【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第九十三話『決戦! 炎上魔都・ロンドン』

 高度33,000ftから地上に向かって落ちていくエグレ。その後ろに現れた蒼き炎の龍は彼女を呑み込んだ。けれど、彼女の身が焼かれる事はなく、蒼龍は地上に見える教会を呑み込んだ。

 エグレは教会から百メートル程離れた地点に降下すると、すぐさま教会の中へ飛び込んだ。彼女が着地した墓地は見るも無残な有り様になってしまったが、気にかけている暇など無かった。

 ピット器官による索敵でハーマイオニーの居場所を掴んだエグレは一直線に彼女の下へ向かう。

 彼女の体温を検出した部屋に飛び込むと、グリンデルバルドは悪霊の火によって防壁を形成していた。

 エグレはハーマイオニーの下へ走る。

 

「あ、あなた、エグレ!?」

「喋るな。舌を噛むぞ」

 

 そのまま、エグレは教会から飛び出した。建物の屋根から屋根へ飛び移りながら、瞬く間に郊外から中心街まで移動した。

 そこで彼女を降ろすと、エグレは夜空を見上げた。

 ハーマイオニーもつられて見上げる。そこには教会を目指して降下していくハリーの姿があった。

 

 第九十三話『決戦! 炎上魔都・ロンドン』

 

 エグレと悪霊の火はハーマイオニーを救う為のもの。

 この程度の奇襲で倒せると思うほど、ハリーは甘くなかった。

 

「……誓ったんだ。《次は遊ばない》と、ハーマイオニーと約束したんだ。だから――――」

 

 ハリーは見下ろした。教会の屋根はエグレがハーマイオニーと共に脱出した後に悪霊の火の対象となり焼き尽くされ、グリンデルバルドは悪霊の火で身を守りながらハリーを見上げている。

 

「貴様は殺す。確実に!」

 

 ハリーが悪霊の火の発動に使った杖はアズカバンの囚人の杖。

 そして、彼にはもう一本の杖がある。ヴォルデモート卿の杖だ。

 

「その状態では避けられない。死ね、ゲラート・グリンデルバルド」

 

 ―――― アバダ・ケダブラ。

 

 緑の閃光が迸る。ハリーの悪霊の火に対抗する為に全霊の魔力を行使しているグリンデルバルドに回避する事は出来ない。

 勝った。そう、確信した。

 

「……悪いが、まだ死ねないのだよ、ハリー・ポッター」

「なっ!?」

 

 ハリーの目が見開かれる。ハリーの放ったアバダ・ケダブラの射線上に、突然人が現れたのだ。

 もっとも、それは人に見えるだけのもの。服は着ていない。肉も一部が朽ちている。まるで、出来損ないの人体模型のようだ。

 

「わたし以外のすべてを対象外にしたな? ハーマイオニー以外の命にまで気を配る程、君が冷静であった事。それはわたしにとって幸運な事だった」

 

 グリンデルバルドの言葉と共にハリーに向かってあちらこちらから緑の閃光が放たれた。

 

「伏兵か!?」

 

 ハリーは悔しげに顔を歪めながら悪霊の火を解除した。悪霊の火を維持したままでは、死の飛翔をもってしても回避し切れないと判断した為だ。

 一度上空に退避したハリーは見た。

 優雅に微笑むグリンデルバルドの姿と、教会の周りに集まる死人の軍勢を……。

 

「亡者か!?」

「ただの亡者ではない。命の石によって、仮初の命を与えられた者達だ」

 

 グリンデルバルドは人差し指に嵌めた指輪を掲げる。

 

「しかし、まだ君の事を侮っていたようだ。まんまとハーマイオニーを取り戻されてしまった」

 

 次々に墓場から亡者が現れる。増え続ける緑の閃光が夜闇を照らし、ハリーは堪らずに高度を上げた。

 死の呪文の射程範囲から逃れたハリーはグリンデルバルドが杖を掲げる姿を見た。そして、同時に亡者達も杖を掲げる。

 

「反射というものは恐ろしいな。普段、わたしは杖を懐に入れていてね。闇祓いの杖をそこにしまっていた。こっちの杖を特別扱いして、別の場所に大切に仕舞い込んでしまっていた。こっちの杖を使っていれば、ハーマイオニーを取り戻される事も無かった。いやはや、反省しなければいけないな」

 

 グリンデルバルドは呪文を唱えた。

 

「エクスペクト・フィエンド」

 

 ―――― ハリー! 杖を構えろ!!

