正式に連絡するからねー、と言われて早三日。
いつ連絡が来るかもわからないのでおちおちお買い物にも行けない俺は、まあ宅配があるので生活に問題はなかった。
ピンポーン、とインターホンの音が鳴る。
化粧台に向かって櫛で髪を梳いていた俺は、ぎくりと身を固くして、化粧台の下に潜り込んだ。
なになになに不審者!? 山にわざわざ来る人おる!? あ、宅配かな……? 基本置き配だけど、でかいのが多いときはサインが必要みたいで顔を出さなきゃだし……。でも、それは昨日やったよ? 地獄のような時間だった……。「あれっ、娘さん? お母さんは?」って戸惑われて死ぬほど答えに窮した。人生最大の苦難だったねあれは……。などと考えつつ、お台所からフライパンを持ってきて握りしめつつそっと玄関の扉を開ける。
「失礼します。ナシコさんのお宅で間違いないでしょうか」
……なんか、黒服が二人訪ねて来たんですけど……。
あ、ちなみにナシコとは俺の名前である。
この世界で過ごすにあたって新しい名前を用意しようと考えた結果、ナナシノゴンベかヒョウタンツギのどちらかまで候補を絞って、結局第三勢力のナシコにしたのだ。
フルーツの名前が入ってるの、なんかツフル人みたいだね。ツフル人の名前を持った地球人だー! ……なんちて。
さて、黒服さんに怖々と要件を聞けば、俺を招待するようブルマさんに言いつけられて来たみたい。
電話じゃなかった……良かった……。
でも急な訪問は心臓に悪い。ちょっと怖かった。
山のふもとに止められた車に乗り込んで都へ出発。
……なんか、誘拐されてるみたいだな。
後部座席に座りながらぼんやりとあほな事を考えた。
◆
ブルマんちにやってきたのだが、すぐにはブルマさんの下へ行けなかった。
使用人ぽい格好したロボットに更衣室に連れ込まれて高級そうな洋服に着替えさせられた。
子供向けの、でもしっかりした作りのドレス。ちょっとサイズが合ってなかったけど、腰回りの紐を背側で結ぶ事でぴったりフィットするよう引き締まった。隙の無い作りだね。
「じゃーん。サプライズパーティよ」
「…………ひえー」
おめかしが終われば、今度こそブルマさんの下へ案内される運びとなった。
そこは賑やかなパーティ会場に変わっていて、ラフだが上品な格好をしたブルマさんが細長いグラスを手に得意気に俺を誘った。
「あの、こ、これ……お礼って……もしかして」
「ええそうよ。これ、あんたのために開いたんだから!」
お礼と言ってももっと軽いものを想像してたのに、スケールがでかくて恐縮してしまった。
丸テーブルがいくつか並べられ、視界の左右に屋台まであって香ばしい匂いや甘い香りが漂ってくる。
なのに見る限り参加者は数人しかいない。それが余計に小心者の俺にダメージを与えるのだ。
「こじんまりとした感じになっちゃったけど、お礼にはなるわよね」
「はい、じゅ、十分です」
こくこく頷けば、なぜかブルマさんはふふっと笑って、それから「ちょっとー」と誰かを呼んだ。
遠めにヤムチャが見えたので彼を呼び寄せたのかと思えば、違う。
呼びかけに応じたのは見知らぬおばさんと女性だった。
「こちら芸能プロダクションのオーナーさんよ」
「どうも」
「あ、どうも」
ぺこりと会釈するおばさんに頭を下げる。
芸能……プロダクションのオーナー……。パーティだから、そういう人もいる……って訳じゃなさそうだ。
「アイドルになりたいって言ってたでしょ? お礼はこれよ。その道へのチャンス」
それはまた、凄いお礼だけど……いや、俺別にアイドルになる気はないんだけど。
あれは言葉の綾というか、自分のかわいさを一言で言い表すためのツールというか。
しかしそれを伝えようにも口下手が発動して声に出せないし、そもそも今この場で「アイドルになる気なんかありませんよ?」なんて言ったら、オーナーまで呼び寄せてくれたブルマさんの顔に泥を塗ってしまう事になる。
