TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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第十九話 ボディチェンジパニック

 遠くに悟空さん達の姦しさを聞きながら、そっと窓の外を眺める。

 どこまでも続く暗い海は、これからの未来を暗示しているようで気分を沈ませるようでもあり、無限に広がる可能性を示しているようで気持ちを昂らせるようでもあった。

 

 胸に手を当てる。

 少しだけ、伏し目がちになる。

 祈るように吐息して、願うように身動ぎもやめる。

 

「ナメック星の崩壊を阻止しよう」

 

 高めの声で囁いた。

 それは、これから向かうナメック星での俺の最大目標。

 

 ナメック星の人々は救えない。

 クリリンだって見殺しだ。

 

 けれどせめて、彼らの故郷だけは守りたい。

 ──それってとっても独善的で……。

 

「あんまり深く……考えちゃだめだよ?」

 

 遠くて近い宇宙に投影された自分自身に言って聞かせる。

 もう少しばかり思考を進めてしまうと、色々といやなことも考えてしまう。

 それを考えないようにするのは逃げてて卑怯かもしれないけれど、ウィローちゃんが良いって言ったんだもん。いいよね……絶対。

 

 俺はただ、俺がしたいようにやればいい。

 たぶんそれできっと上手くいく。人生ってそんなもんだし。

 仲間を強くして、星を守って、悟空さんを眺めて。

 

「……」

 

 一筋の雫が胸の内側を滑り落ちていった。

 それは、とってもヤな感じで──。

 

「……物憂げな美少女、超かわいい」

 

 誤魔化すように、窓に映る自分を褒め称え崇め(たてまつ)った。

 そうっと、指先で唇に触れる。

 ぷるぷるとした瑞々しい感触は、あんまり、俺の心を表してはいなかった。

 

 

 

 

「おい、まだ準備が終わらんのか! もう到着するぞ!」

「もうちょっと! もうあと一()き!」

 

 鏡台に向って神龍謹製のお櫛でさっさかさっさか髪を梳く俺をラディッツがせっつく。

 今日到着するよって言われたけど、寝坊してしまった結果である。大慌てで身嗜みタイムに突入した。

 いくら自意識が男の俺でもさすがにぼっさぼさの髪で外出たくないし、整ってない格好を人に見られたくないのだ。

 

「……オラ先に上に行ってっから、後からでも来てくれ」

「ああ~、すみませんごめんなさい! すぐ終わらせますぅ!!」

 

 とうとう悟空さんが待ちきれなくなってしまったようで離れて行こうとしたので、大慌てで櫛を仕舞ってポーチを腰に備え、手首に巻いておいたリボンでサイドポニーを作り、もう一つ頭の上に乗るように丸めて縛る。

 

「うん、準備できたっ! ことりヘアーばっちり♪」

「『ばっちりぃ♡』ではない! 何をわざわざ手間のかかる髪型にしていやがる!」

「ごめんって! でも仕方ないじゃん、今日大一番なんだもん~!」

 

 苛ついているラディッツを引き連れ、最高速で操縦室へ移動すれば、地響きとともに強い振動があった。ちょうど宇宙船がナメック星に下り立ったみたいだ。

 

「すみません、遅れました!」

「……今にも消えそうな気がある。オラすぐ行かなくちゃなんねえ」

 

 開いていく扉の前に悟空さんとターレスが立っている。ぺこぺこと頭を下げて謝ったところで悟空さんはこちらを見もせずにそう言うだけだった。ひーん。

 

 ええと、原作のこの辺の出来事は、えーと、たぶんギニュー特選隊にクリリンや悟飯ちゃん、ベジータがやられちゃってて、あわやトドメを刺されそうなところに悟空さんが現れるんだよね。

 消えかかってる気がある、という事は、誰かが瀕死にまで追い込まれたんだったか。

 

「行くぞ!」

 

 扉が完全に開き切ると同時、悟空さんが音頭を取って飛び出した。ターレス、ラディッツ、俺と続く。

 宇宙船の外はとても明るかった。人工の灯りにずっと囲まれてたからそう感じるのか、太陽の多さがそう感じさせるのか。

 感じた風が胸をざわつかせる。気を纏って遮ってるのに風を感じるなんてないと思うんだけど、確かに肌にびりびりきたような……いや、びりびりってよりかはもぞもぞ、うーんぞわぞわかな?

