TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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オリキャラ出ます。ヒロイン的なの
ブウ編までを繋ぐオリジナルエピソードな感じ
今回含めて三話くらい


新生セル編
第六十六話 セルとニューバディ(前)


 

 (なか)の都の賑わいは人口の多さから地方とは比べものにならないくらいに騒がしく、陽が昇る前から落ちた後まで行き交う人が絶えない。

 

 その喧騒に紛れるように、狭い路地を歩くローブの男がいた。

 人の世を憚り身を隠して陰に潜む……いかにも怪しいシルエット。時折立ち止まっては何かを窺うように顔を上げ、少しすればまた歩き出す。

 

 目深にかぶったフードに隠された顔は見えないが、角のような何かで押し上げられた布の形からは尋常の人間でないことが一目でわかる。

 

「……くそう」

 

 人々の話し声や歩く音がいちいち癪に障る。そこかしこに設置されたテレビから流れてくる最近のアイドルの曲が耳の奥にキンキンと響く。極めつけは頂点に立つという"フラワープティング"の歌声だ。あれが一番腹が立つ。胸がむかついて仕方がない。

 

「なぜ私がこんなみじめな思いをせねばならんのだ……!」

 

 ギラつく瞳が声の出所を睨みつける。

 それもこれも全てはナシコに敗れたからだ。

 

 ……フードの中の正体は、人造人間セル。地獄から這い上がってきた男だ。

 

 孫悟飯ら地球の戦士の協力で倒された彼は、閻魔によって地獄行きと判定され深く深く落とされ……すぐさま抜け出そうと暴れ回った。そして鎮圧のための戦士が派遣されるよりはやく地獄の門を突破したのだ! ──ナシコの『人造人間を生き返らせてほしい』という願いによって。

 

 そうして生還したセルが最初に行った事が、自らを滅ぼした戦士の処刑だ。

 憎き孫悟飯は、その全てのパワーを以てして当たられるといくらパーフェクトといっても危うい。ゆえに二番手……孫悟空と同等の力を持つナシコを殺すため、瞬間移動を行った。

 

 

 

 ──それが、半年前のこと。

 

 

 

 大きな池のほとりにあるベンチに、ナシコは座っていた。

 本を読むでもなく精神統一するでもなく、ぼうっとした目で水面を走る魚影を眺めており……それは今朝から続いていた。

 

 セルとの戦いから……正確には、孫悟空の戦死から、ナシコは時折談笑のさなかに表情を無くしてしまったり、突然に蹲ってしまったりしたことがあったが、時間が経つにつれて明確に行動しなくなる時間ができはじめていた。

 機嫌の悪い起き抜けや食事中、それから、ファンの前にでるような仕事中は以前と変わらない元気さを発揮するが、それ以外ではこうして何もせずにいる事が多くなった。

 

 ナシコは未来に現れる敵との戦いを考えて界王神の下へ向かおうとしていたのだが、このような状態で出歩いては危険だ、せっかく休みをもらっているのだから休養に努めろとウィローに言われて、しばし体を休めることにしたのだ。

 ブウとの戦いでもし自分が失敗したとしても、戦士達が対抗できるように育つまで……。もしナシコが吸収されてしまっても、ベジットが誕生すればブウなど容易く葬れる。

 

 ……その過程で失われる命はいかほどか。甦るからといってむざむざ見殺しにしてしまっていいのか。

 良くないから、ナシコはどうにかしようともがいているのだ。いっぱいいっぱいになって、身近に差し伸べられる手が目に映らないくらい遥か遠い場所まで手を伸ばして、全てを救おうとして。

 

 そこに驕りはない。超越的な感情もない。この人一倍他者を必要とする少女がただただ守りたいと祈っているだけだ。助けたいと願っているだけだ。

 自分の体にガタがこようと歩き続ける。たとえ築き上げたものを失くしてしまっても、愛してくれた人たちのために動き続ける覚悟だけを持って。

 ……そこまでいって、幸いなことにまだ親しい者の忠告を聞き入れる余裕が辛うじて残っていたから、今はこうして休んでいる。

 

 そういう理由で、やることがないナシコは池を眺めるばかりの時間を過ごしていた。どこかへふらっと行ってしまわないよう見張りのおまけ付きだ。

 

「……」

 

