9日間の猶予ができた私は、できればセルを監視していたかったんだけど──セル自身は動かないかもだけど、誰かがちょっかいをかけたら払うくらいはしそうだし──、修業も肝心。という事で、今回もまたカラーシスターズに出動を要請。交代で、セルに不用意に近づくような人がいた場合追い返すようにお願いした。
お給料を要求されたので、まあ、そこはね、ナシコも大人だし、お金ならいくらでもあるので何ゼニーでも言い値で出すよって余裕ぶっていたら、一人一日私のおやつ一日分とかいう訳の分からないものをねだられた。
量じゃない。私が、その日おやつを食べる権利をくれ、と言われたのだ。
やだ。
やだけどぉー……そういう訳にもいかないし……泣く泣く献上してお仕事を引き受けてもらって、私はウィローちゃんを伴って神殿へ向かった。
そう。精神と時の部屋での修行、開始である。
ウィローちゃんの腕が治り次第、と思ってたら、すぐに治っちゃうんだもんね。ならやるのは早い方が良い。
ちょうど私がみんなを番組に誘った事で部屋は空室。ピッコロさんが入る予定だったところを譲ってもらって、入室となったのだ。
真っ白な空間は正直めっちゃ気持ち悪かったので、ウィローちゃんだけを見てやり過ごす。
……わざわざ彼女を連れて来たのはこのためである。
だって一人でこんなところ入ったら寂しくて死んじゃうもんね!
ラディッツやターレスと入っても良かったんだけど、ウィローちゃんが猛反発したのでぽしゃった。もう、私の事大好きすぎでしょー。へへ、ラブラブだぜー、ぶいぶい! そういう訳だから、悪いけど男は男で入ってね。こっちは女の子どうしで花園築き上げてくるからさ。
「わ、結構近代的なキッチンだね」
「……どこから水が来ているのだ、これは」
さあ?
首を捻りつつ、ご丁寧に足場になる台もあるのを発見して、これなら子供の背丈でも料理ができると喜んだ。
おトイレも水洗だし、シャワールームはお風呂も完備。なんか入浴剤も豊富だった。
おっきな冷蔵庫には炭酸系のジュースもいっぱいあって、ひょっとしてこれ、入室者の求めるものを生み出してくれる系の素敵装置なのかなって推測する。
「そのようだ。どうりでサイヤ人が籠っても食料が尽きない訳だな」
「へぇーん」
「……」
棚に並ぶ篭をちょっと引き出して穀物を覗いていたウィローちゃんの背後から覆いかぶさり、のっしと頭に顎を乗せる。
こういう時だけ大人なナシコ。意識してちっちゃい背中に胸を押し当てると、ウィローちゃんは無言でぷるぷると震え出すのだ。
「ええい、なぜその姿になる!」
「こっちの方がより重力を強く感じるからです」
「おのれ屁理屈をぉぉ……!!」
ばっと振り返ってぷんすこ怒るウィローちゃんに、私は理論で武装してえへんと胸を張る。
ここは地上の10倍の重力。体にかかる負荷はぐわーっとして変なカンジ。でもこれくらい平気。
修行するなら負荷は大きい方が良いでしょ? なら大人の姿の出番だ。この空間なら他に見られる事もないし、19歳な私を晒すのもそう嫌じゃない。あんまり気は進まないけどね。でも悪戯には積極的に使っていくよ!
見よ、この無駄にでかいお胸も重力に抗ってたわわに実っておるわ! 羨ましい? 触ってもいいよ?
「……」
「あ、ほんとに触るの……」
「っ」
半目で私を……私の胸を見上げた彼女は、そうっと手を伸ばしてきて、おわんの形にした手で包むように触れてきた。
……反応に困る。おてて暖かい。
困惑を声に出せば、はっと私の顔を見た彼女が手を庇うようにして自分の胸へやった。
何そのばっちいものでも触ったみたいな反応は! きずつくー!
「えっち」
「ちがう知的探求心だこれは」
「エロエロ思春期かぁ~?」
「~~っ!」
あっ逃げた!
