TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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地球まるごと超決戦
第十五話 禁断の果実


「んん~~! 今季のフルーツケーキおいっしぃ~~!」

 

 よう、俺ナシコ。

 とかどこぞの武道家の名乗りを真似しちゃうくらいテンション上がってるのは、ちょっちお高めのおいしいスイーツのお店に来ているからだ。

 イートインが大きくて、レストランみたいな内装で、クラシックなミュージックの流れる中で食べる新鮮フルーツをふんだんに使ったワンホールのケーキ! ああ~~~~幸せが脂肪に変わっていく~~~~。もぐもぐもぐ。

 

「んむ、中々のものじゃ」

 

 向かい側にちょこんと座るウィローちゃんも、小さなお口にスプーンをくわえて満足気に頷いている。

 おじいちゃん、すっかり女の子だねぇ。アイドル時と普段をわけているのか、オフの時は老人みたいな喋り方だけど、それも『のじゃろり』っぽくてかわいい。大事なのは外見だな、うん。中身は二の次三の次。見た目良ければすべてよし。ある程度の性格の悪さや残念さも愛嬌になるのだ。世の中ね、顔かお金かなのよ。

 

 ん、誰だ今、見た目は良くても中身が残念なのはお前だーとか言ったやつ。

 ラディッツかな? 怪電波送っとこ。

 お腹いたくなれー、びむむむむ。

 

 ちなみにラディッツはブリーフ博士のところに置いてきた。このスイパラ(戦い)にはついてこれそうもなかったからな。

 いや、意地悪とかじゃなくて、大食漢の彼じゃ、ちまちま食べたりするのは苦手で、つれてきたら逆にかわいそうだったから。ここじゃ暴飲暴食はできないし。

 大丈夫! ラディッツのぶんまで、ちゃーんと俺が食べておくからね!

 

「あー、む♡」

「ナシコよ、お土産はもう決めたか?」

「ん? あっ、う、うん」

「…………」

「いやあ、えへ、えへへ……」

 

 じとーっと見てくるウィローちゃんから目を逸らし、笑って乗り切る。

 

 ここに来た本来の目的を忘れてた。ウィローちゃんのボディを造るのを全面的に手伝ってくれたブリーフ博士に菓子折り持ってお礼しに行こうってなってお買い物に来て、でも今季の限定フルーツケーキが今日だけって書いてあったから食べて行こうってなって。違うんだよ。あっちから誘って来たんだよ? 食べて食べてーってスイーツさん達が言うから仕方なく。それに甘い香りがしたし。無理無理、抗えない。で、めっちゃ美味しいから、その、当初の目的をど忘れしちゃうのも仕方ないよね……?

 

「あ、ウィローちゃん、口の端にクリームついてるよ!」

「はあ。ボケボケだな」

「うっ……面目ない、です」

 

 頬杖をついてこれ見よがしに溜め息などをつかれては、その美少女な見た目も相まって俺に凄まじい心理的ダメージを与えてくる。あと、無意味な嘘ついたのも地味に自分に突き刺さってる。

 

 金髪ポニーを縛るのは大きめの青いリボンで、真っ白なブラウスには同じく青色のネクタイが垂れていて、スカートは黒くて上品なアンブレラスカート。呆れたように細められた目は今日も翡翠色にきらきら輝いているし、スプーンが引き抜かれたお口はぷるぷる潤うピンクの唇。

 

 信じられるか? これ、中身おじいちゃんなんだぜ……?

 こうなるように誑かしたのは俺だけど、女の子に順応しすぎじゃない?

