第六十話 束の間の休息
「おれたちここで過ごす事にしたんだ! シャモ星も見えるし、自然だっていっぱいあるし!」
小さな星の民、シャモくんは、嬉しそうに両手を広げて宣言した。
後ろのシャモ星人一同もうんうん頷いて同意している。
この星は、緑で溢れていた。私達から発散した元気がもたらした生命の神秘だ。さわやかな草原や森林なんかが増えに増えて、空気も清涼感あふれるものに変わっている。
「ワシャあもうこの生活から離れられん……!」
奴隷として連れてこられて無理矢理働かされていたけど、案外愛着があったりしたのかなーと思ったら、シャモくんのおじいちゃんが仮説住宅のつるつるとした外壁に抱き着いて頬を擦り寄せながらそう言った。
ああ、そういう……。
◆
卵型の宇宙船にピッコロが乗ってきた宇宙船を収容して、みんなで仲良く地球へ戻って来た。
地球は春真っ盛り。チチさんとブルマさんのお顔は真っ赤。
お花見放って丸一日も遊び惚けて、自分達は放置だなんて許せない! という事で、はい。
お花見のやり直しをいたしました。チチさんに背中に飛びつかれて髪をめちゃめちゃにされている悟空さんが楽しそうでした、まる。
「…………むー」
姿見に映る私の不満顔に、椅子に座り直して、スカートを撫でつけて溜め息を吐く。
さらに一夜明け、セルゲームまで残り1日を残すところ。
おのおの修行したりのんびりして英気を養ったりしているなか、私はお出かけしようと最近買った洋服に袖を通した。これね、私が「この組み合わせめっちゃいい! ぜ~~ったいかわいい!!」って思って買った、新品のやつなの。自分の感性のまま選んだから、これを着てお出かけするの楽しみにしてたの!
「……うう」
時間によっては肌寒くなる時もあるため、布地はセーターみたいにもこっとしてて、でも暑くなる時もあるから両肩が出ているのだけど……さすさすと擦る右肩には、くっきり歯形がついていた。
ブロリーに噛みつかれた疵痕だ。痣みたいな形で、痛々しかったりは全然しないんだけど、こんなにはっきりと見えてるんじゃお洒落なんかできない。
仙豆じゃなくて元気による治癒だったせいか、こんなものが残ってしまった。これじゃ肩出せないじゃん!! どうしてくれるの!? 頭おかしいんじゃない!?
「で、ではこちらの洋服はどうかな!?」
「……有名なデザイナーさんが贈ってくれたやつだっけ?」
ササッと新しい服を広げて見せたのは、褐色肌のサイヤ人2号、パラガスである。
こいつ、グモリー彗星が新惑星ベジータに近づいたのを見た瞬間に一人用のポッドに駆け込んで脱出したらしく、地球にやってきていたのだ。現地の住民を奴隷にして地球を征服してやるぞう! とイキッていたらしいが、よりにもよって巡回中のカラーシスターズの一人、シロちゃんにちょっかいをかけて返り討ちにあい、玩具にされていた。
「……それもう着たしなー。それにちょっと時季外れだし」
「そ、そうか。ではこちら!」
助けてあげたら懐かれた。
もとい、恭順の意を示されたのだ。化け物だらけの地球で生きていけるとは思えないと不安になってしまったらしい。かくまうような形でうちで雇ってあげて、召使いよろしく雑事をやらせている。
やったねラディッツ、雑用仲間が増えたよ! 階級的にはラディッツの上だけどね。雇用してる形だからね。
「夏服と冬服の区別もつかないの?」
「ええ!? で、ではこれは……」
それはカラーシスターズに潜入する時用のメイド服なんですけど。
なに、そういう趣味? それとも一回メイド服着せたの根に持ってる……?
