第三十話 克服
燃え尽き症候群になった。私が。
いや、燃え尽き~とは違うかもしんない。
ただ、お家から出られなくなっちゃったってだけで。
「ナシコ、飯できたぞ、下りて来い」
「ふぁい……」
くるまっていた布団の中からもぞもぞと抜け出して、汗臭いパジャマのままお部屋の外に出る。
ずるずるとぬいぐるみを引きずりながら階段を下りて、リビングへ向かえば、もうみんな揃っていた。
今日のご飯はシチューみたい。あっ、あのサラダプチトマト入ってる! お部屋戻っちゃおっかな~……。
「こら、どこ行こうとしてんだよ」
「うにゃ」
踵を返して退散しようとしたところでがっちり頭を掴まれるのにうめく。
ああっやめてターレス、さわんないでよ! 今頭ばっちいんだからさ……お風呂、先に入ればよかった。
しぶしぶ席につき、膝の上にウサロットちゃん人形を置いて、だらーんとする。
「しゃきっとせんか」
「んぁー」
横からウィローちゃんの注意が飛んできたので、シャキッ! と背筋を伸ばす。
それから、ターレスが席に戻ったのを確認してからスプーンを手に取って、四人で声を揃えて「いただきます」のご挨拶。
……。
あ、ブロッコリ蕩けてておいし……。
カチャカチャと食器の音だけがする食卓は、どちらかというと少し気まずい静けさに包まれていた。
原因は私だ。
もう一ヶ月くらいお外出てないから、気苦労かけちゃってる。
それはわかってるんだけど、どうしても、もう外に出る気にはなれなかった。
──クウラ様なんか雑魚もいいとこだよ! これからもっと、もっともっともっと強い奴がうじゃうじゃ出てくるんだよ!
ちょっと前に、私は癇癪を起こして暴れ回った。
おしゃかになったキャンプから家に戻って、布団に潜り込んでしばらくしたら、じわじわと恐怖心が甦ってきたのだ。
ラディッツがどこかから持って来てくれた仙豆で傷は全部なくなったけど、ベジータに蹴られたお腹の痛みはまだ残っている気がして、何度もお腹を撫でた。
……私はね、可愛くなれば、何もかも上手くいくって思ってたんだ。
ほんとはそんな事ないってわかってたけど……だって、私の口下手は治ってないし、ものぐさなのも変わらないし。
でも、可愛いから、みんな優しくしてくれるし、多少の馬鹿も大目に見てくれた。
……痛いことなんか、されないって思ってた。
「…………」
湯気を上げるシチューの中のじゃがいもにスプーンを差し込んで、半分にしてすくい上げる。
ふー、ふー。ゆっくり息を吹きかけて冷まして、でも、ちょっとの間そのまま止まる。
……私、痛いの、嫌い。
ほんのちょっとの怪我も嫌い。親しい間柄で、戯れに小突き合うのも、ほんとはやだ。
もう少し突き詰めると、知らない人と触れ合うのもやだし、喋るのもやだし。
けれどこれからのこの世界は、否が応でも暴力が襲い掛かって来る。
絶対、痛い思いをしなくちゃならなくなる。
それがイヤになっちゃった。
「ごちそうさま……」
シチューを食べて、シーザードレッシングのかかったサラダも、プチトマトを残して食べ終えて、席を立つ。
みんな私を見た。でも、なんにも言わない。
それがイヤだった。気を遣わせてる。私、すっごいヤな奴になってる。
好き嫌いしてお野菜残してるのに、ターレスが怒らない。食器を台所に持ってかないのに、ラディッツが怒らない。ずっと衣服が乱れて肩が出たままだったのに、ウィローちゃんが怒らない。
ウサロットを引きずってリビングを出る。
扉を閉めるまで誰かが声をかけてくれるのを期待したけれど、やっぱり誰も何も言わなくて、溜め息をついてバタン! と扉を閉めた。
お部屋に戻ってベッドにダイブし、布団の中に潜り込む。
横向きになって、丸めた膝と体でウサロットを潰すように抱き締めて、顔を
あーあ。
世界が終わっちゃうまで、こうしてよっかなあ。
◆
「ふ……んっ」
熱のこもった布団の中で吐息する。
体中に汗の感覚があって、布に覆われた暗闇の中で、もぞもぞと身動ぎする。
ぞくぞくと背筋が震えた。
「んっ……ん」
ちょっと考えて、ウサロットの頭の布を噛んだ。
そのまま目をつぶって物思いにふける。
「むっ……んむ……んっ……」
…………そうしてると、何もかも忘れられた。
「…………………………はぁ」
ほんのちょっとの間だけだけど。
なにやってんだろ、私。こんなにうじうじしちゃってさ。
