「……」
川原に立つクウラは、じっと森の向こうを見つめていた。
先程赤い光を纏って挑みかかって来た、驚異的な力を持つ原住民の少女。
自ら殴り飛ばしたその相手が、そこから飛び出して来るのを待ち構えているのだ。
「……あれくらいでくたばるとは思えん」
このオレの拳を受けて、傷らしい傷を残さず吹き飛んでいったあの子供が、力尽きているはずがあるまい。
ひとたび拳を振るえばあらゆる敵を粉砕し、そこそこの力を持つ者ならば貫いてしまう攻撃に耐えていたように見えた……いや、事実耐えたのだろう、クウラはそう確信していた。だからこそ、こうして手慰みにあの子供が戻ってくるのを待っているのだ。
「ぐ、くく……」
「おの、れ……!」
──もっとも、本命はサイヤ人の殲滅だ。
呻き声に土音が混じり、二人の戦士が立ち上がる。
その気配に僅かに顔を向けたクウラは、フッと口元を緩め、しかしすぐに引き結んで振り返った。
戦闘民族を名乗りながらも戦闘服を身に着けていないサイヤ人……ラディッツとターレスが、ダメージを残す体を無理矢理に持ち上げていた。
「どうした。やはりサイヤ人とはこの程度の戦闘レベルなのか。スーパーサイヤ人とやらは……」
「くっ……」
「──伝説の存在だったか」
尻尾が揺れ、地を薙ぐ。巨大な土埃が木々を襲った。
わざわざ遥々こんな辺境の星までやって来たというのに、部下は原住民の子供にあっさりと敗れ、目当てのソンゴクウは不在。代わりにいたのは塵に等しい雑魚ばかり……これでは無駄足だ。
この星を更地にし、引き上げるか。そう思考するクウラは、二匹の猿の様子が徐々に変わりつつあるのに気づき、僅かに顔を上げた。
「情けねぇ……! サイヤ人ともあろうものが……! ガキに庇われてやがる……!!」
「こんなではいつまでたっても弱虫のままだ……! 俺は……! 俺は宇宙一の戦士だ!!」
白い気を纏い、髪を揺らめかせる二人に呼応して空気が震える。
丸石達が細かくぶつかり合っては音をたて、浮き上がり始める。
「ほう?」
感心したような声を発したクウラは、気を探る術はなくとも、ラディッツとターレスが自身への怒りによってどんどんパワーを上げていくのを肌で感じられた。
……そして、有象無象が無謀にもここへやって来るのも捉えた。
「……なんという気のでかさだ」
「てんで場違いのところに来ちまったって感じだぜ……!」
天津飯、そしてヤムチャ。強大な気を感知した二人は、戦う気も失せるような邪悪な気配に、それでも放ってはおけないと参戦してきたのだ。
「二人とも……来てくれたんだな……!」
「クリリン!」
ブルマを避難させ終えたクリリンもまた、戦いの場に戻って来た。
一度は凄まじい大きさに達したナシコの気が、今は粒のようにしか感じられないのに居ても立ってもいられず飛んできてしまったのだ。
「おれ達じゃ時間稼ぎにもならないかもしれないけど……」
「ああ、わかってる」
「だが、やるしかないんだろう」
顔を見合わせ、頷き合う三人。
先程感じた途方もない気を前にしてみれば自分たちなど毛ほども役に立たないだろう……。
だが、無理とわかっていても、やらなければならない時があるのだ。
そうして猛るクリリン達だが、クウラは目もくれていなかった。
今は目の前で力を高めていきりたっているサイヤ人を絶滅させるのが先だからだ。
キッと顔を上げたラディッツが、構えたターレスが、同時にフルパワーへと達する。
吹き荒ぶ風が木の葉を渦巻かせ、石が飛び散る。自らに向かってきた丸石の全てを尻尾で払い退けたクウラは、悠然と腕を広げた。
「うおおお!!」
「ずああーーッッ!!」
激情をそのままに殴り掛かって来る両名を見上げるクウラの顔に浮かぶのは、それでこそ、とでも言うような不敵な笑みだった。
◇
強く抱き締め合って……どれくらいの間、そうしていただろうか。
悟飯ちゃんの肩部分の布はずっしりと濡れて冷たくなっていて、お互いの高い体温はすっかり移ってしまっていた。
「っ……ふ、う」
「ナシコさん……」
だというのに、まだ、まだ震えが治まらない。
どれほど抑え込もうとしても、痛みに対する恐怖心が消えてくれない。
クウラ様を倒さなくちゃいけないのに。このままじゃ本当にやばいのにって、頭じゃわかってるんだ。
でも、また殴られたらって思うと、立ち上がれなくて……もうずっと悟飯ちゃんに慰められている。
