TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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第二十六話 戦闘民族ではないということ

「ちぇえええい!!」

「はああ!!」

 

 空中戦。ウィローちゃんは挟み撃ちになっていた。

 トカゲ──ドーレの手刀を僅かにスライドして避けた彼女は、続いて背後からのサウザーの拳を、これもほんの僅かにずれるだけで避けてみせた。

 

「戦闘能力17万と16万3000か……なかなかのパワーだ」

「くそおっ、なんで当たらねぇんだ!」

 

 長い手足を振るい猛攻をしかけるドーレだけど、指一本動かさないまま避け続けるウィローちゃんには掠りもしない。雄叫びをあげて突っ込んだトオルは頭の上を跳ねるようにして避けられるのに目標を見失って大焦り。敵がそれ以上の回避行動を取っていないと知ると青筋を浮かべて唸り出す。

 

 最初こそまともな攻防をして、三対一なのもあって優勢に事を運び余裕の表情をみせていた三人は、一向に倒す事の出来ない相手に息を切らし始めていた。

 

「はあっ、はあっ……みょ、妙な奴だ。それほど動いて息一つ乱さないとは」

「わたしの体力は無限にあるのだ。──さて、戦闘データの収集は終えた。そろそろお前達との戦いも終わりにしよう」

「舐めやがってぇ!!」

 

 薄紫の気を手に纏わせ、ブレードと化した腕を振り上げて斬りかかったサウザーはしかし、躱されざまに肘鉄を首に受けて地に落ち、土柱と化した。

 

「サウザー! おのれぇ!!」

「ふん」

「おごっ……!?」

 

 続いてトオルが腹を打たれて白目を剥き、ずるりと落ちていく。

 ドーレの放った光弾は弾かれ、目を見開いた彼は瞬時に詰め寄ったウィローちゃんの蹴りでノックアウトされた。放物線を描いて吹き飛んでいく。

 

「他愛もない」

「お疲れー。いぇいっ」

「……いぇい」

 

 腕を組んで下りてきたウィローちゃんとハイタッチ。でもそんな感じで余裕そうにしているものの、データ収集を目的としていたらしいウィローちゃんの衣服は切れ込みたくさんでボロボロだ。最初にサウザーブレードを幾度か受けそうになってたせいでところどころ肌着や素肌が覗いている。幸い傷はないようだけど……。

 

 ……地面に倒れる二人と、森の方からはかすかな気を感じられる。殺さないでねって声をかけたおかげか、ウィローちゃんは三人を生かしたまま倒してくれたみたいだ。

 

「ふぅ」

 

 腰に手を当てて一息つくウィローちゃん。さっき言ってた通り彼女の体力は無限だけど、気分的にそうしたくなったのだろう。座る時とかによっこいしょって言ったりするのとおんなじ感じ?

 戦闘力の近しい相手に本格的な戦いを挑んだのはこれが初めてだもんね。

 ……でも、戦いはこれからだ。もっと大変で、もっと絶望的で、それこそ本気でやんないと駄目な感じの──。

 

「まさか、そいつらがやられるとはな」

「おわ!」

「……貴様は、クウラか!」

 

 聞こえた声に慌てて振り返る。

 水音……川の最中を歩いて来たのか、はたまたたった今そこに下り立ったのか……姿を現したクウラ様の気配を、私はまったく感知できなかった。

 フリーザ様と違ってどうやら気を消す事ができるみたい。当然コントロールもお手の物、なんだろうか。

 

「ちぃ……!」

 

 隣で戦闘態勢に入るラディッツと共に構える。……とはいえ、どうしよ……いくら考えても作戦なんかなんにも思いつかなかったんだよね。

 あっちが油断してるうちに全開パワーで倒すとか、それ作戦って言えるのか? くらいのものしか考えられなかった。

 要するに、なんの対策もございません。あっはっは。

 

「それもサイヤ人ではなくたかだか原住民のガキに」

「ク、クウラ様……!」

 

 土を掴み、身を起こそうともがくサウザーは、ダメージが深刻なのかそれ以上の身動きが取れないようだった。

 舌打ちしたクウラが私達を見回す。さすがのターレスもカレー作ってる場合じゃないと判断したのだろう、険しい顔で立ち上がった。

 