掛け布団を退ければ、清々しい空気を吸い込めて、少しすっきりした。
「お風呂入ろ」
遮光カーテンに遮られた窓を眺め、ベッドから抜け出す。
この部屋に、ベッドは一つきり。
ちょっと前に増設した私の一人部屋だから、他に人が寝るスペースはない。
ウサロットを片腕に抱きながらタンスを漁り、てきとーに寝巻を引き抜いて足元に落としていく。
一人部屋を与えられたのは偶然だけど──ウィローちゃんが独断で増設した。以来あんまり一緒に寝てくれなくなった──今は良かったなって思ってる。一人で引きこもるのにはもってこいだし……。
部屋を出る時、嫌なものが胸を過ぎるのに動きを止めた。
この扉を開けて一歩踏み出す事さえ怖くなっちゃったのかも。
とはいえ、我が家に怖いものがあるわけでもなし。
扉を開けて、外へ出て、後ろ手にドアを閉める。
寝巻と一緒にウサロットを強く抱き締めながら階段へ向かって、下を向いておりていく。
なんだか静かだった。誰もいないのかな。
ラディッツは、わかんないけど、ターレスは時々お庭で土弄りしてるからそこかも。ああ、なんか前から都の方へ出てるって聞いた気がする。そっちにお出かけしてるのかな。その場合帰りも遅くなる。
どうしてご主人様に内緒で遠出しちゃうんだろ。私のものなんだから、私の傍にいないといけないのに。
結局脱衣所に辿り着くまで誰とも会わなかった。気を探れば、誰がどこにいるかわかるかもだけど、わざわざそんなのする気にもなれない。
寝間着もウサロットも床に落とし、上からボタンを外していく。
左の襟を握ってするりと肩を出して、反対もおんなじようにして、後ろへ上着を落とす。
ゴムで止められた下も、指を通して、なんとなく引っ張ってから足を上げて脱ぎ去った。
「…………」
床でヤムチャしてるウサロットの腕を引っ掴んで持ち上げ、抱き締める。
頭に顔を埋めて、息を止める。
だんだん頭の中が白くなってきて、凄く苦しくなったくらいに息を吐き出して、深呼吸。
「っ……」
あまずっぱい臭いにバッと顔を上げる。
ウサロット、完全に私の臭いが移っちゃってる。……ずっと抱いてたからかな。
他に移ると自分の臭いでもわかっちゃうもんなんだな、なんて考えつつウサロットを洗濯機へ放り投げ、肌着も下着も脱いで、床に散らばるパジャマと纏めて、これも洗濯機へぽい。
『おい、いつまでそうしてんだ。もっと楽しくやろうぜ?』
お風呂場に続く擦りガラスを半分に畳んで退かす、その動作の途中で止まる。
洗濯機の方を振り返らないまま、微かに首を振って答える。
「わくわくなんかしないもん……」
『そっかなー。
「……一緒にしないでよ」
強めに扉を閉めて声を遮る。
私はサイヤ人じゃないから、戦いを楽しんだりしないし、強い奴にはなんの魅力も感じない。
殴られるのは嫌だし、殴るのだってやだ。
そもそも悪意を向けられるのは一番苦手なのだ。
「……ん、は……ぁ」
シャワーを浴びる。
降り注ぐ熱い湯の気持ち良さに目を細め、体の汚れを落としていく。
頭髪に溜まった垢や汗なんて、神龍に貰った櫛を通せば一発で綺麗になるんだけど……こうしてお湯を染み込ませて、ずっしり重くするのも悪くない。
髪を持ち上げて撫でる。なんだか、これが女の子の証って感じがした。
短くたって女の子なのは変わりないんだけど、私の場合は、強くそう感じるってだけ。
「……よい、しょ」
ホースを持って上へ押し上げ、壁から外れて落ちてきたノズルを掴み取る。
肩から胸へ、お腹へ、足の方へ。
湯をかけるたびに体が温まって、機嫌が上向いていく。
ほんとは末端から洗う方が良いんだろうけど、今日は特別。
結構久々のお風呂だし、時間をかけてシャワーしちゃう。
足を上げてお股も念入りに洗い、足の裏にもじゃばー。ちょっとくすぐったい。
低い方の壁止めにノズルを差して、シャンプーを手に取って髪に馴染ませる。
洗髪に移りながら、つぶった目の奥では、遠くの事を考えていた。
休止を宣言している、私のお仕事のこと。
アイドルは、独りよがりの職業じゃない。
私がいて、タニシさんがいて、スタッフさんがいて、ファンがいて、それでようやく成り立つ。
私の勝手で休んでいいものじゃない。そんな無責任な事はしちゃいけなかった。
「…………」
『おかしいよね……普通でいたいのに、笑ってたいのに……震えが止まらないんだよ……!』
