プレリュード。
天から降り注ぐ光を一心に浴びて輝く少女の一人舞台。
広くはなく、でも狭くもないステージの上に立つ偶像の少女。
持ち上げた手をゆっくりと下ろして握りながら、憧れに瞳を煌めかせて歌う奇跡の結晶。
弾むように、伸びるように。嬉しさに声ばかりが先走ってしまうように吐息する、聞いている人の胸を熱くさせる青春の声。
それは、何年も昔の映像だった。十数年前の、駆け出しの頃のナシコの姿が、古めかしい映写技術の特有の懐かしさに彩られ、最新式のモニターに投射されている。
暗い室内。
無機質な冷たい壁に覆われ、いくつかのベンチとコーヒーメイカーのある休憩室に、一個の機械生命体があった。
薄暗さに溶け込む黒髪はそう長くはなく、目にかかる前髪は真一文字に切り揃えられ、後ろは襟に届くかといったくらいのショートヘアー。同色の瞳は光を反射していてもなお暗く、眠たげだとか不機嫌だとかと形容できそうなくらいに細められている。
頭には純白のホワイトブリム。小柄な体を黒地の衣服とエプロンドレスに包んだクラシックなメイドスタイル。
製造番号No.6。Dr.ウィローが生み出した新時代の人造人間の6体目。色を名に関する7人姉妹の、末から1個上。
名前はクロ。または、
「……」
10歳から13歳ほどの見た目の少女が、たった一人椅子に座り、過去の映像を見上げていた。
明るい曲調に照らされて、なお不機嫌そうにぶすっとして、両手で持ったBDケースの表面を細い指で時々撫でる。
──母。
産みの親が誰かと聞かれれば、彼女はDr.ウィローであると答えるだろう。
この世に生み出してくれた事を感謝している。インプットされた物事だけでなく、知識を授け教え導いてくれることに、感謝している。まさしく彼女こそが母であろう。
「……」
でも。
……「でも」。その先の言葉が明確にならないまま、パッケージへと視線を落としたクロは、先程から無意識に撫でていたナシコの写真にいっそう唇を引き結んで指を離した。
……育ての親が誰かと聞かれれば、きっと不本意ながらも「それはナシコである」、と彼女は答えるだろう。
人間にあたる赤子の時期。幼年期。
情緒を育むその頃に密接に関わった女の子。
7人いる姉妹の中で、自分を特別に可愛がってくれた、創造主の友人。
頬を撫でてくれた手の熱さや、柔らかさを覚えている。
好奇心と、優越感と、慈しみに構成された瞳のいろを、よく覚えている。
初期設定では積極性もなく言葉を多く発する事もない自分を、なぜ彼女が構ってくれたか、だなんて、ただ同じ黒髪であるからという単純な理由だったのはわかっている。
いうなればそれだけだった。
手を握れば握り返してくれたのも、寄り添えば頭を傾けてくっついてくれたのも、微笑めば笑い返してくれたのも、ただそうするのが普通だったからという、その程度の理由。
「……」
助手を欲するウィローによって急速に成長した精神は、そんなくだらない事を大きく取沙汰して精神を搔き乱した。
他の個体と親し気に話す
所詮は横並びの同一個体。注がれる愛情に隔てはなく、自分は彼女の特別ではなかった──……。
先日、研究室に足を運んだナシコがみせた、怯え混じりの愛想笑いがメモリーに焼き付いている。
昔とは違う笑顔。そうさせたのは自分の態度で、形成されてしまった人格で、蓄積された記憶で。
日々の業務をこなす中で、不意に動きが止まってしまうようになった。
そういう時は決まって少し胸が痛んで、懐かしい匂いを感じる事が多かった。
正常に働けない助手など不要である。
早急に異常を修正すべきである。
