オメガJ召喚   作:二等市民

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列強国の影

 

 ──中央暦1639年9月25日 フェン王国 首都アマノキ

 

 日本国外務省職員の島田は、人と飛竜がバラバラになって海面上に落下していく様子を眺めて、しばらくはこの近くで獲れた魚は食べないようにしよう、などと考えて現実逃避を図っていた。

 

「いや待て、まだ何とかなる。正当防衛だ、1発なら誤射だ」

 

 海上保安庁の巡視艇は撃たれたから撃ち返しただけであり、海上自衛隊の護衛艦は射撃展示中の不幸な事故だ。そんな通るワケのない言い訳を組み立てている最中の島田に、他国の武官が声をかける。

 

「やぁやぁ、日本国の外交官殿! 貴国の軍船は凄まじいですなぁ‼︎ まさか空を飛ぶ飛竜を1発で撃ち落としてしまうとは‼︎」

「あの、あれはたまたまで……誤射といいますか、不幸な事故といいますか」

「ぬわははは! ご謙遜を! 8隻が8隻とも飛竜を一発必中で撃墜して、偶然はあり得ませぬぞ! いやはや素晴らしい‼︎」

「おお! この方が日本国の外交官か⁉︎」

 

 日本の外交官がこの場にいると気付いた各国の武官や、アマノキの住民が集まって口々に日本国の武威を讃える。

 その輪の中心で、島田は頭を抱えた。

 

 ふと、このまま日本の武力を誇示して各国と国交交渉を進めてしまおうか、などという考えが頭をよぎる島田だが、それよりも事態の悪化を防がねばと考えて情報収集を開始する。

 

「あの、さっきの飛竜はどこの国のものでしょうか?」

「鞍に付いていた旗を見るに、パーパルディア皇国のワイバーン……大きさと速度からするとワイバーンロードでしょうな。まさか、知らずに戦ったので?」

「ええ。本当に、今のは不幸な事故でして」

「なんと‼︎ 事前の準備も無しに、突発的な戦闘で列強のワイバーンロードを撃墜できるとは‼︎」

 

 島田の言葉に文明圏外国の武官や外交官が大袈裟なくらい驚き、次いで感嘆の声を上げる。

 

「パーパルディアはおそらく、多数の国から参加者を招いている軍祭に合わせて、フェン王国に懲罰を与えようとしたのでしょうな」

「しかも、我らも巻き込んで。フェン王国と仲良くしようとする国も気に食わないということか」

「きっとそうでしょう。あの国の第3外務局はそういう(さか)しいところがありますから」

「ところが、ぶわははは‼︎ ここにおられる日本国の方々の活躍で皇国の飛竜は返り討ち! 我らは無傷で皇国は赤っ恥をかき、ああ愉快愉快‼︎」

 

 彼らの言葉に、フェン王国がパーパルディア皇国による攻撃を受けたこと自体への驚きが無いことに気付き、島田は愕然とする。

 フェン王国が攻撃されるであろうことは、日本以外の国は予想していたのだ。ただ、それがいつになるかは分からなかっただけで。

 

(嵌められた────‼︎)

 

 剣王シハンはこの事態を予測していたのだろう。日本を巻き込み、協力を得るために情報をわざと明かさなかったに違いない。

 恨み言を言いたくなる島田だが、彼は外交官である。剣王へ対する呪咀は飲み込み、情報収集がお粗末だったのだと自らの運命を呪う。

 

 ところが、危難は去ったわけではなかった。

 海上保安庁の職員が慌てた様子で島田に近づく。

 

「通して下さい、ちょっと通して! 島田さん‼︎ 大変、大変てす!」

 

 武官や外交官を押し退けた職員は、海上自衛隊の護衛艦からの火急の知らせを持ってきた。

 

「護衛艦のレーダーがフェン王国の西方110マイルに速力15ktで東進する艦隊を探知しました! 8時間後にはここに来ます!」

 

 事態は切迫していた。

 夕方からフェン王国と日本国の国交樹立を目指す会議を開催する予定だったが、日本国外務省はフェン王国外交部署に即時の会談を求め、フェン王国側はこの要請に応じた。

 

 

 

 王城は被害を受けたため、城下町の高級料亭を貸し切りにして会談が行われる。

 用意された部屋に派手さや豪華さはないが、国賓を饗応(きょうおう)する場所として使われてきた一室で、趣きがあり居心地のいい座敷である。

 茶が出されてしばらくすると、フェン王国の武将マグレブがやって来た。

 