 

 トムが焦ったように叫ぶ。

 そして、グリンデルバルドの杖から悪霊の火が放たれた。

 まるで、ハリーの蒼龍の如き、超巨大なドラゴンが向かってくる。

 

「エクスペクト・フィエンド!!」

 

 ハリーも悪霊の火を放つ。同時にトムがヴォルデモートの杖で姿くらましを使った。

 数km離れた地点に移動したハリーは蒼龍が碧き竜(ブルードラゴン)と対峙している光景を見た。

 

「オレ様の悪霊の火と同威力だと!?」

 

 ―――― ニワトコの杖だ、ハリー! 奴が持っていた!? いや……、ダンブルドアが持っていたのか……。

 

「ニワトコの杖……?」

 

 ―――― 死の秘宝だよ。奴が亡者を生み出す為に使った命の石と同じ、伝説的な代物さ。言ってみれば、史上最強の杖だ。ボクも狙っていた。

 

「史上最強の杖か……、なるほどな」

 

 油断をしていたつもりはなかった。けれど、ハリーは己の悪霊の火を最強だと思っていた。その威力に対抗出来る者など存在せず、如何に伝説的な魔法使いといえど、殺す事は難しくないと考えていた。

 けれど、ニワトコの杖から放たれた悪霊の火はハリーのソレと同規模の威力を誇っている。

 

「……少し、梃子摺りそうだな」

 

 ―――― 大丈夫さ。君なら勝てる。

 

「ああ、勝つ!」

 

 ハリーは蒼龍を操り、グリンデルバルドのブルードラゴンに攻撃を開始した。

 

 ◆

 

 その光景はまさに空前絶後。

 ロンドンの人々は、魔法使いもマグルも関係なくパニックを起こしていた。

 碧き炎によって形成される超巨大生物の激突。ハリーとは違い、グリンデルバルドは無関係な人や建造物を対象外にしていない。

 最初の攻撃でハリーの善性を見抜いたのだ。無用な被害を抑える為に、ハリーはブルードラゴンの行動を必死に抑えなければならなくなる。それは彼に負担を強いる。

 時間はグリンデルバルドに味方しているのだ。

 

 サイレンが鳴り響く。マグルの警察と消防、軍はロンドンから人々を避難させる為に動き出している。

 そして、悪霊の火の激突と同時に魔法省も重い腰を上げた。このままでは英国全土が焼き尽くされる。その現実を叩きつける事で、魔法省に乗り込んだスクリムジョールは魔法大臣であるコーネリウス・ファッジから全権を奪い取る事に成功していた。

 ハリーから差し出された者の記憶を問答無用で暴き、ヴォルデモートの息が掛かっていた者は全員捕縛された。事情を聞いてやる余裕などなく、全員を石化呪文と拘束呪文で無力化すると、最下層のウィゼンガモット法廷に放り込んだ。

 

「闇祓い局!! 魔法警察部隊!! 他の全ての全部隊!! 全職員に命じる!! 全力を挙げてロンドンの人々を街から避難させるのだ!! 泣き言は聞かん!! 十代の子供を殺すために見せた団結が魔法省の全力などと言わせんぞ!!!!」

 

 スクリムジョールの号令と共に魔法省の全職員が動き出している。ハリー・ポッターとゲラート・グリンデルバルドの戦闘を止めるべきという意見は、その意見を口にした者が投獄された事で封殺された。

 

「グリンデルバルドを止められる者はもはやハリー・ポッターしかいないのだ!! 彼は恋人を救う為に命を賭けている!! これ以上、愚かな真似をするな!! 人々を救う事だけに尽力せよ!!!!」

 

 一部の者はスクリムジョールが狂ったのだと思った。けれど、他の大勢の魔法使い達は違った。

 この状況で優先するべきものは人の命であり、彼の命令に従う事が最善だと考えた。

 

 ―――― 十代の子供を殺すために見せた団結が魔法省の全力などと言わせんぞ!!!!

 

 その言葉も彼らの心に響いていた。三大魔法学校対抗試合でハリー・ポッターを殺す為に魔法省が仕掛けた数々の卑劣な罠。その件で海外からも猛烈な批判が来ている。

 ホグワーツに在学中の生徒の親は子供から何度も責め立てられていた。

 常軌を逸している。狂っている。馬鹿じゃないのか!