 色姉妹の一人であるムラサキがナシコの膝を枕にすやすやと眠っている。名前の通り紫色の忍び装束に身を包んでいるのは、昔にナシコが話して聞かせた忍者ムラサキ曹長の真似っこだろう。プラスチック製の刀をいつも手放さない、姉妹たちの中でも子供っぽい側面が強い女の子。

 

 長い紫の髪が風に揺れて、その上をナシコの手がさまよう。

 ゆっくりした動きでなぞる動作は撫でているようではあるが、触れていない。

 ……触れられないのだ。こんな汚れた手では、子供の頭を撫でることはできない。

 

 ボージャックを殺した時、ナシコは血に濡れた自分の姿を直視してしまった。その手で行ったことを顧みさせられた。目を背けていた現実と向き合わされたのだ。

 

 自分達の生活を守るための戦いだった。……仕方のないことだった。

 そういった理由で己の心を納得させるのは、ナシコには無理だった。

 

 人を殺すアイドルがどこにいる。辛うじての勝利ではなく、圧倒的な力をもっての虐殺をする存在が……みんなを笑顔にしたいだなど……他の誰が許しても、ナシコ自身が許せない。

 だから……。だから、もう。

 

「これはこれは、ご無沙汰だったな」

「……」

 

 音も無く近くに現れたセルに、ナシコはムラサキのお腹に優しく二度手を当てて起こすと、目をこする少女をしっかりと横へ座らせてやってから立ち上がった。その間も、ぼうっとした目が何かを捉えることはない。

 

 山中に立つ教会の鐘の音が鳴る。風に乗って踊る白羽根がいつしか辺りに降りそそぎ、ナシコの姿が足元から立ち上る清浄な光によって変じていく。

 急速に消える気配に彼女がこの場からの逃走を選んだと判断したセルが前へ出ようとして──落ちる羽根に一瞬視界を遮られた時には、変身が完了していた。

 

「……」

 

 神の気を纏った純白の姿。陽光に照らされた羽根の中に顕現した女神。

 顔にかかるベール越しに目が合い、呼応してスパークを散らしたセルが前へ出した両手を重ねて構える。

 

 ──装いを変えて、なんの意味があるというのだ。

 訝しく思いながらも、復活したてのテンションが闘争心を掻き立てる。あっさり殺してしまえとセルを促す。

 

 片手でベールを上げて顔をさらしたナシコが、構えるでもなくそこに立つ。

 

「がんばれー!」

 

 ベンチの上に座り込んだムラサキがおもちゃの刀を抜いて振り上げ、声援をかけた。

 瞬間、一段低くなる視界にセルが気付いた時には、懐に潜り込んだナシコの拳を受け、背まで突き抜ける衝撃にくの字に折れ曲がっていた。勝手に見開かれていく目が血走る。

 

「ぐあっはぁ!!」

 

 遅れて全身を襲う圧力。打ち上げられた体が数瞬制御を離れて四肢が乱れる。

 地面へと叩きつけられる直前に後転して体勢を立て直したセルは、片手と両足で体を支え、口を押さえながら何が起きたのかを飲み込もうとした。

 

「──……!」

 

 が、理解しようとするより早く眼前に立っていたナシコの手が額へ突きつけられ、はっとした時には同じ個所を打ち抜かれていた。

 脳を揺さぶる衝撃に両目がでたらめな方向へ動く。欠けた角が砕かれて消え、今度は受け身も取れずに転がった。

 

「な、なんだ……!? なぜ、奴がこれほどまでのパワーを……!?」

 

 立ち上がろうと後ろへ伸ばす両手ががくがくと震えている。しりもちをついた状態で慄くセルには、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。

 

 今、自分は完全体をも超えた凄まじい力を発揮しているはずだ。証拠に孫悟飯と同じような稲妻が体表面を駆け巡っている。

 だというのに、これはいったいどうしたことだ。なぜ気を発していないナシコに手も足も出ない!!?

