TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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トランクスが不憫だと聞いて、急遽小話をひとつ。
とはいえ、私自身心の機敏や人間関係を描くのが不得手なので、この話を読んだ方がどのような感想を抱くかわからなくて不安なのですが……。
会話や触れ合いを描く事で、わだかまりや齟齬が緩和されればな、仲良くしてるなって感じて頂ければ幸いです。

長く書いていると見落とすものも多いので、何か足りないなーと思ったら指摘してくれれば嬉しいです。出来る限り補完したお話を書きたいと思います。


小話 不思議な古代人

 崩壊した都市。

 絶えず巻き上がる炎が火の粉を散らし、汚れがこびりつき罅割れた道路を照らす。

 この地獄で、終わりの世界で、生き延びた人間達が身を寄せ合って生きている。

 ただ一人、怪物に唯一対抗できる希望の戦士を想って──。

 

 

 

 

「ああっ、こらナシコちゃん!」

 

 死の未来より20年前。

 人造人間が現れてなお平和を維持するこの世界に、トランクスはやってきていた。

 胸には決意を秘めて。背に未来を背負い、その眼差しは希望を貫く。

 揺ぎ無い正義の使徒。破壊をもたらす怪物を駆逐するためにやって来たサイヤの少年。

 

「もう、甘えん坊だなあ」

「えへー」

 

 それはそれとして、今のトランクスの顔に緊張はない。

 食事の終わり際、一足先に満腹となってしょぼついた顔をしたナシコがテーブルの下を通ってトランクスの足元に辿り着くと、ズボンをよじ登って膝の上に乗り込み、抱き着くように座ってしまったのだ。

 腰を挟む両足は肉付きが薄いのに柔らかく、胸に当てられた手は衣服越しでも高い体温を感じさせられる。

 

「おい、またか。あまりトランクスを困らせるんじゃない」

「べー」

 

 手を止めて注意をするラディッツもなんのその、ナシコは猫のようにトランクスに頭を擦りつけると、無垢な顔をして見上げた。

 この距離感でこのように甘えられた経験など、トランクスには無い。

 当然それにどう対応すれば良いのかわからず、困り果てているのが正直なところ。

 なぜ彼女がこのように好意を示してくれているのかも、よくわかっていないのだ。

 

「かっこいー……」

「え、あ、ありがとう……?」

「どういたしましてー」

 

 わからないと言えば、先日改めて自己紹介をさせられたのもよくわからなかった。

 ナシコも丁寧に頭を下げて名乗った事から仕切り直しがしたかったのだとはわかったが……。

 今日の日に至るまで、この気安さの正体はわからない。こういう気質の子なのか、それとも何かよからぬことを企んでいるのか……。

 

(何を考えてるんだ、オレは。この子はこんなに良い子なのに)

 

 一瞬ナシコに懐疑の眼差しを向けてしまったトランクスは、目をつぶって己を責め立てた。

 人間を疑いたくない。その善性を信じていたい。

 だからナシコが悪い子であるなどと思いたくなかった。

 なかったのだが……。

 

「……ナシコちゃん!」

「ばれたっ」

 

 抱き着いてきたままそろりそろりと背中の剣へ手を伸ばす彼女の動きを把握したトランクスは、目をつぶったまま注意した。まったく、油断も隙もありゃしない! どうも刀剣の類に興味を示すナシコは、事あるごとにトランクスの剣を付け狙うのだ。危ないからやめなさいと注意しても聞く耳を持たない。

 ラディッツやターレスが言っても聞かないのだから、そう親しい訳でもない自分が言っても無駄だろうと諦めかけているトランクスである。

 

「ね、ね、じゃあお話ししようよ」

「未来の話かい? ……あんまり楽しい事はないよ?」

 

 見つかった悪戯を誤魔化すように話題を逸らすナシコ。

 その内容は、幾度かせがまれたものだった。

 最初にお願いをされた時は、話したくないという気持ちを抑え、当たり障りのない未来の、少しでも明るい話を伝えたのだが、それだけでは満足できなかったらしい彼女はたびたび求めてくるようになったのだ。

 

「聞きたいな。あなたが生きてきた世界のことを」

 

