キミに溺れる。   作:祈祷師

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五話

 

 おばさんに、『今日は私がお店の手伝いをすることになりました』と連絡すると、『大丈夫よ。帰ってきたら涼太しめとくから』と返信がきた。

 ただの世間話の流れで涼太の悲惨な未来が決まる。

 どうやら、涼太は彼女ができたことをまだおばさん達に言っていないらしい。

 お気の毒に、なんて密かに思った私は悪くないはず。

 しかし、今日実家の方は手伝いにいけないとすでに言ってしまったし、いまさらそういう気分にもなれない。

 ひとりでどっか行こうかな。

 スマホを制服のポケットに入れて、リュックを背負う。

 

「さーや! 一緒に帰ろ」

「香澄。うん、いいよ」

 

 今日できたばかりの新しい友達。

 あ、なんだ。なんも変わんないって思ってたけど、新入生っぽいことちゃんとしてたね。

 香澄と連れ立って校舎を出る。

 高校初日はお昼頃には下校となった。

 オリエンテーションなどは明日から。

 だらだらと話しながら、校門を抜けた。

 

「変なこと言ったかな……」

「ん?」

「自己紹介」

「あぁ……」

 

 話題はクラスのことへ。

 その中でも、最初の自己紹介で香澄はとても印象的なことを言っていた。

 本人はそんな気はなかったようだけど、周りの反応が思っていたのと違ってたからか、今まで気にしていたみたい。

 

「私、やっぱり変だった?」

 

 子犬みたいに目を潤ませて縋るように肩を掴まれる。

 うぅ、卑怯だなぁ。素でこれなんだからタチが悪い。

 

「私は、いいと思ったよ」

 

 私は、ね。

 精一杯のフォロー。

 まあ、周りの子たちも、不思議に思っただけで馬鹿にしていたわけではなかったと思うけど。

 

『キラキラドキドキしたいです!』

 

 臆面もなく香澄はそう宣言した。

 とても素直な気持ちを述べていた。

 私はただただ、この少女に圧倒されたのだ。

 勝手にだけど。

 

 私の目は、彼女みたいにキラキラしているだろうか。

 私の心は、彼女みたいにドキドキしているだろうか。

 

 いつもの問いかけ。自分への問いかけ。

 でも悲しいことに、答えはいつも決まっている。

 

「ほんと!?」

 

 私の見解を聞いて、香澄は安心したように頬をほころばせる。

 可愛い子だなぁ。

 同性としてでも、そう思わずにはいられない。

 

「じゃあ、明日から部活見学一緒に行ってくれる?」

 

 香澄はキラキラドキドキできるものを探している。

 だからまずは部活見学で色んなところを回ってみたいんだろう。

 でも、私は。

 

「あー、ごめん。部活は……」

「……そっか」

「うん」

「じゃあしょうがないね」

 

 今、容易く触れ合える距離にいる香澄。

 けれど、目に見えなず踏み越えることを許さない線引きをした私。

 私ってやっぱりずるい女?

 

「さーやの家はどっち?」

「あっち」

「そうなんだ、残念。私と反対だ」

「あはは。じゃ、また明日ね」

「うん、バイバーイ!」

 

 手を振り合って別れた。

 またね、って。

 

 

 

 

 

 

 いつものカフェにひとりで向かう。

 ここに来る時はたいてい隣に涼太がいた。

 もちろん今日はいない。

 

 カランコロン。

 下駄で歩く時のような、郷愁を感じる音が鳴る。

 この店の入店ベルが個人的には好きだ。

 

 いらっしゃいませ、といつもの店員さん。

 ちらっと私の隣に視線を向けたのが分かった。

 平日なのもあってか店内にお客さんはあまりいない。

 幸い、いつもの席が空いていたので私はそこに座った。

 

 お昼ご飯にパスタ、それから食後のコーヒーを注文した。

 頼んだパスタはもちろんペペロンチーノ。

 私の好物。

 

 店内のBGMに耳を傾けながら料理を待つ。

 華やかで、踊りまわるようなフレーズが特徴的な曲。

 クライスラー、「愛の喜び」

 先日店内にかかっていた「愛の悲しみ」と対になる曲。

 うっとりと艶やかなメロディに思わず聴き入ってしまう。

 たっぷり曲を堪能した後に料理が運ばれてくる。

 

 どうしよう、写真撮ろうかな。

 うーん。でも冷めたらもったいないし、さっそく食べちゃおう。

 というわけでいただきます。

 

 美味しいペペロンチーノをいただいた後は優雅にコーヒーを。

 ふわりと湯気が立ちのぼり、ブルーマウンテンの芳醇な香りも一緒に溶け込んでいる。

 ぽとん、と角砂糖を一個投入。

 ティースプーンでぐるぐるかき混ぜる。

 息を吹きかけて湯を冷まし、一口。

 鼻に抜ける酸味と香り。

 シュガーの甘い主張。

 胃に温かい液体が流れていくのを感じながら、ほうと熱い息をはいた。

 

 外に目を向けると、桜並木と穏やかな小川。

 涼太は今頃何をしてるんだろう。

 もう彼女と一緒にいるのかな。

 どこで花見をするのかな。

 もうそこに着いた?

 それともまだ向かってる途中?

 

 目を閉じる。

 まぶたの裏側に映る、涼太と、私の知らない誰か。

 肩ぐらいに彼女の頭があって、少し見下ろしてキミは笑う。

 僅かな拍子で触れ合う肌。

 意識する指先。

 高鳴る心音。

 そうしてついに手を繋ぐ。

 少しごつごつした大きなキミの手と、柔らかくて線の細い小さな彼女の手。

 初々しい仕草。

 交わす照れ笑い。

 やがて、満開の桜がふたりを迎える。

 

 ――どうしたって私は涼太の隣にいない。

 

 ゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 視線は窓の外。

 春風に囁かれて、桜の木が揺れている。

 一瞬、黒猫が見えたような気がした。

 また、コーヒーを飲む。

 砂糖の甘さが過ぎ去った後に残ったのは、コーヒー本来の苦味だった。

 


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