 

「……」

 

 得意げにするでもなければ、何か説明をする訳でもない。ただ自分を追い詰めるように歩み寄ってくるナシコに引け腰になったセルは、なんとか立ち上がると尾を開いてセルジュニアを生み出した。

 

「キキ……!」

 

 ナシコのパワーの正体が掴めない。

 ならば様子を見るために戦う相手を用意するまでだ。

 次々と生み出されるセルジュニア達は、ニタニタと不気味な笑みを浮かべている。気が感じられないナシコを取るに足らない相手と判断したようだ。

 

「キャー!」

 

 七体のセルジュニアが跳躍し、突進し、襲い掛かっていく。

 その中を、ナシコは通り抜けた。

 

「……?」

 

 飛び掛かった体勢で制止したセルジュニアの一体が、きょとんとした顔をしたまま二つに分かれる。断たれた下半身と上半身がドサドサと落ち、他の個体も同じように、あるいは頭頂部から股までを両断されて倒れた。

 どれもが時間を置いて細かな粒子となって崩れ去っていく。核さえも砂のようにさらさらと。

 

「お、おお!」

 

 驚愕するセルには、やはりナシコが何をしているのか、どうなっているのかなどさっぱりわからなかった。

 遮るものなく前に立つ彼女の手にいつの間にか長刀が握られているのに気づいて、慌てて構えるのが限界だ。

 鈍く銀に光るそれは今のナシコの身長ほどもあるだろうか、(つば)代わりに鮮やかなボールブーケが飾られている。

 気で作られたにしてはなんら気配を感じさせない……これは、いったい……いや、それよりも!

 

「わ、私の子供達が……一瞬で!」

 

 セル本体より劣るとはいえ、一体一体がベジータやトランクスと互角の力を持つ……違う、パーフェクトとなった今ならば奴らをも超えるジュニアが誕生するはずだ。

 それがまるで視認できない剣閃のもとに切り伏せられ、不可思議な死に方をした。

 

「そ、そうか!!」

 

 自身の胸に手を当てたセルは、それではっきりとわかった。

 吸収したはずの17号、18号、21号の力が失われている!!

 死からの復活によってパワーが上がってはいるが、これではナシコごときにすら敵わないのも当然だ。

 

「ぐ、ぐぬ……!」

 

 悔しさに歯を噛み唸り、撤退すべきか迷うセル。

 だが以前に瞬間移動を察知され止められたことがある。何もせず瞬間移動しようとするのは悪手だろう。

 であるならば、まだこちらに力があると思わせなければならない。脅威であると……それはプライドが著しく傷つけられるが、致し方あるまい……!

 

「ああああああ!!!」

 

 クワ、と目も口も開いて気を噴出させたセルは、爆発的な速度で突進した。

 突き出した拳がナシコの腹を打ち──!

 

「なに!?」

 

 衝撃の全てが突き抜けていく。そこにナシコがいるのに、確かに質量はあるのに、あたかも空気を殴りつけたかのように手応えがない。

 その純白の姿がなんらかの作用をしているのか。何かの魔術か!

 一歩、二歩、よろめくように後退しても、ナシコは動かない。ただぼうっとした目でこちらを見下しているのみだ。

 

「ゆ、許せん!!」

 

 カラクリなどどうでもいい。セルには、"ナシコが攻撃を避けなかった"という事実がどうしても許せなかった。

 このセルの攻撃を、なんでもないと思ったのだ! たかだか地球人風情が! ただの女が!

 その目が! 塵や(あくた)でも見るようなその目が!!

 

「許せなぁぁーーい!!!」

 

 強風が吹き荒れる。池が激しく波立ち、巻き上がる水が雨となって降り注ぐ。

 それらを蒸発させるほどの熱量を持つ気を纏い、かめはめ波の発射体勢に入ったセルは、ここまで力が高まっても微動だにしないナシコを嘲笑った。

 

「愚かな! こいつを受ければきさまとてタダではすまんぞ!!」

 

 ベジータのファイナルフラッシュを受けたセルのように……一点に気を集中させるとはそういうことだ。

 だがもはや手遅れ。両手の間に生まれた破壊エネルギーは限界を超え、辺り一帯を吹き飛ばすだろう。

 

「今さら避けるとは言わせんぞ……後ろのガキが粉々になる!!」

「……」

 

 おもちゃを握り、半口を開けてこの戦いに見入っているムラサキが人質代わりだ。逃げる暇など与えない。二人諸共吹き飛ばしてやる!!

