【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第九話『ライバル』

 ハリーはニュートとダンブルドアを《秘密の部屋》に招き入れた。基本的にエグレは秘密の部屋で生活している。

 元々、エグレが千年以上も快適に過ごして来た空間だ。広々としていて、適度にジメジメしている。それに、安息の為のシェルターも無数にある。これ以上の棲家は中々無いだろう。サラザール・スリザリンはエグレの為に最高の環境を用意していたわけだ。

 

『エグレ!』

『マスター。事情は既に把握している。汝の思うがままに』

 

 どうやら、エグレは校長室での会話を聞いていたようだ。

 

『素晴らしい。話が早くて助かる』

 

 ハリーはトランクからエグレの食料を取り出して、以前用意した餌皿に乗せた。この餌は毎日ホグワーツの屋敷しもべ妖精がハリーに届けに来てくれている。普段、彼らは厨房で業務をこなしているそうだが、ダンブルドアが頼んだのだ。

 屋敷しもべ妖精が用意した食料をエグレは大層気に入った。ハリーはそんな素晴らしい食料を用意してくれる屋敷しもべ妖精達に敬意を持って接する事にした。見窄らしく、醜悪な姿に目を瞑り、彼らに最大限の礼儀を払っている。

 

「美しい……」

 

 ニュートはエグレを惚れ惚れと見つめた。その反応に、ハリーは嬉しくなった。これまで、エグレを見た者達は一様に恐れを抱き、このような眼差しを向ける事はなかったからだ。

 

「素敵だよ。なんとも、素敵だ。蛇の王と呼ばれる事はある」

「さすがはミスター・スキャマンダー! 分かっているじゃぁないですか!」

 

 ハリーの反応にダンブルドアは満足したような笑みを浮かべた。

 

「それでは、わしは戻るとしよう。くれぐれも言っておくが、研究に夢中になるあまり、授業の時間を忘れてはならんぞ。分かっておるじゃろうな? ニュート」

 

 何故か、ダンブルドアはハリーではなくニュートに言った。

 

「え、ええ、もちろん。分かっています、ダンブルドア先生。ええ、授業は大切ですから」

 

 ニュートはダンブルドアがいなくなると深く息を吐いた。

 

「……授業は大切だ。ハリー、時間割を見せてくれるかい?」

「え? ええ、構いません」

 

 ハリーは時間割を取り出した。すると、ニュートは杖を振るった。時間割が秘密の部屋の壁に大きく刻まれた。

 

「これで良し。僕はよく授業の時間を忘れる生徒だったんだ。でも、これなら大丈夫」

 

 ニュートは自信満々に言った。

 こんな事をしなくても、自分は時間割を忘れたりしないとハリーは呆れたけれど、口には出さなかった。

 

「それにしても、ハリー。蛇と話せるって、素敵だね」

 

 ニュートは瞳を輝かせながら言った。

 

「僕はいつも魔法生物達の声を聞きたいと願っていた」

「……だったら、覚えてみますか?」

 

 ハリーは以前、蛇語の事を調べた事があった。基本的には先天的な才能らしい。けれど、後天的に取得する事も不可能ではないと本には書いてあった。

 

「本には、パーセルマウスと向かい合う事で蛇語を学ぶ事が出来ると書いてありました」

「い、いいのかい!? それは、君にとても負担をかける事になるよ!?」

 

 目を見開くニュートにハリーは笑顔で応じた。

 

「その方が効率的でしょう。あなたもエグレの言葉が分かれば、結果的に研究の速度も練度も桁違いになる筈だ。最初の手間を惜しんではいけない。そうでしょう?」

「それは……、そのとおりだ。頼めるかい? ハリー・ポッター」

「ええ、もちろん。ミスター・スキャマンダー。エグレを美しいと言ってくれたあなただからこそ、ボクはあなたにエグレの言葉を聞いてもらいたい」

 

 ハリーはニュートと固い握手を交わした。

 

