秘匿日誌 対象艦名:戦艦レ級   作:三河葵

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一応のストックはあるので投稿! で、冒頭から謝罪します。


加賀提督のみなさん本当にごめんなさい


是か半か否か

 

 ―――

 

 

「えぇーっと、天龍…………報告書読んだけど、これ本当に言ってるの?」

「マジだぞ。証人もいる」

「電も一緒にいたのです!」

「あぁいやぁそうじゃなくて……えぇっと、戦艦レ級の鹵獲なんて途方も無い報告を聞くのが信じられなくてね……」

 

 「どういうことなのよ……」実際叢雲もここに来てからのレ級の姿を見ているし、状態も分かっている。その上で天龍の報告書を紐解いたことから理解は示している。しかし、納得が追いついているかどうかはまた別の話である。

 執務用の机に腰をかけているもの、悩ましげな溜め息を吐くのはこの十五分以内にすでに八回目。完全に斜め上の事態に見舞われ、叢雲も対処に困っていた。こうなると本当に、提督に指示を求めるしかなかった。あくまで現状の話だが、一先ずのところでレ級は捕虜として扱うことが濃厚になっていた。

 

「こんな前例の無い状況、どう解決すれば良いのかしら……」

「なに、それを指揮官に問えば良いさ。別にお前が気負うことでも無いだろう?」

「それでも、私は叢雲なのよ! 糸口くらい見つけなくちゃ名折れよ!」

「やれやれ……」

 

 自尊心が強い叢雲から引く気は無いと感じたのか、隣で提案を投げた木曾は肩を竦ませる。羽織られたマントと歴戦を思わせる眼帯と沈着な態度が原因で、面識の薄い人物からはこっちが提督代理と思われるが、あくまで彼女は秘書艦補佐として隣にいる。五番艦たる末っ子に属しているもの、佇まいが凛然としすぎていることから、親しんだ鎮守府内でもしばしば間違われることは、木曾本人にとってはあまり歓迎していない話題だった。

 ……話を戻そう。叢雲が有能にしても、なぜ駆逐艦の彼女が提督不在時の代行まで務めているのかと、ここを訪れた提督に尋ねられたことがあるが、理由は至って単純。一番付き合いが長いのが彼女だからだ。それこそ、鎮守府に着任して最初に言葉を交わした艦である仲なのだ。提督は全面的に叢雲を信頼しているからこそ、この任を与えていた。

 相当以上の練度を迎えている叢雲と木曾。二度の改造を受けたことで当初の姿と変わっているが、それに伴った成長を見せている。二人は特にこの鎮守府において経歴が長いが、当然敵艦の鹵獲というのは初めて関わる案件だった。それも相手は戦艦レ級。根本的に、鹵獲という話すらも聞いたことの無いケースである以上、対処も極めて困難だった。表情こそ叢雲ほどで無いにしろ、拳に顎を乗せて唸る辺り、木曾にとっても深刻な悩みと言えよう。

 

「む、連絡だな。俺が出よう」

「お願いね」

 

 書類と睨み合う叢雲は、目もくれることなく短く返す。一見冷たいやり取りに見えるが、彼女は信頼している人間には必要以上に野暮を問うことはしていない。黒電話を取った木曾は、相手が既に分かっているように受話器を拾う。

 

「摩耶か」

『なんで分かったんだ!?』

「お前がマメなのは知っているからな。それで、入渠していたレ級の様子はどうだ?」

 

 威圧的とも捉えられかねない勢いで言い放ちながらも、電話の向こうで摩耶はんんっと咳を払う。態度のせいでしばしば誤解されるが、彼女は叢雲と似たタイプの素直じゃない性分だ。気取られない程度に木曾が笑う中、『それがな』と摩耶は神妙に切り出す。

 

『もう凄い勢いで絡んで来るんだよ。血色良い顔しているが大丈夫なのかって聞かれたの初めてで、それはもう困ったよ』

「ふふっ、そうか」

『あのさぁ、一応こっちは敵と入渠してたんだから、心臓に悪かったんだぞ?』

「それに関しては本当に済まない。で、他に入渠しているのは?」

『武蔵さんと山城さんだな。あと10分で皐月も入渠終了ってとこ』

「分かった。しかし、レ級だからやはり不安にはなるな」

『分かってくれてありがとな……ちなみにだけど、皐月とも打ち解けてたぞ。二人してぱんぱかぱーんだ。調子狂うったら無いよ』

「そ、そうか。連絡ありがとう」

 

