TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

32 / 81
第二十九話 ナシコの死ぬ時

 風が髪を揺らした。

 その重みに、目をつぶって集中する。

 あらゆる外界からの刺激をシャットアウトして、そのずっと外側の、いろんなものに語り掛ける。

 

(空よ……大地よ……海よ。草木よ、そこに息づくもの達よ……どうか、ナシコに少しだけ……元気をわけて……!)

 

 まぶたの裏の暗闇に響き渡る私の声。

 それに応えてくれるものがたくさんあるのが感じられた。

 すぐ足元の草や、そこに潜む微生物たち。

 ずっと遠くの、もう眠ってしまっているだろう人々のごくわずかな気。

 雄大な海の、波の先から切り離された水滴の、ほんの一欠けら。

 

(月よ、太陽よ、火星よ……えと、あの、冥王星…………きんもくせい……? か、カナッサ星…………新惑星ベジータ……とか?)

 

 真摯に呼びかける声に、みんなが応えてくれるのがなんとなくわかる。

 遠い遠い星々の、名前も顔も知らない誰かや、その営みに息づく小さないのちが協力してくれて……。

 徐々に集まってくる光が、遥か頭上に巨大な光体を成していく。

 

「……なんだ、あれは」

 

 クウラ様が身動ぎするのが空気を伝わって、はっきりと感じられた。

 こんな夜中じゃなければ、もう少し気付くのを遅れさせられただろうけど、時間に文句を言っても仕方ない。

 

「おおお!」

「はぁああ!!」

 

 クウラ様が危機感を持つより早くウィローちゃんとピッコロさんが挑みかかる。

 でも攻撃はせず、目前で急停止し距離を取り、気弾を連射する。

 

「羽虫め」

 

 それらはまったくクウラ様にダメージを与えられないけれど、鬱陶しいってくらいは思わせられるだろう。

 でもそれだけじゃ駄目だ。もっと気を引かないと……!

 

「気円斬!!」

「む! ぬぁっ!!」

 

 目くらましの光弾に隠れて、クリリンの技が飛ぶ。

 でも俊敏に反応したクウラ様は避けきってしまった。おかげで注意がクリリンに向いたけど……攻撃されたら死んでしまう!

 

 薄く目を開いてクリリンを窺えば、汗を流しながらも彼は逃げようとしていなかった。

 腕を掲げ、そこに円盤状に気を回し始める。

 

「これならどうだ! 双気円斬!!」

 

 今度は二枚。夜闇を切り裂き黄色い光がクウラ様に迫り──二枚とも、掴み取られた。

 太い指が食い込んだ気円斬にミシミシと罅が入り、やがて硬質な音をたてて砕け散る。

 

「下らん技だ」

「くっ……!」

 

 零れ落ちる光の欠片の中で腕を広げたクウラ様が、フンと息を吐いた。

 格上殺しの気円斬も通じないか……!

 だからって止まってる暇はない。

 続いて悟飯ちゃんとピッコロさんが光線を浴びせかけ、視界を奪う。

 

「く、ぐくっ……!」

 

 跳び上がったターレスが、血濡れの手を張り合わせ、円を描く気を作り出していく。キルドライバーと呼ばれるそれが放たれれば、煙から飛び出してきたクウラ様は円の中を潜り抜けてターレスを殴り飛ばした。

 

「うおお!」

 

 肘打ちをかまそうと頭上を取ったラディッツがノールックの裏拳を受けて吹き飛ぶ。

 赤い双眸が私を射抜いた。──やっぱり、見逃してもらえないみたい……!

 

「かめはめ波だーっっ!!」

 

 クリリンの声が空間中に響き渡って、彼を中心としてザザザッと戦士達が並び立った。

 ヤムチャ、悟飯ちゃん、ラディッツ、ウィローちゃん。

 独特の構えがシンクロして、青い光が一息に放たれれば、五条の光線は重なって極大となった。

 

 迫るかめはめ波に顔を向けたクウラ様が、マスクの向こうで笑うのがわかった。

 

「っ! 潜り抜けてくる! 迎撃して!」

「え!?」

 

 光線に飲まれたと思ったクウラ様が影となって遡る。そういう事すんの知ってた!