 訳もなく浮足立ってしまうような、そんな感覚があったのだけど、気を取られているうちにスピードが落ちていた事に気が付いて慌てて速度を上げた際、そういったものは全部消えた。

 

 ここに辿り着いてからの行動予定は予め伝えてある。まずどうにかして最長老様の下へ行き、悟空さん含めてみんなで潜在能力を引き出して貰うのだ。

 そう考えていたのだけど……仲間が死にそうだって言うのに、悠長に別の場所に行こうだなんて悟空さんはしてくれないだろう。

 

 でも、ここは悟空さん一人でも大丈夫な場面のはず。100倍の重力で修行して、かなり強くなってるからね。ギニュー特戦隊の誰と当たっても勝てるはず。

 なのでいったん悟空さんを置いて、俺達は急いで最長老様のところへ行って、潜在能力さえ解放してもらえれば後は野となれ山となれだ。ここで助けられる命はない。最長老様は寿命で死んでしまうし、多くのナメック星人はすでにやられてしまっている。名前はなんといったか、戦闘力4万7千くらいの戦闘型のナメック星人の人だって、ピッコロと同化するにはやられるしかないのだ。

 

 あまり考えたくない事を考えているうちに戦場へと到着した。

 高みの見物をしているバータとジース、ボロボロのベジータ、先行した悟空さんに助け起こされている悟飯ちゃんと、何やら慄いている様子のリクーム。

 

「悟空さん!」

「ああ」

 

 特に手を貸すような事態は起きていなさそうだったので、彼に一声かけてから離脱する。

 ラディッツとターレスを引き連れ、最長老様の下へ向かう。

 場所は簡単にわかった。どこか懐かしいような不思議な気と少し大きめの気が一つずつ固まってる場所で、なおかつ巨大な気がかなりのスピードで目指している場所とくれば一つしかない。

 

 あっという間に辿り着いた高台の上に立つ家には、まだフリーザは到着していなかったみたいだ。

 

「何者だ」

 

 半球状の鏡餅みたいな家の扉が浮き上がり、中から若いナメック星人が出てくる。ピッコロさんと似てるけど、顔立ちがちょっと違う。彼が……ナントカだろう。名前覚えてないや。

 

「あの、私達こういうものでっ」

「…………なんだこれは」

 

 ポーチから取り出した名刺を渡して、受け取ってもらったところでさっと両手を腰の後ろに隠す。えへ。ちょっと恥ずかしい。

 名刺に馴染みがないのだろう、じっと紙を見つめた彼は、それよりも近付いてくる大きな気配が気になるのか、一瞬空の彼方を睨みつけてから「ついてこい」と俺達を促して家の中に入って行った。

 よし、揉める事無く入る事が出来るみたいだ。サイヤ人連れてるから駄目かもって思ってたけど案外行けるもんだね。

 

 家の中の二階に飛行して移動すれば、大きな椅子に腰かける巨体のナメック星人、最長老様が待ち構えていた。

 ひょえー、でっかぁ。すっごい迫力。

 

「よく来てくれました。では、こちらへ……」

「え? ……うん?」

 

 さっそく話を切り出そうとして、それより早く口を開いた最長老様がその手を脇に下ろしてみせるのに困惑する。

 もう俺の考えは読まれてしまっていたのだろうか。でも記憶を読むのって、直接頭に手を置かないとできないんじゃなかったっけ?

 

「時間が惜しいのです。早くこちらへ」

「あ、はい」

 

 フリーザは目前まで迫っている。だからか催促する最長老様に、あ、そうかと納得した。

 言葉そのまま、時間がないから無駄なやりとりを省いてこっちの欲している事を提案してくれたのかも。

 ……んー? なんか変な気もするけど、思い違いかな。

 

 小走りで近付いて行けば、すぐに頭に手が乗せられた。

 ここで記憶を読まれようが、彼はもはや短い命、問題はない。

 ……でも、もうすぐ死んでしまう人に触れるっていうのは、なんだか悲し気持ちになってしまう。

 せめてナメック生最後に超絶美少女に触れられた事を胸に抱いて天国に旅立ってほしい。

 

「やはり……! 一目見た時からそうではないかと思っていたが……! ……よろしい。では」

「んっ」

 

 何かを呟いた最長老様を見上げようとして、体の底から力が溢れだすのに唇を引き結ぶ。

 うあ、これ、やばい。結構気持ち良くて……んん、すぐに慣れそうにない。

 潜在能力の開放は一瞬で済むようで、大きな手が浮いていくのを感じた俺は、その場から退きつつ手櫛で髪を整え、改めて最長老様を見上げた。

 

「あの、こっちの二人もできれば力を引き出して欲しいんですけど……」

「……良いでしょう。ですが私が力を引き出すのは、そちらのサイヤ人の方のみです」

「俺か」

 