 レ級の行動の悉くが、予想の斜め上を行っていることに、木曾ですらも重く息を吐いた。反応に困るに違い無いにしても、流石に敵としての印象が付きすぎているせいで、正直喜べないというのが木曾の本音だった。かくいう叢雲と木曾も支援艦隊として参加していたからこその心境だった。

 互いに悩んでいることが分かったのだろう。受話器の向こうの摩耶も、アンニュイな間を空けてから「おう、またな」と電話を終えた。

 

「なあ叢雲」

「なに?」

「あのレ級、お前はどう見てる?」

「……そうね。報告書を真に受けるなら、このまま軍備に属するのも悪くないと思うわ」

「戦力として、なのですか?」

「そうしたいところだけど、扱いが難しいのよね。捕虜として扱うことが妥当だけど、どうしても戦艦レ級だからねぇ……戦力として取り入れられたら、相当なのも確実なだけに悩むのよ」

 

 電の問いに、どうとも言えない表情を浮かべながら叢雲は答える。

 机に置かれていた紅茶にようやく手を付ける。金剛薦めの茶葉を使っているだけあって、匂いも味も程よい。その適温を喉に通したからか、叢雲の表情は幾分冷静に戻る。だからか、特殊な案件に対してやはり頭を悩ましている中、一個人として述べた叢雲のその一言には、余計な力も打算も無かった。

 

「けど、単純に仲間として過ごせたら、それが一番嬉しいと思っているわ。艦娘と深海棲艦の友好のしるしとして、ね」

 

 

 ―――

 

 

「叢雲よ、俺はなにを見ている?」

「現実よ」

「……だよねー」

 

 外鎮守府との演習を終えて叢雲からの報告書を読んだ提督は、艦娘が感じた衝撃と同じ感情を沸かせながら、甘味処間宮に到着する。提督にとっては初めて、叢雲と木曾にとっては二度目に見るものだった。二人にとって二度が慣れのうちに入らないなと実感したのは、また新しいものを見せられたからだろう。

 

「美味イ、美味イゾ! コレハナンダ!?」

「パフェですよ」

「パフ、エ? ヨク分カランガ美味イナ! 天龍、オ前モドウダ?」

「静かに食べろよ。つーかオレも食べてるし」

「ソノ赤イノクレ!」

「あ、オレのイチゴ!」

「い、電のイチゴ食べますか?」

「オォ、アリガトウナ!」

「おい待て! これはオレのだ!」

「天龍さん落ち着いて下さい! 電のもう一つあげますから!」

「ちょっと、電のイチゴが無いじゃない! 私の食べる?」

「ありがとうなのです」

 

 ……なんだか、収拾がつかないというか、提督が目を擦るのも理解出来る光景だった。

 再三認識していることだが、戦艦レ級は敵艦だ。なのに、その敵艦が艦娘と一緒に間宮でパフェを食べている。イチゴの取り合いという幼稚なやり取り自体にも目を奪われてしまうが、どうしても同じ枠の中ではしゃぐ姿に、違和感を感じずにはいられなかった。

 イチゴを頬張るレ級、レ級の態度に悪態を吐く天龍、天龍のパフェにイチゴを乗せる電、またレ級にイチゴを食べられた天龍のパフェにイチゴを乗せる電と来て、最後は電の口にイチゴを放る雷。この甘味処が騒がしくなるのはたまにあることだが、こう『賑やか』ではなく『騒がしい』空気が流れるのは珍しいことだった。勿論悪い意味でだが。

 天龍自身は気付いていないが、自分より格上のレ級と自然に取っ組み合っていた。物怖じはおろか「テメェ!」と口にしている辺り割と本気のようだが、対するレ級がにこやかにしているせいで、この場が本当に騒がしい。奥のテーブルで同じものを食べている島風と雪風も顔を顰めるほどだった。