待て待て待てーいと囃し立てつつ追いかければ、なんとウィローちゃん、おトイレに入って鍵をかけてしまった。
大事件! 厠立てこもり事件発生……からかいすぎたかな? ごめんよー、こんな白い場所に一人にしないでよー。YO! YO! ラップでお前の心を開くぜ天岩戸だぜ!
「脳が破壊される……」
「おお。なんか知らんけどダメージ受けてる……もっとやる?」
「やめろ」
扉越しのくぐもった声。カチャリと鍵を開けた彼女が隙間から覗いてくるのに、安心させるつもりでしゅるるっと縮んで子供なナシコに再変身。ほらほら、もう大人ナシコでマウントとったりしないから……。
「よいしょぉ!」
「くうっ」
1ミリ近づいたらものっそい勢いで扉が閉められたので、足を突っ込んで防ぐ。バチバチっとスパークが散る。ふふん、力で私に勝てると思うなよー。
「観念しろい!」
「こ、ここには遊びに来たんじゃないんだぞ!」
腕を突っ込んで引きずり出しつつ掻き抱けば、わちゃわちゃ暴れるウィローちゃんに咎められる。
わかってるよ。でも1年もあるんだしさ、のんびりやろうよ。焦ったって成長なんかできないよー。
私もウィローちゃんもこれ以上成長はしないんだけどねー。
「まったく……」
広い空間に躍り出れば、いっそう頭がおかしくなりそうになる。
「わー、ほんとに真っ白だねー! 目が痛い……しょぼしょぼする」
「まずは目を慣らしていくところから始めよう。あまり直視はするな、悪くするぞ」
大丈夫だよー、そこら辺不変だもん。夜中に電気つけずにゲームやっても視力落ちたりしないもん。
そういえばここは空気が薄いらしいけど、今はあんまり実感しないかな。運動すればわかるかも。
シャドーボクシング開始! シュッシュッシュ! セル死ね! 死ね!
「『ぶるぁ! やめてくれ、私が悪かった……降参ゆるして』。ふっ、セル破れたり!」
「…………」
「待ってウィローちゃん、また籠城しようとしないで!」
無言でそろりそろりと後退っていた彼女を捕まえて引き戻す。
トイレに籠るつもりだったかはわからないけど、なんか逃げようとしてた気がしたのでがっちりガード。
少なくとも1年はこっから出さないぞー……ウィローちゃんが一人で出ちゃったら、ラグで再び入るまでに、私長い時間一人ぼっちになっちゃうでしょ。発狂しちゃうよ? いいの?
「……」
ほんとかなーって顔して私を見るウィローちゃんに、顔を背けて目を強くつむって涙を捻り出す。
ふるふるっと血を上らせて泣き顔を作ってひっしと彼女に縋りつく。
「私一人じゃ生きていけないの! あなたが必要なのっ! だからお願い……!」
「あほ」
「いたい!」
迫真の演技のつもりだったけど、でこぴん一つで粉砕されてしまった。
しりもちをつくと、やっぱり外とは違ってこれだけで結構な衝撃がある。
それに常に肌が突っ張ってるような感覚があってもぞもぞする。
「ふ、ぅん……ぁは、はふ」
それに息もし辛くなってきた。水中に潜ってる時とは違うなー、有酸素運動してるからかな。
ウィローちゃんも言ってたけど、まずはこの環境に慣れなくっちゃね。
手を引かれて立ち上がった私は、流れでウィローちゃんを押し倒した。
大人ナシコでマウント取らないとは言ったけど、子供ナシコでマウントとらないとは言ってないのだ。
そして3日後。
環境に適応し──元よりウィローちゃんは即座に変容してこの場に合わせたみたい──、私だけ頑張って克服し!
