【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第十七話『勝者の条件』

 季節は初夏に差し掛かっている。もうすぐ、学年末試験が始まる。

 ハリーは既に三年生の内容を勉強していたけれど、最近は学年末の範囲の復習に精を出している。

 それが一段落すると、ボク達は束の間の休息を取った。

 ここからは闇の魔術(おたのしみ)の時間だ。

 

「《悪霊の火》を知ってるか?」

 

 二人で闇の魔術の研究を行うようになってから、ボクは必要の部屋や禁書の棚から密かに拝借した資料をハリーにプレゼントした。

 ドラコの父であるルシウスは闇の魔術に耽溺している。ボクは彼を資料の出処の言い訳に使った。

 その甲斐もあり、いよいよハリーは闇の叡智の虜となったらしい。

 数多の術の中でも、死の呪文と並ぶほどの強力な闇の魔術に自ら関心を寄せている。

 素晴らしい。

 

「ああ、もちろん。ゲラート・グリンデルバルドが得意とした魔術だね」

「グリンデルバルド……。ニュートが話してくれた闇の魔法使いか」

 

 ニュート・スキャマンダー。ハリーと共にバジリスクの研究を行っている男だ。

 魔法生物に対して並々ならぬ情熱を燃やしている。

 ボクにとっては毒にも薬にもならない存在だ。はっきり言って、どうでもいい。

 

「どうにも、本に記されている内容は抽象的でハッキリしない。《水の中でも消える事なき呪いの火。怪物を(かたど)り、意志を持っているかのように対象へ襲いかかる》。これだけだ。詳しい使い方も載っていない」

「まあ、闇の魔術の中でも《上位の闇の魔術(カース)》に位置するものだからね。その中でもとびきりの魔法だ。一般に知れ渡るような代物じゃ無いのさ」

 

 ボクの言葉にハリーは不満そうだ。よほど、強い興味を抱いているのだろう。

 死の呪文の方が圧倒的にスマートであり、扱い易いのだが、見た目の派手さに惹かれているようだ。

 実に子供らしい。

 

「使い方を知りたいのかい?」

「ああ、知りたい」

 

 ボクの言葉に希望を抱いたのだろう。彼は期待の篭った眼差しを向けてきた。

 それが不思議と心地よかった。彼とボクの間に立ちふさがる目に見えない壁の一部が崩れたかのように感じた。

 

「なら、教えてあげようか?」

「頼む!」

 

 ハリーの無邪気な笑みに、ボクまでつられてしまった。

 心から笑ったのは、はてさていつぶりだろう。

 彼と過ごす時間は実に楽しい。

 

「《悪霊の火》は、言ってみれば《守護霊の呪文》の亜種だ。その使い方も酷似している。守護霊の方は呪文を唱える際に術者の最も幸せな記憶を思い浮かべるんだ。対して、悪霊の方は呪文を唱える際に術者の最も怒りや憎しみに満ちた記憶を思い浮かべる必要がある。呪文はそれぞれ、エクスペクト・パトローナムとエクスペクト・フィエンド。守護霊は浄化の光が術者の精神に応じた姿を象り、悪霊は呪詛の炎が同じく術者の精神に応じた姿を象る。どちらも非常に強力な防衛術であり、闇の魔術だ。そして、どちらも非常に高度な技術を必要とする。だから、どちらか一方すら使えない魔法使いが大半なんだ」

 

 ハリーは感心した様子でボクの説明に聞き入っている。それが嬉しくて、ボクは更なる知識を披露した。

 

「そもそも、この二つの呪文はいずれも《古代の呪文(エンシェント・チャーム)》とされているんだ。誰が考案したのかも定かではない。ただ、守護霊の呪文が吸魂鬼(ディメンター)やレシフォールドに対する唯一の対抗呪文である事から、歴史的に有名な闇の魔法使いであるエクリジスこそが開発者ではないか、という声もある」