 

「波ぁああああ!!!」

 

 全力で突き出された腕から高音とともに伸びる極大光線がナシコに迫る。

 そして──その全てが羽根に変換されて、ナシコの後ろへと吹き抜けていく。

 

「……!!」

 

 その光景に、セルはもはや声も出なかった。

 気功波を打ち終え、震える腕を下ろし、宙を泳ぐ羽根ときゃあきゃあと歓声を上げて戯れる少女を見て、一切の攻撃が通用しないことを確信してしまった。

 

「神の域に至っていない者とは、勝負にならない……」

「か……神……」

 

 ゆらりと持ち上げた手に視線を落として呟くナシコの言葉をオウム返しにしたセルは、細胞が粟立つのを感じていた。

 サイヤ人の細胞が、フリーザの細胞が、数多の武道家の細胞が、逃げろと騒いでいるのだ!

 

「くっ!」

 

 額に二本指を当てて付近の気を探る。近くては駄目だ、こいつの仲間に発見されてしまう。そうなれば終わりだ!

 冷や汗が噴き出し、ぴくぴくと頬が痙攣する。ナシコは、攻撃を仕掛けてこない。多くの気を捉え、その中からまばらな場所を選び、やや離れた位置に移動できるよう調整してもまだ動かない。

 動く気がないのではないか? もはや相手にされていないのではないか。

 屈辱ではあるが、それならば光明になる。ここはいったん引き、力をつけたその時こそ、きさまらの最期だ。

 

 余裕を取り戻したセルは、笑みさえ浮かべて別れの言葉を告げようとして。

 

「次に騒ぎを起こせば、殺す」

「!」

 

 突き刺さる殺意に押されるように瞬間移動を行った。

 

 

 

 それから、半年。

 セルは街中をさまよっていた。

 姿は晒せない。テレビなんぞに出てしまったせいで多くの人間がセルの姿を知っているのだ。その情報をナシコらに提供されれば、たちまちにやってきて殺されてしまいかねない。

 だからセルは、虫けらのようにこそこそと生きなければならなかった。惨めな思いを噛みしめながら、ひっそりと……。

 

 なんとか力をつけようにも、修業のために気を高めれば必ず誰かに察知されてしまうだろう。

 力を得るために人々を吸収することはできない。それこそナシコを呼び寄せる行いだ。

 ならば察知されない人造人間ならばどうだ。思いがけず私が甦ったとするならば他の奴らも生き返っている可能性が高い。

 

 だが、セルはこれも断念した。誰の気も察知できなかったからだ。

 21号の気配を捉えられないかと神経を研ぎ澄ませたが、あいにく以前の失敗から彼女は自分の気を完全に隠す術を見つけたようだった。セルに吸収されたのが相当の恐怖だったらしい。

 19号や20号も復活していたが、21号と16号の手によって破壊されている。弱い者から狙うこともできず、八方塞がりであった。

 

 ……だが、セルはこの半年の間に、吸収などという手段を捨てることを決めていた。

 それで得た力など容易く奪われてしまうとわかっているからだ。いつ失うともしれない力で得意になることなどできようはずもない。

 ならば真面目に修行をしてパワーアップしようにも、それはできないときている。

 しかし、ああしかし、なんとしてでもやり返したい……! 

 

 ああまでしてナシコに完敗を喫したセルであったが、まったくもって懲りていなかった。

 むしろ強さへの渇望がより高まり、貪欲になった。

 強くなりたいと思う純粋な心さえ持ったのだ。

 

 それが許されない環境がセルを飢えさせている。食事も休息も必要ない体が苛まれている。

 憔悴するセルは、何かを求めるようにふらふらと街中へ歩み出した。

 

 そして、出会ったのだ。己を僅かばかり変える存在と……。

 

 

 

 

『ふはははは、セルよ、覚悟しろ!』

『ぬぐ! な、なんというパワー……恐るべし、ミスター・サタン!!』

 

 街角のステージでは、着ぐるみショーが開催されていた。

 デフォルメされた頭でっかちのセルとサタンが大きな身振り手振りと芝居がかった口調で大立ち回りを繰り広げており、観客のちびっこ達には大層人気のようだった。

 

「なんだ、これは……」

 