 第九話『ライバル』

 

 ハリーは最高の気分だった。大好きなエグレやゴスペルの事をどれほど熱く語っても嬉しそうに聞いてくれるニュートの存在はみるみる内に彼の中で大きく膨れ上がっていった。

 ドラコはウンザリした表情を浮かべるし、ロンはガタガタ震え出すものだから、ハリーはずっとニュートのように嬉しそうに話を聞いてくれる人間が現れる事を待ち望んでいたのだ。

 

「さーて、授業だ! フッハッハ! ヴォルデモートをぶっ殺した時点で魔法戦士としてはNo.1を取ったも同然だからな! これからは成績で一番を取ってみせるぜ!」

 

 魔法戦士隊長などという御大層な肩書を持っていながらヴォルデモートを終始打ち倒す事の出来なかったダンブルドア。もはや、優劣は決したと見ていいだろう。

 だから、ハリーはマクゴナガルに言われた通り、授業を頑張る事に決めた。結局、ヴォルデモートを倒した事について褒めてくれなかったマクゴナガルに褒めてもらいたい。その一心だった。

 

「……まあ、ヴォルデモートを倒すよりはずっと簡単だと思うよ」

 

 最近、やれやれと肩を竦める事が癖になってしまったドラコが言った。

 

「それにしても、まさかスネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の担当になるとはね」

「たしかに、驚いたな」

 

 クィレルをハリーがぶっ殺した事によって、《闇の魔術に対する防衛術》は教師不在となってしまった。そこで、ホグワーツは新任の教師を迎える事になった。

 生徒の誰もが新任教師の担当を闇の魔術に対する防衛術だと考えていたのだが、予想に反して、その教師の担当は《魔法薬学》だった。

 元々、スネイプが闇の魔術に対する防衛術の席を狙っているという噂はまことしやかに流れていた。スリザリンの上級生は、遂にダンブルドアがスネイプの嘆願を聞き入れる気になったのだろうと推理している。

 

「まあ、クィレルの授業に比べたら、ずっとマシな内容になる筈さ」

「後頭部に闇の帝王(ヴォルデモート)を生やしてた癖に、クソみたいな内容だったからな、アイツの授業は」

 

 亡きクィレルの授業をボロクソに貶しながら、ハリーとドラコ、それに後ろから黙ってついて来ているクラッブ、ゴイルは魔法薬学の教室へ入っていった。

 

 中に入ると教室内には蒸気や奇妙な臭気が充満していた。テーブルに大鍋が既に用意されていて、グツグツと何らかの魔法薬が煎じられている。

 

「やあ、ハリー。さっき先生から気に入った大鍋の前に自由に座るようにって言われたよ。気に入るも何も無いと思うんだけどね」

 

 ハリー達と同じくスリザリン生であるエドワード・ヴェニングスが言った。

 

 ヴォルデモート再殺後、スリザリンには三つの派閥が生まれた。ハリーから距離を取る者達と、ハリーに近づく者達、そして、それまでと変わらない態度を貫く者達だ。

 エドワードはそれまでと変わらない態度でハリーに接している。あまり饒舌な方ではないが、親切と礼節を知っている男だ。

 

「なるほど」

 

 ハリーは大鍋を一通り見て回った。わけのわからない物もあれば、分かる物もあった。

 

「角度によって赤く見えたり、青く見える。これは《夢見る乙女の水薬》だな」

「夢見る……、なんだって?」

「《一風変わった魔法薬》って本に書いてあった。夢の中で理想の恋人と過ごせるらしい。この薬にハマって廃人になるヤツもいるって話だぜ」

「嫌な薬だな……」

 

 ドラコは鼻をつまみながら大鍋から遠ざかっていく。

 