「貴様がソンゴクウか?」

「はっ、そいつは人違いだぜ……クウラサマよお」

「だろうな。一時期フリーザの下で働いていた猿だろう」

 

 ラディッツの隣へ来たターレスは、まさか覚えられているとは思っていなかった、みたいに僅かに目を見開いた。そういや結構前にそんな話を聞いた気がする。少しの間フリーザに下っていたが、離反して姿を隠したのだとか。

 

 私の隣へ来たウィローちゃんが左頬に手を当てて電子音を鳴らす。

 

「──! 戦闘力1億3000万……! なんという桁外れのパワーじゃ……!」

「っ、フリーザを完全に超えてやがる……!? あの野郎、何が宇宙一の帝王だ……!」

 

 ターレスの言うフリーザの戦闘力がどの形態を指しているかはわからないけど、どの道その通りだった。

 フルパワーのフリーザより1000万も高く、それでいてパワーダウンの気配はまったくない。

 クウラ様はフリーザで言うところの最終形態を常に維持し、きっとそれで慣らしていたのだろう。

 ……あんまり歓迎できない情報だった。

 

「当たり前だ。オレが弟より弱いはずなかろう」

 

 口角を上げて得意げに言うクウラ様に、正直恐怖以外の感情が浮かばなかった。

 ムキムキのフリーザ様見た時もそうだったけど、自分より戦闘力が遥かに高い相手と対峙すると、すっごい肌が粟立って背中も冷たくなって、心が震える。悟空さんはこれでよく「ワクワクする」なんて言えるよなあ……!

 

「チィッ……おいどうする、ナシコよ」

「どうもこうもないよ……! なんとかやっつけるしかないでしょ!」

「ちっ、フリーザがカカロットに倒された以上、こうなる事は予測できたってのによ……!」

 

 後悔がにじむターレスのその声は微かに震えていた。

 というか、私達全員声が震えている。ちょっとこれは、予想以上にプレッシャーがヤバイ……!

 あっ、あ、私膝も震えてるかも……! 昔っから緊張に弱いんだよね! こういう時くらい隠しておきたいんだけどなあ……!

 

「サイヤ人は皆殺しだ」

「!!」

 

 値踏みするように私達を順繰りに見ていたクウラ様の眼差しは、ラディッツとターレスの二人に定まった。

 二人が反応するより早くその目前へ迫ったクウラ様が突風を叩きつけてくる。二本の腕で防御姿勢に入ったラディッツが一番に殴り飛ばされ、反撃しようとしたターレスまでもが同じように吹き飛ばされた。辛うじて横目で捉えられたその速度に、体は全然反応できなかった。

 

「うがっ!?」

「喜べ。このオレ自らが手を下してやろう」

 

 真横を通り過ぎていくクウラ様を振り返れば、ラディッツが胸を踏みつけられて苦しんでいた。震える手で足を引き剥がそうと掴むも、びくともしないようだ。

 う……いやいや、怯えている場合じゃないぞ私! やらなければやられるんだ、ええい、頑張れ!

 

「おおお!」

 

 奮起しようと心の中で何を言おうと体は全然動いてくれなくて、そんな私の代わりのようにウィローちゃんが飛び出した。クウラ様の延髄へ叩きつけられたフルパワーの蹴りは、体を揺らす事さえできていない。

 

「この……!」

 

 流れるように再度蹴りつけようとした彼女は、のたくった尻尾に打たれて地面を跳ねた。撒き散った丸石と共に川の中へ落ちるのに、思わず名前を叫ぼうとして、声なんか出せなかった。

 

「あ……ぐ……!」

「ぐ、ぎぎ……! ちきしょおお……!!」

 

 たったの一発で動けなくなってしまったターレスに、ラディッツ。踏みつけられたラディッツの眼前に指が差し向けられて、紫色の光が溜まっていく。

 デスビームだ。このままじゃラディッツが殺されちゃう!

 だけど、だけど、体が竦んで動けないんだよ……なんで!?

 

 体中焦りでいっぱいになってまでしてもてんで動きやしない。状況だけが動いていく。

 もう……! もう見てらんないよ……!!

