、メジエドのメンバー全員を銃殺する準備の方をお願いしますね。彼らには生き残る条件として、貴方の首を掲げるように伝えておきますから』

 

「ま、待って……待ってください!そんなつもりじゃ、貴方さまに逆らうとかそんなつもりではなかったんです!ただ『心の怪盗団」という、子供だましの連中に痛い目を見せてやろうと」

 

『警察の手による犯罪者の公開処刑、楽しみしていますよ。では』

 

「あぁぁ……待って、お願いします!切らないでください、お願いします!おねがいじまずっ!!っあ、……ああああああぁあああああ!!」

 

しかし、特捜部長の耳に、通話が切られたことを知らせる音が聞こえた。

 

特捜部長は目を見開き、スマホの画面を凝視しながらありったけを叫ぶ。すぐに掛けて来た番号にリダイヤルしようとする特捜部長だったが、その手が行うのは履歴の削除。自分の意志とは裏腹の行動をする身体に怖気が走る。『脚本家』が本気になれば何の力もないただの人間は、本当に意思のない人形のように行動を操られてしまうということを、その身をもって知ってしまった。

 

特捜部長は皮張りの椅子に座りなおしガチガチと身体を震わせながら、自身が最も信頼を寄せる部下たちを呼び出す。

 

そして、『メジエド』による公的機関に対するテロの危険があるとでっちあげ、その対策のための特殊チームを結成させるように告げるのだった。

 




誤字脱字の修正にご協力いただきありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。

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