 う、ターレスの方は駄目みたいだ。代わりにラディッツはオーケーとの事。なんでだろう……邪悪な感じがするからかな? ラディッツはもうそういうのなくなったんだろうな。

 

 最長老様の下へラディッツが歩み寄っていくと、入れ替わりでナメック星人が下へ下りて行った。ああ、フリーザが到着したらしい。たしかに大きな気だ。これがもっともっと膨れ上がるというのだから恐ろしい。

 一応ターレスに声をかける。

 

「どこ行くの?」

「フリーザの野郎をぶっ潰しに行くのさ」

 

 ターレスもナメック星人の……ネイルさんだっけ、ネイズさんだっけ? に続こうとしたので止めれば、彼は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 いや、んな事言ったってね……!

 

「まだ無理だ。今の君じゃ勝てないよ」

「おいおい、そりゃないだろう。オレはフリーザを倒すためにこんな星まで来たんだ。好きにさせてもらうぜ」

「あ、ちょっと……行っちゃった」

 

 引き留めようとしたものの、彼には彼の行動理由があるために勝手に行かれてしまった。

 口では俺に恭順を示していたけど、譲れないものがあるのだろう。それを許容しなければ今後仲良くする事は不可能なんだろうな。

 でも、今のターレスじゃフリーザ様の第一形態にすら(かな)わないのは明白だ。気が読めるようになった彼だってそれはわかっているだろうから、俺が何を言ったって無駄だろうけど……死んで欲しくないのになぁ……。

 

「さあ、デンデよ。お前の力も引き出した。行きなさい……彼らの助けになるのです」

「は、はい、最長老様!」

「あなた方に、この子を頼みたい。引き受けてくれませんか」

 

 ラディッツに続いて力を引き出して貰った子供のナメック星人、デンデ。その彼が悟空さん達の下へ無事に行けるよう俺達に護衛してほしいと頼まれた。

 その頼みを断るってのは……ないな。押しかけてまでして力を開放してもらったのだ、それくらいお安い御用と答えなくちゃ。

 頷いて見せれば、最長老様は穏やかな笑みを浮かべてみせた。

 

「うわっ!?」

 

 と、壁が壊され、明るい光が室内に入り込んできた。こちらへ駆けてきていたデンデが反対に吹き飛ばされるのを、後ろに回り込んで抱き止める。おっと、駄肉が役に立ったぞ。優しく受け止めるのにはちょうど良いクッションになるなこれ。

 うーん、緑。じゃなくて、デンデってば結構固いな。地球人とナメック星人じゃ基礎スペックが違うだろうし、当然なのかな?

 

「す、すみません……あ、ありがとうございます……」

 

 床に下ろしてやると、戸惑いがちにこちらを見上げてきたので、腕を組んで偉そうにしてみた。どう? 頼もしく見える? ちゃんと守ってやるからなー。

 

「フリーザ……!」

 

 手を開閉させて力を確かめていたラディッツが、家の外に浮かんできた小さな人影を見て呟いた。

 その名を聞いた瞬間にガッと顔を動かし、今はまだ小柄な姿を捉える。

 ああー! 生のフリーザ様だ。迫力あるなあ!

 

「おやおや、ここにもサイヤ人がいるじゃありませんか。たしか、ラディッツと言いましたね? さっきのおサルさんはお友達でしょうか?」

「チィッ……」

「いずれにせよ、私の邪魔はしないでくださいね? 相手なら後でいくらでもして差し上げますから」

 

 いやに丁寧な口調で語るフリーザの背後に、ターレスとネイルが浮かんで来た。

 どちらも険しい顔をしているが戦いの形跡は見られない。フリーザ様は冷静に見えてよほど焦っているのだろう、たしかドラゴンボールの使い方を知りたがっていたんだと記憶しているから、そっちを優先して侵入してきたという訳か。

 

「さあて、最長老さんとやら……私は手荒な真似は好みません。どうかドラゴンボールの──」

『地球の方……今のうちにデンデを連れて、仲間の下へ』

「っ……?」

 

 お、あ、わ。びっくりした、びっくりした!

 フリーザ様見てたら急に頭の中に声が響いてきた。こいつ直接脳内にっ!

 とか言ってる場合ではない。ええと、仲間……ならここにいるんだけど、ええっと?