 

「死ね」

「!」

 

 今まさに死の光線が放たれようとしていて、私は、顔を背けたい気持ちでいっぱいになった。

 ラディッツが死ぬとこなんて見たくない。というかみんなが傷つくところなんて!

 ──だったらどうすればいいのかなんて、わかってるでしょっ!!

 

「ぬおっ!? ──……?」

「ふーっ、ふーっ」

 

 か細くて情けない声とともに投げつけた光弾がクウラ様の背中で爆発して、黒煙を上げる。

 ラディッツから足を退かした彼は、不思議そうな顔をしてこちらを見た。

 それだけで緊張が高まる。心臓の鼓動が激しくなって、耳元で鳴り響いてるみたい。

 体も揺れて、息も荒くなって、苦しくて。

 涙の滲む視界に、小刻みに頭を振った。

 

「ふっ……!」

 

 気を静めなくちゃ。

 恐怖心を抑えつけて、息を呑み込んで、無理矢理にでも平静を保たなくちゃ。

 

「っ!」

「! ほう」

 

 アイドルモードに入る時みたいに気持ちを切り替えて、赤い焔の気を纏う。界王拳。

 繊細な気のコントロールを要求されるその技の、一気に20倍までもを引き出した。

 吹き上がる力に髪が持ち上げられて、ヘアゴムが焼き切れて纏めていた髪がばらけて散った。光の中で服とともに揺蕩う。

 

「ふーっ……はーっ……」

「…………」

 

 噴出して揺らめく光に、体の隅々が軋んで痛んだ。肌が突っ張って、こうして立っているだけで壊れてしまいそうだった。さすがに20倍はキツい。こんなの1秒だって保ってたくない。

 でも、平気。

 ……うん、平気。

 私がやんなきゃ、みんなやられちゃうだけだもんね、頑張らないと!

 

「ぐ、あ……!」

 

 川から這い出てきたウィローちゃんが激しく咳込む声を横に、敵から決して目を逸らさない。たぶん、一瞬でも気を抜いたら、すぐやられちゃうと思うから。

 

 こちらの力を計っているのか、脅威と認識されたのか、それともなんにも考えてないのか……完全に私へと体を向けたクウラ様は、でも、すぐには仕掛けてこなかった。

 余裕の表情だ。笑いもしてなければ侮ってもいない、フツーの顔。

 たかだか地球人のガキ如き、って感じで油断してくれればいいものを……『フリーザのように甘くはない』か……厄介な!

 

「んっ!?」

 

 不意にその両目から怪光線が放たれた。前動作無しの完全な不意打ち。

 気の高まりさえ感じられなかった私は、力を制御する事に精いっぱいで、体を動かす事すらできなくて。

 ──だから両目から光線を放つ事で応じた。

 

「ぬ……!」

 

 ちょうど両者の真ん中でぶつかり合った光線が爆発する。

 その余波に仰け反るクウラ様──追撃のチャンスは、いや、本気じゃないクウラ様に大ダメージを与えるチャンスはここしかない!

 もちろん私だって暴風に煽られて体勢を崩してしまっている。体重もないから向こうより酷くて、両足は完全に浮いて、後ろに倒れ込む真っ最中だ。

 でも心構えがあったから、倒れ行く中でも右手を伸ばし、一本立てた指で照準を合わせられた。

 

「"デスビーム♡♡♡"!!」

「ぬがっ!? ──な、お!?」

 

 ポウ、と放たれた三筋の、ピンクの光線が見事クウラ様の胸を打ち抜いた。

 足から力が抜けたようにくずおれて膝をつくクウラ様が胸を押さえて呻く。だけど、ダメージはまったくない。

 

「な、なんだ……これはぁ……!?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 風が消え、体勢を整えて着地する。ザリリッと石も土も削って足を開き、やや腰を落とす。

 

 ダメージが無いのは、私の力が低すぎるからとかじゃない。

 そもそもこの技はライブパフォーマンス用だ。はなから殺傷力なんてある訳ない。

 だから追撃が必要なんだ。これ以上ないくらい、こっから最後まで運んで一気に倒しきるまでの!

