無意味だった
第七十三話 わくわくパーティ
「大変大変たいへーん!」
ビュオッと窓からセルの部屋に入り込んだムラサキは、チェアーに身を委ねて本を読んでいたセルの上へダイブすると、読みかけの本に栞が挟まれるより早く毟り取って放り捨てた。
鬱陶しい&恨めしい視線を受けても、ムラサキはあわあわと口を開閉させるばかりで堪えない。
「なにかね」
「
「……なに?」
仕方なく問いかけたところ、ワッと叫ぶように伝えられて、これにはセルも僅かに目を開いた。
捕まった、とは穏やかではないが、慌てるムラサキが落ち着くのを見計らって話を聞いてみれば、警察に厄介になっている訳ではないらしい。
そもそも灯とムラサキは祖母の伝手で招待されたパーティとやらに向かっていたはずだ。
現にムラサキはいつもの忍者装束ではなく、薄紫のドレスを着てめかしこんでいる。肩から腕やらを出して、けれど暴れたためにしっちゃかめっちゃかになってしまっていた。
「ねぇ大変なんだってばぁ! ねぇ! ねーぇー!」
「ならばその詳細を……」
冷静に話を聞こうとするセルだが、がくがくと頭を揺さぶるばかりのムラサキはパニック状態に戻ってしまった。
人造人間の癖にどうしてそうなるのだろうか。故障かな。
「やむを得んな」
これでは埒が明かないと判断したセルは、ムラサキの顔面を鷲掴みにして強制的に黙らせると、むーむーうるさい彼女の記憶を読むことにした。
そして、そこに驚くべき人物が存在する事を知るのだった……。
□
灯とデート! お仕事忘れて楽しくデート!
……お仕事、半年くらいすっぽかしてるけど。
なんかよくわかんないけど、灯にパーティのお誘いがきたんだってさ。
時々あるんだって。灯ってお金持ちだったんだね、そういえばね!
灯自身は「私ではなく、祖母が、なのですが」って謙遜してたけど、でもおばあちゃんボケボケだったし、実質灯のものみたいなもんじゃない? 管理だって灯がしてるんだし。
社交パーティかー。漫画の話みたいだね。
ナシコちゃんもそういうのやってたけど、凄く苦手だーって言ってたっけか。
そいでもってどたばたと準備して、大忙し。
レッスンルームのセルにも声かけたけど、いかないってさ。カタブツー。
あーあ、あいつもドレスとか着ればいいのに。めっちゃ笑ってやるのになー!
「お待たせ!」
「ええ、では迎えが来ているので、車に乗って行きましょう」
「うん!」
玄関で佇んでいた灯は、落ち着いたドレスに身を包んで、花の飾りで髪を結い留めている。
いつにもまして大人っぽくてかわいい。でも12歳なんだよね。私は4歳だけどね。なんだろうなあ、納得いかないなあ。どういう育ち方してるのかなあ。
まあそれはそれとして。そもそも私成長しないし。
なんとかっていうお金持ちからのお誘いに私も一緒に行くのは、ボディガードみたいなもんかな。
だって灯って一人だと危なっかしいし、危機感全然ないし。
悪い虫がくっつかないよう、この私が護衛するのだ!
「ふふっ、ありがとうございます!」
ほーら、灯も感謝してるよ。私って頼れる女だね。
任せて! いざとなったらお手製の吹き矢でびゅっびゅしちゃうから!
フリーザくらいなら一発で倒せるんじゃないかな。毒とか塗ってあるもんね。掠ってもだめなやつ。
「でも、お目当てはご飯ですよね」
「ぎくっ」
ドクターに頼んで作ってもらった強力な神経毒、まだ使ったことないからセルで試してみよっかなーと考えてたら、灯に目論見を見抜かれてしまった。窓の外見とこ……。
うう、灯がにこにこしてるのがわかっちゃう……自分の感知機能が恨めしい。恥ずかしい!
だ、だってさあ、なんかお金持ちの人のパーティでしょ? 美味しいものいっぱいありそうじゃん!
私、あれ食べてみたいなあ。丸焼き系。うちじゃそういうの禁止されてたんだよね。ナシコちゃんそういうの嫌がるから。
あとカルパッチョ! なんのやつでもいいよ。酸味が強いと嬉しいな。
ふふ、あー、パーティ楽しみ! 食いつくすぞー!
最近私、そういうのに目がないの。なんでかわかんないけど……食べ盛り?
あ、でも、パーティとかって談笑とかが目的でドカ食いはNGだったりする?