誰に相談する事もなく改善を目標に動いたクロは、どんなにログを漁っても理由も原因も見つからない事に困り果ててしまった。
業務にさほど支障はないとはいえ、やはり煩わしい。
苛立ちさえ感じ締めたところで、仲間からBDを貸し渡された。
曰く、ナシコちゃんの笑顔を見れば、そんなの一発で元気になっちゃうよ! ──とのことで。
パッケージに写るアイドルの笑顔に強い苛立ちと嫌悪を抱いて、同時にそれを求めてしまう自分があって。
仕方なくクロは、休憩時間にライブ映像を眺める事にしたのだった。
「……」
初々しく、それでもはてどなく空の彼方まで届くような歌声を嬉しそうに響かせて、歓声を浴びて気持ち良く動くその姿に、クロは。
特に、何も感じなかった。
感想も浮かばなかった。
感慨もなく、苛立ちもなく、懐かしくもなく、愛しくもなかった。
「…………」
少しだけ、異常はあった。
なんとなく──心が息苦しかった。
その原因もやはりわからない。
映像を見ているから、ではない気がする。
自分には向けられなくなってしまった無邪気な笑顔がそこにあるから、ではない気がする。
ではなんだろうかと模索しても、やはりわからない。
ただ、ナシコが傷つくような気がした。
何か良くないことが起こるような、そんな気がした。
計算にはそんなものは現れていない。
だから気のせいだと断じて一つ息を吐いたクロは、途中だった映像を切ると、休憩を終えて業務に戻った。
今日は主がいない。No.4……ミドリと呼ばれる個体と共に、姉妹達の面倒をみなければならなかった。
◇
「ぐうっ!」
ドカッと殴り飛ばされて地を這ったのは、人造人間20号だった。
「どうしたよ……人造人間ってのはそんなもんか?」
手袋を引きながら悠々と歩む超サイヤ人のベジータに、腕をついて身を起こした20号は冷や汗を流して慄いている。
「ほほー!」
奇声を上げながら正拳を放った19号が攻撃を当てる事もできずに悟空さんの膝蹴りを受けてくずおれる。
どちらもダメージや息切れはないはずなのに、打たれた個所を押さえるその表情は厳しい。
「ぐ、う……! よ、予想データを、は、遥かに上回るパワーだ……!」
「知りたいもんだ……ガラクタ人形でも恐怖を感じるのかどうか」
この荒野へと戦いの舞台を移して早数分。
オラにやらせてくれと立候補した悟空さんが19号をフルボッコにして、「きさまらはとっくにお楽しみだったんだろう? じゃあ引っ込んでいろ」と、13号達と戦った事を理由に私達の参戦を拒否したベジータが20号を相手取り、圧倒している。
「その調子ですっ! がんばれー!」
「……。ああ」
パワーを吸収しようと手を突き出す19号の攻撃の悉くを避け、的確に反撃する悟空さんの凛々しいこと格好良いこと!
黙って観戦なんかできなくて、腕を振り振り声援を送れば、ちらりと目線をくれた悟空さんが静かに答えてくれた。
「はぁあぁああぁ~~~~!! やば……」
「限界オタクみたいな声出すのやめろ」
「天下無敵のアイドルも、こうなっちまえば形無しだなこりゃ」
どきどきする胸を押さえて打ち震えれば、後ろから飛んでくるヤジの数々。
ラディッツもターレスも、戦えなくてちょっと不機嫌みたい。
最近よく出かけてるからそれ関連かな。今日のために時間を取ったのに、敵が弱すぎるわ戦えないわで不満みたい。
サイヤ人やってるねー。私地球人なので、戦わないならそれに越したことはないって思いまーす。
悟空さんの生戦闘見れるしね! ファン垂涎だよ~、カメラとか用意しとけばよかった!