「お嬢様からお話をお聞きしてね、この機会に今度うちでオーディションを開く事にしたんですよ」
とオーナー。
ブルマさんの『お礼』の正確なところは、そのオーディションへの参加権。
書類審査だとかの代わりにオーナーさんと直接こうして面と向かい合ってお話して、それで後日開催されるオーディションへすぐ参加できるよう取り計らってくれた、らしい。
「顔はかなりいいし体形も良いわね。声も悪くない。大人びた雰囲気も感じられる……多方面の活躍が期待できそうなアイドルの卵ね」
「ええ。ぜひ彼女を育て上げたいです」
顔を寄せてこしょこしょっと口早におばさんと女性が交わす言葉は、俺の地獄耳がはっきりと捉えていた。
期待されてる……。この顔や体を褒められるのはとっても嬉しいが、そういうプレッシャーには弱い。お腹痛くなりそう……。
「それじゃ、話はここら辺にして、今日は楽しんでいってね」
「は、はい……」
ウィンクしてくれたブルマさんには悪いけど、色々話が急すぎて正直ついていけないのが本音だった。
が、そう言う事もできず。
なら素直に楽しんじゃえ、と気持ちを切り替え、屋台に襲撃をかけることにした。
◆
「やあ」
「……」
とりあえず色々料理を手にしてテーブルに移動し、ウマウマーとパクついていれば、ヤムチャが近付いてきた。
気さくに手を挙げられるのに反応できないのは申し訳ないが、現在両手が埋まっていてね。しょうがないよね。
秘かにテンション上がってるのも一因かも。
「俺はここに居候させてもらってるヤムチャってもんだ」
「もぐもぐ……」
「ああ、急いで食べなくてもいい。ちょっと聞きたい事があるんだが……」
いくら相手がヤムチャとはいえ、話しかけられて返事をしないのは失礼だ、と口の中のものをのみ込もうとしたら、手で制された。
はて……俺に聞きたい事? ヤムチャが? ……見当もつかないな。
「君は、空が飛べるのか?」
真面目な顔をして何を言うかと思えば、舞空術の事だったのか。
なんでそんな事聞くんだろう。ヤムチャもできるよね。
……あ、いや、まだできないのか。
それで、前会った時に俺が空飛んでるの見て、気になったのかな?
「ああいや、すまん。今のは忘れてくれ! はは……」
もぐもぐごくんとやったところで、ヤムチャは急に恥ずかしそうに笑い出した。
かと思えば俺に背を向けて歩いて行ってしまう。「そうだよな、生身で空を飛ぶなんてありえないよな」と呟いているのが聞こえたけど、あいにく「いや、飛べるよ」なんて今さら声をかけるコミュ力は俺には無い。すまんヤムチャ。がんばれヤムチャ。君もそのうち飛べるようになるさ。
その後は、やってきたブルマさんに学校生活やら悟空との冒険の話を聞いて過ごした。
あんまりちゃんと喋れなかったけど、楽しい時間だった。
久々に人とちゃんと会話した感じ……。
はぁー、生きてるなぁって実感する。
こんな機会をくれたブルマさんには心からの感謝を捧げねば。
ほんとーにありがとう。
……という気持ちをこめて会釈したところ、「ありがとうが言いたいならちゃんと声に出しなさいよねー」と笑われてしまった。
ぐぬぬ。
このままでは終われないわね。
くらえ、渾身の投げキッス!
ふはは、めちゃかわモテロリの投げキッスだ、避ければ地球が吹っ飛ぶ! 受けざるをえんぞー!!
……ぽかーん、って顔された。
しかもブルマさん、十分くらい無反応になって、声かけても揺すっても返事一つしてくれなかった。
……そんな酷いもんだったの?
俺は心に深い傷を負った。
と傷心してたら、いや、あんまりかわいいから魂抜けてたわ、とブルマさん。
現金な俺はそれだけでめちゃんこ嬉しくなって、+ブルマさんに心を全開で開いた。
もぉー、口が上手いんだから。ブルマさんの頼みならなんでも聞いちゃうぞー。
え? もう一回やって?
……え?
