TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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令和初日に投稿しないのもどうかと思って急いで書き上げたぜYOYOYO!


第六十八話 忍者ムラサキ見参!

 山の一角から光が溢れ、爆発する。

 あっという間に膨れ上がるきのこ雲から飛び出してきたのは、金色の戦士、孫悟飯だ。

 後方へ飛びながら眼下に広がる山林を険しい顔で見下ろし、精神を研ぎ澄ませて気を探る。

 

「──!」

 

 背後に気配を感じて急停止──首裏に突き刺さる肘鉄に硬直し、蹴りつけられて地上へと落とされる。

 地面に激突するまでに体勢を整えて着地し、空を見上げる。敵影はない。空には黒煙が広がるばかりである。

 

「っ……!」

 

 だからといって迂闊に飛び上がりはしない。ひたすらに気を静め、平静を保つ。

 激情を持てば遥かにパワーアップする悟飯の特性は強力だが、同時に細かな制御がきかなくなるという弱点がある。パワープレイができる状況ならそれでもいいだろうが、怒りに任せた攻撃で倒し切れた敵はこれまで皆無といってもいい。平静のまま十全に力を発揮できればそれが一番いいのだが……。

 

「!」

 

 音。気配。

 真横から迫るそれに反応し腹を引っ込めて飛び退った悟飯の前を腕が通り抜けていく。

 かと思えば翻って追い縋り、バク転する悟飯を追う。

 

 木々の合間に紛れ、落ち葉を散らして飛び回る悟飯を捉えきれず、どこまでも伸びる手は絡まり始めていた。

 目論見が上手くいった、と一瞬油断が生まれ、その時にはもう足首を掴まれていた。

 

「あっ──!」

 

 手は一つではない。隠れ潜んでいたもう一本によって振り回された悟飯は、いくつかの木にぶつけられた後に地面へと打ち付けられた。

 

「ここまでだ」

 

 仰向けに倒れた状態からすぐさま立ち上がろうとして、眼前に突きつけられた二本指に、バチバチと弾けるすさまじい気のうねりを目の当たりにして、もはや王手をかけられたと知る。少しでも動けば額を打ち抜かれて終わりだろう……。

 

「参りました……」

 

 あえなく敗北を宣言した悟飯は、しかめっ面で自分を見下ろすピッコロが技を解いて差し伸べた手を受け取り、立ち上がった。

 

「やっぱりピッコロさんは凄いです。強くなったつもりでしたけど、全然敵わない」

「ふん。それはお前の心に強くあろうとする焦りがあるからだ。本来ならお前とオレとでは……埋めがたい差があるのは事実だ」

 

 ピ、と指を差し向けられ、ボロボロだった山吹色の胴着を直して貰った悟飯は、新品の着心地に生地を叩きながら、焦りか、と胸中で呟いた。

 たしかに、それはある。強くなろう、強くなろうという気持ちは日々強まるばかりだ。

 ここ数日は特にその想いが深まっている。……神殿を訪れたナシコの話を聞いたからだ。

 

 

 ──奴はとてつもない修行を積んでいた。

 おそらくは未来になんらかの脅威が降りかかるためだろう。

 

 鬼気迫るナシコの様子を、ピッコロはそう悟飯に伝えていた。

 悟空が死んでしまったこともあるだろうが、それ以上に何かへの対策をしようというのが見てとれた。

 対処しおえた邪悪龍や何かとは別の、あるいはそれら以上の脅威を、未来を見る力で読み取ったのだろう。

 

「神の域に達した奴に勝てるイメージがオレにはまったく湧かん。悟飯、今のお前でもだ」

「はい……」

 

 セルゲームより先、悟飯は勉強の傍らにずっと戦闘力を伸ばし続けていた。

 もはやセルを倒した時よりずっと強くなっているだろう。

 それでも敵わないというのだから、ナシコの修行は相当過酷なものだったのだと想像できた。

 

 これでは平和を守ると宣言した自分が形無しだ。

 せめて、彼女が一人で背負い込んでしまわないよう……彼女一人に負担を集めないよう、並ぶほどの力を得なくてはならない。

 

「……」

 

