ソードアート・オンライン 桜花の剣閃   作:石月

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どうも、石月です。
思いのほか早く第二話書きあがりました。
前回言ったおり、今回はヒロインの視点から始まり、茅場のチュートリアルの前半はほぼ完全に端折りました。気力が持たなかったんです許してください。
ヒロインの名前は本編を読んでのお楽しみということで。
早速コメントいただきました! お気に入り登録してくださった皆さんありがとうございます!
ではどうぞ!


第二話 はじまりの日

 強制テレポートによてはじまりの町へと飛ばされて真っ先に彼女の目に入ったのは、《はじまりの町》の風景でも、空を埋め尽くす赤い光でもなく……恐ろしい数の、人の群れだった。

 昔から極度のあがり症で、目の前に多くの人がいるとそれだけで足がすくんでしまうというのに、視界に映る人の数は、ざっと一万人近く。

 目の前でざわめく人、人、人の群れ。

 無数の人々の声が混ざり合い、それがまるでうなり声のように仮想の鼓膜を叩く。

 心が混乱と動揺で埋め尽くされ、ざわめきに耳をふさぐことも忘れて後ずさるが、数歩と行かないうちに背中が見えない壁にぶつかった。

 どうやらこの広場の端のほうにいたらしい。広場の中のほうに飛ばされていたら大変なことになっていただろう。それだけで回線切断してしまっていたかもしれない。

 とにかく、その時のパニックのせいでその時起こった出来事を鮮明に覚えてはいない。特に前半部分は曖昧だ。だが、断片的には思い出せる。

 ナーヴギア及びSAOの開発者である茅場晶彦から告げられた恐ろしい事実。

 アインクラッド第百層のラスボスを倒してゲームをクリアするまで、ログアウトすることは不可能であること。

 HPがゼロになれば、その瞬間現実世界でも死ぬこと。

 そう言った後、茅場晶彦が全プレイヤーのアイテムストレージに「プレゼント」と称して送ったのは、四角い手鏡。

 反射的にストレージから取り出してのぞき込む。そこに映っているのは、ナーヴギアがスキャンした現実の顔を元に、髪と目の色だけを明るい茶色に変えたアバター。手抜きだが、慣れないエディターを使って作った《サクラ》の顔だ。意図が分からずに顔を上げようとした瞬間、全身が強制テレポートと似た青白い光に包まれた。

 光が消え、閉じていた目を開くと、目の前には異様な光景が広がっていた。

 目の前を覆いつくす一万人近い群衆、ファンタジー然とした色とりどりの服装はそのままに、容姿だけが大きく変化していた。

 ゲーム世界であるだけに、ついさっきまでそこにいたのはモデルと見紛うほどの整った容姿を持つ人ばかりだったのだが、今目の前で困惑の声をあげているのは文字通り現実で見かけるような人々ばかり。物語の中のような美男美女の集団は見る影もない。

 ハッとして手元の手鏡をのぞき込むと、そこに映っているのはさっきまでとほとんど同じ顔、だが髪と目の色だけが違っている。

 ボブカットの髪は栗色から薄めのピンク色に、気弱そうなヘイゼルの瞳は銀色に。

 間違いなく、幼いころから嫌ってきた自分の髪と目の色だった。

「嘘……わたし……?」

 

 驚愕のあまり手鏡を落としそうになるが、そこで茅場晶彦がまた話し始めたことで我に返った。

 

『諸君らは今、なぜ、と思っていることだろう。なぜ私はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

 突然アバターを現実の容姿に変えられたことに戸惑いの声をあげていたプレイヤーたちが、その言葉の続きを待つように一斉に静まり返った。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私には、一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を作り出し、観賞するためにのみ、私はナーヴギアを、及びSAOを作った。そして今、すべては達成せしめられた』

 

 短い間、そして、

 

『……以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 その言葉を最後に、巨大なアバターは消滅し、赤く染まっていた天蓋もいつの間にか元に戻っていた。

 麻痺しかけていた頭で少しずつ茅場晶彦の言葉を理解していくと同時に、心臓を冷たい手で鷲摑みにされたかのような恐怖と寒気がサクラの全身を覆っていく。

 ありえないと頭ではわかっていても、あの男の言ったことは本当だと直感的に理解した。理解してしまったのだ。

 誰もが呆然とする中、誰かが持っていた手鏡を取り落とし、甲高い少女の悲鳴が響き渡る。

 それが合図だったかのように、一万人のプレイヤーから大音量で発せられた声が広場全体を揺るがした。

 

