「おぉ……気持ちいい! はははっ!!」
徐々にスピードを増し、最高速度に達したであろう夕立に引かれる、僕を乗せたボート。
凪いだ波のおかげで
「どう? 提督さん。今見えてる海は、提督さんの思ってた海と同じだったっぽい?」
「……違う。全然違うよ夕立。部屋を出る時に思い浮かべたのはこんな……綺麗な景色じゃなかった。どこまでも広がる海も、突き抜けるような青い空も、きらきら光る夕立の金髪も、全部が想像したこともないくらい綺麗だよ」
「えっ」
「ありがとう、夕立。今日、僕の部屋を訪ねてきてくれて。こんなに心が弾んだ日は無いって断言できるよ。さいっこうのパーティだ」
「そっ、それなら良かったっぽい……」
僕が思ったままを伝えると、何故か夕立は俯いてしまった。でも声音は喜んでくれてるみたいだし、気にしなくてもいいのかな。
……あれ、というか、また徐々に速くなってるような。凄いな、まだ全力じゃなかったんだ。
「よし、夕立。もっと見て回ろう。夕立が知ってる海を、僕に見せて欲しい」
「もっ、もちろんっぽい! 海はとっても広いんだから!!」
それから僕たち二人は色んな場所を回った。
例えば艦娘たちが遠征の際、休憩に立ち寄る小島。
「ここでは少しだけ資材を回収できるの。でも質が良くないっぽくて、鎮守府の備蓄に回すのは難しいっぽい。帰りの燃料が不安なときなんかに、ちょっと補充にくるっぽい」
「へぇ~……。林しかない島に見えるけど」
「石油は地下に広がってるっぽい! 夕立も詳しくは分からないんだけど、
「油井……地下の石油を汲み取る装置だっけ。それが要らないんだ。凄いなぁ……」
例えば、入り組んで水面が迷路のようになった
「ここを最高速度で旋回できると気持ち良いっぽい……!!」
「おぉ……。怖い! 岩肌がすぐそばまで迫って怖いけど、凄いよ夕立! ボートが
「えへへ、
「曲がる時に速度を落とすのは!?」
「……知ーらない、っぽい~♪」
例えば小さな島々が連なる海域、夕立によると、この辺りは
「その辺の島に川なんかの淡水があるっぽい! で、淡水と汽水域が近いところは……。あっ! ほら提督さん、あれあれ!!」
「っ! イルカだ!! 僕初めて見たよ!!」
「この辺りは群れで跳ねてるところが結構見れるっぽい!」
「うわぁ、あんなに高く跳ぶんだね……。かっこいいなぁ……」
「近くで見ると可愛い顔してるっぽい。提督さん、もっと近づいてみる? 人懐っこいから向こうから寄ってきてくれるかも!」
「うん! お願い!」
「お任せっぽい!!」
小島の木陰で一息入れ、岩場でレースに興じ、イルカと戯れて。そのあともいろんな場所を夕立と廻った。
「あ……まずいな、もうお昼になるのか」
楽しい時間はあっという間で、早朝海に繰り出したはずなのに、気づけば太陽が中天に差し掛かっている。
「むぅ~、もっと見せたいところあったのに、残念っぽい」
「名残惜しいけど戻ろうか。午後はちょっと無理だけど、またお願いしたいな」
「っ! えへへ、夕立も提督さんとまた、二人で遊びたいっぽい……」
僕ばかり楽しませてもらってた気がしたけど、夕立も満足してくれたらしい。
いずれまた海で遊ぶ約束を交わし、僕たちは鎮守府に戻るため来た道を引き返す。
「ごっはんー♪ ごっはんー♪ 今日のご飯はなーにっぽいー♪」
「その前に僕は着替えないといけないかな……うん?」
すると道中、海上に似つかわしくないものを発見した。あれは……人?
……いや、違う。
「夕立、あれ」
僕が夕立に声をかけ、遠くに見えるそれを指差すと、彼女はそちらへ視線を向ける。
「あれって……深海棲艦?」
「……あわわ、そう、っぽい……。しかも……ひっ!?」
僕の肉眼ではよく見えなかったけど、そのシルエットはこちらを振り返ったように感じられた。同時に夕立は引きつった声を上げる。
「あれ、ら、ら……雷巡っぽい!!」
彼女が正体を悟った途端、ソレはこちらへ向かって急速航行を開始した!!
