《秘密の部屋、発見される!? 発見者は、あの生き残った男の子、ハリー・ポッター!!》
日刊預言者新聞の一面にデカデカと書かれている文字を見て、ハリーはふんぞり返った。鼻の穴を大きくしながら最高の気分に浸っていた。
見出しの下には秘密の部屋の前でドラコやハーマイオニーとポーズを取るハリーの写真が掲載されている。
折角だからエグレと一緒の写真も撮らせようとしたのだけれど、カメラマンに涙目で拒否された。
『まったく! あの腰抜けめ! ジャーナリストなら記事の為に命くらい賭けたらどうなんだ! まったく!』
『ハッハッハ! 相棒ほど勇敢なヤツは人間以外の生き物の中にだって早々いねーよ!』
『フッハッハ! それなら仕方ないな! 特別に許してやるとしよう!』
『相棒、やっさしー!』
『フッハッハ!』
ゴスペルと楽しく話していると、壁から物音が聞こえた。
『エグレか?』
『そうだ、主よ。少し、お時間をよろしいか?』
『もちろんだ! お前ともじっくりと話がしたいと思っていたんだ! すごいぞ! ボクの名前が日刊預言者新聞の一面を飾ったんだ! グレンジャーが邪魔だが、写真も載ってる!』
『そうか、それは良かったな』
エグレはどうでも良さそうに言った。
『オイオイ、エグレさんよー。もうちっと感情篭めて相棒を褒めてやれよな!』
『そんな事よりも、主よ』
エグレはゴスペルを華麗に無視した。
『無視すんじゃねー!』
『黙れ、ゴスペル』
エグレは壁越しに殺気を放った。ゴスペルは『キャァ』とハリーの腕に巻き付いた。
『ゴスペルをあまり怖がらせるんじゃない! それで? とりあえず、用件を聞かせてくれ』
『大した事ではない。現在、ホグワーツ内部に先代継承者が潜伏しているだけの事だ』
『……は?』
エグレの言葉に、ハリーの思考は一瞬止まった。再起動しても、すぐには言葉の意味を呑み込む事が出来ず、呑み込んだ後にも理解に時間を要した。
エグレの言う、先代継承者とはトム・マールヴォロ・リドルの事。要するに、ヴォルデモートだ。
『やっぱり、生きていたのか』
言っておきながら、ハリーはあまり彼の死を信じていなかった。
本で調べた限りでも、ヴォルデモートという男の力の強大さは感じ取る事が出来た。そんな男が赤ん坊に反撃を受けて滅び去るなど、ありえない。
その瞬間に何かが起きたのだろう事は確実だ。そうでなければ闇の帝王とまで謳われた男が姿を隠す理由がない。
少なくとも、世間一般の風評通りでは無いだろう。赤ん坊に出来る事など泣き叫ぶ程度の事だ。おそらく、ハリー自身はあまり関係ないだろうと結論づけていた。
『いいや、生きてはいない』
『ん? どういう事だ? だって、潜伏しているんだろう? 目的はボクか? それとも、ダンブルドアか?』
『どちらも違う。今のリドルには他者を害する余力などあるまい。愚かな事だ。アレを自身に使うとは……』
ハリーはエグレの言いたい事がイマイチ理解出来なかった。
『エグレ、アレとは何の事だ? それに、生きてはいないとは? ボクでも、ダンブルドアでもない目的とは何なんだ?』
『順番に答えよう。アレとは
ハリーは深く息を吸い込みながら情報を処理していく。
賢者の石については本で読んだ事があった。ニコラス・フラメルという錬金術師とダンブルドアによる共同研究によって生み出された奇跡の物質だ。
卑金属を黄金に変え、命の水を生み出すという。命の水とは、永遠の命をもたらす妙薬だと言われている。
『文字通りという事は、死者の状態という事か? もしかして、ゴーストなのか? それで、賢者の石を使って蘇生しようとしている? エグレ、ここに賢者の石があるのか?』
『ゴーストではない。それよりも哀れな存在だ。そして、賢者の石はホグワーツの地下に隠されている。アルバス・ダンブルドアはリドルの行動を読んでいたのだ。元々はグリンゴッツに預けられていたらしい。賢者の石の用途は汝の考え通りだ』
ハリーは改めて凄まじい存在を手に入れたものだと感動した。おそらく、ダンブルドアもヴォルデモートも賢者の石や自身の存在を徹底的に隠していた筈だ。それなのに、見事に筒抜けになっている。思わず爆笑しそうになった。
『それで、ゴーストでもない哀れな存在ってのは? それに、分霊箱って?』
