TS転移で地球人   作:月日星夜(木端妖精)

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第七十四話 マインドコントロールにご用心

 

「え、ナシコお姉さんが、ですか?」

 

 孫親子が暮らす山奥。

 ピッコロとの修行に励んでいた悟飯は、遥々家へとやってきたブルマに聞かされた事の顛末を噛み砕きながら、タオルで汗を拭った。

 

「そうなのよ。それで、あの子が別の職についてるのは変よねって思って」

 

 先日行われたリョーサン・マネー63歳の誕生日パーティに、彼付きのメイドとして姿を現したナシコ。

 車椅子に座るマネー氏が退場するまで一言も喋らなかったが、あれが誰かを認識しなかったものは一人もいないだろう。世間では今、その話題で持ちきりだ。

 しかし世俗と少々関りの薄いこの山までは都の話題も届いていまいと思ったブルマは、新調したスクーターでえっちらおっちら山を登って来たのだった。

 

 孫家にもテレビはあるものの、最近は修行にばかり打ち込んでいる悟飯にはやっぱり巷の話は入っていないようだった。寝耳に水といった反応だ。

 

「たしかに、奴が熱をあげている職業を離れるとは思えんな」

「ピッコロさん」

 

 近くに着地したピッコロがマントを翻して歩み寄ってくる。

 アイドルという職業に対するナシコの熱意は本物だ。たとえ何かしら落ち込んでいたとしても、転職するほどだろうか。

 聞けば、リョーサン・マネーという男は世界一にこだわり、金にあかせて珍しいものを集めているという。美術品、芸術品、珍味、そして人……。なるほど、世界一といっても過言ではない知名度を誇るナシコを欲してもおかしくはないし、多少強引な手段を行っていても変ではない。

 

 とはいえ、それはあまりにも憶測の域を出ない話だ。

 知る者は少ないが、最近のナシコはどこかおかしかった。何をしてもおかしくなかった。

 ……だが、未来、迫る脅威と戦うためだけに生きることを決めていたナシコが使用人の真似事をし始めるのは変なのもたしか……。

 

 そういった詳しい事情はわからずとも、ピッコロはこの話にきな臭さを感じているようだ。

 

「それで、オレ達……いや、悟飯にその話を持ってきたのは、悟飯にナシコの様子を見てきてほしいと頼みたい、といったところか」

「さっすが! 話が早いわね!」

 

 ぱちんと指を鳴らしたブルマは、自分ではさすがに何もない時じゃ館には入れないし、厳重な警備が施されているから忍び込むのも難しい。

 ナシコの家には誰もいないし、都にいたラディッツやターレスは薄情だ。

 たとえ会えても話ができるかはわからない。その点、ナシコが好んで接していた悟飯なら会話が成り立つかもしれない。

 

「といっても、悟飯君に頼もうって思ってたのは半分。21号が動いてくれるって言ってたし、ここには話をしにきただけみたいなものよ」

「……」

「悟飯、気になるか」

 

 ブルマはこう言っているが、ナシコに何かあるかもしれないと聞いては心が浮ついてしまう。そんな状態では修行にならないだろう。先んじて声をかけるピッコロに控えめに頷いた悟飯は、「よし、では行ってこい。今日一日は休暇としよう」と告げた。

 

「悟飯君も行ってくれるんだ。助かるわ! 21号だけじゃちょっと不安だったし」

「え、そうなんですか?」

 

 21号といえば、17号や18号と同じ人造人間だ。今の悟飯達よりは劣ると言えど、普通の人間相手ならば問題ない強さのはず。

 

「ほら、あの人ナシコのことになると目の色変わるから……やりすぎないか心配なのよ」

 

 どうやらブルマの心配はそっちの方面らしい。

 悟飯やピッコロには想像がつかないが、目の色を変えた21号の猪突猛進振りは激しい。ともすれば屋敷に突撃して暴れ回りかねない。

 単に様子を見に行きたいだけなのにそれではまずかろう。ストッパーとなる存在は必要だった。

 

「チチはオレが見ていよう。行ってこい、悟飯」

「はい! よろしくお願いします」

 