……向こうの方で、いくつもの気がクウラ様とぶつかり合っているのがわかる。
あっという間に弱々しくなる気配に、心が締め付けられて、恐怖心とせめぎ合う。
……やっぱり、痛いのは嫌だって、そういう怖さもあった。
でも、悟飯ちゃんのおかげで少し落ち着いた今は、それよりもみんながやられちゃうことの方が怖いって思ってる気がする。
勇気を、出さなくちゃ。いつまでもこんなじゃ駄目なんだから。
悟飯ちゃんの肩に顔を
前世、弱った時によく見ていた動画の、そのおまじないを再現するために。
喉の奥に溜めた息を吐き出すまでの数瞬、夜闇に覆われた周囲がしんと静まり返った。
「『この程度で音を上げてどうすんだ!』」
ザアッと木々が騒めいた。
木霊した音がビリビリと肌に響く。
後ろの森の向こうまで、前の方の崖のところまで。この場で発したはずなのに、天上から降って来たみたいな声があっちにこっちにぶつかって、消えていく。
「お、とうさ……?」
突然の大声に強く跳ねてしまった悟飯ちゃんの体を抱き締めて押さえつける。
まだ……まだ離さないでいてほしい……。今離れちゃったら、動けなくなってしまいそうだから。
……もう少しだけ、こうしていさせて……?
「……、……。」
そのわがままが伝わったのか、悟飯ちゃんは戸惑いがちに同じ強さで抱き返してくれた。
自然と口元が緩んで、でも、引き結ぶ。
息を吸う。吐く。
呼吸を整えて、もう一度大きな声を出すための準備をする。
──────っ。
「『甘ったれてんじゃねぇぞ! 地球は、おめぇが守るんだ!!』」
喉の奥から絞り出した声が、私の胸を熱くする。
つぶった目からとめどなく涙が溢れて、すりすりと擦りつけた小さな肩に滲んでいく。
恐怖からの涙じゃない。これは、ただ、嬉しくって出てくるもの。
「お父さんの、声だ……」
髪にかかる吐息と振動に、ぐっと顔を押し付けるようにして頷く。
そうだよ。これは、悟空さんの声。
私が出した声だけど、私に向けられた応援の声。
胸の中にじわじわと熱いものが広がっていく。恐怖心があっという間に薄れて消えていく。
……そう。……そうだよね。そうなんだよ。
甘ったれてちゃいけない。だって今、地球で一番強いのは……頑張れるのは、私しかいないんだから。
「『オラがいねぇと、守れねぇんか!!』」
そう……です。
きっとね……悟空さんじゃなきゃダメなんだよ。私じゃダメなんだよ。
わかってるけど……私、頑張りたいな、って。
みんなを守りたいなって、そう思うと、だんだん力が湧いてくる気がするの。
「お父さんは……」
悟飯ちゃんが呟く。私の背中から離した手を私の頭の上へ乗せて、優しく、優しく撫でてくれながら、ゆっくりと話しかけてくる。
「お父さんは、今、地球にはいません」
「……うん」
きゅ、と胸が締め付けられる。反射的に、いやだって首を振りそうになっちゃった。
だってそれは、とても心細いこと……。
あれほど頼りになる人だから、彼さえいれば大丈夫だって思っていたから、今地球にいないのがこんなにも辛い。
小さな手が、私の後ろ髪を伝っていく。
頭も背中も暖かい手で撫でてくれる。
「だからボク達が、どうにかしなくちゃいけないんです」
「うん……!」
悟飯ちゃんの言葉に、ゆっくりと顔を離した。彼の目を見てしっかり頷く。
……ああ、たくさん泣いちゃったせいで顔中冷たいや。
彼の両肩を掴む。まだ、離れたくなかった。触れていたかった。だって顔、冷たいんだもん。あったかい悟飯ちゃんで暖を取るしかないよ。
「……ふふっ」
「あはっ」
なんとなく笑い合った。
……撫でられるのやめられちゃって、ほんとは凄く寂しくなったんだけど、うん。泣いてる場合じゃないもんね。
「そうだね。ごめんね、悟飯ちゃん……情けない姿、見せちゃったね。お姉ちゃんなんて言えないや……」
自分で言ってて、どんどん恥ずかしくなってくる。ほんとに情けないところを……ああもう。普段戯れでお姉ちゃんぶってるのが台無しだ。せっかくカッコつけてたのに……。
「そんなことありません。ナシコさんは立派な人です! 立派なお姉さんだって、ボクが保証します!」
「……ふふ」
肩に置いた私の手を取って、ぎゅうって握りながら力説してくれる悟飯ちゃんに笑みが零れる。
あーあ、またお姉さんって呼んでもらっちゃった。これはもう、頑張るしかないよね?
