【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六十九話『蛇竜激突! バジリスクVSドラゴン 前編』

「シリウス! さっさと着替えなさい!」

「わ、分かってるよ、お袋さん! ネクタイが見つからないんだ!」

「だから昨日の内に準備しておきなさいとあれほど言ったのに!」

 

 ハリーが三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)に参加する事が決まった時、マクゴナガルは卒倒しそうになった。死喰い人の企みによるものだと聞いた為だ。

 下手人はハリー自身の手によってお縄についたものの、黒幕であるヴォルデモートの分霊は未だに姿を見せていない。

 シリウスなど、相手の居所も分からないのにヴォルデモートを倒そうと鼻息を荒らげながら飛び出そうとした。彼を止める為にマクゴナガルは石化の呪文を掛ける羽目になった。

 二人は不安で仕方がなかった。ただ、彼が無事にホグワーツを卒業して、大人になって、幸福な人生を歩んでくれる事だけが望みだった。

 いくら強くても、彼は子供なのだ。守られるべき者なのだ。

 

 クィディッチ・ワールドカップの後に発行された日刊預言者新聞の記事のせいでダンブルドアは動きを制限されている。

 それでも、彼を心から信じている者達は速やかに彼の指揮の下で行動を開始していた。

 嘗ての暗黒の時代、死喰い人に対抗する為に結成された組織、《不死鳥の騎士団》。

 ハリーには内緒で二人も参加していた。

 

 今回の騎士団には闇祓い局の局長であるルーファス・スクリムジョール以下、多くの闇祓い達が参加している。魔法省の内部は既に誰が敵で誰が味方かも分からない状況ながら、彼はダンブルドアに自らの心の内を見せる事で信頼を獲得し、戦いの為に部下の心を暴いた。

 これはハリーがシリウスの無罪を証明した時の開心術の有用性をスクリムジョールが認めた為だ。プライバシーもへったくれもない。故に、志願した者だけに限定した。もちろん、スクリムジョールは暴いた者に対して、自らの心も曝け出した。

 騎士団に参加した闇祓い達の覚悟に、ダンブルドアを含めた古参の騎士団や新参も胸を打たれ、自らの心を見せ合った。

 それが出来ない者は参加を許されず、まさに鉄の結束を得た騎士団はヴォルデモートの分霊を討伐するべく動き続けている。

 

 そして、今回のトーナメントでは闇祓いと共に騎士団の中でも特にハリーと近しい間柄であるマクゴナガルとシリウスが彼の護衛の任務に就くことになった。

 彼らには行動に制限が少ない事も理由の一つだった。

 

 ―――― 就職してなくて良かった!!

 

 と叫んだシリウスの頭をマクゴナガルがポカンと殴ったのは数日前の事だ。

 そういうわけで、彼らはトーナメントに観客として向かう事になったのだ。

 

「いいですか、シリウス! ハリーを守る為に行くのです! 気を引き締めなさい!」

 

 漸く準備を終えたシリウスにマクゴナガルは言った。

 

「分かってる! もちろんだ!」

 

 顔を引き締めながら、シリウスが言う。

 

「……それはそれとして、カメラの準備はいいですね?」

「もちろんだとも!」

 

 不安はある。恐れもある。

 けれど、同時にハリーの晴れ舞台に胸を踊らせてもいた。

 

「ハリーなら優勝間違いなしだ!」

 

 シリウスは大枚をはたいて購入したピカピカなカメラを構えながら満悦の笑みを浮かべて叫んだ。

 

「……貯金が尽きる前に就職なさいね」

「わ、わかってるよ……」

 

 母親の白い目から逃げるようにシリウスは家を飛び出し、マクゴナガルはやれやれと肩を竦めながら後を追いかけた。

 

 第六十九話『蛇竜激突! バジリスクVSドラゴン 前編』

 

 歓声が響き渡る。

 トーナメントの第一試合はクィディッチ用の競技場で行われる事になり、各校の教師や生徒、魔法省の役人、そして来賓の人々が観客席を埋め尽くしている。

 彼らが見守る中でルード・バグマンが発表した試合の内容は《ドラゴンから卵を奪取する》というものだった。

 その内容に多くの生徒がハリー以外の代表選手達を心配した。

 

