乾いた風が肌を撫でる。
地球とは違う色の、でも優しい風。
耳元を通り過ぎる音色にもそんな気質があって、ここに住む人たちも、これに包まれて育てば心穏やかに過ごせるんだろうなって、自然と思えた。
トットン、トットン。
心臓の鼓動。脈打つ音。
胸に軽く押し当てて重ねた両手に、衣服越しに振動が伝わってきた。
『…………』
──私を振り返る、憧れのひと。
怒りが露わになった逆立つ金髪に、厳しく冷たい眼差し。
血の滲む口元をそのままに、鍛え抜かれた肉体もそのまま、あの人は私を見ていた。
目が離せなかった。
ドキドキが止まらなかった。
この、胸のときめきは……アイドルとして、みんなに愛されて、みんなを愛している時とは違う……。
かわいい自分になれる喜びでも、誰かに受け入れてもらえる嬉しさでも、認めて貰える安心とも違う。
心の底から溢れて、あっという間に胸を満たして、この体を揺り動かし続けるきもち。
すっごく熱くて、苦しいくらいいっぱいで、でも、それがうれしい。
これは……なん、だろう……。
強い風が吹いているのに、誰かが怒り狂っているのに、その時だけはまるで水底にいるみたいに静かで、そこには、彼と私しか存在しなかった。
◆
「あれっ、あんた……ナシコじゃない?」
気が付くと俺は、どこともしれない草原に立っていた。
突然聞こえてきた声に驚くでもなくその出所へ顔を向ければ、ブルマさんが駆け寄って来ているところだった。
どんどん近づいてくる彼女に、俺の視線もどんどん上向きになっていく。
ついには目の前に立った彼女を見上げるまでになった。
「なんかちっちゃいけど、ナシコよね? なんでこんな所にいんのよ」
「……」
肩に手を置かれて、ああ、答えなくちゃって思って口を開いた。
でも、柔く開いた唇は言葉なんか紡いでくれなくて、ふっと息を吐くだけになってしまった。
「え? な、ナシコ、さん……なんですか? その女の子」
「ええ、といっても小さい頃の彼女なんだけど……よね?」
ひょこ、とブルマさんの後ろから顔を覗かせる悟飯ちゃんと、やや後ろに立つピッコロさん。
小さい……うん、俺、小さくなってる。
じゃあ、願いが叶ったんだ。
嬉しい……。
嬉しいな。長年の願いが、ようやく叶った。
やっと、元の自分に戻れた……そんな気がする。
だっていうのに、今はちょっと違う気分に浸っていたいせいか、あんまり大きな感情は出てこなかった。
「あのガキ、どこか感じた事のある気だ……」
ピッコロさんが呟くのが聞こえて彼の方を見る。そこでようやく、周りにたくさんのナメック星人がいるのに気が付いた。
……。良かった。みんな無事に転送されてきたみたいだ。
「……あんた泣いてんの? どっか怪我でもしたの?」
「え? あ、いえ、これはその……」
膝立ちになって心配そうに手を取り腕を見たりするブルマさんには悪いけど、別になんともない。泣いてるつもりもなかったんだけど……。
大急ぎで目元を拭って、怪我なんてないとアピールする。
「そ、良かった。しっかし妙よねぇ、急にこんな場所に出て、周りは知らない人ばっかりだし……あんたも縮んでるし」
「あの、それは、私が神龍にお願いしたからなんです」
「ええっ?」
ただ疑問に答えようとして、怪訝そうに聞き返されるのに体が跳ねる。嫌な汗が胸の内を流れた。
な、なんか変な事言ったかな……? うう。
「ちょっとちょっと、それってあんたもナメック星に来てたって事よね!」
「う、はい……」
「それは、うん。まあいいわ。でもね、私達みんなを生き返らせるためにあんな所まで行ったんでしょ! なんであんた自分のお願い事叶えちゃってんのよ!」
「あうあ、やめ、やっ」
「ぶ、ブルマさん、落ち着いてっ」
ほっぺた挟まれてブニブニブニブニされるのに目が回っていれば、「違うんです」と悟飯ちゃんが止めに入ってくれた。
ナメック星のドラゴンボールは3つ願いが叶えられること。そのうちの一つを、『
そうすることで複数の願いを一つに纏める事に成功したのだ。
その後すぐにフリーザ様来ちゃったから、結局1つしか願い事は叶えられなかったんだよね。
「へぇ~、叶え方にそんな裏技があったのね。良い事聞いたっ!」
へたりこんでしまった俺に代わって悟飯ちゃんが経緯を説明してくれれば、ブルマさんは怒り顔をしたり顔に変えてパチンと指を鳴らした。うわ、あくどい顔。
でももう危機は去ったみたい……ふう。あ、ちょっと涙出てきた。
「なるほどな。オレが突然甦り、あの星に現れたのもお前の願いが原因ってワケか」
「あ、そういう事になるんですね。突然だったからびっくりしちゃったけど、ピッコロさんが来てくれて嬉しかったです」
「……ふん。足手纏いになっただけだがな」
悟飯ちゃんのまっすぐな感情に、照れ隠しするみたいに目を逸らすピッコロ。
ふふ、なんか微笑ましくなっちゃうな。すでに悟飯ちゃんにデレデレなピッコロさんの言う通り、それもお願いの一つ。俺がピッコロさんを生き返らせ、ナメック星へ呼び寄せたのだ。彼がネイルと融合できるよう、直接ネイルの傍に現れるような形で。
ここら辺、ふわっと考えてただけなんだけど、神龍……ポルンガはしっかり考えを読み取ってくれたみたい。ピッコロさんはちゃんとネイルと一つになれたようで、基礎戦闘力がぐんと上がっているのを感じられた。
あと、雰囲気がマイルドになっている気がする。元々のナメック星人の気質を取り戻した……みたいな?
