【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第三十三話『親子』

 ミネルバ・マクゴナガルには子供がいなかった。

 とは言え、灰色の人生を送ってきたわけでもない。彼女の人生にもロマンスは幾度もあった。

 十八歳の頃、彼女を恋する乙女に変える存在が現れた。名前はドゥガル・マクレガー。賢くてハンサムな少年だった。

 彼と彼女は両思いの関係にあった。ドゥガルが畑で跪きながらプロポーズをした時、彼女は頬を赤らめながら受け入れた。

 けれど、二人が結ばれる事は無かった。

 ドゥガルはマグルだったのだ。彼はマクゴナガルが地元の農場主の息子だった。

 

 魔女とマグルの婚約には大きな障害がある事を彼女は知っていた。

 それは彼女の両親が魔女とマグルの関係だった為だ。

 母のイソベルは夫との生活の為に杖を捨て、家族を捨て、魔法界に留まれば得られたであろう輝かしい未来を捨てた。

 更に、彼女は夫に対して長い間魔女である事を隠していた。打ち明けた後も実直な性格である夫に秘密を抱かせ、子供達には嘘を付くように教えなければならなかった。

 イソベルと夫であるロバートの間には確かに愛があったけれど、幸福と言い切る事は出来なかった。

 その事を娘として直視し続けて来た彼女だからこそ、愛を捨てる選択をしたのだ。

 

 その後、彼女が彼以上に愛する存在は現れなかった。

 けれど、彼女に愛を与えた者がいなかったわけでは無かった。

 ドゥガルと別れ、魔法省で働いていた頃の上司であるエルフィンストーン・ウルクァートから、彼女は何度もプロポーズを受けていたのだ。

 最初はドゥガルの事があって断り続けていた彼女も、ドゥガルの死の報せを聞いて、彼に対する思いから解放され、遂にエルフィンストーンの手を取る事にした。

 どちらも決して若くはなかったけれど、ホグズミードの近くに建てたコテージで幸せに満ちた夫婦生活が続いた。

 

「……エルフィン」

 

 マクゴナガルは亡き夫の写真を見つめながら呟いた。

 彼との生活は、結婚後三年間しか続かなかった。彼が毒触手草に噛まれて急死してしまった為だ。

 けれど、彼女にとって、やはり彼は夫だった。

 

「こんな歳になって、母親になってしまったわ」

 

 恥ずかしそうに苦笑する彼女に、写真の中のエルフィンストーンはニッコリと微笑んだ。

 彼にとって、彼女の幸福こそが何よりの幸福であり、彼女の選択はその為の選択なのだと確信しているのだ。

 

「何年一緒に居てあげられるか分からないけれど、見守っていて下さいね」

 

 声は聞こえない。けれど、写真のエルフィンストーンは《もちろんだとも》と頷いた。

 今、息子は友達と一緒に部屋を準備している。

 一人で住むのが耐えられなくなって飛び出したけれど、手放す事が出来なかったコテージ。

 二階建てで、見た目よりもずっと広々としている。

 エルフィンストーンが彼女の為に建てた家。そこに再び息吹が満ちる。

 

「……ハリー」

 

 ダーズリー家に彼を迎えに行った日の事を今でも覚えている。

 満足に体を伸ばす事も出来ない階段下の物置に住まわされていた。

 体は痩せ細り、眼鏡には罅が入っていた。彼がどういう扱いを受けて来たか、一目で分かった。

 あの時、彼女は十年前の決断を後悔した。

 ダーズリー夫妻の人間性について、彼女は理解していた。けれど、敬愛するダンブルドアの判断だからと、ハリーをダーズリー家に預ける事に同意してしまった。

 ダイアゴン横丁を共に歩いた時、彼女は彼の中の闇を垣間見た。不安を抱かなかったと言えばウソになる。

 けれど、蛇を買い与えた時、彼は泣きそうな顔で《ありがとう》と言った。

 マクゴナガルは彼の中に光と闇が混在している事を悟った。

 

 時に、ヴォルデモートを上回る覇気と殺意を撒き散らす。

 時に、幼子のように愛を求める。

 

 どちらもハリーなのだとマクゴナガルは理解していた。

 彼には厳しく律する者と深く愛する者が必要だ。

 いつか、その役割は彼の傍にいる女の子が担う事になるかもしれない。

 それまでは、その役割を自分が担おうと、彼女は誓った。

 