「は、ハリー・ポッター様は大丈夫でしょうか……」

 

 青褪めた表情を浮かべる ―― 数少ないハリーを心配している ―― ローゼリンデの言葉に、ダフネやアステリアも固唾を飲んでいる。

 

「いや、ハリーは大丈夫だろ」

「むしろ、ハリーの相手のドラゴンが心配だぜ」

「セドリックはともかく、ハリーなら圧勝だろ」

「悪霊の火で焼かれるのか、バジリスクの毒で殺されるのか……」

「可哀想……、ドラゴン」

 

 しかし、多くの生徒はハリーよりも相手のドラゴンを心配していた。ドラゴンがどんな死に方をするのか悲しそうな表情で議論している。ドラゴンが生き残る事を信じている者は少数だった。

 

「おっ、始まるぜ!」

 

 ジャクソンが言うと、丁度一人目の選手が競技場に出てくる所だった。同時に大勢の魔法使いに引っ張られ、凶暴そうなドラゴンが姿を現した。

 

 ◆

 

 一人目の選手、セドリック・ティゴリーはスウェーデン・ショート・スナウト種という青みがかったグレーのドラゴンと対峙した。

 青く輝く炎を鼻から吹き出すドラゴンを相手に、セドリックは岩を犬に変身させて注意を惹き付け、その間に卵を奪った。その鮮やかな手際に誰もが称賛の言葉を彼に送った。

 

「さすがは我らがセドリック!!」

 

 ハッフルパフの生徒が集まる観客席には巨大な横断幕が垂れ下がり、そこには彼らが叫んでいる言葉と同じ《さすがは我らがセドリック》という言葉と彼のクィディッチの試合の時の写真が描かれている。

 卵を奪われた事で激昂しているドラゴンを再び大勢の魔法使いが取り囲んで抑えつけ、競技場の外に押し戻した。

 

 二番目の選手はフラー・デラクール。彼女の相手はウェールズ・グリーン普通種だった。

 青々とした草地のような鱗のドラゴンはフラーを積極的に襲う事なく、卵の傍でのんびりしていた。そこにフラーは魅惑の呪文を唱えてドラゴンを眠らせた。その隙に卵を奪おうとしたけれど、運悪く寝息と共に吹き出した細い炎が彼女の服の一部を焼き、セドリックよりも点数が低くなってしまった。それが無ければセドリックと並んでいただろうと審査員が口を揃える程、見事な手際だった。

 眠ったままのドラゴンはそのまま穏やかな寝顔のまま回収されていった。その姿が可愛いと多くの生徒が魅了された。

 

 三番目に登場したのはビクトール・クラム。彼の相手は美しい真紅の鱗と黄金の房毛のあるチャイニーズ・ファイアボール種だった。

 セドリックやフラーの相手とは比べ物にならない程獰猛なドラゴンで、抑えつけていた魔法使いが離れると共に巨大な炎を吐き出した。炎はキノコのように広がり、ボールのような形でクラムに襲いかかるが、クラムは転がるように火球を回避して結膜炎の呪いを放った。ギョロッとしているドラゴンの眼に呪いは見事命中し、のたうち回るドラゴンを尻目にクラムは見事卵を奪取してみせた。

 相手のドラゴンの獰猛さに対して、勇敢に戦ってみせたクラムの勇姿は観客達の心を射止め、前の二人よりも高い得点を手に入れた。

 

 そして、いよいよ四番目の選手が現れる。

 彼の登場と共に会場は静まり返る。

 ダームストラングとボーバトンの生徒は彼のこれまでの行動から畏怖と疑念の視線を向け、ホグワーツの生徒は彼が如何なる方法でドラゴンを圧倒するのか胸を踊らせた。

 ホグワーツの生徒達にとって、ハリー・ポッターは《死の恐怖(グリム・リーパー)》と呼ばれる程の恐怖の対象だ。けれど、同時に英雄的存在でもあった。

 

 ―――― ハリーの影響ですね。怖い所とか、圧倒されちゃう所とかもあるけど、やっぱりカッコいいから、みんな心のどこかで憧れているんです。彼みたいになりたいって。

 

 ある日、ダフネ・グリーングラスがニコラス・ミラーに対して口にした言葉だ。

 ヴォルデモート卿を三度に渡り滅ぼし、ケルベロスから同級生を守る彼は、まるで物語の主人公の如く彼らを惹き付けている。

 

