【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第十六話『静かなる戦い』

 ハーマイオニー・グレンジャーは誰も使っていない女子トイレの中で泣いていた。

 

 ―――― 君は寂しいのか? いつも図書館で一人っきり。友達がいないのかい?

 

 頭の中でドラコ・マルフォイの言葉が反響し続けている。

 彼の言葉を、彼女は否定する事が出来なかった。実際、彼女には友人と呼べる存在が一人もいなかった。クリスマスプレゼントも家族の他にくれた人は一人だけだった。

 

「……なんなのよ」

 

 ハーマイオニーは懐から羽ペンを取り出した。これは、自分で買ったものではなかった。

 家族以外からの贈り物だった。

 本人には照れくさくて言えないけれど、彼女にとっては大切な宝物になっていた。

 それなのに――――、

 

 ―――― クリスマスに買ってたプレゼント用の羽ペンセットの調子はどうだ?

 

 まるで、バカにするような口調で、彼は言った。

 

「わたしが買った羽ペンの調子なんて、あなたが一番知ってる筈じゃないの!!」

 

 クリスマスの時に、ハーマイオニーは確かにプレゼント用の羽ペンセットを買った。けれど、それは自分で使うためではなかった。

 ハリー・ポッター。顔を合わせる度に、どうしてか喧嘩になってしまう男の子。彼に贈ったのだ。

 そして、彼も贈ってきた。まったく同じ物だった。

 最初は不要だと送り返されたのかと思った。けれど、それは時間的にあり得なかった。

 それに、プレゼントの箱も彼女が用意した物とは違っていて、

 

《それを使って、もっともっと勉強する事だな! 学年末試験で決着をつけようじゃないか!》

 

 という文章が添えられていた。

 彼が彼女の為に用意したものである事に、疑いの余地はなかった。

 

「ドラコも、ハリーも! あんな事を言う人だなんて思わなかったわ! あんな……、ひどい……」

 

 いっそ、羽ペンを捨ててしまおうかとも思った。けれど、捨てられなかった。

 それから、彼女はしばらく泣き続けた。

 

 涙が枯れると、彼女は羽ペンをジッと見つめた。

 やがて、彼女の眼が徐々に見開かれていく。

 

「……使ってた」

 

 彼女はハリーがドラコとの勉強中に自分が贈った羽ペンを使っていた事を思い出した。決してぞんざいには扱わず、大切に使ってくれていた。

 ゆっくりと、ハーマイオニーは思考を巡らせ始めた。

 

「わたしが買った羽ペンはハリーが使ってる。でも、ハリーはわたしに、わたしが買った(・・・・・・・)羽ペンの調子を聞いた。彼が買った(・・・・・)羽ペンなのに……」

 

 違和感に対して、いくつもの疑問をぶつけていく。

 ハリーはプレゼントされた羽ペンを大切に使っている事を彼女が知っていると思った。だから、友達ならここにいるぞ、という捻くれた友情の言葉だったのかもしれない。

 そう考えて、即座に違うと確信した。

 彼がそんな直接的な優しさを自分に向けてくれるとは思えなかったし、あの時の顔には紛れもない悪意があった。

 

「……見た目は同じ物だけど、違う物?」

 

 ハーマイオニーは思わず笑ってしまった。

 バカバカしい。いくらなんでもありえない。

 

「ドラコはあんな酷い事を言う人じゃない! ……って思ってるわけ? わたし……」

 

 ドラコは偽物で、だから、本物なら言わないような酷い事を言ったのだ。

 そんな程度の低い妄想をしてしまう程、自分は傷ついていたのかとハーマイオニーは驚いた。

 そして、その妄想が真実か否かを確かめようと思ってしまった自分のバカさ加減に呆れた。

 

 ◆

 

 ハーマイオニーが向かったのは秘密の部屋の入り口だった。嘆きのマートルというゴーストがいる女子トイレ。

 中に入ると、扉としての役割を持つ筈の洗面台が無くなっていた。代わりに大きな穴が開いている。今現在、下に誰かがいる証拠だ。

 意を決して飛び降りると、そこには待ち構えていたかのようにハリーがいた。隣には、ボロ布を着た奇妙な妖精がいた。それが屋敷しもべ妖精なのだとハーマイオニーはすぐに気がついた。

 

「……遅かったな。貴様なら、早急に気づくと踏んでいたのだが?」

「ウソ……。じゃあ、まさか!?」

「ああ、そういう事だ」

 

 ハリーは怒りに満ちた表情を浮かべて言った。

 

「……アレは偽物だ」

 

 第十六話『静かなる戦い』

 

 時間を遡り、クリスマス休暇が終わった直後の事だ。

 ハリーが秘密の部屋に入ると、バチンという音と共にマーキュリーが現れた。青い瞳が特徴的な屋敷しもべ妖精だ。

 

「マーキュリー? どうしたんだ?」

 

 ハリーは驚いた。マーキュリーに限らず、屋敷しもべ妖精達はエグレを恐れている。

 恐れていても、エグレの為に完璧な仕事をしてくれるから、ハリーは彼らを信頼しているのだ。

 

「も、申し訳ありません。許可も得ずに……。は、ハリー・ポッター様にお伝えしておきたいこ、事がありまして……」

 

 辺りをキョロキョロと見回しながら、マーキュリーは挙動不審になりつつも言った。

 自分の膝を抓っている。自分で自分に罰を与えているのだ。

 

「なんだい?」

 

 ハリーは片膝をつき、子供よりも小柄なマーキュリーに視線を合わせた。そして、膝を抓っている手を取った。その態度にマーキュリーは跳び上がり、薄っすらと涙を浮かべた。

 

「は、ハリー・ポッター様! あなたは監視されています!」

 