「嘘だろ……なんなんだよ一体!」

「出せよ! ここから出せよ!」

「この後約束があるのよ! どうしてくれるのよ!」

「嫌ぁぁ! 帰して、返してよぉぉぉ!」

 

 悲鳴、怒号、罵声、絶叫、懇願、そして咆哮。無秩序に放たれる無数の叫び声が合わさり、広場の空気がびりびりと震える。

 その光景は、サクラにとって恐怖以外の何ものでもなかった。

 

「あ……ああ……」

 

 声にならない細い悲鳴が喉の奥からこぼれる。

 すでに見えない壁に半ばよりかかっている姿勢でありながら、さらに後ろに下がろうとすると、不意に見えない壁が消え、サクラは石畳に尻餅をついた。

 そのまま立ち上がる余裕もなく、未だ大音量で叫び続ける群衆から少しでも離れようと、這うようにして近くの路地に入っていった。

 群衆の叫ぶ声がわずかに遠く感じてきたあたりで立ち上がり、さらに駆け出す。目的など何も考えていなかった。ただあの叫び声の嵐から逃げられればそれでよかった。

 そうしてしばらく走った後、息切れがして立ち止まる。

 膝に手を置いて肩で息をしながら、仮想世界なのになぜ息切れを起こすのだろうとやけに呑気な思考が頭をよぎる。

 息を整えて顔を上げたその時、近くで物音がした。

 反射的に逃げようとするが、二人分の足音と戸惑っているような男性の声だと気づき、そっと建物の陰から隣の路地を覗き見る。

 そこにいたのは、無精ひげを生やし、頭に変な柄のバンダナを巻いた長身の男性と、戸惑った様子の彼の顔を見上げる、小柄で線の細い体つきをした黒髪の少年がいた。

 

 

 

 戸惑うクラインを引っ張って人気のない路地までやってきたキリトは、クラインの腕を掴んでいた手を放し、真剣な顔で彼の顔を見上げた。

 

「クライン。いいか、よく聞け。俺はすぐにこの街を出て、次の村へ向かう。お前も一緒に来い」

 

 驚きに目を見開くクラインに、キリトは低く押し殺した声で続けた。

 

「あいつの言葉が全部本当なら、この世界で生き残るためには、ひたすら自分を強化しなきゃならない。お前も重々承知だろうけど、MMORPGってのはリソースの奪い合いなんだ。このあたりのフィールドは、同じことを考える奴らに狩りつくされて、すぐにリソースが枯渇するだろう。モンスターの再湧出(リポップ)をひたすら探し回る羽目になる。今のうちに次の村を拠点にしたほうがいい。俺は、道も危険なポイントも全部把握しているから、レベル1でも安全にたどり着ける」

 

 キリトの長い言葉を、クラインは表情一つ動かさずに聞き終え、数秒後、迷うように顔を歪めた。

 

「でも……でもよ、さっき言ったろ。おりゃ、他のゲームでダチだった奴らと一緒に並んでソフト買ったんだ。そいつらもうログインして、次の広場にいるはずなんだ。置いて……いけねぇ」

 

 キリトは唇を噛んだ。

 クライン一人だけなら、彼を守りながら連れていくことはできる。だがあと二人、いや一人でも増えれば連れて行くのは難しい。

 仮に道中で死者が出て、さっき茅場晶彦が言った通り、ナーヴギアによって現実でも死んだ場合。

 その責任を背負う覚悟は、キリトにはなかった。

 キリトの迷いをまたしても察し、クラインは首を横に振った。

 

「いや……おめぇにこれ以上世話んなるわけにゃいかねえよな。オレだって、前のゲームじゃギルドのアタマ張ってたんだしよ。大丈夫、今まで教わったテクで何とかしてみせら。それに……これが全部悪趣味なイベントの演出で、すぐにログアウトできるっつう可能性だってまだあるしな。だから、おめぇは気にしねぇで、次の村に行ってくれ」

 

 キリトは数秒間の葛藤の末に、

 

「……そっか」

 

 そう言って頷き、一歩後ろに下がった。

 

「じゃあ、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。……じゃあ…またな、クライン」

 

 掠れた声でそう言って、キリトは踵を返した。

 