 第三十三話『親子』

 

 ハリーとマクゴナガルの生活は思いの外順風満帆だった。

 

「母さん! ここを教えてくれ!」

 

 最初は照れていたハリーもすっかりマクゴナガルを母と呼ぶ事に抵抗を持たなくなった。むしろ、マクゴナガルの方が呼ばれる度にちょっとだけ照れている。

 毎日のように勉強に勤しみ、分からない所をマクゴナガルに聞きに来る。学生として、彼はまさに模範的な生活を送っていた。

 ハーマイオニーには負けたくない。彼は事ある毎にそう呟き、マクゴナガルを苦笑させた。

 三年生からは選択科目があり、ハリーとマクゴナガルは毎夜の如く進路について話し合った。

 マクゴナガルとしては、ハリーに教師の道へ進んでほしいと考えていた。それは彼が図書館でローゼリンデに熱心に勉強を教えてあげている事を知っていたからだ。

 けれど、ハリーは教師になるつもりなど無いと言い切った。

 

「ボクは魔法界のNo.1になるんだ! そして、マーキュリー達の境遇を改善してみせる!」

 

 魔法界のNo.1については聞き流しつつ、屋敷しもべ妖精の地位の向上にはマクゴナガルも賛成した。

 彼らの境遇についてはマクゴナガルも思う所があったのだ。それに、ハリーが大切な友人の力になりたがっている事が嬉しかった。尊重してあげたいと思った。

 

「そうなると魔法省へ就職する事になるわね。その場合の選択肢は複数あるわ」

 

 ハリーは就職という言葉に微妙な表情を浮かべた。彼がなりたいものはもっとカッコいいものなのだと主張したかったけれど、それがどんなものなのかハリー自身も分かっていなかった。

 

「けれど、ハリー。なりたいものの他に、やりたい事は無いのかしら?」

「やりたい事?」

 

 なりたいものとやりたい事。何が違うのか、ハリーには分からなかった。

 

「例えば、屋敷しもべ妖精の地位の向上はあなたにとって《やりたい事》よね? 他にも、なにかやりたい事はない?」

「……えっと」

 

 ハリーは考えてみた。

 咄嗟に浮かんだのはゴスペルとエグレだった。それからニュートが見せてくれた魔法生物達の姿だった。

 

「魔法生物かな……」

 

 ニュートが時々話してくれる冒険譚を思い出す。

 世界中には数多くの魔法生物達がいて、ニュートは彼らと出会う為に多くの冒険を繰り広げた。

 その生き方が、ハリーにはとても魅力的に思えた。

 

 少し、想像してみた。

 

 ドラコとローゼリンデ、それから……。

 仲間と一緒に魔法生物の研究の為に旅をする。

 

「ああ……、いいなぁ」

 

 ハリーは夢見るように呟いた。

 

「ボクは魔法生物の研究がしたい」

 

 その言葉にマクゴナガルは微笑んだ。

 

「それがあなたの望みなら、全力で応援するわ」

 

 そう言いながら、マクゴナガルはほんの少しだけ面白くないと感じた。

 彼が魔法生物の研究をしたいと言ったのは、明らかにニュートの影響だ。

 自分が勧めた教師はバッサリ切り捨てたのにと、僅かなジェラシーを感じた。

 

「……ハリー。動物もどき(アニメーガス)に興味は無いかしら?」

「動物もどきって、母さんが猫に変身する魔法の事だよな?」

「ええ、そうよ。動物に変身する事が出来れば、魔法生物の研究の上で役に立つかも知れないわ。あなたにその気があるのなら、わたしが指導してあげる。もっとも、動物もどきになれる者は魔法界の中でも限られているわ。選ばれた者にしか使えない極めて難しい魔法なのよ。だから、無理にとは言わないわ」

「教えてくれ、母さん!!」

 

 釣り糸に魚が掛かったかのようにマクゴナガルはこっそりガッツポーズを決めた。

 

「難しい呪文だから一朝一夕とはいかないわ。だけど、習得出来れば《N.E.W.T(いもり)》でも最高評価を貰える筈だから頑張りなさい」

「はい!」

 

 彼のこういう素直な部分と高みを目指す向上心は素晴らしい美点だとマクゴナガルは思った。

 

「フッハッハッハ! 見ていろよ、ハーマイオニー! 動物もどきを見事に習得して、変身術において貴様より圧倒的に上をいってやるぞ!」

 