「そんな抜け道知ってるならはやく教えてくれたら良かったのにぃ。ねぇね、他には何お願いしたのよ?」
「えと、あとはみんなの転移と、若くなるのと、あの、声真似できるようにとか……」
「ふーん、声真似……? なんでまたそんなものを……」
それはー、あれです。直前のギニューとの戦いで他人の声で喋るのって楽しいなーと思って。
ちょっとやってみなさいよ、と無茶振りされたので、どうか周りの視線が集まらないようにと祈りながら「オッス、オラ悟空!」と元気な挨拶をしてみた。
「あはは! 孫君そっくり!」
「ほんとにお父さんみたい……」
「気の性質までそっくりにできるのか……妙な技を覚えやがったな」
三者三様の反応に、とりあえず否定的な反応はなかったので胸を撫で下ろす*1。ウケたみたいで何より……あああ、やっぱり視線が集まってる……! 恥ずかしい! 気配を消して地面に潜りたい……一緒に行きませんかー!
実際に行動に移したら頭のおかしい奴になるので、てきとーに笑って乗り切る。
笑顔って便利だよね……俺はこれであらゆる窮地を脱してきたのだ。
「あ! クリリンさん!」
羞恥で真っ赤になりつつへらへらやっていれば、悟飯ちゃんが俺の後ろに笑顔を向けた。
おお、どうやらクリリンも無事に生き返ったみたい? 振り返れば、戦闘服に身を包んだクリリンが戸惑いがちに自分の体を見回していた。
なんか復活のタイミングずれてるのは、あれかな。結構欲張って色々思い浮かべてたせいで曖昧な叶い方しちゃってんのかな。
それとも神様が何か言い間違えでもしたんだろうか。ちゃんと地球の神龍にも俺の願いを叶えて貰えるよう頼んだんだけど。
なんにせよ、これで一件落着って訳だ。
一息つき、膝に手を当てて立ち上がる。
「おーい!」
「?」
スカートについた草を払っていれば、再会を喜びあっていた悟飯ちゃんとクリリン、ブルマさんが再び俺の所に戻って来た。
一番前に出たクリリンが戸惑ったように手を出してきて、俺が反応する前に頭の後ろへ戻した。
何その動作。こっちも手を出さなきゃいけないのかと思って動こうとしたせいで変にびくっとしちゃったんだけど。
「えー……と、ナシコちゃん……?」
「そうですよ、クリリンさん。……どうかしました?」
「いや、なんで小っちゃくなってんのかなーと……あはは。まあいいや」
悟飯ちゃんと顔を見合わせた彼は、生き返らせてもらうよう神龍に頼んでくれてありがとう、とお礼を言ってきた。
いや、そんな、お礼なんかされても困るんだけど……元々みんなそういうつもりでナメック星に行ったわけだし、たまたま俺がお願いしただけで……。
「それでも、ありがとな」
……まあ、そこまで言うなら素直に受け取っておこう。
なんかめっちゃ照れ臭いので、服の裾を弄ってやり過ごす。
いじいじ。
「ナシコ」
「あ、ラディッツ。ターレスも」
声をかけられて振り返れば、二人が揃って立っていた。
無事を喜ぼうとして、二人とも苦い顔してるのに首を傾げる。
なになに、どしたの? ヘンな顔しちゃってさ。
「お前はまた一言もなく面倒な……いや、言ってもわからんだろうな。もういい」
「は? なにそれ。どゆこと?」
「知らん。後で思い知るのはきさまだというのだけは覚えておけ」
「……なんか生意気だよ、お前」
よくわかんないけどイラッとしたので、寄っていって脛をけしけし蹴りつけてやった。
ラディッツのくせにナマイキだ! 泣かしてやる、泣かしてやるっ。
「やめんか馬鹿者!」
「うぎゃー! 離せー!! 服伸びちゃうでしょー!!」
襟首引っ掴まれて持ち上げられるのに猛抗議する。この服ブルマさんに選んでもらったやつなんだぞ! よれよれになったらどうすんの!