 すっと伸びた視線に、トランクスは息を呑んだ。

 先程までの甘えた雰囲気や、幼気を感じさせる仕草がない、真摯な瞳に惹かれたのだ。

 きっとそれは本心からの言葉。向き合おうとする彼女の精一杯の姿勢なのだろう。

 

 相変わらず密着した距離感は狂っているが、正直な感情を伝える鼓動を間近で感じられるという分には、悪くないのかもしれない。

 

「そうやって甘やかしていると図に乗るだけだぞ。ここらでビシッと言ってやれ」

「え、いや……大丈夫です。困ってはいませんから」

「そうは見えんがなぁ……」

 

 正直な話、確かに困ってはいる。接し方等がわからないし、あまりにも無防備に近づいてくるのでその気も無いのにどぎまぎさせられてしまうのだ。こういった触れ合いもそうだし、心の距離もそうだ。彼女はトランクスに対して、意識して心の壁を作らないようにしているようだった。

 

 それは、嬉しくもある事だった。

 無条件の信頼と、それに付随する好意。それだけでなく、実際に身近にいて言葉を交わして、自分の事を知ろうとしてくれていること、未来の事を知ろうとしていること、大切に想ってくれていること……。

 

 彼女が、敬愛する師匠である孫悟飯……の、幼い頃である、この時代の悟飯が生まれるよりも前からこの姿であった事を、トランクスは話に聞いて知っている。また聞きではなく、ナシコとの会話で得られた情報だ。

 つまり自分より年上だというのは頭ではわかっている。……言動も容姿も子供のそれだから困惑しているのだが……もう慣れてしまった。

 短くも濃い付き合いで、これが彼女の素であるとわかったからだ。その一面だと知ったから、受け入れられた。

 その中にとても大人びた顔を持っているのも知っている。

 

 ──あなたの未来は、平和になるよ。

 

 そう告げた際のナシコの表情を、トランクスは素直に格好良いと感じた。

 幼さの中に一本通った芯。大人へと移り変わる年頃の、はっとさせられるような凛とした気質。

 邪念にとらわれない真っ直ぐな決意を感じた。その言葉を真実にしようという姿勢を読み取ったのだ。

 

 間違いなく、彼女もこの世界を守る戦士の一人だった。

 未来で果敢に人造人間へ立ち向かい、散っていった戦士達と同じ。

 彼女が孫悟空を騙り対峙してきた、その時に感じた頼もしさを、トランクスは思い出した。

 

 この小さな体に秘められた力は、自分なんかよりずっと強い。

 未来に彼女がいてくれたら……そう思わずにはいられない程に。

 

「ところでよぉ。誰かさんの皿にゃまだプチトマトが残ってんだけどなあ」

「ぎくっ……」

 

 それまで食事の手を止めていなかったターレスが、隣に残された皿の要救助者二名を睨み下ろして静かに告げれば、トランクスの膝の上でナシコの体がぴょんと跳ねた。

 その軽い体が落ちてしまわないよう片手で抱いて受け止めたトランクスは、テーブルに乗せた手に持つフォークと目を泳がせているナシコとを見比べて、一つ息を吐いた。

 

「ほら、ナシコちゃん、下りて。オレも食べないとなんだから」

「はーい……ねぇトランクス。トランクスはさー、トマト好き?」

「自分で食べなさい」

「そんなっ……くそー」

 

 もぞもぞと膝の上から降りながらも往生際の悪さを見せるナシコに、トランクスは二度目の溜め息を吐いてしまった。しかしこのやり取りも、気疲れだけではない楽しさや、ささやかではあるが幸せを感じさせてくれる。

 溜め息のたびに幸せが逃げるというが、ここにいる限りでは、抱えきれない幸福感を放出しているようだった。

 

「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」

「ふあ……おにいちゃん……」

「うっ」

 

 ぐりぐりと頭を撫でて言い聞かせたトランクスは、過剰に甘えたような声で呼びかけられて言葉を詰まらせた。

 しまった、気を抜くとすぐに彼女を子供扱いしてしまう……!