心配して声をかけに来てくれたウィローちゃんに、ラディッツにターレスに……私が最初に言った言葉だ。
言うほど恐怖心なんかなかった。私、ばかだから、未来のことがわかってても、改めて想像しようとしても上手く考えられなくて。けどこのままじゃ駄目なのだけはわかってた。
実感できない脅威に勝手に体が震えた。なんにもないのに、涙まで流した。
やらなきゃいけないお仕事があるのに閉じこもった。備えて強くならなきゃならないのに、何もしなかった。
別に、これっておかしい事じゃない。
あのね、だって、私って昔からそうなんだもん。
アイドルなんかやってる私の方がおかしくて、誰かと一緒に楽しくお喋りして過ごしてる私の方がおかしいの。
頭も体も洗って、湯船に沈む。
張ったお湯が溢れていくのに頭まで浸かって、息を吹いてぶくぶくと泡を浮かばせた。
卑屈で、卑怯で、面倒くさがり。
本来の自分に戻っちゃったみたい。
そうして元に戻ってみると、やっぱりアイドルみたいな究極の接客業なんて怖くてやりたくないって思った。
楽しいし事もあるし、嬉しい事もあるし、熱くなれるし、生きてるって実感できるし、生きてていいんだって肯定してもらえるし、良い事尽くめなのは確かなんだけど。
致命的に、私の気質とあってないんだもん。
戦うのもそう。
私と相性最悪。悟飯ちゃんのとはちょっと違うだろうけど、私も戦うのは好きじゃないんだ。
みんなに任せておけばいいって考える私がいる。
それが一番良いって。でも、なんか、わかんないけど、多分それじゃだめなんだって感じもする。
なんでか知らないけど、必ず無理が出てくる時がくるってわかるんだ。
「ぷはっ、はー、ふー」
お湯から顔を出して、しっとりした空気を吸い込む。
壁を見上げて、しばらくぼうっとする。
どうして私、この世界に来たんだろう。
今さらながら、そんな疑問が浮かんだ。
◆
「おい」
今日も今日とてお布団の中でぐうたらしてたら、勝手に鍵を開けて入って来たラディッツが揺らしてきた。
うーうー唸って抗議する。なんだよー、眠いんだからやめてよー。
「おい、起きろ。行くぞ」
「……?」
行くって、どこに?
疑問で頭が占められた隙に掛け布団を引っぺがされる。次の瞬間にはカーテンを開けられて、差し込んだ光にぐわあああと悶えた。
「ほにゃああ! ふにょおお!」
「着替えろ」
体全体で閉めてー閉めてーってお願いしてるのに、無慈悲に服を投げつけられるのに渋々従う。
……星空のドレスだ。昔に私が着てたやつ。こんなのどこから引っ張り出してきたんだろう……。
ラディッツを見れば、彼も外行きの服を纏って腕を組んでいた。
「……」
「……」
視線がぶつかり合う。
早く着替えろって促されてるみたい。
それはいいんだけど。……いいんだけどさ。
「出てけ!」
ウサロットを投げつければ、ラディッツは大慌てでお部屋の外に飛び出していった。
大きな音をたてて閉められた扉を睨みつけ、ぷうっと息を吐く。
まったく、何を堂々とお着替えタイム視聴しようとしてんだよ。
「……なつかし」
パジャマを脱ぎ捨て、すっぽりとドレスを着れば、うーむ、なんとも懐かしいこの感じ。
昔を思い出しちゃうね。
「準備しろ」
扉をちょっとだけ開けて声だけ滑り込ませてきたラディッツに、びーっと舌を出す。
はいはい、なんのつもりか知んないけど、どーせ寝ようとしても強制連行するんでしょー。仕方ないから付き合ってあげちゃう。私って優しいやーつ。
肩掛けバックに諸々詰め込んで、ぱたぱたと部屋中あっちにこっちに動き回る。
櫛とかハンカチとか用意しながら、あれー、と緩く首を傾げた。
あんなにお外出るの怖かったのに、今、私、なんともない。
……あれかな、やっぱり強引に引っ張られたりするのがいいのかも。
『に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』
「おあーごめんウサロット!」
お部屋を出る際、扉の前に落ちてたウサロットを思い切り踏んづけてしまった。失敗失敗。抱き上げてよしよしすれば、抗議するように見上げられた。ううー、ごめんって。
『オラ、おめぇを許さねぇ』
ぷんすこ怒るウサロットがちょっと怖かったので、ベッドの方に投げつけた。
お留守番よろしくね!