 

「わたしと手を組もうと言うのなら相応の立ち振る舞いを身に着けて欲しいものだ」

「手厳しー。お仕事じゃない時くらいはいいじゃないスか」

「だとしても、普段からだらけすぎているのが問題なのだ」

 

 ハンカチで口を拭くのは上品で、一つ一つの所作が女の子している。

 天才肌のドクターさんは、体が女になった以上仕草や何もかもそうなるよう求めたみたいで、俺に聞いたり他を観察したりして見た目相応の振る舞いをあっさり身に着けてしまった。

 

 それと俺を比べられるとつらい。自意識が男な俺は、その魂の気質がダイレクトに動作に現れてしまう。マイルドに言えばガサツ。現実的に言うと粗野。

 アイドルモードなら全部の動作がちゃんと女の子らしくなるのに、不思議なもんだなー。

 

「まあ、まあ、それは追い追い。今は何をお土産にするか考えよう?」

「……ふん。そうだな、甘いものばかりというのもどうかと思う。煎餅なども買っていこうか」

「おー、さすがおじいちゃん。どんな味が好まれるかばっちりわかってるね」

「よさんか」

 

 もはや男扱いされるのは嫌なのか、細い眉を寄せて俺を睨むウィローちゃんにぺろっと舌を出して悪びれてみせれば、肩を落としてパフェをやっつけに戻った。はぁ、いちいちかわいいなあもう。ぱしゃりこ。写メ写メ~。

 俺のカプホ*1のウィローちゃんフォルダが潤う~。ありゃ、容量がもうないや。ラディッツフォルダのいらない写真消そ。

 

「もういい大人なんだ、落ち着きを持て」

「ふぁーい」

 

 窘めるようにぶつくさ言われるのを右から左に受け流し、俺も自分の分を食べる。うーん、この瑞々しい桃の食感がたまらん!

 

 完食でございます。

 

「だらしないぞ、ナシコよ」

「んぁい」

 

 口の端にクリームがついてたみたいで、ウィローちゃんがナプキンで拭き拭きしてくれた。優しい。かんどー。ウィローちゃん大好き!

 でもね、お姉ちゃんちょっとね、恥ずかしいかなーなんて。……口頭で注意してくれるだけでよかったのにー。

 

「とーりーあーえーず、買うものは決まった。食べるものも食べたし、そろそろお暇しようかなぁ」

「うむ、そうだな」

 

 無意識に時間を確認しようと時計の姿を求めて店内を見回し、カウンターでシュークリームを買っている女性を見つけて、んく、と唾液を飲んだ。

 

「……いや、やっぱもうちょっと居座らせてもらおう」

 

 シュークリーム、シュークリーム~♪

 美味しいシューが俺を呼んでいる!

 

 ……ウィローちゃん、そんな冷たい目で見なくてもいいんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 ブリーフ博士にお礼の挨拶をしに行って、もうすぐクリスマスですねーと話して――この世界のクリスマスはこのナシコちゃんが広めたお祝いの日なのである。無かったからね、クリスマス――奥様とお茶をしつつ、宇宙に旅立ったブルマさん一行の話をして、ノリで宇宙船と通信して機械越しにブルマさんやクリリン、悟飯ちゃんと楽しくお喋りして。

 

 偽者のナメック星人がどうのと言っていたけど、そんなエピソードはあったっけかな? なんか、騙されはしたけど良い奴らだったって言ってた。……記憶にございません。何それ。アニメオリジナル?

 

 家に帰ればラディッツがおらず、仕方がないからウィローちゃんが持つファッション誌を貸して貰って暇を潰す。最近の流行はこんなもんかーと髪を弄ったり、買い漁った服を鏡の前で体にあててコーディネートを考えたり。

 

 お昼になっても帰ってこないラディッツは放っておいて、ウィローちゃんと一緒にレトルトカレーを食べる事にした。お手軽なランチタイムだ。

 

「レンジでチンしてすぐできる~、一人暮らしのつおーい味方~」

 

 レンジの中にパウチを放り込んで、二分くらいかなー、とつまみを捻り、待つ事三十秒くらい。

 爆発した。

 ……なんで?