「日本のみなさま、今回は我がフェン王国を不意打ちしてきた襲撃者を、真に見事な武技で退治していただいたことに、まずは謝意を申し上げます」

「いえ、我々は貴国を守ったのではありません。我が国の艦艇に攻撃が及んだので、正当防衛をしただけです」

 

 深々と頭を下げたマグレブに対し、島田は事実を都合良く受け取るなと牽制した。その言葉に焦ったのか、マグレブは話を進めようとする。

 

「我が国が助かったのは事実ですので、謝意は示させていただきます。では、早速ですが国交樹立の事前協議を……実務者協議の準備をしたいのですが……」

 

 フェン王国は、日本を味方に引き入れたくてたまらないようである。

 これには島田も苛立ちを隠せなかった。

 

「貴国はもう戦争状態にあるのではないですか? 状況が変わりましたので、我々の権限だけでは現時点で国交交渉が出来ません。貴国の状況と事態の重大性を考えると、一度帰国して内容を詰めてから、再度ご連絡いたしたいと思います」

 

 島田も含め、外務省職員はパーパルディア艦隊が到着する前に、一刻も早く引き上げたかったのだ。

 

「承知いたしました。良い返事を期待しています。ただ一つ、これだけは心に留めおいて下さい。あなた方があっさりと片付けた飛竜部隊は、第三文明圏の列強国、パーパルディア皇国の監察軍所属です。我が国はパーパルディアから土地を献上せよと一方的に要求され、それを拒否しました。それだけで襲って来たような国です」

 

 島田が生唾を飲む。パーパルディア皇国については他の外務省職員が接触を図っているが、反応は芳しくないらしいと聞いていた。

 マグレブは淡々と続ける。

 

「過去に、我々のようにパーパルディアに懲罰的攻撃を加えられた国がありました。その国は不意打ちで竜騎士を狙い、殺しました。その報復としてパーパルディア皇国に攻め滅ぼされた後、反抗的な者はすべて処刑され、その他の全ての国民は奴隷として、各国に売られていきました。王族は親戚縁者すべて皆殺しとなり、王城前で串刺しにされ晒されました。パーパルディア皇国に限った話ではありません。列強というのは、強いプライドを持った国だということを、お忘れなきように」

 

 ぞっとするような話を聞いた後、外務省の一団は港に向かった。

 

 

 フェン王国の首都アマノキの港には、安宅船に似たフェン王国の水軍船の他、文明圏外国の帆船が並んでいる。大小様々な船が整然と停泊している景色は、なかなかに壮観な眺めだった。

 しかし、その場に日本の護衛艦の姿は無い。

 文明圏外国家の港は水深が浅いことが多く、アマノキの港も護衛艦が入港できるほどの水深がないので、外務省職員の送迎は海上保安庁の巡視艇『いなさ』が行う。

 ヘリを使用すれば移動は早いが、首都上空を飛行すると相手国を刺激したり、航空機を見せるのは時期尚早であると判断されたため、移動は船である。

 

 巡視艇『いなさ』はアマノキの桟橋に停泊し、外務省の一団が戻って来るのを待っていた。

 港では、人々が目を輝かせ、こちらに手を振っている。

 

「とーちゃん、あの白い船がさっきの悪い奴らをやっつけてくれたんだよね」

「そうさ! あの光弾の嵐、すごかっただろう!」

「うん! すごかった!」

「おーーい!」

 

 満面の笑みで海上保安庁の職員に手をふるフェン王国の人々。いなさの乗員たちは少し硬い笑顔で手を振り返す。

 これほどまでに好意的な視線を受けたのは、初めての経験だった。しかし、巡視艇は護衛艦からの情報により撤収することを決めていた。

 好意を向けて来る相手を、民間人を見捨てて逃げ去ることに唇を噛む『いなさ』の乗員たち。

 ──しかし事態は彼らの知らない、目の届かない水面下で動いていた。

 

 

 

「マズイことになったな……」

 

 佐藤は漁船に積み込んだ無線器で海上自衛隊の交信を傍受し、状況を正確に把握していた。

 及び腰な日本国は他国の諍いに首を突っ込もうとはしないだろう。海上自衛隊と海上保安庁は撤収するに違いない。

 となると、佐藤と中村はフェン王国に取り残されてしまう。この場にいないことになっている2人は、巡視艇に保護を求めるわけにもいかない。

 装備を持ち込んではいるが、大軍を相手に戦えるほどではない。22隻もの艦隊を相手に戦うことはできない。

 