 だからそうする前に注意を促せた。突き出した両手の前にぬぅっと現れたクウラ様に、クリリンは即座に額に両手を当てた。

 

「太陽拳っ!」

「!? ぬがぁあああ!!!」

「今じゃ!!」

「新気功砲ーッッ!!」

 

 強い光に怯んだのを隙と見て飛び上がった天津飯が指を合わせた手を突き出し、凄まじい圧を放つ。

 ドッとクウラ様の体が揺れた。

 

「はっ! ハァッ! はぁーーッッ!!」

「おおお!!」

 

 連続で気を発し、猛然と生命力を燃焼させる天津飯の、さらに上へ飛んだウィローちゃんが大の字になって全身から光線を発射する。それはさらにクウラ様を押し留めて……!

 

「ダメージは与えなくていい! そのまま拘束するんだ!!」

「ちゃっ! は! ハィー!!」

 

 両腕を伸ばし、魔術を行使しているのかみょんみょんと光線を発するピッコロさんの横で、ヤムチャが激しく手を動かしている。操られた光弾がクウラ様の周りを囲んで逃れようとする出を潰しているみたいだった。

 

 空を見上げる。

 巨大化しつつある元気玉は、それでもまだ、まだ足りそうにない。

 もうちょっと、なんだけど……! みんな、あとほんの少し、ほんの10秒だけ……稼いで……!!

 

「!」

 

 左足に熱が走るのにぎょっとする。

 一瞬後には焼けるような痛みが駆け(のぼ)ってきて、泣きそうになってしまったけれど、なんとか堪えた。

 

「貴様ぁ!!」

 

 こちらへ指を差し向けていたクウラ様がラディッツに組み付かれて、新気功砲の範囲内へ戻される。

 じんじん痛む左の太ももに絶対に視線を向けないようにしつつ──だって穴空いてるのわかっちゃうし、見たらもっと痛くなるだろうから!──もっと元気を、はやく、はやくって世界へ、宇宙へ、銀河中へ呼びかける。

 

(お願い……! お願いだから……!)

 

「わあああ!!」

「なんだこのガキは……ぐっ!?」

 

 ドオン、と爆発音に似た衝撃があって、それは悟飯ちゃんがクウラ様を殴りつけた音だとわかった。

 怯んだクウラ様は、でも大してダメージはなくてすぐに悟飯ちゃんへ指を向けて──!

 

「悟飯!!」

 

 ピッコロさんが掻っ攫った瞬間に光線が放たれ、危ういながらも避けられた。着地を考えていなかったみたいで二人揃ってごろごろ転がっていくけど、悟飯ちゃんが無事で心底安心した。

 

「くっ……!」

 

 天津飯が地に落ちる。文字通り生命を燃やし尽くし、もはや瀕死の状態だ。誰も受け止める余裕なんかないけれど、その勇姿に私は心の中で強い賛辞を贈った。

 ヤムチャが組みかかり、ピッコロさんが飛びつき、ウィローちゃんがしがみついて、どんどんクウラ様に纏わりついていく。

 

「──! できた!」

 

 その甲斐あって、元気玉が完成した。

 即座にそれを地上へと下ろす。

 悪いけどみんなが離れるのを待ってる暇はない。

 引き付けるような圧力を伴って落ちてくる元気玉に、私はめいっぱい両腕を伸ばして維持に努めた。

 

「くっ!」

 

 両腕でみんなを弾いたクウラ様は、即座に私へ指を向けて光線を放ってきた。

 避ける事も防ぐこともできない私の右肩を貫いてく熱量に息が漏れる。

 それでも元気玉は散らさない。これを消してしまったら終わりだ。頑張れ、私……!

 

「う、く、う……!」

「──なに!?」

 

 太陽の如く地上を照らし出す濃密な気の塊が、とうとう地表に達した。

 それは、クウラ様に──ではなく、私へと襲い掛かってきて。

 

「う、う、あ!」

 

 天へ伸ばした両腕を通じて、どんどん私の体へと流れ込んでくる。

 

「うあ、あああああ!!!!」

 

 ぎゅんぎゅん吸収されるみんなの元気に、自然と声が溢れ出す。

 そうやって出口を作らないと、体が破裂してしまいそうだった。

 私だって頑丈なはずなのに、もう、許容量超えちゃってる感じ……!!