 

「ばかか! 皿に移せ皿に!」

「ええ……そのままじゃ駄目なんか」

「裏にそう書いてあっただろう馬鹿者!」

 

 カンカンになったウィローちゃんが台所に飛び込んできた。

 えー。ほんとにござるかぁ? とゴミ箱開けて空箱を確認してみれば、あー、たしかにお皿に移してラップしろって書いてあるね。前世じゃレトルトカレーなんて蓋切ってそのままスプーン突っ込んで食ってたから知らなかった。

 あーあ。台所が大惨事……第三次世界大戦だ。ぷっ、わ、我ながら上手いシャレだ。

 

「いいから掃除しろ!」

「あいたーっ!?」

 

 一人で笑ってたらウィローちゃんにお尻を蹴り上げられてしまった。

 アイドルを蹴飛ばすなんて酷い! しかし同じアイドルなので許されてしまう。

 Mっ気はないつもりだが美少女に蹴られるというのも中々……いかん、思考がおかしな事になっている。なんで今日の俺はこんなにボケボケなんだ?

 

 ていうか、普通爆発するとは思わないじゃん。レンチンしちゃいけないのは卵だけだと思ってたよ。

 加熱してる時、なんかパウチがお餅みたいに膨らんでるなあとは思ったけど、いつか聞いた「レトルトカレー、生きていたのか……!」を思い出していたせいで考えが及ばなかった。おのれ、台詞を考えた誰かめ。……責任転嫁は良くないな。大人しく掃除しましょう。

 

 ウィローちゃんがカップ麺を食べながら監視しているのですごすご床やら壁やらレンジの中やらを綺麗にする事数十分。

 やっと汚れが消えてすっきり爽快、額を拭って一息ついていれば、窓の外が暗くなってきているのに気が付いた。

 

「……地震か」

「ん? あ、ほんとだ。揺れてるね」

 

 神妙な顔をして外を眺めるウィローちゃんが呟くのに、電灯から垂れる紐を確認した。確かに地震のようだ。

 んっ? 今ウィローちゃん俺の胸で確認してなかった? 気のせい?

 

「妙だ。あんな場所にあのような大木は無かったはず」

「うん。さっき生えたんじゃない? にょきにょきと」

「……高度な科学力か。わたしと同じ……悪しき科学者の仕業だと思うか」

 

 おっと、異常事態が起きている外の様子を見てバイオ工学だとかと結びつけたらしいウィローちゃんが前の自分を思い出してか、そんな風に問いかけてきた。

 もちろん、首を振って否定する。

 

「もうウィローちゃんは愛されアイドルなんだ。悪い科学者じゃない。それに、あれは過去から来たもんではないよ。新しい出会いを運んできたんだ」

「出会い? ……また突然、いったい何を言い出す」

 

 俺の言葉に表情を緩めたウィローちゃんは、しかし不可解そうに眉を寄せて再度尋ねてきた。

 またって、いつ俺が唐突な話をしたんだろう。いつだって普通に話してるつもりなんだけどな。

 

 とにかく、あの神精樹の根やら何やらはそう悪いもんじゃない。

 いや、現在進行形で地球を荒れ果てさせている上に都だって大変な事にしてるのだから悪い以外の何物でもないのだが、ああっ、そう考えると暢気してる場合じゃなかった!

 

「本当に今日はボケボケだ! ウィローちゃん、すぐ出るよ!」

「どこに行く気だ」

 

 ファンのみんなも、街の人達もできるだけ守らなくちゃ。そう決めてたのに、そして今日という日がくるのは予測がついていたのに能天気に何もしていなかった自分に腹が立ってきた。

 野暮ったい服から動きやすい格好に着替えるために自室へ行こうとして、ウィローちゃんの疑問に足を止める。

 

「新しい家族のとこ!」

「……?」

 

 振り返ってそう言えば、彼女は心底意味がわからないって顔をしつつも、俺の後を追ってきてくれた。

 

 

 

 

 三つ編み地味子姉妹に変装した俺達は、空を飛んで一路、地球に根付く巨木の下へ向かった。

 そこはすでに戦場と化していた。

 ターレス率いるクラッシャー軍団の暴れ者達と孫悟空が一人で戦っている。

 