「キリト!」

 

 後ろから呼びかけられ、肩越しに振り返るが、クラインは言うべき言葉を見つけられずに黙り込んだ。

 キリトも黙って、足を街の出口へと向ける。

 数歩ほど歩いたところで、またしてもクラインが声をかけた。

 

「おい、キリトよ! おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだぜオレ!!」

 

 その言葉にキリトは苦笑し、肩越しに叫んだ。

 

「お前も、その野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」

 

 そうして今度こそクラインに――この世界で初めてできた友人に背を向け、歩き始めた。

 しばらくして後ろを振り返っても、そこにはもちろん、だれの姿もなかった。

 歯を食いしばってまた歩き出す。やがて早歩きになり、小走りになり、駆け出そうとしたその時だった。

 

「……あ、あの!」

 

 突然横から声を掛けられ、キリトは立ち止まって声のした方を振り返った。

 そこにいたのは、一人の女性プレイヤーだった。

 肩の少し上で切りそろえられた桜色の髪に、不安と混乱を映して揺れる銀色の目。小柄で幼い印象を受けるが、歳はそれほど離れてはいないだろう。

 現実と同じ容姿に変わったばかりとは思えないその見た目に戸惑いを隠せないキリトに、突然現れた少女はうつむきがちに口を開いた。

 

「わたしも……」

「え?」

 

 ひどく緊張したようなか細い声に、うまく聞き取れずに聞き返すと、少女は顔を上げて震える声で言った。

 

「わたしも……連れて行ってください…!」

「え…連れて行くって……次の村に?」

 

 少女は黙って頷いた。

 

「えっと……どうしてか、聞いてもいいか?」

「……わたし、さっきのクラインって人との話、聞いていたんです」

 

 キリトは驚いた。まさか聞かれているとは思わなかったのだ。

 

「次の村までで……いいです。わたしも、連れて行ってください」

 

 少女の声はひどく震えている。やはり怖いのだ。

 

「この世界で死ねば、本当に死ぬんだぞ? 次の村を拠点にするのは、俺がその周辺のモンスターも危険なポイントも、全部知ってるからだ。それでも、行くのか?」

 

 少女は一瞬、迷うようなそぶりを見せたが、すぐにきっぱりと頷いた。

 

「死ぬのは…怖いです。……でも」

 

 そう言って、後ろ――未だ混乱に満ちた叫び声の聞こえる広場の方をちらりと見た。

 

「あんなふうにパニックになっている人がたくさんいたら……そんな人たちの中にいるほうが、ずっと怖いです……。だから、次の村まで、連れて行ってください。……お願い、します」

 

 最後は消え入るような小さな声で懇願して、少女は頭を下げた。

 異性にこんな風に頭を下げられたことのないキリトは戸惑ったが、それでもその様子から彼女が真剣に頼み込んでいるのは伝わってくる。

 

「わかった」

 

 頷いてそう返事をすると、少女は驚いたように顔を上げた。

 

「……いいんですか?」

「ああ。けど、次の村に連れて行って、そこで死なれるのは嫌だ。だから、次の村までなんて言わずに、その後も、せめて周辺の魔物と十二分に戦えるようになるまで付き合うよ」

 

 その言葉に、終始怯えたような顔をしていた少女の顔に、初めて安心したような笑顔が浮かんだ。

 

「あ、ありがとうございます!」

「俺はキリトだ。君は?」

「わたしは、サクラっていいます。よ、よろしくお願いします」

「敬語はなしでいいよ。じゃあ、行こうか。日暮れまでには着きたいから、急ぐぞ。走れるか?」

「う……うん!」

 

 そうして、二人は次の村《ホルンカ》へと向かって走り出した。




さて、Wordで書いたのをそのままダイレクト投稿にコピー&ペースト。
ハーメルンのサイトを開いてからわずか十秒ちょっとの出来事でした。
サクラの見た目は、FGOのマシュの目が隠れてなくて目を銀色にした感じをイメージしていただければ。あくまで大体のイメージの話ね。挿絵などない。
それはともかく、キリト君とサクラのイチャイチャを早く書きたくて仕方がない作者がここに約一名(笑)
お次は第一層攻略会議編です。気力と時間に余裕があったらアニブレ獲得編も書きたいけどあんまり期待はしないでね。
以上、人生二度目の後書きでした!

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