【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第五章『双竜』
第四十一話『まね妖怪』


 クリスマス休暇を目前に控えたある日の事、ハリーは奇妙な少女と出会った。

 腰まで伸びるブロンドの髪は手入れが行き届いているとは到底言えないほどバラバラと広がっていて、薄い色の眉の下の目玉は飛び出し気味になっている。杖を左耳に挟んで保管していたり、バタービールのコルクを繋げ合わせたネックレスを身に着けていたり、見た目からして実に奇妙な女の子だった。

 けれど、ハリーが足を止めて彼女を見つめた理由は他にある。彼女の方がハリーをジッと見つめていた為だ。

 

「……ボクに用か?」

「あんた、ハリー・ポッターだ」

「如何にも、ボクはハリー・ポッターだ」

 

 ハリーは話の続きを待った。けれど、いつまで経っても彼女の口は動かなかった。

 

「……用があるんじゃないのか?」

「うん、無いよ」

「そ、そうなのか?」

 

 ハリーは少し恥ずかしくなった。

 注目される事が当たり前になっていた為、視線上にたまたま自分が通りがかっただけという可能性に思い至らなかったのだ。

 けれど、それを素直に認めるのは癪だった。

 

「……えっと」

「あたし? あたしはルーナ・ラブグッドだよ」

「そうか、ルーナ。その首に掛けているものはなんだ?」

 

 ハリーは恥ずかしい勘違いを誤魔化す為に大して興味もない彼女の首飾りについて聞いた。

 すると、彼女はギョロッとした目を更に見開いた。

 

「これ、ナーグル避けなの」

「ナーグル?」

 

 ハリーには聞き覚えのない言葉だった。

 

「ヤドリギに棲んでいるの。悪戯好きだからちょっかいを掛けられないようにしているの」

「ヤドリギに棲む魔法生物なのか?」

「そうだよ」

 

 ハリーは首を傾げた。魔法生物に興味を抱くようになってから、その手の書物を大量に読み漁ってきたけれど、そんな生物の記述は一切存在しなかった。

 けれど、目の前の少女がウソを吐いているようにも見えなかった。

 

「興味深いな。ヤドリギと言えば、基本的には魔除けに使われるものだ。ケルトでは神が棲んでいるという伝説が残っているほどに神聖なものだ。そこに棲んでいるという事は邪悪な存在では無いだろう。妖精か、あるいは……」

 

 ブツブツと自論を展開するハリーにルーナは更に目をギョロッとさせた。

 

「《動物》なのか、《存在》なのか……。ルーナ、どっちだ?」

 

 ハリーが訪ねても、ルーナは首を傾げるばかりだった。

 

「動物と存在って?」

「魔法省が設定している魔法生物の区分の事だ。他に霊魂も存在するが、あれはゴーストの事だからな。基本的に人間と意思疎通の出来る生物を《存在》、出来ない生物を《動物》としている」

「そうなんだ。ナーグルは動物だよ。しわしわ角スノーカックも」

「しわしわ角スノーカック……? そっちも聞いた事がないな」

「パパは見たことあるって言ってたよ。それに、他にも何人も」

「そうなのか? 興味深いじゃないか」

 

 ニュートのトランクの蔵書にさえ名前が載っていなかった魔法生物。

 興味を惹かれたハリーは更に詳しい話を聞こうと思ったけれど、授業の時間が迫って来ていた。

 

「今度、詳しい話を聞かせてくれ。ルーナも授業がそろそろ始まるから急いだ方がいいな」

「うん。でも、もう少しこの辺にいるよ」

「ん? しかし、もたもたしている時間は無いぞ。ここから一番近い教室まで、結構距離がある。次の授業は何だ?」

「魔法薬学」

「地下じゃないか!? 急いでも間に合うか微妙だぞ! 近道を教えてやるから急げ!」

 

 ハリーが慌てたように言うと、ルーナは困ったように微笑んだ。

 

「でも、教科書が無いと……」

「教科書? 落としたのか?」

「うん、失くしちゃったの」

「だったら、こうすればいいんだ!」

 

 ハリーは杖を構えた。

 

