TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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第十八話 悟空と仲良し大作戦!

「どうもこんばんはー、悟空さん」

「ん?」

 

 無音の船内で一人、体を苛め抜き、仕上げに柔軟体操をしていた悟空は、近付いてきた小さな気に顔を上げた。

 今上がって来たのだろう、階段の一段目に足をかけ、手すりに手を置いているのは、今度の旅に同行する事になった地球人の女性だった。

 

「どうしたんだ? ……ナシコ。眠れないんか?」

 

 もちろん、すでに自己紹介は受けているから、悟空は彼女の名前を知っている。が、同じ場所で過ごしているのにあまり顔を見ないせいか、すぐに名前が出てこなかった。

 

「ちょっと、お話ししたいなって思って」

 

 青系の落ち着いた寝巻に身を包んだナシコは穏やかに微笑んで目的を告げた。

 大人びていて、それでいて子供のような純粋さを持つ彼女の笑顔に魅了されない人間は少ない。自他共に認めるアイドルである彼女に惹かれないのは動植物や異星人くらいのものだろう。

 

「お邪魔でした?」

「いや。今終わったとこだ」

 

 まさに異星人である孫悟空は、真正面からナシコに見つめられても少しも動揺しないし、赤面したりもしない。彼女の魔法のような魅了の力もこの男には及ばないのだ。

 

「それで、話って?」

「えっと、まずはその、謝りたくて」

 

 そっと意味ありげに目を逸らしたナシコが階段を昇り切り、ゆっくりと悟空へ近付いてくる。

 まだ重力装置のスイッチは切られていないため、現在地球の50倍の重力がある中を平然と歩く彼女に、悟空はナシコの内に秘められた強さが気になった。

 が、その前に疑問がよぎる。

 

「謝るって、何を……ああ、メシの事か? オラ別に気にしてねぇからさ、落ち込まなくたって」

「いえ、その事ではなく」

 

 今日の夕食の時間に、悟空はうっかり口を滑らせて目の前の女性を泣かせてしまっていた。

 悟空としてはただ意外に思って言っただけだったのだが、あんなにもボロボロと涙を零して、それを必死に押し殺そうとされては悪い事をしたと思わされてしまった。

 

 しかしその事ではないらしい。では他のどんな事だろうかと考えてみたが、悟空に心当たりはなかった。そもそも接点がないのだ。夕食号泣事件以外に謝られるような事は何もない。

 

「今までしっかりとお話もできていませんでしたので、大変失礼しましたと、そう伝えたくて」

「いやー、そんな畏まられたってなあ……気にしねえよ。もうちっと楽にしたっていいんだぜ」

「そういう訳にはいきませんよ。だって私……」

 

 どうやら自分を偉い人間か何かと勘違いしているようだ。腰を深く折って頭を下げられたのでそう捉えた悟空は、後ろ頭を掻きながら普通にしてくれと提案した……のだが、拒否されてしまった。

 流し目を送られてぱちくりとまばたきをする悟空に、彼女が言う。

 

「私、あなたのファンなんですから」

 

 ファン。

 その言葉の意味くらい悟空だって知っている。しかしいつどこでついたファンなのだろう。

 多くの人の目に触れるような場に出た数は少なく、限られている。

 

「天下一武道会じゃないですよ。もっとずっと前から……。あなたが子供の時にも会った事があります」

「へぇ、ホント? 全然覚えてねぇや」

「ですよね! わかってました!」

 

 意外な事実を告げられて素直に感心する悟空に、彼女はツッコミを入れるが如く肩を張った。

 が、すぐに息を吐き出して落ち着く。言葉の通り想定の範囲内だったのだろう。というか実際何度も忘れられている、覚えられていないと実感しているのだから当然の反応だった。

 

「私も小さかったですからね。ほら、あなたに……その、ぱん、こ、ここを手で叩かれたうちの一人です、よ。……です」

「あー……そりゃ、わりぃ事したな」

 

 自身の股を指差して、すぐ恥ずかしげに手を持ち上げたナシコに、悟空もばつが悪そうに謝った。

 子供の時とは違いある程度の常識は学んでいる。女性にそういった事をするのがかなり失礼だというのは理解していた。

 そして、悟空がその行為を働いた相手は少ない。ナシコに該当するのが誰かはなんとか思い出せた。

 