 そして、いよいよ彼の相手となるドラゴンが現れる……かと思いきや、何故か大勢の魔法使いが競技場に入って来た。

 

「なにかしら?」

「なんか呪文を唱えてるぞ」

「って、何事!?」

 

 いきなり、会場の面積が数倍に広がった。

 更に、次々と防衛呪文が観客席に施されていく。

 

「なんでいきなり!?」

「これ、どうやってるの!?」

「何が起きるんだ!?」

 

 誰もが戸惑う中、役人の席にいるバグマンが音声拡大呪文(ソノーラス)を唱え、叫ぶようにいった。

 

「これより、ハリー・ポッターの試練が開始されます!! 彼が挑むドラゴンは最強と名高き、ハンガリー・ホーンテイル種!! その中でも特別な個体です!!」

 

 その言葉と共に、巨大な檻が競技場に運び込まれた。真っ黒で、隙間がほとんどない。その檻がガタンガタンと揺れ続けている。

 

「おいおい、嘘だろ!?」

 

 誰かが叫んだ。

 

「試練って言ったって限度があるだろ!!」

「ハリーを殺す気なのか!?」

「何を考えているんだ!?」

 

 生徒だけでなく、教師も立ち上がって抗議の声を上げた。それほど、異常な事態だった。

 明らかに他の代表選手達が戦ったドラゴンとは大きさが違う。

 檻の大きさだけを見ても、その中のドラゴンが人間の相手にしていい存在ではないと分かる。

 マクゴナガルやシリウスも来賓席で悲鳴じみた声を上げた。

 

 けれど、役人席に誰かが抗議に向かう前に、ハリーは杖を天に向けて呪文を唱えた。

 

「エクスペクト・フィエンド」

 

 瞬間、巨大なバジリスクが空へ舞い上がり、天を覆うようにとぐろを巻いた。

 

 あまりにも巨大で、あまりにも規格外。

 それが本当に魔法なのかと誰もが我が目を疑った。

 まるで、ドラゴンと混合されがちな中国の神話に登場する《龍》のように、悪霊の火のバジリスクは観客達を天空から見下ろし、やがて消えた。

 

「黙って見てな」

 

 音声拡大呪文を唱え、ハリーは言った。

 その言葉に抗議しようとしていた者達はゆっくりと椅子に座り直した。

 あの巨大な檻に対して、些かも恐れを抱いていない彼の姿に誰もが息を呑んだ。

 ハリー・ポッターの強さは誰もが知っている。けれど、その真髄を識る者はいなかった。

 ヴォルデモートに対しても、ケルベロスに対してもハリーは常に圧倒していた為だ。

 その限界を誰も見た事が無かった。あるとすれば、それはハーマイオニー・グレンジャーに対してのみだった。

 

 いよいよ、檻が開かれ始める。競技場にいた魔法使い達は一斉に姿くらました。

 開かれた檻からは見上げる程に巨大なドラゴンが姿を現した。

 最強のドラゴン、ハンガリー・ホーンテイル種。その特別個体。明らかに人間が対峙していい存在ではない。

 よく、こんなモノを用意出来たものだとハリーは呆れた。

 監禁されていた被害者という側面を持つとは言え、そもそも死喰い人である息子をアズカバンから脱獄させるという大罪を犯していながら、バーテミウス・クラウチ・シニアが堂々とトーナメントの運営の一員として復帰している時点で分かっていた事だが、どうやら魔法省はいよいよハリーを排除する為に動き出したようだ。魔法省内部の事はルシウスから定期的に聞いていたし、クラウチやリータの心を暴いたからこそ大方の事が分かっている。

 ルシウスやアーサーを筆頭とした擁護派が優勢と見せかけて、実際はハリー排斥派が力を蓄え続けていたのだ。そして、彼らをヴォルデモートの尖兵としてクラウチを筆頭とした死喰い人達が煽り続けて来た。

 結果がこれだ。ヴォルデモートの指示ではなく、魔法省のハリー排斥派達が自らの意志でこのような暴挙に及んだわけだ。

 

「……感謝するぜ。これ以上ない程にうってつけだ」

 

 ハリーは眼の前のドラゴンを見上げた。

 