『分霊箱は太古の呪いだ。リドルはどうやら、それを使って命を繋ぎ止めたらしい。愚かな事だ』
『……もう少し、具体的に教えてもらえるかい?』
『分霊箱は殺人行為によって《命》を分割し、器に封じ込めるものだ。分霊箱があれば、死後に魂を現世へ繋ぎ止める事が可能だ。だが、不死を求めてアレを使ったのなら、実に愚かな事だ』
『何故だ?』
『不死の為の魔術としては完全な欠陥品だからだ』
エグレは言った。
『分霊箱は本来、戦場において精神を支配した者に対してか、あるいは敵に対して使うものなのだ。死亡しても魂が現世に繋ぎ止められる為に簡易的な蘇生術でいくらでも復活させる事が出来る為に、敵にとっては《殺しても殺しても蘇ってくる不死の敵》となる。だが、現世に繋ぎ止められた魂は徐々に穢れていく。ゴーストのように、その状態で安定したものなら別だがな。その苦痛は筆舌に尽くしがたい程だと言われている。それ故に、敵に対して《永劫の苦しみ》を与えたい時にも使われるのだ』
『不死であるが故に永劫となる拷問か……。実にハイセンスだな。考えたヤツは天才だ』
『ああ、サラザールも言っていた。これほどの悪意に満ちた魔法は他に類を見ない。理性と情愛を持つ人間には決して作り出す事の出来ないものだと言っていた。アレを作り出せるものは《偉大なる人でなし、ロウェナ・レイブンクロー》をおいて他にいないと』
ロウェナ・レイブンクロー。それはエグレの創造主たるサラザール・スリザリンと同じくホグワーツを創設した偉大なる魔法使いの一人だ。
『ふーん、なるほどな。要するに、ヴォルデモートはその状態だと?』
『そうだ』
『それで? そんな事を話して、お前はどうしたいんだ? ボクを狙っているわけでもないのに、お前が先代継承者の秘密や存在を語る気になった理由を教えてくれないか?』
『……リドルとは既に契約が断たれている。それでも、一度は主と認めた男だ。多少は憐れみもする』
『つまり?』
『引導を渡してやりたい』
エグレの言葉に、ハリーは立ち上がった。
『それがお前の望みなら、やってやろうじゃないか』
『……感謝する、主よ』
『けど、具体的にはどうすればいいんだ? ゴーストでもなく、生者でもない存在を殺せるのか?』
『現在、リドルはクィリナス・クィレルという男に取り憑いている。それ故に、我の毒が効く筈だ。我が毒は魂すら破壊するからな。そもそも、サラザールが我を生み出したのも、ロウェナの生み出した卑劣な魔法に対する対抗手段とする為だったのだ』
『……なるほど。オーケイ、任せろ!』
ハリーは隣のベッドで眠っているドラコの布団を引剥返した。
今は早朝の五時だった。
「なんだ!? 何事だ!?」
「ドラコ、ヴォルデモートをぶっ殺しにいくぞ!」
「は? は? は?」
いきなり叩き起こされたドラコは大混乱だった。
第七話『ヴォルデモート』
ハリーはじっくり時間をかけて事の次第をドラコに説明した。
「……待ってくれ! ちょっと、待ってくれないか!?」
ドラコは悲鳴をあげた。
「待てない! 今すぐに行くぞ!」
「待ってくれ! ハリー! 僕達がホグワーツに入学して、まだ一週間も経ってないんだぞ!? 秘密の部屋の発見とか、バジリスクの支配とか、それだけで濃密過ぎたくらいだ!! その上、今度は何をするって!?」
「ヴォルデモートをぶっ殺す!」
「本気なのか!? っていうか、本当なのか!? ここに!? 例のあの人がいるって!?」
「言っただろう! 分霊箱を使ったんだ!」
「いや、聞いたけども! でも、あくまでそれはバジリスクが言っているだけだろ!?」
「エグレだ! ドラコ! お前、エグレの言葉が嘘だって言う気か!?」
「だって、だってだぞ!? ありえなくないか!?」
「現実に! ヴォルデモートはここにいる!」
「いやいやいやいやいやいや」
ハリーは頑固なドラコに腹が立ってきた。
「だったらこうしようぜ! 信じなくてもいい! クィレルのターバンの中身を暴くのだけ協力しろ!」
「いや……、えぇぇぇ」
ドラコはハリーに腕を掴まれた。そして、どんどん大広間に向かって引き摺られていく。
「か、仮に本当だったとして! 相手は闇の帝王なんだぞ!?」