ようやく本格的に修行をやっていく事になる。
といってもぽかぽか殴り合ってもしょうがないから、結局は慣らす事に始終するんだけどね。
「ふ、んっ……」
「ふむ、やはり数分かかるのか」
50倍界王拳を発動し、時間をかけて吸収し、深紅に染まってルージュへ変身。
勝手に大人なナシコになってる体を見下ろして、うーんと腕を組む。
これに即座になれるようになるのが当面の目標だけれど、この技、これ以上発展する余地ってあるのかな。
一回変身を解き、再び数分かけてルージュになる。うーむ。
「界王様も言ってたんだけど、これは界王拳の完成系だって。常時この姿で過ごしてみるつもりだけど……この上があるとはどうにも思えないんだよね」
「ああ。今は安定しているが、それ以上上げようとするとどうしたって体に負担がかかるだろうな」
「まー、つべこべ言っててもしょうがない。やるっきゃないよね」
「わたしもできる限りサポートしよう。わたし自身の訓練もせねばな。せっかくこのような場に入ったのだし」
うんうん、それいいね。ウィローちゃんもめっちゃ強くなっちゃお?
そうしたら私も助かるよ。うちのサイヤ連中もこの後ここにぶち込む手筈になってるけど、そっちはどんくらい強くなるかわからないからね。
そうそう、トランクスもまたベジータとここに入る予定だって。覚えてる限りだと、原作だと別々に入っていた気がするけど、ずいぶん仲を深めたみたいで良かった。
「いっぱい頑張って、セル超えちゃおうね!」
「それは正直微妙だが……うむ、その意気だな」
「じゃ、あれやろあれ!」
「あれか」
せい、ぴーす! そそ、向かい合って伸ばした手を重ねて、ぱっと上へ花咲かせて。
私達フラワープティングの、ライブ前の掛け声!
「世界に笑顔を!」
「心に花を!」
フラワープティング~~……オン☆エアーっ!
ってね!
◆
「うにゃ」
ベッドの中でもぞもぞと動くと、移った体温と外気の冷たさに、布の外に出た足が心地良い。
でも隣にウィローちゃんがいないので、仕方なく起床……。
頭を揺らせば重い髪の毛もふらふら揺れて、目を擦りつつ小さくあくび。
それからシュボッとルージュになって、布団から出る。
キッチンの方には、シャツだけ着て他はなんにも身に着けてないウィローちゃんがフライパンを振って朝ご飯を作っている。
「おはよー……」
「おはよう。ん」
振り向いたウィローちゃんに軽く触れて、朝の挨拶。
しょぼしょぼした目の上っかわをウィローちゃんの前髪にくすぐられて、変に笑いそうになる。
料理の手を止めさせないよう、邪魔にならないよう、でもくっつきたい気持ちは抑えないで……。
台に乗って高くなった彼女の背に合わせてつま先立ちになって、前のめりに、シンクに手をつく。
ふわりと、ミントの香りがした。
「顔を洗って来い」
「うんー……」
指先で私の頬を撫でて、フライパンに向き直った彼女に言われて洗面所に向かう。
顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳いてー……。
うい。おめめぱっちり。今日も一日がんばろー!
今日の朝ご飯はパンケーキ。朝から豪勢!
「たっぷぅりはちみつ♪ バターもぽってり♪」
「食べた分のカロリーは動いて燃焼」
「うー!」
メルヘンな歌に現実をねじ込んでくるウィローちゃんをじろっと睨む。
そういうの気にしないで食べてたい! ウィローちゃんはいいよね、自分である程度体型操作できるんだから。
私は、老いはしないけど脂肪はついちゃうの。厄介な体なの!
ばくばくばくっと怒りに任せて完食して、牛乳も飲み干して、一緒にお皿を片しに行く。
洗い物なんて一人いれば十分だけど、それじゃ寂しいので共同作業をしてるんだー。
「ふーんふー、ふんふー」
「ふんふー、ふー、ふ……ん……」
体を揺らしてハミングする。こんな生活も半年以上続けていれば、ウィローちゃんだってノリノリだ。
かわいいのでお皿を洗う手を止めて、スポンジをしっかり持ちつつそっちを向く。
一つの台の上で器用に足の位置を維持して……………。
ふふっ。触れ合う髪の感覚にくすぐったくなっちゃった。
それから、残る甘さが魅力的な──。
「はちみつ!」
「危ないからあまり動くな」
「はぁい」
危ないなんて、私達にはないと思うんだけど、注意はしっかり聞いておく。
泡立てたスポンジを何度か握って、それからフォークもしっかり洗って。
ここで私達の1日のスケジュールを発表です。
6時くらいに起床。
12時までゆるーく過ごして、昼食。
12時30分くらいからスパークリング。あ、私の変身じゃなくて、ウィローちゃんとの特訓の事ね。
18時に夜ご飯。それから20時までダンスレッスンして、21までボイトレ。22時まで歌唱練習して、お風呂入って、23時には就寝。
超健全な生活だね!