 そうか……そうだった。Z戦士の多くは死に、クリリンと悟飯ちゃんはナメック星に旅立っている。今、この地球で戦えるのは、入院していた悟空さんしかいなかった訳だ。

 

「ダ!」

「オラァ!」

 

 溶けかけのスーパージャネンバみたいな奴と赤い肌の巨漢がほぼ同時に悟空さんに殴りかかり、しかし気合砲で跳ね返されて吹き飛ばされていく。入れ替わりで特徴の無い男と小さな紫の双子異星人が間合いに入り、仕掛けようとするも同様に弾き飛ばされた。

 

「ターレス! っく!」

 

 キッと上空に浮かぶもう一人の敵を睨み上げた悟空さんだったが、小蠅のようにたかる面々に思うように動けないでいるようだ。なぜあんなに苦戦しているのだろう。……病み上がりだから、ではないだろう。たしか仙豆で回復したはずだから、体は完全に治っているはずだ。

 

「高みの見物とは良い身分だな」

「! 誰だ」

 

 こっそり後ろから近付いていって声をかけると、一瞬驚いた様子のターレスは、しかし俺の顔を見て不敵な笑みを浮かべた。

 地味子な俺達を見て(あなど)っている……のではなく、自分の戦闘力に絶対の自信を持っているからだろう。

 

「このオレに何か用か?」

「うん。手下になりませんか、とお誘いを」

()ね」

 

 喋ってる途中でさっと手を向けられて光線を放たれた。うわあ。

 死ね? いね? なんて言ったのかはよく聞こえなかったが、俺を庇うように前に出たウィローちゃんが両腕を交差させて気功波を受け切れば、僅かに目を開いて完全にこちらに体を向けて来た。

 くっと口の端を上げ、値踏みするように俺達を眺めてくるのを黙って見返す。……言葉を途中で遮られるのは好きじゃないんだ。またやられたら嫌だから、だんまりを保つ。

 

 ……が、向こうは黙ってこちらの話を聞こうとしているのか、何も言わない。

 ならば、と仕方なくこちらから口を開く。

 

「無駄な争いはやめて仲良くしましょうって話。言っておくけど、この星をめちゃくちゃにした君に拒否権はないよ?」

「ほう? そいつは強引な話だ……」

 

 笑みを深くしたターレスは、組んでいた腕を解いてゆっくりと下ろした。

 

「丁重にお断りする」

 

 やっぱり。そう言うよね、当たり前か。

 ウィローちゃんだって、突然の勧誘を始めた俺の横顔を冷たい瞳で見ているようだし、ここはもう少し言葉を重ねて説得を試みよう。

 

「一つ賭けをしない?」

「賭け? さぁて、どうかな」

「簡単なものだよ。あそこにいる悟空さん……カカロットが君に勝ったら、君は俺の手下になる。負けたら、まあ、ご自由に」

「ふ、何を言うかと思えば、カカロットがこのオレに勝てると思うか?」

 

 不敵な笑みを浮かべたまま不遜な物言いをするターレスに、俺は敢えて口を閉じた。

 勝てると思っているし、そう信じてもいる。だがそれを今言ってもしょうがない。

 

「だが、悪くない。そうだな……俺が勝ったら、お前達を仲間にしてやっても良いぞ」

 

 スカウターを弄りながらそう言ったターレスに、俺は肩を竦める事で返事とした。

 俺の戦闘力でも見てそう決めたのか。ウィローちゃんの方はスカウターで計測できなかっただろうし、そうなんだろうな。

 

 勝ったら、と口にしつつも、そもそも負ける気はしていないのだろう。腕を組んだターレスは、眼下での戦いに顔を向けて再び観戦に戻った。

 

「ナシコよ、どういうつもりだ」

「何が?」

 

 話が終わるのを待っていたのだろう、隣に寄って来たウィローちゃんが、どこか怒ったように話しかけてきた。

 聞き返しておいてなんだけど、彼女の怒りの理由はわかっている。

 彼女もアイドルだから、自分のファンを危険に晒したこの一味に怒りを抱いているのだろう。日和った事を言う俺を睨んでもおかしくはない。

 