 別にそれは、悪い事ではない。ナシコはそういう風に幼い子供への接し方をされる事を好んでいるようであったし、トランクスとて悪い気はしていない。

 

 何が悪いのかといえば、その「おにいちゃん」呼びがトランクスの正気度を削るのがいけない。

 最初は気にならない呼びかけだった。容姿も手伝って違和感など無かったのだが、彼女がただものでないとわかってからはなんともむず痒く、そして呼ばれるたびに彼女への強い執着を抱き始めているのに気づいて、慌ててやめてもらったのだ。

 

 ただ、こうして何気ない接し方をしてしまうとからかうようにお兄ちゃんと呼ばれてしまう。

 そのたびに心の距離が急速に縮まってしまう。

 

 感じた事のない心の機微に戸惑ってしまった。彼女の笑顔を眩しいと思ってしまうし、感じた体温に安心してしまったり、触れ合う事を好ましく思ってしまった。

 

 いけない。

 いや何がいけないかはわからないが、しきりに周囲の視線を気にしてしまう。

 

 というか気安すぎる。距離が近すぎる。絆を育もうとするその心は嬉しいが、べたべたとくっつかれると落ち着かなくてしょうがない。

 

 人肌恋しい子なのかな、と推測するトランクスだったが、それは半分あっている。

 ナシコは寂しがり屋だ。だいたい誰かにくっついて過ごしている。

 もちろん一人で過ごせない事も無いのだが、親しい者が間近にいないと浮わついてしまうらしい。

 

 ……自分の可憐さを利用して、好みの人間の戸惑う姿を楽しんでいるフシもある。

 ただ、そういう事をするのは非常に近しい存在が相手の時のみだ。

 もしくは、絶対に許してくれる相手を選別してからかっているのかもしれない。

 

 そういう訳で、吐息のかかる距離で顔を合わせてぺたぺたと無遠慮に頬を触られるのも、調べ物をしていれば背中に引っ付いてくるのも、タイムマシンの整備をしていればいつの間にか中に乗り込んで寛いでいるのも、それならばと許容してしまうトランクスだった。

 

「トランクス、ね? トランクス、ナシコちゃん、お兄ちゃんっていうのはその、困るよ……」

「そう? ふふふっ、おにいちゃんっ……て呼ぶのは、じゃあ、やめてあげるね?」

「ほっ」

 

 悪戯な笑みを浮かべ、頬に指を当てて最後の「おにいちゃん」呼びをするナシコに、トランクスは胸を撫で下ろして安堵した。

 危ないところだった。今のは、やばかったかもしれない。

 常より強く速く鼓動する心臓を手の平に感じながら、調子を狂わせてくる小悪魔をやや見下ろしたトランクスは、自分がとっくに戻れないレベルで彼女という存在を受け入れている事には気付いていなかった。

 

「ね、トランクス。今どれくらい強いの?」

 

 さて、凄まじい顔でプチトマトを噛みしめて、しかめっ面でお皿を片したナシコは、庭に出て日課のトレーニングをするトランクスに飲み物を運搬がてら、そう問いかけた。

 突然の問いに、柔軟体操をしていたトランクスが動きを止めて、その意図を確かめようと目を合わせる。

 

 今日は良い天気だ。5月の暖かな日差しが草花に降り注いで、過ごしやすい気温。

 爽やかに吹く風に揺れる彼女の衣服と長髪。柔らかな光に照らされてやや細めた目でトランクスを見上げるその微笑みは、子供や大人と評するより、親のような慈しみを感じさせた。

 

「前に、ナシコちゃんに超サイヤ人の上があるって教えてもらったよね」

「うん」

 

 少し逡巡したトランクスは、素直に全てを話す事にした。

 

「未来に戻ったオレは、どうにか今の自分を超えられないかって特訓しようと思ったんだ」

 

 しかし、人造人間が暴れ回る未来の世界では、おおっぴらに力を解放しての特訓を思うままに行う事はできなかった。

 いざという時に疲れた体では敵に太刀打ちできなくなってしまう。危険に晒された人を助けられないかもしれないと思うと、修業に身が入る訳も無かった。

 

「だからオレは、なんにも変わっちゃいないんだ。せっかく教えてもらったのに……ごめん」

「そっか」

 

 心から申し訳なく思って謝罪したトランクスに、ナシコは膝を折って座ると、傍らにおぼんを置いて、膝に手を当ててトランクスを見上げた。

 それ以上の言葉はない。ただ、これからの特訓を見守ろうとしているだけらしい。

 