 しかし、見るほど不思議だった。記憶を無くしていると報告を受けている提督だが、まさかこれほど溶け込むとは思っていなかった。可能性の一つでしか無いが、彼女自身、深海棲艦としていた身からこういう性格をしていたのかもしれないと推理してみる。が、そも深海棲艦の素性も知らない提督たちには、途方も無い問題だった。 …現状答えを求めてもどうしようも無い。だから深く考えることを止めた。

 

「天龍、この時間から騒ぐなっ!」

「ちょっと待て提督! レ級に言わないのかよ!?」

「怖くて言えるか!」

「身も蓋もねーなおい!」

「提督も静かにして下さい。これ以上みんなに迷惑をかけるなら、パフェは出せませんよ?」

「ナニ!? 分カッタ、静カニスル。天龍、停戦ダ」

「先に仕掛けてよく言うぜこいつは……」

 

 時間にして昼の一時半ごろ。新参が連れてきた空気は、非常に賑やかなものだった。

 

 

 ―――

 

 

「ヒトナナマルマル。集まったな」

 

 騒動から時間が過ぎて、午後の三時。扶桑と山城と加古がレ級を部屋に案内している一方で、提督執務室にて重々しい表情で面々を合わせる。

 叢雲、天龍、木曾、摩耶、日向、加賀。当時の支援部隊を召集し、ある会合が行われていた。実際は入れ替わりでもう数人いるが、参加経験の多い艦隊を選出してこの六人が呼ばれることになった。会合と言ったもの、そう呼ぶにはあまりに殺伐とした空気が流れていた。

 

「率直に聞く。戦艦レ級の今後の処遇についてみんなに聞きたい。意見があれば遠慮なく挙手を」

「私は断固反対です」

 

 ……本来なら冷静沈着を保つ正規空母の加賀が、食い気味に挙手をする。一際低い声と細められた視線から、普段に増して表情が険しかった。険しい表情と語弊を招く表現をしたが、加賀は決して無表情ではなく、表情は豊かでは無いだけで易々と無礼を働かない。だが、それらが感情が背を押してしまう程に話題に触れていることで、彼女の語調には棘が垣間見える。

 

「過ぎたことを言いますが、捕虜扱いでも甘い裁量だと思います。提督、相手が諜報目的である可能性を疑わないのですか?」

「勿論視野に入っている。疑わないほど俺も阿呆じゃない」

「でしたら……!」

「加賀の意見も分かる。が、今は少し待ってくれ。みんなの意見も聞きたい。正直、加賀と同じ意見だっていうのはいるか?」

 

 まだ言い足りないのか、加賀は不服を表情にしながらも、指示に従う。半ば無理矢理に話を切られたからだろう、加賀の無愛想は明らかに呪詛を唱えかねないほどの睨みを見せていた。内心でゾッとしながらも提督は残る五人に目を配る。

 同意見、というよりは単純に疑問にあったのだろう、摩耶は「なあ」と挙手をする。

 

「一つ気になるんだけどさ」

「なんだ?」

「仮の話で、あのレ級が本当に諜報を目的にしてたら?」

「……敵だと断定次第、沈めるつもりだ」

「なっ……!」

 

 提督の意見に異を示したのは、天龍だけだった。提督以外が同じことを言っていたら、或いは胸倉を掴んでいたほどだったが、反射的に一歩踏み出したところで、摩耶はやれやれと言う様に言葉を続ける。

 

「じゃああたしは賛成、かな」

「は?」

「あっ、言葉が足りなかったな。あたし自身は正直歓迎出来ないけど、傷が癒えてからのレ級って駆逐艦と遊んだりしてるから、好いてる奴は好いてるって状態だって。要するに、変に反対して空気おかしくするよりは、溶け込ませて様子見るのが良いんじゃないかって話だけど」

「賛成、というよりは中立寄りか」

「そうそれ。ここで過ごせば否応にボロは出すだろうし」

「では私も中立とさせて貰おう」

「日向もか」

「尤も、私は摩耶よりは好意的にしているがな。あのレ級はどうにも、邪気が無さ過ぎる。粗方を言えばこうだが、個人的には()()()()()()()()()()()()()

