おでんの屋台でクダを巻くWA2000ちゃんと、それに付き合うスプリングフィールドさん   作:長野亮太郎

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おでんの屋台でクダを巻くWA2000ちゃんと、それに付き合うスプリングフィールドさん

 たとえ世界が荒廃していようとも、商魂たくましい人々はたしかに存在する。

 端的にいってしまえば、人さえいれば商売になるのだ。それが戦場であったとしても。

 

 グリフィンの基地からほど近いところに、赤提灯を煌々と灯した屋台が来ていた。

 赤提灯には『おでん』の文字。すっかり寒くなってきた今時分にはぴったりだ。

 屋台の大将はいったいどこから食材を仕入れてきたのだろうか。大根にたまごにがんもどき、しらたき、はんぺんにタコ。様々な食材が煮込まれている。

 基地より先は戦場。基地に近いということは、戦闘に巻き込まれる可能性もある。それを承知の上で屋台を引っ張ってくるのだから、大将の豪胆っぷりは大したものだ。

 そして、席にはふたりの女性が座っていた。

 

「ちょっと、聞いてるの? スプリングフィールド?」

 

 屋台の上酒 ワンカップを片手に、既に出来上がっているのがひとり。

 

「はいはい。ちゃんと聞いていますよ。WA2000」

 

 その隣で大根をつついているのがひとり。

 既に出来上がっているほうはWA2000、大根をつついているほうはスプリングフィールドという。ふたりとも、グリフィン所属の戦術人形である。

 

「あーもう。嫌われた。絶対に嫌われたー」

 

 ワンカップをあおるWA2000の頬は既に赤く、目もとろんとしている。

 酔っ払っているのは誰の目から見ても明らかだが、それでも飲むのをやめようとはしていない。

 

「大将! もう一杯!」

 

 たくさん飲んでたくさん食べてもらうのは売り上げに繋がるから願ったり叶ったりだが。さすがにこの出来上がりっぷりは少し心配になろうというものだ。

 大将はちらりとスプリングフィールドを見る。彼女もワンカップを置いてはいるが、思い出したようにちびちびとやる程度なので、中身はほとんど減っていない。さっきからおでんをつついているだけだ。飲めないのではなく、飲まないようにしているのだろう。

 大将の視線に気付くと、スプリングフィールドは「ごめんなさいね」とでも言いたげに微笑んだ。止めないところを見ると、もっと飲ませていいと判断しているのだろう。

 お連れさんがそう言っているであれば仕方ない。大将はワンカップの蓋を慣れた手つきで開けると、そのままWA2000の前に置いた。

 

「あーあ。飲まなきゃやってらんないわ」

 

 WA2000はそのワンカップをあおる。

 別段飲みやすい酒でもないのだが、机の上にはワンカップの残骸が何本も転がっている。

 

「また指揮官に憎まれ口を叩いちゃったもんねー。今度こそ嫌われちゃったなー」

 

 彼女が荒れている理由はそこにある。

 WA2000の人となりをひと言で表すとすれば、「素直になれない」。この言葉に尽きる。

 仲間内だとそんなことはないのだが、指揮官に対しては憎まれ口を叩いてみたり嫌味や皮肉を言ってみたり。それは恋慕の裏返しでもある。実に分かりやすい。

 端から見れば分かることでも、指揮官はWA2000の気持ちには気付いていないだろう。

 好きなのに素直になれない。もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。そういう時、彼女は決まって荒れる。

 

「指揮官があなたを嫌ったことなど、今までに一回もなかったでしょう? 貴女の惚れた男の人は、そんなに器の小さい人なのですか?」

 

 スプリングフィールドは、荒れたWA2000と付き合うことが多い。なので、WA2000の扱い方も充分に心得ている。

 

「……指揮官の悪口を言うな。馬鹿」

 

 途端にしおらしくなってしまう。

 その姿を少しでもいいから普段から見せていれば、気持ちだって楽になるだろうに。

 そう思ってしまうが、こればかりは言ったところでどうにかなるようなことでもない。

 誰かを好きになるということは、そういうことなのだろう。

 

「だいたい、指揮官も指揮官よ。なんで私の気持ちに気付いてくれないの?」

 

 今度はシュンとしてしまった。

 酒を浴びるように飲んで荒れていたかと思えば、こういう少女のような面影も残している。たしかに戦闘能力は一流なのだが、精神的にはまだ幼いというか、なんというか。

 

「あなただって指揮官の気持ちなんて分からないでしょう? 人の気持ちなんて、言われなきゃ分からないんだから、素直に打ち明ければいいじゃない」

 

 少なくとも、指揮官だってWA2000のことを嫌ってはいないはず。色々言われてもめげずに彼女とコミュニケーションを図ろうとしている。それが好意から来ているのかどうかまでは分からないが、一生懸命努力している。

 WA2000もそのあたりは理解しているはずなのだが。

 

