兎は月に恋い焦がれる   作:タタリ

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後編になるつもりがあまりにも杏奈が可愛すぎたので中編になりました。
次回を後編にしたいです。(願望)


情けは人の為ならず 中編

 俺も決して料理ができないわけではないが、量が量なうえに一人で作業しているため下拵えには結構な時間がかかる。

 キッチンに時計はなく、両手がふさがっていてスマホも取りだせない。先にスマホを取り出してから始めればよかったと後悔しながらもどうにか下拵えを終えて使ったまな板を洗っていると、例のポニテアイドルが小走りでキッチンに入ってきた。

 

「あ! 那月くん、下拵えしてくれてたんだ!」

 

 ありがとう、と笑顔を浮かべる彼女は、レッスンで使っていたのであろう汗拭きタオルを頭に巻きつけていた。

 やや火照った頬を見るに、彼女はレッスンが終わってすぐに駆けつけてきたのが分かる。……相当疲れているだろうに、これからさらに鉄鍋をふるうことになるのか。

 

「いえ、このくらいはさせてください。……あ、まな板洗っちゃったな」

「あはは! 大丈夫、また使わせてもらうね!」

 

 ただの呟きにもひまわりのように明るい笑顔を返してくるポニテアイドル。

 彼女の名前を覚えていないうしろめたさを抱えた俺にはその笑顔が少しばかり眩しく、無理やり笑顔を返そうとすると自然に眉尻が下がってしまう。

 そして、彼女もそれを見逃すほど鈍感ではなかった。

 

「あ、そっか。名前、まだ覚えてないよね」

「す、すみません……」

「ううん、大丈夫! 私、美奈子。佐竹美奈子だよ!」

「ミナコ……あ、そうだミナコさんだ」

 

 脳内の検索エンジンにかけて、ようやく名前を引っ張り出してから名前を呼ぶと、ミナコさんはひとつ頷いてから調理に取り掛かった。

 手順的にはもう鍋やらフライパンやらに材料を突っ込むだけなのだが、やはり純粋に量が多い。ミナコさんはレッスンの疲れもあるだろうし、俺も手伝った方が良いだろう。

 

「ミナコさん、手伝います」

「わ、ありがとう!」

「……まあ、フライパン温めたり洗い物したりするだけですけど」

「ううん、十分だよ! お礼に那月君の分は大盛にしてあげるね♪」

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 とんでもないことをいいやがる。

 やはり情けは人の為ならずなんて言葉は嘘っぱちだな。信じて送り出した情けが返ってきたときには死の概念になってるんだもん。

 

「ダメダメ! 那月君は男の子なんだから、たくさん食べなきゃ!」

「だからといってご飯の量をキロ単位でよそるのはちょっと……」

「今の那月君は食べ盛りだから大丈夫! 食べたら食べただけ大きくなるんだから、ね?」

「食事にも用法用量って言葉はあるんですからね?」

 

 ミナコさんの怪しい目つきに震えながら使った容器を洗い始めると、キッチンの入り口からひょこっと杏奈が覗き込んできた。他にも、姿は見えないが数人の話し声が近づいてくる。皆がレッスン場から戻ってきたのだろう。

 俺が首だけを杏奈に向けて声をかけると、杏奈はミナコさんと俺を交互に見ながらこちらに近づいてきた。

 杏奈は何も言わずに俺の隣に立つと、ふんす、とやる気に満ちた顔で袖まくりをしようとして、自身が着ているレッスンウェアが半袖であることに気が付いてほのかに顔を赤らめた。……なにこの可愛い生き物……。

 

「……手伝ってくれるのか?」

「……う、うん……」

「うし、じゃあ俺が洗ったものをどんどん拭いてってくれ」

「ん……わかった……」

 

 杏奈は何事もなかったかのように引き出しの中からふきんを取りだした。……うん、そういうことにしてあげよう。

 

