【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第十五話『ボクはドラコ・マルフォイ』

 クリスマス休暇は瞬く間に過ぎて行った。ハリーは毎日のようにウィーズリー兄弟と遊んだ。フレッドとジョージは怖いもの知らずで、エグレを紹介しても逃げ出すどころか「すげー!」とか、「かっけー!」と瞳を輝かせてハリーを喜ばせた。

 

 二人に教えてもらって、ホグワーツのキッチンにも忍び込んだ。そこではホグワーツで働いている屋敷しもべ妖精達が忙しなく働いていて、その中にはいつもエグレの食事を用意してくれている者達もいた。

 マーキュリー、ウォッチャー、フィリウスの三人はハリーが来ると飛び上がり、大喜びで歓迎の支度をしてくれた。

 いくら飲んでも、いくら食べても、彼らはお菓子やジュースを次々に持って来てくれた。彼らにとって、ハリーの為に働ける事はとても名誉な事であり、喜びでもあった。他の屋敷しもべ妖精達も、そんな三人を羨ましそうに見つめている。

 ハリーはマーキュリーが用意した椅子にふんぞり返り、最高の気分に浸った。どんなに我儘を言っても怒られるどころか喜ばれる。ダメになってしまいそうだった。ハリーはすっかり彼らの事が好きになった。

 

 秘密の部屋やキッチンに行かない時は大抵中庭で雪遊びをするか、ハグリッドにヒッポグリフに乗せてもらった。

 フレッドとジョージはグリフィンドールのクィディッチチームのメンバーで、ヒッポグリフに乗るのも上手かった。ロンも最初はおっかなびっくりで苦戦していたけれど、今では自在に乗り回せている。

 ハリーを乗せるのはいつもバックビークだった。

 

 クリスマスが楽しい。それはハリーにとって、初めての体験だった。

 だからと言って、油断はしていない。

 宿敵たるハーマイオニーはクリスマス休暇の間も勉強を続けている筈だと、ハリーは確信していた。

 彼女に負けたくない。その一心で、ハリーは空いた時間の全てを勉強に費やした。

 

 ロンの兄であるパーシーは、そんなハリーの姿勢に感心した。

 図書館の常連である彼は、元々ハリーがハーマイオニーと競い合いながら勉強をしていたことを知っていた。けれど、休暇の間もまじめに勉強を続けるとは思っていなかった。

 だから、難しい参考書を開きながら唸り声を上げているハリーに声をかける事にした。

 スリザリンの生徒であり、大広間でヴォルデモートをクィレル教授ごと抹殺した問題児。だけど、ロンは変わらず彼の友人であり続けているし、ホグワーツ特急で彼がロンに対して行った親切を、彼は忘れていなかった。

 

「やあ、ポッター。分からない所があるのかい?」

「ロンの……。ええ、ここが少し」

 

 ハリーはパーシーに対して素直に接した。それはホグワーツ特急での彼のロンに対する深い思い遣りを覚えていたからだ。そして、監督生という立場もリスペクトする理由になり得た。

 パーシーはハリーの勉強に対する熱心さと、自分に対する素直さにすっかり気を良くした。

 

「分からない事があったら何でも聞いてくれ。きっと助けになってみせるよ」

 

 彼は兄弟の中で自分だけが少し浮いている事を自覚していた。弟達は彼を頭でっかちの頑固者というし、兄達も真面目過ぎると窘めてくる。だから、こうしてハリーが素直にアドバイスを聞いてくれる事が嬉しかった。

 

「ありがとうございます、パーシー。段々、内容が難解になって来まして……」

 

 ハリーも聞けば聞くほど嬉しそうに、そして丁寧に教えてくれるパーシーをますます気に入った。

 

《質問をしてはいけない》

 

 それが、物心ついた時、最初に言われた言葉だった。ダーズリーの家では、分からない事を聞く事が悪だった。だから、ハリーは何事も自分で解決しなければならなかった。

 ドラコとの勉強でも、基本的にハリーは教える側に立っていた。

 だから、こうして聞いた事に対して真摯な解答をくれる人がハリーは好きだった。

 マクゴナガルに懐いたのも、彼女がハリーの質問にキチンと答えてくれた事が大きかった。

 