 ぎゅっ、と拳を握る。

 トランクスを未来へ送り返した際に見たナシコの笑顔が、まだ頭の中に残っている。

 外向けの、当たり障りのないものだった。少なくとも仲間内でいる時にする表情ではない。悟飯は、彼女のそういう笑い方をテレビ以外で見るのは初めてだった。

 そして──時折薄く目を開けて、疲れたように力なく笑うその儚さに、触れる事はできなかった。

 

 お姉さん、と呼びかければいつだって屈託のない笑顔を向けてくれる彼女にそんな顔をさせてしまうほどの何か……。

 打ち破りたい。彼女の不安を晴らしてやりたい。

 ただひたすらに、今は彼女に安寧を与えてやりたかった。

 

 

 

「悟飯ちゃーん、ピッコロさー! お昼の時間だぞー!」

 

 思いつめるように俯いていた悟飯は、遠くから聞こえる幼い声に顔を上げ、そういえばもうそんな時間だ、とお腹を押さえた。戦闘から日常へ戻った意識はしきりに空腹を訴えている。

 

「よし、いったん休憩だ。昼食後15分の食休みを挟んで、もう一度オレと組手をするぞ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 厳しく指導をするピッコロに、悟飯は深く頭を下げて感謝の念を伝えつつ、引き続きの修行をお願いした。

 視線が外れた一瞬、仏頂面を綻ばせたピッコロは、悟飯が顔を上げた時にはむすっとした顔に戻っていた。

 こうしてピッコロに稽古をつけてもらいながら、悟飯は平和を守るために己を鍛えていた。

 

「悟飯ちゃん、飯食う時くらい超サイヤ人はやめてけれ」

「あ、はい」

 

 家に戻れば、悟飯の小さな母親がちょこちょこと動き回って配膳を行っていた。

 言われて、そういえばと超サイヤ人を解く悟飯。孫悟空との修行から続けて常時超サイヤ人を維持する訓練を継続していたが、今ではすっかり通常時と変わりなく、意識しないと髪の色が変わっているのさえ忘れてしまいそうなほどだ。

 お母さん、超サイヤ人嫌いだからな、と思いつつ席に着く。

 

 テーブルの上に所狭しと置かれた料理は、ほとんど全部が悟飯用だ。

 前にもまして悟飯の食欲は上がっている。消費するエネルギーが増えたためだろうか、チチは「悟空さが死んじまったのに食費が変わんねぇだ」と嘆いているが、息子の成長を嬉しく思ってもいるらしい。嫌な表情をしたことは一度もない。

 

「あまり動くと体に障るぞ。配膳ならオレがやる」

 

 ぱっとチチの手から皿を取り上げたピッコロは、チチを座らせると、台所とテーブルとを往ったり来たりして手際良くこなしてしまった。

 

「あ、ありがとな、でも気遣いは不要だ、まだまだ動けるべ」

「そういうな。お前は身重なんだ。少しは人を頼れ」

「ああ……」

 

 元気さをアピールしていたチチは、そう諭されて、少し張り出したお腹を撫でた。

 悟空が死ぬ前に残していった大切な命だ。何かあっては困る。

 

「楽しみですね」

 

 チチにとっては二人目の子供でも、悟飯にとっては初めての兄弟の誕生だ。

 いつか出会うまだ見ぬ家族を思うと、この時ばかりは戦いの事を忘れて、未来に思いを馳せた。

 

 

 

 

 東山灯(とうさんともり)は多忙である。

 広い屋敷に一人暮らしゆえ、やる事は非常に多いのだ。

 その一日をクローズアップしてみよう。

 

「……ん」

 

 鳴り響くカプセルホンのアラームを止めた彼女が寝ぼけまなこでベッドから抜け出したのは、深夜3時30分。

 洗顔に歯磨きに身嗜みにと身支度を整え、仕事に出る。

 新聞配達がてらにランニングをして、家に戻るのは4時頃だ。

 

「おはようございます! おやすみなさい!」

「……」

 

 レッスンルームに顔を出し、直立で瞑想するセルに声をかけてから寝室に戻り、6時まで眠る。

 起きればシャワーを浴び、布団を干し、洗濯だ。

 一日分の衣類を洗濯機に放り込んだら、お次は掃除。

 