良い子全開の悟飯ちゃんの頭を乱暴に撫でて、立ち上がる。手を差し出せばすぐに掴み取ってくれた彼を引っ張り上げて、手を重ねて見つめ合う。
「ありがとう、悟飯ちゃん」
照れ笑いを浮かべてお礼を言えば、へへっと笑われた。無邪気な、守るべき子供の笑顔。
……、ふぅー……。
……この子がいてくれたおかげでなんとか立ち上がる事ができた。
もう痛いのなんて怖くない。──っ、う、うう……こわくない! 怖くないもん!
「すぅー……はぁー……んっ」
お腹の奥ですっごくイヤな感じがするのに思い切り目をつぶって、息を吐き出す。喉の奥の辛いのも全部一緒に出しちゃって、それでおしまい。
一歩後ろへ下がって、体を離し、手も、離す。
熱い手の平が外気に触れて冷えていく。指がほどけて、中指どうしが擦れて。
そうして完全に離れてしまうと、心細くてたまらなかった。
今すぐ悟飯ちゃんに飛びついてもう一度抱き締めて貰いたくなった。
おかしいな……私って、こんなに甘えたがりだったかなあ……?
でも、もう大丈夫だよ……!
私だって男の子だもん。今は女の子だけどー……ね? ハートはあっついよ。
だからもう大丈夫。風は冷たいけど、心の底から湧き上がる熱が私を強くする。
『その意気だ。いいか。フルパワーでかかるんだぞ』
「……はい」
金の輝きが私を照らす。
隣を見上げれば、優しい翡翠に見返されて。
おっきな手が肩に回されて、ぽんと叩かれた。
──よしっ。
「ん~~! ナシコちゃん、完っ全っ復っ活!!」
ぴょーんと飛んで、しゅたっと着地。ピースを当てた目元からぴろんと星を飛ばして、キュートに決める。
元気全開、勇気いっぱい、ハイパーアイドルナシコちゃんが、めちゃんこ頑張っちゃうんだから!!
「悟飯」
「あ、ぴ、ピッコロさん……?」
ふと、すぐ傍から声がしたかと思えば、暗闇の中からぬうっとナメック星人が現れた。
驚きも間もなく喜色に変えてピッコロさんに駆け寄った悟飯ちゃんは嬉しそうにしてるけど、私今、心臓口から飛び出そうになったからね? なんでこの人気を消してたの……こわ。
「なんてブザマなヤローだ」
勝手に戦慄していれば、上の方からベジータの声がした。
見上げれば、戦闘服を身に纏った彼が心底見下すような目で私を見ていた。実際見下されているのだろう、苛立ったように舌打ちされるのに小さく肩が跳ねた。う、そういう怖いの苦手だからやめてよね……。おっきな音とか苦手なんだよ……。
「
「はあ」
自信満々に言い放ったベジータに、気の抜けた声しか出なかった。
……なに、ひょっとして超サイヤ人になれたの?
それなら確かにクウラ様瞬殺できるだろうけど……でもねぇ。感じる彼の潜在パワーは、どうにも私を大きく下回っている。ちょっと小突いたら死にそうな感じ。
「──役立たずは引っ込んでいるんだな」
そこはかとない不安を感じる私とは裏腹に、ベジータはびゅーんと飛んで行ってしまった。
……大丈夫なのかなー、あれ。
「あの、ナシコお姉さん」
「はいはいはぁい! なになに悟飯ちゃん?」
ぼけーっと森の上空を眺めていれば、お姉さんと呼びかけられるのにぴーんと一本髪が立った。
おおお、背中がむずずっとした! お姉さん呼び、超良い……! めっちゃ良い……!