オヤジぃのメイド姿は私的にはギャグな感じで大いに笑えたんだけど、みんなに頭の病気を疑われたので取りやめたのだ。今は普通の落ち着いた衣服を身に着けて貰っている。お給料とは別にてきとーに買ってね、とお金渡したから、服飾のセンスがないって訳ではないはずなんだけど……。
「もういいよ、包帯持って来てくれる? 首のこれ隠したいの。あなたの息子につけられたこれを」
「そ、その節は息子がご迷惑をおかけしました……た、ただいまっ」
あせあせと弁解しつつ走り去っていくオヤジぃ。なんかちょっと怖がられてるね。
それは、そうだろう。私達がブロリーを倒したのは彼も知るところだ。まさか息子がやられるとは思っていなかったらしく、それはもう目がぐるぐるするほど混乱していたみたいだった。
今はああいう姿しか見せてないけど、そのうち喪失感に落ち込んだりするのかなーって思うと、ブロリーを殺してしまった事にちょっとした罪悪感を抱いてしまう。
あの怪物を生かしておいたらロクにならない事はわかってるから、全力で拳を打ち込んだけど……はあ、ユーウツだ。
……あの爆発の後、私はブロリーが消えてなくなったのをしっかり確認した。
地面のどこにも死体は落ちていなかった。気は、ちょっと、降り注ぐ元気に邪魔されて探知できなかったけど。
でも確実に倒せたと思う。地球にはこれないだろうし、そうするとバイオブロリーも生まれない。
セルさえ倒せば少なくとも7年は平和になる訳だ。
「がんばるぞー、おー!」
みょーんと腕を伸ばして気合いをいれて、鏡に映る私の肩にヤな跡があるのに落ち込んだ。
◆
「そういえば、だが」
「んー?」
柔らかな日の差し込む執務室にて、ガラステーブルに書類を広げ、端に本を積んでロンブンなる謎の物質を作り上げているウィローちゃんが、走らせていたペンを止めて呟いた。
ちっちゃな声でもくっついていればよく聞こえる。ソファに腰かけて前のめりになる彼女に、私は首に手を回してほっぺに顔を寄せてまどろんでいた。
「元気玉を吸収しきったあの時、ナシコの気が感知できなくなったのだが」
「んー……神様の気だからねぇ……」
「デンデの?」
ちゃうよ。
あの時の私の、クリアな気はたぶんそういうあれだったんだと思う。
なにせ私、この宇宙全てに語り掛けたからねー。もしかしたらビルス様も寝ぼけて腕あげちゃったのかもね。
でも、もうなれない変身のことなんかどうでもいーよー。今日のお掃除の時間くらいどうでもいい。
はあ……あったかぁい……やわらかぁい……。
「ウィローちゃーん……」
「……はぁ」
すりすりすり。傷ついた心が癒されるー……。
お出かけできなくなっちゃったから、ウィローちゃんのオフィスにやってきた私は、こんな感じで彼女に甘える時間を過ごしている。
カップを手にして紅茶を飲んだ彼女は、流れで私の方を向いて慰めてくれた。ちょっと不機嫌そうに偏った眉に、賢そうな眼鏡がよく似合っている。
湿った唇をぺろりと舐めて、ミルクティーの味にんくっと喉を鳴らす。私も紅茶が飲みたいなー?
「自分で注ぎなさい」
「やぁだぁー」
つれないウィローちゃんにだだをこねる。
やだよー、めんどくさいもーん。
「アーカーちゃーん、おーねーがーい」
くっついたまま声を上げれば、ウィローちゃんが非常に鬱陶しそうな表情をした。
少しして扉が開かれる。ひょっこり出てきたホワイトブリムに、ワインレッドの髪が揺れる。
「ぼくかい? やれやれ、人遣いが荒いよ」
そういいつつ優しい笑みを浮かべて入室してきた小さなメイドさんは、アンティークな棚から私用のカップを取り出すと、壁際の、アロマなウォーターサーバー横のポットを用いて、安物の紅茶パックと低脂肪牛乳でミルクティーを作ってくれた。
「どうぞ? お姫様」
「あ、ありがと」
ボーイッシュな女の子の王子様な微笑みって素敵だよね。
それはそれとして、一口含んだ紅茶は生温かった。
……ナシコいじめ、最近姉妹の中で流行ってるんだってね……わたし、こわい。
でも、私は強く生きるよ……生きたいから!! ドンッ!!
