キミに溺れる。   作:祈祷師

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六話

 

 終礼を終え、放課後。

 体操服姿で教室から飛び出ていく香澄を尻目に、リュックを背負った。

 香澄はどうやら全ての部活動を見学するつもりらしい。

 そうまでして、キラキラドキドキしたいんだね。

 

 いや、もしかしたら。

 そうまでしないと、キラキラドキドキできないのかもしれない。

 しかも報われる保証はどこにもない。

 なんだかそれは残酷なことのように思えた。

 

 ポケットのスマホが震えてメッセージの着信を知らせてくる。

 確認すると涼太からだ。

 

『一緒に帰ろーぜ』

 

 どうしたんだろ、珍しい。

 

『いいけど。今どこ?』

『もうちょいで花女の校門』

 

 マジか。

 私は居てもたってもいられず、教室を急ぎ出て早歩きで廊下を歩いた。

 リノリウムを蹴る靴の音がいつもより鮮明に聴こえる。

 放課後のざわめきはなんだかあまり気にならなかった。

 下駄箱で靴を履き替えながら、同じクラスの子と別れの挨拶。

 

「お、沙綾。今日はなんだか急いでるね。どうしたの?」

「え、急いでるように見える?」

「うん。いつもより動きが素早いよ」

「気のせいでしょ」

 

 冗談を交え笑いながら靴を履き替える。

 我ながら白々しい返答。

 そりゃ急ぐよ。誰かさんがわざわざ来てくれるんだもん。

 私と一緒に帰るために。

 

「あと、なんか嬉しそう」

 

 うん、それは図星です。

 

「さては……男だな!」

「そんなんじゃないよ」

 

 確かに男の子ではあるけどそういう関係じゃない。

 

「じゃあなによ」

「ただの幼馴染」

 

 本当に、たったそれだけの関係だ。

 話はこれで終わり、とばかりに私は微笑んだ。

 

「あー、なるほどね。ま、がんばりな」

「じゃ、ばいばい」

「あ、またね」

 

 逃げるようにさよならをした。

 どうして女の子はこうも察しがいいのだろうか。

 それとも、もしかして私って笑顔が下手なのかな。

 うわ、だとしたら接客業としては致命的だ。

 なんて、誤魔化してばかりいる。

 

 校門に近づくと、ひとりだけ目立つ制服があった。

 目立つのは偏に他校の制服だから。

 へー、そっか。私も中学の時はあんな感じだったのか。

 女の子の視線を独り占めしている涼太は、落ち着かない様子でキョロキョロと花女の敷地内を見渡していた。

 うわぁ、めっちゃ怪しい人だよ。さすがに私はあんなんじゃなかったや。

 でも、もしかしたら私を探してくれているのかもしれない。

 そう思うと頬はほころんだ。

 

 鼻歌でも歌い出しそうな気分で涼太に近寄る。

 あれ。隣に来たというのに気付いていない。相変わらずキョロキョロとしている。

 私を探していたんじゃないの?

 

「涼太?」

「あ、沙綾か。おっす」

「おす。……で、なにしてんの?」

「人探し」

「私じゃなくて?」

「うん」

 

 どうやら私じゃなかったらしい。

 なんだそれ。一緒に帰る約束までしておいて、探していたのが私じゃないなんて、そんな酷い話はない。

 思わずムッとした。

 

「さっきからめっちゃ怪しいよ。不審者なの?」

「ちげぇよ! 彼女を探してんだよ」

 

 あー、なるほどね。

 それを聞いて合点がいった。

 そして、急速に気分が落ち込んでいくのが分かった。

 一緒に帰ろうという誘いは、いわばカモフラージュ。最初から涼太は自分の彼女のことしか頭になかったようだ。

 

 私、馬鹿みたいだな。

 勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって。

 とんだ道化者だ。

 

「なら直接彼女に連絡すればいいじゃん」

「いやなんか最近めっちゃ部活動見学してるみたいでさ、放課後はまったく通じないんだよ。しかもそれで疲れて夜はすぐ寝ちゃうし、ここんとこあんまり連絡取れてないんだよな」

 

 ――心臓が止まるかと思った。

 

 いや、違う。いくら心当たりがあるからとはいっても、さすがにそれは早とちりだ。彼女以外にだって部活動見学を積極的に数多く回っている子だっているはずだ。だから決めつけるのはよくない。でも可能性が十分にあることも事実だ。そう、彼女は外部生。むしろ可能性は高い。いや、でも――――

 

 ぐるぐる、ぐるぐると、思考が回遊している。

 涼太の家の螺旋階段みたいに。牛込さんがいつも買ってくれるチョココロネみたいに。ぐるぐる、ぐるぐると。

 

 ……落ち着け、私。一旦落ち着こう。

 そもそもこれは考えても無駄なことだ。

 だって私は、涼太の彼女のことを何も知らないんだから。

 涼太がそういう風にさせているんだから。

 だから私は、何も知らない。

 ただそれだけのことだ。

 

「……ほら。ならどうせ見つかんないでしょ。帰るよ」

「くそ、しょうがねぇか。じゃ、帰るか」

 

 いつもの帰り道。

 でもいつもと少し違うのは、隣に居る人の存在。

 桜はもうほとんど散っていた。

 私もお花見したかったなぁ。

 もしやるなら、お弁当作って、それからパンも。

 水筒には麦茶? でもキミはコーヒー派だよね。

 デザートにはもちろんケーキ。ケーキ屋の息子ならそりゃモテるよ。ケーキを提供できるのは女の子的にポイント高い。

 

 私は、それだけでいいのに。

 たったそれだけのことが、ひどく遠い。

 隣に居るキミとの距離は一○センチ足らず。でも涼太は霧のように霞んで見える。たった一○センチの空間は、マリアナ海溝のように深く、どうしようもなく隔たれていた。

 ちょっと手を動かすだけで、涼太の手を握ることができるはずなのに。そんなことは夢物語のように思えた。

 

 あ、でも、そういえば小さい頃はよく手を繋いでいたっけ。

 ねぇ、涼太。

 あの頃みたいでいいからさ。

 

 ――またキミと、手を繋いでもいいですか?

 

 心の声は、当たり前だけれど、どこにも届かない。

 


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