ソードアート・オンライン〜絶剣と絶えぬ光〜 作:ルサンチマン
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「遅いな、あいつ」
《はじまりの街》中央広場にてレイトはユウキを待っていた。初めてのVRで迷ってるのかもしれないなあなどと思っていると後ろから声を掛けられる。
「えっと、レイトだよね」
振り返ると紫の長髪の少女がいた。
「ああ、そうだが」
「ボクだよ、ユウキ」
「いや、そうなんだが」
ユウキのアバターは人懐っこい笑顔はそのままだが、長髪を見慣れていないレイトにとってはちょっと大人びて見えた。
「髪型だいぶ変えたんだな」
「うん。それより何その格好、おっかしい」
レイトの格好にぷっと吹き出して笑うユウキ。そのレイトの格好はキリトからもらった純白のコートを着ていた。一部アイテムがベータテストから引き継がれ、これはその一つであった。
「何か悪いか」
「だってレイトいつもTシャツにジーパンだし、絶望的に似合ってないよ、それ」
「いんだよ、俺がカッコいいと思ってんだから!」
ムスッと答えるレイトにユウキはまだ笑っている。そのユウキの様子にますます不機嫌になってきたが、
「んなことより外でるぞ、外。それが目的だしな」
「うん、そうだね」
まだいじりたそうにニヤニヤしてたユウキだがおとなしく引いて従う。
当初の目的、ユウキに外の世界を見せるために早速二人はフィールドに出ることにした。
「わあぁ」
ユウキはフィールドに出た途端、感嘆の声をあげる。現実世界でもあまり見かけない大草原は彼女にはことさら綺麗に見えたようだ。
その証拠に今にも走りだしたそうに体をうずうずさせている。
「ねえ、レイト」
「行ってきていいぞ」
「やったー!」
苦笑しながら返事をするとユウキは目を輝かせながら走りだしていった。
「ここに連れてきて正解だったな」
レイトはユウキの子供っぽい姿に安堵していると、ユウキはすぐに爆走して帰ってきた。
「おかえり。どうだったっと、わっ!」
爆走してきたユウキはそのままの勢いでレイトにタックルして押し倒した。後頭部をしこたま打ち付け、意識が一瞬飛んだ気がしたが、ユウキは構わず馬乗りのまま、まくし立てた。
「すごい! すごいよ、レイト! ボクこんなとこ見たことない!」
馬乗りのまま、ぴょんぴょん跳ねるユウキの柔らかな感触を意識の外に追いやってレイトは言った。
「あ、ああ。そうだな。そんなことより早くどいてくれないか」
「え?」
あまりに興奮しすぎてレイトを押し倒していたことに気づいていなかったようである。
「あっ、ご、こめん」
赤面しながらユウキは気まずそうに立ち上がった。レイトは、その表情にちょっと跳ね上がった自分の心臓を努めて意識しないようにしながら立った。
「良かったか?」
「うん! 外の世界を走れるのは久しぶりだし」
ユウキは病院では見せたことのない笑みを浮かべている。そんなユウキにレイトはニヤリと笑い、
「ただ走るだけじゃねぜ」
ちょうどユウキの近くに猪型のモンスターが現れる。ユウキはRPGということを忘れてたのか、わっと声を上げて飛びのく。
「そう言えばモンスター出るんだっけ」
「ああ、ここいらは結構出るから試しに戦ってみろよ」
「うーん」
あまり気が進まないのか片手直剣を仕方なさそうに構える。そのまま戦いを挑んだのだが、その動きはレイトの予想を遥かに超えていた。
「やあっ!」
(は、速え)
自分そしてベータテストで戦ったキリトもかくやというスピードでモンスターを撃破した。一体倒して面白くなったのか近くのモンスターにも戦いを挑み、瞬く間に殲滅していった。
ひとしきり倒して満足したのか、ふうと一息ついて剣をしまう。
「これなかなか面白いね」
唖然としていたレイトはユウキに声を掛けられ、我に帰る。病院では見せないようなスッキリした笑顔である。
「まあ、そうだが。なんつうかこう、本当に初めてか?」
「うーん、初めてだけど思い通りに体を動かせるんだよね」
可愛げに小首を傾げてる姿からは想像できないがどうやら天性のものらしい。
「俺も結構なセンス持ってると思ったんだかなあ」
軽く頭を掻きながら苦笑しているレイトにユウキはいつにない笑顔でねだる。
「じゃあ、じゃあさ。今度はレイトの戦う姿見せてよ。レイトのカッコいい姿も見たいなあ」
「うっ!」
めちゃくちゃハードルを上げられてる気がしたがここで引いては男が廃る。拳を構え、大地を踏みしめ、高く跳躍。そして
「らあああ!」
そのままモンスター群の真ん中に拳を叩きつけた。ド派手なエフェクトとともに捲き上る煙と衝撃波。半数近くは今ので倒しただろうか。
