キミに溺れる。   作:祈祷師

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十一話

 

「ふー、楽しみだね! ね、りょうた?」

「そうだな! でも忘れんなよ? なにせ、十年後だからな」

「わたしは忘れたりしないよ。わたしより、りょうたの方が忘れそうで心配だよ」

「おいおい、おれが忘れるわけねーだろ」

「ほんとかなー?」

「ほんとだって! だって…………」

「ん、なに? 声が小さくて聞こえない」

「な、なんでもない!」

「ふーん。まあ、もしりょうたが忘れても、わたしが思い出させてあげるから大丈夫!」

「だから忘れないってば!」

「はいはい。じゃあまた十年後に、ここへ来ようね」

「はぁ……まあいいか。うん、また十年後に、ここへ来よう」

 

 

 

 

 

 

 五月に入ってから香澄は毎日忙しそうにしていた。

 具体的には市ヶ谷さんを攻略しようとしているらしい。恋愛ゲームか。

 最近は蔵の掃除の手伝いをしているんだとか。

 それがバンドにどう繋がるのかよくわかんないけど。

 でもそれで涼太は最近かまってもらえなくて面白くないようだ。

 今日も香澄は放課後になると誰よりも早く教室から出ていった。

 

「バンドやるんだ!」

 

 あの日、一等星よりも眩しい笑顔でそう宣言した香澄を、私は忘れない。

 応援してるよ、頑張れ。

 

 歩き慣れたアスファルトの上を行く。

 ゆっくり流れる雲と歩調を合わせるように、一歩一歩を踏みしめる。

 こうやって歩いていると、確かに見えてくるものがある。

 

 多分、いつだって自分の歩き方を探していたように思う。

 涼太にただの幼馴染としてじゃなく、一人の女の子として好かれたくて。

 でも、どうすればいいのかなんてなに一つわからなくて、私は涼太が好きになった子を片っ端から真似した。

 表情、仕草、髪型、趣味、習い事、服装、その他もろもろ。

 それなりに悩んだけど、不器用だったから、そのうち何もかもうまくいかなくなっちゃって。

 終いにはうまく笑えなくなったし。

 胸の痛みだって深まるばかり。

 

 

 でも、でもね。

 

 

 キミと過ごした日々はやっぱり特別で。

 どんな日々も宝石みたいな思い出で。

 全部がかけがえのない宝物で。

 私の心が帰る大事な場所は、やっぱりキミの隣なんだと思う。

 けれど、キミの隣に女の子としての私の居場所はないんだって、いつも思い知らされる。そこにいるためには幼馴染でいるしかないんだ、って。

 きっとそれは、これから先も変わらないんだろう。

 そして、いつか幼馴染としても隣に居られなくなる日が来るのだろう。

 いい加減そんなことはわかっている。

 

 だから、最後に少しだけ、私に夢を見せてください。

 アルバムに残る何気ない一枚でいいから、いつかこんなこともあったねって笑えるくらいの、ささやかな思い出をください。

 

「おっす、沙綾」

「おす」

 

 いつものカフェに、いつものように二人で入る。

 

 今日から一週間後の日付は五月十九日。

 

 私と涼太の誕生日。

 

 

 

 

 

 

 いつもの席。

 入口向かって右側の奥から二番目。

 窓から川を眺められる特等席。

 ここが、私たちの世界。

 

 コーヒーの香りがする。

 ほろ苦くて、少し寂しげな、嗅ぎ慣れた匂い。

 店内のBGMはいつの日か聴いた、クライスラーの「愛の悲しみ」

 

「そういえばあの川、懐かしいな」

 

 窓から川を眺めながら涼太はひとりごちた。

 ふっと緩んだ柔らかい表情をして、キミが見ているものは果たして。

 

「昔よく遊んだよね」

「近所の公園か、ここの川が定番だったな」

「……この間、私が雨宿りしていたのも、そこの橋の下だよ」

「おかげで見つけられてよかった。案外行くところはガキの頃と変わんないもんだな」

「そうだね。うん、そうかもしれない」

 

 目を閉じればいつかの空が見える。

 子どもの頃の方が空はずっと青く、高く、広く見えた。

 目を開けて窓の外の空を見上げた。

 今はもう、あの頃のような感動は得られない。

 このガラス窓みたいに、余計なフィルタがかかっているんだろう。

 でもまあ、そんなものなんだと思う。

 私たちは知らぬ間にどこかで何かを捨てていて、いつかそれに気づいた時にはもう開き直っている。みんなそうやって生きている。

 

 私はこの想いをなかなか捨てられないんだけどね。そりゃあもう何年も持ち続けているんだもの。心の中にはまだ手放せない自分がいる。

 だけど、きっとそれでもいいんだ。

 

 

 ――涼太が好き。

 

 

 本心では、この気持ちがこれから先もずっと続いて、いつか報われる日がくればいいなと思っている。

 ただの願望。

 ともすればそれは、なんだか虚しいモノのように思える。

 でもそこにだって何の意味もないわけではない。

 結局は捉え方次第だ。

 

「ねぇ、来週は誕生日じゃない?」

「あぁ、そうだな」

「十六歳だよ」

「十六歳だな」

「……ちゃんと、来てね?」

「毎年やってんだから行くに決まってんだろ」

「そう、だけどさ。それもだけど……ね」

 

 でも、まあ、ひとまずは。

 約束。覚えててくれてたら、それだけでいいや。

 


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