 

「んんんんーーーーっっ!!」

 

 それでもむーっと口を噤んで、一片たりとも逃さないように飲み込む。

 やがて全ての元気が私の体に宿った。荒れ狂う力を、その全てを掌握し、体中を巡らせ、完全に私の気と同化させ──。

 

かい、おう、け(界王拳)ぇえええん!!!」

 

 叫ぶ。

 喉が張り裂けそうなくらいに、ぐっと上を向いて叫ぶ。

 一度巨大な球状に広がって地表を削り取った光が、芯から赤く染まっていく。

 球体は揺らめき立ち、炎のように。

 ごうごうと燃え盛る深紅の光に、クウラ様が慄いた。

 

「お、お、このっ──!」

 

 先の焼き直しのように──かめはめ波を貫通したように飛び込んできたクウラ様が、私本体を狙って殴り掛かって来る。

 その判断は正しい。私をやっつけたら、この膨大な気は行き場を失ってこの星もろとも全てを破壊しつくすだろう。

 ──私を倒せたら、の話だけどね?

 

「な!」

 

 強く受け止めたクウラ様の拳を引き、その腹に膝蹴りを叩き込む。

 突き抜けた衝撃は炎の中に溶けて消え、腹を抱えて後退するクウラ様の全身は常にダメージを受けてビリビリと震えていた。

 

「うがあっ!」

「!!!」

 

 振りかぶった拳を思い切り打ち出す。目を見開いたクウラ様は、死に物狂いといった様子で離脱を計り、そのさなかに拳圧に胸をへこませて吹き飛んだ。

 

「ぐああああ!!!」

 

 光の向こう側へ消えていったクウラ様が、まだ健在なのはわかってるけど、思うように体が動かない。

 この力を制御するのでせいいっぱいで、噛み合わせた歯の隙間から絶えずうめき声が漏れてしまう。

 

「ぐぎぎぎぎ……!!」

 

 視界中を染め上げる深紅に、拳を握り締め、全身に力を入れて耐える。

 クウラ様は戻って来ない。どころか離れて行っている。

 まさか、クウラ様が逃走を選んだ……?

 

「フハハハハ! 確かに凄まじいパワーだ! 地球人!! ──だが思うように動けないようだな……!」

「……っ!」

 

 声の出所は上の方だった。キッと見上げても目じゃ捉えられない。外側の気を探り、その形を窺うのが限界。

 体を震わせて笑っているクウラ様は、次には片手を空へ向けたみたいだった。

 

「己が高めたエネルギーに飲み込まれて死ね!!」

 

 ぐっ、と息を呑む。凄まじい気が膨れ上がるのを感知したからだ。

 それはクウラ様の頭上に作られた、恐らくはスーパーノヴァ……!

 それをぶつけて、私のエネルギーごと大爆発を起こさせようって腹積もりらしい。

 くそ、考えたな……! 目の前の相手に拳を振るうのでせいいっぱいな私じゃ、どうやったって防ぎようがない……!

 

「う、ぎぎぎぎ……!!」

 

 そもそも体が限界に近い。もう、バラバラになっちゃいそうで……!

 

「この星ごと、消えてなくなれーーッッ!!」

「!!」

 

 けれど。

 ああけれど。

 

「なっ!!?」

 

 ぶつかってきた巨大な気弾に、私は無理を押して、自身が支えるエネルギーの全てを放出した。

 気の総量で勝っている以上、そうすれば当然スーパーノヴァくらい容易く押し返せる。

 クウラ様は大慌てで自身の放った光弾を押さえ込みにかかったみたいだけれど、徐々に押され始めている。

 

「うぐ、ぎ、ぐぐっ、ぐ!!」

 

 それだけ見れば、もう私達の勝ちは決まっているみたいに思えるかもだけど……!

 光線として押し出した私の方が、限界に近い……!

 ただがむしゃらに放出するだけで、そんな雑な気功波じゃ、ああ!

 

「お、おおお!!」

「ぐうっ、うう、う!!」

 

 あああ、押し返され始めてる……!