 思わず呆れた声で呟いてしまうのも無理はない。

 半年ほど前に行われたセルゲームが舞台化されている。それはわかる。なんとなくだが、テレビで中継までされたのだ。

 だがそれならば、こいつら人間どもに大人気のナシコやウィローが影も形もないのはおかしいし、孫悟飯や孫悟空などの戦士も存在しないのはどういうことだ。このセルと戦っているあのアフロは何者なのだ。

 と、そこまで考えて、ナシコらが作戦会議を行っている最中になにやら挑んできたアホがいたことを思い出した。

 

「なんだよ知らねーのか、サタンだよミスター・サタン! ヒーローだぜ!」

 

 傍の若者がノリノリで解説してくれた話によれば、あの戦いは途中までは映像付きで、以降は音のみで中継され、最後はサタンがフィニッシュを決めた事になっているらしい。

 なんだそれは、と不満に思うセルだが、こればかりは仕方がない。

 

 とてつもない戦いを見せ、大地震まで巻き起こしたセルゲームに参加した選手にインタビューを試みる報道各社は、そのほとんどとコンタクトが取れず、ナシコは姿を見せず、ようやくありつけたウィローは当たり障りのないコメントしか残さなかった。そのなかで、話の流れで思わず自分を持ち上げてしまったサタンがクローズアップされるのは当然だったのだ。

 

 ナシコも、戦士達が特に英雄的な扱いを望んでいない事をわかっていたから、代わりとしてサタンを引っ張り出してきたのだ。つまり今のこの状況は想定通り。願ったりかなったりというわけだ。

 格闘家としてだけでなくエンターテイナーとしても一流のミスターサタンは今や国民的人気者。アイドルとはまた違った方面で慕う人間は多い。

 

『トドメだセル!』

 

 顔のでかいサタンがフィニッシュサインを決め、拳を振りかぶって突進する。

 対する頭のでかいセルは片膝をついて荒い呼吸を繰り返すのみ。

 ……少し苛つくセル(本物)の前で、決着がつこうとしていた。

 

『スーパーウルトラダイナミックスペシャルあっ』

『えっ』

 

 なんと、ここでアクシデントだ。演出に使用された紙吹雪の僅かな残りに足を滑らせたサタンが勢いよく倒れ込む。セルは目前。このままではスーパーウルトラ以下略パンチが、冗談ではなく本当に決まってしまう!

 

「む……」

 

 ぴくり、とセルの身が動く。

 片膝をついたままの着ぐるみのセルがすうっと腕を伸ばしたかと思えば、迫るパンチを絡めとり、どうしたことかその場に叩きつけた。

 

「……今のは」

 

 なんだ。

 ──いや、見えていた。動きは見えていたのだ。

 両手でパンチを絡めとった。だがその後が不可解だ。

 いったい何をどうすれば投げ飛ばすでもなく叩きつけられるのか。

 気、ではない。あるいはナシコのような状態なのかもしれないが、そんな戦士がこんな場所に埋もれていてたまるか。

 

『あっ、あ、ミスター・サタンダウンしてしまいました! い、いったい地球はどうなってしまうのでしょうかー!?』

 

 司会が必死にアクシデントを誤魔化す中、やっちまったとでもいうように立ち尽くす着ぐるみセルに、真剣なまなざしを送るセル。

 強くなるヒントはここにあるかもしれない……勘ではあるが、そう思ったのだ。

 

 その後、観客たちの声援で立ち上がったサタンがフィニッシュを決め、イベントは大団円を迎えた。

 自分の姿をしたものが負けてやや不機嫌なセルは、退場していくスタッフの中からセルの着ぐるみを見つけ、後を追った。

 

 屋外にある囲いの向こうへ着ぐるみが入っていく。

 ステージはイベント用に組み立てられたものか、この壁で囲まれた場所も仮設のもののようだった。

 気配を絶ち、舞空術によって屋根のない囲いを飛び越え、中の様子を探るセル。

 入口付近は入り組んでいるが、奥は簡素なものだ。数個だけあるロッカーの前に着ぐるみが辿りつくのと同時、奥側の壁の上へ降り立つセル。

 

「ふう……」

 

 でかい頭を両手で外し、熱い吐息を零したのは、黒髪の少女であった。

 

「! 女か……」

 