「よし!」

 

 きゅっと布巾を額に縛り、軽装にてワイパーを抱える。

 広い屋敷を一人で掃除しきるのは一日では無理があるので、その日その日によって別々の個所を綺麗にしているのだ。

 両親が生きていた頃は住み込みで働くお手伝いさんもいたのだが、今はいない。灯が暇を申し渡したのではなく、親の新たな旅路の供になると書き残して姿を消したのだ。

 

 以降、灯はそういった類の者を雇っていない。

 遺産も無限ではない以上あまり手が付けられないし、何よりこうして自分の手でやらなければ怠け癖がついてしまう。単純作業は足腰を鍛えることにもつながる。これも練習だ。

 広い屋敷に一人は寂しいが、精神集中、練習に身を打ち込むにはもってこい。それに、本当に寂しくなったなら好きなアニメを流したり、推してるアイドルのライブ映像を流したりすれば賑やかになる。

 

「つう~っ……」

 

 窓枠に指を這わせて腹を見ても、埃はなし。

 今日の掃除は終了。廊下も窓もぴかぴかだ。

 

「やっぱりお掃除すると気持ちが良い! 心の掃除でもあるんですね!」

 

 一人元気に額を拭う灯の声が、日の差し込む廊下の向こうまで響いた。

 独り言も多くなって久しい。それでも彼女自身はいつでも元気だ。

 

 掃除が終わればようやく朝食。

 朝に料理をすることもあるが、もっぱらトーストやスープなどの軽いものですませている。

 重いものを入れるとこの後の練習に支障が出るし、太ってしまうからだ。

 

「ふむ、悪くない」

 

 最近はここにセルが加わったので、心なしか灯は嬉しそうだ。

 食べる人がいてくれる。一緒に過ごしてくれる人がいる。それだけで屋敷中に活気が満ちているように感じられる。

 緑黄赤色(りょくおうせきしょく)のスクランブルエッグは残さずセルの胃に消えた。ぱちぱちと手を打って灯も喜んでいる。

 

 午前はレッスンルームでセルとの組手だ。

 以前までは、一般的な勉強や社会学習に、習得した技術を忘れないよう復習する時間が充てられていた。

 

「ぬ!」

 

 静の動作。

 空気を割く音も無く、かつ超速度で放たれた手が灯の袖口を掴もうと伸びて、逆に手首に絡みついた細指に撫でるように捌かれ、回転のエネルギーは腕を伝わってセル本体までもを襲い、あっと声を発する間もなくぎゅるりと一回転。その場に叩きつけられてしまう。

 

「くっ!」

 

 倒れた体勢から足払いを仕掛ければ容易く灯は倒れるだろう。というか両足が吹っ飛ぶであろうが、それでは修行にならない。悔し紛れの声もそこそこに立ち上がったセルが口角を上げて余裕をきどる。

 

 基本的な技術の型を覚えたセルであったが、未だにただの一度も灯を投げられた事は無かった。どころか、力をもってしてよろめかせられた事もない。彼女の体幹は樹齢1000年の樹木のごとく根付いて、どっしりとして動かず、だというのに足捌きはその年の少女の軽やかさを遺憾なく発揮するのだ。

 

 そこから放たれる"技術"のすさまじいこと!

 ステージで見た投げの技術など灯の持つ力の一端でしかなく、短い期間でセルは何度も灯を評価し直していた。

 気はない。パワーもない。スピードだって一般人の枠を出ない。

 "技"一点特化……! まさに究極。

 

 その技術が、研磨されきったそれがセルの奥底に眠る武道家としての神経を刺激してやまない。核がうずいてたまらない。

 

「セルさん、力みすぎですよ。風のようにあれ! です」

「そうかね。では、そうするとしよう……」

 

 おそらくは彼女の愛読する漫画や小説から取ってきた台詞での指摘なのだろうが、的を得ている。

 最小限にパワーを押さえたつもりでも、絶対強者であるセルはどうしても力が入ってしまうのだ。

 手加減というものが如に難しいかを思い知らされる。

 