怒ったモンスターが襲いかかるが、レイトは跳躍。
「はあっ!」
そのまま、蜂型のモンスターに回し蹴し、粉砕。さらに高度を落とさずに回転回し蹴り。二体目を砕く。VRの身体能力による滞空時間ならこれくらいの動きならできる。
そして着地点の猪型のモンスターをかかと落としで踏み砕く。残り一体。最後に襲いかかってきた植物型のモンスターの懐に潜り込み、『閃打』を繰り出す。光に包まれ、モンスターは爆散していった。
「ふっ、どうよ」
一連の攻防を見せつけ、ドヤ顔でユウキに振り返るレイト。それを見ていたユウキはパチパチと拍手をしていた。
「すごい! カッコいい! 映画で見た本物のヒーローみたい!」
「そ、そうか。お前が喜んでくれるならこの戦闘スタイルにしたかいがあったかな」
照れたように頭をかくレイト。からかわれてるような気がしたが、どうやら嘘偽りはないようである。ユウキの直接的な言い方はたまに反応に困る。
その後、モンスターと戦ったり、草原を走り回ったりして遊んだが
「わあ、もうこんな時間」
「ん、ちょっと遊びすぎたな」
「先生に怒られちゃうよお」
時間を忘れて遊び過ぎたせいで医師との約束の時間を大幅に過ぎていたらしい。
「まあ、最初だから先生も許してくれるだろう。じゃあログアウトするか」
「うん、えっとここをこうして」
ウィンドウを開き、慣れない手つきでいじっていたが、
「ねえ、レイト。ログアウトの表示がないんだけど」
「まだ操作になれてねえみてえだな。ログアウトはここだよ」
レイトは苦笑しながらウィンドウを開き、操作するがログアウトのボタンが表示されなかった。
「あれ、おっかしいなあ」
「えー、早く帰らなくちゃいけないのに」
「うーん」
ひとしきりいじったが、ログアウトのボタンは存在しなかった。
「もしかしたら不具合かもしれねえなあ」
「んー、じゃあレイトも先生にちゃんと証言してよね!」
いつにも増して腹を立ててるユウキ。そんなユウキに苦笑していると突如辺りが光に包まれる。
「な、何⁉︎」
「これは転移か⁉︎」
ベータテスト時に幾度となく経験した転移。だが勝手に行われた転移にレイトも驚きを隠せない。
そして視界が開けると、そこはさっきまでいた《はじまりの街》中央広場であった。そこは二人と同じように強制転移されてきたプレイヤーでごった返していた。
「みんな集められてるみたいだけど」
「ああ、なんか嫌な感じだな」
その後も続々とプレイヤーが転移してきており、皆状況がよくわからず、困り顔である。
すると突然、赤黒い天幕で覆われたかのように【Warning】と【System Announcement】の文字が大量に空中に表示される。
そしてこの状況をよそにざわめく群衆。その前に文字の隙間から血のように赤い何かが垂れ落ち、宙で赤いローブを形作る。
「あれが、なんかしらのアナウンスをしてくれるのかね」
「早く帰りたいなあ」
ユウキの不満をよそに呟くレイト。それに答えるように赤いローブが名乗る。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦である』
「なっ」
レイトは驚愕の声を上げる。その名前を聞いたことのないユウキは小首をかしげる。
「誰?」
「このゲームを作り上げた天才。ゲーマーでなくとも名の通った有名人だな」
このゲームのことをあまり知らないユウキに軽く説明する。
「ふーん、でも何でその人が出てきたのかな?」
「開発者自ら出るってことはやっぱ不具合の説明かな」
あくまで楽観的に答えるレイトたがその疑問は最悪の形で答えられた。
『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す、これはゲームの不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
「仕様?」
この場にいる全員がその言葉の意味を理解出来ず、呆然と同じ言葉をつぶやいた。
『諸君は今後、ゲームから自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止、あるいは解除も有り得ない。もしもそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
「ど、どういうこと?」
ユウキが困り顔で訪ねてくるが、レイトには説明できなかった。否、その言葉の意味が理解不能なものであった。それは周りのプレイヤーも同じようだ。
「生命活動を停止、死ぬってことか」