「ああー、あん時の! そっかそっか」

「思い出してくれたみたいで嬉しいです」

 

 恥ずかしい記憶を掘り起こした甲斐がありました、と頬を染めて言うナシコに、悟空は微かに感じていた彼女への壁が取り払われたような気がした。

 

 そもそものナシコという女への悟空の評価は、得体のしれない人間だった。

 兄と名乗った同じ種族のラディッツと、地球を滅茶苦茶にした悪いやつであるターレスを従える年若い地球人。不信を抱かないはずがない。

 が、それがずっと昔に触れ合った事があるとわかると、不思議と親近感がわいてきた。

 

 そのとっかかりを起点に、恐ろしい速度で胸の中に安堵と親しみが広がっていく。

 まるで十年来の親友と顔を合わせているかのような感覚。すんなりとそれを受け入れた悟空は、知らず張っていた僅かな警戒と緊張を全て解いた。

 

 この間は地球に襲来したサイヤ人を仲間と共に迎え撃ってくれたようだし、話していて悪い奴とは思えないし、何より、会話してるうちに彼女がクリリンと知り合いだと知った悟空は、それで完全に心を許した。武天老師という同じ師に技を教えてもらっていたのも大きい。いわば彼女は妹弟子だ。なら遠慮はいらないだろう。

 

「それで、私、悟空さんに技を教えてもらいたくて」

「おう、良いぞ。オラもおめぇとは一度手合せしてえって思ってたとこだ」

 

 普段の人見知りする状態では絶対にできない提案をここぞとばかりにするナシコに、悟空は気負いなく頷いた。普段は気を抑えているようで普通の人間のように振る舞っているが、自分達が組み手をしている際に流れエネルギー弾などを相殺したり握り潰したりする時に膨れ上がる気配は、相当な使い手である事を示していたから、どうしてもその実力を見てみたかったのだ。そのためならジャン拳でも狂拳でも棒術でもなんでもござれ。技術を伝授する事に否はない。

 

 ナシコは居住まいを正して、真剣な表情で悟空の顔を見上げた。

 

「教えていただきたいのは、界王拳と元気玉です」

「界王拳?」

 

 意外なチョイスに僅かに驚いてみせる悟空。

 技の名前を知っているのもびっくりだが、それを教えて欲しいと頼まれたのにもびっくりだった。

 

「でもなぁ、あれは界王様っちゅーえれぇ人に教えてもらったんだ。オラが勝手に教えちゃってもいいんかな……」

「そこをなんとか! 習得さえできれば、ナシコはもっともーっと輝けるんです! ……あ、違った。強くなれるんです!!」

 

 握り締めた両拳を胸元に押し当てぐいっと悟空に迫るナシコ。

 だが困った事に、あれを他に伝えて良いのか判断できなかった。

 界王拳も元気玉も危険な技だ。前者は体を壊してしまうかもしれないし、後者は守るべき星を壊してしまうかもしれない。どの道迂闊には教えられない技だ。

 

『いやぁ、良いぞーい』

「ひゃっ!?」

 

 と、突然不思議な声が二人の頭に鳴り響いた。

 いきなりの事に軽く飛び上がったナシコは、床に足がつくとすぐ自分の失態に顔を赤らめ、俯いて服の裾を引っ張った。また変なとこ見せちゃった、と恥ずかしがっているのだが、あいにく悟空は声が聞こえたその時にはすでに天井を見上げていて、ナシコのいじらしい動作の全てをスルーしていた。

 

「界王様! 良いんか、教えちゃって」

『ああ、構わん構わん。それより話は聞かせてもらっていたぞ』

 

 声の主は、件の技の開発者、界王だった。

 かなり軽々と技を教える許可を出した彼だったが、それには理由があるらしい。

 

『お前らかるーいノリで、やれフリーザを倒すだのぶっ潰すだのリスペクトするだの好き勝手言いおって、あやつにだけは手を出すんじゃなぁーい!』

「ええ? いや、でもよぉ。そのフリーザって奴は、オラ達が向かってるナメック星にいるんだろ? どうしたって戦う事になるんじゃないかなー」

『……と、注意しようと思っていたんだがな』

「あり?」

 