 

『はやく。この思念も、勘づかれてしまいます……』

 

 目前にしたフリーザ様と会話をしながらも念波を飛ばしてくるという器用な事をしてくる最長老様を見やり、それからデンデ君を見下ろす。

 うむむ、無視するわけにはいかないよなあ……しょうがない。ここにいたって仕方ないし、悟空さん達のとこに行くとしよう。

 

「つあっっ!!」

 

 俺がデンデ君の肩に手をかけたのと、ターレスが攻撃を仕掛けたのは同時だった。

 組んだ両手を振りかぶった体勢でフリーザ様の背後に現れた彼は気を全開放した状態で、八方に圧を飛ばしながらスレッジハンマーを繰り出し──吹き飛ばされた。

 

 羽虫を払うような、なんてことのない動作。一瞥さえされず壁を突き破り海へと落ちて行ったターレスに、あちゃーとは思いつつも、この隙に撤退させていただく事にした。

 どうせターレスは言っても聞かないし、なら戦ってわかってもらうほかないよね。今の見た限りだとだいぶやばいけど……ううん、宇宙船の訓練じゃ戦闘力に伸びがあったの悟空さんとラディッツだけだったからなあ。35万じゃちょっときついって。

 

 デンデ君の脇下に腕を通して抱え、シャシャッと離脱する。合わせたようにラディッツが放った気弾はフリーザ様の手に掻き消されたけど、爆発とともに黒煙が広がった。

 うーむ、どうしよ。このままじゃラディッツもターレスも殺されちゃいそうなんだけど……やっぱ俺が第一形態に不意打ちして倒しちゃった方が良いのかなあ。でも後々の事を考えるとそれじゃやばい気がするし……。

 

 なんて悩んでいるうちに海の上だ。後ろを確認すれば、遠目にターレスがなんとかといった様子で陸に上がるのが見えて、への字口になった。

 あーもう、難しく考えるのはやめやめ! 今は最長老様にデンデ君の警護頼まれてるんだから、それを全うする事を第一に……って、なになに? さっきからぺしぺしとデンデ君の額の触手が顎を打ってくるんだけど……無言の抗議?

 

「あ、あのっ、抱えて頂かなくとも、じ、自分でっ」

「だーめ。こっちの方が速いんだから、我慢して?」

「は、はい……」

 

 やっぱり抗議だった。

 でも事実だよ。君と俺で別々に飛ぶより、抱えた方が速いもん。

 さて、悟空さん達はと気を探ってみれば……あっちか。なんか位置変わってるような……ん、飛ぶ方向間違えてる?

 うーん、いや、たしかギニューとかと戦う時は場所を変えるんだよね。

 あんまり記憶に自信ないなあ……。行きゃわかるし、思い出さんでもいーか。

 

「ほいついた」

「!!」

 

 大型の宇宙船の前に下り立てば、なんだろうこれ。

 宇宙船の足にはボロボロの悟空さんが背を預けててやばいし、地面にはボロクズとなったギニューが這いずってて、その目の前でこれまたボロボロのベジータが雄叫びをあげている。

 とりあえず悟空さんの下に駆けよれば、こっちに気付いた彼は苦笑いを浮かべた。

 

「な、ナシコか……マズい事にな、なっちまった……」

「あの、しゃべ、喋らないで……! お傷が痛そうです……!」

 

 ああわわ。大変、大変だ。悟空さんがぼろぼろだ。仙豆は!? 仙豆はもうない!?

 っていうかこんな時にも口下手になるんだね、俺!

 あっそうだ、こういう時こそ!

 

 さっと離れて悟空さんに手の平を差し向ける。不思議そうに見上げてくる彼へ、ぽうっと優しい気を放てば……!

 

「っへへ、サンキュー……!」

「俺の気を少しわけてやった。後はかっ……は、はい、です。はい……」

「……くっ」

 

 お腹を押さえ、宇宙船の足を支えに立ち上がる彼に肩を貸してあげようと近づこうとしたものの、半歩前に出した足はそれっきり動かなかった。ああ、だめっ……これ以上近づけない!

 さっと駆け寄って来た悟飯ちゃんとクリリンが代わりに肩を貸す。

 うあ、まだ辛そう。俺のこれじゃ、あんまし回復させらんなかったか……。

 

「あ、あなたは……?」

「……ナシコと申します。そちらにいるあなたのお父様、孫悟空さんの宇宙船に乗せて貰ってここへ来ました」

 

 悟飯ちゃんとクリリンが怪訝そうに俺を見上げるのを見返す。

 なんで超銀河アイドルナシコちゃんがここに、と顔に書いてあるクリリンはわかりやすいけど、悟飯ちゃんのその顔はなんなんだろ。……ひょっとして、前に会ったことあるの覚えてる?