 俺がにやける顔を必死に上に向けながら洗い物をした時には杏奈とミナコさんからおかしなものを見るような目を向けられたが、それ以外は何事もなく調理が進んだ。

 洗い終わった最後の容器を水を切った後で杏奈に手渡してから、引き出しの取っ手にかかったタオルで自分の手を拭いていると、ミナコさんが菜箸でエビチリのエビを一つ摘まんで味見をした後に、俺にも同じようにして箸を差し出してきた。

 

「那月君、はい、あーん」

「……!?」

「ん、いただきます」

「!?!?」

 

 ぱくりと食べてみると、ソースの甘辛い味が口いっぱいに広がって、弾力のあるエビをかみしめると優しい甘みがじんわりと染み出した。

 ……味見のはずなのにもう一口欲しくなる。ご飯と一緒にかっこんだら絶対に幸せになれるぞこれは。

 

「……めちゃくちゃうまいです」

「わっほーい! はい、杏奈ちゃんも、あーん♪」

「………………あむ」

 

 杏奈は差し出された箸を見て、ミナコさんを見て、最後に俺を見てからようやくエビを食べた。

 

「……おいしい」

 

 その言葉に反して、非常に複雑そうな顔をする杏奈。

 ……口に合わなかったのだろうか。辛さはそこまでなかったような気がするが。

 

「杏奈ちゃん、もしかして口に合わなかった?」

「ううん……すごくおいしい、よ……」

「その割には顔に元気がないじゃんか。どうした?」

「……」

 

 杏奈がいきなり無言で頭突きしてきた。力こそ弱いが、みぞおちの少し上あたりに入ったため地味に痛い。

 そのまま料理を持ってスタスタと行ってしまう杏奈を見て、俺とミナコさんはそろって首をかしげるのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「──よし、今日のレッスンはここまで! 指摘されたところは各自でしっかり練習しておくように!」

『はいっ!』

 

 午後のレッスンが終わり、トレーナーがお決まりの言葉で締めると杏奈を含めた13人の返事がレッスン場に響いた。

 それぞれが自分の荷物を置いてある場所に散らばって水を飲んだり汗を拭くなどする中で、俺は紙袋片手に皆を呼び集めた。皆が不思議そうな顔をする中で、杏奈が首を小さくかしげながら口を開いた。

 

「……お兄ちゃん、どうしたの……?」

「ふふん。……だんだんレッスンも厳しくなってきた中で頑張っている皆に、今日はご褒美を持ってきました!」

『わぁ……!』

 

 杏奈に答える形で紙袋を掲げて見せると、皆の表情が明るいものに変わる。昼から若干ご機嫌斜めだった杏奈も嬉しそうにしていた。

 俺は皆の反応に満足してから、紙袋から手のひらサイズのタッパーを取りだした。

 タッパーの青いフタには今日のレッスンに参加しているメンバーの名前と、デフォルメされた似顔絵が書かれている。これを見れば誰がなんという名前なのかが分かるため、渡し間違いが防げるのだ。

 一番最初に取りだしたタッパーには、偶然にも杏奈の名前が書かれていた。

 

「おっと、杏奈のか。練習お疲れさま、杏奈」

「ん……ありがと……」

「杏奈ちゃん何貰ったの? みせてみせて!」

「可奈……。……ちょっと、待って……」

 

 杏奈がその場でタッパーを開けると、あたりにふわりと甘い香りが広がった。中にはつやつやと琥珀色にきらめくはちみつがたっぷりと入っていて、薄くスライスされたレモンが数枚ほど漬けられている。

 

「うわぁ……!」

「……これ……レモンの、はちみつ漬け……?」

「レモンのはちみつ漬け!? やったー!」

「レモンの、お漬物? あのっ、未来さんは食べたことがあるんですか?」

 

 目を輝かせた杏奈と可奈が声を上げると、それを杏奈の後ろで聞いていた未来が万歳をして喜んだ。その一方で、未来と同じく後ろにいたアッシュブロンドの髪をツインテールにした少女──星梨花は、頭の上にはてなを浮かべていた。

 