「どうにも緊張しているようですね。リラックスしましょう!」

 

 深呼吸~、と目の前で息を吸い、吐いてみせる少女に、セルはやや口角を下げて、渋々真似た。

 

 万一少しでも力を込めた指が灯に掠りでもすれば、その瞬間に少女の命は散るだろう。

 そうすれば技術をものにしようというセルの目論見も破綻してしまう。……余計に神経を研ぎ澄ませてしまうのは仕方のないことだ。

 

 だが、だからこそ習得しがいがあるし、加減の訓練をするにはもってこいの相手だった。

 技術の強さの一つは動きの緩急にある。駆動する筋肉が強張る瞬間、緩む瞬間がラグなくあり、一切の無駄を捨てて襲いくる。

 一度掴まれれば抜け出すのは厳しい。逃げようとする力さえ利用されて自分に牙を向くからだ。

 

 

「はい、落ち着きましたね! それではもう一本!」

「では……お相手願おう」

 

 さっと構え、近距離からの掴み合い。

 この距離なら初速から音を超える速度で貫手を放つセルの圧倒的有利があるはず。

 腕の長さによるリーチもある。大人びているとはいえまだ子供の彼女は手も腕も小さく、だというのに──。

 

「はっ!」

「ぬぅ!?」

 

 後の先。

 見えるはずのない手を絡めとられ、引き倒すように捌かれていた。

 よろめくセルの真横を通った灯が構える。まったく姿勢に揺るぎはない。セルも倒れはせず、立ち位置を入れ替えただけ……。

 ……いや、組手を続けるために"あえて転ばされなかった"のだ!

 

 投げだけではない。受け流す技術も相当なもの。

 涼しげに待ちの姿勢に入る灯に、セルは攻めあぐねてしまった。さらにスピードを上げたところで、この距離では灯の独壇場だ。おそらくは直前の姿勢から行動を読んで合わせているのだろう。

 

 ならば……。

 

 スピードのギアを上げ、これもやはり灯には見えない速度で手を伸ばす。

 そしてこの限りないスピードの世界にて姿勢を変え、足の位置を入れ替え、真横から腕を掴む。

 

「っ!?」

「もらった!」

 

 直前から予測するなら、認識できない間に動作を変えてしまえば良いだけのこと。掴んでしまえばこっちのものだ!

 ぐんと腕を引っ張り上げ、足を浮かせて無防備にすれば、足が接地し腰が回らなければ使えない"技術"は打つ術なし。

 そう勘違いしていたのも束の間のこと。軽々浮き上がる少女の足が胸に押し付けられ、そこを起点に腕を取られて外される──人外の力で握っているのだ、赤子の手を放させるような手軽さで脱せるものではないはずだというのに──、たんっと胸板を蹴りつけられて宙返り。

 

 翻る黒髪に、ならば着地する前に、と踏み込んだセルは、今度は技術を振るうために襟と腕を狙って掴みかかった。

 ほとんど同時に伸びてきた彼女の手がセルの両腕を滑り、とっと着地する灯と同じくして床に顎を打ち付けたセルは、今、何が起こったのかを一瞬理解できなかった。

 一秒に満たない時間の不理解。さりとて、超スピードの攻防を可能とするセルの意識に空白を生み出すとは。

 

「……」

 

 立ち上がる頃には何をされたのかは理解していた。

 着地へ向かう力の流れを全て押し付けられたのだ。

 

「……これは……」

 

 投げる、捌く、受け流す。

 柔術の流れを組むその技術を、よもや足場のない空中で受けるとは。

 先程の、胸を足場にされたそれとは違う。

 

 ……気だ! 気を使ったのだ!