 ではどうするか。悩んだのは一瞬だった。

 佐藤は中村を呼び寄せる。

 

「中村、巡視艇の出港を妨害しろ。手段は任せる」

「エェッ⁉︎ 僕がですか……?」

「他にいねぇだろ。それとも俺にやれってか?」

「い、いいえ」

 

 佐藤に睨まれた中村は、漁網を持ってすごすごと海へ向かった。

 

 

 

 

 外務省の一団は焦りを隠そうともせず『いなさ』へと駆け込んだ。海上保安庁の職員も事態を認識しており、すぐに出港しようとしたのだが……。

 

「船長! スクリューに何か巻き込んでいます‼︎」

 

 甲板上で出港前の点検をしていた乗員が、船尾付近に沈んでいる網に気付いて報告。このまま機関を運転させるとプロペラやシャフトが破損する可能性があり、『いなさ』のブリッジは緊迫した空気に包まれた。

 いつまでたっても船が動き出さないことに不安を感じた外務省職員が、ブリッジまでやって来る。

 

「どうしたんだ? なぜ出航しない⁉︎」

「スクリューが漁網を巻き込んでいるようです。このままでは危険ですから、網を外します」

「網を外すって、どれくらいの時間かかるんだ」

「さぁ……。潜水作業で確認し、5分10分か、それとも1時間かかるか……」

「そんな悠長な! 網なんて切ってしまえばすぐに取れるだろう‼︎」

「漁網は民有財産ですよ。切ったりなんかして、賠償を求められたらどうするんです」

 

 海上保安庁職員に言われ、外務省職員は必死に方策を考える。

 

「自衛隊に曳航してもらうことは出来ないのか?」

「港の水深が浅くて無理です」

「じゃあ、ボートで迎えにきてもらって、船だけ残していけば……」

「新世界技術流出防止法にかかります」

「では、いなさを撃沈してしまえば……」

「あ? ウチの船をどうするって?」

「いや、なんでもないです、はい」

 

 まだ時間的に余裕があるのでダイバーを潜らせ網を外す作業を行いつつ、護衛艦でパーパルディア艦隊を足止めするように指示を出して欲しいと政府に求めることにする。

 

「本省に問い合わせる」

 

 外務省への報告と支援要請をすることになった島田は、力なく言った。

 

 

 外務省から報告を受けた日本国政府は、フェン王国西側沖へ護衛艦を派遣することを決定した。

 パーパルディア皇国艦隊とフェン王国が衝突する前に、話し合いが出来ないかを試す。

 戦闘は回避したいが、新世界においてはある程度の積極的外交も必要との判断から、今回の行動の命は下された。

 ──というのは表向きの理由で、本当はバッドカルマが統幕長の斎藤を介して何人かの議員に()()()()()をしたからだ。

 

 中村の細工により動けなくなった『いなさ』と、『いなさ』を守るために沖へと向かう護衛艦を眺めながら、佐藤は言う。

 

「中村、ホントにお前はどうしようもないな。自分が助かるために同胞を巻き込みやがった」

 

(お前がやらせたんだろうが! クソデブ‼︎)

 いつか殺そう。そう決意を新たにして、中村は拳を固く握り締めた。

 

 

 

 

 ──同時刻 フェン王国西方

 

 フェン王国王宮直轄水軍の精鋭13隻は、パーパルディア皇国との関係悪化から戦争の可能性があるとして、王国西側約150km付近の海域を警戒していた。

 軍船は木製で、効率の悪そうな帆を張って進む。機動戦闘が必要な場合は、船から突き出たオールを全力で漕ぐ。

 上甲板には、槍のように巨大な矢を放つ大型弩弓が片舷に3機ずつ設置されている他、火矢を防ぐための木製盾が等間隔に整然と置かれ、その影に火矢に使う油壺が配置されている。

 13隻の水軍を束ねる旗艦は、他の船に比べて一回り大きく、船首に艦隊で唯一の大砲を積んでいた。

 水軍武将クシラは大砲の横に立ち、西方向の水平線を睨む。

 

「クシラ様、パーパルディア皇国は来ますかね……」

「先ほどワイバーンロードが東へ……我が国に向かって飛んでいった。必ず来る!」

 

 不安そうな面持ちで話しかけた副官は、列強相手に戦うのだということに恐怖し、顔が引きつって笑いながら泣いているような表情になっていた。

 