……え、改めてやれと言われると凄い恥ずかしいんですけど。
むーりぃー。
◆
その日の内にオーディションの日程と場所が記された書類が家に届けられた。
住所が割れてるってなんか不安だなー、と書面を眺めながら思う。
友達いなかったからこれまでは誰が知らなくとも問題なんかなかったんだよな。
でも、俺にもお便りくれるお友達……いや、知り合いができてしまったのだ。
ふへへ。
普通に怠惰に過ごしているうちにオーディションの日になった。
体重落して、とか体絞って、とか食事制限を、とか色々考えてたけど、結局何一つ実行しないまま都へ。
ビルみたいな建物へ入って、緊張しながら受付さんと話して、控室で時間を待って。
同じくオーディションを受けに来た女の子達は若さが溢れていて、自分だけ場違いな気がして居心地がすっごく悪かった。
ファッションセンスも俺には理解できないレベル。
はははー、なんで俺こんなところにいるんだろうね。
自分の撒いた種だからね、自分の手で刈らねば。
「その気はない」と表明できない自分の気弱さをそういった言葉で誤魔化して、途中でやってきた係員さんに渡された丸っこいナンバープレートを胸に付け、十数分も待ってようやく会場へ。
やや薄暗い照明の落ちる会場は広い広い一室。
たぶんそこへ昇るんだろうステージの脇に審査員らしき方々がいて――前にあったオーナーのオバサンと女性はいなかった。贔屓はしてもらえそうにない――、パイプ椅子がずらーっと並び、男女多くの人が座っている。
奥側の壁に並んでいる機器はカメラだろうか? 様々な機器の下に立つ人達が数台の大きなカメラをステージへ向けているのを見て、ひょっとしてこのオーディションはテレビで放送されたりするんだろうかと考えた。
もしそうなら……ぶるるっ。ただでさえ凄い緊張がいっそう強く。
握った手の内は汗でびっしょり。お手洗い行きたくなってきちゃった。
よく見たら椅子に座っている方々は各々手帳を開いていたりデジタルカメラを弄っていたりしている。記者っぽい……。
審査員とは反対側に並べられたパイプ椅子に番号順で座っていく。
俺の札には29の文字。今回の参加人数は30人だから、かなーり後の方だ。
良い事なのか悪い事なのかわからない。
「29番、どうぞ」
「ひゃいっ!」
とりあえず先に審査を受ける子達を見て受け答えを用意しようとか考えてたんだけど、頭の中真っ白で何も対策できないうちに、ついに出番が回ってきた。
ガタタッと立ち上がり、ぎくしゃくと壇上へ。ああー自分でも駄目な動きしてるのよくわかる。右手と右足同時に出てるし!
焦るな、焦るな俺。十数年生きてきた意地を見せるんだ。
アイドルやれってんならやればいいだけの話。言っちゃえばそれだけの、簡単な事だ。
ええと、アイドルってどんなもんだっけ……笑顔……? 笑顔だな。
笑って乗り切れ。えへへっ、ぴーすぴーす。
………………だれか、はんのうしてください。
歌唱審査があったので翼をくださいを歌った。
踊りの審査があったので恐怖のフリーザダンスを踊った。
特技はあるかと聞かれたから「空飛べます!」と舞空術やった。
「うーん、合格」
これまでの人生の中で一番全力出して突っ走った結果、見事合格しちゃいました。
くそったれ。
後日郵送された合格通知を見てこれが現実なのだと改めて知った俺は、観念して職に就くことにした。
アイドル始めました、なんて、冷やし中華じゃないんだから……。
あ、そういえばあのオーディションの放送今日だ。
テレビをつけてみたら、「アイドルへの道」みたいな題でちょうどやってて、まさに俺の審査が始まったところだった。名前を呼ばれて立ち上がった俺に画面が寄る。
……なんだあの赤面ダブルピースは……。
「ひ~ん、恥ずか死ぬよう」
俺がめちゃくちゃ可愛いせいで合格しちゃったけど、対人能力皆無なのに接客業の極みみたいなアイドルなんてできる訳ないじゃん! そんなの考えなくてもわかる事だよ!
鏡見て「かわいい~!」とか「ちっちゃーい!」とか自分で褒め殺したりするのは大丈夫だけど、人に見られるのは駄目だ。あがってしまって訳わかんなくなる。
ステージの上でへまして笑いものなんかになった日には、ほんとに死んじゃうかもしんない。
……俺、生きて原作に合流できるのだろうか。
・恐怖のフリーザダンス
アツいぜ。
・感想とか
評価とかぜひお願いします! なんでもするから!