第四十九話 セル愕然! 未来とは異なる歴史
スプーンが皿の底を叩く音が重なる。
一つのファミリーが奏でるそれをBGMに、我が家では小さな歓迎会が開かれていた。
テーブルの上にところ狭しと並べられたパーティ料理。
巨大な恐竜肉のステーキやイノシシの丸焼きやミートローフに、珍しいもので肉巻き寿司なんかが海鮮系の横に並んでいる。もちろんサラダ類も豊富だ。スープにしたもの、グラタン的な何か、手抜きなのかなんなのかカットしたまま積まれてる奴……野菜、野菜はどうでもいいんだ、私食べないから。
あとお魚。なんだろ、何? ソテー? えー、ムッシュムニエル……なんだろな。料理の名前なんて知らないや。お刺身くらいはわかるし作れるけど。
これらは全て、うちに泊まる事になったトランクスを迎え入れるために用意したものだ。……ターレスが。
急に言うなって怒られました。しょうがないじゃん、急に決まった事なんだからさー。
お皿に視線を落として黙々とスプーンを口に運んでいたトランクスが、ふと顔を上げるのに視線が合う。
「ふにゃ」
もにょっと口を動かしてなあに? って聞く。これはー、あれです。お食事中に喋るとみんな怒るので確認的なね。あと眠いからこんななの。
一刻も速くお布団に潜り込みたい肉体はパジャマを装備し、ふらつく頭にはナイトキャップを装備している。
いろいろあったから疲れちゃった。今日はウィローちゃんがいないし、早めに布団に入っとかないと明日が大変だ……。
「すみません、オレのためにこんな……」
「ほに」
いいよいいよ、気にしないでー。いっぱい食べてねー育ちざかりなんだから。
それにうちの子は大食いが多いからね。普段の食事量と実はあんまり変わらないんだよ。
ウィローちゃんはあんまり食べないし、私だってそんなにお腹に入んないから、いつもテーブルはこんもりとちんまりのごちそう大戦争が起こっている。
「と、泊まれる場所も提供していただいて……野宿を予定していたので助かりました」
「ふに……ふあ~~あ……はふ」
「はしたないぞ」
ラディッツお母さんから注意が飛んできたので、ふらふらと頭を振って反応を示す。ごめんなさ~い。
でもあくびは不可抗力だと思いまーす。ふあーあ。ねむねむ。
「遠慮しないで食え」
「え、あ、いえ……はい。頂いてます」
「んん? なんだ、サイヤ人だって聞いてたもんだが、案外小食なんだな」
リスみたいにほっぺを膨らませたターレスが、それをそのままごっくんと飲み込んで疑問を投げかける。
その喉に塊が通っていく光景をぼけっと見つめていたトランクスは、声とも吐息ともつかない何かを零して、それから少し迷う素振りを見せてから答えた。
「未来では、あまり食料に余裕がないので……おそらく、自然と燃費が良くなるようになったんだと思います」
「ほぉーん。好きなだけメシが食えねぇとは嫌な未来だな」
おいこらターレス、その言い方は悪いんじゃないの? だいじょぶ? トランクス怒らない?
「まったくその通りです。生き残った人達で協力して、なんとか小さな菜園は作れたのですが……」
「ではなおさら食うといい。お前の時代の人間の分までな」
「……はい」
素直に頷いた彼が食事を再開するのに、私も重たい手を動かしてもさもさとパンを食べる。
齧った断面にバターナイフでマーガリン塗り込んでもぐもぐ。千切った欠片をシチューに突っ込んでぱくぱく。
フォークを手に取りローストビーフを突き刺してお口に運ぶ。うまー。この、えー、このあれ、味が好き。なんだこれ。リンゴとかバナナとかそんな感じのフルーツ的な……あ、私バナナ嫌いだけど、そういうの。
ペロっと舐めた唇に濃いソースの味がして二度美味しい。
「ごちょーさ」
「お粗末さん」
「口拭いとけ」
「ぁぇ」
お腹いっぱいになったのでお食事タイムは終了である。
料理してくれたターレスへの感謝を告げて、ラディッツからティッシュを受け取って口を拭う。
「え、あ」
私が食べ終わったのに手を止めたトランクスが、私と手元とを交互に見て戸惑っている。
「んぇ」
気にしないで食べててーって意味をこめて声を出せば、じろりと睨みつけるおかんの眼光。
ふふーん。今日はお隣さん空いてるから、誰も私を止められないんだなー。
眠気に任せてぽやぽやしててもほっぺをつねってくる子はいないのだ。私の天下って訳だぁね。
「未来に帰る時になったら食料をカプセルに詰めよう。一時凌ぎにしかならんだろうが、持って行け」
「それは、どうもありがとうございます。本当に助かるのですが……いいんでしょうか」
「これか?」
椅子から降りて、背を押してテーブルへ押し込んでいると、「コレ」と指さされた。
目を擦ってちょっとだけ眠気を覚まして、ラディッツに目を向ける。
なんか用? 重要なお話? ちがうならー……上行っていい?