「無理もない。これは二年生の内容じゃないか! 独学でよくここまで進められたものだよ! でも、基本は同じなんだ。ただ、一度に考えないといけない事が増えただけなんだよ。だから、自分の中に幾つかの箱を作る事が重要なんだ」

「幾つかの箱ですか?」

「うん。僕が普段使っている思考方法なんだ。まず、大きな箱を作る。魔法薬で例えると、これは完成させたい魔法薬だ。そして、その中に幾つかの箱を入れる。これは並列して行う作業の内容だ。更に、それぞれの箱に複数の箱を作っていく。それらはそれぞれの作業の工程さ。一つの作業が終わる度に箱をしめていく。そうする事で、次に何をすべきか? どの作業が残っているのか? そういうのが分かりやすくなる」

「なるほど……。そうやって思考を整理するわけですね」

 

 ハリーはパーシーにならった思考法を使うようになった。箱というのがミソだった。頭の中でイメージがしやすく、難解な問題も解けるようになった。

 問題の解答に至る為の要素を一つ一つ箱に入れていく。そして、箱を一つ一つ解き明かしていく。

 少しでも躓けば、パーシーが喜んで手を伸ばしてくれた。時にはオススメの参考書や、自分のお古の教科書を持ってきてくれる事もあった。

 ハリーはますますロンが羨ましくなった。

 

 勉強も遊びも、なにもかもが順調だった。

 完璧だとハリーは思った。

 そうしている内に、クリスマス休暇が終わった。

 ホグワーツ特急に乗って、自宅に帰っていた生徒達が戻ってくる。

 ハリーはパーシーに教えてもらった思考法や、フレッドとジョージに教わった秘密の浴室、それに屋敷しもべ妖精達のキッチンについて教えてやろうとドラコを待ち構えた。

 

「やあ、ハリー。ただいま」

 

 ドラコがやって来た。

 

 第十五話『ボクはドラコ・マルフォイ』

 

 ドラコ・マルフォイの魂を奪い取るのは容易い事だった。拷問には思いの外耐え抜いたけれど、両親の死をチラつかせれば、彼はそれだけで反逆の意志を失った。

 自我は極限まで希釈され、見事な器となった。そこに、ボクは自らの魂を注ぎ入れた。

 今や、ボクこそがドラコ・マルフォイであり、そして、ヴォルデモート卿なのだ。

 

「ハリー。クリスマスはどうだった?」

 

 ボクの目の前にはハリー・ポッターがいる。ドラコは彼の親友だ。つまり、ボクの親友という事になる。

 他愛のない会話を楽しみながら、ボクはハリーを隅々まで観察した。

 本体(オリジナル)を抵抗すら許さずに抹殺した少年。今代のスリザリンの継承者。

 ボクは彼に怒りも憎しみも懐いてはいない。むしろ、好意を懐いてすらいる。

 それはきっと、彼とボクには不思議と似通った部分があるからだ。二人共混血であり、孤児であり、マグルに育てられ、蛇語を話す。それに、見た目*1もどこか似ている。

 まるで、生き別れた兄弟と再会したかのような気分だ。

 ボクはもっとハリーを知りたいと思った。ドラコの記憶だけでは足りない。

 だから、ここに来た。アルバス・ダンブルドアの懐に入り込むリスクを承知の上で。

 

 ドラコは常にハリーの傍にいた。ボクも彼に倣い、常に彼の傍にいる。

 授業を受けて、図書館で自習に励み、時にはハグリッドにヒッポグリフを借りて空を飛ぶ。

 

 数日が経つと、ボクは更なる共感を彼に抱いた。

 知識に対する貪欲さ。ペットの蛇に対して向ける愛情。常に上を目指す向上心。校内で殺人行為を見せつけて尚も人を惹きつける魅力。過去を隠す事に対する頑なさ。ダンブルドアに対する怒り。