「そら」
「ちょっ……と! もー!」
こうなりゃ腕に噛みついてやる、と口を開いたところで放り投げられた。
着地は容易かったけど、なに今の荷物みたいな扱いは。すっごく心外!
この全てにおいてパーフェクトなボディに傷がついたらどうしてくれる! ……責任とってスイパラ奢ってよね。甘味が我が肉体を修復するのだ……!
それはそれとしてめちゃんこ怒ったのでお説教タイム!
「コントはその辺にしとけ。そこのナメック星人が聞きたい事があるとよ」
「うん?」
たくさん文句を言おうと息を吸い込んだところで、何やらターレスが言うのに視線を向ければ、たしかに複数人のナメックの人達が話しかけたそうに窺っていた。
おっとっと、これはいけない。はしたないとこ見せちゃった。
ラディッツのせいで乱れてしまった服を整えつつ駆け寄って行く。
「なんでしょうか」
「……まずは、ナメック一同を代表して、感謝いたします」
「はえ?」
先頭に立つ代表らしき老人に、小首を傾げる。
なんでお礼されたのかわかんない。俺なんかしたっけかな。
「
「あ、そっか。そうなんだ、それは良かったです」
「ええ、本当に」
頭を下げられるのに、それで合点がいった。
心の中に浮かべたたくさんのお願い事の中には、彼らの転移の他にも、フリーザに殺されたナメック星人達の復活もあったのだ。
ああ、そうそう。ちゃんとベジータが殺してしまった人達も復活させた。抜けてる抜けてるとよく言われる俺だけど、さすがにそういうのを忘れたりはしない。神精樹によって傷ついた人達はもちろん、ナメック星人達もこうして全員無事というわけだ。
「それで、なぜ我々をこの星に……?」
あれ。それ、把握してないんだ?
最長老様とかから聞いてない?
……聞いてない、と。
先程寿命で召された、前最長老様も大変戸惑っていらっしゃったのだとか。
それは悪い事をしたな……。
『それはお主がま~~~~~~~~ったくなんにも説明せんからじゃ!!』
「ほわーっ!?」
「!? ど、どうなされました!?」
かかか、界王様!? ちょ、いきなり話しかけるのやめて! そういうの苦手なんだから!
うおお、心臓破裂しそう……昔やったドッキリ企画のトラウマ思い出しちゃう。あの時はひどい目にあった。お蔵入りされなければ暴れ回って地球を滅茶苦茶にしちゃってたかもしんない。
『……すまん』
もぉー! もぉー! ちょっとちびりそうになったでしょ!!
やめてね!!
『いやでもしょんなこと言ったってぇ……』
訝しがるナメック星人達に断りを入れ、上を向いて意識を集中させる。
えー、界王様、なんの用でしょーか。
『えーうおっほん。悟空の奴も好き勝手やりおるし、お主は一方的に好き勝手言いおるし、なんなんだまったくもう』
「ん、それはそのー……ごめんなさい?」
『なんもわかっとらんだろうお前』
「ご、ごめんなさいっ」
責めるような声に慌てて頭を下げて謝意をみせる。
でもなんで責められてるのかわからない……。
俺、言葉足らずだって言われる事多いから、今回の事は界王様にちゃんと話を通した……はずだ。
説明不足にならないようにたくさん説明して、納得してもらって。
ピッコロの復活やそれで甦った地球のドラゴンボールに、神様にお願いをしてもらう事、みんなを地球に避難させること……。
しっかり伝わっていたからこそこうしてみんなここにいるはずなんだけど、界王様は何を怒っているのだろう。
『さあ~~~~て、わしの所にゃまだ元気な死人が三人残っておるのだが、こいつらはいつ甦るのかな?』
「…………おお」
『「おお」ではなぁーい!!』
ひええ! 声もないのに耳がきーんと、きーんと……!
