「それで提督? 早速なのだけれど……私たちは最初に、何をすべきかしら?」
僕を提督として認めてくれた五人の艦娘たちだったが、やはりというか五十鈴が指示を仰いできた。
声高らかに僕をサポートすると宣言した直後だ。ここで懇親会を開こう、なんて口が裂けても言えない。言う気もないけど。
彼女が求める命令を下す必要があるようだ。
「そうだな……。予定通り、遠征に行ってもらおう。五十鈴を旗艦に水雷戦隊を編成、練習航海として鎮守府近海へ向かうように」
「了解よ」
満足そうに腕を組み、笑顔で五十鈴は頷いた。どうやら的外れな答えではなかったらしい。だが。
「ところで提督。遠征が大本営の承認制で、私たちが現状取り組めるのは練習航海のみ。それはご存知よね?」
僕を試すように、そんなことを言ってきた。
「ああ、把握している。施行を認められている遠征作戦から難なく帰還し、規定以上の資材を確保できれば後段遠征の実施を認められる、ということだな。
実績のないこの鎮守府で認められているのは、最も基礎的な遠征作戦である練習航海のみだ」
「……そこまでは求めていなかったけれど。流石だわ」
「言ったろう、前向きに取り組んでいるつもりだと。やる以上は本気だ」
五十鈴の誉め言葉に気をよくした僕は、少し調子に乗って答えてしまった。でも実際、模範解答だったんじゃないかなと思う。
得意げな様子が態度に出てしまったか、そんな僕を見て五十鈴はにやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「では問題を出すわね? と言っても、仮定の話よ。矛盾点は聞き流して頂戴」
「ふむ」
「こんな鎮守府があったとするわ。遠征任務に一切手を付けず、海域攻略ばかりに取り組んでいた。僅かな備蓄を的確に運用し、定期的に大本営から支給される微々たる資材のみで建造・出撃を実行。誰もが羨む輝かしい戦果を挙げた、そんな鎮守府」
矛盾点というのは着任している艦娘の数だろうか。初期資材だけでは建造もままならず、建造できなければ艦娘が居ない。艦娘が居なければ、大本営からの支給資材もない。資材が無ければ備蓄の運用も何もあったものじゃない。
余談だけど、大本営からは定期的に資材が支給されるらしい。これは鎮守府の戦果、所属している艦娘の数とその練度によって
五十鈴が話題に挙げた鎮守府は、確かに矛盾の塊だ。
……っといけない。流せと言われたのに考え込んでしまった。
そんな僕に気付いているのかいないのか、五十鈴は心持ちゆっくりと言葉を続ける。
「そんな鎮守府も近海は落ち着いて、差し当たり遂行が急がれる作戦も無くなった。
ここでその鎮守府の提督は、初めて遠征任務に手を付けることにするわ。
とは言っても、勲章をいくつも賜った鎮守府よ? 当然その提督は、大本営に願い出るわ。実力に見合った遠征作戦に取り組みたい。
えーとそうね……。練習航海が遠征ノ一だとして、最初から遠征ノ十の実施を承認してほしい、とね」
「妥当な申し出じゃないのか?」
「否定はしないわ。でもこの具申は間違いなく認められない。何故かわかって?」
勲章というのは、お偉いさんが付けてるバッジのことだろう。そんなものを複数貰えるような歴戦の提督でも、遠征については
「……他の鎮守府に対して示しがつかないから、とか? 実力があるからと認めてしまえば、他の要因でも認めざるを得なくなる。七光りとかな」
僕の捻くれた回答に五十鈴は少しムッとした表情を見せたが、思い直したように目を閉じて一つ頷いた。
「無くはないわね。遠征の承認制も立派な軍規だもの。簡単に例外は認められない。提督の言う通り、一度の例外が悪しき慣例になりかねないわね。でも違うわ」
「降参だ」
参ったというように両手を上げると、それぞれの手のひらに何かが乗る感触。
嫌な予感を感じつつ視線を自分の手に向けると、二人の妖精さんがちょこんと僕の手に座り込んでいた。周りには当然のように他の妖精さんたちが群がっている。
「はなしなげーでございます」
「いつまであたちたちをほうっておくの?」
「やっぱりわれらよりかんむすのほうが」
「いや、わたしたちがおおきくなればあるいは」
「ぎゅーにゅーのまなきゃまいにち」
思わず半眼で妖精さんたちを見つめていると、くすくすと五十鈴が笑いを噛み殺していた。他の駆逐艦四人も同様だ。妖精さんの声は聞こえていないだろうが、よほど僕の姿が滑稽なのだろう。
くそぉ、内心恥ずかしいけど、放置し続けて拗ねてしまった妖精さんたちを無下に扱う訳にはいかない。
「ほら、答え合わせをしてくれ」
照れを隠すように答えを促すと、指で涙を拭いながら五十鈴は頷いた。そんなに面白いか。
「ふふっ、簡単なことよ。深海棲艦の撃退を目的とした強襲等作戦と、資材の確保・運搬を目的とした遠征作戦では、艦隊の運用が根本的に違うから。
会敵したとき、遠征では敵艦を沈める技術より、輸送船の防衛や、素早く撤退する技術に重きが置かれるわ。どんなに練度が高い艦隊だろうと、タンカーに流れ弾でも当たったら資材を無駄にするだけだもの」
「……なるほど」
五十鈴の分かりやすい説明に思わずため息を漏らすと、満足そうに彼女は胸を張った。
「さて、それじゃあ練習航海に行ってくるわ。提督、私たちが出てる間、サボっちゃ駄目よ?」
「当然だ。お前たちが確保した資材と消費した資材を把握し、後段遠征の編成に活かさないとな。お前たちこそ、すぐに出られるのか?」
五十鈴は僕の返答に再び笑みを浮かべながら、左右に結った長髪を翻し。
威風堂々と僕に背中を向けて宣言する。
「当然、準備は万端よ。出撃します!」