「まあ普段なら伺いを立てるところだが、この調子だからな。それより、よくこいつが上だとわかったな?」
「その……ナシコちゃんって有名なんですね」
「ああ、雑誌でも見つけたか。こいつ、また片付けずにそこら辺に放置してたな……」
いちおー私に関係のある話かもしれないので、扉を開けたところで待機する。
でももう半分夢の世界……扉に体を預けてゆらゆらしてるとこのまま寝入ってしまいそうだ。倒れないよう気を付けとかないと。
「のわー」
倒れた。駄目だった。
そして誰も助け起こしに来てくれない……。
「あの雑誌の日付が10年ほど前でしたので……あなた達との関係は載っていたインタビューの内容から。そして今と変わらない容姿を持つ彼女を、その……」
「ババアと断じたか」
「い、いや、ただものではないなと! け、決して年齢の事は、オレは別に何も……!」
「おい」
おう。なんじゃい。
立ち上がるのも億劫だから四つん這いのままリビングに侵入して、奥の方に立て掛けられていた剣をゲッツして、抱き枕にしよーって決めて退散しようとしてたところを呼び止められた。
剣は男のロマンだよね。しゃきしゃきしゃきーん。かっけえ!
「あっこら、危ないよ! ほら、それをこっちに返しなさい。良い子だから」
「……子供扱いしてるな」
「騙されてんぜ、あんちゃん」
「あ……」
はっとしてこっちへ伸ばしかけた手を下ろすトランクスに、強く抱いた剣を体で隠す。
今夜は帰したくない……紹介します。この剣、私の彼氏なんです。あーっ、剣が炎上しちゃう!
ねえねえ、今日これ借りて寝ちゃだめ? だめー?
「そ、それを抱いて寝るの……?」
「ぷう」
「そろそろまともな言葉を話せお前」
やだ。だってトランクスには幼い感じで接したばかりだもん。急に流暢に喋り出したら気持ち悪いでしょ?
なのでこう、なんだろ。妹イメージで動いているのだ。
「おにーちゃん、借りちゃだめぇ? おねがぁい」
「うわ」
「うわじゃねぇよラディッツお前ぶっ飛ばすぞ。ねぇおにーちゃん、だめー?」
ふにゃふにゃ。
眠くて覚束なくとも、かわいい演技は完璧にできるのがスーパーアイドルナシコなのだ。
……あれ? なんかトランクス固まってない?
ほほーん……とうとう私に惚れちまったのかぁ~? それとも妹系がお好みなの? いいよいいよ、サービスしたげよっか。お待ちかね甘え度100%を見せてあげよう。
「…………駄目です」
「ああー」
なんと、私が本気を出す前にかれぴっぴが取り上げられてしまった。私のシャイニングソードくん二世ー!
うう、これじゃ私、今日は一人寂しく寝なくっちゃいけなくなるじゃん……。誰か抱き枕になってよお……。
ウィローちゃん帰ってきてー! きっと今日はセル出ないよー。
地上の監視はピッコロさんがさ、神殿から見下ろしてくれるって言ってたから任せちゃおうよ……。
なーんて、そんなこと言ったらウィローちゃん怒るだろうなー。交代で都のパトロールしようって言ったの私だもんなー。
はぁ……。
「ああーう……おーあ」
「見ろ、ゾンビがいるぜ」
「弱点はトマトか? ナスか? ぶつけてみるか」
「そ、そういうノリなんですか……」
げっやめろ! いいよナスは、嫌いだよそれ! いらない! お腹いっぱいだし!
