妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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18.きょうはほーむらんね

「今日は波が凪いでるね。こういう日はやっぱり、航行(こうこう)(やす)かったりするの?」

「う、うん。もちろん、水面が穏やかなほうが楽に移動できるっぽい」

 

 提督室から場所を移し、僕と夕立は鎮守府内の砂浜に足を運んでいた。

 妖精さんは着いて来ておらず、海辺を歩いているのは僕たち二人だけ。

 

「あたちたちがいるときがちるでしょ?」

「しんこうをふかめますとよろし」

「いっぽさきにすすんでもいいのよ?」

「きょうはほーむらんね」

「まわれまわれー」

 

 とのことだった。

 

「うーん、軍服で来たのは間違いだったかも。用意してもらった靴だと歩きにくいね」

 

 白く、粒が細かい砂浜は、歩くとしゃりしゃり鳴って小気味良い。

 でも支給された革靴だとつま先が思ったより砂にめり込んで、足をとられそうになる。

 

「提督さんは、あまり海には来たこと無いっぽい?」

「実はそうなんだ。実家から近場に無くてね。あまり機会にも恵まれなかったし」

 

 小学校も一年生の二学期に入る頃には、僕は既に『おかしな子』として見られていた。

 

 海なんかに遠出する時には、先生たちは当然僕から目を離さない。見知らぬ地でも妖精さんと遊びたかった僕は、同級生に混ざって水遊びをする気もなかったし、他の子たちも僕が混ざればすぐに遊ぶのを中断したと思う。

 

 けれど、一人で妖精さんと戯れていると『そうやって気を引こうとするのは良くない』と見当違いの説教を受けてしまい、当時は遠出しても教師の待機場所から見える場所で、静かに座り込むしかなかった。

 

 妖精さんたちには気兼ねなく遊んで来て欲しいと言ったけど、優しい彼女たちは僕を放って楽しむのを良しとしなかった。

 何度か学校行事で遠出するたび、同じことを繰り返して懲りた僕は、結局遠足行事をほとんど休むようになった。

 

 両親も、離れた場所で僕が奇行に走るのを嫌ったんだろう。特に口出しされることもなかった。

 

「……まぁでも、今日は来れてよかったよ。鎮守府は海に囲まれているけど、僕なんかはきっかけが無いと、こうして砂浜を歩いたりもしないからさ」

 

 もちろん、そんなつまらない話を聞かせる訳にはいかない。

 ふとよぎった苦い記憶を胸にしまい、僕は夕立に向き直る。

 

「提督さん……」

 

 しかし、夕立は痛ましそうな表情を僕に向けていた。

 しまったな、嫌なことを思い出したせいで少し気が落ちた。平静を装ったつもりだったけど、表情に出たらしい。

 

「あー……。その、何でもないから。ちょっと陽射しが強いかなって」

「提督さん!」

 

「あ、う、うん?」

 

 急いで誤魔化そうとした僕の言葉に割り込んで、夕立はどこか意を決したように顔を上げた。

 

「ちょっとここで待ってて欲しいっぽい!」

「えっ、ちょっ! 夕立!?」

 

 言うや否やすさまじい速度で夕立は砂浜を離れていく。向かっているのは……出撃ドック? 艦娘たちが作戦行動の際、海域へと旅立つための施設だ。

 一体どういうつもりだろう……?

 

 ……とにかく、待ってみるしかないか。出撃ドック内もなかなか入り組んでいて、妖精さんか艦娘の案内が無いと夕立を探すどころか施設内で迷いかねない。

 仕方ないので目の前に広がる水平線を眺めて、僕はぼーっと砂浜に立ち尽くしていた。

 

 

 

「…………穏やかだなぁ」

 

 思ったことを、何とはなしに呟いてみる。

 言葉通り、海はどこまでも凪いでいて、日夜艦娘と深海棲艦が戦いを繰り広げているとは思えないほどだ。

 

 しばらく前の僕なら、この光景を見ても他に感じることは無かっただろう。

 でも、今の僕は知っている。水底(みなぞこ)から襲い来る敵を。そして人間を守るため、それらと戦う彼女たちの存在を。

 

 直接戦う訳じゃない僕は、実感を伴って偉そうなことは言えないけど。

 目の前に広がる光景は、僕にとってこの世界のどこよりも尊いものだと思えた。

 

「お待たせっぽい!!」

 

 どれくらい時間が経ったのか、僕が感傷に浸っていると元気な声が。

 しかしそれは夕立が立ち去った出撃ドック側の陸地ではなく、海の方からだった。

 

「急にどうしたの、ゆうだ、ち……。……何してるの?」

 

 声のほうへ視線を向けると、艤装を装着して海上に立つ夕立の姿。

 その背後には……ゴムボート? ワイヤーで彼女の艤装と連結されているようだ。

 

「提督さん、海に出ましょ!!」

「…………海に? 僕が?」

「ぽいっ!!」

 

 一瞬言ってることが分からず聞き返す僕に、夕立は満面の笑みで一言。

 

「提督さんがどういう理由で、海に連れて来て欲しいって言ったのか、夕立には分からないっぽい……。

 でも、砂浜なんて海の一部でしかないんだから! あたしの知ってる海に、提督さんを連れて行ってあげる!」

 

「夕立の知ってる、海に……」

 

 視線を足元に落として彼女の言葉を反芻(はんすう)すると、胸の奥底から湧き上がってくるものが確かにあった。

 いつぶりだろう、ずっと昔に、どこかに置いてきた感覚。

 

 そう、僕は……。わくわくしていた(・・・・・・・・)

 

「提督さん!!」

 

 またもや顔に出てしまったのか。しかしさっきと違って、夕立の声音はとても嬉しそうなものだった。

 

「夕立……行こう!!」

「っぽーーーーい!!」

 

 ばしゃばしゃと、膝下が海水に浸かるのも気にせず。

 片手を掲げてやる気満々の夕立に近寄り、彼女が引いてくれるであろうゴムボートによじ登る。

 

 僕がシートベルトを締める頃合いを見計らい、夕立の艤装が唸りを上げ。

 

「提督さん、しっかり掴まってるっぽい!

 ……駆逐艦夕立、出撃よ!!」

 

 彼女が声を上げた直後。

 

「えっ」

 

 ―――世界が後ろに吹き飛んだ。

 


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