「うん! 陸上部とか、テニス部とかでよく食べてたんだー! 星梨花は知らないの?」

「はい、初めて知りました!」

 

 お漬物、と口にしているあたり彼女がイメージしているのは浅漬けや味噌漬けのような香の物だろう。レモンのはちみつ漬けはそれなりに有名だと思っていたのだが、漬物=香の物の等式が成り立っている彼女にとっては宇宙からやってきた侵略者のような存在かもしれない。

 そんな代物をよく食べていたと豪語(というほど大したことではないが)した未来が星梨花には頼もしく映ったのだろう。星梨花は「すごいです!」と未来を尊敬の眼差しで見つめていた。

 未来は調子を良くして、だらしなく笑ってから得意げに口を開いた。

 

「あのね、レモンがペラペラで、食べるとふわってなって、じゅーってなるんだよ!」

「……未来は食レポ番組には出せないわね」

「ええっ!? 静香ちゃんひどい!」

「あはは! 未来っておもしろいね♪」

 

 ドヤ顔の未来に、その隣にいた静香がツッコミを入れて、それを見ていた翼が楽しそうに笑う。

 この3人の漫才めいたやり取りは劇場の中ではおなじみとなっており、彼女たちがレッスンウェアを着て揃うと赤、黄、青と並ぶことから、『信号機トリオ』という呼び名までつけられていた。

 そんな信号機トリオに皆の視線が向けられる中、星梨花だけはキラキラした瞳をこちらに向けていた。未来の食レポは味の情報こそなかったが、星梨花の好奇心を大いにくすぐったらしい。

 星梨花の「私、気になります!」と言わんばかりの目力に苦笑しつつ紙袋に手を入れると、彼女の視線は俺の手先を追って下がっていった。わ、わかりやすい……。

 

「……えー、次、星梨花」

「! はいっ!」

「今日もレッスンお疲れ様。さっき出しそびれちゃったけど爪楊枝があるから、それを使って食べてね」

「わかりました! ありがとうございます、那月さん♪」

 

 星梨花は一点の曇りもない笑顔を振りまき、円柱型のケースにぎっちりと詰まった爪楊枝を2本抜き取ってから、壁際でゲームをしている杏奈の方に小走りで向かっていった。

 

「杏奈ちゃん、どうぞ!」

「あ、爪楊枝……ありがとう……」

 

 杏奈は星梨花から爪楊枝を手渡され、笑顔で受け取った。しかし杏奈はレモンのはちみつ漬けに手を出そうとはせず、そのままゲームを再開する。

 それを見た星梨花は杏奈の隣に体育座りをして、膝にタッパーを抱えながら不思議そうに尋ねた。

 

「杏奈ちゃんは食べないの?」

「ん……可奈と一緒に……食べようかな、って……」

「そうなんだ! あのっ、わたしも一緒に食べていいですか?」

「うん……いいよ……♪」

「えへへ、ありがとうございます♪」

 

 星梨花はタッパーを床に置くと、杏奈が遊んでいるゲームを興味深そうに見始めた。杏奈も星梨花が見やすいように、ゲーム機を星梨花の方に寄せている。

 

 ……ふたりがかわいすぎてしんどい。

 形容しがたい感情の熱をため息にして吐き出してから、俺は三度紙袋のタッパーに手を入れるのであった。




杏奈に接するときの星梨花の口調がよく分からなかったので、ふたつの独自解釈をしました。

・星梨花は敬語が癖になっていて、タメ口は意識しないと使えない。主に年下に対して頼れるお姉さんぶろうとして頑張って使っている。

・初めのころは年上の杏奈に対して敬語を使っていたけど杏奈が意外とだらしがない(勉強が嫌いでゲームばっかり)ことを知ってからは母性のようなものが無自覚にはたらいて自然とタメ口になっていき、今では敬語とタメ口がまじりあっている。

あんせり有識者の方がいらっしゃいましたら、正しい情報をもとに小説を書いてハーメルン内に投稿していただければ幸いです。はりーあっぷ。

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