「これ、ピッコロさんが持って来てくれたんです」
悟飯ちゃんは、ピッコロさんがくれたらしい仙豆を一粒私に握らせた。
危なくなったら食べてください、だって。うん、大事にするね~。
……ちらっとピッコロさんを横目で盗み見る。じーっと私の事見ててちょっとびびった。
だ、ちゃ、ちゃんと噛むからね!
「おい、モタモタしている暇はあるのか」
他にもいくつかある仙豆は、向こうで小さくなって今にも消えてしまいそうな気配の人達に食べさせる分だって。
急がなくちゃ、もう誰か死んじゃいそうだ。いや、まだ誰も死んでない方がおかしいんだ。みんな相当気張ってくれてるみたい……!
「行くぞ!」
「はい!」
ザァッとターバン&マントを脱ぎ去って前へ出たピッコロさんが号令をかけ、悟飯ちゃんの返事に合わせて飛び立つ。おいてかれないよう目いっぱい飛び立てば、思いがけず二人とも即座に抜き去ってしまった。
一瞬交差した二人との視線に、減速はせずに前を向く。
たぶんクウラ様とまともにやれるのは私だけだ。だから、悟飯ちゃん達にはみんなの回復を任せて、先に行って私がクウラ様を釘づけにして……フルパワーで倒す。なんとしてでも……!
眼下に続いていた森が途切れる。キャンプ地に出た! ──眼下に斃れる戦士達の姿が見えて──頭を潰された死体が三つあるのに息を呑む。
あの戦闘服は、サウザー達のものだ……!
「ふおお!?」
「んゃ!?」
川原へ下り立った矢先に、吹き飛んできたベジータを受け止める羽目になった。っとと。
ずっしり重い筋肉マンをお姫様抱っこに抱え直せば、ゴボッと吐き出された血が戦闘服を染める。
うあっ、心臓貫かれてる……! やばいやばい死んじゃう!
「ベジータ!」
「グ、ゴポッ……!」
意識を失いかけてる体を揺すって顔を横に向かせ、口内に残っていた血を流す。喉奥に指を突っ込んで、反射で噛んでくる口を無理矢理開かせ、手の内の仙豆を押し込んで、手で蓋をする。
飲めっ、飲み込めっ……!
「──はっ!?」
一度強くむせ込んだベジータは、ゴクリと喉を動かした直後に両目をかっぴらくと、その黒目に私の顔を映した──鼓動するように、その目がぶれる──。
「どけっ!」
「きゃっちょ、ちょっとぉ!」
と思えば突き飛ばして来るんだから、コイツ……!!
わりかし全力で押してくれちゃったのだろう、肩から地面にぶつかるのに、そのまま転がるようにして手を使わず立ち上がる。擦った足に吹き飛ばされた石同士のぶつかる音が響いた。
「ぐぁあああ!! だぁーっ!!」
「フン、やはり生きていたか」
「だだだだ! がぁー!!」
気を全開にしてクウラ様へと殴り掛かったベジータは、そこから猛攻を開始したものの、どれほどの拳を浴びせても相手は微振動するのみでまったくダメージを与えられてない。どころか奴の視線は私の方に向いていてベジータをいないものとして扱っているようだった。
やっぱり、超サイヤ人にすら至れてなかったのか……! たった今瀕死から復活して私に近しいパワーになった癖に、無暗に攻撃を続けるだけのベジータに苦々しい思いを噛みしめる。
「ぐお!?」
ガッとベジータへ顔を向けたクウラ様が尻尾を用いてベジータを地へ叩きつけた。バウンドした体にさらに鞭打つようにして吹き飛ばす。幸いにして致命的なダメージではなかったのか、体勢を整えて着地したベジータは、両の拳を握りしめてぶるぶると震えた。
「なぜだ……なぜだぁー!! オレは超サイヤ人になれるはずだ!! チクショォーッ!! カカロットの野郎になれてッこのオレ様になれないはずがないんだーっっ!!!」
暴風を巻き起こしながら気を高めるベジータを無視し、腰を落として構える。私に視線を戻したクウラ様が口の端を吊り上げるのに、全身から気を引き出し、細胞の一つ一つを沸き立たせる。
「はっ!」
「……さあ、来い」
「言われなくても!」
20倍界王拳。
それはさっきと同じ倍率だけど、一度体がギシッてしたくらいで、もう無理な感じはしない。
ただし今度はクウラ様の迎え撃つ体勢ばっちりな無理ゲー状態だけど!
