妖精さんの勧めで提督になりました   作:TrueLight

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26.Я тебя люблю

「さて、司令官。そろそろ本題に入らせてもらうね?」

「……えっ?」

 

 僕の考えや気持ちが落ち着くのを待ってくれたのか、腕の中で無言を貫いていた響。

 しばらく穏やかな時間が流れて、頬をなでる風の気持ちよさを改めて実感できるようになった時分に、彼女はそう口にした。

 

「今話してくれたことが、僕と二人きりになりたかった理由じゃないの?」

「もちろんそうだよ。ただ、私が本当に伝えたいことの準備というか、導入みたいなものさ」

 

 もう十分に衝撃を受けたし、それ以上に響の気持ちに心動かされたんだけど。まだ何かあるって言うのか。

 

「と言っても、伝えたいことはたった一言なんだ。……ねぇ、司令官」

「うん」

 

Я() тебя(ティビャー) люблю(リュブリュー).」

「るぶゅ……てぃびゃ……?」

 

「愛してるよ、司令官」

「………………」

 

 はい?

 

「……はいっ!?」

「英語で言うならLikeじゃなくてLoveのほうだよ」

 

 急に何を言ってるんだ!? この子は!!

 

「まだ出会って間もない艦娘にこんなことを言われても信じられないよね? だから最初に、私たちの記憶の話をしたんだよ」

 

「さっ、さっきの話と、響が、その……。僕のことを、好きって言うのと。なっ、何の関係があるのかなっ?」

 

 慌てる僕の様子を眺める響の表情は柔らかくて。それでも頬を染める薄紅色が、どうしようもなく僕に感情をぶつけてくる。

 

「言ったよね? 私は司令官の事を知ってる。その生い立ちだけじゃない。人柄を、考え方を、その優しさを。私は最初から知ってるんだ」

 

「優しさなんて……。僕には、そんなものないよ」

 

 響が言っているのは、妖精さんに対する僕の対応みたいなことだと思う。

 妖精さんに親切にするのは、妖精さんが僕を支えてくれたからだ。

 僕は妖精さんがしてくれたことに対して、恩を返しているに過ぎない。

 

「あるさ。司令官はいつだって優しかった。あんな目に合わされてきて、一度だって感情に身を任せたりしなかった。復讐しようだなんて欠片も考えなかった。

 心配する妖精に気持ちをぶつけたりせず、逆に心配させないようにって、気を張り続けてきた。司令官は……いつだって、耐えてきたじゃないか」

 

 ……違うよ、それは優しさなんかじゃない。

 

「僕は……あいつらと同じになりたくなかっただけだよ」

 

 僕を救ってくれた妖精さんに、恥じない僕でいようと思って、そう生きてきただけだ。

 

「それを私は、優しさって言うんだと思うよ。そんな司令官(あなた)を知って生まれてきて……建造されて、初めて司令官の顔を見た時、分かったんだ」

 

 身体を反転させて、僕の両肩に手を添えて。響はすり寄るように僕に顔を近づけてくる。

 離れなきゃいけないのに……僕は彼女の瞳から視線を動かせない。

 

「――ああ、私はこのひとを愛するために呼ばれたんだ(生まれたんだ)、って」

 

 真っ直ぐに感情をぶつけてくる響に。

 それでも僕は――。

 

「……それも、知識や記憶と同じように。『海』から与えられたもの、だと思うよ」

 

 ただの勘違いだと。その好意を、受け止めることは出来なかった。

 きっと裏があるとか、それはいずれ無くなってしまうものだとか、ぐるぐると取り留めのない、いくつもの不安が頭をよぎって。

 

 ――無条件に向けられる好意は、僕にとって儚い夢想でしかなくて。

 

「……大丈夫」

 

 ふわり、と。

 優しく頬を包む、小さな手の平が。

 

 鼻が触れ合いそうなほどに近づいた、彼女の穏やかな顔が。

 ぐちゃぐちゃになった心を見通して、それでも受け入れてくれるような澄んだ瞳が。

 

 ゆっくりと紡がれる静謐(せいひつ)声音(こわね)が、僕の不安を溶かしていく。

 

司令官(あなた)の優しさが偽物だと言うのなら、本物なんてきっとどこにもないから。

 私の気持ちが偽物なら、艦娘(わたしたち)はみんな偽物だから。

 偽物(わたし)は、本物(にんげん)になろうなんて思わない。偽物のまま、本物を超えてみせるよ」

 

 ねぇ、しれいかん。

 そう呟いて、響は瞳を閉じて、僕の額に自身のそれをこつんと合わせた。

 

「あなたの夢想(ほんもの)は、ここにある。

 あなたは人間の偽物で、わたしたちも人間の偽物でしかない。なら、わたしたちにとっての本物は、全部ここにある」

 

 僕の手を取って、響は抱きかかえるように胸に押し当てた。

 その様子からは想像も出来なかったけど――、どくどくと、僕の鼓動より早く律動していて。

 今更になって初めて、彼女が震えていることに気が付いた。

 

 気持ちをぶつけることが、それが受け入れられないことが怖いのは、僕だけじゃない。

 そんなことにようやく気づいた僕を、ゆっくりと瞳を開いた彼女の視線が射貫く。

 

「ゆっくりでいいんだ。すぐに受け入れられなくてもいいから。一緒にこの偽物(きもち)を育てて欲しい」

 

 突然近づき、触れたそれに、響に見入って固まっていた僕はどうすることも出来なかった。

 

 ちゅ、と。

 

 彼女の唇が、緊張で乾いた僕のそれに重なり。

 綺麗な銀の髪が、頬を撫でて離れていくまで、何が起こったのか理解すらできず。

 

 真っ赤になった響の顔と、潤んだ瞳を見てようやく、頭が事態に追いついた。

 それでも、僕が落ち着く時間をくれることもなく。

 

 悪戯が成功した子供のような、無邪気な笑みを見せて、一言口にした。

 

Я тебя люблю( あなたを愛しているよ).」

 


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