 この時代では3年前……トランクスにとっては、ほんの数ヶ月前。

 メカフリーザの襲来に合わせて過去へ降りたったトランクスと邂逅した、孫悟空を名乗るナシコの、迸るほどのスーパーパワーを肌で覚えている。

 いったいどうして地球人である彼女があれほどの力を手にしたのか。……というのは、ナシコから聞く事ができている。

 

 ただただ強敵がたくさん来たから鍛えられただけだ、と。みんなを守りたいから強くなっただけだ、と。

 だからトランクスもそうなれるよ、と頭を抱いてくれた彼女を思い出して、少しの間ぼうっとしてしまった。

 寝室での話だ。未来の苦しい夢を見て汗を掻いたトランクスの息苦しさを和らげようとするように……あやすように、抱き締めてくれた。

 

 薄い胸の暖かさと香りは、そうしていると未来の不安や哀しみや恐怖を、全部溶かして消してくれる気がした。

 でもそれじゃいけない。それは、消してしまってはいけないものなのだ。

 

 己の不甲斐なさへの怒り。甘やかしてくれるナシコへ身を預けて眠ってしまいたくなる自分の弱さへの怒り。

 生まれてからこれまでに、その両手から零れ落としてしまった命への哀しみも、力がなかったばかりに失ってしまった師匠への後悔も、何もかもがトランクスを構成して、生かしているのだ。

 

「……」

 

 トランクスは、座ったまま静かに自身を見守るナシコの方へ顔を向けた。

 ……きっと彼女は、この仄暗い復讐心を原動力とする自分の中身を、あまり肯定的に受け取っていないのだろう。

 それごと受け入れようとしてくれているみたいだが、反対に全部を抜き取って、代わりのもので満たそうとしているようでもあった。

 

 ──どうして、そんなにしてくれるんですか。

 

 明確な言葉ではないが……まだ、ナシコの考えを不明瞭なものとして受け取っていた時の事だが、トランクスはそう問いかけた事がある。

 

 ──あなたが好きだからだよ。

 

 答えは単純だった。

 単純で、やっぱり不可解だった。

 

 理由なんている? っていう理由でも、納得できないかな。

 誰かを守りたいと思う気持ちは自然なものだと思う。

 わからなくって、私を怖いと思ってしまうかもしれない。

 そうしたら、その時は嫌だって言ってくれたら、離れるからね。

 でもね、これだけは知っていて欲しい。

 

 つたなく、たどたどしく、それでも真剣な顔をしてナシコは言った。

 

 

 あなたの力になりたいの。

 

 

 そう告げられて、トランクスはナシコに感じていた微かな悪感情を、その全てを握り潰して消し去った。

 完全な好意から伝えられた気持ちであるとわかったから。

 そして、それに応えたいと、心の底から思ったからだ。

 

 好意には好意を。

 彼女の精一杯で接してくれるならば、真摯に応対したい。

 それが今の嘘偽りのないトランクスの気持ちだ。

 

 だからこそ、自分よりも強い彼女を、それでも……守るべきものだと、そう思った。

 尊くて、大切なもの。守りたいと自然に思えるもの。

 

「じゃ、ベジータと修行しよっか?」

「え?」

 

 少しキザな考えかな、と笑みを零したトランクスは、何気ない風に投げかけられたその言葉に固まった。

 

「フン……」

「え……?」

 

 そしてあれよあれよという間に神様の神殿という場所で、不機嫌そうに腕を組む父と向かい合っていたのだった……。




TIPS
・ナシコ
ハイパーコミュ障少女
個人対個人での距離の詰め方が致命的にわからない
他人の感情に疎く、どうすれば仲良くなれるのか、どうすれば気持ちが伝わるのかもわからない
過剰なスキンシップは、そうする事で直接心を伝えようとする彼女の苦肉の策でもあるのだ

・トランクス
あんまり怒らない人
仲良し大作戦を決行するナシコによって寝室もシャワー室も訓練所も制圧され、休まる時がない
その甲斐あって敬語が外れるくらいには仲良くなったが、ノーガードで突っ込んでくるナシコによって
性癖が捻じ曲げられそうな危機に瀕している
少し年の離れた妹分と思う事にしてなんとか凌いだ

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