 いや、あの時は地味子に変装してたし見た目じゃわかんないはずだけど……。

 駄目だ。考えてもわからん。

 

「はは、おれ夢でも見てんのかな……アイドルのナシコちゃんが見えるよ」

 

 おっと、クリリンがトリップね。

 夢じゃないぞー本物だぞー。

 特別大サービスでにっこり笑いかけてあげたら、相好を崩した(にへらぁと笑った)彼は悟飯ちゃんの肩に腕を回して、なー? と謎の同意を求めだした。

 

 彼、俺のファンみたいだし喜ぶかなって思ったんだけど、よ、よくわかんない反応……。悟飯ちゃんめっちゃ戸惑ってるしやめたげなよ……あと悟空さん支えてあげて? すっごい辛そうだから。

 ……悟空さんは悟空さんでなんでか不思議そうに俺を見ている。な、なんでしょう、か、髪型変だったりする? ふ、服がよれてたり? あっ、あ、お化粧変!?

 

 ちゃんとメイクリストさんに教わって身に着けたものなんだけど、絵心ないからか化粧ヘタクソなんだよなあ俺。でもすっぴんで外歩くの怖いので、仕方なくやってるのだ。今日は急いでたから失敗してたのかも……? うああやだやだ恥ずかしい!

 わたわたと髪やら服やら弄っていると、傍で気が膨れ上がるのを感じた。

 

「ふはははは! ジースッ!! このオレの戦闘力はいくつだーっ!?」

「180000……190000……210000……! すごい! すごいですよ隊長! 戦闘力232000です!!」

「うあーははは! 凄まじいパワーだ! うおおおお!!」

 

 ……あー。

 いやまあ、ベジータの後ろにジースがいる時点で予想はついてたけども……ギニューの奴、悟空さんじゃなくてベジータとチェンジしちゃったの……!? しかも戦闘力めいっぱい引き出せてるし……。

 

「なんだよーもう、めちゃくちゃじゃん」

「ふっふ、なんだ娘。まさかお前もこのオレに挑むなんて言いだすんじゃあるまいな?」

「消えろぶっ飛ばされんうちにな」

「な……!? なんという口の悪い娘だ……!」

 

 売り言葉に買い言葉、とはちょっと違うけど、話しかけられたからてきとうに返したら慄かれた。

 てゆーか、ベジータフェイスとベジータボイスでそういう声音、ちょっと気持ち悪い……。

 額を押さえながら歩み寄りつつ、途中に伏しているギニューのボディを掴み上げて後ろへ放る。

 少し乱暴になっちゃったけど、許してほしい。なんだか頭が痛くて、どうしていいかわかんなくなっちゃった。

 

「……なんでベジータ?」

「不思議か? このオレには他人と体を入れ替える──」

「いやそーじゃなくて。……いいやもう」

 

 気を解放する。

 なんでギニューがベジータとチェンジしてんのかわかんないけど、二人ともやられちゃってるし、今代わりに戦えるのは俺しかいないみたいだし……今こそ悪人面して物語をじーっと見るんじゃなくて自分も戦うを実践する時でしょ。んで正史に戻してー、悟空さんをメディカルポットに入れて神龍呼び出してピッコロさん生き返らせて……これタイムパトローラーとかの仕事じゃない?

 

「……なんという戦闘力だ」

 

 破裂したスカウターをかけていた方の目を押さえながら呆然と呟くギニューに歩み寄って行く。

 戦う、とは言ったものの、どうコトを運べばいいんだろう。まずはベジータの体を元に戻してあげなきゃだよね。ああでもさっき後ろに放り投げちゃったから取りに戻らないと。

 

「チェーンジ!!」

 

 いやまだチェンジは早いから待っててね。ベジータつれてきたらもう一度──えっ。

 えちょ、おま。

 

「はーっはっはっは!! さらに強い体を手に入れたぞ!!」

「いやちょ、えっ、えっ、うそでしょ!?」

 

 立ち位置が入れ替わっていた。目の前には大口開けて喜んでる俺がいる。

 風になびく髪が煌めいていて、うん、ヘアースタイルばっちり決まってる、服装もお化粧も変じゃないし、いつも通り可愛いナシコだ。……じゃないよ!

 今光線打たれてた……!? チェンジビーム来てた!?

 敵を前に後方確認しようとしてた俺も悪かったけど、え、だって今エフェクトなんもなかったよね!?