 子供から軽蔑の視線を向けられた者もいた。

 ヴォルデモートの全盛期を知っていたが故に、ヴォルデモートを超える力を持つ彼の存在に怯え、魔法省は愚かな真似をしてしまった。

 子供にかっこ悪いと言われた父親は、情けないと言われた母親は、必死に自分を鼓舞して蒼炎が舞い踊る地上へ飛び出していき、人々を救う為に奔走する。

 

「見られても構わん!! 対処は後だ!! 魔法を使うのだ!! 後先の事は考えず、とにかく救え!!!!」

 

 崩れる建物を魔法で支え、魔法で次々に人々を浮かばせ、魔法で作り上げた方舟に乗せていく。

 人々は魔法の存在を目の当たりにしながら、呆気にとられた様子でロンドンから連れ出されていく。

 ファッジを通じて、軍や警察、消防は魔法使いと協同する事を政府から命じられ、驚きながら、戸惑いながらも人々を救い出していく。

 

 ◆

 

 そして、その光景はハリーとグリンデルバルドの眼にも映っていた。

 

「フッハッハッハッハッハ!!」

 

 ハリーは嗤う。

 被害を気にするハリーと被害を気にしないグリンデルバルドでは、いずれハリーの方が先に力尽きる筈だった。

 けれど、街から徐々に人が居なくなっていく。すでに、戦場であるロンドン中心街はゴーストタウンに変わった。

 ハリーはブルードラゴンが齎す街への被害の対処を止めた。

 燃え盛るロンドン。けれど、建物ならば魔法を使えば蘇らせる事は難しくない。

 

「……貴様の有利は崩れたぞ、グリンデルバルド!!」

 

 ハリーの蒼龍が一気呵成にブルードラゴンを攻め立てる。

 

「いや、崩れてなどいない」

 

 その言葉はハリーのすぐ傍で聞こえた。

 グリンデルバルドはハリーのすぐ後ろ、数メートルの位置にいた。

 彼の近くには亡者が控えていて、それぞれの杖がハリーを狙っている。

 

「君の移動した地点を割り出すための時間は稼げた。チェックメイトだ」

「いいや、チェックしたのはボク達だ!」

 

 ハリーに杖を向ける亡者にハリーの背中からトムが飛び出してセクタム・センプラを発動した。

 

「なにっ!?」

 

 グリンデルバルドの眼が見開かれる。ハリーの内から飛び出したトムの存在は、ようやくグリンデルバルドの余裕を奪い取った。

 

「言った筈だぜ、グリンデルバルド。貴様はぶっ殺す!」

 

 トムはセクタム・センプラをグリンデルバルドに放つと、ハリーの内側に戻り、その間にハリーは振り返った。

 亡者は細切れになり、動こうとしているが障害にはならない。

 ハリーは杖を構えた。グリンデルバルドの眉間から一筋の汗が流れ落ちる。

 

「……さすがは《偉大なる王》。《死に魅入られた者》だな。わたしの理解を超えてくるとは……」

 

 グリンデルバルドは忌々しげに顔を歪めた。

 

「だが、まだ死ぬわけにはいかぬ!」

「アバダ・ケダブラ!!」

 

 グリンデルバルドは懐から小袋を取り出し、その中身を取り出した。

 

「また会おう、ハリー・ポッター!」

 

 緑の閃光がグリンデルバルドに到達する寸前、彼の姿はかき消えた。

 

移動(ポート)キーだと……、クソッ!!」

 

 グリンデルバルドを取り逃がした事に地団駄を踏むハリー。

 すると、術者が離れた事でグリンデルバルドの悪霊の火(ブルードラゴン)が暴走を始めた。

 

「グリンデルバルド……、貴様は許さん!! このオレ様が必ずぶっ殺す!!」

 

 ハリーは無数に分裂してロンドンの街中に降り注ぐブルードラゴンの雨を蒼龍に次々に食べさせていく。

 逃げ遅れている者が居るかも知れない。ハリーはブルードラゴン達が地面に到達する前に必死に蒼龍を動かした。

 触れても何も燃やさない蒼龍が、触れるものすべてを燃やすブルードラゴンを呑み込んでいく。

 そして、すべてを呑み込んだ蒼龍はゆっくりと天に昇っていき、やがて消えた。

 

「……ハーマイオニー」

 

 ハリーは死の飛翔によってエグレとの合流ポイントへ向かった。

 そこにはエグレとハーマイオニーの姿があった。

 

「ハーマイオニー!!」

「ハリー!!」

 

 降りてくるハリーにハーマイオニーは両手を広げた。

 抱き締め合う二人にエグレはやれやれと肩を竦めると蛇の姿に戻った。

 そして、空からはシーザーが降りてきた。

 

「……帰りましょう、ハリー」

「そうだな」


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