「奴を家族にするとはどういう事だ」

「ウィローちゃんと同じようにするって事だけど」

「っ!」

 

 特に言葉を選ばすに返事をしてから、しまった、と思った。

 この言い方では「お前もこいつと同じようなものだったんだから黙ってろ」って言ってるみたいだ。

 彼女もそう捉えてしまったのだろう、「くっ」と斜め下に目を向けて、言い返したりはしなかった。

 

 参ったな……この間劇場版の出来事があったんだから、じゃあいつかターレスも来るだろう、なら仲間にしよう。短絡的にそう思っていただけで、すでに仲間にした人間の感情は計算に入れてなかったし、何も考えていなかった。

 ……駄目だなあ。色々と。

 

「ごめんね、変な事言っちゃって」

「……いや。……お前の好きにするといい」

 

 慌てて謝ってもあしらわれるだけだった。

 うぐ、今さら自分が愚かな事を言っているという自覚が……。

 

 そうだよね。この星が好きなら、悪さする奴に好感情を抱ける訳がない。

 俺だって、前世でターレスの事を知っていなければ速攻でぶっ倒してた。

 そうしないのは、キャラクターとしての彼が好きだったからだ。

 

「地球をこんなにした奴を許せない気持ちはわかるよ。でも、倒して、それで終わりは嫌だって、そう思って」

 

 上手く纏まらない気持ちをそのまま言葉にして吐き出しても、ウィローちゃんは首を振るだけで。

 きっと彼女にはわからないんだろう。俺が彼を引き入れようとする理由が。

 だって、彼女には俺の知識や記憶は何一つ伝えていない。誰に対してもそうだ。そんなもの、おいそれと話すようなもんじゃない。

 だから、いくら彼女が天才でも予測はできないのだろう。

 『わからない』が原因の不信を残すのは嫌だけど、こればっかりは……しょうがない。

 

「たしかに、こうも大きな物を植えられては再興には苦労するだろう。人手は必要じゃ」

「……」

 

 もしかしたらこのまま気まずいままかも、と内心冷や汗を掻いて、吐きそうなくらい気持ち悪くなっていたら、彼女の方から歩み寄ってきてくれた。

 俺の言動は理解できないが、理由を見出す事はできる、とか、そういう事だろうか。

 

 感情を度外視した子供じみた行動に、そう綺麗な理由を付けられるとかなり胸が痛んでしまう。

 前世の知識ありきでターレスを仲間にしようと思っただけで、他には何も考えてなかったのに。

 

「うん。手伝ってもらわないと」

「そうだな」

 

 汚い俺はそれに乗っからせてもらう事にした。

 

 一応、さっきの言葉は本音でもある。

 悪い奴を悪いまま倒すのは嫌。

 戦闘力とか色々を考えると仕方のない事だし、悪い奴は倒されて然るべきだ。

 

 けど、生かせるなら生かしたい。それは、死ぬ必要のない人達を俺が助けようとするのと同じ。

 全部、凄く傲慢で驕った考え。

 人の身でありながら勝手に命の取捨選択をするのだから、何様のつもりだって話だ。

 

 正直後悔してる。今回の出来事で不幸にあった人達を、それを知っていた俺なら防げたんじゃないか、とか、そういうの。

 時期は知っていても場所はわからないし、一人じゃ全部を救うなど到底無理だってのは自分でもわかってるんだけど、知識や力あるものの義務だとか考えてしまうと罪の意識に苛まれる事もしばしばある。

 まったく悩ましい。時折、知識や記憶を疎ましく感じてしまう。無かったら、今のような生活は絶対できていないんだろうけども。

 

 

 

「ターレス!」

「カカロット! サイヤ人の面汚しめ!」

 

 クラッシャー軍団を全員のしてきたのだろう、ここまで昇って来た悟空さんは、そのまま止まらずターレスに突進した。迎え撃つターレスと激しくぶつかり合い、二人は暴風を撒き散らす攻防を繰り広げながら俺達の傍を通って行った。