「アクシオ! ルーナの失くした教科書!」

 

 呪文を唱えると、ハリーは手持ちの羊皮紙の一枚に地下の教室までの最短ルートを書き込んだ。

 そうしている間にどこからかたくさんの教科書が飛んできた。

 

「何冊失くしてたんだ!? まったく、しっかりしろ! とりあえず、これとこれだけ持っていけ! 後はボクが預かっておく。授業が終わったら大広間に取りに来い!」

「う、うん……。ありがとう」

「いいから急げ! 遅刻など許さんぞ!」

「う、うん!」

 

 ルーナは走り去って行った。ハリーも急いで自分の授業に向かって行った。

 

 第四十一話『まね妖怪』

 

 新任教師であるリーマス・ルーピンの闇の魔術に対する防衛術の授業は去年と大分内容が変わっていた。

 スネイプの授業は理論を重視していて、闇の魔術そのものに対する理解を深めるところから始まり、それに対処する為の方法や考察法などを学んだ。

 実践なども想定していて、盾の呪文(プロテゴ)魔法停止呪文(フィニート)なども二年の時点で理論を教わり、三年ではいよいよ実践訓練に入る予定だった。

 対して、ルーピンは対人よりも対魔法生物に重きを置いている。

 ロンから最高の授業だったという評価を受けていて、スネイプには申し訳ないと思いつつもハリーとドラコは少し楽しみにしていた。二人は既にプロテゴやフィニート・インカンターテムを習得済みであり、実の所、他の大半の生徒も習得済みだった。ホグワーツではこの二つの呪文を覚えていないと生き残る事が難しいと多くの生徒が確信していた為だ。もっとも、習得にはスネイプの授業が大いに役に立った為、みんな彼に感謝していた。

 ルーピンの最初の授業はまね妖怪(ボガート)の対処法だった。

 

「ボガートについて分かる人はいるかな?」

 

 ルーピンの問いかけにハリーは真っ先に手を挙げた。真っ直ぐにピンと伸ばされた手を見たルーピンは思わず吹き出しそうになった。

 まったく同じ光景をグリフィンドールの授業でも見たのだ。

 

「では、ハリー。答えてくれ」

「形態模写妖怪だ。出会った者が最も恐れる姿に変わる。本来の姿は確認されていないが、たしか、マグルの機械を利用する事で確認が出来ないかという研究が行われていたな。対処法としては一般的に《リディクラス》が効果的だ。この呪文は守護霊の呪文や悪霊の火に近いもので、術者の恐怖とは正反対の愉快でバカバカしい空想を対象に叩きつける事が出来る。これは非存在であるボガートだからこそ効果を発揮するんだ。ちなみに守護霊の呪文でも同様の効果を得られるし、悪霊の火ならば完全に抹殺する事も可能だ。あまり知られていないが、闇の魔法使いの一人、ローワンが恐怖のあまり悪霊の火を暴走させ、諸共に滅びたという記録がある」

 

 説明を終えるハリーにルーピンは拍手を送った。

 

「凄いな、ハリー。まるで専門家のような説明だ。素晴らしいよ! スリザリンに十点!」

「当然だな」

 

 ハリーは褒められて鼻を大きく膨らませた。そんなハリーに苦笑しつつもスリザリンの生徒達はルーピンに倣って拍手を送った。

 

「ハリーも言っていたように、非存在であるボガートには精神系の呪文が効果的だ。よし、ハリー。対処のお手本をみんなに見せてくれるかい? もちろん、悪霊の火じゃなくて、リディクラスで」

「いいだろう!」

 

 ハリーは胸を張って前に出た。すると、ルーピンはガタガタと揺れている要箪笥の取手に杖を向けた。

 杖から迸った火花が取手に当たると、要箪笥は勢いよく開かれた。

 すると、ハリーの目の前には……、ハリーが立っていた。

 

「え?」

 