 そして、最も親しい存在である筈のドラコ(ボク)にすら一線を引き、孤高であろうとしている所。

 まさに、学生時代のボク自身を見ているかのようだった。自分が精神だけでタイムスリップをして、第三者の目で自分自身を見ているかのようだ。

 

 

「あら? その本、わたしが随分前に読んだものね。頑張ってるじゃない!」

「ッハ! ペースを上げ過ぎて、息切れしない事だな、グレンジャー!」

 

 ただ一つ気に入らない点は、穢れた血が事ある毎に突っかかってくる事だ。

 無視してしまえばいいと何度言っても、ハリーはグレンジャーが来る度に立ち上がり、舌戦を繰り広げた。まるで、それを楽しんでいるかのようで、ボクは少しイライラした。

 マグル生まれが、まるでボク達と対等な存在かのように振る舞うなど、身の程知らずにも程がある。

 

「いい加減にしたらどうだ?」

 

 二人の舌戦に割り込むなど、あまりドラコらしくない行為だが、この程度で疑われる事は無いだろう。

 そもそも、ドラコの肉体が他人(ボク)に奪われているなど、想定出来る筈がない。

 

「ハーマイオニー・グレンジャー。君は寂しいのか? いつも図書館で一人っきり。友達がいないのかい?」

 

 図星なのだろう。さっきまで元気よく動いていた口が奇妙な形で固まってしまっている。

 

「だが、だからと言って……、なぁ? 他寮の男子生徒に突っかかって、それで構ってもらって嬉しいのかい? 老婆心ながら忠告させてもらうけど、君は、もう少し客観的に自分を見た方がいい。実に愚かで、そして、滑稽だ」

「……ドラ、コ。あなた……」

 

 グレンジャーは小刻みに震えながら唇をキュッと閉じた。そして、鼻を啜ると、ボク達に背中を向けた。

 これで、二度とボク達の邪魔をする事はないだろう。

 

「おい、グレンジャー!!」

 

 それなのに、ハリーはグレンジャーを呼び止めた。

 まさか、慰めるつもりなのか? そう思って、ハリーを見ると、彼は実に愉快そうに嗤って言った。

 

「クリスマスに買ってたプレゼント用の羽ペンセットの調子はどうだ?」

 

 ハーマイオニーはピタリと立ち止まると、一瞬ハリーを見た。そして、険しい表情を浮かべると、今度こそ図書館を飛び出して行った。

 

「……羽ペンセットって、何の話だ?」

「アイツ、クリスマスにプレゼント用の羽ペンセットを買いやがったんだ。不思議な事に、何故か誰かにプレゼントした筈の羽ペンをアイツは使ってるんだ」

「まさか、自分用に? そこまでいくと滑稽を通り越して哀れだな」

 

 誰にも貰えないからといって、自分でプレゼントを買う人間なんて初めて見た。

 散々イライラさせられたけれど、最後に笑わせてもらったからイーブンにしておこう。

 

 ◆

 

 ハリーが秘密の部屋に行っている間、ボクは別行動を取っている。

 オリジナルはバジリスクに正体を看破された為に窮地に立たされた。今の状態のボクの事まで嗅ぎ分けられるのかは分からないけれど、余計なリスクは避けるべきだろう。

 折角の自由行動をボクは有意義に使う事にした。向かう先は《必要の部屋》と呼ばれる場所だ。

 ホグワーツの数ある隠し部屋の中でも最も発見が困難な場所の一つであり、同時に最も謎に包まれた部屋でもある。

 七階にある、バカのバーナバスのタペストリーの傍で必要と思う事を念じながら歩いていると、壁に扉が現れ、思い描いた空間が生成されるのだ。

 例えば、隠す場所を必要だと念じれば、物を隠す為の空間が姿を現す。

 

 この空間の最も奇妙な点は、生成される空間は《何を必要としたか》によって無数に生み出される一方で、《同じ内容》で生成された部屋は同じ空間として現れる事だ。

 ボクが隠す為の空間を生成して中に入ると、そこには既に無数の隠し物が溢れていた。これはつまり、これだけの隠し物を隠した人間が各々この空間を作って、物を隠してきたという事だ。