 残された風に髪が靡くのを手で押さえ、伏せがちになった目で風の行方を追う。

 

「言ったはずじゃ」

 

 幹の裏側へ移動していく二人を見つめていれば、不意にウィローちゃんが囁いた。

 厳しくも優しくもない平坦な声。でも、そこには確かに俺を気遣う色があった。

 

「好きにするといい、と。ナシコは考えるのが苦手なのだから、思うように動けば良い」

 

 彼女を見れば、目線の合う高さに浮いたウィローちゃんは、ほのかな笑みを浮かべて俺を見つめていた。

 ……その顔見てると、さっきの声が優しいものだっだって思えてきた。

 

「ウィローちゃん……。……ありが、あれっ? それなんか馬鹿にしてない?」

「ナシコは馬鹿なのだから、深く考えるのは無意味じゃ」

 

 はあ!? 馬鹿ってお前、ていうかわざわざ言い直すなよ!

 あ、いや、でもたしかに考えが足りてないなって自分を責める事はよくあるけど、でもそんなにはっきり言わなくたって。

 それにこれはかなり重大な事なんだから、もっと深く考えたり悩んだりしなくちゃいけない事だと思うんだけど!

 それを説明する術がないのが困りどころだ。俺の心はどうしたって伝えられない。意思の疎通が難しい!

 

「わたしはお前の仲間……家族になるにあたって相応の振る舞いを心得ている。ナシコよ、お前の突拍子もない言動、たとえラディッツが許さなくともわたしが許そう」

 

 ふわり、彼女は腕を広げて、まるで俺を迎え入れるようにしてそう言ってくれた。

 それだけで悩みが全部溶けていく。難しい事が、どこかに消えていく。

 

 頭の隅っこでは「肯定されたってやってる事が悪人染みてるのは変わらないけど」という考えもあったけど、でも、もういいや。

 

「……やりたいようにやっていい?」

「ああ」

 

 いいって言われたんだから、いいんだろう。

 助けたい人を助け、欲しい物を手に入れて、やりたい事、やりたいものだけをやる。

 

「ファンのみんなを泣かせたあの人を、許してあげてもいい?」

「ああ。ボロクズにした後でならば良いだろう」

 

 それは、うん。必要だ。

 もし死んでしまった誰かがいるなら――この規模だ、死者が0人って事はないだろう――その人達の代わりにお仕置きをしよう。

 何様だって聞かれたら、俺様だって答えてやる。

 

「また仲間を増やすかもだけど、それも良い?」

「ああ。好きなだけ勧誘すれば良い。口は出させてもらうが」

 

 うん。その権利は、当然彼女達にもある。仲間を選ぶ権利。

 もし俺が魔人ブウ(悪)とかを家族にしようとしたらストップをかけたってかまわない。

 

「寝る前にアイス食べても良い?」

「ああ……駄目」

 

 ……ちっ。

 今の流れなら絶対禁止令を解除できると思ったのに、駄目だったか。

 いいじゃんそれくらい。至高の一杯は、もう随分と食べてなくて不満が溜まってるよ。きっと今日ボケてるのもそのせいだ。

 

「太るぞ」

 

 一度肯定したウィローちゃんは目を鋭く細めて首を横に振ると、言ってはいけない事を言ってしまった。

 ……なんとなくお腹を触る。

 ぶに。

 

 ……うへぇ。

 

「俺達をなめるなぁ!」

 

 やばい感触に眉を八の字にさせていれば、悟空さんに倒されたはずのクラッシャー軍団……長いな、クラッシャーズが凄い表情でこっちに向かってきていた。

 うーん、ふざけて濁したとはいえ、ドラゴンボールの知識を持つが故のしがらみは消えず、もやもやして心が晴れない。

 

「戦闘を経験しておくにはちょうどいい相手がきたな。ウィローちゃん、俺はあのジャネンバみたいな奴やるから、他をお願い」

「ジャネ……? 了解した」

「うおおおおお!!」

 