「それがどうした! 相手は赤ん坊に負けるようなヤツだぞ! 赤ん坊に負けるヤツが怖いのか!? いいか? 赤ん坊に負けたヤツだぞ!」
「そ、それは……、いや、君が帝王よりヤバかっただけなんじゃ……」
「バカ言うな! 赤ん坊に出来る事なんてなにもない!」
「いやー、僕は君が帝王以上にヤバいやつだからって説を主張したいんだが……。というか、今この瞬間にどんどんその可能性が濃厚になっていくんだが……」
「いいから行くぞ!」
ハリーは大広間に辿り着いた。
朝食の時間だからか、すでに多くの生徒で賑わっている。そして、教員用のテーブルにはダンブルドアをはじめ、教師達も軒並み揃っていた。
「よし、とりあえずマクゴナガルに用がある
「ええぇぇぇぇぇ」
ハリーはドラコを引き摺りながら、大きく手を振ってマクゴナガルの席に向かっていく。
「せんせぇ!」
満面の笑顔だった。無邪気な笑顔だった。マクゴナガルは心底怪訝そうな表情を浮かべた。
そして、マクゴナガルの席の前に辿り着くと同時に、ハリーはポケットから杖を取り出した。
誰が何をする間も無かった。ドラコがハーマイオニーから身をもって教えられた呪文を唱える。
「ペトリフィカス・トタルス!」
「ひぎゃっ!?」
完全なる不意打ちだった。誰一人、その光景を予想出来た者はいなかった。あまりにも、唐突過ぎた。
闇の魔術に対する防衛術の担当教員であるクィリナス・クィレルが吹っ飛んだ。
あまりの事に大広間中の人間がフリーズした。
「よーし、ドラコ!」
「ああ、もう! どうにでもなれ!」
ドラコは倒れ伏したクィレルのターバンを剥ぎ取った。
そして、悲鳴をあげた。
【貴様……】
クィレルの後頭部には、もう一つの顔があった。のっぺりとした顔だ。
驚愕に表情を歪めるヴォルデモートに対して、彼の宿敵たるハリー・ポッターは邪悪に嗤う。
「よう、ヴォルデモート。十年振りだな、元気だったかぁい?」
久方ぶりに再会した友人に語りかけるように、ハリーは言った。
「分霊箱を使ったんだってな? 今、楽にしてやるよ」
ハリーの言葉にヴォルデモートの表情が歪んだ。
【何故、貴様が分霊箱の事を……ッ!】
「エグレに聞いたのさ。お前をぶっ殺す方法もな!」
【エグレだと!? なんだそれ……は、まさか! バジリスクか!?】
「大正解」
ハリーは杖を掲げた。
【待て! 何をするつもりだ!?】
「おいおい、聞こえなかったのかい? ぶっ殺しに来たって言ったじゃぁないか!」
【殺す……、殺すというのか? この俺様を!】
「イエス」
【ば、馬鹿な真似は止せ! 俺様を殺せば、クィレルも死ぬぞ! 人間を殺す事になるぞ!】
ヴォルデモートの言葉にハリーは笑みを深めた。
「ご忠告痛み入る、ヴォルデモート。だけど、安心して欲しい。ぶっ殺すと心に決めた事は、今回が初めてってわけじゃぁない! じっくりと、丁寧に時間をかけて、しっかりと覚悟は決めたのさ!」
【よ、止せ!!】
ヴォルデモートが叫ぶ。
「イヤだね。ボクはお前をぶっ殺すと決めたんだ。決めた事を途中で放り出す事はかっこ悪い事だ。ボクはかっこ悪い事は嫌いなんだ」
ハリーはエグレに教わったとおりに杖を振るった。
「だから、お前をぶっ殺す!! 来い、エグレ!! サーペンソーティア・バジリスク!!」
ハリーの杖の先から光と共に巨大な影が飛び出した。影は大きな音を立てて大広間の中央に降り立った。そして、一直線にヴォルデモートが取り憑いたクィレルに向かっていく。
『今、救ってやるぞ。憐れな魂よ』
【や、やめろ! 来るな! 俺様を裏切るつもりか、バジリスク!!】
叫ぶヴォルデモート。
「違うぜぇ、ヴォルデモート。バジリスク、なんて呼ぶんじゃぁない。彼の名前はエグレだ」
ハリーが言った。エグレは大きく口を開いた。そして、クィレルの頭に噛み付いた。
【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!】
憐れな亡者の言葉にもなっていない断末魔が響き渡る。誰も動く事が出来なかった。その光景の意味を理解出来たものは一握りにも満たなかった。
今、この瞬間に闇の帝王と謳われた魔法使いが完全に滅び去ったのだ。
「グッバァイ、ヴォルデモート」
※まだ序盤です。まだ続きます(*´﹃`*)