【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第十三話『ルビウス・ハグリッド』

 五十年前に秘密の部屋を開いて、マートル・エリザベス・ワレンを殺害した犯人は若き日のヴォルデモート卿だった。

 そのハリー・ポッターの証言によって、一人の男の冤罪が晴らされた。

 

 当時の魔法省は《学校(ホグワーツ)で生徒が殺害される》という一大事に対してすら、人員を動員する余裕が無かった。

 ゲラート・グリンデルバルド。ヴォルデモート卿出現以前、歴史上最も恐ろしい闇の魔法使いと称されていた男の最盛期だったからだ。

 彼は《より大きな善の為に》という言葉を掲げ、多くの賛同者を集めていた。

 その勢力は一国に収まらず、ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国にまで広がっていた。

 

 マートルの殺害事件はろくな捜査もされず、死因の解明すらされなかった。

 その為、アクロマンチュラという《カテゴリー:XXXXX*1》の魔法生物を密かに飼育していたハグリッドが犯人に仕立て上げられた。

 アルバス・ダンブルドアが異議を唱え、ホグワーツの森番として働く事が出来るようにしたけれど、杖は折られ、ホグワーツを退学させられた。

 その出来事はハグリッドを長年苦しめ続けてきた。ダンブルドアの下で働く事は名誉な事だったし、幸福な事ではあったけれど、学校をキチンと卒業して、ドラゴンや魔法生物の研究に携われる生徒達の事が羨ましかった。

 

 その冤罪が解かれた事で、ハグリッドはホグワーツの授業の一つである《魔法生物飼育学》に関わる事が許された。

 教員のシルバヌス・ケトルバーンと特別講師のニュート・スキャマンダーは彼を歓迎してくれた。

 魔法生物の権威である二人と共に生徒達に魔法生物の素晴らしさを解説する時間は、彼に至福を与えた。

 

 だからこそ、ハグリッドは後悔していた。それは、数週間前にハリーを怒らせてしまった事に対してだ。

 その時のハグリッドには、どうしてハリーが怒ったのか、その理由が分からなかった。彼の常識の中では、ハリーを怒らせる要素など一つも無かった。それでも、怒らせてしまった事は事実であり、彼はその事に気づく事が出来た。

 幸いな事に、彼の傍には良き相談相手がいた。ニュートは彼に求めていた解答を与えてくれた。

 

「あまり、公言するべき事じゃないんだ。だから、これは内密に頼むよ」

 

 そう言って、彼はダーズリー家でハリーが受けてきた仕打ちを教えてくれた。その内容は、ハグリッドに大きな衝撃を与えた。

 十年前、ダンブルドアがハリーをマグルの家の玄関先に置いた時、不安がなかったわけではなかった。物心が付く前に両親を失ったハリーを、本当は傍で守ってあげたかった。いろいろな魔法生物の事を教えてあげたり、ロックケーキの焼き方を教えてあげたかった。けれど、ダンブルドアがダーズリー家に預ける事を決めた。自分よりも遥かに頭がよく、偉大な人の決めた事なのだから、それが一番正しい事なのだと思っていた。

 幸せに生きてくれている筈だと思っていた。

 

 ハリーを迎えに行く役目は、本来ならば彼のものだった。

 けれど、マクゴナガルが向かう事になったのはタイミングが悪かったせいだ。その時、禁じられた森でユニコーンの死体が発見されたのだ。森を自由に行き来できる人間はダンブルドアとハグリッドだけだった。

 だからこそ、ハリーと話が出来る機会をずっと楽しみにしていた。

 無罪を証明してくれた恩義に対する感謝の言葉も伝えたかった。

 それなのに、ハリーを傷つけてしまった。

 

 ハグリッドは悩んだ。どうしたらハリーに許してもらう事が出来るのか、必死に考えた。

 けれど、答えは見つからなかった。ハリーの苛烈な性格は、大広間でヴォルデモートを殺した時によく分かっていたからだ。

 謝っても、許してもらえるとは思えなかった。

 それなのに、

 

「謝ればいいんだよ」

 

 相談に乗ってくれたニュートはアッサリと言った。

 