カプホは持ってるけど容量やばいのであんまり動画とか撮れないの。残念……。
「こ、こんなハズは……! な、なぜここまでの大幅パワーアップを……!?」
引け腰になっている20号が震えた声で言う。
それさっきわかったんじゃないの? ナメック星での戦いは観測してなくて、その前までの悟空さん達の強さしか知らないって言ったのは自分じゃん。
私の方はそもそも単なる地球人だから伸びる事はないと判断してたみたいだし。格闘技とかの経験もないからね。
「おいきさまら」
ベジータが呼びかけるのをのんびり眺める。
ウィローちゃんが計測した敵の最大戦闘力は8000万だった。
だから、私やウィローちゃんはもちろん、8500万まで戦闘力が上がっているピッコロでも十分倒せる相手だった。
私達の行動指針は20号を捕らえて研究所の位置を話させる事だ。
さすがに私、そこまで覚えてないからね。どこかの岩場だってのはなんとなく記憶にあるんだけど、正確な位置は直接聞くほかない。
「たしか手の平からエネルギーを吸収するんだったな。それでパワーアップするのか?」
「……ああ、そうだ! エネルギーを吸い取り、最大パワー値さえ上げれば、きさまらごとき人造人間の敵ではないはずなのだ……!」
「ほう? 言うじゃないか……」
ぐっと両の拳を握るベジータに、なんだか嫌な予感。
それは私だけでなくみんな感じているようで、「まさか」とか「おい」って声が聞こえた。
「そらよ」
「!」
予想通り、ベジータは突き出した手から気弾を放った。
あれだけ気功波は撃つなと話したにも関わらず、だ。
当然慌ててそれを吸収した20号は、予想外の展開ににやりと笑った。
「どんなもんかな……まだいるか?」
「なんのつもりかは知らんが、そうだな……まだきさまの方がパワーは上のようだ」
「じゃあくれてやる」
「お、おい、ベジータ! なんのつもりだよ!」
制止するようにクリリンが呼びかけるものの、ドヤ顔をこちらに向けたベジータが言うには「勝負を面白くしてやろうと思ってな」なんて調子に乗り切った答えが返ってきた。
……これだからサイヤ人はー!
「あのさぁベジータ! んなことしなくてもそいつよりよっぽど強い奴が控えてるんだからさっさとやっちゃってよー!」
「ふん」
この後17号と18号が控えてんの!
場合によっては戦う事になるかもしれないんだから、余裕ぶっこいて相手を強くさせるとかはやめてほしいんだけど!
「どうする? 乱入してぶちのめしちまうか」
耳元に顔を寄せてきたターレスの囁きに、うーんと腕を組む。
そんな事したらベジータへそ曲げるだろうしなあ。悟空さんもそういうの好まなさそうだし……。
結構余裕な現状、あんまり空気を悪くする手は取りたくない……と思ってしまう小心な私である。
「ちっ、やはりこんなものか」
そうこうしているうちに追加で3発光弾を吸い取らせたベジータは、しかしそれでもやはり自分の方が強いのに舌打ちした。
数度の攻防で20号は片腕を失い、地に伏せた。同時に19号もまた強烈な蹴り上げを受けて尻もちをつき、ぐるぐると不気味に眼球を回している。悟空さん流石です! かっこいい! 黄色い声援あげまくっちゃう。
「勝負あったな。これに懲りたらもう悪さしねぇで大人しく
「うぐぐ……!」
と、悟空さんが超化を解いてしまった。どうやら19号にとどめを刺すつもりはないらしい。
なんで? って思ったけど、そっか、まだこの2人のどっちも、この時代じゃなんにも被害を出してないから、悟空さんも怒ったりはしていないんだ。
「オラを狙うってんならいつでも相手してやるさ」
「はっ、暢気な野郎だぜ。相変わらずとんだ甘ちゃんだな、カカロット。トドメが刺せねぇってんならオレが代わりにやってやる!」
言うが早いか19号に手を差し向けたベジータがビックバンアタックを放った。
意識がないのか、19号はエネルギーを吸い取ろうと動き出す事もなく、悟空さんも迫る超火力に飛び退って回避する以外の行動が取れなかった。
「──!!」
大爆発が巻き起こる。
広がる砂ぼこりをウィローちゃんが緑色のシールドを張って防いでくれた。おー、ありがと。戦う時ってこういうの煩わしいよね。髪の毛とかお洋服とか汚れちゃう。
「じゅ、19号……!」
目を見開いた20号の横には大きなクレーターが広がっている。鉄くずすら残さず19号は蒸発してしまったらしい。
「さあて、お次はてめぇの番だぜ」
「はっ!? あ、ぐ……!」
愉快そうに笑っていたベジータの冷酷な宣言に、呆然としていた20号がガッと顔を向けて口を開く。
だが何を言うでもなくぱくぱくと開閉させるだけで、もはや打つ手がないようだった。
ちょっと待ってよ、破壊する気なの? 話が違うってば!