じゃあ私もうお部屋戻るね! トランクスの部屋割りは勝手に決めといてね!
ばいばいおやすみまた明日! ちゃんと歯磨きするからそんな目で見ないでね!
「……いくつなんだろう」
超速で廊下に出て扉を閉める際、ぽつっとトランクスの呟きが聞こえた。
ぴちぴちの9歳です!! どうもね!!
◆
ぶるぁ。
私の名はセル。人造人間だ。
突然だが諸君、私は今非常に困った状況にいる。
それというのも、3年前この時代へやってきてから今日の日まで地中で耐え凌いでいたのだぁがぁ……久し振りに地上に出てみれば、そこかしこにこの私の姿絵が張りつけられているではないか。
「危険……"吸血怪奇生物セル"……"新種二足歩行型UMA"……なんなのだこれは、いったい何が起こっているというのどぅあ……」
ぶはぁと息を吐き出せば、張り紙の端が少し揺れた。
腕を組んで考えてみる。当然3年前にこんなものはなかった。そして感じた限りではあるが、私が眠っていた場所も存在も露見するタイミングなどなかったはずなのだ。
「いったい誰がこのようなものを……なぜ私の存在が露見しているのだ」
「あ、ユーマ!」
「えっ!?」
む。人間どもが私に気付いたか。
まあ、バレていようがいまいが関係あるまい。
そう思い、人間達を吸収しようと動き出した私は、逃げもせず私に妙な機械を向ける一人目を捕まえようとしたところで、突如として割って入って来た人物に目を見開いた。
「きさまがセルか……なるほど、奇妙な姿をしている」
「な、ぬわぁぜぅ私を知っているのだ……貴様は一体……?」
私の腰ほども背の無い妙な子供が、音も気配もなく出現した。
動揺もそこそこに私は冷静さを取り戻した。気を感じ取れないのを鑑みるに、こいつもドクター・ゲロが生み出した人造人間のようだな……?
マズイ。今人造人間とぶつかるのは非常にマズイ。
おそらく旧型だとは思うが、今の私は復活したてで不完全な存在……そう、まさしく不完全なのだ。
「350万か……いや、まだ上があるな?」
「ぬ。パワーレーダーを搭載しているのくわぁ……」
その余裕、とても無謀な馬鹿には見えない。
ならばここは逃げの一手!
「死ねぃ!」
「!」
パワーをマックスまで引き上げ、その眉間へ指を差し向ける。そして奴が反応して身構えたその瞬間、スライドさせた指の先は傍らで子供に機械を向けている人間にターゲットを移したのだ!
「まずい!」
迸る光が人間を貫こうと迫る。が、速い……!
子供型の人造人間は非常に素早い動きで人間を攫って避けてしまった。
今ので
勝てん。今の私ではどうあがいても……。
「な、待て!」
だから逃走の一手を選んだのだ。
このコンクリートジャングル、背の高い建造物が密集する都会ならば気を限りなく0に落とせば隠れる場所などいくらでもある。いや、落としきるのは逆にまずい。奴はサーチ手段を持っているのだ。ならばそこらの人間と同じレベルに、そして私が有する気の一つを意図的に表面化させ……よし!
「ふははははは!」
高笑いが口を突いて出る。
撒けた。撒けたぞ! 上手くいったようだ!
こうして隠れ潜みながら少しずつ、少しずぅつぅ人間どもの生体エキスをいただき、パワーを増していけば、必ずあいつを出し抜けるようになるだろう。
「……」
意気揚々と別の街へ向かった私は、そこにも私の似顔絵がイヤというほど貼られているのに冷や汗を垂らす事となった。
そして現在!
あれから三日。私は、未だにただの一人も人間を吸収できずにいた。
それもこれも、あの妙な人造人間と、地球人の子供が現れて邪魔をするからだ!!