 限界なんか超えてやるって、そうできるのが当然だって──。

 悟空さんのことを思えば、私が、代わりに地球を守るんだって、奮起できたのに。

 

 両手を前へ伸ばし、もはや地上まで追い詰められて、半ば地面に埋まった両足を突っ張って耐えているのに、放出したエネルギー波の先にある元気玉そっくりそのままの光弾は、スーパーノヴァに負け始めていた。

 このままじゃあいつが言った通りに、私が作ったエネルギーで地球を壊してしまう……!

 でも、でも、こんなのどうしようもないよっ……!

 

 それは、私だけじゃ、だ。

 忘れちゃいけない。

 私だけじゃ、もうどうしようもなくたって、ここにはみんながいる。

 

「みんなーっ来てーっ!!」

 

 それだけ叫ぶのだって大変だった。

 だって光線を制御するのには歯を食いしばる程の気合いが必要なんだ。声を発したせいで一気に押し返される気功波に背中がひやっとする。

 

 でも、そうしただけはあって、みんな駆け付けてくれた。

 私が押し負けそうなんだって気付いて、加勢にきてくれた。

 

「波ーーっっ!!」

 

 複数の声が重なって、あっちこっちから青い光の線が伸びていく。

 

「つああ!!」

「おおお!!」

 

 たくさんの声が重なって、黄色い光が私の光弾を後押しする。

 

「う、ぎ、ぎ……!」

 

 それでも足りなかった。

 それでも、まだ、拮抗するだけ。

 あと一押し、もう一押しが足りない……!

 これじゃあクウラ様なんか倒せないよ……!

 

「ベジータぁああああ!!!」

 

 まだ参加してない奴の名前を呼ぶ。

 そこにぶっ倒れて、戦意喪失してる奴。

 私達が頑張ってるのに、もうだめだおしまいだってなってる奴!

 

「────……」

「ベジータぁああああ!!!!」

 

 超サイヤ人の彼が加勢してくれれば、絶対に押し返せるはずなんだ!

 でも、ベジータは動かない。反応すらしない。

 さっき受けたショックがでかすぎたんだ……!

 無敵と信じた超サイヤ人に、伝説に至れたのに、あっさりと負けたのが、彼の心を再起不能にまで追い込んでしまったんだ……!

 

「ベ、ジータぁああああ!!!」

「…………」

 

 どうにかして動かさなきゃいけない。

 でもどうやって? 私にできる事ってある!?

 私の可愛さはこんな時には役に立たない。歌だって無意味だろう。ダンスもだめ。

 培ってきた何もかもを総動員したって、ベジータを一ミリだって動かせそうにない。

 声真似は……ううん、ああ、もう!

 ああもう、ああもう、ああもう!

 うああああんもおおおお!!!

 

「超サイヤ人孫悟空はフリーザを倒したんだぞ!! お前がその兄であるクウラを倒せば、名実ともにナンバーワン! 天下無敵のベジータだ!!」

「…………──」

 

 もう、なんか、考えるのだめになってきた。

 だから頭に浮かんだ言葉をそのまま叫ぶことにした。

 

 ベジータは反応しない。

 でもそんなの知らない。もう関係ない。

 好き勝手言わせてもらう。声をパワーに変えて、塵になるまで全部を出し切るしかない!!

 

「このまま手も足も出せないまま終わっちゃってもいいのか! それでもお前はサイヤ人か!!」

「…………だ、まれ」

 

 ほんの微かな、蚊の鳴くような声が耳に届いた。

 ……!

 喜色が浮かびかけるのに、すぐに気を引き締める。

 

「なに!? 聞こえない! なんか言ったぁ!!?」

「だまれっ!」

 

 仰け反る体が倒れてしまわないようなんとか踏ん張りつつ、斜め上へ視線を向けて高い声を出す。

 苛立ちに満ちた声で言い返されるのに、んっく、と息を呑み込んだ。

 

「だまらないったら! このへたれ! ヘタレータ! そんなだからM字ハゲなんだよ!!」

「ええい、だまれと言っとるのがわからんのかーっっ!!」

 

 ズシンと地面を殴りつけたベジータが、やっと顔を上げたみたい。私の方を見ているのがわかって、嬉しくなる。

 そうやって元気に叫んでこそベジータだよ! ヘタレてるのなんか格好悪いったら!