「ふふ、ナシコちゃんはかわいいなあ」
アカちゃんは爽やかな笑みを浮かべて、ハスキーな声でそう言った。
もにょもにょって顔してるところにその発言である。私、心、折れそうかも……。
ここで一句。
ナシコのさ 苦手なものは 圧なのよ。
ふぇぇ。
「他にご要望はございますか、お嬢様方」
「お嬢様はやめろ。下がっていい」
「りょーかい、ドクター。じゃあねナシコちゃん、また遊ぼう」
「ばいばい……」
ちっちゃなおててを振って帰っていくメイドさんに、弱々しく手を振り返す。
同い年くらいに見えるから混乱しちゃうけど、あの子達3歳くらいだからね。悪戯盛りやんちゃ盛りで、度の過ぎた事も結構やってしまうのだ。構ってーって言ってるみたいに。
そう思うと、この仕打ちもかわいいもんだよ。気を引きたいんだなあ、私のことが好きなんだなあって思うもん。
「……」
ちら、と壁際に目をやれば、きっちり給湯室の間取りがあって、高級な茶葉もあって、専用のミルクもある。
……それでもお姉ちゃんは、いじわるされるより仲良くしてほしいなって、思うんだけどなー……。
アカちゃんのは軽い方だから全然構わないけどね。急に壁ドンアゴクイしてきたりね。
やぁめて、スキャンダルになっちゃうううう。
◆
そういえば、ブロリーとの戦いでみんなの戦闘力が上がったってウィローちゃんが言ってた。
具体的には、それぞれ100万ずつくらい。
「限界まで鍛えたと思ってたけど、あんだけ激しい実戦を経験すりゃあ上がるもんだな」
と悟空さんにコメントを貰ったらしい。
ずるい! いつの間に会いに行ってたの!?
あ、瞬間移動? そっか、会いに行くのも一瞬だもんね。帰ってくるのも一瞬……ずるいよ~、卑怯だよ~!
ん、私の戦闘力はどうなんだ、って?
あがったあがった、上がったよー。
3くらい。
……戦闘民族と一緒にしないでほしい。こてんぱんにされて上がるんなら苦労はしないよ……。
身勝手の極みは完成したと思ったのにどうやったって変身できないし、神の気っぽいものは纏えないし、私だけなんの進展もなし。
でもいいもん。必ず勝つから。平和な世の中を取り戻したら、思いっきりアイドルやって、思いっきりぐうたらするんだ。
「心行くまでお昼寝するのが、私のゆめーなのー♪」
「いつもやってるじゃねーか」
リビングのソファに寝転がって、肘掛けを枕代わりに、お腹の上で両手を重ねてぽやぽやしていると、向かいに座ってワインを傾けていたターレスがツッコミを入れてきた。
もー、気持ち良く歌ってたのにすぐ水差すー。私はねー、なんの憂いもなくお昼寝がしたいの!
「すればいいじゃねーか」
「わかってなーい!」
まだまだ未来にはたくさんの危険が潜んでるんだよ!
全部終わらせるまであれこれ考えないといけないし、動かなきゃいけないの。
もしかしたら10年後、20年後、30年後もじゃんじゃか強敵が出てくるかもしれないし。
「すぅ……」
「寝てんじゃねーか」
考え事してたら、眠気が強まってきちゃった。
こんなとこでお腹出して寝てたら風邪引いちゃうかもだけど、明日は大事な日。
お部屋戻らないとなのに……。
「しゃあねえなあ」
自分じゃ動けないでいると、しぶしぶターレスがお部屋まで運んでくれた。
はー、こういう時自分以外がいると助かるよね……。
それじゃあ、おやすみなさい……。
「ああ、おやすみさん」
ぱちり。電気が消されて、夢の中へ旅立っていく。
運命の日は、間近に迫っていた……。