「なんなのだ奴らは! あんな奴らは未来の世界にはいなかった……この時代でいったい何が起こっているというのだ……!!」
くそぉ~~!!
ドクターゲロめ、何を思ってあのような子供タイプを作ったのだ!
憎たらしくてたまらん。だが気の制御が乱れればせっかく命からがら逃げ延びてきたというのに、あの妙な技で一瞬にして追いつかれてしまう。
迂闊に人間どもに近づけば機械……私も入手したが、世界中と情報をやり取りできるカプセルホンとかいうもので奴らに知らされ、瞬く間に飛んでこられてしまうのだ。
田舎でも駄目だ。そちらにも奴らの威光は届いているらしい……。
『続いてのニュースです。……ナシコだよ! みんな目撃情報ありがとうね! あんまりお外に出歩いちゃだめだよー!』
『目撃情報やその他気になった点は、SNSに新設したわたし達の専用アカウントまでどうぞ』
『専門家のコメントも窺ってみましょうっ』
『まあ、天下一武道会で優勝した私のようなプロの格闘家でもないならば、家の中に閉じ籠っているのが正解でしょうなあ! わっはっはっは!!』
『とのこと。不必要な外出は控えるようにお願いしまーす!』
カプセルホンに流れる憎き二体のメスにふつふつと怒りが湧き上がる。
こいつらさえいなければ、今頃このオレが史上最強の生命体となっていたというのに……!
オレの中の血が騒ぐ……! 強さを求め、逃走を許さんとばかりに……!
「いや落ち着け私。こんな時にこそ冷静であらねばならない」
ああ、だがしかし。
この画面の中の、この、くぉんのクソガキのにくったらしい顔が……!!
せっかくこの時代へやって来たというのに、これでは完全体になるどころか、生きていくのも難しくなってしまったではないか!!
……無性に未来に帰りたくなってきたぞぉう。タイムマシンは、私が窓に大穴を空けてしまったせいで使い物にならんがな。
はっはっはっはっは。
「チクショォォーーーーーーッッッ!!!!」
ぐわんぐわんと洞窟内に声が反響する。
はっとして慌てて気を抑える。ここがバレてしまえば、いよいよ逃げる場所がなくなってしまう……!
そうなれば、すべてが終わりだ……!
「なんだ騒々しい……」
「むぉ!」
いた!
何者かがこの洞窟に潜んでいた……! 気を限りなく消して……!
はたして、暗がりから歩み出てきたのは、ウィローとかいう名の人造人間500号やナシコという地球人よりも小さい奴だった。
「なんだきさま」
「なんだ、このナメック星人の幼体のような
まあ、いい。
こいつが誰であろうと、今の私には貴重なエサだ。
久方ぶりの食事だ。じっくりと、じぃぃっっくりと味わうとしよう……!
洞窟の壁に映る影が細長く伸び、鋭く小さな影に突き刺さる。
静かに、ゆっくりと、驚く事に凄まじいパワーが私に流れてきて……。
あっという間にこの私が得られるパワーのプールが満たされてしまった。
これ以上の吸収が不要なほどに。これ以上ない程に、気が膨れ上がり充実していく。
「ふはははは!! 待っていろ17号、18号、そして500号! あとナシコよ! オレは今、究極のパワーを手に入れたのどぅわーはっはっはっはっは!!!」
噴出する気をそのままに洞窟から飛び出していく。
目指すは都会。
もはや、このセルに敵はない!!
気持ちいいくらいに響く叫び声に、際限なく気分が持ち上がっていく……。
TIPS
・トランクス
ブルマにいらない心配はかけないように、とナシコ家に居候する事に
・アカウント
セル対策に新設されたアカウント
しかし問題点は山積みだ……
・ナシコ&ウィロー
昼夜交代制で都のパトロールを行っている。
交代と言いつつウィローは出ずっぱりだ。
彼女の瞬間移動がないと間に合わないためである。
・洞窟に潜んでいた謎の生命体
まだ生きていたこの男!
星の爆発から奇跡の脱出!?
地球へとたどり着いていたこの男の正体とは……!?