 割と本気で怒鳴りつけた様子の界王は、しかし一転して落ち着いた語り口になった。

 

『そこにいる地球の女、たしかナシコとかいったな。そのナシコならば、界王拳や元気玉を習得すれば、あのフリーザを葬れるかもしれん』

「へえ! じゃあ教えてやっても良いんだな!」

『いーや! 教えるのはわしの方がいいだろう。お前はいかにも教えるのがへたくそだろうからな』

「へへ、実はそうなんだ。オラそういうのは得意じゃねぇかんな」

 

 鼻の下を指で擦りつつ言った悟空は、その流れでナシコを見た。

 彼女は飛び上がってしまった直後の体勢で固まっている。

 まだ羞恥心に苛まれている……と言う訳ではないようだが、俯きがちの顔に表情はなかった。

 

『おーい、わしの声が聞こえとるか? ……おおーい』

「あっ、だ、大丈夫です、聞こえてます、です!」

 

 界王に呼びかけられ、はっとして顔を上げたナシコは先程と少し雰囲気が違っていた。

 凛として張った雰囲気は怯えたような希薄なものに、涼し気な目元は濡れそぼった涙目に、ぴんと伸びていた背筋は丸まって、まるで天敵を前にした小動物のよう。

 ……それもそのはず、しっかりスイッチが入ったはずのアイドルモードが切れそうになっていたのだ。

 

 なんで、おかしいよ! と動揺するナシコだが、ファンの前に出るでもなく歌を歌うでもなくアイドルとしての自分を保つ事などはなから不可能だったのだ。

 せっかく繕った『みんな大好きナシコちゃん』の仮面はすでに半分剥がれていて、じわじわと緊張が体を蝕み、背中などはじっとりと汗に濡れ始めていた。

 

『お主ほどのパワーがあれば、フリーザを倒せるやも。わしは、そう言ったな』

「は、はい。ええと、たぶん、ほんとにそうだと思います」

 

 界王の言葉に、弱々しく頷いて肯定するナシコ。

 ただし第一形態に三人がかりの不意打ちでなら、という注釈がつくが。

 

『自信があるのは良い事だ。だが……』

 

 だが?

 

 重々しく言葉を切った界王の言葉の先は、様々な事を知っているナシコには容易く予想できた。

 やはりフリーザの脅威を不安に思っているのだろう。長く宇宙を脅かす帝王の強大さは根深い。

 いくらナシコの巨大な気を感知したとしても、不安がぬぐい切れないのだろう。

 

『だが、タダで教えるというのもな~~。界王拳はわしのとっておきだからな~~~~』

「は?」

『……おほん。よ、要するにわしがこの技を教えられる資格があるかを見ようというのだ。それはそこにいる孫悟空も通った道だぞ?』

「あ、ああ、はい」

 

 なぜか急にもったいぶりはじめた界王に、ナシコはすでに何か嫌な予感がしていた。

 だが、どの道その資格を見る、とやらを受けなければならないだろう。それは早い方が良い。

 どんどん素の自分に戻ってきてしまっているのも相まって焦りが加速する。

 

『ここはひとつ、面白いダジャレを聞か――』

「この銀河に名を轟かせるのはナシコ以外いナシコ!」

「ええ?」

 

 やっぱりそういうやつか、と声を遮ってまでした渾身のシャレは、悟空の困惑顔に粉砕された。

 そのせいで一気に素に引き戻されて半泣きになったナシコだったが、肝心の界王は少々の間を置いて大声で笑い始めたのでなんの問題もないだろう。あるとしても、か弱いアイドルのメンタルに致命的な罅が入ったくらいだ。

 

『ま、まさか自分の名前をギャグに使うとは、お主かなり筋が良いのう……ナシコ、いナシコ……ぶふー!』

「あ、あのぉ、それで、教えていただけ……るん、で……」

『おおー、いいぞ。今からでも構わないが、どうする?』

「今日はもう、遅いので……」

『そうかそうか、じゃあ明日からみっちりわしが修行をつけてやるから、しっかりと体を休めるんだぞー』

「その、よろしくお願いします。……おやすみなさい?」

 