 あれほどの武術を扱ったのだ、てっきりごつい男が出てくると想像していたセルは、華奢な少女が現れたのを見て息を吐いた。

 日に焼けていない真っ白な肌に、僅かに汗に濡れて艶やかな髪。濡れたTシャツとズボン。着ぐるみを脱いで、結っていた髪を解いて頭を振った少女は、かなり小柄な体格であるようだった。

 

 タオルを取り出して頬を拭く彼女は、吊り目であるが優しげで、武道家というよりはアイドルのようである。ナシコを思い起こさせて苦々しいが、やはり気は大したことがない。隠しているわけでもないようだ……。

 

「! なんですかあなたたち、ここは立ち入り禁止ですよ!」

「まあまあ、そう固いこと言うなって。へへっ」

「やっぱ女だったじゃないですか、俺の言った通り」

 

 現に、馬鹿な男二人が入り込んできても、またたくまに気絶するなどそういったことができていない。胸元でタオルを握りしめて後退し、ロッカーに背をぶつけて表情を険しくしている。

 しかし、あの妙な技ならばただの人間など容易く捻じ伏せられるだろう。

 見せてもらうぞ、先程の技術を……。

 

「誰か!」

「ちょ、馬鹿!」

「やっべ!」

 

 セルの期待に反して、少女は大声を上げて人を呼び寄せることにしたようだ。かなりの声量で、よく通る声は外部の人間に届いてしまったらしい。すぐさま警備員が駆けつけてくるのに、セルはひそかに舌打ちした。

 

「かっ……」

「えっ──」

 

 この簡易更衣室へ入ろうとした警備員の背後へ瞬時に移動したセルは、有無を言わせず二人の首裏を突いて気絶させた。襟首を掴み、軽く放り捨てて排除する。

 気絶させただけだ。殺してしまっては面倒だからな……。

 

「あ、あれ?」

「ふーい、驚かせやがって」

「この落とし前はきっちりつけさせてもらうぜ」

 

 壁の上へ戻ったセルが見たのは、期待通り悪漢に追い詰められる少女の姿だ。これで観察ができる。

 

「仕方ありません……」

 

 頭の悪い笑い方で迫る男達の前で、目を伏せた少女が詫びる。

 

「御免! たー!」

「えっ、うおお!?」

 

 一方の顔にタオルを投げつけ、もう一方へ自ら飛び込んだ少女が男の腕と胸倉を掴んで瞬く間に叩き伏せた。

 自らに引き込むような動き、足さばきに体重の移動……余すことなく観察するセルの前で、慌てるもう一人の男へ構えた少女は。

 

「今出て行くなら、これ以上はしません。どうしますか!」

「こ、この野郎……! 野郎じゃないがこの野郎……!」

 

 応じて構えた男は、少女と倒れ伏して微動だにしない男とを見比べて、にまりと笑った。

 

「ちっ、こ、ここは引いてやらあ! 暴力女とか趣味じゃねーし!」

 

 倒れる男を担ぎ上げて逃げ出したチンピラに、「ぼ、ぼうりょくおんな……」と肩を落とす少女。それ以上に残念な思いをしているのはセルだ。お膳立てしたのに一度しか技術を見る事ができなかった。多少の足しにはなったがまだ全容が見えてこない。

 

「なるほど、少しはできるようだな」

「! 何者っ!」

 

 ……ならば自ら試せばいいだけのこと。

 ゆっくりと下り立ったセルは、騒ぎを起こせば、というナシコの言葉を忘れ、この興味深い人間にちょっかいを出すことにした。

 ……技術の知識を得るだけならば、吸収してしまえば済む話だ。だがそうはしない。それでは意味がない。真に身についたとはいえないのだ。

 何より、力に頼らないその武術が非常に興味をそそる。パワー一辺倒の猿のような戦いには飽き飽きしていたところだ……。

 

「……"ウィング"」

 

 緩やかに目を見開いた少女が呟く。

 ウィング……誰かが舞空術のことをそう称していたのを、セルは覚えていた。

 同時にそれがアイドルの妙技である、ということも。

 

「あなたは……アイドルさん、ですか?」

「……」

「"ウィング"のアイドルスキル……凄いです!」

 

 そんなものと一緒にされるのは業腹だが、問答など無用。

 一歩踏み出したセルの重々しい足音に表情を引き締めて構えた少女は、しかし困惑気味にセルを窺った。

 

「あの……」

 