「……勝てるおつもりですか?」

「列強相手だからと、負けるために戦うか? 我が兵はかなりの精鋭揃いだ。それに、新兵器もある」

 

 クシラは傍らにある大砲を叩く。

 

「文明圏でのみ使用されている魔道兵器だ! 球形の鉄の弾を1km近くも飛ばして船にぶつけ、破孔を開けて沈める。これほどの兵器を船に積んだんだ!」

「確かに、すごい破壊力でした」

 

 副官は魔導兵器の試射に同席した際に見た威力を思い出した。

 

「列強国の軍とはいえ、監察軍は二線級部隊だ。我が軍の練度は奴等を遥かに上回る。心配いらん」

 

 クシラは力強く言う。しかしそれは強がりだ。部下の前で不安は口に出来ないが、クシラは戦列艦と呼ばれる船ごと破壊出来る超兵器が列強には存在することを知っていた。

 フェン王国の兵士は、ひたすら自らの武技を磨くことを求められる。敵国の情報を知る必要があるのは指揮官だけで、多くの兵は大砲という物の存在すら知らない。

 

 クシラは考える。おそらく戦列艦とは、このフェン王国最強の船、旗艦『剣神』のように、文明圏に存在する大砲と呼ばれる魔道兵器を船に積んだものだろう。

 しかも、その剣神と同等の船が、列強では普通に存在すると考えられる。

 どうすれば勝てるのか。クシラの頭脳は列強パーパルディア皇国との戦闘に備え、フル回転を始める。

 

「水平線上に帆柱(マスト)確認! 数22‼︎」

 

 安宅船にはない檣楼で見張りをしていた兵士が大声で報告する。

 

「ついに来たか‼︎」

 

 甲板の高さからでも水平線に艦影が見えてくる。

 望遠鏡を通して見れば、その艦はクシラたちの乗る水軍の船に比べ、遥かに大きく流麗な姿をしていた。

 美しさと機能性を兼ね備えたマストに風の魔法で吹き付けられる風を受け、フェン王国式の船より速い速度で船は進む。

 水平線から徐々に大きくなっていく敵艦隊は、フェン王国水軍武将クシラから見ても優雅であり、美しく、力強い。

 各艦の乱れない動きから、錬度も高いように思えた。

 

「難敵だな……。帆柱を解体、投棄‼︎」

 

 帆を畳み、大木を何本も組み合わせて作られている帆柱を分解して海に捨てる。少しでも軽くするためだ。

 乗員が慌ただしく動き回り、その作業をしている間にも、双方の距離はどんどん近づく。

 

「合戦準備‼︎ くそ、思ったより敵の船脚が速い!」

 

 クシラの想定する船速よりも速く艦隊は近づいてくる。

 

「くっ! 各艦へ『我に続航せよ』『単縦陣』『突撃』信号旗揚げよ‼︎」

 

(頼むぞ……)

 クシラは旗艦『剣神』の船首に1門だけ設置された魔導砲に願いを込めた。

 

 

 

 

「艦影確認。あの旗はフェン王国水軍です」

 

 皇国監査軍東洋艦隊のポクトアール提督は報告を受け、幹部陣と情報を共有し、整理するために艦隊参謀と艦長に話しかける。

 

「フェン王国の艦隊か。ワイバーンロード部隊の通信が途絶しているということは、だ……、なんらかの新兵器を持っているのかもしれないな。君らはどう考える?」

「ワイバーンロード部隊の通信途絶、ですか。蛮国に殲滅されるよりは、どこかでサボタージュしているという方がまだ可能性がありますが……まぁ、海の上では何が起きるかわからないものです」

「通常ならば有り得ない事態です。それが起きた以上、フェン王国に何か隠し球があると見るべきかと。最初から全力でいくべきです」

「やはりそう思うか……よろしい」

 

 ポクトアールは船尾楼から声を張り上げる。

 

「相手を蛮族と侮ってはいかん! 列強艦隊を相手にする意気込みで、最大の注意を払って全力で叩き潰すぞ‼︎」

 

 艦隊は速力を上げ、フェン王国水軍へ向かう。

 

「敵艦隊、(マスト)を投棄しています! 単縦陣で突っ込んで来る‼︎」

「必死だな。劣勢な兵力で向かってくるほど馬鹿なら、公平な機会を与えてやるわけにはいかない。……さて、何を隠している?」

 

 見張りからの報告を聞き、ポクトアールは舌舐めずりする。

 

「カモにはチャンスを与えてやらない。艦隊各艦へ、回頭用意!」

 

 

 