「おっと、そっちはキラキラと虹色に輝いているところを見ると、《性格反転薬》だな」

「性格が反対になるってのかい?」

「そう書いてあった。怒りっぽい人間は驚くほど優しくなり、泣き虫な人間は強気な人間になる。ただし、効果は1時間で切れる」

「君が飲んだら大層優しくて慈愛に満ちた人間になりそうだね」

「君が飲んだら爽やかで器の大きな人間になりそうだな」

 

 ハリーとドラコは火花を散らしながら睨み合った。たまたま教室に入って来たネビルは気絶した。

 

「おっと、こいつはいいぞ。《動物変身薬》だ」

動物もどき(アニメーガス)になれるって事かい?」

「いや、単に動物に変身出来るってだけだな。普通の変身術と大差無い。完全に動物になるから、下手をすれば一生元に戻れないって事もあり得るな」

「怖いな!?」

 

 ドラコはその大鍋にもNGを出した。

 結局、二人はエドワードと一緒に座る事にした。彼の前の大鍋の正体は真実薬(ベリタセラム)だった。

 クラッブとゴイルはその隣の大鍋の前に座っている。そこにあるのは《性別反転薬》だった。ハリーとドラコはクラッブとゴイルの性別が反転した姿を想像して、そのあまりのおぞましさに吐きそうになった。

 

 ハリー達が適当に教科書を捲っていると、徐々に教室が埋まり始めてきた。

 

「やあ、ハリー」

 

 ロンが後ろから声を掛けてきた。隣には彼の友人のシェーマス・フィネガンとディーン・トーマスがいる。二人はあまりロンにハリーと話して欲しくなさそうだった。

 

「大丈夫だって、二人共。ハリーはヤバいやつだけど、悪いヤツじゃないんだって」

「訂正しろ、ロン。ヤバイんじゃない、凄いんだ!」

「はいはい、オッケー」

 

 ロンの適当な返事にハリーは少しムッとした。最近、図太くなってきている気がする。

 

「おい、ロン! ボクの言葉を適当に流そうとするんじゃぁないぜ!」

「あっ、先生が来たよ」

「ロン!?」

 

 ハリーはなんだか軽んじられている気がした。それが少なからずショックだった。

 

「ほらね?」

 

 ロンは訳知り顔でシェーマスとディーンに言った。

 

「理不尽なわけじゃないんだって」

 

 ハリーはキョトンとした。そして、ロンがシェーマスとディーンにハリーの本質的な部分を教える為にあえて軽んじるような態度を取ったのだと悟り、耳まで真っ赤になった。

 

「お前とは絶交だ!!」

「あー、ごめんごめん。許してよ、ハリー。この通り」

「知らん!」

 

 ハリーは腕を組み、ムスッとした態度を取った。その姿にドラコは呆れた。

 

「うーん、ヴォルデモートを倒した男の姿とは思えないな……」

「何が言いたい!?」

 

 ハリー達がギャーギャーと騒いでいると、教卓の所まで来た男がコホンと咳払いをした。太った禿の老人だ。

 

「いや、元気で結構! 若者とはそうあるべきだ! しかし、授業も大切だ! さあ、こっちを向いてくれたまえ!」

 

 ハリー達が言い争いをやめて男の方を見ると、彼は胸を張りながら自己紹介を始めた。

 

「諸君らもご存知の通り、ホグワーツでは急遽人事異動が行われた。わたしもその一人だ。これから君達に魔法薬学を教える事になった、ホラス・スラグホーンだ! よろしく頼むよ」

 

 スラグホーンは生徒達を見回した。

 

「さてさてさーてと! みんな、魔法薬キットと秤と教科書を出して! 早速授業を始めるよ」

 

 生徒達が慌てて準備を終えると、スラグホーンは教卓の前に回り込み、太ったお腹を擦った。

 

「みんな、目の前の大鍋が気になるだろう? それぞれ、全く異なる魔法薬を煎じておるのだ。みんなに見せようと思ってね。中にはO.W.L試験レベルのものや、N.E.W.T試験レベルのものもある。いずれ、君たちはこうした魔法薬を自らの手で作り出す事が出来るようになるんだ! さてさて、君たちの中に、これらのどれか一つでも、正体が分かる人はいるかな?」