「いくぞ、エグレ!! サーペンソーティア・バジリスク!!」

 

 呪文を唱えると、ハリーの杖の先から巨大な蛇が飛び出した。ハリーと比べれば遥かに巨大ながら、ホーンテイルと比べれば遥かに小さい。

 けれど、エグレは怯む事なく目の前のドラゴンを睨みつけ、対するホーンテイルも唸り声を止め、エグレを睨みつけている。

 二体の最強クラスの魔法生物は互いの存在を脅威であると認めた。

 睨み合う事、一分。

 渦巻く殺意に観客達は心の底から震え上がった。まるで、処刑を待つ罪人の如く、死の恐怖に呑み込まれた。

 この場から逃げ出したい。けれど、逃げ出そうにも足が動かない。

 恐ろしくて、怖ろしくて、畏ろしくて……、息をする事すら忘れそうになる。

 十分に離れている筈なのに、一瞬後には死んでいる。そんな確信めいた予感がした。

 

 そして、睨み合う二体の魔法生物は同時に雄叫びを上げる。

 その声に多くの生徒が気を失った。意識を辛うじて留めた者も、その殺意と殺意のぶつかり合いにガチガチと歯を鳴らしながら震え上がる。

 

「……エグレ」

 

 そんな中でも、ハリーは普段と変わらない様子でエグレに声を掛けた。

 

「これは……、命令だ」

 

 それはハリーがしたくなかった事だった。

 けれど、彼は下した。

 

「勝て!!」

 

 エグレに命令する事。

 エグレを戦わせる事。

 そのどちらも、ハリーが望まない事だった。けれど、それが必要な事でもあった。

 だからこそ、エグレの応えは決まっていた。

 

『イエス、マイロード!!!』

 

 その声と共に、エグレが動き出した。腕も足もなく、それなのに目にも留まらぬ速度でホーンテイルの背後に回る。

 けれど、ホーンテイルはその速度を捉えていた。巨大な銅色の尖った尾を振り上げ、エグレに向かって振り下ろす。

 その尾にエグレは長い体を絡みつかせ、そのまま胴体に向かって登っていく。すると、ホーンテイルは翼をはためかせ、その場で飛び上がった。

 巻き起こる烈風に、ハリーは土の壁を作り出し、変身術で鋼鉄に変化させる事で耐えた。動物もどきを習得するに至り、ハリーの変身術の腕は学生レベルを遥かに超えていた。

 天空ではホーンテイルがエグレを引き剥がそうと暴れまわっている。けれど、エグレは悠々と胴体を登っていく。

 

『ここならば他の者を巻き込む憂いもない。我が魔眼を受けるがいい!!』

 

 エグレは魔眼の封印を破壊した。ダンブルドアの施した封印はエグレが壊さないように気をつける事で維持されていたのだ。

 その気になれば、魔眼の力で簡単に破壊する事が出来た。

 魔眼を向けられた事で、ホーンテイルは苦しみ始めた。それでも、死ぬどころか石化すらしない。エグレは直接ドラゴンの眼に魔眼を叩き込む為、更にホーンテイルの体を登り始めた。

 すると、ホーンテイルは急降下を開始した。

 

『なにっ!?』

 

 その急激な動きに、エグレの体は僅かに浮いてしまった。その瞬間、ホーンテイルは急上昇を開始して、エグレの体を振りほどく事に成功した。

 空中に逃げ場などなく、無防備を晒すエグレにホーンテイルは紅蓮の業火を放つ。

 

『おのれっ!』

 

 業火がエグレの身を焼いた。けれど、その身を覆う鱗はあまねく魔法を弾く堅牢な鎧。

 如何にドラゴンの炎と言えど、エグレにとってはかすり傷に過ぎなかった。

 地面に落下すると、エグレは全身をバネのようにしならせ衝撃を殺した。そして、天空を舞うホーンテイルを悔しげに睨みつける。

 相手は天空を舞うドラゴン。地を這う蛇に勝ち目はない。

 やがて、エグレは深く息を吐き出した。

 

『……やはり、このままでは勝てぬか』

 

 そして、忌々し気に唸り声をあげる。

 

『だが、勝つのは我だ!!』

 

 そう叫ぶと、エグレは全身を黄金に輝かせた。


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