でもそんなの関係ないもんね! 私は、クウラ様を、倒す!!
地面が爆ぜる。丸石たちを粉微塵に吹き飛ばし、飛び掛かっていく。
「どこを見ていやがる! こいつを食らいやがれ!!」
横合いから放たれた光弾はクウラ様の腕に払われて、しかしそこで爆発した。
膨らみ始める煙がその顔の半分を隠すのに合わせて、そっちの手を振り上げる。
「つあ!」
攻撃の瞬間だけ25倍まで引き上げた拳撃は、スライド後退されて避けられた。
あっ……!
あんまり勢いをつけていたもので、振るった拳に引っ張られるようにしてどんどん前のめりになっていく。焦燥が冷たく背中を走るのに、でもどうにもできず顔から地面へ突っ込んでいく。
「んぐっ!」
「!」
と見せかけて! 両手で地面を受け止めて肘を曲げ、着地のエネルギーをそのまま反発させる。揃えて伸ばした両足の槍が追撃しようとしていたクウラ様の顎をかち上げた。
トンと手で跳躍。その際両手の平を回転させて地面を削り、体全体、腰を捻って遠心力を味方につける。のち開脚!
「だありゃあ!」
「おぐ! この……!」
左へ流れていたクウラ様の右頬を足の甲で捉えれば、凄まじい打撃音とともに反対へ跳ね返した。
身を捻り、体を丸めながら
「ぜあらぁ!」
渾身の回し蹴りがクウラ様の胸を打ち、バキィン、と鳴らした。
「ぐお……!」
目を見開いたクウラ様の反撃が来る。いや、その予感。ビビッと震える髪に危険を察知して頭突きの勢いで頭を下へ逃せば、すくい上げるようなパンチが頭上を通った。あっぶなー……! っし、アッパーを食らえい!
これを隙と見て跳ね上がりざまに殴り上げようとしたら──思い切り空ぶってしまった。とっくにクウラ様は拳も体も引っ込めていたのだ。
空へと伸ばしきった右手に、腰に留めた左手に、がら空きになってしまった私の体。
スローな視界の中でクウラ様が笑うのが見えて、反対に私は冷や汗たらたらである。さっきお腹にいい一撃もらったのを思い出して血の気が引きそう。
「ずあ!」
「っとぉ!」
あ、でも案外避けられるもんで、体を細くするイメージで回転すれば、その拳は脇腹を掠めるのに留まった。今度こそチャンス! でも殴ろうとしてもそれじゃあ体勢を整えられて避けられてしまうだろう。ところが私の武器は手足だけではないのだ。流れて弧を描く長髪を、そのままクウラ様の目元へ叩きつける!
「のあっ、ごああ!!?」
どうだ、ヘアーアタック! 予想外だったのか、目を押さえて思いのほか苦しむクウラ様の胸を蹴りつけて吹っ飛ばす。
う! 衝撃がこっちの足にまで跳ね返って来た……! あの外骨格、バウンて跳ねて僅かにだけど勢いを突っ返して来るな……!
後ろのめりに片足でブレーキをかけながらも、勢いを殺しきれず川まで後退したクウラ様は、バク転して体勢を整える方針に切り替えたらしく二転三転四転五転……! ちょ、どこまで……!
追って川へ飛び込めば、飛び散る水滴を潜り抜けてクウラ様が突進してきた。うわわわっ、慣性無視した急反転!!?
「っくぅ!」
大慌てで防御態勢に入る。右腕を顔の前へ立て、左は腰元でフリーに。
目前まで迫ったクウラ様が一瞬巨大に見える程の圧力を発っしたのは、私と反対にその場で攻撃態勢に入ったからだ。直立、腰の入ったパンチが降って来る。
「う、おおおお!!!」
「はぁああああ!!!」
最初の一撃は右の拳で殴りつける事で弾く事が出来た。今度は下から突き上げてくる拳を、これは左で殴りつけて外側へ。引き戻された右が顔狙いで再び襲ってくるのをなんとか腕で受け止め、無理くり押し出して逸らす。大質量が耳を掠めていくのにひやりとする間もなく、また拳が飛んでくる。
こっちが小さいから向こうも攻めあぐねているのが幸いして直撃は貰ってないけど、押し負けて、どんどん後退させられ始めた。靴裏が川底に擦れて擦れて擦れて、転びそうな足に集中力を割くのは無理だと思って自ら背後へ飛行を始める。体勢は崩せないから立ったままのスライド移動。間髪入れずクウラ様もスライドして追い縋ってくるせいでまったく距離が開かない。どころかめっちゃ押されて……ううう!!!