 何やら言おうとした少女へ、軽く踏み込んだセルは、最小限の力でもって突き出した腕を取られてそのまま投げ飛ばされるのに、ロッカーも壁も吹き飛ばして外へと転がり出た。

 遅れて落ちる壁の残骸とひしゃげたロッカーに、涼しい顔をして立ち上がるセル。

 

「うわ、あっ……!」

 

 口元に手を当てて焦る少女は、破壊の跡に困っているようだった。

 それもそうだろう。このような威力が出るなど露とも思っていなかったはずだ。……という訳でもないらしく、いくら正当防衛とはいえ設備を破壊しては……クビは免れそうもない。そう慌てているらしい。

 

「うう、お芝居も上手くいかなかったし……せっかく採用してもらえたのに……」

 

 手を開閉させて調子を確かめていたセルは、痺れを残す腕に、自分の目は狂っていなかったと喜びを噛みしめた。ほんの軽く小突いた程度とはいえ、このセルの力の全てをそっくりそのまま返してみせた。これが喜ばずにはいられるだろうか。そして……彼女の発言が自分にとって好都合であると笑みを深めた。

 

「見事な技だ。……このセルに、その技術を、教えて頂けないかな? ……お嬢さん」

「え、ええ……?」

 

 少女は困惑を深めて戸惑っているようだ。突然侵入してきて教えろとはなんとも厚かましい。だが物腰が丁寧なのでどう扱って良いのかわからなくなってしまったようで、困り眉で何かを言おうとしては、うむむと考え込んでしまう。

 

「どうかね」

 

 下手に出てはいるが、返事次第では恐怖で支配することになる。

 言外に含めた意味に気付いた訳ではないだろうが、少女は黒い瞳にはっきりとセルを映して、それから。

 

「……わかりました。いいでしょう」

 

 快く引き受けた。

 これにはセルも少々呆気に取られてしまった。自分で言うのもなんだが相当怪しい者であるというのに安請け合いするとは、かなりのお人好しと見える。先程の悪漢に対しても必要以上に手を挙げようとはしていなかった。

 その善性は気にくわないが、付け入るのは楽になる。

 

「その代わり、私に"ウィング"を教えていただけないでしょうか」

「ふむ……いいだろう。交渉は成立というわけだ」

 

 フードを下ろし、歩み寄るセルを見上げた少女に、特別な反応はない。

 顔を晒せばなんらかの反応があると思っていたセルは肩透かしを食らった気分だったが、騒がしくしないのならば好ましいことだ。喧しい女は好きではない。

 ……いや。よく見ればその神秘的な黒い目がきらきらと輝いている。

 

「なんとなく、そうなんじゃないかって思ってました……これは、王道です!」

「うん?」

「世界の頂点に立つ格闘家に敗れたセル、一時期荒れてしまったが新たな武器を得て立ち上がる! これは悪を主役に据えた超大作!! 今、再び地球に危機が迫ろうとしている!!」

「……」

「はじめはヒロインと反りが合わず悪者ぜんとしていたセルだが、徐々に心を開き始め、やがて二人の間には切っても切れない友情が──!」

 

 一人ぶつぶつと舞い上がる少女に、セルは冷や汗を浮かべて、ひょっとしたら選ぶ人間を間違えていたかもしれないと思い直し始めていた。我が目に狂いはなかったとはいったが、人格面で少々問題がありそうな……。

 

「はっ!? し、失礼しました! あ、あまりに燃える展開だったのでつい!」

「い、いや……」

 

 燃える……?

 取り繕って大きく頭を下げる少女を見下ろしつつ、セルは、どうにも生きる世界が違うようだな、と、さっそく若い少女の生態を学んだ。ナシコもそうだが、この年頃の女というのはどうにもころころと感情が変わってしまうようだ。まったくもって度し難い。

 

 だが技術の習得にそんなものは関係ない。この少女はセルを見ても前言を撤回しなかった。悪と称しながらだ。どころか、元々正体がセルだと見抜いたうえで──もっとも、妄想が奇跡的に的中しただけであろうが──自分の目的のために利用しようというしたたかさも持っているようだ。

 いいぞ、そういう上昇志向は嫌いではない。

 

「私、東山(とうさん)(ともり)といいます! 年齢は11歳、好きな食べ物はいちごパフェ、趣味はアニメとゲーム、将来の夢はスーパーアイドルです!!」

「……」

 