 

 前傾姿勢で力を溜める。いわゆるスタンディングスタートの体勢。

 

「な、何をした……! オレに何をしたっ!!?」

「よーい……どん!」

 

 ドン、で駆け出す。

 血走った目で私を睨むクウラ様へ蹴りかかり、顎をかち上げ、がら空きになった体を幾度も蹴りつけていく。

 丸石が飛び散り、地を削って後退するクウラ様が抵抗しようと腕を振り上げるのを蹴り弾き、ラディッツにつっかかって仰け反るのを見て蹴り飛ばす。

 

「ぬがぁっ!?」

「ごめんラディッツ!」

 

 後方回転して下り立ったクウラ様の面前へ飛び込む際、爆発的な気の高まりに煽られたラディッツが転がっていくのが見えて謝罪を口走った。たぶん聞こえてないと思うけど……!

 いっそう強く気を纏い、拳を振りかぶって突っ込んでいく。

 

「うりゃーっ!」

「ぐっ、調子に乗、がぁっ!?」

「でぇりゃー!」

 

 怯んだその巨体へ再び蹴りの連打。短い腕より比較的長い足を使ってリーチの差を潰しつつ、持ち直す隙を与えないよう絶え間なく攻撃していく。

 打撃音が重なって響き、鉄でも蹴りつけるような痛みが足に跳ね返ってくるのに、なんでか泣きそうになった。

 

 なぜここまで一方的に攻撃できるのか。

 それは私のデスビームが、私がライブの時に感じるときめきとかドキドキとかをいっぱい詰め込んで放つやつだから。当たったらどきどきして動けなくなっちゃうのは当然!

 正直通じるかはわかんなかったけど、先程膝をついたクウラ様の頬には朱が差していたので、ドッキンドッキ大作戦は大大大大大成功! みたいだね!!

 

「がぁぁ!!」

 

 復帰して腕を振り下ろしてくるクウラ様の攻撃を掻い潜り、懐に潜り込む。

 思い切り引き絞った拳を、その腹目掛けて──打つ!!

 

「お゛う゛!?」

 

 背側まで突き抜けて衝撃波と化す拳撃に確かな手応えを感じた。覆いかぶさって来る上半身を気にせず、この成功を噛みしめる。

 っしゃ! クウラ様怯んだ! でもまだまだ終わんないよ!

 腹を押さえて倒れ行くクウラ様の内側からひょいと出て、焔を噴出させて空へ飛び上がる。両腕を右の腰へ。合わせた手の合間に光球を生み出していく。

 青い光の帯がいくつも伸びて、最大まで高まったその瞬間に地上へと向けて両手を突き出した。

 

「波ーーっっ!!」

「──!」

 

 一瞬音が消える程の凄まじい圧力。倒れたその背に全力のかめはめ波を受けたクウラ様が地面を削って沈んでいくのを見て、歯を食いしばって姿勢変更。

 地面へ向けて突撃の体勢。かめはめ波に用いた気を全身に纏い、私自身が光弾となって跳びこんでいく。

 

「ええりゃあーっ!!」

「ごぁああ!!!」

 

 両拳を前に突き出した体勢で突進すれば、海老反りになったクウラ様がものすごい声を発した。

 紫色した硬い外皮と私の拳が擦れて、でも人間の柔らかな体と変わらないように拳が沈みこんでいく。その奥にある骨ともゴリゴリ擦れ合う感触が生々しくて、いっそう強く歯を噛んだ。この暴力が気持ち悪くってたまらなかった。

 

「んっ!」

 

 このままやり続けたって意味はない。きっとすぐ跳ね返されて、勢いを削がれてジエンドだ。攻撃を絶やさないその一心で左へ回転しながら下り立ち、即座にクウラ様の尻尾を掴んで引き上げる。ミスッたら終わり──しっかり掴むんだ!