 21号には16号がついているため、今はまだ動いていないようだ。早々に合流する必要があるだろう。

 山吹色の胴着を正した悟飯は、まずはブルマの家にいくために彼女に同行して都へと飛んだ。

 

 

 

 

「ぜっっったい変です!」

 

 ダン、とテーブルを叩いた21号は、鼻息荒くそう言い切った。目つきが妖しい。ちょっと引いてしまいそうになるレベルである。

 あらまあ、とブルマの母がのんきな相槌を打つ。彼女が持って来てくれた紅茶を一息に飲み切った21号は、もはや言葉も出てこない様子で肩を上下させていく。凄まじい興奮状態だ……。

 

「落ち着くんだ、21号。まだそうと決まった訳ではない」

「いいえ、いいえ。きっと何か不埒な術でもかけられているんだわ……!!」

「はぁー……ずっとこの調子なのよ。騒ぎを起こしそうで心配だわ」

 

 頭を抱えて悶える21号は苦悶の表情を浮かべている。何が彼女をそこまで急き立てるのだろうか。

 呆れた顔をしたブルマは、悟飯には「21号が様子を見に行ってくれる」と立候補した……かのような言い方をしていたが、実際は放っておくと襲撃しにいきそうだったので折半案を捻出しただけだったりする。そうでも言わないと本当に暴れ回りそうだったのだ。メイド姿のナシコに恍惚としていたのは数秒もなかった。アイドルでないナシコはナシコではない……らしい。そうなのだろうか……。

 

「本当はアポイントとって訪問するのが一番なんだけどね」

 

 一応ブルマは正当な手段での確認も試みようとはしたみたいだ。

 ところがリョーサンという老人、気さくに見えた反面、自身の持つ『世界一』の品の数々を脅かされるのを恐れているのか、自分が誘う以外に人を入れないらしい。しっかり警備体制を整えてから呼び寄せたいのだろう。それだけ価値のあるものを抱えているのだ。

 そういう訳で訪問の約束は取り付けられなかったし、ナシコの様子を聞く事さえできなかった。

 

「だからさ、ちゃちゃっと侵入してナシコにどうしたのか聞いてきちゃってよ」

 

 軽い調子で言うブルマに、本当にいいのかなと疑問に思いつつも、それしか方法がないのであれば、と頷く悟飯。

 犯罪紛いの行いはいけないとは思うけれど、本当にナシコに何かあったならどうにかしてあげたい。

 

 ただでさえ戦闘面では彼女に任せきりだったのだ。些細なことでもいい、彼女の助けになりたい。それが今の悟飯の考えだった。

 いずれは彼女の代わりに戦えればいい。父がそうだったように、みんなを守れるようになれれば……。

 

 そこまで考えて、ふと思い出す。そういえばナシコには不思議な力があったはずだ。

 

「あの、ナシコお姉さんの未来を見る力が働いて、それでそこにいるんじゃないでしょうか」

「その可能性もあるが、お前達が何も聞いていない以上、別の可能性もある」

 

 悟飯の問いかけに答えたのは16号だった。

 ナシコは自身の未来視によって迫る脅威をキャッチし、それが理由でリョーサンのもとにいるのではないか。

 そういった何かがあったとして、今の彼女が誰にも話さないのは想像できる。

 だからこそ確かめる必要があった。未知なる脅威と戦おうとしているならば力になるために。よからぬことになっているのだったら、助けるために。

 

「決行は夜ね。頼んだわよ!」

「はい!」

 

 秘密の訪問部隊結成。メンバーは21号、16号、悟飯の3人。

 事の次第をナシコに聞きに行くため、ここに即席チームが組まれたのだった。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 物憂げな溜息を吐いたのは、椅子に座る東山灯である。

 膝の上で揃えた両手に、やや不安げな面持ち。装いは自分の物ではない洋装。

 部屋は豪奢で広く、大きなベッドに乱れはない。

 

 現在灯は囚われの身となっていた。

 拘束を受けたりはしていないが、ここ、リョーサン屋敷から出る事は叶わないようだ。

 

 それというのも、パーティの際、ナシコの様子を不審に思った周りに、「じゃあ聞いてみます」と行動力を発揮した灯は、リョーサンの車椅子を押して出て行ったナシコを追って廊下まで出たはいいものの、当然警備の人間に阻まれた。まさか打ち倒して先に進むわけにもいかず諦めようかと思ったのだが、何やら廊下の向こうからリョーサンの声が聞こえてくる。