 一応付け加えた就寝の挨拶には返事がなかったため、ナシコの眉はへにゃっと八の字になった。

 加えて「良かったなー界王様に修行つけてもらえる事になってよ!」なんて悟空に肩を叩かれてしまって、涙腺は崩壊直前になっていた。

 

「っとと、わりぃわりぃ! 痛かったんか?」

「……!」

 

 泣きたくなるのに理由などないのだが、目の前で泣きそうになれば悟空が気遣うのは当然だろう。

 単に許容量を超えた対人コミュニケーションをしてしまったから限界を迎えているだけで、謝る必要などない。ぷるぷると首を振ったナシコは、悟空の顔を見ないまま後退り、逃げ出すように階段の方へ走って行ってしまった。

 

「うーん、どうしちゃったんだろ」

 

 明るい調子だったのに急に気弱になってしまった彼女を見送った悟空は、その心の移り変わりがさっぱりわからなくて首を傾げた。

 あれは普通ではないので理解できない方が良い。

 

 

 

 

 

 

 界王直々の修行に、ナシコは張り切って応じた。

 声だけで姿が見えないので、そんなに口下手を発揮する事がなくコミュニケーションは円滑。

 ただ、ナメック星に辿り着くまでの三日のうちに界王拳も元気玉も覚えないといけないのは大変だ。

 緻密な気の扱いを求められる界王拳は普段のガサツなナシコには難しい。元気玉は周囲から元気を分けてもらえるような純粋さと、その後の投擲のコントロール性を鍛えなければならないが、外す訳にはいかない船内では練習できない。

 

 習得は困難を極めるかと思われたが、意外なほどスムーズに技術を習得しあっさりと界王拳を発動してみせたナシコには、界王を含め一同驚いたようである。

 本人は特になんとも思っていない様子で元気玉の習得に移り、これもまたあっさりとものにしてしまった。

 

 界王星での苦労もまだ褪せていない悟空はますます興味を示して彼女との組手を希望したが、あいにく一歩近づくと六歩離れていくナシコには近づけず。

 めげずに話しかけようとして泣かせかけてしまい、ラディッツや界王に修行の邪魔だと叱られてしまったので、すごすごターレスとの組手に戻った。

 

 

 

 

 三日目の夜、食事の当番はターレスに移った。

 誰もがこう思ったはずだ。「今夜も不味い飯を食う羽目になるんだろうな」、と。

 だが予想に反して、背の低いテーブルに並べられた料理の数々は見るからに美味そうで、良い匂いがしていた。

 

「うひゃー、こいつはすげぇや! ターレス、おめぇ料理なんかできるんだなー!」

「なぁに、美味い物を最高に美味く食う方法を知っているというだけさ。うちには味にうるさい王子様もいたからな……」

 

 失った仲間に想いを馳せたのだろう、一瞬どこか遠くを見るような目をしたターレスは、しかしすぐに常の冷静な表情に戻った。

 

「なあ、もう食っていいだろ! オラ待ちきれねぇぞ!」

 

 仲間を打ち倒した張本人である孫悟空は、久々のまともな食事に体中で喜びを表現しているところだった。

 

「あの、それじゃあ、いただきましょう」

 

 複雑な顔をしつつも行儀よく縮こまっていたナシコは、ターレスに目配せされて、一応は彼の上に立つ人間として音頭を取れという事なのだと解釈し、そう促した。途端に「いただきまーす!」とレンゲを握った悟空が和洋中入り乱れて湯気を発する料理群に突撃する。

 

「ひゃああー! うんめぇええ!! うわーこれもうめぇぞ! なんてーんだこれ! んぐっんぐっんぐっ……こっちは(かれ)ぇな!」

「落ち着けカカロット! 気持ちはわからんでもないが米粒が飛んできている! 雑に置くな汁が零れるぞ!」

「フ、お気に召したようで何よりだ」

「………………」

 

 ここ連日の夜の葬式のような雰囲気はいったいなんだったのだろうか、今日はとことん賑やかで誰の表情も明るく楽しい食卓になっている。それもこれも料理ができる人間がいたからだ。