 ごうっと風を唸らせて迫るクラッシャーズ。その最後尾、機械的な動作で空を飛ぶ、名前のわからない異星人に握り拳を突きつけ、ぴんと人差し指を伸ばして狙いを定める。

 

「ばん」

 

 軽いかけ声とともに放たれた白い光の線が寸分違わず敵の額を打ち抜いた。

 ばちり、衝撃に弾かれて背側に大回転しながら落ちていく機械の戦士に、額に手を当てて「おー」と眺める。

 うん、死んでない死んでない。手加減は成功した模様。

 ほら、俺一応アイドルなんで、殺しとかはNGな訳で。暴力は良いのか? って聞かれると弱いけど、地球の危機だ、大目に見てほしい。

 しかしデスビームなのにデスしないとはこれいかに。みねうちビームにでも改名しようかな。

 

「おおお!」

「がっ!?」

「ぐほ!」

「こ、このっぐああ!」

 

 ウィローちゃんのよく通る声が響き渡り、直後に四方へ吹き飛ぶ異星人達。

 落ち行く彼らは一人残らず白目を剥いている。……気を感じなくなってるんだけど、あれ? もしかして殺した?

 

 俺が禁忌と定めた殺しをあっさりやってしまった彼女に冷や汗を掻いていれば、彼女は俺と話していた時と同じ表情で戻って来た。

 それから、俺の顔を見て小首を傾げる。

 

「先の話からすると、仲間にするのはあの男一人ではないのか」

「いや、うーん、結果的にはそれであってるけど……でも、何も殺す事はないんじゃ」

「代償だ。あの男が生きると言うならばこの者達は生かしておけぬ」

 

 ……つまりは、彼らは彼女の個人的な感情に蹴りをつけるために犠牲になったって事か。

 悪い奴らだから同情はしないし、殺すのは良くないなんて言わないけど、少しばかりウィローちゃんと俺の精神構造の違いを感じさせられた。

 これもまたもやもやするが、頭の悪い俺がいくら考えたり悩んだりしたってどうにかなるもんでもない。

 彼女はそういう人で、俺はこういう人間。それだけの話。

 

「む」

 

 ピピピ、と電子音が鳴る。ウィローちゃんの左目からだ。

 エメラルド色の透明な瞳に赤い文字や数字が忙しなく蠢き、整列する。

 

「凄まじいエネルギー反応を感知した。まさか孫悟空か?」

「元気玉かな」

 

 けど、その強い気はすぐに消え去ってしまった。たぶん、ターレスの放ったカラミティブラスターに掻き消されてしまったんだろう。

 

「俺達も行こう」

「ああ」

 

 促せば、頷いたウィローちゃんは、一足先に強い気の出所へと飛んで行った。

 あくどい顔をしてじーっと物語を見る訳ではない、を有言実行するために俺も悟空さんのところに行こう。風に揉まれて広がるウィローちゃんのスカートの中を見ている暇などないのだ。

 

 さて、急がないとターレスが神精樹ごと粉々にされてしまう。その前になんとか割り込まねば。

*1
カプセルホン。カプセルコーポレーションが発売した次世代式携帯電話




TIPS
・ラディッツフォルダ
主にテスト撮影時の物が多く、見切れているラディッツや
組手後で伸びているラディッツ、30倍の重力に押し潰されているラディッツ、
パイ投げを受けて呆然としているラディッツ、寝起きに突撃されたラディッツ、
満面の笑みで腕を組んで体を預けてくるナシコに泰然とした表情を浮かべるラディッツなどがある

・揺れの確認
持つ者と持たざる者がはっきりしてしまう審判の時
俺とお前のパワーとは天と地ほどの差があるのだ

・ウィローちゃんと同じようにする
数日後、ターレスはタレ子として新たな産声をあげた……
BAD END14 敗北の代償...

・凄まじいエネルギー反応
まさか、ソン・ウか?

・ウィローちゃんのスカートの中
伝説の超科学力により黒くなっていて見えない
ナシコはノーガード

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