 

「──いいだろう、貴様の口車にのってやる」

 

 立ち上がり、静かに歩み寄って来た彼が真横で止まる。

 ドシュウと黄金の気を噴き上がらせた彼を横目で見れば、彼もまた私を見下ろしていて、くっと口の端を吊り上げて笑った。

 あはっ、かっこいい! その調子!

 

「……感謝するんだな」

 

 そう言って前に向き直るベジータには、もう怯えも絶望もなかった。

 自信満々の顔してバッと左右へ両腕を突き出す。

 

「喰らえ! オレ様の新必殺技!! ファイナル──!!」

 

 両手の先にそれぞれ生み出された光球が、前へと閉じた両手によって合わせられ、膨れ上がる。

 

「フラァーーッシュ!!!」

 

 高音が耳元を過ぎって、極大光線が発射されるのに煽られそうになるのに、気張る。

 ここで私が崩れちゃ何もかもおしまいだ……! がんばれ……がんばれ私……!

 

「お、お、おお……! こ、こんな、このっ、程度で……!!」

 

 少しずつ、少しずつ、クウラ様を押し返していく。

 向こうも全開で踏ん張ってるけど、私達の方が、強い……!

 

「ぎっ、うぎぎ……!!」

「堪えろ悟飯っ!! 堪えるんだ!!」

「全力を出し切ってやるぜ……! このまま地球をっ、ブルマやみんなを殺されてたまるかってんだ……!!」

 

 死力を尽くしているのは私だけじゃない。

 みんなが頑張ってくれている。

 みんなが、全部を出しつくそうとしてくれている。

 

 その意気だ……!

 このままフルパワーで、いくんだ!

 

 ジクジク痛む左の太ももに、右肩に、むいっと唇を引き結んで耐え抜く。

 服を染める血が気に蒸発させられて昇って行くのが見えた。

 赤い光がそこら中を照らし出して、激しく明滅していた。

 

「お!」

『今だっっ!!』

 

 グン、と一際強く光弾を押し出せた時、僅かにクウラ様の腕がぶれた。

 瞬間、どこかで悟空さんの声が轟いて──!

 

「だぁあああ!!!」

 

 体全体から噴出する気の向きを全て斜め上空へ向ける。

 意識が消え去ってしまいそうなくらい、頭の中の神経が全部焼き切れてしまいそうなくらいに全力で、全開でっ!!

 

 光が私達を包む。

 

「う、お、おおおおーーーーッッ!!?」

 

 一度押し切れれば後ははやかった。

 あっという間に地球圏内を脱していくクウラ様に、それでもまだ手は止めない。

 

「まだ止めないでっ! こんなんじゃ倒せない!!」

「っ……!」

「ぐ、う、う……!」

 

 もうみんな限界なのはわかってる!

 でも、これじゃあだめなの!

 

「このまま地球の裏側まで吹っ飛ばすよ!! 太陽まで押し上げて!! 完全に倒すの!!」

「応っ!!」

「わかったぁ!!」

「了解した!!」

 

 みんなの威勢の良いお返事は、擦り切れそうなくらいに上擦っていた。

 知らず、笑みを浮かべてしまう。

 みんな、頼もしすぎて、泣けてくるよ……!

 

「──────」

 

 どれくらいの間、そうしていただろうか。

 何時間にも感じられて、何度も、放出を止めてしまいたくなった。

 しんどすぎて、眠ってしまいたくなった。

 

「──────!!」

 

 やがて、空が白んだ。

 一瞬後にカァッと視界中が白んで、恐ろしい程の光が降り注いできた。

 ほんの数秒でそれは収まったのだけど、どうしてか私達は、気を散らし、腕を下ろし、攻撃をやめていた。

 ……空が明るい。

 月が浮かんでるのに、まだ、夜なのに……真昼間みたいに、空が明るかった。

 

「はーっ、はーっ、ふーっ……ん、はーっ」

「はぁっ、はぁっ、や、やったぜ……ちくしょうが……!!」

 