「……指揮官寄りの考え? ということは」

「ま、まあ日向の考えは分かった」

 

 やや苦笑を浮かべている提督と、加賀とは違った達観した笑みを向ける日向。木曾の問いに答えないまま、提督は再び目を配る。やりとりの意味は分からないまま、梯子を外された天龍はつくっていた握り拳を緩めていた。

 しかし、天龍が落ち着いたもの、その不穏を早く察知した加賀と日向だが、緩和の為にと彼女は摩耶に続いたのだ。日向自体、天龍に意見を合わせたようにも聞こえるが、嘘は言わない彼女の性分を考えれば、真偽は明白だった。

 

「木曾はどうだ?」

「……正直、あまり気乗りはしないな。レ級相手だと、事が起こってからでは手遅れになる」

「そうか、流石に反対だよな。叢雲は?」

「私は賛成よ」

 

 紛れも無くその返しは、場をざわめかせた一言だった。答えの内容に驚かされたのも事実だが、答えるまでの間の無さこそが、提督を除いた全員を困惑させた。それに、彼女の表情には曇りが無い。考えがあってのことかもしれないと、誰しもが場の沈黙を守る。

 

「日向さんも言っていたけど、悪意どころか敵意すら全く無い。それに、摩耶も言っていたことだけど、基本的に食べ物の話と駆逐艦と遊ぶことしかしていないそうよ」

「そうして誤魔化しているのは明白よ」

「待って加賀さん。最後まで聞いて。彼女は艤装も大破され、入渠の後の身体検査にも応じたと聞いているわ。おまけにあっけらかんに工廠に壊れた艤装まで預けた。つまり、今の彼女には武装や通信手段はおろか、手荷物の一つも無い。それどころか、こっちに対して非常に好意的。私見ではあるけど、私は彼女を白と見ているわ」

「とは言うけどさあ、通信手段が無いって言っても、こっちの通信室を使えば楽だろ?」

「そうでも無いぞ。皐月が言っていたが、入渠後にとにかく美味しい物が食べたいと言っていたそうだ。少し話をして興味を沸かせたのが、甘味処間宮と食事処鳳翔くらいらしい。そもそも、今後のことを聞かなかった辺り、自分がどうなるかを考えていないようだ」

「呑気だなあの馬鹿は」

 

 それについては初耳だった天龍は、思わずそう零す。

 擁護的に回る叢雲と日向に対して、疑問と反対意見を掲げる加賀と摩耶。このやり取りだけで、レ級に対する感情や思惑が隠れ見えてくる。

 ……しかし、これでは水掛け論だ。埒が明かない。視点を変えればレ級は敵と判断出来るし、頼もしい味方を得たとも言える。はずなのに、彼女はそう歓迎されていない。

 こればかりは仕方ないにしても、戦艦レ級と直接話した天龍にとっては、口惜しいものだった。否定派の意見も充分に理解出来ている一方、自分には日向や叢雲のような理論的な理由は薄かった。自分が見たもの――彼女は嘘を言っていない。大部分がそうである以上、天龍は口を開けなかった。

 

「しかし、意外に意見が割れたな。で、天龍は賛成派として」

「待て。オレまだなにも言ってないぞ?」

「報告書の書き方に出ていたぞ。まだまだ甘いな」

「ったく……」

「さて、反対意見もあるだろうが、俺から一つ折衷案を出したい。聞いてくれるか?」

 

 書き方に出ていた―――天龍が意図していなかったことにしても、自分が思っていたことが伝わったことに、嬉しさを覚えてしまう。本来なら頬を膨らます言葉だが、まさかそこまで汲まれるとも思っていなかったのだから、尚更に彼女は喜んだ。勿論、声に出せば自分が間抜けに見えるし、なにより恥ずかしいから、内心でどうにか留めることにした。

 本人に気付かれない様に柔らかく笑ってから、提督は一度眺め回す。提督だからというより、折衷案という言葉に興味が引っかかり、艦娘たちは静かに首肯する。

 

「ありがとう。俺としてはだが―――身体状況の経過観察を口実にレ級に演習を行わせる」

「演習を、ですか?」

「あぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な―――」

 