 戦闘力が上がり、体外に出せるようになった気を用いて流れを生み出しているのだ。

 それはいうなればどこでも十全に技術を発揮できるようになっているということを意味するし、灯の取れる手が無制限に増えているということでもある。

 

 進化している……。彼女の技術もまたパワーアップしているのだ……このセルとの組手で。

 そうだ、彼女は独学でこの技術を習得したと言っていた。この誰もいない屋敷でだ。

 組み合う相手などおらず、前に暴漢相手に発揮していたが、あのような事も稀なのだろう。

 つまり対人経験を積むのはセルとが初めてに等しく、ほとんど0だった経験値が急速に積まれているというわけだ。

 

「では、今度はこっちが仕掛けますので、返してくださいね!」

 

 きりりと表情を引き締める彼女はそれを自覚しているのかどうか……ゆっくりとした動きで二歩詰め寄り、そうっと手を伸ばして手首を掴んできた彼女を見下ろしつつ、未だ底知れぬ才能を秘めた少女を上下さかさまになりながら眺め、ドカ! と後頭部を床にぶつけた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!?」

 

 慌てて助け起こす灯だが、ぼうっとしていたセルが悪いのだ。それにダメージなど皆無なので心配するだけ無駄である。膝に乗せたセルがじっと中空を見つめて考えごとをしているのを、灯はどうすればいいのかわからず困った様子で見下ろした。が、すぐに彼が起き上がったので──真上から見下ろすと胸が邪魔なのでやや前傾姿勢だったため、むくりと起きた際にひっくり返りそうになった──特に何かある訳でもなく、組手に戻った。

 

 およそ1時間ほど投げられ続けたセルは、今回もまた、彼女自身が「技の練習です!」と投げさせてくれる以外に技術による攻撃を行えなかった。……受け身の取り方がより完璧になったのは特筆すべきかどうか。

 

「ふうっ、今回はここまでにしましょう! 汗を掻いてしまいました……」

「お付き合いいただき感謝する。ゆっくり湯に浸かってくるがいい」

「もうっ、そんなにいっつもお風呂に入るわけじゃないですよ! シャワーだけです!」

 

 ジャージの襟に指をひっかけてぱたぱたと仰ぐ彼女は、言うほど汗に濡れてはいない。

 そして何が琴線に触れたのか、少々不満げに、というか恥ずかしがってぷりぷりと怒る。……ここら辺の少女の心模様はセルにはさっぱり理解できない。

 

「……」

 

 きゅ、と靴音を鳴らしてレッスンルームを後にする灯の背を、セルはじっと見つめていた。

 おもむろに腕を解き……がば、と腕を開いて襲い掛かる!

 

「む──!」

 

 完全に不意をついた攻撃は、灯が視界から消える事で空振りに終わる。

 高速移動──否、そんな芸当は彼女には不可能だ。

 ならばなぜ消えたのか。答えは、単純。

 

「は!」

 

 背を丸め、一歩後退した灯はセルの懐に入り込んでいた。背中がセルの体に密着し、伸ばした腕がセルの片腕を取っていて。

 

「うぐ!」

 

 気合一声(いっせい)、セルは背負い投げのようにして叩きつけられてしまった。

 

「ふ、不意打ちはずるいじゃないですか!」

「……」

 

 腰に手を当てて覗き込む少女を見上げ、さすがに苦笑いを零したセルは、悪びれもせずに立ち上がった。そうして、ちらちらと振り返り警戒しつつ退室する灯を今度こそ静かに見送った。

 

 ……背負い投げ、といえば単純に聞こえるが、投げる一瞬、灯の全身が活動していた。

 腕を引く手はもちろん、密着した背中は、そう、足から昇る捻りのエネルギーを余すことなくセルの力を受け流す事に費やしていた。そうして体全体を使っての投げは、まるで攻撃された実感のない不可思議な状態を作り出す。

 力加減を誤って自ら転がってしまったと錯覚してしまうほど彼女の受け流しは自然なのだ。

 

「……」

 

 自らの手を見下ろしたセルは、それを眼前に鋭く突き刺し、仮想の相手を空間に投射して一心に型の反復練習を始めた。

 

 余談ではあるが、武泰斗の編み出した技術であると灯が語っていた一連の技は、もし本当にそうであるならセルの頭の中に最初から入っているはずだ。

 そうでないのだから……お察しだろう。

 

 とはいえ、そんな根も葉もないもので灯がここまで強くなれるかは疑問なので、何か元になるものはあったのだろう。それもぜひ知りたいものだと考えたセルは、現在パソコンの使い方を灯に習っている最中である。