 意を決した様子でマーキュリーは言った。

 

「……詳しく教えてもらえるかい?」

 

 マーキュリーは何度も頷いた。

 

「その者は屋敷しもべ妖精なのです! エグレ様を恐れてか、今は秘密の部屋の入り口付近をウロウロとしております! い、今ならば内密にご報告出来ると思い……、その!」

「……ありがとう。そうか、屋敷しもべ妖精を使っていたのか……」

 

 ハリーはマーキュリーの頭を優しく撫でた。

 マーキュリーは鼻を啜りながら表情を引き締めた。

 

「は、ハリー・ポッター様を監視するなど! 同族として許せません!」

「いや、その屋敷しもべ妖精に罪は無い。許してやってくれ」

「はえ?」

 

 零れそうな程の大粒の瞳を更に大きく広げるマーキュリー。

 

「屋敷しもべ妖精は命令されただけだ。ボクの敵はその後ろにいる。……君達が気付いた事を、その屋敷しもべ妖精は気付いているのかい?」

「い、いいえ! 気付いてはいない筈です! わ、わたし達は細心の注意を払いました! 問いただすべきか悩みましたが、どうもその……、様子がおかしい事に気づきまして……」

 

 マーキュリーの言葉が尻すぼみになった。

 

「どうしたんだ? どう、おかしかったんだ?」

「ま、まるで起きているのに、眠っているかのようで……。なんと言いますか、あの……、く、口に出すのも恐ろしい……、あの魔法のようでした……」

「あの魔法……?」

『おそらくは服従の呪文だ。操られている本人は多幸感につつまれ、まるで夢を見ているかのような状態になるからな。それを表に出す事を禁じなかったり、命令の更新を怠ったり……、要するに大雑把な指示を出して放置すると、夢遊病のような症状が現れるのだ』

 

 エグレが分かりやすく教えてくれた。

 

「……なるほど、屋敷しもべ妖精にわざわざ服従の呪文を使ったのか」

 

 ハリーは目を細めた。

 

「マーキュリー。君とウォッチャー、それにフィリウスの三人に頼みたい事があるんだ。仕事で忙しい中、申し訳ないが、頼まれてくれるか?」

「も、もちろんでございます!! ハリー・ポッター様のご命令とあれば、なんなりと!」

「ありがとう、感謝する!」

 

 マーキュリーが秘密の部屋を去ると、ハリーは思考に耽り始めた。

 

「……秘密の部屋の入り口の存在は既に開示してある。しかも、マーキュリーは屋敷しもべ妖精ならば誰でもホグワーツ内で自在に姿現しが出来ると言っていた。それでも入って来ない理由……。エグレを恐れている……。外部か……、あるいは内部か……。そもそも、どこで屋敷しもべ妖精を? 服従の呪文を使った理由は……」

 

 ハリーは瞼を閉じた。それから、パーシーに倣って、大きな箱をイメージした。その箱は屋敷しもべ妖精の後ろにいる監視者の正体だ。

 次にイメージする箱は5W1Hだ。つまり、When(いつ)Where(どこで)Who(誰が)What(何を)Why(なぜ)How(どのように)を考えるわけだ。

 When(いつ)はマーキュリーが教えてくれた。クリスマス休暇の後だ。それから、監視が始まったらしい。

 Where(どこで)は秘密の部屋以外のホグワーツ全域だ。

 Who(誰が)は不明。これを解き明かす事がとりあえずのゴールだ。

 What(何を)はハリーの監視。そして、ソレ以外の何らかの行動。まずはこれを優先的に調べる必要がある。

 Why(なぜ)は大方の予想がついていた。けれど、それだと断定してしまうのも危険だろう。これは一先ず保留としておく。

 最後にHow(どのように)。これは屋敷しもべ妖精だ。けれど、これだけとも思えない。これはWhat(何を)にも通じるものがある。二つの箱を一組にして、優先順位のトップに置いた。

 

『マスター。我はどう動けばいい?』

 

 エグレの問いかけにハリーは苦い表情を浮かべた。

 彼はエグレを極力動かしたくなかった。ただでさえ、魔法省が処分したがっているのだ。奴らに口実を与える真似は避けたかった。

 無論、口実を手にしてノコノコ現れた時は全身全霊を賭けて戦う覚悟は決めてある。

 けれど、避けられるリスクは避けるべきだろう。

 それに、ハリーは友達を道具のように扱う事はしたくなかった。

 

『……マスター。汝の敵は、我の敵だ』

 

 エグレは言った。

 

『共に戦おう』

『……エグレ』

 

 ハリーは深く息を吐いた。

 気づかない内に、隨分と女々しい臆病者になったものだと自嘲した。

 十年の間、懸命に研ぎ続けてきた刃が、すっかり丸くなっている。

 マクゴナガルと出会い、ロンと出会い、ドラコと出会い、ニュートと出会い、ロンの兄弟達と出会い、忌々しいながらもグレンジャーと出会った事がハリーをいつの間にか変えていた。

 怒りや憎しみよりも、楽しいや嬉しいを優先するようになっていた。

 

「やれやれだぜ」

 

 ハリーは髪をかき上げると、眼鏡をそっと押し上げた。

 

『力を貸してくれ、エグレ!』

『無論!』

『相棒!! オレ様も!! オレ様もいるからな!!』

 

 秘密の部屋のシェルターの一つでのんびりしていた筈のゴスペルも慌てた様子で声を上げた。

 

『ああ、頼むぞ、相棒!! お前にも頼みたい事があるんだ』

『合点承知だぜ!!』

 

 ハリーはゴスペルを腕に巻き付けた。

 

「いくぞ! 戦いの時が来た!」


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