 底抜けに明るい笑顔ではきはきと自己紹介をした少女……灯は、したたかというよりは天然といった印象だ。11、というのは驚きだ。もう少し年がいっていそうな落ち着きと発育具合なのだが……。

 

 ひたむきで努力家なのだろう。そういう真っ直ぐさにセルが閉口していると、何を勘違いしたのか指をつつき合わせてもじもじとしだした。

 

「め、珍しいでしょうか……いまどき名字がついてるのって」

 

 そう言われても、世情などセルにはわからないし、興味もない。

 セルが知っている人間の中でも名字がついているのは孫親子のみであったが、珍しいかどうかなどどうでもいい。

 しかしどうにも少女は名字があるのが恥ずかしいようだ。

 はっきりと名乗っている以上、コンプレックスだとかそういうものではないようだが……。

 

「それで、あのー……着替えてもよろしいでしょうか」

「……どうぞ、お好きに」

 

 おずおずとした申し出に腕を組んで許可を出すセル。別に偉ぶっている訳ではない。むしろ教え教わりの関係となるのだ、尊重しようという気持ちさえも持っている。

 だがいかんせん人間というものに疎かった。

 

「……」

「……」

 

 着替えると言ってから動こうとしない灯が顔を赤くして「出て行ってください」というまで、そう時間はかからなかった。追い出されたセルは、泰然として腕を組んで待つ。

 文化や価値観の違いも意識の齟齬を生みそうだ。ストイックに一人で修行するのとはわけが違う。人間との付き合いには忍耐力も必要らしい。  

 

「お待たせしました!」

 

 更衣室から出てきた灯は、ステージ衣装のようなものに身を包んでいた。

 胸元のダービータイに蝶ネクタイ。白いブラウスにベージュのジャケットと、制服のようなかっちりとした衣服だ。腰回りの部分だけ黒く、金のボタンが飾られている。そこと、赤いスカートにあしらわれたフリルと両足の色違いの靴下がかわいさを、手を完全に覆わない白手袋と黒いロングブーツが優雅さを演出している。

 髪留めの薔薇に白羽根……白い羽根には嫌な思い出しかないセルであった。

 

 これからライブです! といわんばかりの格好だが、先程彼女自身が言っていた通り灯はアイドルではなくアイドル志望。ということは、これは手製のものなのだろうか。

 

「これは、勝負服です! 普段着でもありますけど……」

 

 セルの無言をどう受け取ったのか、くるりと一回りした彼女は笑顔でそう説明した。

 着ていると意識が引き締まるらしい。非常にどうでもいい情報だが、真面目に修行に取り組めるなら願ってもないことだ。

 

 そうしてなんらかの境地に至れば、憎き戦士達を葬れるだろう。

 セルは、邪悪な内心を隠し、紳士的な笑みを浮かべて灯と共に歩きだした。




TIPS
・セル
長い潜伏期間の間にもはや強くなれるならなんでもいい状態に陥った
地中で三年過ごした経験を顧みてもなかなかにハードな半年間である
三体の人造人間を失って大幅にパワーダウンしてしまった
基礎戦闘力は700万 パーフェクト化60倍で4億2000万

・山中の教会
色姉妹の三女であるキーがシスターの真似事をするので建てられた
朝と昼と夜にベルが鳴る。外部の人が訪れる事はないが動物やモンスターがよく侵入する

・ムラサキ
色姉妹の五女。よくも悪くも見た目通りの性格で、好奇心は旺盛
忍術修行の旅と称して剣士に挑むお散歩に出てヤジロベーと戦ったりトランクスに遊んでもらったりした

・神の領域
クリアな気……神の気を持つ者と持たない者とではまともな戦いが成立しない
この透明にして緻密な気に阻まれ、ダメージが通らないためだ
数多の生物が破壊神に太刀打ちできない理由の一つである

・チンピラ
こういうのがたくさん湧いて出てくるので第七宇宙は人間レベルが低いのだ
やはり人間は滅ぼすべき醜い存在……

東山灯(とうさんともり)
孫悟飯と同じく11歳。アイドル志望の頑張り屋な女の子
不思議な技術を修めている
身長は140㎝台。発育はとても良い方
戦闘力は5

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