 一瞬見えた横顔を意識しないまま腹を蹴り上げれば、あっという間に遥か上空へ吹き飛んだ。

 遅れて打撃音が空間中に響き渡り、足元の石が円状に吹き飛んで、川が激しく波だった。

 

「ん!」

 

 光の尾を引いて飛ぶ。

 一本の矢のように、私の体はあっという間にクウラ様の頭上を取った。

 未だ体勢を整え直す事もできずに大の字で上って来るその背の、白い外骨格に守られていない剥き出しの背中へ狙いを定め、息を止めての肘打ち。

 

「がぁああ!!!」

「っひ……く!」

 

 握った拳を手で包み、両腕を一の字にして攻撃力を高めた、全体重を乗せた肘打ちでクウラ様はひしゃげるようにして地上へと逆戻り。痛みが響く肘を放って腕を解く。指先から二の腕半ばまで濃い疲労感が詰まっているのに大きく息を吐こうとして、止めたままの息を吸う事も吐く事もできなくなってしまっているのに気づいた。

 

「こ、の……!」

「!」

 

 地響きがする。両の手と膝で着地したクウラ様に、もう猶予はないってわかった。いいようにやられて怒りに震えるその背から濃密な気が立ち上り始めている。

 ここで決着をつけるしかない!

 

「──お!?」

 

 高速後転してクウラ様の真後ろへドシンと下り立った、その時にはもう両足を開いて腰を落とした、かめはめ波の発射体勢。

 慌てて振り返ろうとするその姿にめいっぱい気を引き出し、無理くり界王拳の倍率を25倍まで引き上げて、きつすぎて砕けそうな体を誤魔化すように身を捻る。

 

「あっけ、なかった、なぁ!!」

「な────」

 

 驚愕に歪められたその顔を青い光の奔流が飲みこんでいく。

 今できる精いっぱいのかめはめ波。それもちょっと限界を超えるくらいの……!

 地上を削り、森の中を突き進みながら上向いた光線が空の彼方へ消えていく。

 同時に纏っていた気が霧散した。もう、うんともすんともいわない。

 

「ぷはっ、は、ぁ」

 

 重力に引かれるまま膝をついて、でも、上手い具合に立っちゃって倒れる事はなかった。

 できれば倒れ込んでしまいたかったけど、まだ終わってないかもしんないから──。

 

「まさか」

 

 ……ああ。

 ああやっぱり、終わってなんかなかった。

 

「警戒していたサイヤ人以外に、これほどの力を持つ者がいたとは」

 

 もくもくと膨れていた煙が、強い風に攫われて消えていく。

 クウラ様は二本の足でしっかりと立っていた。不機嫌そうに揺れる尻尾のおまけつきで、私を見下ろしていた。

 口の端から垂れる血をぐい、と拭われるのに、泣きそうになる。せっかく与えたダメージの痕跡が消えてしまって、まるで全然、なんにもできなかったみたいに感じられてしまって……。

 

「オレも甘かったというわけだ」

 

 自嘲するように呟いたクウラ様の姿が消えた。

 と思えば、突然視界がぶれて、凄い圧に体を揺さぶられた。

 ぐらぐらと揺れる眼球。明滅する意識。身体機能が強制停止されてしまったみたいに動かない。

 

「くぉ──!?」

 

 声とも息ともつかないものが漏れて、ようやくお腹を殴られてるんだって気付いた。

 それがわかったところでどうしようもない。何を認識するより早く運ばれた私は、拳と木とのサンドイッチにされて、それにとどまらず殴り飛ばされた。

 

 受け身なんて取れなかった。

 上も下もわかんなくて、木や生い茂る葉にぶつかりまくって、乱回転する体はバラバラになってしまいそうだった。

 

 森を抜けて、勢いも消えてきて、短い草の生えた地面の上を跳ねる。

 ごろごろ転がって、自分の髪を何度も下敷きにしてしまった。

 でもそんなの気にならなかった。

 

「ぉ、ぐ……お」

 

 ようやく止まった体に、腕をついて身を起こそうとして、うずくまる。

 両手で抱えるようにお腹を庇う。ぎゅうぎゅうと丸まる。

 お腹が痛かった。

 

「い、いぃ、ううう……!」

 

 お腹が痛い。殴られたお腹が、痛い。

 地面に擦り付けた額の痛みとは比べものになんないくらい、馬鹿みたいに痛くて。

 こんなの……たえ、たえらんな……!?