「っ! 夕立、戦える!?」
「無理っぽい! 一応艤装はあるけど、雷巡相手に、提督さんを守りながら一人で戦うのは……!」
「分かった、逃げよう! 僕のことは気にしないでいいから、全力で!!」
「っぽい!!」
瞬間、再び強烈なGが僕を襲う。でも今度は事前に分かっていたおかげで、落ち着いて姿勢を整えることができた。
しかし。
ぶぉっ――――ズドォオッ!!
「うわぁっ!!」
一瞬の風切り音とほぼ同時。ボートの近くに、こちらを追っているであろう背後の雷巡の主砲が着弾する。
舟艇に直接のダメージはないけど、衝撃で船底が一瞬水面を離れた。
「提督さんっ、無事!?」
「だっ、大丈夫!!」
「一応体を丸めて、頭を下げてて欲しいっぽい!!」
「分かった!」
「うぅ……、絶対、絶対助けるんだから……!」
「夕立……」
ボートの上で縮こまる僕の耳に、夕立の自分に言い聞かせるような呟きが降ってくる。
「大丈夫!!」
「っ、提督さん?」
ぶぉっ――――ズドォオッ!!
再度水柱が立つのを意識的に無視して、僕はできる限り声を上げた。
「夕立は――僕の初期艦なんだ! 何度も僕を助けてくれた!
君が走ってくれるなら――――僕たちは、絶対無事に帰れる!!」
「っ! ……今なら、夕立どれだけだって頑張れるっぽい……! ぽぉーーーーーい!!」
夕立が
その瞬間、僕の意識は途切れた。
・・・・・・
「はぁ……、はぁ……。つ、着いた……のか……」
「ぽ、ぽい~……」
気づけば僕と夕立は、今朝の砂浜に帰ってきていた。全身海水まみれどころか、這いずって倒れこんだせいで砂だらけだ。
なんで気絶してしまったのか、いつ意識を取り戻したのか、どういう航路を辿ったのか。
何も思い出せないけど、夕立の頑張りのおかげで帰ってこれたことだけが実感としてあった。
「夕立、本当にありがとう。助かったよ」
「……ううん、こんなに頑張れたのは、提督さんのおかげっぽい。……それに、夕立が海に出ようなんて言わなければ……」
砂浜に倒れて空を仰いだまま感謝を伝える僕に。外した艤装を放り出して、隣で同じように砂にまみれた夕立が、鼻にかかった声でそう応える。
「……そんなこと言わないでよ」
「ぐすっ、えっ……?」
「まだ半日なのにさ。僕は今日が、人生で一番楽しかった日だって、心からそう言えるよ。
喉が枯れるほど叫んで、岩場を駆け抜けて、イルカと並んで走って、疲れたら木陰で休んで。初めてだらけの冒険だった。最後は怖かったけど、君が居ればやっぱり大丈夫だった。
夕立が僕に見せてくれたものは、一つ一つがとびっきりの
「提督さぁん……ぐすっ」
「……僕がきちんと伝えられなかったせいで、不安にさせちゃってたみたいだけど。そのおかげで、最高の一日になったよ。
……夕立が着任してくれた日から、僕はずっと君に助けられてる。作戦だけじゃない。君の気遣いが、言葉の一つ一つが、今僕を提督としてここに居させてくれてる」
上体を起こして、隣で横たわる夕立の顔を見つめる。彼女の目元は赤く腫れていて、伝った雫が砂浜に滲んで消えていた。
「……ありがとう、夕立。この鎮守府に来てくれて。何度も助けてくれて。今日、海に連れ出してくれて。
君がこの鎮守府の……僕の初期艦で。君に出会えて、本当に良かった」
「提督ざぁん!!」
「うわぁっ!!」
突然身を起こした夕立が僕に覆いかぶさり、またもや砂浜に背中をついてしまう。
「うわぁあああん! ぐずっ、夕立も、提督さんと出会えて! ここに来れて良かったぁ! ずずっ、うぁあああああ……!!」
遠くで昼餉を告げる鐘が鳴っている。他の艦娘たちが食堂に集まる頃合いだ。僕たちも着替えて向かわないといけないんだけど……。
「ひんっ、ぐすっ、うぅ~~……」
僕の胸に額を押し付ける夕立の心が落ち着くまでは。
彼女たちが作り出した穏やかな波音を聞いていようと、頭上の太陽に目を細めながらそう思った。