レイトが呆然と呟く。死という言葉を口にした瞬間自らの中で重い何かが落とされたような錯覚を感じた。
そして茅場の続く言葉により、さらなる詳細が語られる。曰く、ナーヴギアを破壊しようとして、二百人以上がが死亡したこと。厳重な介護体制により肉体の心配がないこと。アインクラッド第百層を攻略し、ゲームクリアされるまで出れないこと。
そしてプレイヤーをもっとも混乱させたのは
『諸君らにとって《ソードアート・オンライン》は、もう一つの現実となった。……今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に……諸君の脳は、ナーヴギアによって脳を破壊される』
HPが無くなると死亡する。それが自分たちの現実である。そう告げられた。その意味はプレイヤーの中で深く浸透していき、徐々にどよめきが大きくなる。
それを助長するかのように赤いローブが冷酷に告げる。
『それでは最後に諸君にとってのこの世界が現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントがある、確認してくれ給え』
ストレージと言われ、皆が一様にウィンドウからストレージを選択する。そこには新しいアイテムとして手鏡なるものが存在した。そのアイテムを取り出すと同時に辺りは光に包まれた。その光が消え、視界が開け、手鏡にあったのは
「これは俺の顔じゃねえか」
いつもレイトがユウキの前でイケメンと冗談交じりに言っていた自らの顔であった。さらに顔を上げると見慣れた顔がある。
「あれ、ボクの顔変わっちゃったよ!」
いつもの笑顔ではないが、毎日のように見てきた顔である。レイトはアバターが現実のものに書き換わっていることを理解した。周りのプレイヤーも同様に。
そして何故こんなことをするのか皆が同じような疑問を持つ。それはすぐに答えられた。
『この世界を創り出し、鑑賞することが私の目的であり、そのために君たちをこの仮想現実に招待した。そして今、全ては達成せしめられた………以上で、《ソードアート・オンライン》制式サービスのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘を祈る』
その言葉を最後に深紅のローブのアバターは姿を消した。すぐさま周りでは怒号や悲鳴が上がり、群衆は大混乱に陥った。
その中、レイトは絶対的な恐怖、焦燥、不安といった感情が沸き起こっては消えていった。この現実を受け入れられず、頭が真っ白になっていた。
(これが現実? こんなところで死ぬのか、俺は)
今にも叫びだしそうであったが、隣で上がったか細い声にさえぎられた。
「そんな……」
ユウキはこの現実を否定するかのように頭を振り、その場にへたれ込んだ。その目には涙が浮かんでいた。
(っ! だめだ。こいつのこんな姿だけはもう見たくないんだ)
ユウキの姿を見たレイトは叫びだしそうな自分を黙らせ、震える拳を血が出そうなほど握りしめる。
そして無理矢理笑顔を作り、ユウキに手を差し伸べながら言った。
「安心しろ」
「え?」
「お前は俺が守ってやる。だから安心してくれ」
引きつった笑顔だったかもしれない。だがレイトの言葉を聞いたユウキは震えながらも頷き、手を取って立ち上がった。
「ありがとう、レイト」
少し安心したかのようにほのかな笑みを浮かべるユウキ。幾分冷静になったレイトはすぐに思考する。
「ここはすぐに動いたほうがいいな。いくぞ、ユウキ」
「うん」
ユウキの手を引っ張っるとユウキは涙をぬぐい、レイトについていく。始まりの場所を離れ、フィールドに出る。
走りだした二人の前に狼型のモンスターが立ちはだかる。
「ユウキ! 前!」
HPが死ぬこの状況で戦う手段。徒手空拳などという自殺行為なようなものを使うのか。たが
『本物のヒーローみたい』
(っ!)
ユウキの言葉を思い出し、沸き起こる葛藤、決意、覚悟。そのないまぜになった感情を全てぶつけるかのように拳を握りしめる。
「おあああああ!」
裂帛の気合いを込めた一撃はモンスターを一撃で粉砕せしめた。振り返ったレイトはユウキに拳を突き出す。
「行くぞ、ユウキ。どんな障害も俺が砕いてみせる、この拳でな」
「うん!」
レイトの突き出した拳にユウキはようやくいつもの笑みを取り戻していた。
後書きでは次回予告的なものを書いていきたいと思います。
ちなみに各話のタイトルは本文の一部から取ってきてます。
では次回予告
己のライバルと再び出会うレイト。そしてボスとの戦いを経て、二人の想いは交錯する。
次回『臆病者の、卑怯者だ』