「エクリジス?」

「アズカバンを作り出した魔法使いだよ。現在では、魔法省が魔法使い用の監獄として利用しているけれど、あそこは元々、エクリジスの研究施設だったんだ。彼の死後、アズカバンに掛けられていた隠蔽呪文が解けて、その存在が明るみになった時、そこは吸魂鬼のコロニーになっていたそうだ」

「つまり、エクリジスこそが吸魂鬼の生みの親という事か?」

「そういう説もあるね。生みの親だからこそ、反対呪文を作り出す事が出来た。悪霊の火は、その時の副産物なのだろう。そう主張する者もいるんだ」

「なるほど……」

 

 楽しい時間というものはまたたく間に過ぎ去っていくものだ。

 そろそろ、寮の門限が近づいてきている。ボク達は勉強道具や闇の魔術の資料を片付けた。

 

「ありがとう。参考になったよ」

「どういたしまして」

 

 ボク達は欠伸を噛み殺しながら寮に戻った。

 

 第十七話『勝者の条件』

 

 青白い光に包まれた部屋。そこに、ハリーはマーキュリーと共に秘密の部屋から姿現しをした。

 ここはエグレに教わったホグワーツの隠し部屋の一つだ。それも、完全に閉ざされていて、まともな手段では決して辿り着けない場所にある用途不明の空間だ。

 不思議な事に、管の一本すら通っていない密閉空間にも関わらず、空気は外界とほぼ同じで、むしろ清々しい程だ。

 そこに、遅れてハーマイオニーとウォッチャーが現れた。

 

「……ハリー」

「いよいよだ」

 

 ハリーの言葉に、ハーマイオニーは唇を噛み締めながら、彼を睨みつけた。

 

「本気なの? とても正気とは思えない!」

 

 彼女の言葉にハリーは微笑を零す。

 

「本気だとも、グレンジャー。だが、正気を失っているわけではない。これは覚悟だ」

「でも……、上手くいくとは思えない! ねえ、ダンブルドア先生に相談しましょう!」

「駄目だ。あのジジィは信用ならない」

「校長先生なのよ!? 今世紀で最も偉大な魔法使いよ! 誰よりも信頼出来る筈だわ!」

「だが、ヴォルデモートを倒す事は出来なかった」

 

 ハリーの言葉にハーマイオニーは「でも!」と叫んだ。

 

「いくらなんでも滅茶苦茶よ! こんなの、成功する筈がないわ! 失敗すれば、あなたは何もかもを失ってしまう!」

「分かっている」

「分かってない! 分かっていたら、こんな事、思いつく筈がない! まして、行動に移すなんて、無謀を通り越して愚かよ!」

 

 喚き立てるハーマイオニーに、ハリーは笑う。

 

「なにがおかしいの!?」

「……グレンジャー」

 

 ハリーはハーマイオニーを見つめた。

 

「貴様との決着がまだなんだ。だから、ボクは必ず勝ってみせる。信じろ」

 

 ハーマイオニーは尚も言葉を紡ごうとして、失敗した。

 口を何度もパクパクさせた後、涙を零した。

 

「業腹だが、貴様には感謝している。ボクには協力者が必要だった。それも、優秀な人間でなければならなかった。だから……」

「言わないで!」

 

 ハリーの言葉を遮り、ハーマイオニーは叫んだ。

 

「褒めないで! 優しくしないで! ま、まるで最後みたいに言わないで!! 勝つんでしょ!? 勝ってきなさいよ!! 勝ちなさい!!」

 

 ハーマイオニーの言葉にハリーは表情を引き締めた。

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 ハリーは懐からチェスの駒を取り出した。

 それは、クリスマスにロンからもらったものだ。

 

 ◆

 

 数日前、ハリーは偽のドラコに勉強の合間のほんの気晴らしだと言って、チェスの試合を申し込んだ。

 