 そもそも、無から有を生み出す事は出来ない。魔法の力をもってしても、これは絶対の原則だ。

 考えられる可能性は、ホグワーツのどこかにこれらの空間が格納されていて、必要とされた時にだけ接続されるというもの。けれど、そうなると無数の空間を予め用意しておく必要があるし、格納する場所も問題となる。

 この謎は、今も解き明かす事が出来ずにいる。

 

「……ホグワーツの設備は創設者の一人であるロウェナ・レイブンクローが一手に引き受けたと言うけど」

 

 偉大なるヴォルデモート卿ですら理解の及ばない叡智。

 とても、同じ人間とは思えない。

 

「っと、ここだな」

 

 しばらく必要の部屋の中を物色していると、目当ての物を発見する事が出来た。

 サファイアのような楕円形の宝石が埋め込まれている髪飾り(ダイアデム)だ。下の方にはレイブンクローの有名な言葉である《計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり》の文字が刻まれている。

 これは、ヴォルデモート卿が作った分霊箱の一つであり、偉大なるロウェナ・レイブンクローが所持していた物でもある。

 一説によれば、これを身に着けた者は知恵が増すと言われている。

 

「……妙だな」

 

 ボクはオリジナルの消滅と共に、魂を取り込む事なく自我を取り戻していた。

 おそらく、分霊箱に封じられていた魂の断片は常にオリジナルに何かを吸われ続けていたのだろう。それが無くなった事で、それぞれが個として独立出来るようになったのだと考えている。

 けれど、レイブンクローの髪飾りの分霊箱は触れてみても何の反応も示さなかった。少なくとも、何らかのアクションはあると思っていた。

 

「ボクが特別だっただけなのかな?」

 

 考えてみれば、ボクはオリジナルが最初に作り出した分霊箱だ。魂の二つに裂いた時の、つまりは本来の魂の半分をボクは持っているわけだ。その後もオリジナルは魂を裂き続けた。ひょっとすると、一番魂を多く持っていたのはオリジナルや他の分霊箱ではなく、ボクだったのかもしれない。だから、ボクは自我を取り戻せたのかも知れない。

 

「まあ、いいか」

 

 ボクは髪飾りを元の場所に戻した。

 自我を持っていないのなら、持ち出しても旨味がない。この場所なら早々見つかる事もないだろう。

 そろそろハリーが秘密の部屋から戻る頃合いだろう。

 ボクは必要の部屋を後にした。

 

 ◆

 

「……ハリー。君は闇の魔術に興味はないの?」

 

 冬が過ぎ去った頃、いつものように図書館で勉強している途中で、ボクは周囲に邪魔者達がいない事を確認しながら問いかけた。

 穢れた血のグレンジャーや、血を裏切る者のウィーズリーが居ては、こういう話が出来ない。

 

「もちろん、イエスだ。武器は多いに越したことはないからな」

 

 そう言うと思った。ボクも、その考えの下で学生時代に闇の魔術を探求した。

 学生が気軽に使える下位の闇の魔術(ジンクス)ではなく、戦う為の中位の闇の魔術(ヘックス)上位の闇の魔術(カース)がボクには必要だった。

 

「君は闇の魔術に詳しいのかい?」

「それなりにね。今後はそっちの勉強もしてみない?」

「悪くないな」

 

 経歴は立派なものだけど、やはり彼は十歳の子供に過ぎない。まだまだ無知で、向こう見ずだ。

 好奇心を刺激してやれば、素直に誘惑に乗ってくれる。

 可愛らしいものじゃないか。

 

 ハリーの内に宿るダンブルドアに対する怒りを丹念に育て上げよう。

 そして、ヤツの喉笛を食い破る為の牙と爪を与えよう。

 ハリー・ポッター。もう一人のボク。君となら、共に歩むのも悪くない。

*1
トム・リドルとしての


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