ここに持ち込んだ携帯ゲーム機は潰れて壊れたからしょうがないね!
カプホは無事だった模様。凄い頑丈にできてるよね、これ。プレス機にかけても画面に罅すら入らないんだって。
もうやる事なんて修業かウィローちゃんとお話するくらいしかないよー。
あとお菓子パーティ? 望んだ食糧は、食べ物に限っては原材料的な形で出てくるから、ウィローちゃんが計算を尽くして色々開発してくれたのだ。
今じゃホールケーキもチョコフォンデューも、デミグラソースのハンバーグも、クリームソーダだって作れちゃう!
「んー、たまらん……♡」
くつろぎスペースにてクリソを貪る私。
緑のシュワシュワに、真っ白なバニラアイスが良く映える。
グラスに映る深紅の私。ルージュなナシコ、もちろん子供の姿である。
私のルージュは、思っていた通りあれ以上の進化はなかった。
ウィローちゃんの計算でも、負荷を無くすことはできないって。最適のトレーニングを選択したって、ルージュの状態で界王拳を重ねれば体が壊れちゃうって結論が出た。
こっそりやってダウンしたのは内緒。
だから私、ウィローちゃんと相談して、進化じゃなく退化を選ぶことにしたのだ。
なので子供ナシコのルージュ。
50倍の界王拳常態化を2倍の常態化まで落とし込んだ。
これなら9歳のボディでも負担無しでルージュに変身できる。
でも、ここでさらに界王拳を発動したりなんかしたら、結局50倍の常態化でやるのと変わらない。
合わせるのはそっちじゃなくてスパークリングの方。
大人ナシコのルージュ(50倍)じゃ無理だけど、子供ナシコのルージュ(2倍)になら、スパークリングを重ね掛けできるのだ。もちろん、相応の訓練は積んだけどね。ぶっちゃけ7か月くらいかかった。
ナシコルージュスパークリングは、まず界王拳常態化で基礎最大戦闘力を2倍にして、そこからスパークリングで40倍。今の私の戦闘力が1380万だから、倍にして……倍……えー、ばいばい……。2000万のー、600万のー、160まんのー、プラスしてプラスして、2760万か。
その40倍。
……もういいや、考えるのやめ。頭パンクしそう。
「ほん?」
キッチンから帰ってきたウィローちゃんが傍らに立つのに顔を上げる。
彼女の手には自分用に作ったのだろうクリームソーダが、そして彼女の顔には赤いフレームの眼鏡がある。くつろぎモードのウィローちゃんが、グラス片手に髪を掻き上げつつ腰を屈めてきた。
目をつむって、首を伸ばして応える。
「……甘ったるいな」
「クリームソーダ食べてたんだもん」
回り込んで、お隣に座った彼女は、グラスの横に紙とペンを広げて何かを綴り始めた。
また研究? 読めないよ~。つまんないよー。
「あ、そだ。ねねウィローちゃん、2760万の40倍は?」
「11億400万。わたしを計算機扱いとは良い度胸じゃないか。今夜のおかずはピーマンの肉詰めにでもしようか?」
「ごめんて! やめてね!」
いやー! 肉詰めとはいえ、ピーマンはいや!
仕返しがえぐいよー……でもお肉要素入れてくれる優しさがす・き。
彼女の肩に手を当てて身を乗り出せば、翡翠の瞳に私の顔が大きく映る。
「んふー」
「……」
ちょっとの間目をつぶった時に、まつげ同士が擦れ合う感触がした。
口に手を当てて笑みを隠せば、ウィローちゃんは目を逸らして書き物に戻った。
機嫌直ったかな……今夜はすき焼きベイベー?