 推しのAItuber、というのをやたら見せられた。

 

 

 シャワーを浴び、昼食を()り、食休みを挟んだ灯の午後の予定はまちまちだ。

 ひと月に一度の頻度でオーディションなどに向かったり、勉強のために野良のパフォーマーの鑑賞に向かったり、ダンスレッスンやボーカルレッスンに励んだりする。もちろんビジュアルを磨くのも忘れない。流行りのスタイルを積極的に取り込んでヘアアレンジをしたり、合う衣服を探したり。

 オーディションに落ちたりしてもこれは変わらない。

 

 くよくよなんかしてる暇はありません! 前進あるのみ! です!

 

 夢に向かって全速前進、全力投球。アイドルに涙は似合わない。ハンカチは引退まで仕舞っておくもの!

 その信念のもと、つとめて日常生活を送る灯。素直で、まっすぐで、ひたむきで……健気な少女に触れることで、セルの挙動にもやや変化が表れ始めている。

 とはいえ、それはまだほんの少し。人間という存在を惜しく思い始めた、という程度。

 あっさり消し飛ばそうとした地球によもやこれほどの逸材が潜んでいるとは思っていなかったのだ。知ってしまった以上は、『地球ごと消えて無くなれ』とは言えなくなっただろう。

 

 

 

 夕方には風呂に入り、しばらくはリラックスタイムだ。

 鑑賞目的にアイドルのBDを見たりしてまったりと過ごす。

 

 寝る前までもう一度セルと組手をする事もある。これはセルの側から申し出た場合のみだ。

 なければ灯は早い時間にベッドに入るし、睡眠を必要としないセルはイメージトレーニングの中でナシコを始めとする戦士達と戦い続ける。

 

 これが、ここ一ヶ月までの彼女達のもっぱらのスケジュールである。

 

 

 

 

「視線を感じるんです……」

 

 ある日、思いつめた表情をした灯に食事の席で事情を聞いたセルは、面白い、解決してやろう、と手を貸すことにした。

 話によれば、セルと出会った時あたりからなんとなくそういうものがあるような気がしていたらしい。

 これがまったくセルにはわからない。この家を監視しているような気の動きは感じられないし、セルには視線もこないためだ。

 

「私に一切気取らせないとはな……」

 

 ともに生活してきておいて、今の今まで気づかなかったのが気にくわない。面白いとは言ったが、不快感の方が強かった。

 

「あ、ありがとうございます! お願いします!」

「任せておくといい……」

 

 ぱあっと表情を明るくさせた灯は、ようやくいつもの調子を取り戻し始めた。

 そもそもセルがわざわざ話を聞こうと思ったのは、最近の彼女がかなり参っていたからだ。訓練の際も技にキレがなく、まったく練習にならないほどだった。

 

 外出の際はもとより、寝室にいる時も、お手洗いに入っている間も、浴室にいる時も感じる視線に、能天気で性善説を信奉していそうな彼女もさすがに困っているようだった。

 

「こんなこと、友達には相談できませんし……セルさんならどうにかしてくれそうで、安心しました!」

「フフ、もっと私を頼るのだぞ」

「はい!」

 

 気さくに言葉を交わす二人だが、セルの狙いは別にあるのだ。

 というか友達いたのか、という疑問を隠すためにちょっと笑ってみせたのもある。

 失礼な話だが、これでも灯の交友関係は広い。ネットの友達ではない。前に学校に通っていた時の繋がりが残っているのだ。

 

 とはいえ、年頃の少女のデリケートな場所にまで踏み込んだ話題はさすがに振りにくい。その点、超常的な存在であるセルならば話すのに苦はなく、また言葉通り頼もしくも思える。……友達を頼りないと思っている訳ではない。同年代の友人ゆえ、彼女らもまた子供なのだ。一歩大人びている灯にとって、こういった嫌な話をするのは憚られた。

 

 さて、ではその視線の正体……仮にストーカーと呼称するにして、いったいどうやって正体を突き止めるのか。

 セルは、もっとも単純な手を取った。すなわち、四六時中灯について回ることにした。

 