部屋の外で待機してたラディッツに連れられて家を出て、車に乗り込む。
「ねぇね、どこ行くの?」
「……」
無言で発進させたラディッツに答える気はないらしい。
ため息交じりに椅子に背中を埋め、それから、ミラーから下がる鳥のアクセサリーをかわいーと弄ったりして。
ついたのはブルマさんちだった。
「うげ……」
ちょっと血の気が引いた。
だってだって、ブルマさん絶対怒りそうなんだもん……こういううじうじ嫌ってそうだもん。
やだやだ会いたくないぃ!
「ほら、降りろ」
先に下りたラディッツが私の方のドアを開ける。
抵抗しようかと思ったけど、ここで騒いでブルマさんが登場、なんて流れになったら余計気まずいので、素直に従う事にした。
広いお庭では、どうやらパーティが開かれていたみたい。
なになに、誰かのお誕生日? なんてすっとぼけようとしてみたけれど、集まってる関係者が私の知ってる人ばかりなのを見れば、私のために開かれたものなんだってくらいわかった。
「ナシコ!」
「ひゃいっ!」
うちのオーナーさんと話していたブルマさんが私に気付いて、肩を怒らせてやってきた。
うひゃああ、怒られるうう!
「心配したのよ、すごく弱っちゃったって聞いて」
「へ……?」
びくびくして身を縮こまらせていれば、私の肩に手を置いて腰を屈めた彼女は、ほんとに心配そうに言ってくれた。
お、怒ってない……?
「なんでよ。まあ、そりゃ顔も見せなければ連絡も寄越さないで引き籠っちゃって、頭にはきたけどね」
でも、気持ちはわかるし、と頬を撫でるように髪に指を通されるのに、ふるりと体が震えた。
それは、戦うのが怖い、ってことが……?
「それが普通の感覚でしょ?」
なんてことないように言ってくれるブルマさんに、なんでか涙が出そうになった。
この世界じゃ、戦うのこそ普通の事だって思ってたから……ああ、ブルマさんにとって私って、彼女と同じように『普通の人間』の枠組みなんだなって。
「あんたを泣かせたベジータは、しっかりシバいといてやったからね!」
「えっ」
ウィンクするブルマさんに、ただただ困惑する。
べ、ベジータ……。
『ナシコよ』
胸の中に突然響く声に、肩が跳ねた。
界王様だ。
『わしからも礼を言うぞい。よくぞあの恐ろしいクウラを倒してくれた』
「それは、あの、私だけの力じゃなくて……」
『いや。お主がいなければ到底倒せない相手だっただろう』
お前が力を尽くして戦ったから、今、みんなが生きていて、この銀河も無事なのだ。
重々しい声で、界王様が告げる。
誇っていいのだ、と。それだけは忘れるな、と。
それきり、界王様から声をかけてくる事はなかった。
「ナシコちゃん」
「……タニシさん」
私のマネージャーさんのタニシさんが後ろから声をかけてくるのに振り向く。
さっきまでラディッツと何か話してたみたい。
「ナシコちゃんが大変な時に、何もできずすみません……」
「そ、そんな、私が……ぁの、私が、迷惑かけて……」
「私から言えるのは」
緊張に身を固くしてどもる私に、タニシさんはゆっくりと語り掛けてきた。
「みんな、貴女の元気な姿を待ち望んでるんですよ」
だから元気を出してとか、そういう言外の意味はなんにもなくて、ただ、タニシさんは言葉通りの、その言葉をそのまま投げかけただけみたいだった。
それは、わかっていたはずの事だった。
ファンが待ってる。応えなくちゃ、って。
でも改めて自分以外から言われると、それが驚くほどすんなりと胸に染み込んだ。
周りを見る。
同じ事務所に勤めてる人。後輩の子や、トレーナーさん。
それにチチさんや悟飯ちゃん達までいて、心配そうな顔して私を見てる。
話しかけてこないのは……私の性格知ってるからだね。
「ナシコよ」
す、と横へ立ったウィローちゃんが、前を向いたまま言う。
「わたしとお前は二人で一人だ。お前が欠けた状態ではどうにも上手くいかない」
「……だよね」
だよね、とは生意気な、と肘で小突かれるのに笑う。
そうだよね。私達は一つの光だもん。どっちかが欠けてちゃいけないよね。
ああ、なんか……元気、出てくるなあ……!