 

 やれ「今夜もマッサージ」だの「よければウィローちゃんも」だの「しっかりカウンセリングを」だの聞こえてきて、あまりにいかがわしい単語にリンゴのように赤くなった灯は、まさかナシコちゃんがひどい目に合っているのでは! と考えてしまって、居てもたってもいられず制止しようとした警備員を落とし、後には引けぬと追跡を開始。ほどなくして二人に追いつけた。即座にさっきの話はなんです! と詰め寄ったまではいいものの……。

 

「……はぁ」

 

 結果としてナシコには凍てつくような眼差しを送られ、車椅子からずり落ちたリョーサンには人を呼ばれて囲まれ、あえなく捕まってしまった。

 冷静になって考えてみると、非は100%灯にあるので、警察のご厄介になってもおかしくない現状、ただ部屋に閉じ込められるだけで済んでいるのは僥倖といえた。

 

 いわく、ちょっと処遇を考えるから待っててね、らしい。

 果たして何をされてしまうのだろうか。こう、機械的な何かで忘れさせられてしまうのだろうか。それって大丈夫なのだろうか……頭がパーになったりしない……?

 

 この部屋に閉じ込められてから24時間が経過している。

 家にいるだろうセルにはムラサキから話がいっているだろうが、救助にくるかはわからない。

 三食食事は出てくるし、部屋に備え付けられたレトロな音楽機器でクラシックを聞く事もできるし、ベッドで寝るのも自由だ。

 

 けれど先日の事が頭をちらついて妙に浮わついて仕方ない。……せめてナシコと話をする事ができないだろうか、なんて考えていた灯は、近づいてくる足音に顔を上げた。数十秒ほどして、部屋の戸が開いた。

 何が出てくるか……身を固くする灯に前に出てきたのは、給仕服に身を包んだナシコだった。

 

「あ……ナシコちゃ……」

 

 一瞬喜色を浮かべたものの、灯とナシコの関係はあまりよくない。

 前にデスビームを撃たれた程度の間柄だ。

 その彼女が、灯の前に立って見下ろしてきている。

 

 手に箒と塵取りを持っている辺り掃除に来たのだろうが、本当に彼女はここの使用人になってしまったのだろうか。真っ暗な瞳からは何も読み取れない。

 

「あのっ!」

 

 だから灯は、彼女から事情を聞きだそうとした。

 

 

 

 ──────────。

 ────────。

 ────。

 

 

「ッ!」

 

 バシン、と強い音が鳴った。

 倒れた椅子が砕けるように壊れて、投げ出された灯は、打ち付けた体よりも痛む頬に手を当てた。

 手を振り切った体勢で荒い呼吸を繰り返すナシコの目には、明確な怒りが浮かんでいる。

 

「……!」

 

 じんじんと熱が高まる頬に、キッとナシコを見上げた灯は、跳ね上がるように立ち合がって腕を伸ばした。

 反応したナシコがもう一度手を振るえば、その手を取って引き、自分の方へ体勢を崩させる。

 すれ違うように手を伸ばし──。

 

「っ!」

 

 抱き締めた。ナシコの顔が胸にうずまるように、『大好き』が伝わるように。

 強く強く、逃がさないように腕に力を籠めれば、抜け出そうとしたナシコの力が弱まった。

 

「……ナシコちゃんの、本当の気持ちはわかりませんけど……でも、私は……ナシコちゃんが大好きだから……! どうか、流されないで……!」

「……」

 

 話を聞いた。ナシコの今の気持ちもわかった。どうしてここにいるのかも、ここにいたいのかも。

 でもそんなのは、本当の彼女ではないと灯には感じられた。

 見ていられなくて、自分の大好きなナシコに戻ってほしくて自分の気持ちを伝えた。

 

 けれど答えは拒絶だった。

 

「きゃっ!」

 

 胸に当てられた手に押されて、さすがにその力には抗えずにしりもちをついた灯は、ナシコが自身の胸に手を押し当てて後退るのを見た。

 大胆に心に踏み込んでくる灯が怖かったのかもしれない。元来奥手なナシコには灯のようなタイプは苦手なのだろう。

 