 

「これほどの力があればよりフリーザ様のお力になれるだろう……!! さて……」

 

 自分の胸を触ってみる。

 手袋越しに感じるゴムみたいな感覚。戦闘服。

 そこにあるはずの脂肪が無い。

 あれほど疎んでいた脂肪がなくなったというのに、喜びはちっとも湧いてこなかった。

 

 額に触れる。

 ……めっちゃ寂しく、めっちゃ広い。

 いっつもお櫛で整えている自慢のサラサラヘアーは、剛毛ゴワゴワヘアーにたくみに変身。

 なんということをしてくれたのでしょう。

 絶対許さない……!!

 

「ジース! 後ろの奴らを片付けておけ。オレはこいつを始末するとしよう」

「了解です隊長ーっ!」

 

 許さないってのはギニューもだけど、自分もだよ。

 ……チェンジしてくるってわかってて、技にかかるかふつー?

 え、油断とかしてなかったんだけど。ばりばり警戒してたんだけど。

 どうしよ……あっあっ、どうしよう! なんか遅れて焦りが出てきた!

 やばいやばいやばいこれすっごいピンチじゃない!?

 

「ちょちょ、タンマ! 明日まで! 明日までお待ちください!」

「タンマはナシだ! こっちも急いでいるんでな、悪く思うなよ」

「く、くそったれー!!」

 

 目の前に自分がいるってのも不思議なのに、そんな悪人面できるってのにも驚きだよ!

 これ新しい魅力になるんじゃないかな。無理かな。

 あとくそったれーってベジータボイスで言えたのなんかかんどー。

 とか言ってる場合じゃないんだってば!!

 

「このスーパーパワーをじぃっくりと試してやるとするか」

「やっちゃってください隊長ー!」

 

 あああ、ナシコアイドルなのに、ベジータになっちゃったよ……。

 こんなんじゃもうお仕事できないよ……ファンのみんなも失望だよ……。

 

 ふわんふわんと脳裏にステージに立つ自分の姿が思い浮かぶ。

 

 近代化したアイドルの、丈の短い衣装を纏った、キラキラ輝く…………ベジータ。

 浴びせられるはずだった歓声の代わりに投げ込まれるゴミ、ヤジ、罵倒!!

 

 『金返せ!』『サイヤ人は皆殺しだー!』『失望しました、ナシコちゃんのファンやめます』『我が姿は正義』『幸子ちゃんのファンになります!!』『我が姿は世界』『そんなナシコちゃんも素敵だー!』『息子がアイドルやってる困るのじゃ』

 

 ……ひぃー!

 

 なんという地獄のような未来……俺はそんなの見たくない!! でもこのままじゃ回避しようのない未来だ……。

 だってもうベジータじゃお料理地獄歌うかビンゴダンスくらいしかできないじゃん……ビルス様もいないのに? 楽しいビンゴを? 楽しいビンゴを? ぉぇーい!(ヤケクソ)

 

「なんというダンスのキレだ……! 敵でなければ新たなメンバーに勧誘したいくらいだ……!!」

「た、隊長……?」

 

 もうステージ立てないかも、と考えてたらちょっと踊ってしまった。なんだそのすっとぼけた反応は……敵ながら呆れちゃうぞ。

 でもそのおかげで光明が見えてきたぜ……!

 ギニュー、てめぇはもうおしまいだ……!

 

「ギニュー、てめぇはもうおしまいだ……!!」

「なんだと……なにがおしまいだと言うのだ!!」

 

 声に出した方が格好良いかなって思っておんなじこと言ってみた。

 かっこいいフィニッシュサイン付き。決め決めのベジータ!

 うーん、他人の声で喋るのって面白い! いいなーこれ。好き。

 不思議がるギニューとジースに、自身を親指で差しつつ不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「このオレさまがギニュー隊長だからだ」

「な、なんだとっ!?」

「えっ!?」

 

 ぴっと再度親指で自分を差せば、俺の姿のギニューは面白いようにうろたえた。

 ……ジースはなんで今の今まで会話してたギニューと俺とを見比べてんの? いやそれでいいんだけど。いいんだけどさあなんかさあ気が抜けるなあ……!

 

「なっ、なにを言うか! ぎ、ギニューはこの世でオレ一人だ!!」

「フリーザ様がそうお思いになるかは別だ。なにしろオレは自在に他人と体を交換できるんだからなあ」

「なるほど、たしかに!」

 

 ジースくん、迫真の納得。

 実際どうかは知らないが、ギニューを少しでも動揺させられればいい言説に引っかかってくれた二人は動けないでいる。ようしいいぞ、もう一押し……。

 すぅーっと息を吸い込む。その際体中が痛んだけれど、我慢我慢。ナシコは我慢のできる子なのだ!