 

「ぇほっ、か、あ……!」

 

 上手く息ができなくて口の端から唾液が落ちるのに、変な喘ぎ方しかできなかった。

 見開いたままの目が閉じられない。視界が何度もぶれて、正常に戻らない。

 

 ……なにこれ。

 なに、なんなの。なんでこんなに痛いの……?

 こんな、こんなに痛いのなんか知らないよ……! な、なんで……!?

 

「えうっ、あ゛っ、あ、あうう……」

 

 絶え間なく滲み出る脂汗が地面に染みを作っていく。

 この世界で生きてきて、こんなにひどい痛みを感じたのは初めてだった。

 自分で自分を傷つけるのとはわけが違う。覚悟して受け入れている界王拳の辛さとも全然違う、敵から一方的に与えられる拒絶できない痛み。

 

 何かを殴る時の拳の痛さとも違くて、怪我しちゃったりした時のやつとも全然違う。

 他者から叩きつけられる暴力が、こんなにつらいものだったなんて、知らなかった。

 

 だ、だって私、殴られたこと、な、ないし……!

 み、みんな耐えるから、私も、私だって、だ、大丈夫だって思ってたのに……!

 

「ナシコさん!」

 

 頭を強く引っ掻いても、膝を地面に擦りつけても痛みは消えてくれなくて。

 じくじくして、体の中全部壊れちゃったみたいに熱くなって、動けなくて。

 

 心が折れてしまうのを、自分でもはっきりと感じた。

 だって殺されちゃう……! わた、私、このままじゃ……や、やだ、やだやだ、やだやだやだ!

 そんなのやだよ、おかしいよ!!

 

「ひっぐ……ぅ」

 

 なんでこんなっ、い、痛いの……!?

 痛いのやだっ、やだよ、やだぁ……!

 

「ナシコさん、大丈夫ですか!」

 

 肩を掴まれるのにはっとした。

 私を覗き込む顔に、少しずつ焦点が合っていく。

 

 ……悟飯ちゃん。悟飯ちゃんだ。悟飯ちゃん、戻ってきちゃったみたい……?

 たいへん。どうしよう。こんな変なかっこ見せたくなかったよぉ……。

 今、私、ちょうかっこわるい、よね……。

 

「ナシコさん! ナシコさん……?」

「げほっ、えぅ、う、ふ……う」

「大丈夫、ゆっくり息してください……ゆっくり」

 

 助け起こしてくれた彼が優しく背中を撫でてくれるのに、情けなさなんてどこかにいってしまった。

 言われた通りに呼吸を繰り返す事しかできなくて、ばらけた髪が視界を遮ってても退かす事さえできなくて。

 冷たい涙が髪に染みた。

 

「ぅ、えぅ、いたい、いたいよぉ……」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから……!」

「やだ……やだぁ!」

「あっ」

 

 零れる涙を止めるすべはなく、悟飯ちゃんに縋る。

 なんで、私がこんな痛い思いをしなくちゃならないんだろう。

 私、アイドルなのに。こういうの、いけないんだよ……?

 ぼ、暴力とか、そういうのは、だめなんだよ……?

 

「なんで、悟空さ……っぅ」

 

 悟飯ちゃんの肩に頭を押し付ける。人肌が途方もなく恋しかった。

 痛みはとっくに消えていて、その代わりに恐怖で体が震えて。

 ああ、だめ。私、ぜんぜんだめだ。

 一回殴られただけなのに、もう、戦いたくないって思っちゃってる……。

 

「ナシコさん……」

 

 震える私の体を、悟飯ちゃんは強く抱き返してくれた。

 甘えるように頬を擦りつける。

 細くて、小さいのに、硬い筋肉に触れていると安心できた。

 それでも弱気の虫は消えてくれない。

 どうしてこんな目に合わなくちゃいけないのって、駄々をこねている。

 

 悟空さんが……。

 だって、あいつ、く、クウラ様って、悟空さんが倒す奴だもん……!

 私が倒す奴じゃないもん……!

 

 悟空さんさえいてくれたなら、私がこんなに痛い思いをする必要だってなかったのに。

 なんで悟空さんいないの……? 助けてよぉ……。

 私が、私が助けてって言ってるんだから、助けてよ!

 悟空さん、悟空さん、悟空さん!