「ええ、はい。そういった場ではあんまり食べ過ぎるのはよくないのですが……きっとムラサキちゃんなら許してもらえますよ」
「そう?」
「そうです」
と自信満々に言う灯だけど、主催の人とは直接面識ないんだよね?
その自信はどっから出てくるのかなー。不思議だよ。
……あんな目にあったのに、まだ他人を信じ切ってるのかなあ。
だとしたらとっても危うい。
やっぱり灯には私がついてなくっちゃ!
むいっと気合いを入れれば、灯は不思議そうに首を傾けて、それから微かに笑うと、姿勢を正して大人しく座った。
ほんのりとある香水の匂いに、なんとなく体をくっつけたくなったけど、シートベルトが邪魔。
くいくい引っ張ってたら、なんにも言わないままの灯の手に軽く押さえられた。
悪戯しちゃ駄目だってさ。あーあ、つまんないの。
はやくつかないかなー……飛んで行けばすぐなのに。
飛べない灯だって、私が手を掴んで連れてってあげられるのになあ。
◇
「やっほー!」
「ムラサキちゃん、あんまり騒いではだめですよ」
山のふもとのおっきな駐車場につくと、結構な人数が集まってるのを感知した。
うわー、都会よりよっぽど密集してる……あんまり行きたくないなあ。
でも最高に美味しいものが待ってるはずだから、我慢我慢。
それはそれとして、こんな広い場所だとおっきな声出したくなるよね。
あ、向こうの親子連れのちっちゃい男の子がやまびこした。
いいとこのおぼっちゃんって感じだけど、子供だとこんなもんだよね、やっぱ。
出入り口では数人の使用人ぽい黒服さん方が入場者の確認をしていたんだけど、バックから招待状を取り出そうとした灯を確認もせずに通した。
なんかやる気ないっていうか、そわそわしてたね、あの人たち。
「いいんでしょうか……?」
「いんじゃない? ね、はやくいこ!」
律儀に気にしてる灯の腕を取って引っ張る。ほらほら、速足速足! 未知の美味が私を待っている!
「急がなくったって料理は逃げませんよ」
「逃げるんだよなあ」
「くすくす」
ぱたぱたはためく薄布のスカートを蹴飛ばしながら細く長い廊下を行く。
ちょこちょこ歩いてる人達を抜き去って、私達が堂々1位!
……というわけでもなく、ホールにはとっても大勢の人間がいた。
ざっと300人くらい? ざわめきの中から会話を拾うと、ほとんどが初めて招待された人みたい。
灯もそうだよね。そうだそうだ、だって面識ないんだもん。手当たり次第人集めてる感じ? んー、変な感じ。
あ、でも今運ばれてきてる料理群はいいね、いいね! どれからやっつけてこっかなあ!
「一気に取ってはいけませんよ」
「はーあーいー」
もー、わかってるよ。灯ってお母さんみたい。一般的な感じのね。私のお母さんはいつもむっくり顔で研究所に籠ってるよ。
頭を撫でてくれたので擦り寄れば、肩を抱かれた。おあー、罠だ。拘束されてしまった。
仕方がないので単独行動は断念して、大人しく灯の後ろをついて回る事にした。
といっても、灯の知り合いがいるって感じじゃないし、何していいのかわからないみたい。
みんなを呼び寄せたやつはまだ姿を現してないし、雑談しようにも、ね。
やっぱご飯食べるしかなくない? よし、食べよう。
◇
『──いましばらくお待ち下さい。並べられた料理はご自由にお取り分けいただけます。ホール内におります使用人に声をかけてくだされば代わりにお取り分けいたします。ではどうぞ、今しばらく御歓談いただきますよう……』
お皿カラにしてもすぐ補充されるのって素敵だ。
結構量はあるけれど、食べてすぐさまエネルギーに変換できる即時変換永久炉を持つ我々人造人間にはこの程度朝飯前である。うーん、おいしい。なにチーズだろこれ。スキャンスキャン……。かび!
「あはは……」
灯はとっても苦笑いしている。慌ただしく行き来して料理を補充する使用人たちに申し訳なさそうな視線を送って、時々私を止めようとしてくるんだけど、ふふーん、灯の動きなんてまるっとお見通しだよ。さりげなく伸びてくる手をするりするりと避けつつ長テーブルに並ぶ料理を自分のお皿に取り分けていく。ぽいっと放ったトングが元の場所に収まれば、おおっと周りの人が声を上げた。ふふーん。ふふーん。
「ムラサキちゃん?」
ぱっと手を伸ばしてくるのを優雅にターンして避けちゃう。ふふふーん。伊達に1年一緒に過ごしてないもんね。データインプットは完璧。寝起きにベッドから落ちる確率とか83の癖とかもばっちりカバー。にこにこして困ってる時の灯の困り度は80前後だからー、結構本気で困ってるね。食べるのはやめないけどね。
「もうっ」
「あれっ?」
あ、あれ、捕まっちゃった!?