やめてよう……そういうの。
でも、ああ、しまった。クリリンやベジータに殺されたナメック星人達を蘇らせる事ばかり考えてたせいで、肝心要の天津飯やチャオズにヤムチャを生き返らせるのを忘れていた……!
だってしょうがないじゃん! こっちも色々考えていっぱいいっぱいだったんだから!
『その後はお前、わしが話しかけてもうんともすんとも言わんかったじゃないか』
「え、話しかけてました? ……えへへ、あの、クウラ様の真似するのに精いっぱいで」
『というか、それもなんなのだいったい。お主なぜクウラの事を知っている?』
破壊神ビルス様の事まで知っておったし、地球人にしてはなーんか色々知りすぎとるのう、なんて言われて笑みが引き攣る。
「そ、それはー……」
『それは?』
「女の子の秘密とゆーことで!」
『なん──』
ていっと気合いで念波を遮断して、なんかそういう意識的なものをくしゃくしゃに丸めて放り投げる。
ふー、間一髪……この知識は、誰にも渡してはいけないのだ! 説明するのも面倒だし。ほら、俺口下手だから。そういうのきらいなの。
あ、でも、咄嗟に言っちゃっただけだけど「女の子の秘密」ってなんかいいな。
女は秘密を着飾って美しくなる、とは誰の言葉だったか。18号?
今の俺、超魅力的かもしんない……! きゃは☆
いやきゃは☆は違うな。もっとこうセクシー路線で……。
「あのー……もしもし?」
「あっ、はっ、ごめ、ごめんなさい!」
「いえ、今のは界王様からですね?」
「ゃんっ、えぁいやじゃなくて、んっ」
な、何を焦ってるんだ俺は! 相手は温厚なナメック星人なんだからゆっくり話せばいいの! 焦る必要はないの!
……そうとわかっていてもアガッちゃうんだから仕方ない。自分にカツ入れて治るんだったら何十年もコミュ障やってないよ。
「あ、ありがと、ございます……」
「お気になさらず……落ち着いて、ゆっくり……」
言葉の途中で無理矢理調子を直そうとしたせいか、けほこほと咳込んでしまったところを、若きナメック星人の人が見かねて背中をさすってくれた。
うう、情けないやら恥ずかしいやら……あと、ナメック星人がすっごく優しいのを肌で実感した。
手を貸してもらって立ち上がり、ナメックの人を見上げて、一呼吸置く。
……うん、なんとか、ちょっとだけおちついたかも。
でも喋ろうとすると途端にカッとなっちゃうんだよなー。
「み、みなさんをここへ呼び寄せたのは、その、ナメック星が……崩壊するからです」
「なんと……!? わ、我々の星が……いや、あの恐ろしく邪悪な気配の持ち主がやってきて、ありえん話ではないが……」
「あっ、あっ崩壊はし、しないんですけど」
「!?」
「ぅあの、なんとか止めたのでっ、その、そ、フリーザも悟空さんが、倒しますので」
「え? で、ではなぜ我々をここに……?」
えっ?
それはあの、それは。
………………。
…………。
……。
えへ、と弱々しく微笑んでみる。
その、えーと。
……なんででしょう?
「これ、怖がらせるでない。悪人どもが暴れ回り、我々は危機に瀕していたのだ。その子はそれを憂いて、ここへ避難させてくれたのだろう」
「は、そういう事でしたか。……すまない、怖がらせるつもりはなかったのだが」
「ぁ、……」
何やら彼らはそれぞれで勝手に納得して、それから、若きナメック星人は俺から距離を取った。
怖がったりはしてないんだけど、どもっちゃったりしたからそう認識されちゃったのかな。
「おい、孫の奴はなぜここにいない」
話が一段落ついたのを見計らってかピッコロさんが声をかけてきた。
みんなここへ転送されて、ベジータまでそこに含まれているのに、肝心の彼がいないのを疑問に思ったらしい。
「何言ってんのよ。孫君ならそこにいるじゃないの」
「えっ!」
ブルマさんが指さす先を慌ててみれば、そこにいたのはターレスだった。
……おう。びっくりした、間違えて悟空さんまでこっちに連れてきちゃったのかと……。
不満げに鼻を鳴らしたターレスが「残念ながら人違いだ」と告げれば、困惑してしまうブルマさん。気は進まないけど、彼女には後で説明するとして……クリリンや悟飯ちゃん、ピッコロは悟空さんとターレスが別人である事はとっくにご存じだったらしい。見た目はそっくりでも気の質は全然違うからね。雰囲気も結構違うし。
「で、でも、お父さんにすっごくそっくり……」
「ほう、ボウズ……お前はカカロットの息子か」
疑問を口にした悟飯ちゃんに興味が出たのか、歩み寄るターレス。あ、さり気なくピッコロさんガードが発動した。悟飯ちゃんを庇うような位置に立つピッコロさんに口角を吊り上げたターレスは、腕を組んで仁王立ち。
「オレ達使い捨ての下級戦士はタイプが少ないんだ……似通った顔をしているのも無理はない」
「へぇー、サイヤ人って不思議なのねー」
ほんとに孫君そっくりね、と暢気に言うブルマさんに、うんうん頷いて同意する。
でっしょー? かっこいいよねー!