 だらんと両腕を垂らして激しく呼吸していれば、隣で似たような姿勢になったベジータが喘いだ。

 足から力が抜けてどさっと後ろへ倒れ込む。もう、乱れた髪を整える余力も残ってない……。

 けど、やったんだ。

 私達は、クウラ様を、やっつけたんだ。

 

「ナシコ!」

 

 おお。なんかウィローちゃんが駆け寄って来るのに、体を起こそうとして、でも無理だった。

 

「ナシコ……」

「……」

 

 傍らに膝をついて顔を覗いてくるウィローちゃんに続いて、ラディッツとターレスも寄って来た。

 んー、腕が動いたならVサインを突き出したかったところなんだけど……へへ、パワー使い果たしちゃって、もう動けないや。

 

「ナシコお姉さん……」

 

 そう思ったけど、あんまりにも悟飯ちゃんの声が心配そうだったので、頑張っておてて上げてふりふりする。

 だいじょーぶだよー。ただちょっと、休ませてー……。

 

「案外元気そうだぞ……?」

「し、死ぬってのは、大袈裟だったんじゃないか?」

 

 こそこそっと向こうの方で会話する声があるのに、ああ、それ、と顔を動かす。

 体に力を籠めれば、察してくれたのかウィローちゃんが助け起こしてくれた。

 

「あはは、ナシコ、死んじゃった」

「……どういうことだ」

 

 なんとか自分の足で立つ事に成功したけど、今度は言葉が覚束ない。

 舌が上手くまわんないや。

 しょぼくれた顔したウィローちゃんの潤んだ瞳を眺めつつ、いったん口を閉じてもごもごする。

 ……うん、舌、動くようになってきたかも。

 

 ああー、そうしたらあれ。

 もう、ナシコ死んじゃうんだーって実感してきて、泣きたくなってきた。

 というか泣く。だばーって涙出てくる。

 

「お、おい!」

「うう~……」

 

 動揺するラディッツを見上げて、振り上げようとした腕が痛むのに、服の裾を掴んで伸ばす。

 あっ破れた……服、燃えちゃってところどころ焦げ付いてる。キャミソールの肩紐も片っぽで辛うじて繋がってるくらいで、もう一方はぺろんと捲れていた。

 うおー、ボロボロだー。みんなもそうだけど。

 

「死ぬのか」

「うう、ううう、うん……!」

「そうか……」

 

 静かに問いかけてきたターレスに大きく頷けば、彼はどっかりと座り込んで、それきり黙りこくってしまった。

 ……ショック受けてる感じ……?

 ……。……もしかしてだけど、元気玉吸収してる時の私って、外から普通に見えてたんだろうか。

 

「死んだ」

「ナシコ!?」

 

 どさーっと倒れようとしてウィローちゃんに支えられるのに、首を振る。

 もう無理だ。もう死んだ。もうだめ、生きてけない。

 

「……。しっかり立て」

「あい」

 

 怪訝な顔をしたウィローちゃんに引っ張り立たされ、渋々足に力を入れれば、彼女は自分の服を破いて帯状にすると、私の右肩に巻き始めた。その際腕を上げさせられたので痛くて泣きそうになった。

 できれば触れないで~……うう、仙豆はもうないのぉ……?

 

「死なんではないか……おい、なあ」

 

 ぷるぷる震えて太ももの方も手当てされるがままにしていれば、おずおずとラディッツが話しかけてきた。

 

「死んだよー! もう死んだ! 帰りたい!!」

「はぁ? またぞろお前はそう、訳のわからんことを……はぁ?」

「だってあんなカオしちゃったんだよ!? アイドルどころか女の子として死んだも同然だよぉ~~!!」

 

 えーんえんえん、おいおいお~い。

 もう声を上げて泣いちゃう。アイドル生命終了である。

 ナシコ死んだよ! はい死んだー!

 歯茎剥き出しは悟空さんだから許されるのだ……!

 ナシコがしちゃいけない顔だったんだよぉ~~~~!!

 

「な、お、おまっ、そういう……!?」

「それ以外のなに!?」

「ええ……?」

「な、ナシコお姉さん……」

 

 えっ、え、なに? 同情されるどころかなんか呆れられてる感じの、この四面楚歌はなに!?