 ただ、ナシコの表情は暗かった。

 食事が口に合わないのではない。粗野で暴れ者でいかにも荒々しいターレスが繊細極まりない料理などと言う技術を習得している事に、この上ない敗北感と嫉妬心を抱いているのだ。

 女として、負けた気がする。プライドはガタガタだ。悔しさに涙さえ流しそうになる。

 

 自分がちゃんと料理を覚えていれば、悟空さんをあんな風に笑顔にするのは俺だったのに。

 そう思う一方で、これでやっっっと料理ができる人間が家に来てくれるんだ、と、心底彼を仲間に引き入れて良かったと思った。

 白く濁った名前のわからない汁料理の入った器を持ち上げ、レンゲを差し込んで口に運んだナシコは、ピリッと舌の上を走る辛さとこそばゆい香辛料の匂いに目を細めた。

 

「ん、ん。んくっ……」

 

 喉に絡まるくらいとろみが強いスープと、ワンタンのような旨み肉の詰まった塊を飲み下し、ほうっと熱い吐息を漏らす。ついでに横髪を指で持ち上げて耳の後ろに通す。白いうなじに僅かに滲む汗はスープの辛味によるものだ。食欲を刺激する程よい塩梅。

 味の濃さもナシコの好みと合致して、知らずちろりと覗いた真っ赤な舌先が唇を舐めた。

 

「なあ、おかわり大丈夫か!?」

「ああ、いいぜ。まだまだ材料はたんまり積まれていたからな。あの妙なカプセルには驚いたが」

「ホイポイカプセルって言うんだよ。あれも地球で開発された凄いものなんだ。地球は良いところだよ」

 

 まるで自分の事のように自慢げに語るナシコに、ターレスは目を向けるだけで言葉は返さなかった。

 地球という星がどれほど尊いのかは、この三日のうちに嫌というほど聞かされている。アイドルとしての自分がいかに素晴らしくかわいいかももれなく添えられていたので、この話題はもううんざりなのだ。

 

「あれだけあれば二日は余裕で持つだろう」

「オラできれば明日も明後日もおめぇにメシ作ってもらいてぇな」

 

 自分の言葉を無視され、ついでに悟空の言葉に地味に傷ついたナシコが頬を膨らませていじけた。ラディッツがフォローすべきかどうか窺っていたが、結局放っておくことにしたようだ。慰めようとすれば飛び火するのは火を見るより明らかだった。ナシコは特に理由なくラディッツに厳しいのである。

 

「ん? 二日?」

 

 揚げ団子を箸でつっついていたナシコが、ふと何かに気が付いたように顔をあげた。

 

「……ナメック星につくのって何日後だっけ?」

「今日は地球を発って三日目だろう? ……どうなんだカカロット」

 

 ナシコの疑問に答えようとしたラディッツは、計算しようにもそもそもこの宇宙船の航行速度を知らなかったと気づいて悟空に話を振った。

 

「えーと、六日でつくって言ってたなぁ」

「じゃああと三日かかる……ん、ですよね?」

「ああ、そうだけんど……あ」

「食糧、二日分しかないんですよね……?」

 

 おずおずと事実確認をするナシコに、悟空もようやく一日分の食料が足りない事を知った。

 

「…………」

「…………」

「い、いやだぞ! 丸一日メシが食えねぇなんて、オラ死んじまうよ!」

「えとっ、えと、でも、ないって……」

 

 顔を見合わせるラディッツとターレスに、悲嘆にくれる悟空をどうにか慰めようとして事実を突き付ける事しかできないナシコ。

 こればかりは、誰が悪いわけでもない。大きな災害の直後に満載の食料を積み込んでくれたブリーフ博士達も、まさか大食漢のサイヤ人が一人から三人に増えているとは思わなかったのだし、これからうんと強くならなければならない悟空達は腹いっぱい食べなければならなかったのだから。

 

「あ、でも仙豆があるな。一人一粒でも三つ余るから、これ食えば良いか」

 

 微妙な空気になっていたところで、悟空が仙豆の存在を思い出したらしい。席を立ち、どこかから小さな袋を持ってきた悟空は、中身を手の平に出すと、「じゃーん」と擬音付きでみんなに見せた。

 