「かぼちゃの煮つけ」
「おげぇええ!!」
なんでー!? そんなっ、そんなっ、やだやだやだ!
かぼちゃ嫌い! 糸みたいなの引くから嫌い! もちゃっとするから嫌い!
「好き嫌いの多い娘だ。まったく……」
「……」
膝を叩いて駄々をこねていた私の後ろ頭に手を回して引っ張り、黙らせてきたウィローちゃんは、私の方へ傾けていた体を戻すと、ちろりと唇を舐めた。
……確かに、怒ってる時にこれは、あれだね。
……恥ずかしいねこりゃー。
「ん、まだまだセルには届かないかー」
「精進あるのみだな。あんまり"挨拶"にかまけるもんじゃない」
「でもしてくれるんでしょ?」
「しつこいからだ」
精神と時の部屋に入って8ヶ月ちょっと。
ウィローちゃんの戦闘力は、7億8000万まで超上昇!
すっごく強くなったでしょ! 私と違って才能の塊だから、伸びも凄いんだよねー、うんうん、私も鼻が高いよ。
反対に私は全然伸びてない。本気で頑張ってはいるんだけれども、もっぱらルージュの制御に時間を費やしてたからね。
ところで、私の寂しい気持ちを込めて押せ押せこめこめでいったらウィローちゃんのガードはゆるゆるになった。
寝ても覚めてもくっついてたって怒られないの。あと挨拶もするようになった。外国式の挨拶。ほっぺやお口にするやつ。いいでしょー。
「んー♡」
「はぁ……」
目をつぶって口を指させば、大きな溜め息をついた彼女は、ペンを置いて私の方へ身を乗り出し、髪に手を添えて唇を重ねてくれた。
やっぱ、これ、すっごく安心する……。
「……ん」
すぐに離れてしまわないよう、細い肩を抱いて留める。
そのまま離れないで……もうちょっとだけ……。
ああ。
誰かと繋がってるってわかる。私の命がここにあるって感じられる。
生きてるって実感できる。いとしい人がいるって、守りたいものがあるって、だから頑張ろうって熱くなれる。
つまり、最高。
唇を離す。柔らかな熱が少しの寂しさを残して、間近にある端正な顔を覗く。
何十分見てたって飽きない、きれいなお顔。
心底面倒そうに眉を寄せて、むいっとお口を結んでいるその健気さに、胸の中に嬉しさが溢れて。
「好きだよ」
「あー、わたしもだ」
「ふふー」
思わず告白しちゃった。ひゅー、青春!
しかも一見ぶっきらぼうなウィローちゃんの答えも、声だけそうってだけだった。
照れたように一度顔を背けたのに、ちゃんと私に向き合って、目を合わせて答えてくれたの。
ああもう、かわいい、愛しい、かわいい、愛しい!
んふー。沈静化ー……。あんまりやりすぎると嫌われちゃうからね、一回おちつこ。
「よいしょ」
「……」
座り直して、ぼうっとする。
ウィローちゃんも姿勢を正して書き物に戻った。
そうしている時の知的な横顔もめっちゃ好み。邪魔にならない程度に体を寄せて寄っかかっちゃお。
素直に好きって言えるのって素敵だよね。
私、あんまりそういう気持ちを人に伝えた事がないというか、苦手だからさ。
憚ることなく好意を伝えられるウィローちゃんがとっても大切だって思えるんだー。
あ、ちなみに彼女と私は家族なので、これはノーカンね。ノーカン。
ウィローちゃんだって私が頼み込まなきゃ絶対してくれなかったし。
私が、人と触れてなきゃ死んじゃうタチだからって、こうしてくれているだけだしね。
優しい子だよねー……好き!
この好きはー、親愛の好き。
ぶっちゃけ親しい間柄でキスするのって普通じゃない?