おかしいなー、ちゃんと軌道読んでたはずなんだけど……。
肩から垂れる灯の手にシートベルトみたいに拘束されてしまったので、食べ歩きはおしまい。
テーブルにお皿を置き、灯の手に私の手を重ねて目をつぶる。ちょうど灯の胸が枕になる位置にあるので、お昼寝でもしよっかな。忍者は立って寝る事もできるのだ。忍法即時睡眠の術! ぐう。
「こんにちは。かわいらしい妹さんですね」
おっと。私の使命を忘れていた。
それは、灯に話しかける軽そうな男をしっしと追い払うこと!
気安い男にも持ち前の人懐っこさを発揮してあっという間に打ち解けて会話に花を咲かせる灯。
人当たりがいいっていうのは長所であるけど、誰彼構わず、特に男の懐にもするっと入り込んじゃうのはいけないな。見上げる灯の胸元ばかりに視線を落として鼻の下を伸ばす男に1ミリも気が付いてないの……呆れちゃうよ。ひょっとして灯って鈍感なのかなぁ……。
「ほーらしっし!」
「わっ、わっ、なにを……」
「ガルルー!」
仕方がないので実力行使。ぐいぐい押し退けて灯から離れさせる。
どうしちゃったんですか、なんて灯は困り顔してるけど、その顔したいのはこっち!
さっきから話しかけたそうにしてる人いっぱいいるみたいだし、これは本格的に防衛しないとね。
「あら、やっぱりナシコんところの子じゃない!」
「がるるー……お?」
そんなこんなで来る奴来る奴威嚇して追っ払ってたら、見覚えのある顔がやってきた。
ナシコちゃんのお友達のブルマって人。それと、おお、似たタイプの人造人間二人。
「ナシコ……と来てる訳じゃ無さそうね。そっちの子は誰?」
「あ、初めまして。東山灯と申します。あなたはカプセルコーポレーションのブルマさんですよね?」
「ええ、そうよ」
やっぱり、と手を合わせる灯。……その知識の出所はたぶんナシコちゃんなんだろうな。ナシコちゃん友達少ないから、メディアとかでそういう話する時、いつも似たような話題繰り返してるもんね。
やっとあたしを知ってる人間に会えた、とブルマさんは疲れてる感じ。……本当だったらこういうパーティじゃ自分の事を知ってるような人間しか集まらないけど、ここに限っては普通の人も多いらしく、そりゃもう無遠慮に話しかけられまくって辟易しちゃったんだとか。
「美人って罪よねー。あ、その子と一緒にいるって事はナシコの友達みたいなもんよね?」
「えーっと……」
眉を八の字にして口ごもる灯。友達どころか、ナシコちゃん怒らせちゃっただけの関係なんだけど……ブルマさんはぱぱっと一人で話を進めると、このパーティの間は灯の傍に居座る事に決めたみたい。……最近姿が見えないナシコちゃんの事を私や灯から聞きたいみたいだけど、あいにく私が話せることはなんにもない。ので、必然的に灯とばかり話す事になる。
「こっちは21号と16号よ」
「……こんにちは」
「……」
後ろで控えて小さくなっていた21号と、どこかを見ていた16号が紹介されるのに反応して灯に向き直る。
著名な人間として招待された21号はしっかりおめかししてるけど、16号は素の姿そのままだ。
「それにしてもリョーサンって人、何考えてんのかしらねー。こんなに人集めて」
「あまり決まった人は呼んでいないみたいですね……」
私達へ招待状を送った人。世界一のお金持ちであるリョーサン・マネーって人。
灯みたいなお金持ち……だった子とか、普通の人とか……集めてるタイプに節操がないというか見境がないよね。
「お、ブルマじゃないか」
「あら、ヤムチャ。あんたも招待されたんだ? へぇー……似合ってんじゃない」
「だろ?」
考え事してたら、ぞろぞろと男がやってきた。
野球のユニフォームに身を包んだ先頭の男は、うん、知ってる。ヤムチャだね、すっごいナンパな人。
野球界のスーパースター。戦闘力もわりと高い。
スポーツに興味がないナシコちゃんが野球見てたら大抵彼が出てる時だ。
『なんか不思議』って言ってたっけ。何が不思議かはわからなかったけど。
後ろの方達は同じチームの人みたい。揃いのユニフォームには"Wilderness Wolf"の名前と赤い狼の顔が描かれていた。
「お会いできて感激です! 今度の試合も頑張ってくださいね! 応援してますから!」
「ありがとう! いやー、若い子にも知っててもらえるなんて嬉しいなあ」
言葉通り感激してるみたいで、胸元で手を合わせてヤムチャにきらきらした眼差しを送る灯。
夢のために多方面の知識を詰め込んで、様々な事柄に興味が尽きない彼女は、どうやらヤムチャのファンでもあったようだ。うーん、わかんない。
ていうか、でれっとしてるし……排除対象? 威嚇しとく?