 

 胸の中で、何度も彼の名前を呼ぶ。

 そうしていれば、きっと助けに来てくれると思った。

 だって彼は、悟空さんだから。

 私の大好きな悟空さんだから、絶対助けに来てくれる……!

 

 わ、私、もう戦いたくない! 痛いのはきらいなの! き、傷がついちゃうの、だめだし、わた、私が戦う必要だってないじゃん……?

 死んだってドラゴンボールで生き返れる? だからなんなの。そんなのなんの慰めにもならないよ!

 死ぬほど痛いのに変わりはないし、死ぬのが怖いのにも変わりはない。

 だからもう、戦うのは、やなの!

 

「ナシコお姉さん、しっかり!」

 

 また震えが強まるのに、悟飯ちゃんが呼びかけてくれた。

 嬉しいのに、答えたいのに、勝手にイヤイヤって頭を振ってしまう。

 体がこれ以上の痛みを拒否してるみたい。

 せっかく、お姉さんって呼んでくれてるのに……。

 お姉さんじゃなくてお姉ちゃんだよって、訂正する気力なんて、ちっともわいてこなかった。

 

「……ひっ……ぅ」

 

 息を吸おうとするたびに背中が跳ねて、変な声が出る。

 そのたびに、背に回された悟飯ちゃんの手を感じた。

 あやすように背中を撫でてくれる小さな手の平を感じられた。

 

 間近に感じる暖かい気に、目を閉じると、悟空さんの顔が浮かぶ。

 強い風に揺らめく逆立った金髪と、翡翠の光を灯した厳しい眼差し。

 引き結ばれた口に、あちこちに残る血の跡に、戦いの疵痕でいっぱいの体に。

 

 ずっと、見下(みくだ)されるように見られる想像に、ふるりと体が震えた。

 

「ぅ……」

 

 悟飯ちゃんを抱き締めると、ちょっと力が強かったのか耳元で呻く声がした。

 確かめるように悟飯ちゃんの背中を撫でる。

 ……あ、震えた。ごめんね、くすぐったかったかもしれない。

 ……ごめんね。

 

「ちょっと、このままで、いさせて……?」

「……はい」

 

 絞り出した声はどこまでもか細くて、だけど、しっかりと聞き取ってくれた悟飯ちゃんが力強くお返事してくれるのに安心して、また涙が零れた。




TIPS
・魅了光線
ダークネスアイビーム
目からビームとか普通にやらかすアイドル

・デスビーム♡♡♡
ナシコのアイドルに対する感動をそのまま放つ気功波
彼女の感じるときめきやきらめきを強制的に感じさせる技
クウラは謎の高揚感に戸惑い動けなくなってしまったのだ
頬を朱に染めるクウラとは誰得なのか

・よーい、どん!
スタンディングスタートで駆け出し、猛攻を加え、強烈な一撃を見舞った後に跳び上がり20倍界王拳のかめはめ波を放つ

・ツフルクラッシャー
デスクラッシャー的なあれ。気を纏い、両の拳を前に突進する
軽い気功波なら弾けるかもしれない

・パーフェクトイミテーション
パーフェクトコンビネーションのナシコエディション。
強烈な蹴り上げののち、界王拳によって相手の上空へ回り込み、渾身の肘打ちで地上へと叩き返す

・フルパワーかめはめ波
25倍界王拳のかめはめ波
今のナシコのできる全力。数値にして1億ほど
「あっけなかったなぁ!!」の台詞には、そうであってほしいという願いが込められている

・腹パン
祝☆人生初の他人から受けたまともな暴力
まともな暴力ってなんだよ。ナシコにダメージを与えられる攻撃のことかな?
前世含めて悪意ありきで叩かれた事のないナシコはあっさり心が折れた。弱い

・悟空
崩壊したナメック星、初変身であるための異様な高揚、憎く哀れで惨めなフリーザへの沈静化した怒り……
諸々含まれた表情で見つめられたナシコは、その視線に貫かれた感覚と激情の残り香に中毒性を覚え、日常の中でたびたび思い描いてはぞくぞくと身を震わせるようになった
主に布団の中とかトイレの中とかで

・クウラ
あなたのハートにデスビーム♡♡♡状態

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