 その一言は、加賀で無くても目を見開くものだった。演習用ではなく実戦用の装備で演習を行うと言ったのだ。特に加賀にしてみれば、正気を疑われるほどに突飛な発言だった。

 

「実弾での演習!? なにを考えているのですか!? それでレ級が撃ってきたら」

「その時は迷わずに沈めて構わない。ただし、正直に的だけを撃てば、レ級は一先ず味方として受け入れるつもりだ」

「なるほど、状況を作るのか」

「あぁ。レ級にはあくまで三発と説明するが、実際は実弾二発だけの装填とする。レ級程の艦だ、一発撃てば実弾かどうかは分かるだろう。それに、艦娘と深海棲艦では艤装の作りも違うだろう。違和感を覚えられど気付かれはすまい」

「それ以降の動き次第で処遇が変わる、ということなのか?」

「そういうことだ。念の為に、艦隊同士での演習も予定している。仲間を考えているレ級が実弾を味方に向けるようなら、轟沈前提で攻めていい」

「なあ指揮官。一つ疑問だが、合同演習ということは、レ級以外全員が代用弾を使うことになるんだな?」

「いや、レ級以外の艦娘の艤装にも実弾を入れる。ただし代用弾は最初の一発だけだ。 ……念には念を入れて、もうひとつの策を用意している」

「もうひとつの策?」

「演習組と待機組で分けるつもりだ」

 

 「待機組?」天龍は首を傾げる。聞けば聞くほど、提督の考えることは博打そのものだが、炙り出すという意味で考えれば理にも適っている。極力好意的に考えれば、これくらいしないと相手も引っかからないのかもしれないが、艦一人の思惑を知るのにここまですることは、果たして如何と天龍は悩ましく唸る。

 

「そう。演習場から離れた演習中にレ級が怪しい動きを見せれば、実弾や艦載機を使って沈める。相手は戦艦レ級だ、空母を中心にした編成艦隊二つで迎撃する。極論だが、現場で戦闘を行えば待機組も発艦させて持てる火力を叩きこむ、という魂胆だ」

「……なるほど」

「ただしだ、待機組が動く条件は友軍と施設への攻撃行為が確認された時だけだ。基本的に現場の判断に任せるが、一応レ級の通信状況は俺と大淀で傍受し、怪しい言葉が出ても即時撃沈命令を出す。 ―――それが俺の折衷案だが、意見があれば遠慮無く言ってくれ」

「では一つ」

 

 予想していた提督にすれば、加賀の挙手はむしろ想定内だった。そして、なにを聞かれるかも、最初に考えていた通りのものとぴたり填まっていた。

 

「空母を中心にした待機組……私が旗艦を務めても?」

「無論待機組にお前を組み込むつもりだ。だが、旗艦は認めない」

「そう、ですか……」

「加賀、一つ約束してくれ。私情で弓を引くことはするな。いいな?」

「……心配いらないわ」

「……分かった、信用する。待機組の編成だが、旗艦は龍驤を推すつもりだ。編成については龍驤の判断に任せる。だから作戦中は旗艦の指示に従うように。一応だが、レ級にはあくまで艦載機を搭載させないから、索敵については心配しなくていい。あくまで動作確認と能力確認の名目だ。後の連絡は俺に任せてくれ」

「分かりました」

「私からも一つ聞きたいんだが」

「どうした日向」

「演習の予定日は?」

「そうだな…明日のヒトサンマルマルを予定する。今日は一先ず様子見だ」

 

 そのことは予想出来ていたのか、反応は薄く、日向のように「なるほど」と小さく頷くような挙動で終わった。

 その代わりに、提督は思い出したように両手を叩いた。

 

「ひとまず、俺からの折衷案は以上だが、なにか意見は?」

 

 ………時間にして約二十秒。その間は耳が痛くなるほど沈黙だけが流れていた。誰の声が響くこともなく、提督が提示した折衷案は可決された。一見にして危険な作戦なのは分かっているが、こうでもしないと相手は見せない。誰もが考えていたことである以上、反対は無かった。

 

「……なあ提督」

「なんだ提督。質問か?」

「個人的な意見を聞きたいんだが……お前は賛成派か? 反対派か?」

 