 高笑いを始める息子にマクゴナガルはやれやれと肩を竦めた。

 

 ◆

 

 その頃、魔法省では騒ぎが起こっていた。

 魔法界の監獄であるアズカバンから一人の囚人が脱獄したのだ。

 脱獄犯の名前はシリウス・ブラック。かつて、ヴォルデモートの腹心だったとされている人物だ。

 看守の報告によれば、彼は脱獄直前にうわ言のように《あいつはホグワーツにいる……。あいつはホグワーツにいる……》と呟いていたらしい。

 

「局長。シリウスの狙いはやはり……」

「ああ、間違いなくハリー・ポッターだろう」

 

 魔法界の対テロ特殊部隊である闇祓い局の局長、ルーファス・スクリムジョールは腹心であるガウェイン・ロバーズに言った。

 

「……どう、思いますか?」

 

 ガウェインの問いにスクリムジョールは低く唸った。

 

「おそらく、ブラックが現れたとしても、ハリー・ポッターに返り討ちにされる事だろう」

 

 ヴォルデモートを三度も打ち破った少年。

 彼はバジリスクを使役して、悪霊の火を使いこなす。

 その戦闘力は勝敗が示すように、ヴォルデモートすら圧倒している。

 末恐ろしく、魔法省内部では彼をアズカバンに入れるべきだと主張する声も多い。

 

「問題は二人が激突した時の余波だ。これまでは幸いにも他に犠牲者が出なかったが、それは運が良かっただけの話だ。次は死者が出る可能性も否めない」

「では、ポッターを隔離しますか?」

「出来るのか? あのマルフォイとウィーズリーが足並みを揃えてハリー・ポッターの擁護派を先導している。下手をすればバッシングを受ける事になるぞ? その上、刺激されたポッターが暴れ出せば無用な犠牲を生む事に成りかねん」

「局長! 相手は十二歳の少年です! それなのに……、あまりにも情けなくはありませんか!? それに、隔離と言ってもアズカバンに入れるわけではありません! 我々が完璧な防衛網を敷いた場所に身を潜めてもらうだけです!」

「これまでの彼の行動から、我々の指示を聞き入れてくれるとは思えんな」

「局長!!」

 

 いきり立つガウェインにスクリムジョールは深く息を吐いた。

 血気盛んな性格はスクリムジョールにとって好ましいものだった。けれど、臆病さも大切である事を学ぶべきとも思った。

 バジリスクにしても、悪霊の火にしても、彼の想像を遥かに越える危険性を秘めているのだ。

 バジリスクの魔眼は視るだけで相手を殺す。その毒は魂すら破壊する。

 そして、真なる悪霊の火は一国すら焼き滅ぼす可能性を秘めた魔法なのだ。

 

「ガウェイン。ファッジは吸魂鬼にホグワーツを守らせようと考えているらしい」

「はぁ!?」

 

 スクリムジョールの言葉にガウェインは素っ頓狂な声を上げた。

 

「が、学校に!? 子供達がいる場所に吸魂鬼を!? 正気ですか!?」

 

 この世で最も邪悪な生き物とされている吸魂鬼。

 彼らを処分しないのは、処分出来ないからだ。そのあまりにも凶悪な生態を何とか利用して共存出来ないかと考えた結果がアズカバンという監獄なのだ。

 

「……残念だが、ファッジの側近連中も乗り気だ。だから、我々も行くぞ」

「我々って……」

「闇祓い局もホグワーツの防衛に参加する。過剰防衛になると言われるかもしれんが、この機に乗じればハリー・ポッターとも接触出来る。彼の本質を我々は知らねばならない。彼がスリザリンだけでなく、闇の帝王をも継承する存在だったなら、その時は覚悟を決めねばならない」

 

 ガウェインはスクリムジョールの瞳に宿る覚悟と決意にたじろぎそうになった。

 十年前の戦争でも、それから現在に至るまでにも常に最前線で闇の魔法使い達と戦い続けてきた百戦錬磨の戦士。

 その男がいよいよ動き出す。

 

「……お、お供します!」

「ああ、頼む。ダリウス、アネット、キングズリー、ロジャー、エドワードにも声を掛けておけ。それと、新参にも経験を積ませよう。ジョンとニンファドーラも連れて行くぞ!」

「了解!!」


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