「あのねベジータ、研究所の場所聞きださないとなんだけど!」
「知るか。そんなもの奴らが出てきた時に対処すればいいだけの話だ」
注意してみたけど、駄目だこりゃ。聞く耳持たないや。
確かにこの時代の彼らなら特に人を傷つけずにえっちらおっちら悟空さんとこまでやってくるんだろうけど、万が一ってのもあるからね!
早期接触して、セルの事伝えて、できれば何事もなく平和的に解決したいの!
それが無理そうな19号と20号とは戦う事になっちゃったけどさー……あーもう、喧嘩っ早いんだから!
「ぶっ壊してやるぜ!」
気を噴出させて突進するベジータ。
なんとか立ち上がったばかりの20号に、それに対応する力などない。
これはこのまま地道に研究所探し出すコースになるのかなぁ……すっごい面倒臭い。
「な!?」
ドラゴンボールに頼っちゃうか、と考えていたところで、ベジータの変な声に意識を戻す。
どうやら彼はパンチを受け止められて驚いたらしい。
あんなパワーアップさせたからとうとう逆転されちゃったの? って思ったけど、どうもそうではないみたい。
だって20号は倒れ込んでしまっている。じゃあ、いったい誰がベジータの攻撃を受け止めて……?
「ちっ、ぐ! は、放せ……!!」
腕を振り払おうとして、それができなかったらしく悶えるベジータが体を捩った事で、ようやく相手の姿が見えた。
ここに来てしまった17号や18号か、はたまた16号か、それともセルか?
予想は、どれも違っていた。
白衣を纏った女性。赤と青のチェックの洋服を下に着ている。
茶色の癖毛の長髪は跳ねに跳ねて、ちら見えする耳には金の円のピアスが下がっていた。
赤いフレームの眼鏡の奥にはブルーの瞳があって、透き通った白い肌の、細面のしゅっとした顔は人造人間らしく無機質だった。
「来るのが遅いぞ、21号……! 相変わらずどんくさい奴め、あやうくやられてしまうところだった!!」
「すみません、20号」
「まあいい。まずはベジータからやってしまえ!」
「了解しました……」
一転して20号が自信満々になったのは、その会話の間にも拘束から抜け出そうとベジータが繰り出した攻撃を受けて、21号と呼ばれた女性が微動だにしていなかったからだろう。
抵抗を続けるベジータをじろりと見下ろした彼女が無造作に放った拳が致命の一撃となる。
鳩尾のあたりか、そこへパンチをねじ込まれて足を浮かせたベジータが黒髪に戻ってしまったのだ。
「ベジータ! くっ!?」
助けに入ろうとした悟空さんへ向けてベジータが投げつけられる。それを受け止める以外に選択肢が無かった彼に、慌てて私も動く。今追撃の気功波など撃たれたら危ない!
ふっと空気が吹き付けてきて、私の前に21号が立っていた。
「あっ」
思わず足を止めてしまったところでぱっと手を取られるのに身を硬くする。
やばっ……!?
その手の平にエナジー吸収装置とかはなさそうな事とか、後ろでラディッツ達が動こうとしているのを感じながらも、スローな視界では危機意識だけしか動かない。
未知数の戦闘力を持つ相手に、それは如何ほどの隙になるだろうか。
この直後に、私はそれを身をもって知ることになる。
恐ろしい21号の顔がぐっと間近に迫った。
「ファンなんです! サインください!!!」
「……は?」
……。
……おお?
なんか、よくわかんないけど……。
どうやら彼女は、私のファンらしい。
……ええ?
TIPS
・クロ
成長速度に心が追いついてないらしい
・21号
出典はドラゴンボールファイターズ
どうやらナシコのファンらしいのだが……?