あの顔で迫られたらなんでも言う事聞いちゃいそう。ずーっと眺めてたくなるよね……今度頼んでみようかな? 間近で見たいし。時間取っちゃうのも悪いから、寝る時とかに一緒に布団に入ってもらお。
「…………」
それから、話題は悟空さんがどこにいるのかに移って、残りたいと言ったから彼をナメック星に残したと伝えれば、なんだか重い雰囲気になってしまった。
フリーザの恐ろしいパワーを知っている面々は、勝てない戦いに身を投じる悟空さんを愚かだとでも思っているのだろうか。
でも大丈夫。悟空さんは超サイヤ人に目覚めたからね、ゴールデンでもないフリーザ様なんてイチコロよ。
悟飯ちゃんがその事をみんなに伝える横でふふんと得意げに胸を張ってみる。
俺はなんにも関係ないけれど、そうしたくなったのだ。
「なにっ……!? スーパーサイヤ人だと……!?」
「か、カカロットの奴が、で、伝説の戦士に……!?」
「なんだとぉ……まさか、本当に……!」
サイヤ人の面々の驚きは大きいみたい。
一様に慄く彼ら……ベジータを除く二人になんと声をかけたもんかと悩む。
頑張ればなれるよー、とか、超サイヤ人なんて序の口だよーとか?
ラディッツにはもっともっと強くなってもらうんだから、これくらいで驚いてたら駄目だよー?
「ちょっと、孫君フリーザを倒したって!」
不意にブルマさんが喜色を浮かべてみんなへ言った。
界王様からの、ああいや、それを通じてヤムチャだったかからの通信が来たのかな。
ふんふん頷いていたブルマさんは、しかしむっと眉を顰めると、次には「なんでよー!」と肩を怒らせて怒鳴った。
こ、こわい……!
こっちに怒りが向かないよう、さり気なくラディッツを盾にする。
「ねぇ聞いてよ! 孫君帰って来れないんだって!」
「え、な、なんで……?」
星の爆発は防いだはず。
あれほど余力のある悟空さんなら、そのままフリーザをこてんぱんにやっつけられると思ったんだけど、もしかしてナメック星の崩壊を許してしまったのかな……。
と思っていれば、どうにもブルマさんは界王様にお怒りらしい。「カイオーだかなんだか知らないけど、そんなに偉いやつなら孫君ここにつれてくるくらいしなさいよ!」……だって。
でもよかった、ナメック星は無事みたいだね。
悟空さんも不備なく脱出できたみたい。よかったよかった。
話は変わって、ナメック星人達の当分の棲み家をブルマさんが提供する事になったり、特に口出しもせずいただけのベジータも一緒に行く事になると決まった。
どうしてベジータに声かけたのかというと、ブルマさんいわく「なんか寂しそうにしてたから」だとか。そうかな、めっちゃ怒りに震えていたような気がするんだけど。
「あんた達はどうすんの? うちの飛行船に乗ってく?」
カプセルホンを耳と肩とで挟んで通話しつつ、ポーチの中を探るブルマさんの言葉に、ううんと首を振る。だって俺達飛べるもんね、そこまで迷惑はかけられないよ。
「あらそう」
雑に納得しつつホイポイカプセルを投げて冷蔵庫を出した彼女に飲み物をわけてもらった。余っちゃったのを飲み切りたいんだって。
「あの、ボクもブルマさんの所に泊めてもらえませんか……?」
「え? なんでよ、早く帰ってお母さんに元気な顔見せてあげたら?」
「……宿題、するの忘れちゃって」
ありゃ、悟飯ちゃん帰り辛そう。
両手で缶ジュースを持って俯く彼に、うーんと悩んでいるブルマさん。
あー、よし。よし。
「ね、悟飯ちゃん。帰った方がいいよ?」
ちょっと負い目を感じちゃったので、ここは俺が一肌脱ぐことにした。
だって悟空さんをここへ連れてくる事だって俺にはできたはずなのに、自分の都合を優先してそうしなかったんだもん。
悟飯ちゃんやチチには寂しい思いをさせちゃうだろうし……ブルマさんに任せきりなのもどうかと思うし。
とゆーわけで、悟飯ちゃんに突撃!