 反論は無い。だが、天龍には疑問があった。

 それは、この場の誰もが気になっていたことだった。事実作戦とは関係の無い、個人の思いを聞き出そうと言うのだ。口にすれば躊躇いだって生まれるかもしれない。それを敢えて無視して、天龍は本心を聞きたくて尋ねていた。

 重たげに溜め息を吐きながら、無造作に制帽を整えてから返す。

 

「……俺はお前らの提督として、全員の無事に出来るよう判断を下すだけだ」

 

 

 ―――

 

 

「全く、柄に無いことしたわね」

「俺も思ってる」

 

 会議が終わり、提督執務室内には提督と叢雲の二人だけ。重い荷物を下ろしたような安堵の息を吐いた提督を隣に、ふっと叢雲は笑う。

 

「提督としてみんなを無事にする判断、ね……レ級の真意を探る為に、演習に実弾使わせといてよく言うよ……」

「ここで沈めようとする辺り、あんたも馬鹿よね。普通なら、レ級を大本営に引き渡して昇格する、って考えもあったのに」

「あのレ級が俺たちの知っているものと同じだったら、それも考えてたよ」

 

 そう。会議中に日向が見透かした部分がそこだった。ここに引き留めようと判断した時点で、提督はお人好しだった。しかし、ここに置いた理由というのは、もう少し深い理由があってのことだった。

 

「生きた深海棲艦のサンプルというのが珍しいことは分かるが、大本営に売り渡せば、なにされるか考えたもんじゃない。粗方、解剖して生体の解明か、実験して艦娘への改造か……」

「なんにしても、碌なことは無いってことね」

「況してや、うちにいるレ級はあれだろ? アレじゃまるで、艦娘とそう変わらん。 ……しかし、まさか日向に気取られるとはな」

「日向さんとも付き合い長いんでしょ?」

「確かにそうだけどさ。となると、木曾も気付いてて黙ってたな、これは。全部バレたってのがなんか悔しいな。でも、俺の意図自体を汲んでくれた三人には感謝しているよ」

「三人? 日向と天龍と……誰?」

「お前だよ。ありがとう、叢雲」

 

 提督は悪戯半分の気持ちで笑みを向けながらも、我ながら力の抜けた自然な笑みを向けていた。

 こういった直球に弱い叢雲にすれば、タジタジと目を逸らすくらしか対応策が無かった。

 

「ば、馬鹿言っていないで、明日の演習の編成でも考えなさいよ!」

「違いない。さてと……」

 

 ここで困難なのが、演習組も待機組も、等しく強くなくてはいけない。幸運なことに、あくまで純然たる戦艦としての能力を測るという口実上、雷撃も艦載機も使われる心配は無い。少しばかりでも不安要素が外されているのが嬉しいが、天龍の報告書を信頼すればエリートの反応もあったということから、最低でも()()()()()()()()()()()()()()()()()必要性が高い。つまり、必然と熟練度の高い艦を演習組に備えないといけない。かといって、もしもの場合を想定しての待機組もそうでなくては話にならない。

 

「……資源回収よりは、まず鎮守府の存続だな。叢雲、遠征中の隊に即時帰還の指示を」

「戻り次第提督執務室にて会議、よね?」

「流石俺の相棒。よく分かってる」

「ま、真顔で変なこと言わないでよねっ!

 

 資源の回収が出来ないことに口惜しさを唱える場合ではない。提督は重い溜め息を吐いて叢雲に伝えた。遠征の失敗や未回収というのは、結果だけを言えば艦隊を動かした分の費用分はかさむ以上、極力避けたい事態なのだが、そうも言っていられない。別に提督は資源の無駄遣いを嫌う倹約家でも無いが、気持ちの問題として単に失敗したくないだけの話である。

 ――手札は多いに越したことは無い。戦艦レ級が絡んでいる以上、緩めればどこかで綻んでしまう。それだけは避けたい。赤面する叢雲の頭を撫でながらも、提督は明日の為に脳内を巡らせていた。

 




嫁のロシアンルーレットにならないよう慎重に書く次第です(決意表明)

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