 ち、致命傷だよ!? あんな顔しちゃったって時点で何もかもおしまいなのに、もしほんとに外から丸見えだったら再起不能なんだよ!?

 

「っ、いったぁああ!!?」

 

 みんなにそう説明してたら、おもむろにウィローちゃんが太ももを叩いてきた。

 なっ、あっ、あっ、痛いいい! なんで! なんで叩いたの!?

 

「おい」

「ひー、ひー、な、なに……?」

 

 つーんとそっぽを向くウィローちゃんに困惑していれば、今度はベジータが声をかけてきた。

 彼はいつも通りの表情だ。荒々しい黄金の気は最初程勢いがないけど。

 す、と手を差し出されるのに、シェイクハンド? と首を傾げる。

 なんだろ、ベジータ、一緒にクウラ様倒したから、お礼でもしたいのかな。

 そんなのあるのかなー、と疑問に思いつつも手を取れば、ぐいっと引っ張られた。

 浮いた体がベジータの胸へ飛び込んでいくのに、ぽけーっとする。視界がふわふわした。

 

「ぐげっ!?」

 

 ドゴォ、と体の中に音が響いた。お腹を蹴られたんだって遅れて気付いて、その時には私を突き上げていたベジータの膝も、握られていた手も離れていた。

 

「オレさまに命令した事はこれでチャラにしてやる。だが、それ以外は別だ。いずれ貴様も叩きのめしてやる。せいぜいそれまで怯えて暮らすんだな」

 

 辛うじて聞こえた言葉に、あっという間に視界が歪んでいく。じわじわと滲んだ涙が玉になって零れ落ちていくのに耐え切れず、声を漏らして泣いた。

 だって、だって、なんで……!?

 

「ふぅ~……! ひぐっ、ふっ、うう~……!!」

「チッ、ガキが」

 

 お腹を抱えて、でも、泣くのはみっともないから我慢しようとしてるのに、そう吐き捨てられるのに悲しくなって、声なんて抑えられなくなった。

 

「わぁ~んっ、うっぐ、ふゃあああん!」

「ベジータ、貴様!」

 

 とめどなく流れる涙に、頭の中にいろんなことが流れていく。

 私、頑張ったのに。

 がんばって、クウラ様やっつけたのに。

 なんで蹴るの……? なんでぇ……!?

 

「うわあああん!! あああああん!!」

 

 誰かが傍らに座って背中を押さえてくれたけど、それが誰かもわからなかった。

 痛くて、悲しくて、みっともないのに、泣くのをやめられなかった。

 

 私の泣き声だけがそこら中に反響して、その中を突っ切って飛んでいくベジータを、どこか遠くで捉えていた……。




TIPS
・元気玉吸収ナシコ
地球は元より、太陽系から元気を集め、吸収した
戦闘力は5000万

・元気玉吸収界王拳
界王拳の倍率は100倍
基礎戦闘力5000万×100=50億

・眠れるファンのみんな
夢にナシコ確定出演

・眠ってないファンのみんな
おっなんか耳が心地良いやんけ!
よっしゃ、特にやる事はないが張り切ったろ!

・ファンじゃない人達
無意識化にナシコの声とか存在感とか刻み込まれた

・下らん技
もしかして:デススラッシャー

・天津飯
vsクウラ時間稼ぎ戦のMVP
戦闘力は1万6000

・ヤムチャ
しっかり活躍した。足手纏いとは言わせないぞ
戦闘力は1万5000

・ファイナルフラッシュ
原型はリクームにぶっ放した技だと思われる

・放送禁止顔
いうほどヤバい顔ではない
いややっぱりヤバい顔かもしれない
そこら辺はご想像にお任せしよう

・ウィローちゃん
本気で心配したのに、いつものナシコ節が炸裂していただけなので
わりかし本気で怒った

・ベジータ
死ぬのか、と思ってたのにまったく関係のないくっっだらない理由だったので蹴った
一瞬でも心配して損したぜ……!

・ターレス
ナシコが死ぬ。そうわかった途端、体から力が抜けて座り込んでしまった
……のに、実態がこれだったので仰向けに倒れてしかばねと化した

・ラディッツ
実はなんとなくそうなんじゃないかと思ってたのでほとんどノーダメージ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。