「私が一緒に行って、お母さんに説明してあげるね!」
「え? あの、でも、お母さんすっごく厳しいから、ナシコさんにも怒るかも」
「平気だよー。大丈夫、お姉さんに任せなさい!」
とん、と胸を叩いてみせれば、悟飯ちゃんは遠慮がちに頷いてくれた。
そうこなくっちゃ!
……怒鳴られるかもなのは、ほんとはすっごく嫌だけど、それくらい我慢しなきゃね。
「おい……」
「ん、なあに?」
肩に手を置かれて振り返れば、ラディッツが何か言いたげにしていた。
一度口を開いたものの、そのまま閉じちゃった。
なんだよー、言いたい事があるなら早く言ってよ。
「……はぁ。どうせ言っても聞かんだろう。お前だけでは不安だ、俺も行く」
「ええ? いいよ、ラディッツは先帰ってなよ」
「そうしたいのはやまやまなんだがな」
ウィローちゃん待ってるだろうし、事務所にも顔出さなきゃだし。
……あれ? そういえば事務所無くなっちゃったんだっけ?
というか、街の復興……。
「ああ、やっと気づいたか……連絡くらいいれてやったらどうだ?」
呆れたようにいうラディッツにちょっとむっとしたけど、たぶんさっきなんにも言わなかったのは、言ったところで俺が反発したからだろうなーとわかってしまったので、素直に頷いておく。
鞄からカプホを取り出し、数分発信画面と睨めっこして葛藤を抑えつけ、なんとか電話する事に成功した。
『……そういう事なら、まあ、待つ』
「ほんとごめんね。ターレスは先にそっちに帰すから」
『……そうか』
機械越しに聞こえるウィローちゃんの声は、すっごい不機嫌さに満ちていた。
おおお……お爺ちゃん一度ご機嫌ナナメになると長いぞ……抱っこも許してくれなくなるし、ほっぺたすりすりも嫌がられちゃうし、抱き枕も拒否されるかも!
帰ったらめいっぱい謝らなくっちゃ。癒しがなくなるのはいやだよー!
ウィローちゃんと仲直り大作戦を必死に考えつつ、とりあえずターレスを先に帰らせる。
だって一緒につれてったらチチを混乱させちゃうだろうし。
「ハ、了解した……一足先に帰還する」
「おい、妙な真似はするなよ?」
「怖い怖い……大人しく従うさ。まだまだ……プリンセスには敵いそうもない」
気取った仕草で俺に笑いかけたターレスが光を纏って飛び立ち、空の向こうへ消えていく。
……え、プリンセスって俺のこと?
お、お姫様……なんか気恥ずかしいんだけど。体がむずむずするんだけどー!
「んふっ。じゃあ、いこっか」
「はい、よろしくお願いします!」
ひとしきり悶えた後、「俺達もさっさと行こう」となって、ブルマさんやナメックの人、ついでにベジータに──めっちゃ睨まれたのであっかんべしてやった──別れの挨拶をしてから悟飯ちゃんの下へ寄って行けば、ぺこりとお辞儀された。なんと礼儀正しい子だろうか。俺がこのくらいの年齢だと凄いやんちゃしてた記憶があるのに。
「……?」
俺なんかと比べるのはあれだけど、立派だなーって見てたら、悟飯ちゃんがきょとんとしてしまった。おっとと、いけないいけない。早く彼を家に帰してあげないとね。
◆
「た、ただいま……」
「悟飯ちゃん! やーっと帰って来ただか! やってない宿題が……」
案の定というかなんというか、悟飯ちゃんの控えめな声に即座に家から飛び出してきたチチさんは怒り心頭、カンカンになってしまっていた。
尋常じゃない怒りようは、きっと寂しさとかからも来てるんだろうなってなんとなくわかった。
「……そっちの方は……いったい誰だ?」
「どうも、初めまして」
さすがに見知らぬ人のいる前でお説教を始めたりはしないようで、こちらに注意が向いたのを良い事に丁寧に頭を下げる。
それから、肩掛け鞄から名刺を取り出して差し出せば、彼女はよく飲み込めてない顔で受け取った。
「ニシタプロダクション所属の、ナシコという者です。本日は旦那様についてご説明に参りました」
お腹に両手を重ねてゆっくり話せば、じょじょに理解が及んできたのか、「げ、芸能人さんだか……?」と呟くチチさんと、「猫被っていやがるな」と零すラディッツ。
そそっとラディッツに寄って、チチさんに気付かれない範囲で肘を入れる。
心底意外そうな今の声はなに! 俺だって挨拶くらいちゃんとできるよ!