 

 左手は上に! 右手は前!

 片足上げて決め顔で!

 日の丸背負って決めポーズ!!

 

「ギィニュー特選隊隊長っ、あ・ギィ~ニュウ!!」

「!?!?!?」

「ジィース!! ……はっ、体が勝手にポーズを……!?」

 

 ふはははは! どうだこの格好良いポーズは!!!

 美しかろう格好良かろう!

 崇めよ称えよ、実は死ぬほど恥ずかしい!!

 あとジースくんほんとなんなの君。

 

「ギニュー、貴様はもうお払い箱だ……これからはこのオレが! 真のギニュー隊長というわけだ!!」

「きっ、きさまぁ何をしておるかー!! ぎ、ギニュー隊長はこのオレだぞ!?」

「信じられんなあ?? そんな華奢で超絶プリティーな超銀河アイドルが天下のギニュー特選隊だなどと、フリーザ様も鼻で笑われよう。"オレこそが"と言うのであれば、証拠(ショーコ)を見せてみろよ証拠(ショーコ)をよォーッッ!!」

「ぬぐぐぐ!!! ──良かろう!!! そこまで言うのならば、貴様では到底真似できないこのギィニュウ様のスペッシャルルルルルゥなファイティングポーズを、とくと見せくれるわぁあああああ!!」

 

 ズバッと画面外へ跳んだギニューは、こちらに背を向けた状態で摺り足で戻ってくると、体中に満ちたパワーを爆発させるような勢いで振り返った。

 俺はそっと両腕を広げた。

 

「ギニュー特選隊隊長! ギ」

「チェーーーーーーーンジ!!!!!!!」

「あっ」

 

 それは誰が漏らした声だったか。

 大の字となった俺から今度こそ白光が放たれ、ギニューとの間に橋をかける。

 一瞬後には視点がぐるりと入れ替わって、海沿いを背に狼狽するベジータが目の前に現れた。

 

「はー、はー……ふっ、ふふふ……戻った! ついに戻ったー!!」

 

 うおおっとセルみたいに全身で喜びを表してみる。ぶっちゃけ色々突然すぎて感情がおいついてないけど、パフォーマンスを大きくしてしまうのは癖なのだ。

 それにしても、まったく。こっちからもチェンジできたからよかったものの、間抜けすぎるぞ俺!

 ギニューを警戒してたってのは実は嘘だったから仕方ないかもだけど、あんな技に引っかかるなよなまったくー!

 

「くっ、ならばもう一度だ!」

「させるか!」

 

 懲りずに両腕を広げたギニューに先んじて後ろへ跳ぶ。

 超スピードでギニューボディのベジータを拾って来ようと思ったのだけど、入れ違いに前へすっ飛んでいくギニューボディが見えてブレーキをかけた。

 

「チェーン、ジッ!?」

「オレの体を返しやがれーっっ!!」

 

 どうやらベジータは自力で飛び込んで来てくれたようだ。

 光にぶつかったギニューボディが背中から地に落ちる。ベジータも荒い息で膝をついた。おおベジータ……お疲れ様。なんか同じ体奪われた者同士、親近感湧いちゃうなあ。

 

「覚悟しろよ、くそったれめ……!」

「お、おのれ……自らを傷つけた事がアダとなるとは……! ジース!」

「は、はい!」

 

 怒りを迸らせて立ち上がるベジータと相対するギニューとジースだけど、すでに勝負は見えていた。

 文字通り一瞬で片が付いた。目前へ移動したベジータに反応できなかった二人は、同時に光弾で消し飛ばされ──る前に、俺がかました飛び蹴りによって海中へ叩き込まれた。

 間一髪。

 

「なっ、何を邪魔しやがる!?」

「何もそこまでしなくても! だよ! 殺す事ないじゃん」

 

 と抗議したけど、ギロリと睨まれてちょっと怖い。ほんと怖い。

 でも、悟空さんだったら絶対殺したりはしないから、そこは俺がどうにかしなくちゃね。

 ……結構力んでキックしちゃったからか、ギニューもジースも感じる気の大きさが虫並みだけど……溺れ死んだりしない?

 

「よいしょ」

 

 引き上げてみた。生きてた。

 でもチェンジが怖いので埋めておくことにしよう。首だけ出してー、周りの土は思いっきり踏んづけて固めてー。

 

 そだ、ナメックの人が不用意に近づかないよう、ギニューの額に書置きしとこう。

 書けるもの名刺しかなかったので、その裏に『危険! 体入れ替え注意!』と書いてギニューの上唇にマスキングテープで貼り付けた。

 

「んー……ジースくんの方が寂しいなあ」

 

 そう感じたので、もう一枚、ナメック語で書いたやつも用意してジースくんの額に張り付けておいた。

 うん、パーペキ!