 

 ハリーは全力で手を伸ばした。

 

「おやおや、これは素晴らしい! この内のどれか一つでも答えられたのなら、一年生としては上出来だ! さてさて、二人も手を挙げる生徒がいるとは嬉しい驚きだ。よーし、まずはそっちの女の子から!」

「はい!」

 

 ハリーは自分以外の生徒を優先された事に歯ぎしりしながら、スラグホーンにあてられた女生徒を睨みつけた。

 それは、秘密の部屋の一件でドラコに《悪魔》と言わせた女、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

「まず、その水のように澄んだ色の魔法薬は《生ける屍の水薬》です。そして、そっちの黄金を溶かし込んだような色合いのは《カナリアの歌声》、そっちの灰色で黒いつぶつぶが浮いているのは《虫下し》で、そっちは――――」

「待て、グレンジャー!」

 

 次々に答えていくハーマイオニーにハリーは怒鳴った。

 

「なによ?」

 

 ハーマイオニーが不満そうに睨む。ヴォルデモートを殺した男に睨まれても、彼女は怯んだ様子を見せなかった。むしろ、折角気持ちよく答えている所なのに邪魔するなと言わんばかりだ。

 

「ボクだって、答えられるんだ! ボクだって、手を挙げていたんだぞ!」

「だから?」

 

 ハリーは顔を真赤にしながらハーマイオニーを睨んだ。ハーマイオニーもハリーを睨んだ。間にいたネビルはまた気を失った。

 

「あー……、じゃあ、こうしよう!」

 

 見るに見かねて、スラグホーンは仲裁に入った。

 

「えーっと、君、名前を教えてくれるかね?」

「ハーマイオニー・グレンジャーです」

「よろしい、ミス・グレンジャー。君の番は終了だ」

 

 ハーマイオニーは不満そうに頬を膨らませた。

 

「ざまぁ!」

「きぃぃぃ!」

 

 二人の空気は更に険悪になった。

 

「こらこら、喧嘩をしてはいかん」

 

 スラグホーンはパンパンと手を叩いた。

 

「さて、次は君に答えてもらおう。ハリー・ポッター」

 

 ハーマイオニーは悔しそうに黙り込んだ。ハリーは勝ち誇った顔をした。

 

「ああ、もちろん! 答えてやろう、このハリー・ポッターが!」

 

 ハリーは意気揚々と《夢見る乙女の水薬》、《性格反転薬》、《動物変身薬》を答えた。

 そして、更に答えようとした時、スラグホーンはストップをかけた。

 

「なんだ!? まだまだ答えられるぞ!」

「素晴らしい! 実に素晴らしい! だけど、次は彼女の番だ」

「なぁ!?」

 

 ハーマイオニーはふふんと嬉しそうに立ち上がった。

 

「ここからは順番に一つずつだ。一つ答える毎に交代する事!」

「……なるほど、面白いじゃぁないか!!」

「負けないわよ、ハリー!」

「勝つのはボクだ、グレンジャー!」

 

 二人の間に火花が飛び散る。

 ハリーは必死になって魔法薬関係の本から得た知識を振り絞った。対するハーマイオニーも己の知識を総動員した。

 そして――――、

 

「ファック!! このボクが……、おのれ、グレンジャー!!!」

 

 ハリーはハーマイオニーよりも先に答えられなくなった。スラグホーンは十分過ぎると褒めたけれど、そんな事はどうでも良かった。

 敗北感に打ちのめされたハリーは泣きそうになった。あまりにも悔しかったからだ。

 

 その授業の間、生徒達はスリザリンもグリフィンドールも関係なく生きた心地がしなかった。

 終始ヴォルデモートをぶっ殺した男が全力で怒気を放ち続けていたからだ。

 ただ一人、勝利の余韻に浸っている少女を除いて……。


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