ていうかこんなのいくらでも見た事あるでしょ!!
「はっ!? も、もしかしてごは、悟飯ちゃんのガールフレンドだか!? ごご悟飯ちゃん、お外で彼女さ作って遊び歩いて来たのけ!? お、オラの悟飯ちゃんが、ふ、不良になっちまった……!!」
「お、お母さん、違うよぅ……」
名刺を握りしめて明後日の方向に思考を飛ばす彼女はだいぶん混乱してるみたい。
うわわわ、ちょっと予想外……なんでそういう考えに飛んだんだろ、さっぱりわからん……!
ちょっとこれ、落ち着かせるの無理じゃない? と悟飯ちゃんを見れば、彼も俺を見たところだった。
困り顔を突き合わせたって彼女の混乱は収まらない。えーと、えーと……どうしよ……?
「カカロット……悟空が世話になっているようだな」
「は、あ、ああそうだ、悟空さ、悟空さはなんでここにいねぇんだ?」
「それについても今から話す。俺はラディッツ。孫悟空は俺の弟だ」
「……あ、あんた悟空さのお兄さんだか……?」
おお、ラディッツが自己紹介したらチチさん静かになった。
というより困惑しきってる感じ。なんか悪い事してる気分。
「確かにどことなく似てるべ。あ、尻尾も!」
「挨拶が遅れてすまなかった。何分遠い場所に住んでいたのでな」
「そ、それはこっちの台詞だ。とんだ失礼を……お兄さんがいるって聞いたのも最近で、なのにご挨拶もしねぇで……。ささ、中へ入ってくれ。お茶をご用意します」
すっかり落ち着いたチチさんは、混乱から一転して穏やかな笑みを浮かべて悟飯ちゃんの背に手を添え、俺達を促してから家の戸を開けた。
ラディッツを見上げれば、ウィンクを飛ばしてきた。……小粋だね。
「だから言っただろう。お前だけでは不安だと」
「ほんとに助かったよー、ありがと」
考えてみれば、チチさんって俺の苦手なタイプの女性だ。気の強かったりする人はだめなのだ。
というか面識がないのを抜きにしても、今の小さな俺だけじゃちょっと話がこじれそうだったところを、悟空さんの肉親のラディッツがいてくれてよかった。
俺一人よりかはだいぶんスムーズに話が運べそうだ。
実際、ラディッツがいて凄くやりやすかった。
夫の兄だ、警戒心はなくなるだろう。証明は尻尾で十分だしね。
悟飯ちゃんはお咎めなしで、宿題はいったん置いといてご挨拶しなきゃだべ、と席をご一緒している。
「はい、ナシコちゃんにはオレンジジュースだ。さっきは変な事言って悪かったな、少し目が回っちまって」
「ぃえ、お、お構いなく……」
……完全に子ども扱いされている……。
でも遠慮なくジュースちうちうさせてもらっちゃう。まだまだ喉乾いてたからね。緊張することいっぱいしてカラカラだったのだ。今も緊張してるけど。
子ども扱いでちやほやを望んでたのは俺だけど、こういう場でそういう扱いされるのはなんか釈然としない。
ちなみにチチさんに対しても人見知りを発揮中。きちんとできるのは挨拶だけなのである。これでどうやってお話ししようとしてたんだろうね!
「それで、だ」
役に立たない俺に代わってラディッツが話を通してくれた。
悟空さんが帰って来ない事を知ると、思ってた通りチチさんはいきりたって立ち上がった。
「まったく悟空さはなんべん家を留守にすれば気が済むんだべ!」
……とのこと。
しばらく死んでて、やっとこ帰って来たかと思えば今度は宇宙旅行。
オラと悟飯ちゃんを置いてくなんて薄情が過ぎるべ!
どんだけオラが寂しい思いをしているか……!
次第に背を丸めて嗚咽を漏らし始めたチチさんを見かねてか、ラディッツが寄り添って背を撫で始めた。……なんか手慣れてるね!?