「で、でもよ。それでも許してくれなかったら? おれは、ハリーに酷い事をしちまったんだぞ?」

「その時はその時だよ。それに、君が思うよりもずっと、彼は優しいんだ」

 

 そう言って、ニュートはハリーに謝る機会を作ると約束した。

 

 ハグリッドは緊張していた。もうすぐ、ハリーが来る。

 

「キュイ」

 

 彼の傍にはヒッポグリフという魔法生物がいた。

 鷲のような頭部や翼、鉤爪を持ち、馬のような胴体と尾を持つ美しい生き物だ。

 ハグリッドが飼育している中でも、彼らはとびっきりだった。

 

「バックビーク……」

 

 バックビークはそのヒッポグリフにハグリッドが付けた名前だった。

 不安そうにしているハグリッドを慰めに来てくれたようだ。

 

「……そうだな。がんばらにゃいかん!」

 

 奮い立つハグリッド。すると、遠くから声が聞こえてきた。そっと木陰から覗くと、ニュートが数人の生徒を連れて来るのが見えた。その内の一人はハリーだった。

 ハグリッドはゆっくりと深呼吸をした。

 

 第十三話『ルビウス・ハグリッド』

 

 禁じられた森の目と鼻の先に柵で区切られた場所があった。

 そこにはハグリッドがいて、ハリー達を歓迎するように両手を広げていた。

 

「よ、よう! よく来たな!」

「やあ、ハグリッド。今日はよろしく頼むよ」

「こんにちは!」

 

 ニュートとハーマイオニーが礼儀正しく挨拶をする中で、ハリーとドラコはヒッポグリフの方に視線を奪われていた。

 

「あれはなんだ?」

「グリフォン? いや、胴体が馬のようだから、ヒッポグリフかな?」

 

 二人はハグリッドを完全に無視していた。

 寂しそうな表情を浮かべるハグリッド。

 

「あなた達! ちゃんと挨拶をしなさいよ!」

「はぁ? うるさいぞ、グレンジャー!」

 

 腰に手を当ててプンプンと怒るハーマイオニーにドラコが噛み付くのを尻目に、ハリーはハグリッドを見た。

 彼にとって、ハグリッドはどうでもいい存在だった。

 ヴォルデモートの襲撃を受けた家から回収して、ダンブルドアに預けた事に恩義を感じる事も無ければ、憎む事もなかった。ただ、彼の馴れ馴れしさを鬱陶しく感じる程度だった。

 

「ミスター。僕に何か?」

 

 気晴らしに来た筈なのに、こうして気を遣わなければならない事にバカバカしさを感じていた。

 けれど、ニュートの期待の篭った眼差しを無下にする事も出来なかった。

 

「は、ハリー。その……、すまんかった!」

 

 頭を下げるハグリッドに、ハリーはため息を零した。

 

「別に、あなたが謝る事なんて何もありませんが?」

「……お、俺、お前さんがちゃんと幸せに生きとると思い込んどった。お前さんが……」

「ストップ」

 

 それ以上の事を喋らせる気はなかった。屈辱の十年を、ハリーはあまり人に知られたくなかった。

 ハリーはニュートを少しだけ睨んだ。ニュートはすまなそうな表情を浮かべる。ハリーはやれやれと肩を竦めた。

 

「……ハグリッド」

 

 ハリーは彼の肩に手をおいた。丁度、頭を下げていた彼の肩は丁度いい高さにあった。

 

「あなたの事は、別に怒ってなどいないんだ。だから、今日もこうしてあなたのペットを見せてもらいに来た。だから、どうか普通に接して下さい」

「ハリー!」

 

 ハグリッドはハリーの言葉に感極まった表情を浮かべ、全力で抱きしめた。

 ハリーは万力に締め上げられたかのような痛みを感じて怒鳴りつけようとした。

 けれど、その前にハグリッドが言った。

 

「……ありがとな、ハリー。お前さんのおかげで、俺は無実を証明してもらえたんだ。五十年前、秘密の部屋を開けたのは俺だって疑われてよう……」

 