「ふっ! くっ! うっ!」
ガインゴインと生身どうしがぶつかってるとは思えない音を発しながら、骨の芯まで響く痛みをやり過ごす。ほんとは蹲って泣き出したい! そんな隙見せたら殺されちゃうからしないけどね!
うああ、いったぁ~~い!!!! いたいいたいいたいぃぃぃ!!!!
目だってつぶる暇が無いから乾いてきて痛み始めている。ああもう腕も感覚なくなってきたかも!
だからって攻撃の手が緩められるはずもなく、絶え間なく降り注ぐ豪雨の如き拳を捌いて弾いて逸らして防いで、殴り返して殴り返して殴り返す!!
上から下から正面から、時に連続で右! 続いて左! 今度はっまたひだりぃ!? 対応がおっつかないよ!! 気合い、気合いだっ踏ん張れナシコっっ!!
「うああああ!!!!」
「ぬぇりゃああ!!!」
川を裂いて、立ち上がる水の壁に挟まれる中での攻防で、ちょっとずつ、本当にちょっとずつクウラ様の攻撃に対応できるようになってきた。でもそれは向こうも同じ。お互いの呼吸が嫌でもあってしまって、次に何するのかわかってしまって、千日手。
クウラ様もわかっているのか、烈気の雄叫びを上げながら思い切り拳を振りかぶった。
同じくして肘を引き、攻撃態勢に入っていた私は、クウラ様の目に映る自分の拳の角度では撃ち負けると知って攻撃取りやめ! 空気の壁を突き破って放たれた弾丸の如き拳を腹の前に出した手で受け止めるっ!!
「なに!?」
一瞬燃え上がった赤い焔が相手の勢いを全て飲み込み、私達は完全停止した。
それも一秒に満たない間のこと。僅かに驚愕をみせるクウラ様を思い切り殴りつけてぶっ飛ばす!!
未だ高く上がり続けている水の壁の間を逆戻りするクウラ様を追って飛び出す。スタートダッシュに25倍界王拳! 足元で爆発した気に押されて急加速!!
「この、程度で──!?」
「っしょお!!」
さすがに復帰が速く顔を上げ、勢いを殺しきれずとも上体を起こして見せたクウラ様と顔を突っつき合わせる。ゼロ距離で持ち上げた両手を全力で打ち出せば、反応したクウラ様の両手とがっちり組み合った!
震える手が即座に押し返され始め、完全に力で負けていてもすぐには手は離せない。欠いていた余裕を取り戻し始めるクウラ様へ、だけど思いっきり笑ってやる。あまーい!! だぜ!!
あーんとお口をあければ、クウラ様は目を見開いて"まさか"の表情。
「な、」
口からかめはめ波ぁーーっっ!! 口外で膨らんだ青白い光が奔流となって溢れ出す。
ナシコ口砲じゃい!!
「のあああ!!!」
逃れようとしようとも繋がった手がそれを許さない。至近で防御もできずまともに受けたクウラ様の頭が爆発に巻き込まれ、煙に包まれた。けれどすぐ風に攫われて消えていく。
最初に見えたのは、完全に血走った目だった。握り潰す勢いで手に力を籠められるのに顔が歪んでしまいながらもこっちだって全開パワーで手に力をこめ、対抗──!