 

「よし、かんりょっ。後は現地の人に裁いて貰おう。君たちー、もう悪さしちゃだめだよ?」

「……」

「……」

「……聞こえてないか」

 

 悟空さんの言いそうな事を代わりに言い含めようとしてみたけど、気絶してる相手に何を言っても届く訳がなかった。

 かといって起こすのも意味ないし。

 白目を剥いて地面から生える二つの生首。うーん、シュール。

 自分でやっといてなんだけどくっそ不気味なのでさっさと離れる事にした。

 

 これでようやく元通り、正史だ……ふう。一時はどうなる事かと思ったけれど、これでややこしい流れも元に戻るでしょ。

 

「わぁースッゲぇ! 体が軽いや! サンキューな!!」

「良かったなあ悟空!」

 

 一息つきつつ振り返れば、デンデにお礼を言う全回復した悟空さんがいた。

 ……?? あれ、あの、悟空さ……メディカルポッド……あれ?

 

「ナシコもいいとこに来てくれたなぁ。助かったぞ」

「いやそれはその、あの、はい……」

「貴様……よく見ればあの時の地球人か……!! チィッ、余計な真似をしやがって……!」

 

 純粋な感謝を向けられて酷い罪悪感に苛まれるのと、なんかよくわからないすんごい敵意が背中に向けられるのにしどろもどろになってしまう。

 うわああ、もう、どうしようね、これ。

 悟空さん元気って事は、ドラゴンボールを回収しに行ってこのままフリーザ様と鉢合わせちゃうでしょ?

 

 そしたら悟空さんだけ超パワーでフリーザ様と渡り合うでしょ、それ見てベジータは瀕死復活しようと思うかな……心折れちゃわないかな……?

 ていうかピッコロさん呼ぶ必要なくなって、ネイルと同化できなくて、セル戦とかブウ戦とか力の大会とかで戦力にならなくなって……。

 

「ふう……」

「あ、おい、大丈夫か?」

 

 なんか、熱出てきたかもしんない……。

 立ち眩みによろめけば、悟空さんに腕掴まれて支えられた。

 

「っ……!」

「あ」

 

 ぞわわっ! と総毛立つ。

 やっちまったって感じの悟空さんの表情を最後に、俺の意識は飛んだ。

 

 

 

 

 目が覚めたらメディカルポッドに入れられてたんだけど、なんで?




TIPS
・チェンジ
ナシコは不意打ちに弱い。
でもサイヤ人だってみんなそんな感じだししょうがない。

・メディカルポッド入り
頬ひっぱたいても目を覚まさない面倒な女は仕舞っちゃおうねってベジータの提案で叩き込まれた。

・悟空
近づくと発汗・動悸・息切れ・目眩を起こし、万一接触すると崩れ落ちる面倒くさい女に好かれている。
宇宙船内ではジッ……と物陰から見られている事がしばしばあるのには気付いていたが、視線を向けると気配ごと消えるので気にしないことにしていた。

・ギニューとジース
ナメック星原産の植物。
時々「ギニュー!」とか「ジース!」とか鳴く。
水を与えると喜ぶ。

・ナメック語の書かれた名刺
ミミズののたくったような不可解な線がめちゃくちゃに引かれている。
解読不可能。

・忘れてた戦闘力表記
ナシコ 100万(転移当初)→78万(ぐーたら時代)→138万(アイドル時代)→258万(神精樹の実を食べる)→400万(潜在能力解放)
 4000万(10倍界王拳)
 8000万(20倍界王拳)

ラディッツ 1500(地球襲来時)→1606(瀕死からの復活)→2082(瀕死からの復活)→2668(瀕死からの復活)→3200(瀕死からの復活)→5880(超神水を飲む。瀕死からの復活)
 →6389(瀕死からの復活)→7700(瀕死からの復活)→5万9072(宇宙船で修行)
 →33万(潜在能力解放)
 330万(大猿化)

ターレス 5万7000(地球襲来時)→20万7880(神精樹の実を食べる)35万9200(神精樹の実を食べる)
    →40万(瀕死復活)→40万6300(宇宙船での修行)
    406万3000(大猿化)

孫悟空 300万(復活)
    6000万(20倍界王拳)

ベジータ 53万くらい(瀕死復活)→130万(瀕死復活)

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