ナルトとサスケだってキスするしね。
「嬉しいんだー」
「……」
カリカリカリ。古めかしいペンの先が紙を掻く音が心地良くて、心のままに言葉を紡ぐ。
──歌で。
「私の力で人を笑顔にできるなら、こんなに嬉しいことってないよ」
目をつぶって、前髪が額をくすぐるその感覚や、髪の重みに意識を傾ける。
「誰かの幸せのためにがんばりたいな。それが、やっとみつけた私の夢なんだ」
「……」
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
ずぅ~~~~~~っっと昔から思ってた。
ナシコがナシコになる前から、その前の、ずっと昔の、ちっちゃな頃から考えていた。
誰かに頼ってもらえる私になりたい、って。
誰かのために生きられる私になりたい、って。
「だから決めたんだ。みんなの笑顔のために! 全部使おう!」
私の全部を捧げよう。
せっかくこの世界に生かしてもらってるわけだしね。
この世界のために、そこに生きる人のために。
すべてを賭けて戦うよ。たとえ死んでも悔いはない。
「わたし達はお前のために全ての力を使おう。お前の夢のために」
手を止めて、私を見て言う彼女に、なんだかくすぐったい気持ちになってしまった。
だって別に、決意表明とか、そういうんじゃなくてさ。
そうしよっかなーって思ってた事を形にしてみただけだから。
「ありがとう」
でも、お礼は言おう。
こんな私を受け止めてくれてありがとう。
構ってくれてありがとう。みんながいるから、私も笑っていられるんだよ。
「がんばろうね!」
「ああ」
むんっと胸元で拳を握って気合いを入れる。
まだまだ強敵はどしどしくるんだ。セル如きに手こずってらんないよ!
……それでも奴は、今の私達にとって最強なのは確か。
だからあれ。格好良く言うなら、この身に代えてもやっつけて、平和を勝ち取るよ。
それが私の生きる意味だもん。……力を持ってる意味だから。
『話は終わったか』
「……む」
どうやら休憩は終わりのようだ。
白い空間の、ちょうど百メートルほど向こう側。
赤い光を纏い、座禅を組んで浮かんでいた外宇宙の戦士が手足を広げて立った。
赤と黒のボディスーツに、紫の肌に、スキンヘッドに巨眼の男。
プライド・トルーパーズ最強の男、ジレン。
『お前如きでは相手にすらならん』
「そうかな……やってみなきゃわかんねぇ!」
とうっとジャンプして白い空間に下り立てば、ちょっと遅れてウィローちゃんも横へ来る。
外した眼鏡をぽいっと放って──空中で掻き消える眼鏡は、いったいどこにいっているのだろうか──緩やかに立つ戦闘スタイル。
『さあ、来い!』
ぶわっと威圧感を発する巨漢に、私達も気を全開にしてぶつけていく。
ちなみにあれは、私が放った気にそういう気質を付与した、単なるもやもやの人型である。CVナシコ。
ウィローちゃんとの組手ばかりじゃ癖がついちゃうからね、こういう外敵も用意しようって事で、なんとか私がやってみたのだ。
でもたぶん、ジレンの姿がはっきり認識できてるのって私だけだと思う。ウィローちゃんジレンの顔知らないもんね。そして私もジレンの気質は知らないので真似る事はできない訳で。
いったい彼女にはあの光の人型が何に見えているんだろうか。
なんにせよ、あの強敵との戦いは私達の成長を促してくれること間違いなしだろう。
いやただの気の塊だから、ぶっちゃけ強くはないんだけどね。
◆
もう3ヶ月ほど修行して、お外に出る事になって。
祝! 修行おしまいって感じで、扉の前で向かい合って、改まってご挨拶して。
お互いの熱を交換して、しばらく見つめ合って。
「外じゃ挨拶はせんからな」
「え」
……え?