「私は殺しのために生まれてきたの。殺しのことしか知らないの。それに、あれだけひどいことを言ってきたのに、今さらどうやって気持ちを伝えればいいのよ」

 

 正面切って言えばいい。スプリングフィールドはそう思ってしまうわけだが、WA2000からすればそれが出来ないから苦労しているのだろうし。

 アドバイスらしいアドバイスもできないので黙るしかない。

 

(殺しのことしか、ねえ)

 

 たしかに戦術人形は戦闘のために――殺しのために生まれてきた。それは間違いない。

 では、WA2000が思い悩み、抱いている気持ちは、一体何なのだろうか。

 プログラムと言ってしまえばそれまでではある。しかし、スプリングフィールドが指揮官に恋慕の情があるかと言われれば、答えはノーだ。上官として尊敬できるし好ましくも思っているが、それらは信頼や親好の域からは出ない。

 一方でWA2000は、指揮官のことが好きなのに素直になれず、ひどいことを言ってしまったと苦悩し、やけ酒をあおっていたかと思えば、

 

「でも、嫌われるのはやっぱりイヤ。どうすればいいのよ……」

 

 今にも泣き出しそうな顔をしている。

 殺しのことしか知らないとのたまう戦術人形の姿とは、遠くかけ離れた姿だと言わざるを得ないだろう。

 結局のところ、彼女自身がそうだと思い込んでいるだけで、端から見れば実に可愛らしい女の子なのだ。もっと自信を持っていいと思うが、おそらく言ったところで聞いてはくれないだろう。

 

(まあ、伝えるべきは私ではないでしょうし)

 

 この場に指揮官を召喚できたらどんなによかっただろうか。

 そうすれば、自分は帰って指揮官とWA2000のふたりだけという空間も作れただろうに。

 

「大将さん。そのはんぺん、いただけますか?」

 

 注文の合間に大根をつまむ。

 すっかり冷めてしまっていたが、よく味が染みていた。

 

 

○○○

 

 

「結局こうなるんですよねえ」

 

 苦笑いのスプリングフィールド。

 彼女の背中には、すやすやと寝息を立てているWA2000が背負われている。

 酒をしこたま飲んで荒れに荒れ、まるでスイッチが切れたようにぷっつりと眠ってしまう。酒乱というか、なんというか。

 こんな姿をさらすことになるので、飲める場所は限られている。あの屋台の大将は、こちらが殺しだなんだと物騒なことを言っていたにも関わらず、プライベートな話題は振ってこなかったし、入ってもこなかった。とてもいい人だ。

 なにより、こんな最前線に屋台を引っ張ってくるぐらいの逞しい人なのだから、ちょくちょく足を運んでみてもいいだろう。

 

「んぅ……」

 

 WA2000が身じろぎをする。

 可愛い寝息は無垢な少女のようで。普段は銃を持って戦場を駆け回っているとは思えない。

 

「殺しのために生まれてきた、ですか」

 

 WA2000がことあるごとに言っている言葉だ。

 自分は殺しのために生まれてきた人形。だから殺しのことしか知らないし、分からないのだと。彼女自身、それに負い目を感じている部分があるのだと思う。まあ、殺しが得意だと誇られても、それはそれでどうかと思うのだけれど。

 

「殺しのことしか知らない存在が、こんなにも思い悩むのでしょうか」

 

 空に浮かぶ半月を見上げながら、スプリングフィールドは独りごちる。

 

「好きな人がいて、素直になれなくて、それでも嫌われたくなくて。どこにでもいる普通の女の子ではないですか」

 

 だから、殺しのことしか知らないなんて卑下することもないのに。

 自分たちは、たしかに敵を倒すために生まれてきた存在だ。しかし、その目的だけに特化した存在ではない。ただ単に殺すためだけならば、このような感情は邪魔になるだけだ。武器とその使い方がプログラムされていればそれでいい。

 喜怒哀楽や思いや悩み、人を好きになることや誰かを思いやる気持ち。戦術人形にはそういった諸々の感情がある。たしかにプログラムではあるのだろうけれど、でも、生身の人間と同じ感情を持っている。

 だから、殺しのためだけに生まれてきた存在ではないのだと。誰かを好きになって、好きな人と結ばれる権利もあるのだと。

 そう、信じている。

 

「しきかん……すきぃ……」

 

 背中のWA2000が寝言。

 本当に可愛らしい少女だ。

 

「まったく。私に伝えてどうするのですか」

 

 ため息をつくスプリングフィールド。しかし、その瞳は慈愛に満ちている。

 得物が同じ種類の銃ということもあったのだろうけど、何だかんだで自然と仲良くなってしまったので、一緒にいることも自然と多くなる。

 危なっかしくて、可愛らしい女の子。

 彼女には幸せになってほしい。スプリングフィールドは心からそう思っている。

 

「その気持ち、報われる日は来ますよ。必ずね」

 

 言葉を声に出すと、その言葉には力が宿るという。人はそれを言霊と表現した。

 言霊の存在もまた、スプリングフィールドは信じている。

 






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