「羨ましいじゃないか、え?」
「なんでお前ばっか応援されてんだよ!」
おっと、私が出る幕ではなかったみたい。チームメイトの方々がすかさずヤムチャを囲んで肘打ちしたりヘッドロックしたりして懲らしめた。ギブギブ、と首を絞める太い腕を叩くヤムチャはとても楽しそうだった。……被虐趣味、なんだろうか。
なんて冗談は置いといて、はらはらしてる灯の袖を引いて少し離れておく。じゃれあいの邪魔しちゃ悪いからね。
「ほら、あんたたち! 食べ物があるのに埃が立つようなことしない!」
「すいやせぇん!」
ブルマさんが注意すれば、彼らは素直に謝って退散していった。
賑やかなのが行っちゃった。挨拶しなきゃいけない人とかいたのだろうか。灯に手を出しそうにない人ならいても良かったのに。
「さ、それじゃ立ち話もなんだし、椅子でも用意してもらって座って食べましょう」
「え、いいんでしょうか?」
「いいのよ、なんでも頼めって言ったのはあっちなんだから!」
立食形式もなんのその、ブルマさんは近くの使用人を呼び寄せると、テーブルと椅子を用意させて座ってしまった。
それを見た他の人達も続々椅子とテーブルを導入し腰を下ろしている。私も座らせてもらうとしよっかな。
灯はおずおずとして座るか座るまいか迷ってるけど、呼んどいて待たせてるのは向こうなんだから、遠慮なんかしなくていいよ。
◆
『大変長らくお待たせいたしました。当主リョーサン・マネー様の準備が整いました』
「あら、やっと?」
ぽっこりとお腹が膨れた頃に、ようやく主催者が姿を現す事になったらしい。
メートル単位で積み重なったお皿を使用人たちがおっかなびっくり片付けていくのを見送りながら、デザートのパイに齧り付く。……16号はなんにも食べないの? ずっと突っ立ってるだけだけど。……座る隙間が無かったから? おお。
えー……さてさて、どんな人かなー。
『やあ諸君、遅れて済まない。本日はよく集まってくれた』
階段のあるホールの奥側、二階の大きな壁に映し出されたのは、年老いた太っちょのつるぴかりんだった。
……なんで映像?
『今日はワシ63歳の誕生日である。だから、という訳でもないが方々から人を集めさせていただいた。今日は存分に飲み、食い、楽しんでいってほしい。もちろんプレゼントなんかは必要ないぞ、ワシはお金持ちだからな』
「ええ、なによそれ……」
灯が見せてくれた招待状の内容は、なんか長々と厳かに書かれてた気がしたけど、蓋を開ければそんな理由。
それでよくみんな集められたというか、集まったというか……ブルマさんも足を運んでる辺り、この人影響あるのかな。
『えーよし、ふう。じゃあそろそろそっちに行くとしよう』
映像が途切れると、ほどなくして二階におじいさんがやってきた。
車椅子に乗っていて、メイドさんが押している。
リョーサン・マネー氏はどうやら体が不自由みたいだけれど、そんなの気にならなかった。
「え……!?」
「んふっ!?」
「……は?」
そのメイドさんが、どう見てもナシコちゃんだったからだ。
椅子の背もたれに腕を乗せて振り返っていたブルマさんも、パイを丸々一つ口に収めていた私も、蟹の足をほじくっていた21号も、みんなびっくりして。
いや、だって、いや……なんでそんなところでそんなことしてんの!?
「わ、ナシコちゃんですよ! かわいい!」
無邪気に喜んでるのは灯だけだった。
……灯は灯で、ナシコちゃんにされたこと忘れてるようなその反応はなんなんだろ……。
「にかっ」
私達以外にも……というか、ナシコちゃんを知らない人ってそういないだろうし、あっと言う間に凄いざわめきになるのに、おじいさんが得意げにふんぞり返るのが見えた……──。
TIPS
・リョーサン・マネー
ギョーサン・マネーの親族らしい
・メイドナシコ
華麗に転職
相変わらず目は死んでる模様