「──?」
するりと足の間に入り込んでくるものに気付く。
直後、叩きつけられる衝撃に視界が白んだ。
「か、はっ──」
鞭のように使われた尻尾が太ももの合間から離れていくのにくずれ落ちる。体のどこにも力が入らなくて、脳が許容できない痛みに、それでも痛いと感じる脳は、機能を停止してしまっていた。
徐々に戻って来る視界に、歪みに歪んだクウラ様が限界まで拳を引き絞るのが見えて──。
「ナシコォ!!」
「む!」
ドッと横からぶつかられ、地面に倒れ伏して削り進んでいくのに目をつぶる。遅れて水の破裂するような大音量。
「無事か!」
「……──~~~~~~!!!!!」
ザアザアと雨のように水滴が降って来る中で声をかけてくれたのは多分ウィローちゃんなのだろうけど、あいにく噛みしめた歯からは息すら漏れず、噛んだ髪の感触さえわからない。
胎児のように丸まった体勢で股を押さえる。体が強く痙攣してるのがわかって、でもどうしようもなかった。
「あぐうあぁあああ~~~~……!!!」
「ちっ、おおお!!」
喘ぐように息をしようとして悲鳴が漏れる。幾度も爆発音が聞こえて、明滅する視界に、転がり回ってしまいそうな体をなんとか押さえ込んだ。今、自分が無防備になっちゃってて、ウィローちゃんが必死に守ってくれているのはわかったから、こっちも死ぬ気で痛みを我慢する。
「あっ、ひ、ううう……!!」
腕をついて上体を起こす。じんじんと熱だかなんだかわかんないのを発するお股に思い切り地面を殴りつけて誤魔化し、界王拳全開で跳ね上がって持ち直す。
あ゛あ゛あ゛ちくしょぉおおお、お股が痛いよぉおおお!!! 金的は反則負けってルールで決まってるでしょぉおお~~~~!?!?
「っふーっう、く、ふー、くふー……!!」
赤い光が霧散するのと、庇うように目の前に立っていたウィローちゃんが叩き飛ばされるのは同時だった。
「──ぐ!」
眼前に立つクウラ様に対応しようと構えようとして、しゅるりと首に巻き付いてきた尻尾に反応しきれず、締まっていくのを止めようと手をかけたところで持ち上げられた。
「カッハ──け、ぁ……!」
「フン……中々やるな」
ぐるんと視界が入れ替わる。背中をクウラ様に向けた体勢でなんとか尻尾を引きはがそうとするも、完全に首に入ってしまっていて指を入れる隙間もない。ギュウギュウと圧迫されるのに意識が白み始める。
こんな、ところで……落ちる訳には……!!
「クウラーッ! それで人質でも取ったつもりかァー!!」
「ベジータか……撃つ気か?」
いきりたつベジータの声に薄目を開いてなんとか視界を確保すれば、こちらへ手の平を向けて立つ彼の姿があった。当然、私ごとクウラ様を攻撃するつもりらしい。
ちょっと、今、防御に回す気の余裕はないから……そんな事されたら死んじゃうんだけどっ……!!
「当たり前だ! 今度こそ粉微塵にしてやるぜ……超サイヤ人の、このベジータ様の一撃でな!!」
「クックック……スーパーサイヤ人か……オレは避けんが……クク、こいつを失って貴様らに勝ち目があるとは思えんがな」
「うるさい! だまれ!! 今息の根を止めてやる!!」
宣言通り手の平の先に光弾を生み出すベジータに、必死に足をばたつかせて抜け出そうともがく。
何度もクウラ様の体蹴りつけてるんだけど、力入んなくて、全然びくともしない……!
「ぶっ殺してやるぜ……!!」
──あ。
……やば、もう体の感覚なくなってきた……。
く、そ……まさかベジータの攻撃で……死んじゃう、の、かな……。
ぱたりと手が落ちる。
もはや抵抗する力なんかなくて。
私は、僅かな視界に映るベジータの顔を見つめる事しかできなかった。
TIPS
・悟空の応援
悟空が喝を入れてくれるやつ。よく見る
・肩ぽんぽんしてくれた超サイヤ人孫悟空
幻覚。妄想。イマジナリーサイヤン
・ピッコロ
仙豆係
・意外な救援
ベジータ
・クウラ機甲戦隊
ベジータによって始末されてしまった
・メテオブレイク
逆立ちの体勢で揃えた両足を槍のように打ち出した後、回転して追撃の蹴りを放ち
さらに上下を入れ替えて回し蹴りをぶちかます
・ソリッド・ステート・カウンター
相手の攻撃を完全に受け止めた後に反撃するぞ
そうでなくてはつまらん
・ナシコ口砲
絵面はだいぶん可愛らしいが威力はえげつないぞ
・急所
クウラ様急所攻撃躊躇なくやってくるイメージある
戦いに卑怯も何もないのだ