 フェン王国水軍武将クシラは、敵との距離が縮まるにつれ緊張が増し、額に汗を滲ませていた。

 

「間もなく敵との距離が2kmに接近します」

「あと1kmで敵の砲の射程に入るか……櫂を用意‼︎ 最大船速‼︎」

 

 各船両舷からオールが突き出され、太鼓のリズムに合わせて漕がれ始める。

 フェン王国水軍13隻が限界まで速度を上げた時、パーパルディアの艦隊に動きがあった。

 

「敵船が旋回しました!」

 

 敵の艦隊が一斉に回頭し、フェン王国水軍に横腹を晒した。

 

「何をする気だ⁉︎」

 

 クシラは敵船の不可思議な動きに警戒を強める。

 不意に敵船から多数の白煙が上がり、敵艦隊が煙に包まれる。

 

 ──BOM! DODOM! BAGOM!

 

「ま、まさか‼︎ 魔導砲⁉︎ そんな馬鹿な!」

 

 クシラは狼狽し、思わず叫んでいた。文明圏で使用されている魔導砲は、射程距離が1kmだったはずなのだ。現在、敵との距離は2km、まだ倍もの距離がある。

 しかも、こちらは『剣神』の船首に1門だけ魔導砲を設置しているが、敵は1艦あたりに比較にならないほどの数の魔導砲を搭載している。

 

 HUWAM──!

 ZUVO! ZABOOM!

 

 砲弾が海上に落下し、水柱が林立する。

 

(く……当たるなよ‼︎)

 水軍武将クシラは神に祈る。

 しかし神は無慈悲だった。

 

ZUMM……BUH-FOOOOM!

 後方から響いた耳朶を打つ轟音に振り返ると、旗艦『剣神』の後方を航行していた船が業火に焼かれていた。

 直撃した砲弾が炸裂し、甲板上に置かれていた火矢を放つための油壺をなぎ倒し、撒き散らされた油に引火したのだ。

 フェン王国の精鋭部隊が燃えてしまう。鍛え抜かれた肉体、訓練に訓練を重ね、地獄のような鍛練により得られた剣術を発揮する事無く船上で焼かれ、転げまわる兵士たち。

 

「なんということだッ‼︎」

 

 クシラの想像もしていなかった地獄。

 砲弾が次々とフェン王国水軍の軍船に着弾し、多数の船が炎上してゆく。

 

「牽制しなければ‼︎ いや、せめて一矢報いなければッ‼︎ 魔導砲、放てッ‼︎」

 

 旗艦『剣神』の船首に設置されている魔導砲が、轟音と共に球形砲弾を放つ。

 次の瞬間、敵砲が放った砲弾が旗艦『剣神』に着弾し、大爆発を引き起こす。

 甲板が砕かれ、兵がなぎ倒された。

 

「これが……列強かぁッ‼︎」

 

 砲艦の数、1艦あたりの砲数の差、砲の射程距離や威力、そして艦の船速。どれもが桁違いであり、クシラは力の差を思い知る。

 これほどの差とは思わなかった。列強とは、文明圏内での国の規模が違うだけで、そこまで技術的な差があるとは思っていなかった。

 しかし、現実は違った。技術において、列強は文明圏国家の中で突出しているのだ。

 これでは、敵が1艦だったとしても勝てない。

 クシラの意識は、燃え盛る旗艦『剣神』の弾薬室への引火と共に、永遠に失われた。

 

 

 

「フェン王国水軍の艦は13隻、すべて撃沈しました。我が方の損失ゼロ、人員装備異常なし」

「ふむん? 考えすぎだったか」

 

 用心したポクトアールは、伝説に謳われる丁字戦法をとり射程ギリギリで砲撃を開始した。しかし、終わって見れば無駄に慎重になり過ぎていたように思える。

 

「敵はやはり蛮族でしたね。大砲を1発だけ撃ってきましたが、艦隊の遥か手前に着弾していますし、炸裂もしていません。おそらく文明圏国家で使用されている、我が国からしたら旧式の砲です」

 

 艦長の報告を聞きながら、ポクトアールは考え込む。

 海戦の結果は予想通り。しかしそうなると、ワイバーンロード部隊はいったいどうしたのか? どうにも腑に落ちない。

 

「……水軍ではないのなら、アマノキに何かあるのか? 進路をフェン王国首都、アマノキへとれ‼︎」

 

 艦隊はさらなる敵を求めて──ポクトアールの抱いた違和感の正体を求めて東へ向かった。

 


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