え、え、え……。
なんでか、死刑宣告を受けた。
◆
「こんにちは」
湖の畔にお弁当を広げる孫一家へご挨拶をしに来た。
お食事中だった彼らは、おかしいな、超サイヤ人を維持してない。
「食事時くれぇやめてけれってオラが頼んだんだ」
小さなチチさんがもくもくお箸を動かしながら教えてくれた。
ははあ、なるほど。私、ご飯食べる時も寝る時もずーっと超サイヤ人維持してるもんだと思ってたよ。
私だって寝る時はルージュ解除するしね。
「……おめえも不良になっちまっただか」
「違いますよー」
「そいつがおめぇの変身か」
ごっくんとお口の中のものを飲み込んだ悟空さんに頷く。
これが私の大変身。パラパラと赤い光の欠片が散る、スーパーナシコルージュである。
「お、なんだなんだ?」
私にご挨拶してくれる悟飯ちゃんに微笑みを向けて、悟空さんの横に膝をついて座る。
私を見下ろす彼を見上げ、小声で囁きかける。
「ご存知かもしれませんが……」
当然のように、短期アイドルモードを決行中。
じゃなきゃ緊張してお話にならないからね。
「悟飯ちゃんは、戦いが好きじゃないんです」
「お?」
ナシコも食べてくか? と取り皿に肉団子やらレタスやらを分けてくれるチチさんを見つつ、続ける。
「だからあの子にだけ任せきりにする……というのは、やめてほしいんです」
「……あいつの才能がオラ達以上だとしてもか」
「はい」
私は、すっごく安心して、そう答えた。
だって聞き返してきた悟空さんは、もう悟飯ちゃんにセルを倒させようって気はないみたいだったから。
なんだ、やっぱり言いに来る必要なんかなかったじゃん。悟空さんは、自分でセルを倒すみたいだった。
「色々修行はしてきたんですけど、悟空さんの超界王拳みたいにはいきませんね」
せっかくなのでご相伴に預かりつつ、談笑に混じらせてもらう。
精神と時の部屋での修行の成果に話が及んだので、あんまり強くなれてない自分の話す事などそれくらいしかなかったけれど、話した。
サイヤ人で界王拳を発動する、あの超カッコイイ技。
きっと私のスパークリング界王拳より、ずっと出力は上なんだろうなーっていつも思ってた。
「……
「?」
悟空さんの言葉の意味が読み取れずに顔を上げれば、「安心しろ」と笑いかけて来た。
なんとかセルと戦えるよう頑張るさ、って。
ほんとに、頼もしい人だ……。私も頑張ろうって思えた。
◆
「あの……」
「はいはい、頭動かさないでねー」
ナシコ家にて。
精神と時の部屋に二度目の突入を果たし、超超超ロン毛になったトランクスの髪が鬱陶しかったので散髪のお時間です。
椅子に座らせて、腰まで届くその髪にシュッシュと水を吹きかけていく。
「こう見えて私、昔理容師目指してたんだ。まかせてよ!」
「え、そ、そうなんですか……?」
ふふーん。ま、やるのは何十年ぶりかもわかんないけど、案外体は覚えているもんで。
櫛を通し、鋏を操って鼻唄交じりに、下に敷いたシーツへ頭髪の端を落としていく。
チョキ、チョキ、チョキ。
ジョギ、ジョギ、バサッ。
「あっ」
…………。
ごめんね。
「え? え、なんですか?」
いや、あの。
……。
「トランクス! やっぱこういうのはお母さんにやってもらった方が良いよ! ブルマさんとこに行こっか!」
「なんですか、急に。母さんの所は、その、あんまり姿を見せるのは……!」
「いいからいいから!」
そうと決まれば話は早い。
いやー、トランクスにはブルマさんとも仲良くなってほしいって思ってたんだよね!
いい機会だ、いろいろ彼女と話すのもいいもんじゃない? ね?
ベジータだけじゃなくて、ブルマさんとも仲良くなってほしい。
複雑かもだけど……なら私のわがままとして受け取って。私は、トランクスに、この時代のブルマさんとも仲を 深めてほしかった。だって、時代は違っても血が繋がってるのに変わりはない。
うちで過ごしているよりも彼女達と過ごした方がいいはずだ。
この時代で、心穏やかに、できる限り幸せに……未来に帰る時は清々しく。
それがささやかな願いだよ。
あ、念のため帽子被っていこうね。ね。そうしよ?
「……」
そっと自分の頭に触れたトランクスは、泣きそうな顔になった。
ごめんなさい!!!
TIPS
・ナシコ
基礎戦闘力は1500万に
ルージュ(2倍)で3000万
ルージュ(50倍)で7億5000万
ルージュスパークリングで12億
・ウィロー
基礎戦闘力は8億に