 実のところ、それだけではない。……あの日にお店のステージで見た灯は、今のナシコには眩しすぎる存在だった。自分よりもアイドルのようで、妬ましかった。

 その気持ちが直接行動に出てしまうほど自分が追い詰められている事を知って、だから……。

 

「おおナシコちゃん、そんなに怒っては血圧が上がってしまうよ」

 

 のそのそと部屋に入ってきたのは、腰の曲がった老人だった。

 しわくちゃの顔を綻ばせて猫なで声で語り掛ける姿は怪しいの一言に尽きる。

 馴れ馴れしい老人の登場に呆気に取られていた灯は、一礼したナシコが退室してしまうのを追おうとして、通せんぼされるのに困惑した。

 

 この人はいったい誰なのだろう。パーティでは見なかったけれど……?

 

「うん、うん。私は医者だよ、お医者さん。主にここの主人の面倒を見るのが仕事だ」

「あ、そうなんですか……それでは!」

 

 よくわからないので話を合わせて頷きつつ横を抜けようとした灯は、腕を掴まれるのに阻まれてしまった。

 

「医療だけじゃないよ、私はね、これで催眠術も得意なんだ」

「えっ?」

 

 さあ、昨日今日のことは忘れさせてあげよう。

 そういって不思議な道具を取り出す老人に、灯はどうしてか逃げ出すことができなかった。

 

 

 

 

「ご主人様……」

 

 広い食堂にて一人で食事をしていたリョーサンは、灯の様子を見に行かせていたナシコが返ってくるのに顔を上げると、首にかけたナフキンで口を拭った。

 

「おおナシコちゃん、あの子はどうだったかな?」

「……」

 

 残念ながら話しかけても反応はない。

 車椅子の後ろについた彼女はおもむろに櫛を取り出すと、残り少ないリョーサンの髪を梳き始めた。

 

「いや、あの、それ必要ないんじゃけども……」

「……」

 

 話しかけても反応はない。

 暗い目をして淡々と作業をこなすナシコは、特に楽しそうな訳でもなさそうだった。

 しばしの間食事もできず大人しく奉仕を受けていたリョーサンは、ようやく解放されるときっちり整えられた頭に手を添えてにかっと笑った。うーん、キマッとる。

 

「どうぞ」

「おお、ありがとうウィローちゃん」

 

 そっ、とグラスを差し出したのは、小柄なメイドさん。

 世界一知名度のあるアイドルとして手に入れたナシコにくっついてきた、世界一知名度のあるアイドルグループのウィローだ。粛々とグラスに飲み物を注ぐ彼女を、リョーサンは目を細めて眺めている。 

 

「うはははは、世界一のアイドルであるナシコちゃんとウィローちゃんをついに手に入れたぞ!」

 

 世界一美味いコーラ、ゴッツクリアコーラを掲げ、ご機嫌に宣言するリョーサン。

 その手段は、彼の主治医であるシャゲの催眠術である。

 そんな曖昧な手段で手に入るのか不安であったが、実際こうして甲斐甲斐しくお世話をしてくれるようになったのだから問題はなかったのだろう。

 

「そしてナシコちゃんには、あ、あーんを……!」

「はーい……♡ どうぞ?」

「世界一売れているチップス、フラワープティングコラボ1枚カード付き……ほわわ、ナシコちゃんのおててで食べさせてもらえるのは夢のようだが、ぷ、ぷりん味……わ、わしの口には合わんなぁ」

 

 最近の若者はこういうのを好んで食べるのだろうか?

 いや、このカード集めが社会現象となって、中身を捨てる者が続出し、ナシコとウィローが注意するというCMが作られていたはずだから、やっぱりあんまり美味しくないとみんな感じているのかもしれない……。

 というかようやっとナシコが喋ったのだが、真顔である。横に立つウィローも真顔であった。催眠術の弊害なのか……美人がそんな顔をし続けていると正直怖い。

 

「……うわははは」

 

 とりあえず笑って恐怖を誤魔化したリョーサンは、侍らせた二人にじーっと見つめられて縮こまりながらちまちまと食事を再開した。


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