見てらんないので俺も椅子から降りて慰めるのに加わる。悟飯ちゃんも一緒。
うー、やっぱりちゃんとフリーザ様倒した直後にこっちに転送されて来るようお願いしておけばよかったかな……。
わかってたつもりだけど、実際悲しんでいるのを見ると心が重い。
「お母さん……」
「悟飯ちゃんはもうどこにもいかねぇでけろ! おっ
ばつが悪そうにしていた悟飯ちゃんは、そっとチチさんを抱き返すと、顔をうずめた。
きっと悟飯ちゃんだって寂しかったのだろう。親元から離れるのはピッコロさんの時で経験してるとはいえ、まだ子供だもんね。当たり前だ。
「……、……。見苦しいとこ見せちまった。お詫びに、そうだ、夕飯はうちで食べてってくんろ。腕によりをかけて作るだよ」
涙を拭ったチチさんは、力こぶを作ってみせてそう言った。
努めて明るく振る舞ってる感じ。
なんだか、ちょっとセンチメンタルな気分になった。
◆
家族。
帰り途中の空、食卓を囲んでいた時のチチさんと悟飯ちゃんの様子を思い出して、ふとそれが気になった。
実を言うと、前の世界の家族の事を、俺はあんまり覚えていない。
お母さんは優しかった記憶がある。でもほんの子供の頃に死んでしまったし、義理のお父さんとはコミュニケーションが取れなかった。
それで、この世界じゃ血縁なんていないでしょ?
親しい間柄の、家族とか、兄弟姉妹とかを見るたび、なんとなくスンッてなっちゃうんだよなー。
そういう役柄を演じてみても、なんかしっくりこなくて。
ああ、きっと俺は、ちゃんとした家族というのを知らないんだなーって思った。
でもまあ、それでもいいかなって思う。
家族はいないけど、俺には一緒に過ごしてくれる人がいるからね。
「ただいま」
山の中に建つ我が家へ戻ってくれば、ほら。
「──おかえり」
こうして出迎えてくれる人がいて。
おかえりって、言ってくれる人がいて。
その優し気な瞳にほっとして、俺を待っていてくれてたんだってわかるから、安心して。
玄関脇で腰に手を当てて立っていたウィローちゃんは、さらりと金髪を揺らして微笑むと、ゆっくりと近づいてきた。
うん、と頷く。
わかってる。わかってるよ、心配だったんだね?
「──ただいま!」
俺の寂しさや不安を解消してくれる彼女の、おんなじ気持ちを、今度は俺が解きほぐすため。
腕を広げて、彼女を迎え入れる。
ああ……きっとこれが、家族ってものなのかな、なんて思ったりして。
「しばらくおやつ抜きじゃ」
なんかゲンコツ落とされたので泣いた。
◆
アイドル稼業を再開するにあたって、ナシコに求められたのは慰問ライブだった。
というよりは、元気な姿を見せて欲しい、って感じかな。
こないだの大災害以降音沙汰無かったから心配してた人がたくさんいたみたい。
しかしライブやイベントはしばらくお預け。
俺が小さくなっちゃったから、方々に話を通すのに忙しいんだって。
あっちに行っては頭を下げて、こっちに行っては説明して。
そんなこんなであっという間に一ヶ月経っちゃった。
ふいー、つかれた。
やっとこイベントを開けて、ナシコは大丈夫ですよーと世界に発信できた。
かなり戸惑われたけどね。パフォーマンス変わってないから世代交代説は打ち上げられて数時間で砕け散ったのだ。
それはそうと、ファンは大人なナシコも求めてるらしい。
俺としては子供になった方が大人気間違いなし! と思ってたんだけど、そっかそっか、大人な俺の魅力にやられちゃった人もたくさんいたわけだ。
あーあ、どうしよ。疎ましかったあの姿も、求められちゃ惜しくなるな。
今度ドラゴンボールで可変式にしてもらおっと。
TIPS
・願い事
混ざっていてわかり辛いが、ポルンガに頼んだことと神龍に頼んだお願いにわかれている
・クリリン
フライング復活
・悟空
てっきりフリーザ倒した後に転移が始まると思って数時間ほどうろうろしていた
ナメック原産の動植物などと戯れたのち、界王の助言に従って宇宙へと飛び立った
・ターレス
フリーザは討ち取れなかったが、死力を尽くして反抗できたので
少しだけすっきりしている
・ラディッツ
フリーザにやられ、地球で復活して随分パワーが上がった
だというのにまだナシコの方がパワーが上なのにひっそり落ち込んでいる
・ナシコ
ついに。
ついに、ナシコの肉体は天下無敵の幼さを取り戻したのだ。
これが全てにおいてパーフェクトなボディである。
・ウィロー
信じて送り出した娘が若返ってアホ面晒しながら帰って来た
ちょっとほんとこいつが何考えてんのかわかんない状態に陥った