「ナイトをFの3へ」

「ナイトをFの6へ」

「ポーンをCの4へ」

「ポーンをGの6へ」

「ナイトをCの3へ」

「ビショップをGの7へ」

「ポーンをDの4へ」

「キャスリングだ。キングはGの1、ルークはFの1へ」

「ビショップをFの4へ」

「ボーンをDの5へ」

「クイーンをBの3へ」

 

 魔法使いのチェスは駒に意志が宿っている。指し手が未熟だと、勝手に動いたり、反抗したりと普通のチェスにはない面倒な要素がある。

 けれど、二人の駒は素直に指示に従っている。

 例え、取られる事を前提とした動きを命じられても、弱音一つ吐く事はない。

 それは、二人が盤上の駒のすべてを完璧に支配している証だった。

 

「クイーンをAの3へ」

「ナイトをCの3へ。ナイトをいただく」

「ああ、こっちももらうよ。ポーンをBの2からCの3へ」

「じゃあ、このポーンをいただこう。ナイトをEの4へ」

「こっちもポーンをもらう。ビショップをEの7へ」

「クイーンをBの6へ」

「ビショップをCの4へ」

「ナイトをCの3へ。このポーンもいだたくぞ」

 

 駒の数が徐々に減っていく。

 

「ルークをEの8へ。チェックだ」

 

 先に追い詰めたのはハリーの方だった。

 

「……ふん。キングをFの1へ」

「ビショップをEの6へ」

「なに?」

 

 ドラコは怪訝な表情を浮かべた。今の一手によって、クイーンががら空きになった。ドラコがハリーを侮り、油断していた為に形勢はハリーの方に傾いていた。

 故に、今の一手はクイーンを守る為に使うべきだった。

 ハリーを見ると、狼狽えた様子はない。これが最善の一手だと確信しているかのような表情だ。

 

「……っは」

 

 バカバカしいとドラコは思った。クイーンはチェスの駒の中で最も強い。それなのに、ハリーは攻めを急いだ。これは迂闊さだ。

 勝負において、最も重要なものは力だ。強い手駒を維持し、相手の強い手駒を削る。それこそが最善だ。

 

 ―――― 大胆なのも結構だが、なにより重要な事は冷静に大局を見据える事だ。

 

 目先にばかり囚われているようでは勝者にはなれない。

 

「クイーンをいただくよ」

「……ああ」

 

 ドラコがクイーンを取ったところで、急にハリーは立ち上がった。

 

「用事が出来た」

「はぁ?」

 

 スタスタと去っていくハリーにドラコは眼を丸くした。

 まさか、負けそうになったからといって、逃げ出すとは思わなかった。

 どうやら、さっきのビショップの移動は完全なミステイクだったらしい。

 やれやれと肩を竦めると、ハリーは立ち止まった。そして、戻ってきた。

 

「言っておくが、逃げるわけじゃない。預けるだけだ」

 

 そう言うと、ハリーはクイーンをドラコに渡した。そして、自分のキングを手に取った。

 

「決着はつける。それまで待っていろ」

「……あー、オーケー」

 

 どうやら、ここから挽回する作戦を練る為の時間がほしかったようだ。

 それならそうと言ってくれればいくらでも待つものを、相変わらず素直じゃない。

 改めて、やれやれとドラコは肩を竦めた。

 

 ◆

 

 偽のドラコとのチェスを思い出す。

 あの試合、そのまま進めれば勝利するのはハリーだった。

 クイーンを取られても、すぐにビショップがチェックする。そして、キングが逃げてもナイトが追い詰める。

 どんなに足掻こうと、ハリーが差し出したクイーンを取ってしまった時点で勝敗は決していた。

 

「ヤツは勝負において、重要なものを力だと考えている。だが、それは違う」

 

 ハリーはキングの駒を握りしめた。

 

「勝利という名の栄光に至る道を歩めるのは、常に覚悟を持った者だけだ!」

 

 ハリーは空いている手で杖を握り締める。

 

「いくぞ!!」


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