 ハグリッドは涙を零していた。

 ありがとうと、すまない。その二つの言葉を交互に呟きながら、泣きじゃくり続けるハグリッドに、ハリーは毒気を抜かれてしまった。

 彼はあまりにも純粋で、無垢だった。まるで、ゴスペルのように。

 

「やれやれだな」

 

 ハリーはしばらくの間、ハグリッドの好きにさせた。

 ようやく解放された時には、ハリーの服はハグリッドの涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていて、ハリーは冷たい眼差しをハグリッドに向け、ハグリッドは平謝りをした。

 ニュートが魔法で綺麗にしてくれなければ、ハリーはハグリッドに呪いの一つでも掛けてやろうかと思うくらいには怒っていた。けれど、その怒りも長続きはしなかった。

 ゴスペルが同じように服をベチャベチャにしたとしても、怒る気になどなれない。ハグリッドに対しても、そういう心境になっていた。

 

「……それで、ボク達に見せてくれるというのは、あのヒッポグリフの事ですか?」

 

 ハリーが問いかけると、ハグリッドは嬉しそうに頷いた。まるで、犬のようだとハリーは思った。

 いつの間にか喧嘩をやめて、ハリーの怒りがいつ爆発するかと身構えていたドラコとハーマイオニーはホッと胸をなでおろした。

 

「美しかろう? 俺が世話をしとるんだ!」

「……そうですね。ヒッポグリフの飼育は難しいと聞いています。凄いと思いますよ」

 

 ハリーが率直な感想を告げると、ハグリッドは舞い上がった。嬉しそうにヒッポグリフの世話の大変さや楽しさを語り始めた。

 その言葉の節々に、ハリーに喜んでもらいたい、ハリーを感心させたい、ハリーに褒めてもらいたいといった、彼の感情が見え隠れして、ハリーは再びやれやれと肩を竦めた。

 

 その日、ハリー達はハグリッドにヒッポグリフとの接し方を教わった。

 ヒッポグリフの背中に乗せてもらい、三人で湖を舞台にレースを繰り広げた。

 

「ハッハー! ボク達が一番だ! 素晴らしいぞ、バックビーク!」

「キュイ!」

 

 レースはハリーが乗ったバックビークが独走状態で勝利した。

 ハリーが悪くない気分だった。

 

 それから、ハリー達はしばしばハグリッドの下を訪れるようになった。

 一年生の間は、飛行訓練の時間以外に箒に乗る事を禁じられている為、ヒッポグリフの背中に乗って空を飛ぶ事に彼らは夢中になっていった。

 

 少しずつ難しくなり始めた授業の宿題をこなし、更なる知識を溜め込もうと図書館に篭って勉強する。

 その合間にヒッポグリフレースに興じたり、ゴスペルやエグレと戯れたり、ニュートのトランクの世界を楽しんだり、ハリーの学校生活は実に充実していた。

 そのハリーに毎回振り回されているドラコも、この日常を悪くないと感じていた。単純に、楽しいと思っていた。

 

「もうすぐクリスマスだけど、君はどうするんだい?」

 

 レースに興じた後、湖の畔で休んでいると、ドラコが言った。 

 

「……ニュートは実家に帰ると言っていたな。家に招待されたけど、断ったよ」

「どうして?」

 

 問われても、ハリーには答えられなかった。

 ニュートの家に行く事に魅力を感じなかったわけではなかった。けれど、どうしてか後ろ髪を引かれた。

 

「……それより、ドラコ。君はどうするんだ?」

「僕かい? 僕は家に帰るよ。帰らないと、父上と母上が悲しむからね」

「そうか……」

 

 ハリーは湖に映り込む空を見つめた。 

 その表情に、ドラコはようやくハリーの本心が見えた気がした。

 

「……僕の家に来るかい?」

「行かない」

「そっか」

 

 二人はしばらく湖を見つめていた。

 いつしか、空から白い雪が降り始めて、ハグリッドの小屋に戻った。

 ウキウキとハリーの為にロックケーキを用意するハグリッドに、ハリーは少しだけ笑った。

 ドラコはあまりハグリッドの事が好きでは無かったけれど、クリスマスでも彼だけはどこにも行かない事に少し安心した。

*1
=魔法使い殺しとして知られる/訓練することも、飼いならすこともできない


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