 その光景にドラコは戸惑った。

 彼だけではない。ルーピンも、ダフネも、エドワードも、ダンも、フレデリカも、パンジーも、誰もが呆気に取られている。

 最も恐ろしい存在として、自分自身が現れる。それは、ある意味で彼らしいと誰もが思った。だから、驚いたのはそこではなかった。

 そのハリーは、彼らが知っているハリーからは想像も出来ない程に卑屈な表情を浮かべていた。

 

「……フンッ」

 

 割れた丸い眼鏡を掛けた小柄で痩せこけた少年に、ハリーは目を細めた。

 怯えきった眼差しを真っ直ぐに受け止めると、ハリーは呟いた。

 

バカバカしい(リディクラス)

 

 すると、ボガートは一年生の時に抹殺したヴォルデモートのオリジナルの姿に変わった。

 ルーピンは血相を変えたが、ハリーはボガートを鼻で笑いながら見下した。

 

「実に滑稽だ」

 

 ハリーは振り返ると、ドラコの肩を叩いた。

 

「次は君だぜ、相棒」

「……ああ」

 

 ルーピンが止める間もなく、ドラコはボガートの前に立った。

 すると、ボガートはヴォルデモートから別の姿に変わった。

 立っていたのはドラコ自身だった。ボガートのドラコは本物のドラコをどこか小馬鹿にしたように見つめている。

 

「……バカバカしい(リディクラス)

 

 ドラコが杖を向けると、ボガートはドビーに変わった。どこか、本物よりも自信に満ち溢れた様子だ。その姿にドラコはクスリと微笑んだ。

 

「次は僕が行こうかな」

 

 ドラコが戻ってくると、エドワードが前に出た。二人の《恐怖》に対して困惑が広がっていたから、空気を切り替えたほうがいいと判断したからだ。

 彼の恐怖は魔法生物飼育学で殺されかけたフラッフィーだった。大迫力のケルベロスの出現にルーピンは言葉を失い掛けたけれど、エドワードは微笑みながら呪文を唱える。

 

「リディクラス」

 

 すると、フラッフィーは可愛いチワワに変わってしまった。

 

「次はダン。行ってみようか」

 

 エドワードは親友であるダンに声を掛けた。どんどん授業を進めてハリーとドラコの恐怖の記憶を薄めてしまおうと考えたのだ。

 ダンの恐怖は一人の女性だった。すごく怒っている様子だ。その姿を見て、エドワードは吹き出した。

 

「ダン! 君の恐怖はお姉さんか!」

「う、うるせぇ! 姉ちゃんは怒ると怖ぇんだよ!」

 

 ダンは泣きそうになりながらお姉さんの怒りを鎮めて笑顔に変えた。

 

「ダ、ダフネ! 行って来い!」

「わ、わたし!?」

 

 ダンは恥ずかしさを誤魔化す為に近くのダフネの背中を押した。

 すると、ダフネの前にはベッドに横たわる妹の姿が現れた。

 

「ひっ……」

 

 ダフネの目が大きく見開かれる。すると、傍に居たパンジーが彼女の隣に躍り出た。

 

「落ち着きなさいよ! アステリアは元気でしょ!」

 

 ダフネは青褪めた表情を浮かべながら何度も頷いた。

 

「だ、大丈夫よ。ニ、ニコラス先生と一緒なら……、きっと……、だから、リディクラス!!!」

 

 ダフネは杖を力の限り振り下ろした。

 すると、寝ていたアステリアは元気いっぱいに教室の中を走り始めた。その姿にダフネは「エ、エヘヘ……」と泣きそうな笑顔を浮かべ、パンジーは彼女を慰めながら手を引いた。

 

「ダフネ……」

 

 その姿を心配そうに見つめながらフレデリカは走り回るアステリアの前に出た。

 はやく上書きした方がいいと考えたからだ。

 彼女の前で立ち止まると、アステリアは別の女性に姿を変えた。

 

「うっ、お姉ちゃん……」

 

 フレデリカにとっての恐怖はダンと同じく怒った姉だった。

 

「リディクラス!」

 

 慌てて笑顔に変えると、フレデリカはそそくさと戻っていった。

 授業はその後も続いたけれど、何度もハリーとケルベロスが登場して、終わる頃にはハリーの表情は渋いものになっていた。


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