「ほらよ」
ターレスがコップを差し出して来るのを受け取る。
緑色のしゅわしゅわに、大きなバニラのアイスクリーム。
私の大好きなクリームソーダだ。
「ま、元気出せや」
そんな、なんというか月並みな励ましを言って腕を組むターレスに、なんでシェフの格好してんのーと笑いながらも、追加で受け取った長いスプーンを差し込んでアイスをすくう。
口に含めば、冷たい甘さが舌の上に広がった。
……ふふっ。
今、心の底から思ったよ。
こうやって励ましてくれるみんなが、私にとってとっっても大事な人達なんだって。
そんな大切なみんなを、守りたいんだ、って。
どうして怖がってたんだろう。
もうその理由もわかんないくらい、私は笑顔になっていた。
──笑顔。アイドルに必要不可欠なもの。
これを大切にしていこうって、改めて思った。
私が笑顔じゃなきゃ、誰も笑顔にできないもんね。
みんなの笑顔のために。
誰かのために戦うことが、怖いだなんて、ちっとも思えなかった。
「さ、気晴らしでもなんでもいいから、存分に楽しんじゃいなさーい!」
「はい!」
ブルマさんが腕を広げるのに、私も腕を上げて大きな声で答えた。
それから、安心したのか寄って来たチチさんや悟飯ちゃんとたくさんお話して。
ヤムチャや天津飯と励まし合って。
ウィローちゃんのお口にいっぱいケーキを詰め込んで。
ラディッツの腕を引っ張り回して、あっちのテーブルもこっちのテーブルも全部制覇して。
チャーシュー頬張ってるウーロンに共食いじゃないの? って突っ込んでみたり。
お酒を勧めてくる亀仙人をてきとうにあしらったり、牛魔王さんにご挨拶したり。
ターレス作のお野菜料理から逃げ回って、後輩の子に先輩面しまくって、なんか親し気なラディッツとタニシさんをからかって、お水しか飲んでないピッコロさんにマカロン押し付けて、悟飯ちゃんとお歌をうたって、遠くの窓に見えたベジータに手を振って投げキッスして。
すごく、すっごく、すーーっっごく! 楽しい一日だった!
『……』
椅子の上にぽつんと座るウサロットを見つけて、駆け寄って行く。
頭を撫でて、抱え上げて、ぎゅっとする。
ウサロットは、もう、うんともすんとも言わなかった。
TIPS
・ウサロット
山吹色の胴着を身に纏ったうさぎのぬいぐるみ
一ヶ月間ナシコと付かず離れずだったので、洗ってもまだ甘い匂いが取れていない
・悟空
あまりにも強い相手だとわくわくなんかしない、という事をナシコはさっぱり覚えてない
悟空の事をよく知っているつもりで、本当の彼の姿はあまり知らないのだ
生身の悟空と触れ合った数などたかが知れているので当然の話
・甘い匂い
ナシコ745の秘密の一つ
一番初めに神龍にお願いした方法が心の中を読み取って、だったために無意識的に獲得したちょっと卑怯な体質
ほんの微かな甘い香りは、万人受けするようにできているらしい
ちなみに願ったつもりのない本人に自覚はない
たぶん汗とか涙とかも甘い
・ベジータ
修行を終え、ひとっ風呂浴びて自室に戻る際、ふと窓から見下ろした庭にナシコを認め
直後に死んだ
・お布団の中の秘め事
人間なんだからするよそりゃ