「……ええっと」

「安心すると良い、私はごく数秒眠れば睡眠はそれで事足りるのだ……24時間体制で監視する事を約束しよう」

「いや、ですね……あの」

 

 困り眉で何やら言いたそうにしていた灯は、はっきりとしない物言いを無視したセルによって第二のストーカーを得た。

 死力を尽くして朝晩の寝室への侵入はやめてもらって、お風呂どきは脱衣所までならと譲歩し、もちろんトイレも10メートルは離れてもらうよう懇願した。

 重ねていうが年頃の少女である。もう少し手心がほしい。

 

「困っているのを助けてやろうとしているのだがね」

 

 わざわざ、このセルが、という不満を隠そうともしない彼には、一生経っても女の子の心情など理解できそうもない。

 

 さて──。

 憎きストーカーの正体は、三日ほどで判明した。

 その間副次的に見つかった変質者数名とのドタバタコメディは割愛するとして、東山家の敷地内にある林にて、セルと灯はようやく正体不明の存在を追い詰めたのである。

 

「いつまでそうしているつもりだ。出てこんのなら辺り一帯を吹き飛ばしてもいいのだぞ」

「やめてください!?」

 

 茂みの向こう、木の影に潜む存在へ向けて警告を飛ばすセルの腕に縋りついて止める灯。

 ここには動物たちもいっぱい住んでいるのだから、もっと穏便な方法を!

 その訴えを無視して手を伸ばしたセルに、相手も黙ってはいられなかったのだろう。

 

「……」

「あれ、お、女の子……ですね?」

 

 す、と木の影から出てきたのは、ほんの小さな子供であった。

 紫の和装に、腰に差した刀。紫の長髪を背で細く結んで流した、いかにも忍者といった風貌の……人造人間。

 

「ようやくおでましか……気を感じられないから、そうだとは思っていたが、やはり奴の手の者か」

 

 きょどきょどと視線を彷徨わせて混乱している灯は放っておいて、淡々と事実確認を取るセル。

 大方、目的は監視か。ナシコが言っていた「騒ぎを起こせば殺す」を有言実行するための措置だったのだろう。

 灯ばかりに視線がいっていたのは、なるほど、そうすれば行動を共にするセルの動向は探れるし、セル自身には気取られない、良い手だ。

 あるいは、セルが寝食を共にしている人間を珍しがったのか、手を組んだ悪人かと疑ったのか。

 

「先に言っておくが、こいつは底抜けの善人(バカ)だぞ?」

「ばっ、え? なんでわるくち言うんですか!?」

 

 過剰に反応する灯より前にセルが出れば、腰の刀を逆手で抜いて構えたムラサキは、据わった目でセルか、あるいは灯を見据えた。

 

「お前を殺すぞ」

 

 剣呑な雰囲気に、流石の灯も押し黙った。

 殺気は本物だ。前に見た無邪気な子供らしき姿などどこにもなく、暗殺者然として立つ人造人間が襲い掛からんとしている。

 

「大きく出たな」

 

 気は感じ取れないが、こいつら数体のシリーズの戦闘力は蚊ほどもない。

 あるいはパワーアップしていたとして、問題など何もない。

 構えを取ったセルは、余裕の笑みを浮かべながらも真剣な目で目の前の少女を見つめる。

 何事にも想定外はあるものだ……。そんなものは考えるのもプライドが傷ついて癪だが、もしもの時は「け、喧嘩はやめましょう? ね?」と困っている灯を掴んでどこかに逃げなければならないだろう。

 せっかく安穏としていたというのに、向こうはどうしても騒ぎを起こしてこちらを殺しておきたいらしい。

 

 ……だが、技術を試すにはこの実戦の機会は歓迎すべきでもある。

 戦いの気配に戦闘民族の血が騒めき、セルは、知らずのうちに笑みを深くしていった……。

 

 




TIPS
・忍者ムラサキ
タイトルオチ。戦闘力は100万とちょっと
同一個体の基礎戦闘力は一律53万だが
トランクスらと戯れた際に上昇している
その真意はいったい……?

・東山灯
日常生活赤裸々系アイドルの卵
身体データやら諸々のプロフィールはカラーシスターズ全てに共有されてしまった
戦闘力は97

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