「なんだそれは」

「こいつは仙豆っていう豆で、一粒で十日分食べたのと同じになるんだ。重い怪我とかもあっちゅーまに治るんだぜ!」

「ほう?」

 

 植物の種のようなものに興味を持ったのだろう、問いかけるターレスに、悟空は簡潔に説明した。

 七粒ある仙豆の一つを摘み上げ、ぽいと放り投げる。それはターレスの出した手に収まった。

 

「とりあえず、最後の一日はこいつで凌ぐとして……残りの仙豆はとっとくか。向こうがどうなってるか、わかんねぇしな」

「それがいいと思います。あっ、ありがとう、ございます」

「ほら、兄ちゃんも」

「ああ……ああ、これか……」

 

 それぞれに仙豆を配った悟空が食事に戻る。

 ラディッツの微妙な表情は、これに幾度となく助けられている事を思い出したからだろう。しかし瀕死になったその全てがナシコの手によるものなので、なんというか、情けないような懐かしいような気持ちになってしまったのだ。

 

 とにかく、これで食糧事情も食事事情も解決した。

 そして修行の方も、強いサイヤ人同士が激しくぶつかり合う事で相当に実力を高め、すでに誰もがサイヤ人の戦闘レベルを遥かに超えている。

 

 ナシコは何も考えずこの境遇を享受しているが、本来悟空はこの宇宙船で不眠不休で訓練し、何度も死にかけては仙豆を食べて回復する、という方法でパワーアップをしていたのだ。

 だが彼女が敵とも言えるターレスやラディッツを引き連れてきてしまったために悟空は迂闊に隙を見せる事が出来なくなった。

 その意識の壁は初日だけだったが、悟空の修行の幅を狭めるにはそれだけで十分だったのだ。

 

 意識せず彼女の言う"原作"から悪い方向へと進めてしまいそうになっていたナシコだったが、戦闘力の高いサイヤ人を連れていた事が救いとなった。

 この種族は強い者と戦うたびに実力をぐんぐんと増していく。これにより、瀕死からの復活を経なくとも孫悟空はメキメキと戦闘力を伸ばす事が出来ているのだ。

 目の前にいる自分よりも遥か高い場所にいる者が目標となり、常に実戦を繰り返す事が一人での修行よりも充実した訓練となって成長を促す。

 

 孫悟空は、残り三日の内に確実に100倍の重力を克服し、さらなる力を得るだろう。

 もっともナシコは彼が原作そのままだと信じて疑っていないのだが、それが及ぼす影響は特に何もなかったりする。

 

 宇宙船は、何事もなく順調にナメック星へと向かっていた……。




・食事当番
一日目
ラディッツ。無駄にコック帽が似合う

二日目
孫悟空。コック帽がぱんぱんだ
→ナシコ。見た目だけなら最高のシェフ
悟空では料理にすらならなかったのでナシコにバトンタッチ
なお出来上がったゴミのような料理は誰一人笑顔にできなかった

三日目
ターレス
とうとう我慢できなくなったのだろうターレスによって
コック帽は彼専用装備となった

・界王拳
ナシコにとって界王拳とはロマンであり、超化の完全下位互換である
倍率を上げる程体に負担がかかるとか不便だなーと思っている
いきなり20倍に上げる暴挙に出て体中激痛にまみれて半泣きになったのはいい思い出だ

・元気玉
この技の習得によりナシコはアイドルとして一つ上の段階に至った
人や星、果ては無機物からさえもパワーを貪る驚異的偶像として……!
実際ナシコのおねだりに敵うやつなどこの世にいないのだ

・ラディッツ
先日弟が自分を打ち倒した技をナシコが習得するのを見て
赤いナシコにどつかれるという少し先の未来を幻視した
翌日界王拳の実験と称して組手につき合わされ、バスタブに突っ込んだ姿で発見された

・ターレス
鉄火の料理人。星々を渡り歩く中で数多もの郷土料理を口にした結果
その舌はかなり繊細。一粒の塩の差でさえはっきりと見抜くぞ
ナシコの料理を口にして、こいつには絶対に包丁を握らせねぇと決意した

・界王
ダジャレの上手い弟子ができて満足
でもなんか凄い軽く扱われてる気がする

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